公園のベンチにて要は悩んでいた。本日はすずかとデートをする予定なのだが、誘拐事件の時にこれが決定したのはご存じの通り。そしてあの時冷静に返答していた要だが、実はテンパり過ぎて冷静になるという状態だったのだ。
「大丈夫大丈夫。すずかの好みはなのはに訊いた。デートコースも徹夜して 考えた。嫌われる事はない。大丈夫だ安心しろ俺」
前世で女性と付き合ったりするという事はあったものの、こんな歳ですずかのような美少女とのデートは要にとって初体験となる。しかも下手をすれば自分の将来が決まってしまうようなデートなのだ。これ以上ないというほどに要は緊張していた。
「か、要さん、こんにちは。待ちました?」
「いいや待っていないぞ。今来たところだ」
「それなら良かったです。ちょっと遅かったかと思ってたので」
「まだ30分前じゃないか。早いくらいだぞ」
「えっ……あ、時計がずれてる」
「ははっ、しっかりしろよ。こりゃエスコートが大変だ」
「笑わないで下さいよぉ」
偶然かすずかのミスかは分からないが、可愛いハプニングで要の緊張もほぐれたようだ。ベンチから立ち上がって背伸びをすると、要は新しくなった携帯電話で今日のデートコースを改めて確認した。
「まずはボウリングをやるつもりだが、いいか? 嫌なら断ってくれてもいいぞ」
「運動は大好きですなのは要さんも知っているでしょう。せっかく早く来たんですから沢山遊びましょう」
「お、やる気満々だな。よっしゃ、遊ぶか」
すずかも軽い気持ちなのだと理解すると、要はこれをデートではなく友人同士の遊びと割り切る事にしたようだ。気持ちが緩んでいたからか2人は追跡してくる人影に気が付く事はなかった。
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ところ変わって月村家では忍を始め、多くの人がテレビを観ていた。中にはなのはやアリサ、恭也の姿もあった。そしてテレビには要とすずかの様子が映されていた。
「いや~、時計を弄って正解だったわ。空気が軽くなったみたい」
「こうやって人のデートを観るなんて、なんだかドラマを観ている感じね」
「すずかちゃん、ファイトだよ」
「もしかすると要君は俺の義弟になるかもしれないのか。不思議な気分だ」
デートの様子は明らかに娯楽とされてしまっている。おそらく見つかればこの場に居る全員がただでは済まない目に遭うのは確定だ。ちなみにデートの様子を撮影しているのはノエルである。
「しかし最初がボウリング。すずか相手だから許されるわね」
「どっちも運動が得意だからぴったりだよね」
「お、始まるようだぞ」
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まさか自分達のデートが見世物にされているとは思ってもみない要とすずかはボウリングを堪能していた。
「やった! ターキー!」
「やるな。アベレージ250はいってんじゃねぇか?」
「要さんだってさっきパーフェクト出したじゃないですか」
「ボウリングなんて自分の力である程度軌道は決まるから楽勝だ。しかし目立ちすぎたか?」
「小学生がこれだけのスコアを出してますもんね」
下手なプロ以上なスコアを連発する小学生のプレイを観覧しようと沢山の観客が集まっていた。あまり人に観られるのは好まないが、まだゲーム数が残っているという事で2人はボウリングを続けた。
「ほっ…………はい、ストライク」
『おぉぉぉぉぉ』
「なんだか大事になっちゃってますね」
「今ので終わりだからもう散るだろうさ。スポーツドリンク飲むか?」
「ありがとうございます」
流石にゲームが終わってまで居残る暇人も居ないようで、もう周りに人は居なくなっていた。休憩をしながら2人はこの後の予定について話を始めた。
「時間もいい感じだし、飯にするか? 実は美味い洋食の店を予約してあるんだよ」
「そうなんですか? じゃあご馳走になります」
前世が会社員だったため癖で予約したのだが、すずかが弁当などを持ってきておらず、気持ちの面でちょっぴり助かった要であった。
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こちらは再び月村家。こちらでも昼食を取る準備をしているようだ。
「忍御嬢様、ピザの準備が出来ました」
「ありがとー、持ってきて」
「畏まりました」
「悪いな忍。昼までご馳走になって」
「いいのいいの。それより要君ってどんなお店を予約したと思う?」
「要さんって意外とグルメですよ」
「きっと『春風』じゃないかな?」
なのはの出した店名に心当たりがある人物は誰もおらず、全員が首をかしげた。自信満々ななのはの様子を見るにそれなりの根拠があるようだ。
「なんでそう思うのよ」
「私ってお父さんが入院した時に要君のお家に預けてもらった事があるでしょ。その時に何度も行ったの。要君のおじさんが経営しているお店で、取材とかは一切お断りだからあんまり知られてないの」
なのはの言う通り士郎が入院した時、面倒を見てやれないかもしれないという理由で余裕が出来るまで桃子はなのはを一条家に預けたのだ。だから一条家の生活を知っていてもなんら不思議ではない。
「そっか。ならもう安心していいかな。ノエル、帰ってきて」
『よろしいのですか?』
「元々要君が突拍子もないデートコースを選ばないか心配だったから監視を頼んだだけだしね。ここまでしっかりすずかの事を考えているなら監視の必要もないわ。デートもお昼までだからご飯を食べたらおしまいだし」
『畏まりました』
ノエルと話した後、忍は笑っていた。いくら信用出来るといっても、要のセンスがおかしかったらすずかの恋人として認めてやるのは戸惑ってしまう。しかしその心配事もなくなったのだ。
「出歯亀はこれでおしまい! 付き合ってくれたお礼に昼食後はデザートバイキングまで用意し てあげるわよ!!」
「やったー!!」
「ありがとうございます!」
「俺となのはは甘味には五月蝿いぞ」
「流石に桃子さんには劣るけど、その分数で勝負よ!」
この後は最早宴会のような騒ぎになってしまい、ノエルが帰ってくるまで静まる事はなかった。
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要とすずかがやって来たのはなのはの予想通り春風という洋食屋だった。外観は古びた洋館のようで、看板も出ていない。知らなければ食事処とは気付けないだろう。
ーーカランカラン
「いらっしゃいませ」
「おじさんこんにちは、要です」
「フハハ、おじさん言うな。お兄さんと呼べ」
「ンギャァッ!?」
入ってすぐに要は店長である叔父に関節技を掛けられた。客は何人か居るのだが、その光景に驚く人も止めに入る人も居ない。むしろ懐かしそうに眺める人が居るほどだ。
「あの娘っ子は誰だ? まさか彼女か!? 要だけで席2つ予約した時はおかしいと思ったんだ。小学生のくせにリア充なんて生意気だ!! つーかなのはちゃんはどうした!?」
「ぬおぉぉ! お、落ち着けおじさん、別にすずかは彼女じゃ」
「お兄さんと呼べえぇぇ!!!」
「ヒギィィィィィッ!?」
「いらっしゃいませぇ。要君のお友達かしらぁ? 席はこっちよぉ」
止まる事なく技を掛けられる要を見て何も言えずに固まっていたすずかの手を女性店員が引っ張り席へ案内する。海が眺められる個室だが、すずかは風景より要が気になって仕方がなかった。
「あ、あの、要さんは」
「いつもの事よぉ。すぐに料理と要君を持ってくるから待っててねぇ」
女性店員はおしぼりと水を置いていくと個室から出ていった。そしてすぐに要を引き連れて戻ってきた。
「おばさん、助かりました」
「いいのよぉ。それじゃあごゆっくりぃ」
「大丈夫でしたか?」
「ああ。おじさんも手加減はしてくれてたからな」
要は体をほぐしながら席に座る。しばらくして料理が届き、昼食が始まった。
「このサラダ美味しいですね」
「口に合ったようで良かった。ここ以上の店なんて知らないからな」
何か会話が広がるわけでもなく、もくもくと食事を取る2人。時々どちらかが話を切り出すが、結局黙ってしまう。そんな中、何かを決意したかのように要が話を始めた。
「すずかはさ、まだ恋人とかを作るつもりはないんだろ」
「な、と、突然どうしたんですか?」
「そのうちすずかも恋人とかが居てもいいと考える時期が来ると思うんだ。中学か、高校か、それとももっと先か」
「もしかして要さん、月村家の秘密を知ったら婚姻を結ぶっていううちの決まりを気にしていますか?」
「そうかもしれない。ただ、すずかを恋人にしたいと思わなきゃこんな事は言わない」
精神は成人している自分がすずかにこんな事を言っている。それに要は当然ながら自分が異常だと感じていた。しかしこの気持ちに偽りはなかった。
「…………俺ってロリコンだったのか……」
「えっ、要さん今なんて?」
「何でもない。さっきのも気にしないでくれ」
「気にしますよ! あんな、告白みたいに……」
「そうだな。まるで告白だ。でも気にするとしたら今じゃなくて誰かと付き合ってもいいと思える歳になった頃に気にしてくれ」
「……分かりましたよ。その時に要さんが魅力的な男性だったら気にします」
「きっつい事言ってくれるな」
最後はなんとも言えない空気になってしまったが、2人の初デートは悪くない想い出となった。
すずか「告白されました」
アリサ「軽いわね」
すずか「今決める事じゃないからね」
アリサ「後書きだからこうしていられるけど、本編のあんたはテンパってるんじゃないの?」
すずか「間違いなくね。それはそれでいいんじゃない?」
アリサ「いいの? よく分からないわ。さて、今日は何の日?」
すずか「本日4月24日は『植物学の日』。有名な植物学者の誕生日らしいよ」
アリサ「植物か。花は好きよ」
すずか「私も。綺麗な花は癒されるよね」
アリサ「次回は要さんが修行するそうよ。ではまた次回