外付けオリ主で問題児   作:二見健

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第五話

 日本晴れだった。

 

 夜行彦一は自由だった。社会のしがらみ(食糧調達などのお仕事)から解放されたのである。

 

「逃がさないのですよ! 『ノーネーム』のために、彦一さんには人柱になって頂きます!」

「他のやつらに言えよ! 俺のノルマはもう達成した! しばらく旅に出ます、探さないでください、アディオス!」

「NO! 地の果てまでも探し続けるのです! 労働は彦一さんの義務なのですよ!」

「義務!? なんで俺限定!?」

 

 などというやり取りがあったが、今の彦一はフリーダムなので忘れることにした。

 

 戦車競走の翌日から彦一は動き回った。余所のコミュニティが開催しているギフトゲームを荒らし回ったのである。

 食糧をある程度稼いで、とりあえず今月は乗り切れそうなところまで持って行った。

 

 ホクホク顔で「来月分もよろしくお願いしますね♪」という黒ウサギに、彦一は笑顔で告げた。

 

「飽きた」

 

 なお黒ウサギは金魚のように口をパクパクさせていた。美少女が台無しである。

 

 黒ウサギの化物じみた身体能力には目を見張るものがあるが、彦一のギフトは短期未来予知。人混みに紛れて逃走に専念すれば、まず見付かることはない能力だ。

 

「と言うわけで遊びに来ました」

「お引き取りを」

 

 にべもない対応だった。

『サウザンドアイズ』の店員である割烹着姿の女性が、あからさまに面倒臭そうな目を彦一に向けている。

 

 絶対零度の眼差しを注がれた彦一は、逆に店員を哀れむように溜息を吐いた。

 

「……あんたも大変だな。まぁがんばってくれ」

「は?」

 

 直後である。

 着物姿の白髪の少女が店の中から飛んできた。文字通り飛んでいた。

 

「いやっほおぉぉぅ! ひこいちではないかぁぁぁ!」

 

 少女はサッとしゃがみ込んだ彦一の頭上を通り過ぎて対面の建物に突っ込んだ。

 爆音に加えて、壁に子どもサイズの入り口を増設した少女は、けろっとした顔で立ち上がる。

 

 おなじみの駄神、白夜叉だった。

 

「おい彦一、なぜ避ける?」

「いや、壁に穴を開けるような勢いだぞ。お前、頭大丈夫か?」

「うむ、怪我はないぞ」

「そっちじゃねーよ。まぁ、わざとやってるんだろうけど」

 

 唖然と固まっている女性店員を放置して、二人は店内に上がった。

 以前のように奥の座敷に通される。

 すでに何度か来店しているので、彦一も勝手がわかってきている。ギフトゲームの賞品を換金して貰う時など、この部屋に通されることになっていた。

 

「ちょうどよかった。和菓子の老舗から試供品が送られてきてな。飲物は玉露でよいか?」

「走ってきたから冷たいやつで頼む」

「なら適当に持ってこさせるとしよう」

 

 まぁとりあえず座れと座布団を差し出される。

 和菓子が出て来る点といい、こう言っては何だかおばあちゃんみたいだった。

 

 彦一に出されたのはジャスミン茶。

 和菓子は水饅頭だ。普通なら生地は透明のはずなのだが、白夜叉が出したものは薄く着色されていた。食紅やヨモギ、あるいはうぐいす粉かもしれない。ピンク色のものとライトグリーンのものがある。

 

「なかなかいけるな、これ。どこの店だ?」

「三九一〇一二一外門の『種子島』の支店だ。本店は北区にあるがの」

 

 頭の中でロードマップを広げてみる。少しばかり遠そうだった。子どもたちへの土産にしようかと考えていたが、しばらく機会は訪れなさそうだ。

 

 ちなみに水饅頭は山本長官――山本五十六の好物だったとか。

 

「で、今日はどんな用事だ?」

「いや、暇だったから顔を出してみた……って、そんな顔するなよ」

 

 こいつダメ人間だという顔をされるが、これでも彦一はノルマは達成したつもりである。

 

 それに最近の惰性的な生活はどうも頂けない。

 

 戦車競走から一週間が経っており、何度かギフトゲームを行っているが、どれも味気ない勝負ばかりだった。見えた光景を適当に処理するだけで勝ててしまう、言わばルーチンワークに近くなっている。

 

「十六夜のように打倒魔王と声高に叫ぶほど突き抜けたくはないが、こうも消化試合ばかりだと愚痴のひとつもこぼしたくなる」

「ふむ。つまり退屈しておると言うことだな?」

「ああ」

 

 頷いた彦一に、白夜叉は両腕を組んで考え込んだ。

 

「なら、ちょうどよい機会かもしれん。ひとつ頼み事を聞いて貰えんか?」

 

 東区の階層支配者からの依頼。

 厄介事の気配しか感じられないが、あまりにも暇を持て余していたため、彦一は即答で引き受けそうになった。

 とりあえず話を聞いてから決めることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白夜叉との会話の後、彦一は寄り道せずに屋敷に帰還した。

 黒ウサギはまだ彦一を探して街中をかけずり回っているらしい。哀れだったが、日没後には帰ってくるだろう。というわけで放置することにした。

 

 彦一は書庫に直行。知識の洗い直しをするために資料を漁っているところだ。

 

 十六夜も何やら調べ物をしており、辺り一面にうずたかく本を積み上げている。まさしく本に埋もれている状態である。

 

「姑獲鳥? そりゃまた面白そうなことに首を突っ込もうとしているみたいだな」

「冗談じゃない。妖怪退治は拝み屋の仕事だっての」

 

 彦一は頭を抱えた。

 白夜叉の依頼は、予想通りの――いや、予想以上の厄介事だったのである。

 

「二三二二九八〇外門の近辺で八人消えてる。時刻はいずれも真夜中、被害者はすべて十歳以下の子どもで、どの現場にも鳥の羽が落ちていたようだ。不審な鳥を見たという目撃証言もある」

 

 以上の事実から、白夜叉は『姑獲鳥』の仕業だと推測。

 周辺地域の児童、幼児のいる家庭に対して避難勧告を出していた。

 

 これにより犯行は沈静化しているが、姑獲鳥が近隣地域に移動するのは時間の問題だろう。

 

 早急に事件を解決できなければ、階層支配者(フロアマスター)の白夜叉の信用が失墜してしまう。特殊な瞳のギフト持ちが多い『サウザンドアイズ』による捜査隊が編成されているが、もう十日目になるのに情報がひとつも入って来ていない。

 

 そのため彦一にも声がかかったのである。

 

「姑獲鳥か。鳥の姿をしているが、人間の女性にも変身できる妖怪だな」

 

 十六夜が頭の中から記憶を取り出すように考え込む。

 

 姑獲鳥(こかくちょう)は大陸の妖怪である。

 夜に現れて子どもに血で印を付ける。印を付けられた子どもは魂を奪われて死んでしまう。

 

 子どもを奪うという習性を持っているらしい。一説によると、出産で死亡した妊婦がモデルになっているという。

 自分の子どもを抱けなかった妊婦が、子どもを奪いに来るというわけだ。

 

「本当に『姑獲鳥(こかくちょう)』の仕業なのか断言できないんだよな。『姑獲鳥(うぶめ)』だったらどうなるんだ?」

 

 姑獲鳥(うぶめ)は日本の妖怪である。

 産女と書くこともある。その伝承の多くは大陸の『姑獲鳥(こかくちょう)』と類似している。た輸入されただけなのか、日本在来の妖怪と同一視されたのかは、今はどうでもいいから置いておく。

 問題は、この姑獲鳥(うぶめ)。地方ごとに特徴が異なるいう点にある。

 

 赤子を生きたまま連れ去る。

 

 大陸版のように呪殺して魂を連れ去る。

 

 最初から赤子を抱いており、その赤子を押し付けようとする。受け取れば姑獲鳥は満足して成仏するが、受け取った者は赤子に喉を噛まれて死ぬ。

 

 赤子を抱かせようとする。抱いた赤子は段々と重くなっていく。我慢して耐えきったら怪力が手に入った。

 

 抱いた赤子が、実は地蔵だった。化かされたというパターンもある。

 

「ここまで多いと、実像がわからなくなる」

 

 彦一は溜息を吐いた。

 

「にしてもだ。子どもを食ったガルド。子どもを殺したミノタウロス。子どもをさらった姑獲鳥。この東区ってのは子どもだけハードモードすぎないか?」

「……うわぁ」

 

 しかも、そのすべてに『ノーネーム』が関わっている。

 推理小説の探偵のごとく、これでは彦一たちは疫病神だ。

 

「で、そこまでややこしい事件に、どうして自分から首を突っ込もうとしているんだ?」

「……報酬だ。俺の口からは話せないが」

「なるほどな。大体の予想は付いた」

 

 それだけで事情を察してしまう十六夜に、彦一はもう笑うしかなかった。

 

 放置していた黒ウサギのことに思い至ったのは、夕食時に顔を合わせてからのことだ。

 

「彦一さん、覚悟はよろしいですか?」

「お、お手柔らかに……」

 

 髪がピンク色に変色している。怒髪天を突くとはこのことだった。

 

 たとえば部屋にひとつしかない入り口をふさがれてしまうと、たとえ未来が見えたとしてもどうにもならなくなる。これを彦一は『詰む』と呼んでいる。無事に逃げ切れるという未来はどこにもなかった。

 黒ウサギも段々と彦一の対処法をがわかってきたようだ。アーメン。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、夕食時である。

『ノーネーム』の屋敷があるのは姑獲鳥が出没している地域からは遠く離れているが、彦一は念のため注意を促しておいた。

 

 しばらくは黒ウサギが子どもたちのいる別館で寝泊まりすることになる。

 

「それとレティシア。食後に話があるんだが」

「彦一さん! レティシア様に何をするつもりなのですか!?」

 

 黒ウサギの椅子が後ろに倒れていた。

 

 テーブルに身を乗り出して、険しい視線を彦一に向けている。

 ちなみに前屈みになっているので、胸がすごいことになっている。眼福である。

 

「なんだ、黒ウサギ。どうして犯罪者を見るような目をしている?」

「彦一さん。僕は信じていますからね」

 

 言葉が通じそうにない黒ウサギやジンを放置して周囲に問いかけてみると、レティシアが生暖かい目をしながら返答した。

 

「彦一。やはりお前はロリコンだったのか」

「…………誰だ?」

 

 容疑者は十六夜、飛鳥、耀の三人である。

 断言しよう。問題児たちの所為に決まっている。

 

 十六夜は「じゃ、俺はそろそろ調べ物に戻るから」と言い。

 飛鳥は「私はお風呂に入るわ」と。耀も「私も」と言う。

 

 三人ともキラキラとした笑顔で退室していった。

 

(この場合、確信犯というのは誤用になるのか? 故意犯だったか?)

 

 彦一の思考は現実逃避している。

 

「前々から疑っていたのですよ。彦一さんが、リリちゃんを特別扱いしていること。白夜叉様と親しくお付き合いなされていること。そして次のターゲットをレティシア様に定めたということを、黒ウサギはたった今確信したのです!」

「安心してください、彦一さん。普通の恋愛ができればロリコンは治療できるはずです。今まで辛いことがあったんですね。もう大丈夫です。僕たちは彦一さんを見捨てませんから、一緒にがんばって改善していきましょう!」

「……だ、ダメだ。話にならない」

 

 絶体絶命である。

 助けを求めるように周囲を見回すと、給仕をしていたリリが「ろりこんって何ですか?」と首を傾げていた。

 彼女には何時までも無垢でいて欲しい。これは彦一のエゴだった。

 

 この状況ではもはや何を言っても逆効果だろう。

 

 彦一は死んだ魚のような目をして、虚ろな笑みを浮かべて、後ろ歩きで食堂から逃げ出した。

 

 一度自室に戻り、彦一は溜息を吐く。机には姑獲鳥の資料が広げられたままだった。ノートに書き散らかされた情報を整理して、一枚のページにまとめると、それを破って折りたたみ、ポケットに突っ込んでおいた。

 

(予定ではレティシアと向かうつもりだったが、まぁいいか。やばい姑獲鳥だったら……まぁ白夜叉に情報だけ渡せばいい。そもそも出会えるかどうかすらわからないからな)

 

 今夜、彦一は『サウザンドアイズ』の姑獲鳥の捜査隊に同行するつもりだった。

 

 予定が狂ってしまったが、さてどうしたものか。他の者に声をかけるべきか考えあぐねていると、ドアがノックされる。

 

「彦一。入っていいか?」

「は?」

 

 レティシアの声である。ドアを開けた後の光景も見えていた。

 

 あのような出来事の後に、彦一の部屋を尋ねてくるとは。ロリコン疑惑がかけられている彦一が言えることではないが、無防備すぎではないだろうか。

 

「おい、正気か?」

「失礼な言い草だな。正気とは何だ。食後に話があると言ったのは彦一ではないか」

「そりゃそうだが……はぁ。もうどうにでもしてくれ」

 

 頭が痛くなってくる。彦一は首を横に振った。

 

 レティシアは机に広げられていた資料に目を落とした。スッと目を細めながら口を開く。

 

「なるほど。それが姑獲鳥か。子どもをさらうとは悪質な妖魔だな」

 

 レティシアの声からは嫌悪感がにじみ出ている。

 高潔な吸血鬼の一族『箱庭の騎士』としては許せるものではないのだろう。

 

「手を貸して欲しい。頼めるか?」

「ふふ、答えるまでもない。よくぞ私を頼ってくれたな、彦一」

 

 頼った理由は他にあるのだが、それは今言うべきではなさそうだ。

 

「だが十六夜たちには声をかけなくてもいいのか?」

「姑獲鳥を捜索するのは真夜中だ。一日二日で解決できるとは思えない。全員引っ張り出してしまうと、昼間に何もできなくなる。捜査隊でも俺たちはおまけみたいな扱いだからな」

「ふむ。致し方ないか」

「あくまで『サウザンドアイズ』が本隊だ。それに……」

 

 子どもの死体が出るかもしれない。女性陣には見せたくなかった。これもエゴだ。

 

「お前なら、死体を見ても冷静さを失うことはなさそうだからな」

「……ああ。その点は問題ない。胸を張って言えることではないが」

 

 そもそも張る胸などないのだが、それは言わぬが華である。

 笑ってしまった彦一がレティシアに睨まれ、彼は弱り切ったように肩をすくめた。

 

 レティシアなら死体を見ても動じないだろう。詳しくは知らないが、実年齢は黒ウサギとは比較にならないらしい。

 問題は、むしろ彦一の方にあった。彦一は死体を見ても動揺しないとは断言できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜半、彦一たちは二三二二九八〇外門の事件現場に足を運んでいた。

 

「金融系コミュニティの『アウトバンク』だ。ここにあるのはその社宅みたいなものだな」

「ここで最初の被害者が行方不明になったのか」

 

 ぱっと見たところでは、ただのアパートである。

 真夜中のため、ひたすらに不気味だったが、それ以外にはおかしな点は見当たらない。

 

 すでに調査され尽くしている。彦一たちが新たな発見をすることはなさそうだ。

 

「平屋のプレハブで、建築費は相当ケチっているな、これは。歩いただけで床がきしんでいる。壁も薄板一枚。声は筒抜けになっているだろう。住居というよりも家畜の小屋だな」

「うむ、たしかに優秀な取り立て人がいなくなって経営が苦しいと聞いている。このままでは解散することになるかもしれんな」

「取り立て人とは?」

「ギフトゲームで借金の返済を取り決める者のことだ」

 

 白夜叉の解説に、彦一は納得した。

 ギフトゲームでの取り決めは破ることはできない。返済の期限を決めておけば、確実に取り立てができるわけだ。

 

「ちなみに金利は?」

「大体のところは月利一割でやっているらしいぞ」

 

 悪質だった。箱庭こわい。

 いや、こちらの世界では月利一割が一般的なのだろう。決して悪徳な経営をしているわけではないはずだ。きっと。おそらく。

 

「特に見るべきところはなさそうだ。にしても隙間風がひどいな」

 

 レティシアが不愉快そうに眉をひそめる。

 

 それから『サウザンドアイズ』の捜査隊が首を横に振った。『瞳』のギフトで何やら調べていたようだ。

 結果は無駄骨。半ば予想通りである。

 

 二件目、三件目と現場を歩き回るが、結局何も起こらなかった。

 

「もういないんじゃないですか。きっと私たちに恐れをなして逃げ出したんですよ」

「被害者の家族にも同じことを言えるのか?」

「……それは」

 

 捜査隊の隊員が、白夜叉に睨まれて押し黙った。

 黙っているが、それは白夜叉の仕事ではないかと不満げに唇を尖らせている。

 

 頭の悪そうな女だ。彦一はこれはダメかもしれないと思わされる。

 

 行方不明者は合計八人。犯行はほとんど毎日行われていた。子どもが避難してからは事件は起こっていない。そして、そろそろ事件発生から二週間になる。

 

「使えるのか、あれは?」

「言うな。あれでもギフトは破格だ。『ラミアの千里眼』持ちだぞ」

 

 呆れ果てている彦一に、白夜叉が言う。

 

「ギフトは凄いのかもしれないが、捜査隊が諦めムードに入ってるのか。だから白夜叉は俺にも声をかけたわけだ」

 

 頭の痛い問題だった。レティシアも溜息を吐いている。

 

「……最悪、捜査が打ち切られて、私たちだけで捜査を続けていると言う状況も有り得るだろう」

「前途多難だな」

「まったくだ。だからと言って、今さら降りるつもりはないが」

 

 レティシアに目を向けられて、彦一は肩をすくめた。

 彼女のように犯人を必ず見つけ出すというような使命感こそないが、ここで降りるのは不義理に過ぎるだろう。いたずらに『ノーネーム』の悪名をばらまくだけだ。

 

 その時、月明かりが陰る。頭上から鳥の羽音がした。

 

「――っ!?」

「来たか、彦一!」

 

 彦一とレティシアが身構えるが、白夜叉たちは無反応だった。

 

 脅威ではないのだろうか。彦一は思わず首を傾げてしまう。見上げてみると、そこには奇妙な生き物がいた。首が異様に長い鳥、鶴のようだ。長い首は蛇のような鱗に覆われている。恐ろしく不細工な異形だった。

 

『いつまで! いつまで!』

 

 異形はキィキィと甲高い声で鳴いている。

 

「以津真天だ。人に害をなす妖怪ではなく、あのように『いつまで』と鳴くだけでな」

「人騒がせなやつだな……」

 

 白夜叉が疲れたように説明すると、臨戦態勢に入っていたレティシアが構えを解いた。白夜叉の態度から察するに、以津真天は何度も現れているようだ。

 

「……いつまで?」

『いつまで! いつまで!』

「どうした、彦一? まだ現場の半分も回っていないが。早くしないと日が昇ってしまうぞ」

 

 以津真天を見上げて微動だにしない彦一に、レティシアが焦れて袖を引っ張っている。

 

 彼の頭の中では、次々とパズルのピースがはまっていった。

 

「おい、彦一?」

「……ここなのか」

 

 彦一が異形に問いかける。

 以津真天は『いつまで!』と叫ぶだけだ。それしか言えない妖怪である。しかし彦一は、その返答を肯定だと受け取った。

 

 レティシアの手を振り切って地面にかがみ込む。

 触れてみると、土は柔らかかった。これは最近掘り起こされている。

 

 つい先ほど、彦一たちはこの上を歩いていた。なぜ誰も気付かなかったのだろうか。彦一は泣きたくなった。

 

「以津真天がなぜ『いつまで』と鳴くのか、誰も考えなかったのかよ」

 

 妖怪、以津真天。

 放置された死体の近くで「死体を『いつまで』放っておくのか」と鳴くという。

 

 

 

 

 

 

 

 以津真天に従って地面を掘り返したところ、被害者全員分の死体が見付かった。被害者の遺族に何と説明したものかと白夜叉が頭を抱えている。

 

「大丈夫か、彦一」

「いや、ちょっときつい……」

 

 一晩で子どもの死体八つを見せられたのだ。これで平気な顔をしていたら場慣れしすぎているか、異常者のどちらかだろう。

 

 彦一は現場近くの家で軒先を借りていた。

 地面に座り込んで、じっと考え込んでいる。もう一時間もそのままだった。

 

 視線の先では『サウザンドアイズ』の捜査隊が調査を開始していた。彼らは時折、彦一たちの方を振り返ってはヒソヒソと小声で陰口を叩いている。

 

「お前の方こそ平気なのか」

「これでも元は魔王だ。嫌われるのは慣れている」

「そんなものに慣れるなよ」

 

 レティシアは彦一の隣に腰を下ろした。自虐的に笑って「そうだな」と、ぼそりと呟いている。

 

「すべての死体から血が抜かれていたのだ。吸血鬼の仕業だと疑うのは当然だろう。ここで私が弁解しても、逆効果になるだけだ」

「血を吸うのはヴァンパイアだけなのかよ。世の中には吸血コウモリや吸血魚もいるんだぞ。蚊とかシラミとか、ハエやヒルだって血を吸うのにな」

「……虫と同一視されるのは、うん、非常に複雑な気分になるのだが」

 

 彦一の肩に置かれた手が、万力のように締め付けられる。

 レティシアが「馬鹿にしているのか? ん? 吸血鬼を愚弄しているのだな?」と青筋を浮かべていた。

 

「ある小説で探偵が自虐していたよ。探偵が活躍できるのは事件が終わってからだとさ」

「間違ってはいない。これから彦一がすべきことは、事件の真相を日の当たるところへと掘り出すことだからな」

 

 寒い夜だった。

 二人は並んで地面に座り、肩を寄せ合っていた。

 

「終わらせるか」

「もう少し、座っていろ。今のお前は辛そうだ」

「そっか。そうだな」

 

 彦一はレティシアの好意に甘えさせて貰った。

 こういうことをするからロリコン疑惑が出て来るのだということを、彼はまだ気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 捜査本部が置かれている『サウザンドアイズ』の支店に到着した時には、もう朝日が出始めていた。

 

 不自然な点は幾つもあった。

 

 一つ目。被害者はすべて十歳以下の子どもである。

 姑獲鳥がさらうのは『赤ん坊』だ。十歳以下とは大雑把すぎる。

 

 二つ目。すべての現場に鳥の羽が落ちていた。

 犯人が姑獲鳥に罪を着せようとしているようにしか思えなかった。

 

 三つ目。すべての死体が埋められていた。

 姑獲鳥が死体を埋めるとは聞いたことがなかった。あれは隠蔽工作だろう。

 

 四つ目。すべての死体から血液が抜き取られていた。

 姑獲鳥は血を吸わない。

 

 五つ目。『瞳』のギフトを持った者が、死体を見付けられなかった。

 白夜叉の人選である。どこが優秀なやつらばかりだ。無能ばかりではないか。

 

「以上の点から、俺はこの事件は姑獲鳥に見せかけた殺人事件ではないかと疑っている」

 

 一同は昨日と同じ座敷に集まっていた。

 彦一、レティシア、白夜叉。――そしてやる気のなかった捜査隊の女性。

 

『ラミアの千里眼』というギフトを持っているという。

 

「あんたはたしかヒトとラミアの混血だったか?」

「は、はい。そうですけど。どうして私がここに呼ばれているのでしょうか?」

 

 ラミア。

 ゼウスの寵愛を受けていたために、ヘラに眠りを奪われた美女である。ゼウスは彼女が休めるように目を取り外せるようにして、その時だけ眠れるようにしてやった。

 

『ラミアの千里眼』とは目を取り外す――遠くの視界を得るというギフトだ。

 

 だがそれは今回の件にはあまり関係はない。

 

「ラミアとは蛇の怪物とされているが、元々は美女であり、ゼウスの子どもを産んでいる。それに嫉妬したのがゼウスの妻、ヘラだ。ヘラはその子どもを片っ端から殺していった。絶望したラミアは子どもをさらう怪物と化す」

「……まさか」

 

 白夜叉がぎょっとしたように振り返る。

 レティシアが無言で立ち上がり、犯人を逃がさないように戸口の前に立った。

 

「またラミアは子どもの血を吸う吸血鬼とも言われている。これは偶然だろうか。あまりに出来過ぎているように思えるのは俺だけか」

「おんしが、やったのか……?」

 

 捜査隊の女性は、肩を震わせていた。

 

「やってないって言っても、もう駄目でしょうね」

「そういえば姑獲鳥の目撃証言を持ってきたのも、おんしだったな」

 

 すぐに証拠は出揃うだろう。今まで情報が出て来なかったのは、この女性がひそかに捜査を妨害していたからだ。

 人選を見直して、あらためて調査を行えば、不明な点は出揃うだろう。

 

「なぜだ? なぜ殺した?」

 

 女性は苦痛を堪えるように歯を食い縛った。

 

「だって、仕方がないじゃないですか。それともラミアの血に抗えと言うんですか?」

「白夜叉は白夜の夜叉。夜叉とは残虐な鬼神だが、この白夜叉は見ての通りのアホ神だ」

「アホ神とは何だ。くびり殺すぞ」

「レティシアは吸血鬼(ヴァンパイア)だが、この世界では『箱庭の騎士』と呼ばれるほどの高潔な種族だという」

 

 ただの人間の彦一が偉そうに言えることではない。

 だが。

 

「ラミアの血をたった半分しか引いていないお前が、種族の本能に引っ張られたというのは、いささかお粗末な言い訳だな」

「だって! だって! 仕方ないんですよ!」

「彦一! 聞くな!」

 

 レティシアが叫ぶが、どうにもならなかった。

 

「子どもの血って、おいしいんですから」

 

 くらっと、立ちくらみがした。

 怒りだろうか。悲しみだろうか。自分でもよくわからない。

 

 何時の間にか、彦一はレティシアに支えられていた。

 

「落ち着け、彦一!」

「あ、えっと」

 

 白夜叉の指示によって犯人が連行されている。

 

「終わったんだ。この事件は終わった。お前が終わらせたんだ」

「……そう、か」

 

 レティシアによくやったと頭を撫でられる。子ども扱いしないでくれと抵抗する気力すら出て来なかった。

 

 白夜叉が戻ってくる。

 

「なんにせよ、よくやってくれた。さて、報酬の話をせねばならんな」

「報酬?」

 

 レティシアが眉を寄せた。

 

 白夜叉が依頼して、彦一が受けた。

 正当な報酬が支払われるのは当然のことだが、このタイミングで言うべきことだろうかと疑問に思っているようだ。

 

 彦一はふっと息を吐き出した。

 思い悩むのは後回しにしよう。気を取り直して、お楽しみの報酬に意識を移す。

 

「うむ。私が用意しているのは『影を操るギフト』だ」

「なっ――! 彦一、それは!?」

 

 レティシアが絶句する。

 そう。そのギフトはかつてレティシアが所有していたものである。

 

『ノーネーム』が魔王に敗北した後、レティシアは身柄を魔王に押さえられた。

 所有していたギフトの大半をその時に奪われてしまい、わずかに残っていたギフトも所有者が変わっていく中で、取り引きして渡してしまっていた。

 

「この前、換金目的でうちの店にこのギフトが持ち込まれてな。おんしらへのカードとして確保しておったのだ」

「彦一。お前は私のために?」

「元魔王がただのメイドってのは詰まらないだろ」

 

 照れ隠しでそっぽを向いた彦一に、レティシアは泣きそうな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、彦一。私なんかのために、ここまでしてくれるとは。お前が仲間で、本当によかった」

「や、やめっ! 恥ずい! 恥ずかしすぎる!」

 

 とうとう彦一は堪えきれなくなって逃げ出した。

 

 白夜叉は二人を見送ると、扇子を口元に当てて呵々と笑う。

 

「存外、お人好しのようだな。夜行彦一」

 

 日が昇る。箱庭の朝は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 




・今回
レティシア回。ジン君がどんどん空気に…。
あとギフトゲームやってねぇじゃん! エセ推理小説じゃん! シリアスじゃん!
次こそ二巻に入ります。原作通りの部分は相変わらず、すっ飛ばすつもりですが。

・自由とかフリーダムとか
フリーダムと聞くとランスシリーズのあいつを思い出す。

・姑獲鳥とか以津真天とか
拝み屋「この世には不思議なことなど何もないのだよ」

・ラミア
またDQN(ゼウス)か。

・レティシア
元魔王の金髪ロリ吸血鬼美少女メイド。
文面を眺めているとゲシュタルト崩壊してくるのですが…。

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