サント・アンヌ号も後は船長のいる部屋を残し、全て回りきった。正直なところ、船長には会わなくて良い気もするが、せっかく此処まで来たのだ。どうせなら会っておいても良いだろう。それに船酔いする船長とやらを一度見てみたい。
そんなことを考えつつ、船長の部屋を目指して歩いていると、前から見覚えのある人間が歩いてきた。
「おお、グリーンじゃないか。ボンジュール」
「……なんでフランス語なんだよ」
いや、なんとなく。特に理由はない。てか、グリーンはよくフランス語だってわかったな。
色々な国から来た人がこのサント・アンヌ号に乗っているはずなのに、何故か全員日本人のような顔つきだったし、話す言語も日本語だった。英語すら禄に話すことのできない俺にとっては有り難いが、なんとも違和感がある。
だから、この世界には日本語しかないんじゃないかと思っていたんだが……グリーンのセリフを聞く限り、どうやらそうではないらしい。
う~ん、やはりよく分からない世界だ。
そして、グリーンったら相変わらず、不機嫌そうな顔なのね。そんなに船長の様子が酷かったのだろうか?
「んで、グリーンは此処で何やってんの?」
「船長が居合切りの名人だって言うから会いに来たんだよ。そしたらただの船酔いオヤジだったけど……そう言えば、レッドって招待されてたっけ?」
招待はされていないが、チケットなら持っている。だから安心してくれ。
ん~……グリーンは招待されていたってことだろうか? なんでこんな奴を招待したのやら……
「まぁ、いいや。レッド! お前はどのくらいの種類のポケモンを捕まえたんだ? へへーん、俺なんて「ちょい待て、今確認する」あっ、うん。わかった」
出会ったポケモンは全て捕まえているし、それなりの数になると思うけど……
「23種類だな」
思っていたよりも少なかった。
う~ん、おかしいな。もっと捕まえている気がしていたんだが。
そして、俺が23種類だと伝えると、グリーンが小さくガッツポーズをした。何コイツ、腹立つな。おれだって頑張っているんだ。ハラマキ、構わん。焼き払え。
「そうか、そうか。へへっ、俺なんかもう40種類も捕まえたぜ!」
あら、40種類か。それはすごいな。これからの作業を効率的に進めるためにも、此処は一度、お互いのデータを統合した方が良い気がする。二人で同じポケモンを捕まえているようじゃもったいないし。
「道一本違うだけで、捕れるポケモンも違うんだ!」
うん、それは知ってる。
「ちゃんと草むらへ入って探してみるんだな!」
それは、安心してくれ。草むらを見つけた時が一番嬉しいくらいの気持ちではあるから。
さてさて、此処でグリーンと会ったと言うことは……まぁ、ポケモン勝負をするってことだよな。うむ、今回はハラマキの経験値となってもらおうか。
「……うん? どうしたよ。ポケモンバトルしないのか?」
此方はやる気十分だと言うのに、何故かグリーンがポケモンバトルを始めようとしない。
いつもならグリーンから勝負を仕掛けて来ると言うのに。どうしたと言うのだ。
「……俺のこといじめない?」
…………なに言ってんだコイツは。
それじゃあ、まるで俺がグリーンをいじめていたみたいじゃないか。そんなことするはずがないだろうに。
「い、いやだってお前、わざと負けるじゃん! 俺はさっさと進みたいのに、お前が負け続けるせいで、全然先に進めないんだよ!」
アレは別にお前をいじめているわけではない。ただちょっと俺のポケモンの経験値になってもらっているだけだ。
それに安心してくれ。此処からポケモンセンターは遠いし、今はハラマキもいるから負ける方が難しい。デブチュウ一匹だけとかだったらやっても良かったのだが。
「わかった。わかったよぉ……しょ、勝負だレッド!」
うむ、それで良いと思うぞ。どうせお前だって俺に負けなきゃ先へ進めないのだろう。どう言う仕組みかは分からんが、此処はそう言う世界。お互い縛られるものは多いが、まぁ、気楽に行こうじゃあないか。
「ハラマキ――叩き潰せ」
「ふん……! ポ、ポケモンはちゃんと育てているようだな!」
グリーンの出してきたポケモンは全部で4匹。
何の問題もなくハラマキの“きりさく”4回で勝負は終わった。賞金は2.6グリーン。ハラマキのレベルもあと少しで40になるし、次からはアカヘルやデブチュウを育てることにしよう。
あと、俺も新しいポケモンを育て始めようかな。できればイシツブテやイワークみたいな岩タイプに強いポケモンを育てたい。岩タイプのポケモンが相手だと、“きりさく”も“ひのこ”も効果がいま一つのせいで面倒なんだ。
「この先にいる船長が“いあいぎり”のひでんマシンをくれるし、お前も会ってみたら? あの技は便利だぞ! じゃーな。あばよ!」
そう言って、俺に手を挙げてから立ち去るグリーン。今回は1回で勝負が終わったこともあってか、グリーンの機嫌はなかなか良さそうだった。ハラマキのレベルを見た瞬間はなんとも複雑そうな表情だったけど。
しかし、グリーンの言っていた秘伝マシンとはなんだろうか? 名前的に技マシンの仲間だとは思うけれど、どう言うものなのかはよく分からない。それに“いあいぎり”ができることでどうなると言うのだ。
まぁ、それも船長に聞いてみればわかるか。
そんなことで、サント・アンヌ号の船長の部屋へ。お邪魔します。
そして、部屋へ入ってまず聞こえてきたのが――船長の呻き声だった。
「おえー……船酔いで……気持ち悪い。もうすっかりダウン……おえっ」
なにこれ、マジかよ。最悪ですね。
うわ……うっわ。なんだろうか。船酔いする船長とか面白そうなんて思っていたが、実際に見てみるとただただどん引きするしかない。
だいたい、なんで動いていない船の上で船酔いしているんだよ。甲板にいた男性も船酔いしたとか言っていたが、流石にこれはおかしいだろ。
さて、どうするか。この様子じゃ船長とお話するのは難しそうだ。しかし、このまま放っておくのもアレだしなぁ……
乗り物酔いをした時ってどうすれば良いんだったかな。三半規管を活性化させてやれば楽になりそうだが、やり方がわからん。手のひらや手首のつけ根辺りにあるツボを刺激すれば良かった気もするが……
まぁ、胃の中のもの全部、吐かせてしまえば良いか。
「へい、じいさん」
「おえー……ど、どうした? 今はちょっと気分が悪いのだが……」
うん、それは見れば分かるよ。
それをどうにかしてやるために来たんだ。
安心してくれ、今楽にしてやるから。
「ふう! 死ぬかと……じゃなくて、楽になったみたいだ。背中をさすってくれるかと思ったら、まさか無理矢理吐かせられるとは思わなかったけど、楽になったよ」
船長の後ろへ回り、背中から両手でがっちりと拘束。両手を相手の鳩尾へ当て、後は全力で圧迫。酒で酔った奴に無理矢理吐かせることをしたことはあったけれど、船酔いした奴にやったのは初めてだ。
ただ、まぁ、楽になってくれたらしいし、良しとしよう。
「それで、君は何の用事があって此処へ来たんだい? 私の鳩尾を圧迫させるために来たのではないのだろう?」
「ああ、貴方が“いあいぎり”の名人だと聞いて来たんだ」
せっかく楽にしてあげたと言うのに、船長の言葉の節々から刺々しい何かを感じる。マサキの時もそうだったが人助けって難しいな。そして、別に吐かせに来たわけではない。そんな趣味俺にはないし。
「なるほど。う~ん、元気な時だったら自慢の秘伝技を見せてあげられるのだが……そうだ! 代わりと言ってはアレだが、これを君にあげよう」
そう言ってから船長は技マシンと似たようなアイテムをくれた。
「これは?」
「ひでんマシン1だよ。中には“いあいぎり”と言う技が入っている。これをポケモンに覚えさせればいつでも“いあいぎり”を見ることができるよ」
ふむ、つまり秘伝マシンは技マシンと一緒ってことで良いのか?
「因みにだが、秘伝マシンは技マシンと違って、1匹のポケモンだけではなく何匹のポケモンでも覚えさせることができるよ。そしてこの“いあいぎり”があれば、細い木ぐらいなら切り倒すことができるんだ」
あらあら、なんと。それは随分と便利じゃないか。多分だが、きっとこの“いあいぎり”ができるようになれば、あのハナダシティにあった細い木の場所が通れるようになるのだろう。そんなすごそうな物を俺がもらっても良いのだろうか?
「あと、“いあいぎり”を戦闘以外で使うにはブルーバッジがないとダメだから気をつけてくれ。さて、そろそろ時間だ。私も元気になったし、出航しようかね。それではまたクチバに来る時までごきげんよう!」
「秘伝マシンありがとう。其方も良い旅を」
ちゃんと酔い止めの薬くらい飲んでおきなさいよ。どうかお気を付けて。
船長と別れの挨拶を交わし、部屋を後に。
そして、船から出るとサント・アンヌ号は直ぐに出航していった。う~ん、またいつかサント・アンヌ号に乗ることのできる日は来るのかね?
ふむ……こう言う色々な出会いがあるってのも、旅の良いところなのかもしれない。旅は人を大きくさせるなんて言うけれど……うん、今ならその言葉の意味だって少しはわかる気がした。
ま、どうせ気のせいなんだろうけどさ。
さて、新しいポケモンでも探しに行きますか。