「は、ははは、やっと…………出来た…………」
「ね、寝かして…………くれ…………」
スカリエッティの研究所の一角で満身創痍の科学者が2人。1人は当然スカリエッティその人。もう1人は管理局技術部の室長である。そして2人の目の前にある生体ポッドには長い髪も肌も、更に普通の人間にはない背中に生えている翼も真っ白な、色のない少女が入っていた。
「寝る? 寝言を言うには、早いぞ……ジェイル。さあこの子を起こそう!!」
「3日、不眠……不休、だぞ…………し、死ぬ…………」
「この程度で人間死ぬかぁ!! 起きろ『アンヘル』!!」
生体ポッドの液体が抜け、ポッドから少女がゆっくりと歩み出てくる。瞼を開けると宝石のような赤い瞳が周囲を見渡したのち、スカリエッティと室長をじっと見つめた。
「おはよう、アンヘル……気分は、どうだい?」
「アン、ヘル?」
「そうだ。君の……名前だよ」
「アンヘル……なまえ……アンヘル……わたし?」
「その通りだ。なかなか、頭の回転が早い、ね」
3日で生み出された存在のため、まだ基本的な知識すら植え込まれていないようだが、理解力は高いらしい。そんな少女、アンヘルはちょこちょこと室内を歩き回っては様々な機材を眺めたり、時には触ったりしていた。セーフティはしてあるので誤作動が起こる事はない。
「ウーノちゃんを……呼んでくれ」
「あ……あ……」
なんとかウーノを呼ぶサインを送ったところでスカリエッティの意識は飛んだ。3日で戦闘機人を生み出すという所業は彼の精神と肉体を大きく痛め付けたのだろう。
急いでやってきたウーノはまずスカリエッティを寝床へ運ぶと室長の指示を仰いだ。
「この子が新型の戦闘機人ですね。どのようにすれば良いでしょう?」
「彼女は、まだ赤子だ…………基礎学習を」
「畏まりました。アンヘル、でしたね。私と共に行きましょう」
「だれ?」
「貴女の姉のウーノです」
「あね、ウーノ…………ウーノあね!」
「今はそれで構いません」
ウーノがアンヘルを連れていったのを見届けた室長は自力で寝床まで這いずっていき、そのまま意識を手放した。
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今は殆ど使われていない学習室でウーノはアンヘルに言葉や生活道具など、一先ず生きていく上で重要となる事を教えていたが、その学習速度に舌を巻いていた。
「ではこれは何でしょう?」
「ドライヤー! かみかわかすの!」
「ではこれは?」
「スプーンフォーク! おしょくじするの!」
教えた事を一度で覚えてしまうアンヘルは自分達とは違う素体から作られたのだと嫌でも思い知らされるウーノだが、同時に新しい妹が生まれた喜びもあった。しかし彼女も戦闘機人となると何かしらのISがあるはずだ。ウーノはそれが気になってきた。
「アンヘル、何か自分に力を感じたりはしませんか?」
「ちから?」
「……いえ、気にしないで下さい。勉強を続けましょう」
「おべんきょうする!」
元気よく返事をしたアンヘルだったが、徐々に何かを考え込むような表情をするようになった。
「どうしました?」
「おなかへった」
「…………ではご飯にしましょう」
「ごはん!」
時間は昼の12時。確かにちょうどいい時間帯だ。ウーノはアンヘルと手を繋いで食堂へと向かう。食堂には大半のナンバーズも集まっていた。
「あらぁウーノお姉様、その子が新しい妹ですかぁ?」
「そうです。ただ変な事を教えないようにクアットロ。アンヘルはお前と違って純粋無垢なんですよ」
「はぁーい」
少し前まで食事はレーションであったが、鏡達が暮らすようになってから一般的に食事と呼べるようなものも出るようになった。なので今回はアンヘルにも比較的一般的な食事を出される事になった。作っているのは鏡だ。
「お待たせしたの。ハンバーグランチじゃ」
「…………」
「儂の顔に何か付いておるか?」
「マアキュリー? でもよわい…………」
「! ORTを察知しおるか。流石は同じ存在じゃ。しかし弱いとはのぉ…………確かに3割じゃから仕方ないとはいえ悲しいものじゃ」
「マアキュリーちがう?」
「似たようなものじゃよ。そんな事より今は食事ではないか?」
「うん! ごはんする!」
内心滅茶苦茶ショックを受けている鏡だが、それを表に出さずに平然としていた。そんな鏡をよそにナンバーズの面々は黙々と食事をするアンヘルにちょっかいを出していく。何か反応を示さないか試している感じだが、アンヘルは全く動じない。
「貴女達、あまりアンヘルで遊ばないの」
「でもウーノ姉様、気になります」
「ディードにとっちゃ初めての妹だしな。しかしこいつ強いのか? 化け物を使ったからって宝の持ち腐れとかじゃねぇよな」
「あらぁ、少なくともノーヴェちゃんよりお利口そうよ」
「んだと!?」
「ノーヴェ、クアットロそこまでだ。実力ならば実戦をすれば分かる」
「トーレ、だからといって戦うなんて言わないように」
「いいんじゃないかな。アンヘルの力をみんなが見ておく必要があるだろうしね」
「ミスタ! もう動いても大丈夫なのですか?」
「僕はジェイルほど柔じゃない」
2リットルペットボトル一杯のコーヒーをがぶ飲みしながらやってきた室長の言葉に戦闘好きなナンバーズは歓喜した。誰が適任か議論を始める中、指名をしたのは他でもないアンヘルであった。
「ディード! ディードとする!」
「私?」
「いいじゃないか。妹のお願い、聞かないわけにはいかないだろう」
「そうですねミスタ。よろしくね、アンヘル」
「よろしくね!」
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アンヘルの初試合という事でスカリエッティも無理矢理引っ張ってこられた。当然本人の意思など無視だ。
訓練場では既にストレッチを終わらせたディードと翼で飛び回っているアンヘルが戦いの時を待っている…………いや、待っているのはディードだけかもしれない。
『2人共、準備は出来ていますか?』
「はい」
「ばさばさー」
『アンヘル、姉を待たせてはいけませんよ』
「えへへ、はーい」
ウーノに叱られても楽しげなアンヘルだが、ディードの前に立つと少しは真面目そうな顔をする。少なからずやる気はあるようだ。
試合の合図はない。どちらかが手を出せばスタートだ。まずはディードがエネルギーの刃を持った双剣でアンヘルへと斬りかかる。対してアンヘルは微動だにしない。誰もが反応出来なかったのだと思い、期待を落胆に変えたところでそれは起こった。
「! 刃が!?」
「?」
「チィッ!!」
ーーポスッ
「!?」
「どうしたのディード?」
アンヘルに触れようとしたエネルギーの刃が消失したのだ。そこからのディードの判断は見事なものだった。エネルギー状のものが通用しないと即座に判断し、回し蹴りをアンヘルの腹に叩き込んだ。だがそれも全く威力のない小さな音を立ててアンヘルに触れるだけとなった。
それらも当然恐ろしい事象だが、それ以上にディードが恐怖したのはアンヘルの瞳であった。彼女は無垢だ。だが生物を元に生まれた存在ならば敵意を向けられたり、攻撃を受けたりすれば赤子でも何かしらの守備的反応を示す。しかし彼女にはそれがない。彼女にとって今の状況は遊んでもらっているのと同義なのだ。そう彼女の瞳が言っているのをディードは見てしまった。
「どーん!!」
「っ!」
両手で人を押すような攻撃とは言えないアンヘルの攻撃に、ディードは脅威を感じて回避する。その直感は正しかったらしく、アンヘルの攻撃は凄まじい衝撃で大気を揺らした。当たればひとたまりもなかっただろう。
『そこまで!』
「えーっ」
これ以上続ければどうなるか分からないと判断したウーノが試合を止めた。遊べないと思ったアンヘルは不満そうであった。
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先程の僅かな試合のデータとにらめっこする室長と眠そうなスカリエッティ。室長は今日までに管理局に帰らなくてはいけないためやる気が違う。
「どう見てもエネルギーの吸収だな。しかも魔力や戦闘機人特有のエネルギーだけでなく運動エネルギーすら吸収している」
「あらゆるエネルギーを吸収とは凄まじいISだね。ふぁ~」
「おいおい、やる気を出せよ。それでも彼女の親かい?」
「私をここまで追い詰めたのは君だろう」
「この程度で弱音を吐くお前が悪い」
愚痴を言い合いながらも確実にアンヘルの力を解析していく2人。最終的に判明した力はあらゆるエネルギーの吸収と放出であった。限界値は不明だが、元となったものがORTと同質の存在。かなりのエネルギーを吸収可能と判断された。
「IS名はどうする?」
「彼女の名前も君が決めたんだ。そっちも君が決めてくれ。私は寝る」
「そうか。では分かりやすく『アブソーバー』でいいな。僕はもう帰るから固有武装は頼むよ」
「分かった分かった」
適当な返事に不安を感じ、自分で作ってしまおうかと考えながら帰宅した室長であった。
アリサ「前書きが作者の一言入院日記になっているんだけど」
シャマル「ここも作者の妄想みたいなものよ」
アリサ「作品全てが作者の妄想じゃないですか」
シャマル「そうだったわね。さて、新しい戦闘機人のアンヘルちゃん誕生ね」
アリサ「どんな力なら通じるのかしら。幻想殺しのパンチなら殺れる?」
シャマル「でも元がアルティメット・ワンの一部だから単純な破壊力もあるかもしれないわね」
アリサ「アルティメット・ワンの一部って言っちゃうんだ」
シャマル「ORTと同質の存在なんだからみんな分かっている事よ」
アリサ「それもそうですよね。では今日は何の日やりますよ」
シャマル「本日1月30日は『3分間電話の日』よ」
アリサ「何ですかその日」
シャマル「公衆電話で長電話出来ないように3分間10円に定められた日よ。今は携帯電話があるからさして気にするような事でもないわね」
アリサ「実は作者は小学生の頃、公衆電話のかけ方が分からなかったそうよ」
シャマル「それは恥ずかしいわね」
アリサ「ではまた次回」