要は考えていた。自分の力をフルに使って戦いたいと。しかし残念な事に相手がいない。管理局に所属している局員を総動員しても全力を出せないだろう。そこで思い付いたのが過去全力の自分に勝利したリュウの事であった。
善は急げと言わんばかりに要は神様へと連絡し、彼が住む幻想郷へと向かった。まるで江戸後期から明治初期のような雰囲気を残す忘れ去られた世界幻想郷。そこの博麗神社に彼は居るはずだったが、見つかったのは参道を掃き掃除している巫女、博麗霊夢のみであった。
「参拝客かしら? 素敵な賽銭箱はあそこよ」
「生憎と金銭はないんだ。物でもいいか?」
「構わないけど生物(なまもの)は勘弁よ」
「へいへい」
ーーゴトゴトッ
要が賽銭箱の隣に捨てるように置いたのは大量の宝石の原石だった。その大きさは加工しても数十カラットはありそうなほど。
「石ころなんて嫌がらせ?」
しかし霊夢にはこれが宝石の原石とは分からなかったようだ。
「これ宝石だが」
「宝石? 分かりにくいわね。ちゃんとピカピカにしてから持ってきなさいよ」
「ひでぇ言い方だな。しかしいい加減気付かないもんかね
「何がよ」
「俺だよ。一条要」
「…………あんた、また老けたわね」
「うっせぇ」
どうにも要の世界と幻想郷には時差があるらしく、要の世界の数年は幻想郷の数ヵ月となっている。なので霊夢にとって少し前までは子供だった要が1年も経たないうたに大人になるという現象が起こるわけだ。だからといって関係が変わるわけでもない。
「リュウに会いに来たんだけどよ、あいつどこ?」
「衣玖と買い出しよ。勝手に上がって待ってなさい。お茶ぐらい入れられるでしょ
「どうせ暇だし掃除手伝うぜ」
「あらそう。ならお願いするわ」
「あ、これ洋菓子なんだがどうしておけばいい?」
「随分と沢山あるわね。まあ適当に置いておいて。まだ寒いから痛まないわ」
「あいよ」
ーーーーーーーーーーーー
「今日はお野菜が沢山買えましたし、お鍋がいいかもしれませんね」
「時期としても悪くないな。そうしよう」
だが少し買いすぎてしまったかもしれない。俺と霊夢と衣玖、それと萃香の4人で処理しきれるか少し心配だ。ま、いざとなれば誰か誘えばいい。鍋は人数が多い方が楽しいもんな。
「あら、霊夢さんがいませんね。お掃除は終わっているようですが」
「いつもならまだ半分くらいなのに今日は早いな」
別に普段手を抜いて掃除している、なんて事はないよな。もし普段から手を抜いているとしても今日いきなりやる気を出す理由がない。
それと関係あるのか分からないが、神社の中に霊夢以外の誰かかが居る気配がする。俺の知る限りこんな気配の奴は…………まさか……
「ただいま。霊夢、居るよな」
「おかえりー。居間よー」
「おせーぞー」
「男性の声ですね……リュウさんのお知り合いですか?」
「会ってみないと確認出来ないな」
居間に入ると霊夢とどこかで見覚えのある青白い長髪の男が洋菓子を食べていた。
「要か? また成長したな」
「こっちが遅いだけだ。これたっちゃんに土産。こっちには絶対にないもんだ」
これまた大量の洋菓子を……洋菓子自体はあるんだがな。だがここまで自信満々に言われたらそれを告げるのが忍ばれる。
「ほれ、リュウも衣玖もこのシュークリーム食ってみろ」
「ああ…………………………美味い……!」
「これは、素晴らしいですね」
「だろ! 翠屋のは最高なんだ」
なるほど、これは確かに幻想郷には絶対にない。少し洋菓子を嘗めていた。もしまた外に行く機会があればこんな店を探してもいいな。
「要さんはどうして幻想郷にいらしたのですか?」
「リュウに喧嘩売りに来た」
「えっ、やだよ」
「いいじゃない。私は要の力を見てみたいし」
「おー、やれやれー」
「萃香居たのか…………」
みんな俺が負けるなんて考えちゃいないんだろう。俺だって負けるつもりはない。だがそれは要も同じだ。勝算がなければわざわざ幻想郷まで乗り込んでくるなんて事はない。
「ほれほれ、みんなこう言ってるぜ」
「…………少しなら」
「はい言質取ったー!! やるぞ、さあやるぞ、すぐやるぞ」
「分かった分かった」
一先ず外に出るか。俺が動く前に要はウキウキしながら飛び出していってしまった。ガキか。いや戦闘狂か。面倒だなぁ。
「準備はいいか? 俺はいつでもいけるぞ」
「おいおい、場所はここでいいのか?」
「……それもそうだな。俺達がその気になったらここら吹っ飛ぶもんな。ちょいと待て。神様、結界お願いします」
『おk』
なんか滅茶苦茶適当な返事が聞こえたんだけど、今のが神? 威厳の欠片もないが、張られた結界自体は並ではない。伊達に神を名乗ってないって事だな。
「何よこの結界!? どんな神様よ!?」
「そういえば聞いたことないな。神様ってどんな神様ですか?」
『ギリシャの浮気者だけど何か?』
「へぇー」
神じゃねぇじゃん。どうして要はこんなのと知り合ったんだ。今はそんな事どうだっていいんだが、気になる。
「もういいよな、な。100%にして待ってるんだぞ」
「まるで興奮した犬だな。霊夢、合図を頼む」
「分かったわ…………始めっ!」
「シャァッ!!」
ーーーーーーーーーーーー
初撃は要の蹴りだった。大砲のような威力を持つ高速の一撃がリュウの腹部へと突き刺さり、リュウは吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられた。そこへ要は追撃を仕掛ける。殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。終わりのない暴力でリュウの肉体を粉砕しようとする。
「随分と……好き勝手やってくれる!! でぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「早速それか! 嬉しいぜ!!」
「黙れ戦闘狂!」
赤い光に包まれたリュウの姿が変化する。上半身は人の姿のまま、蒼い髪は白く変色し、首に掛かる程度に短くなっている。背中からは皮膜の無い赤い羽根が生え、下半身は赤い肌をしたかぎ爪の足に変わり、尻の辺りから赤い尾が生えていた。『カイザー』。非常に強力な力を放つそれも、要にとっては歓喜にしかならない。ちなみに観客の霊夢と衣玖はその姿に見とれていた。
リュウは片刃の大剣で要を弾き飛ばし、体勢を整える。そこへ要が拳を握り締めて飛び込むも、逆に顎を殴られてフラフラと後退する。
「またこれだ……認識出来ないってのはちとズルくないか?」
「シャドウウォークの事か? これも技だ。悔しければ見切る事だ」
「それが出来りゃ苦労しねぇよ。あ、見切る必要はないよな。お前が動く前に殴ればいいし」
「その通りだが、今の俺はお前に抜かれるほど遅くないぞ」
「分かってる。だから……限界突破150%だ」
「!?」
これまでより圧倒的に速い踏み込みからの拳打にリュウは一瞬たじろぐ。だがまだリュウの方が速く、リュウは拳打を回避して要の右腕を切り落とした。それでも要は止まらない。片腕がないならもう一方の腕で、脚で、とにかく攻撃を続ける。
「いい加減に、しやがれ!! 神滅『テラ=ブレイク』!!」
剣に力を込め、当てた瞬間にそれを爆発させる。喰らえば大抵は即死するような攻撃を要は異形の腕をもって受け止めた。
「150でも届かないか」
「……その腕、完全にものにしたか」
「あれから何年も経ってるから流石にな」
要の奥の手の1つ、武装・ORTだ。切り落とされた腕もそれで再生しきっている。
「やっぱり強い奴との戦いは楽しいな」
「その意見はさっぱり分からん」
「ゲームと同じさ。弱いのを虐めるより強いのに勝つ方が快感があるだろ」
「その言いぐさだとまるで俺に勝てるようだな」
「勝てるさ」
要の拳が降り下ろされる。既にそこにリュウはおらず、背後から要を斬りつけた。それを要は直感で避ける。シャドウウォークが使われる限り要がリュウの攻撃を避けるには直感に頼ってリュウの間合いから離れるしかない。それが要には酷く煩わしかった。
「ハァッ!!」
リュウの攻撃は続く。認識出来ない無数の斬撃を避けきれるほど要の直感も万能ではない。傷は一瞬で治るが、それでも避ける事で体力が消耗されていく。
「かったる。避けるのやーめた。完全武装・ORT」
ーーガキャンッ
「なにっ!?」
胴を薙ごうとしたリュウの一撃はとてつもなく硬いものによって弾かれた。そこに居たのは異形。全身に青白い水晶のようなものを纏い、眼は赤い複眼のようになっている。それが要であったと判断出来る要素は長い髪だけだ。
「ほれ」
「!?」
油断もなく警戒も十分していた。そんなリュウが認識すら出来ずに四肢を砕かれ、異形と化した要に腹を貫かれていた。
『完全武装・ORT』。要の奥の手の1つとなるこれに特別な力はない。ただ速く、ただ硬く、ただ強い。それだけだ。それだけでも星を1つ更地にする事だ容易に出来てしまう。そんな暴力の化身。
「リュウ! リュウ!!!」
「リュウさん! 気を確かに!!」
「ぐっ……ただの傷だ」
「流石に治りが早いな。さてリュウ、続きやるか?」
「…………やめ」
「リュウならやめるなんて言わないとは思うけどー、もし、本当にもし勝負をやめるって言うなら 彼女達の前で負けたまま逃げる事になるよなー。俺にはそんな恥ずかしい事とてもとても出来ないなー」
「……………………」(イラッ)
「リュウ」
「なんだ霊夢」
「そこの馬鹿をやっちゃいなさいよ」
「ちょうどそうしようと思っていたところだ」
分かりやすすぎる挑発だが、その分かりやすさが人をイラつかせるには十分だったようだ。リュウの姿が大きく変化していく。十数メートルの体躯、純白の鱗、背中からは空色に輝く光の翼。そんな竜へとなったリュウに要は心の底から震え上がり、歓喜した。
《小僧……図に乗り過ぎだぞ》
「ガキは図に乗ってなんぼだ。さっきまでのはカイザーだっけか。その姿はなんて言うんだ?」
《アンフィニ》
「アンフィニ、覚えた。んじゃ、手合わせ願おうか! 死ねぇ!!!」
とても手合わせとは思えない掛け声から放たれた回し蹴りは白き竜を多少後退りさせただけにとどまった。
「うわぁ、ショック」
《骨や内臓にはしっかりダメージが入った。そう悲観する事もない。次は俺だな》
「あん? 竜人になるのか」
「こっちの方が動きやすいからな。武器も使える」
白き竜から竜人になったリュウは無拍子に斬撃を放つ。十分に速かったカイザーすら比べ物にならない速さの攻撃。避けるつもりなどなかった要だが、危険と判断したのか片腕でガードをする。剣は腕を半分ほど斬ったところで勢いが衰えた。
「「うおぉらぁっ!!」」
距離を離すという考えが一致したか2人は同時に互いを蹴り飛ばした。
「ってぇなトカゲ野郎!!」
「硬すぎんだよ戦闘狂!! ビックバン!!」
「んおっ!?」
リュウは両手を突き出すと要を中心に光が集まる。全てを崩壊させんと言わんばかりの爆発が要を呑み込んでいく。
「水晶渓谷!」
それに対抗するように要は侵食固有結界『水晶渓谷』を発動し、崩壊と創造の均衡を保ちきりビックバンを防ぎきった。
「腕力だけだと思っていたが、ちゃんとそういう事も出来るんじゃないか」
「実に不本意だがな」
「いや使えるもんは使えよ脳筋」
「脳筋結構。まだまだやるぜ」
「いや、終わりにしよう」
剣を構えるリュウの雰囲気が先程までとは明らかに違う。本当に終わらせるつもりなのだ。
「避けられるのなら避けろ」
これまでの要ならこんな忠告は耳も貸さなかっただろう。しかし今だけは従わなくてはいけない。そんな圧力がその忠告にはあった。
「ハアァァァァァァァァッ!!!!」
神滅『テラ=ブレイク』
カイザーの時にも見た技だが、何かが違う。それに触るなと体内のORTからも警報が飛ばされる。要は必死に体を捻り、ギリギリのところで回避しきった。剣は空を斬り、僅かに結界に触れると、神が造り出したそれを意図も容易く消失させてしまったのだ。
「殺す気か馬鹿野郎!!」
「死ねぇとか言ったお前がそれを言うか!!」
「うっせぇ!!」
「あれだけの戦いをしたくせにまるで子供みたいね」
「男性はいつまで経っても子供らしい部分がありますから。それも魅力なんでしょうね」
「凄かったぞ2人共。酒の肴にならないくらいだ。それで、決着はどうなるんだ?」
「これは引き分け」
「どう見ても俺の負けだろ」
完全武装も解いた要がふてくされて言った言葉に皆がキョトンとする。
「忠告されて避けた攻撃なんて避けたうちに入るかよ。あれで俺は死んでた。だから俺の負け」
「俺は本気で斬りにいった。忠告があったとはいえそれを完璧に避けたんだ。そんなに落ち込むな」
「だとしてもこんなんじゃ俺が納得出来ない。修業のやり直しだな。いいかリュウ、今度は最後の奥の手を完成させてリベンジする。覚悟しろ」
「まだ引き出しがあったか。お前との戦いは疲れるからこれで終わりにしたくもあるが、そこまで言うなら待ったおこう」
「待っとけ。じゃあな!! 神様頼みますよ!」
神の力により一瞬にして要は幻想郷から居なくなった。先程まで騒がしかったのが嘘のように博麗神社に静かな時間が訪れる。
「そういえば…………」
「どうしましたリュウさん」
「今日の鍋、あいつも誘うべきだったかなって」
「何、今夜鍋なの? だったら誘うのも悪くなかったわね。あいつとすずかの関係がどうなったのかも気になるし」
「それは確かに聞いておかなくてはいけませんでしたね」
「人の恋路にあんまり首突っ込むもんじゃないよ。でももし関係が悪くなってたりしたらどうするつもり?」
「縛り上げて雷撃を落とします」
「夢想天生でボコるわ」
「アンフィニで消し炭にする」
「うわぁ…………鬼でも死ぬよそれ」
「「「人じゃないから大丈夫」」」
楽しかったです(小並感)
本当はリュウを焚き付ける部分はもっと過激にするつもりでしたが、ギャグ風味にしました。あんまりやりすぎると主人公らしくなくなりますし。まあ今でも主人公らしくないですけどね。
次回はどうなるか分かりませんがお楽しみに。
あ、これは言っておかなくてはいけませんね。新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。