まさか修学旅行中にこのようなことをやらされるとは思いも寄らなかった。
ふっ、と呼気をひとつ。
カラシニコフらしき小銃を構えていた不審者を強襲する。
不審者は声を上げる暇なく、鼻面に右肘をぶち当てられて昏倒する。
不審者――と言うよりも、テロリストか。
悲鳴を上げられたら、たちまち他の連中が集まってきていた。
だが、そうならないことを彼は直前に『知っていた』。
(何やってんだろ、俺。スパイ映画じゃねーんだぞ)
おまけこちらは高校生だ。
なのにやっていることはラノベの主人公か、十四歳の妄想か。
ブツブツとひとしきり愚痴ってから、夜行彦一はテロリストの武器を強奪してトイレのドアをそっと開いた。
場所は――『海の上』。
北九州から関西への連絡船。
瀬戸大橋すげーと感動したのがつい十五分ほど前のこと。
船内は他のテロリストに制圧されている。乗客は人質だろう。
このままトイレに立て籠もればジリ貧。と言うよりも、気絶させたテロリストが戻ってこないことに気付いたやつらが、いずれ駆け付けてくる。
時間との戦いだ。
方針は――逃げる。立ち向かうなどナンセンスだ。
今頃クラスの連中はどうなってるのだろう。
(まぁ、どうでもいいか……)
彦一は何時の間にかイジメのターゲットにロックオンされていた。
ここ数ヶ月、学校では教師以外と会話していない。
修学旅行は金を払ってるから参加しているだけで、自由行動では班行動なのに取り残されるという有り様。
まさか漫画喫茶に入店することになるとは……。
(――おっと)
彦一が船室に入ってからおよそ二十秒後、客室から小銃を脇に構えた小男が現れた。ひとつずつ部屋をチェックしているのだろう。いずれ彦一が隠れた部屋にやってくるというのが彦一には『見えていた』。
銃で反撃する。ナンセンス。
使い方がよくわからない。素人に扱えるようなものではない。
というか銃声なんて警報装置、自分で鳴らせと言うのか。
咄嗟に思い付いたのは、テロリストに変装してやり過ごすというものだった。これこそスパイ映画である。アホかと。
とはいえこんなことなら武器だけでなく衣服も剥がしておくんだったと後悔してしまう。
(詰んだ……)
脳裏に映っているのは、テロリストに銃口を突き付けられて両手を挙げている彦一。
このまま隠れているとまずそうなる。ドアの影に隠れてみても、見える光景は変わらない。
相変わらず使えない力だ。見える先は一瞬から最長で三十秒。
となると。
撃って、走って、能力を駆使して逃げ回り、船から海上へ飛び降りる。
できるわけがない。失敗すれば死ぬ。
(さて、どうしたものか……む、何だ?)
ひらりと、目の前に一枚の封書が落ちてくる。
彦一はそれを睨み付けた。
何の変哲もない、ごくありふれた封筒だ。
不審な点は『夜行彦一様へ』と書かれていることだけに留まらない。
(見えなかった? まさか俺の能力が取りこぼした?)
あり得ない。彦一は無意識に呟いていた。
手紙の内容に目を通していた彦一は唇の端が吊り上がっていることに気付いていなかった。
手紙には『異世界に来ませんか、戻れませんけど楽しいですよ(要約)』と書かれていた。
異世界――箱庭の世界に呼び出された彦一は、空から落下していた。
テンプレである。それ以上でも以下でもない。
衝撃吸収用の水幕っぽいものを何枚もぶち破って、彦一は池に落下した。
水浸しになってうんざりしているのは彼一人ではない。
ヘッドホンを首にかけているガラの悪そうな少年。
見るからにお嬢様っぽい少女。
三毛猫抱えた少女。
そして小銃抱えた少年、夜行彦一。
「サバゲーでもやってたのか?」
少年の問いに、彦一は溜息を吐きながら銃を空に向ける。
引き金を引くと、火薬の炸裂音が。
「やべぇ、うるせぇ! 耳いてぇ! つか水浸しなのに撃てるのかよ流石はカラシニコフ!」
舌打ちしながら小銃を水の中に捨てる。なお、撃てることは能力で見ていたのでわかっていた。
見ていたのにやってしまう、これが若さである。
「な、な……」
「まさかとは思っていたが本物か」
唖然とするお嬢様はさておき、ヘッドホン少年はまったく動じていない。
とりあえず四人はこの世界への招待を受けた同類だということを確認すると、それぞれ自己紹介を行った。用法と用量を守って以下略。
ヘッドホンが逆廻十六夜。
お嬢様が久遠飛鳥。
三毛猫少女が春日部耀。
少女たちから距離を取られている夜行彦一。
そんな感じで彼らの異世界生活は始まったのである。