ある昼下がり、クロノと要はとある管理局の会議に参加させられていた。部外者である要の参加には反対意見もあったものの、リンディが無理矢理押しきったのだ。しかし退屈と判断した要は考え込むような姿勢のまま眠ってしまった。そんな要は誰も気にせず会議は進む。
「では今回起こった事件に関してだが、簡単に言えば多人数行方不明事件だ。場所はこの島となる」
進行役がモニターに映したのは自然豊かな島の映像だ。屋久島を想像してもらえればいい。島自体はかなり小さく、人が暮らすには適しているとは思えないものだ。
「この島は最近になって発見された島で、食物が豊富なんだが、調査に入った人間が次々と行方不明になっているのだ。管理局員ですらな」
「正確な人数は?」
「管理局員は5人、その前に入った民間の査員は14人だ。彼らの遺留品も発見されていない」
小型の島でそこまでの人数が行方不明となるのは確かにおかしい。何かしらの生物に襲われたとしても、野生生物が荷物まで持っていくとは考えにくい。
「ん? 遺留品がないって事はそれを確認した人物が居るんですよね? その人は無事なんですか?」
「無事だ。どうやら島に入った人間全てが居なくなるわけではないらしい。近いうちにまた局員を派遣する。その候補が君達だ」
その言葉に会議に参加していたほぼ全員がざわつく。ただの会議と考えていたのに突然死地に向かえと言われたのだ。動揺しても仕方がない。多くが縮こまり、一切の発言を控える中、1人手を上げる者が居た。
「よろしいでしょうか?」
「何かなクロノ君」
「この任務、僕とこの寝坊助に任せてもらえないでしょうか?」
「フガッ? クロノ、呼んだか?」
「…………自信があるのかな? 君はともかく、その少年は信用ならないのだが」
「これは強いです。少なくともこの場に居る全員と戦っても一瞬で勝てるでしょう」
再び会議室がざわつく。今度は恐怖ではない。怒りによるものだ。一艦長に推薦されてやって来た一般人の少年に勝てないと言われて局員としてのプライドが傷付いたのであろう。だがクロノはそんなものは無視して話を続ける。
「信用はいりません。結果を出すだけです」
「君がそこまで言うのならばそれなりの根拠があるのだろう。分かった。君達に任せよう」
「ありがとうございます。行くぞ要。作戦を練る」
「ふぁ~い。失礼しまーす」
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かったりぃ。どうして俺がこんな仕事をやんなきゃなんないんだよ。リンディさんの頼みで会議に出ただけなのに。ちゃんと給料出るよな。
「しっかりと資料を頭に叩き込め。大丈夫だとは思うが、何があるか分からないのだぞ」
「アリストテレス、データに叩き込んどけよ」
《これくらい自分でして下さいよ主》
俺のデバイスなら俺の代わりに仕事をするぐらいやってみせろ。こんな事細かなデータを渡されたって俺は使わねぇんだからよ。頭を使う仕事は俺向きじゃねぇ。でもそんな愚痴を言ってもクロノが聞いてくれるはずもねぇしなぁ。
ってんかへ部屋が眩しいな。これってもしかして神様による転移じゃないか? 何度か見たし、体験したし、きっとそうだ。
「要、一戦やろ…………お邪魔だったか?」
「よう紅莉。一戦はちょっと無理かな」
「おい要。この非常識な奴は誰だ?」
「あ、クロ……初めまして、緋凰紅莉と言います。えっと」
「こいつは緋凰紅莉。俺のダチで同じ理不尽系な奴」
「分かった」
「分かったのか!?」
「ああ、僕の常識が通用しないのがよく分かった。僕はクロノ・ハラオウンだ」
紅莉の奴呆気に取られてるな。まあ突然現れた自分をあっさりと受け入れられたらそうなるか。俺の世界の友人達は俺という非常識を見続けたおかげか変なところが麻痺している。この結果は何も驚く事じゃない。
「君も要と同類なら戦えるのだろう。仕事に付き合ってくれ。これが資料だ」
「はっ? いや、いいのか?」
「クロノがいいならいいんじゃね? この件の権限はクロノが持ってるし」
「私語をしている余裕があるならさっさと資料を読み込め。3時間後に出るぞ」
「あいよ」
「…………本当にいいのか?」
紅莉は心配性だなぁ。
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どうしてこうなった? 久しぶりに要と一戦交えるつもりだったのに変な島にやって来てしまった。こっちの世界のクロノのメンタルが強すぎる。
「ここは食物が豊富だったな。俺達も食っていいのか?」
「構わない。今は危険区域として管理局が買い取ったからな」
「やるねぇ。おぉっ!? すっげぇこの苺!!」
うわっ、なんだあの大きな苺は。まるで林檎じゃないか。この島にはあんなものがわんさかあるのか。あ、要が苺にかぶり付いた。味はどうなんだろう?
「すっぱぁっ!? レモンかよ!?」
「君の胃なら硫酸でも耐えそうだから問題ないだろ」
「うっせぇ。ん、でも後味は苺だな。うめぇ」
結局美味しいのか。レモン並みに強い酸味を持った苺って美味しそうに聞こえないのに。しかしこの島は少し見回すだけで見た事のないものが沢山ある。パッと見果物が多いようだが、野菜の類いもありそうだ。
「紅莉、これやるよ」
「おっと、これは?」
「キウイじゃね?」
憶測で物を渡さないでもらいたい。確かに見た目も大きさもキウイだけど、それにしてはふかふかというか。
「チュー」
「……ネズミじゃんか」
「キウイネズミってか? 地球で売ったら高値が付きそうだな」
「そんな発想は俺にはなかった。ほら、森へお帰り」
「チュー」
ーーパタパタ
「飛んだ……」
まさかネズミが飛ぶなんて。あんな小さな羽でよく浮けるものだ。何かしら魔法的な要素が作用しているのかもな。
「君達、遊ぶのはいいが早く事件を解決するぞ」
「すまんすまん」
「悪い。行こう」
この事件は何人もの人が居なくなっているんだ。遊んでばかりはいられない。あくまで俺は部外者だが、やるからには徹底的にだ。
「うはっ! 見ろよこれ! 白いトマトだ!!」
…………要、仕事しようぜ。
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夕闇の中、3人は止まることなく森の中を歩き続けていた。流石に整備されているわけではないので歩きにくくはあるが、そこまで木々が茂っていないので困るような事もなかった。空も飛べるし、念のためデバイスでマッピングもしている。帰りも問題ない。
途中小腹が空けば近くにある果実や野菜をかじればいい。少なくとも要達が食べたものの中に不味いものはなかった。
「空気も綺麗。食い物も旨い。天国みたいだな」
「ではここに永住するかい? 君なら失踪しても帰ってこれそうだ」
「そりゃねぇぜクロノ。食は確保出来ても衣と住がないじゃないか」
「でも要の気持ちも分かるな。ここは心地がいい」
《マスター、よろしいですか?》
「どうしたエア」
《先ほどから生物が少ないと感じるのですが》
「そうか? ほら、そこにも鳥が居るぞ」
要が指差した先には確かに鳥が居る。ここまで歩いてきた道のりにも昆虫や蝙蝠といった生物は居た。だがそれらの生物を思い出した時、ある違和感を全員が感じた。
「そういえば、飛べる生き物しか居なかったな」
「あのキウイネズミですら飛んでいたしな。何でだ?」
「生物が空を飛ぶ理由はいくつかあるが、天敵からの逃避と生息圏の拡大が大きなものだ。そう考えると今まで見た生物は外からやってきたか……あるいは何かから逃げるために進化したかだ」
「その何かが今回の事件の犯人である可能性があるな。島の生き物全てから恐れられる存在。面白い」
ーーガサガサッ
その時草むらが揺れ始めた。何が出てくるか分からない。3人はデバイスをセットアップし待ち構える。
「シャーッ!」
「蛇か。でかいな」
「こいつはコアトルだ。ドラゴンの亜種と思え」
全長20mはありそうな翼のある大蛇、コアトルはじっくりと要達の姿を確認している。そして動き出したが、それは想定外の行動だった。
ーーバサッバサッ
「逃げた!?」
「追うか? あれが犯人かもしれないぞ」
「待て。島の様子がおかしい。空を見ろ!」
クロノが示した空には無数の黒い点が広がっていた。それは空を飛ぶ生物の群れだった。大中小、肉食草食雑食、あらゆる生物が争う事なく同じ時間に同じ空を飛ぶという異常な光景。コアトルもその群れへと混ざっていった。
「何が起こったんだ……」
「これから何か起こるのかもな。例えば行方不明事件の犯人が現れるとか」
「夜行性か。島中の生き物が一斉に逃げる奴、少し楽しみだ」
「紅莉も好きだねぇ」
「お前も楽しみなんだろ」
「そりゃな」
「今日は徹夜になるぞ。野営の準備をするんだ」
「「了解」」
野営といっても今晩は誰も眠るつもりはない。3人が休めるだけのスペースを探せばいいだけだ。
「ここでいいんじゃね? 飯にしようぜ」
要が座り込み、食事の準備を始めた。予め用意してきたナイフで食材を捌き、ライターで火を起こしたところである問題に気が付いた。
「串も鉄板もなかったな。調理どうしようか」
「何かで代用出来ないのか」
「……ニードルガン?」
「そんなものよりこれを使うといい」
「これは鱗か?」
大人の顔ほどの大きさがありそうな巨大な鱗をクロノが要へと手渡す。かなり頑丈で、軽く火で炙っても焦げ付きもしない。
「おそらく先ほどのコアトルのものだろう。いけるか?」
「十分。んじゃ焼くぞ」
「何を焼くのか教えてくれよ」
「肉みたいな葉っぱ。生でもいけたが、焼くときっと旨いぞ」
「サーロインウッドの葉だな。僕も食すのは初めてだが、高級レストランで出るほどの食材だぞ」
「へぇ」
じっくりと熱せられ熱々になった鱗にサーロインウッドの葉が乗せられると、ジュワーと音を立てて焼けていく。辺りにはまるで牛肉を焼いたときのような香ばしい匂いが広がっていく。本来ならば獣達が寄ってくる匂いだが、今はこの島に生物はほぼ居ない。
「焼けるまでに要はこれを剥いておいてくれ」
「何これ。石?」
「ジャガイワだ。文字通り岩のような皮をしたジャガイモだな。普通は専用器具で皮を剥くが、君なら素手でいいだろう。紅莉はこれを振ってくれ」
「ココナッツをか?」
「ミルクココナッツと呼ばれるものだ。中は生乳に近い成分の液体が入っていて、振るとバターが出来る」
「詳しいなクロノ」
「僕も不味いものは食べたくない。事前に調べてきたんだ。僕はサラダを作っておく」
それぞれが決められた作業をし調理を進める。皿はないので大きめの葉っぱが皿の代わりとなるが、軽く炙って消毒したのでおそらく大丈夫のはずだ。
サーロインウッドの葉のステーキをメインにジャガイワのバター乗せ、グリーンサラダというメニューが今晩の食事だ。
「「「いただきます」」」
まずは要がサーロインウッドの葉にかぶり付く。生で食べた時とは違い、口内に広がる肉汁。植物とは思えないほどの歯応え。しかししつこくなく、鼻からは爽やかな香りが抜けていく。
ジャガイワのバター乗せは普通のジャガイモよりも味の濃いジャガイワの旨味をバターがより引き立てている。ジャガイワの舌触りは非常に滑らかでいくらでも口の中へ入っていていきそうだった。
「……ヤバくね? グリーンサラダ以外」
「これは初めての衝撃だ。グリーンサラダ以外」
「僕の作ったグリーンサラダがそんなに不満か!? 栄養バランスを考えろ!!」
「「ハハハッ」」
ーーゴゴゴッ
「んん!? 地震か!?」
「でかいぞ! 注意するんだ!!」
ーーガパァッ
「「「!?」」」
大きな地震が発生したかと思えば地面がぱっくりと割れた。地割れではない。そう、まるで生物が口を開けたような……
「触手!? 逃げるぞ!!!」
割れた地面からは無数の触手が飛び出してきた。3人は空へと逃げ出すが、触手は追い掛けてくる。
「斬れろ!!」
「オラッ! シールドスライサー!!」
だが触手は紅莉の刀と要の魔法で斬り落とされていった。そのうちになんとか触手が届かない距離まで逃げる事が出来た。
「まさか、犯人が島そのものとは」
「どうすんだクロノ。破壊するか?」
「紅莉は何か広域破壊が出来る魔法を持っているか?」
「そういうのはないな」
《申し訳ありません》
「エアは謝らなくていいんだよ」
「その通りだ。君達は悪くない。敵が想定外すぎただけだ。帰ろう。処分は局に任せればいい」
「時間を掛ければ何とかなりそうだが、面倒だしな」
「なら要。事件も解決したし、ってちょっと待てよ! 時間ってまだ要との戦いが」
紅莉がこの世界にやってきた本来の目的を果たすために要に勝負を仕掛けようとしたところ消えてしまった。どうやら神による強制転移をくらってしまったようだ。
流石に突然消えたのは要もクロノも少し驚いたが、下手に協力者が居た事がバレるよりはマシと前向きに考えるのであった。