暑い……夏休みだからって何かやる事があるわけでもなけりゃ、やるべき宿題は自由研究を除いて夏休み前に終わらせてしまった。公園でグダグダしているのも暇潰しを探しに来ているからだ。自由研究の課題が見つかれば儲けもんだ。
「……ジュース買おう」
ベンチでだらけていても何も起こりそうにない。とりあえず渇いた喉を潤すために何かジュースでも買おう。こういう日はスポーツ飲料が一番だ。汗をかいたら水分と塩分が必須だ。水分だけだと熱中症になるかもしれないからな。
ーーガコン
自販機から出てきたスポーツ飲料を手に取りさっきまで居たベンチへと戻る。そこには2人の少年が居た。少し席を外している間に場所を取られてしまったようだ。まあ公共物だから文句は言えん。
しかし片方の少年はどこかで見た記憶があるな。茶髪でツンツンした頭にゴーグル。何だっけな。
「どうしましょう太一さん」
「俺にそんな事を聞かれてもな。地道に探すしかないだろ」
2人の会話が耳に入ってきた。そうそう、太一だ。初代デジモンアニメの主人公で選ばれし子供達のリーダー格の八神太一。
「ってうぇぇええぇっ!!?」
こ、この世界はデジモンの世界じゃないし、八神太一はこの周辺出身ではない。八神太一の並行世界の存在? いやこの世界は元はアニメだぞ。並行世界の存在だとしても違うアニメの主人公が居るもんか?
だが丁度いい暇潰しになりそうだ。幸いにも歳は近い。話し掛けても不自然ではない。
「なあ、お前達何してるんだ?」
「「…………か、要さん!?」」
「えっ」
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いきなり名前を呼ばれたのには驚いたが、とりあえず話を聞いてみた。
こいつら、八神太一と加藤航って白髪のガキが居たのはデジモンの世界らしい。そして太一の方は憑依者、航は転生者に分類される存在のようだ。更にこいつらの世界では俺はこいつらの格闘の先生だとか。
「改めて考えるとんでもないな。そんでお前達はデジタルワールドを経由してこの世界に飛ばされたと」
「こっちとしてはこの世界がリリカルな魔法世界なのにビックリですよ」
太一はこの世界の詳細を知っているようだな。神様は転生させる人間を間違えたんじゃなかろうか。
「お前達がデジモンワールドから来たならパートナーデジモンも近くに居るのか?」
「見つかると大変なんでそこの草むらに隠れてます」
「太一はアグモンだろ。航のパートナーはナニモン?」
「何か違うデジモンの名称が出た気もしますが……俺のパートナーはルナモンです」
「ほう!」
ウサギのデジモンだな。アニメやゲームにも出演しているかなかにに人気なデジモンだ。対となるコロナモンは居ないのか。
「要さんは帰る手掛かりみたいの知りませんか?」
「うーむ、あくまでお前達が来たのは並行世界だからな。次元世界なら管理局を頼りに出来ただろうけども…………」
「デジタルワールドへのゲートを探すしかないか」
「それが確実だろう」
だがデジタルワールドへの行き方なんてもんは知らない。ゲートを開く方法も分からない。ついでに言うとこの世界へ来る方法があっても帰る方法があるとは限らない。神様と連絡する事が可能ならなぁ。
「まあなんだ。行くところがないなら今日はうちに来い。家族は出掛けてて居ないからな」
「本当ですか! アグモン、出てこいよ!」
「もう大丈夫なの?」
「ルナモンも来いよ」
「うん」
おお、本物のデジモンだ。やっぱりこういう生き物にはロマンがあるな。俺も転生するならデジモン世界が良かったなぁ。
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「麦茶で良かったか?」
「「ありがとうございます」」
太一さんと俺は麦茶を一気に飲み干した。暑い日の麦茶はどうしてこんなに美味しいのか。
しかし何故こんな事になってしまったんだ。偶然デジタルワールドのゲートに吸い込まれて、何とか抜け出したと思ったら異世界に飛ばされてしまうなんて。たまたま出会ったのが転生者の要さんだから良かったものの、そうじゃなかったらどうなっていた事か。
「なあ、そっちの俺ってどんな奴だ?」
「どんなって、デジモンを素手で殴り倒しますよ」
「ほほー、一般人だろうによくやる」
「逸脱した人って書いて逸般人ですよ」
「こやつめ、ハハハ」
ーーガンッ
「いだっ!?」
うわ、今の人を殴った音じゃなかったぞ。太一さんの頭蓋骨は無事だろうか。やっぱりこの世界の要さんも殴り合いではとても強いんだろう。
「いたた……手加減して下さいよ。ってか今の元ネタ的に殴らないで下さいよ」
「かなり手加減したぞ。じゃなきゃお前の頭が原型を留めてないからな」
「馬鹿力じゃないですかー、やだー」
「力こそがパワーだ。覚えておけ」
何言っているのか分からないけど、つまりは自分は強いって意味なのかな? 楽しそうでなによりです。
「遊びに行きてぇなぁ」
「要さんが2人とか、想像したくねぇ」
「すみませんが、俺も太一さんと同意見です」
「ひっでぇなぁ。アグモンとルナモンも何か言ってくれよ」
「えっ、僕? うーん、僕は太一の言う通りにするよ」
「航に賛成!」
「味方無しかよ。悲しいな…………はぁ」
要さんが吐いた溜め息は明らかにこれまでのおちゃらけた雰囲気と違うものだった。無言で席から立ち窓から外を眺めるその顔はどこか険しい。
「時間が過ぎるのは早いな。お迎えだ」
「どういう事です?」
「見てみろ。お前達の知る空はあれか?」
訳も分からず俺と太一さんは空を眺めたが、見た瞬間に要さんが言っていた事を理解した。空の一部がデータ化し、巨大な穴を開けていた。穴は巨大化を続けている。間違いない。あれはデジタルワールドへ繋がっている。
「アリストテレス、結界を」
《畏まりました》
「あれ? 世界が」
「結界を張った。一般人に見せれるもんじゃねぇからな」
手際が良い。確かにあれが見つかったらどうなるか。マスコミやら何やらが押し寄せてこの街は暫く平穏ではなくなるだろうし。ん? 穴から何か飛び出してきた。金色の鳥? どんどんと数が増えている。
「クロスモン? 数が多いな」
「知っているんですか要さん!」
「前世ではデジモンは大好物だったからな。俺の知る原作通りの世界からお前達が来たなら、クロスモンは関係があるデジモンだぞ」
「と言いますと?」
「全ての始まり。選ばれし子供達が最初に見たデジモン。グレイモンと戦った巨鳥パロットモンの進化がクロスモンだ」
「「!」」
思わず息を飲んでしまう。あの日の事は決して忘れない。それは太一さんも同じだろう。あの時、まだ小学校にすら通っていないくらいに肉体が幼かった時に見たデジモンの進化系が現れるなんて、まるで成長したのはお前達だけじゃないと言われているようだ。
「早く外に出るぞ」
そうだ。いつまでな眺めているわけにはいかない。なるべく広い場所、さっきまで居た公園が良さそうだ。
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公園に着いたはいいが、クロスモンはかなり数を増やしていた。要さんが言うには究極体らしい。アグモンとルナモンが居れば勝てるだろうけど、厄介な事に変わりない。
「よーし、やるか」
「やるか、って要さんも戦うんですか!?」
「当然だろ。スーッ…………来いや小鳥共!!!」
要さんが大声でクロスモン達を挑発する。まだ俺達は準備が出来てないんですけど。
「クエェェェッ!!」
1体のクロスモンが突進してきた。標的は要さん。助けようにもルナモンの進化は間に合わない。慌てる俺達と対照的に要さんはゆっくりと手をクロスモンへかざして呟いた。
「100%だ」
その光景は信じられるものではなかった。クロスモンの突進を要さんは素手で受け止めたのだ。クレーターが出来るほどの衝撃だというのに要さんは傷一つ付いていない。こんな事が出来るのはデジモンでも数えるほどしか居ないはず。
「ふん」
ーーミシミシッ
「クェェ…………」
更に要さんが受け止めていた手に力を込めると、クロスモンの金色の鎧に罅が広がり、クロスモンは崩れ落ちた。この人は何なんだ。
「殲滅するぞ。進化を見せてくれよ」
「要さんばっかりに良い格好はさせられないしな。アグモン、ワープ進化だ!」
「分かったよ!」
「ルナモン、こっちも進化だ!」
「任せて!」
「「ワープ進化!!!」」
アグモンはウォーグレイモンへ、ルナモンはディアナモンへワープ進化する。俺達とこの世界の要さんが居れば時間は掛かるだろうけどクロスモンを全滅出来るはずだ。
「…………チッ、何か居るな」
「要さん?」
「クロスモンの処理は頼んだ」
戦うのを楽しみにしていたのにどうしたんだろう。ずっと空の穴を眺めているけど……それでも向かってくるクロスモンを処理しているのは流石と言うべきか。究極体はそんなに弱いものじゃないのにな。
「ガイアフォース!!」
「いいぞ! そこだウォーグレイモン!」
「ディアナモン、ウォーグレイモンに遅れを取るなよ」
「大丈夫。アロー・オブ・アルテミス!!」
いい調子だ。これならクロスモンを全滅させるのも時間の問題だ。ただ気になるのは要さんの動向。何を警戒して……
「ハッ! ようやく登場か!」
「光線!?」
空の穴から光線が照射され、要さんに直撃した。俺の知る究極体にこんな凄まじい威力の攻撃をする奴はほぼ居ない。要さんは無事か?
「下手くそ。狙いが甘いぞ」
「マジかよ。あれを避けた」
「あのくらいは避けねぇと話にならんぞ。さあ来やがれ!!」
穴の周りに居たクロスモン達が道を空けるように散らばった。そして出てきたのは騎士のようなデジモンだった。白い鎧に赤い外套。丸い盾と槍を持っている。感じるのは強者の威圧感。普通のデジモンじゃない。
「貴様か、デュークモン」
「我が名を知るか」
「当然、有名だからな。んで、何か用か? 太一達を連れて帰ってくれるのか?」
「そのような事をするつもりはない。我は貴様をデリートしに来たのだ。貴様の力の存在はデジタルワールドの脅威となりうるものだ」
「現実世界に居るだけで駄目なのかよ。ウィルス種のくせに聖騎士なんて矛盾を孕んだ奴に言われるのは侵害だな」
「そこに触れるか。覚悟は出来ているな?」
「上等! 潰してやるよ!!」
要さんとデュークモンというデジモンの戦いが始まった。デュークモンが槍を突き出せば要さんはそれを掴んでそれごと投げ捨て、要さんが蹴りを繰り出せばデュークモンは盾で受け流した。その行動一つ一つが衝撃を巻き起こし、周りのものを吹き飛ばす。
「航! 見とれてる暇はないぞ!」
「! すみません」
俺達はせめてあの戦いを邪魔しないようにクロスモンを倒す。
ーーーーーーーーーーーー
「やれウォーグレイモン!」
「おう!!」
よっしゃ、これであらかた片付いたな。航とディアナモンもやりきったみたいだ。要さんの方はどうかな?
「シャァッ!!!」
「ぐぅっ!?」
「死ねオラァッ!!!」
おお、要さんがだいぶ押してるぞ。生身であのレベルの究極体と戦えると人と呼んでいいのか悩むな。
要さんが飛び回る時に足場にしてる円盤は魔法か? とにかくはえぇ。遠目から見てるから何とか動きが分かるけど、目の前でやられたら絶対についていけねぇ。
「見えたぞ! ロイヤルセイバー!!」
ーーガギイィィ
槍が要さんの顔面を直撃した!? でも音が肉を貫いた音じゃない。
「フグァッ!!」
「我がグラムを歯で受け止めただと!? やはり貴様は危険だ。ファイナル・エリシオン!!」
「ウガァッ!!!」
デュークモンの盾が光りだすのを確認すると、要さんは盾を蹴り上げた。盾から出た光線は明後日の方向へと飛んでいく。
「あぶねぇな」
「確実に仕留めきれるタイミングだったが」
「俺を殺すのはてめぇじゃ無理って事だよ」
あんな相手によく挑発出来るよな。いくら有利でも一発食らったら逆転しかねない相手なのに。手を貸すのは要さんが怒るから無理だ。並行世界の人だからって言っても要さんの思考は分かりやすい。
「デュークモン、クロスモンも殆どやられた。そろそろ終わりにしねぇか?」
「よかろ」
「……部分解放」
一瞬の出来事で何があったか理解出来なかった。要さんの申し出にデュークモンが応えて言葉を紡いでいた途中で要さんが何かをした。その結果がデュークモンの消失。デュークモンが居た場所には僅かにデータの破片が漂っていて、少ししたらそれも消滅した。
怖かった。要さんがやった事は分からなかったけど、デュークモンが消失した一瞬だけこれまで感じた事のないくらいの寒気がした。まだ体が震えている。
「終わったな。穴が閉じる前に帰れよ」
「最後、何をしたんです?」
「化け物になった」
俺が震え声で訊いてみたら要さんはスッキリした顔でそう言った。化け物とは何か訊いたけど、それは笑うだけで答えてくれなかった。
「急げよ。また会えたらいいな」
「その時には化け物の正体を教えてくれますか?」
「どうだろな。航も知りたいか?」
「はい」
「なら次に会った時に教えよう」
結局今は教えてもらえないんだな。ってやべぇ! もう穴が小さくなっている!
「航行こう!! 要さん、ありがとうございました!!」
「また会いましょう要さん」
「じゃあな~」
この世界に来たのはいい経験になった。あんなにも次元の違う戦いはこの先見れないかもしれない。あーでも最後のは気になったなぁ。究極体を一瞬で葬るほどの力。航はどう感じたんだろう。
「なあ航。要さんの力は何だと思う?」
「分かりませんよ。ただ……一瞬だけど、脚が見えました」
「脚?」
「昆虫のような脚が要さんの背中から出ていたように見えたんです。はっきり言ってあれを見てしまっては要さんが人には見えません」
「そうなのか……そうだ! ウォーグレイモン達は見えたか?」
「見えたけど、忘れさせて」
「ノーコメント」
ウォーグレイモンもディアナモンもこの話題には触れたくないようだ。こんな風に絶するのは初めてかもしれない。はっきり見れなかった俺だけが仲間外れみたいじゃないか。ま、今は早く帰る事を考えるか。
要君がデュークモンを倒した時に使っ『部分解放』とはORTの肉体の一部を出す技になります。主にORTの脚を出して使います。ただし体の負担も大きいので使うのほほんの一瞬が好ましいですね。