そのポケモンの世界で俺は   作:puc119

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第1話

 

 

 窓から身を乗り出した先には、青く染まった空が何処までも続いていた。

 忘れかけていた空の色。そんなものの広がる世界がひたすらに輝いて見えた。バクバクと暴れる自分の心臓。これじゃあ、まるでガキのようだ。

 

「……青いな」

 

 誰に宛てるでもない独り言がぽそりと落ちる。

 そして暫くの間、懐かしさを感じるソレを見続けていることで、漸く冷静になってきた。

 

 意識はあまりにしっかりしているし、とてもじゃないがこれが夢だとは思えない。それに例えこれが夢だとしても、もう少しくらいこの世界を楽しませてもらいたいところ。

 

 とは言っても……こっからどうすりゃ良いんだ? そもそも自分がいる場所が何処なのか分からない。あの真っ白な世界で聞こえてきた声は……ポケットモンスターの世界とか言っていたと思う。他にヒントはないし、まぁ、そう言うことなのだろうか。

 しっかし、ポケモンの世界ねぇ。流石の俺でも名前くらいなら聞いたことがある。アレだ。地縛霊で腹巻つけた赤色の猫だかが出てくる話だろ? 詳しく知らないのに、去年の忘年会で着ぐるみ着て何とか体操を踊ったからよく覚えている。会社帰りにいつもお酒を買っていた酒屋では毎日のように、その曲が流れていたし。ヨーデルヨーデル。

 

 ま、まぁ、それは良いんだ。そんなことよりも戸惑っているのは……

 

「俺、どう見たって若返ってるよなぁ」

 

 そんな独り言も、聞きなれた声ではなく、まるで小学生のガキが出すような高い声だった。若返ったのは嬉しいが、それ以上に戸惑いが大きい。

 

 どうしたものかと考えていたけれど、自分一人で考えていたって、納得できる答えなんて出るはずがない。事前に説明くらいして欲しかった。

 

「まぁ、とりあえず動き出すか」

 

 ずっと独りで暮らしているせいか、独り言の多い方ではあるとは思う。情けないことではあるけれど、独り言でも零していないと、孤独に押しつぶされそうになるんだ。

 押しつぶされたところで、何か困ることがあるわけでもないってのに。

 

 今の自分の状況は全くわからない。それでも、動き出さなければ何も始まらない。壁にかけてあった赤い帽子を被り、机の上にあった空っぽのリュックを背負う。

 動き出す準備は完了。後は俺の気持ちだけだ。

 

 一度、大きく深呼吸。

 そうでもしなければ、色々なことを忘れてしまったこのおっさんは動いてくれやしない。

 

「っしゃ、行くかっ!」

 

 そうしてから、大きな声を出した。

 何が起こったかなんて分かりやしないが、せっかくのチャンスなんだ。精一杯抗わせてもらおうか。歳食ったおっさんが、夢とか希望とかそんな奴らをもう一度だけ追いかけさせてもらおう。

 

 トクトクと跳ねる心臓。震える手足。けれども――悪い気分じゃあない。

 

 そんな勢いのままに俺は階段を下り、最初の一歩を踏み出した。

 

 

「……あら、レッド」

 

 

 そして、階段を下りた先はリビングのようになっていて、其処には俺よりも少し若いくらいの女性が椅子に座っていた。

 

「そっか、もう行くのね」

 

 はっきりとはわからない。けれども、多分この女性が俺の――レッドの母親ってことなんだろう。

 一方、俺は母親と会わなくなってもう何年経っただろうか。

 

「旅にでるんでしょ? レッドだって男の子、だもんね。うん……お母さんは貴方の帰りをいつでも待っているから……気をつけて行ってくるのよ」

 

 なんでか知らんが、旅に出ることになっていた。なんとなく湿っぽい雰囲気になっているせいで、とてもじゃないが、色々と聞くことはできなそうだ。

 いや、ホント、これからどうしろってんだよ。

 

 まぁ、動き出せば見えてくるものだってあるだろう。

 

 母親のセリフを聞き終えてから、外へ続いていると思われる扉へ。この扉の先にはどんな世界が広がっているんだろうな? 遠い昔に見たあの世界はまだ残ってくれているのだろうか。

 

 そんじゃ、行くか。

 

「行ってきます」

 

 扉を開け、母親の方を向くこともなく、一つ言葉を落した。

 そんなセリフを口に出したのだって、何年振りなのかも分からない。

 

「ふふっ、いってらっしゃい」

 

 ……どんな世界だろうと、母親ってのは強いもんなんだな。

 そして、そんな母親からの言葉が返ってきたところで、家の外の世界へ一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家の外の世界は、多くの色で溢れかえっているのと同時に、何処か懐かしい匂いがした。

 バカみたいに高いビルはなく、アスファルトで舗装された道路すらも見当たらない。あったのは家が3軒と少しの田畑くらいだった。

 此処の世界のことは良く分からないが、何処もこんな感じなのだろうか?

 

 さて、旅に出るのは良いのだけど……何処を目指して旅をすれば良いのやら。てか、そもそもこんな見た目若い子供が一人でも旅へなんかに出ても大丈夫なのだろうか?

 

 色々と疑問は尽きないが、とりあえずフラフラと散策。

 

 そんな散策をすることで、此処はマサラタウンと呼ばれる場所だと言うことはわかった。あと、俺の家の隣にはグリーンとか言う奴の家があり、其処から少し南へ行くと、オーキド博士の研究所があった。

 グリーンは誰だか知らんが、オーキドと言えば、確かあの真っ白な世界で俺に話しかけてきた奴だったはず。中へ入ればこの世界のことについてもう少し詳しく分かる気もしたけれど、研究所みたいなお堅い場所は好かん。だから、とりあえずは後回しとすることに。

 

 そんな研究所の西と南には畑があり、その南の畑にはデブが一人。もしかしたら知り合いかもしれなかったため、挨拶してみると――パソコン通信でアイテムやポケモンを送ることができるなどと言っていた。このデブは何とち狂ったことを言っているんだろうか。

 どう考えたって関わっちゃいけない相手だろうから、放っておくことに。こんな変な奴が真昼間から出歩いているマサラタウンの治安が心配だ。

 

 其処まではそれなりに順調だったけれど、困ったことにそれからどうして良いのかわからなくなった。マサラタウンの南は運河のようなものがあり、それ以上先に進めそうにない。東西もまた柵のような物で塞がれているし、北側は背の高い草むらが広がっているばかり。

 まず東西は無理だろう。そうなると、南北の何方かになるわけだけど……俺、泳げないんだよなぁ。そうなってしまうと、もう草むらを押しのけ進むしかなくなってしまう。ただ虫は多そうだし、下手したら蛇とかだって出てくるかもしれない。蛇怖いよ、蛇。

 そんなんだから、正直気は進まなかった。

 

「はぁ……しゃーない。進むとするか」

 

 いくら文句を言ったところで、それしか道がないのだ。それなら仕方無いと言うもの。

 どうにも気は進まなかったが、とりあえず進んでみることに。そしてそれは、背の高い草を両手で押しのけた時だった。

 

 

「おーい! 待て! 待つんじゃ!」

 

 そんな何処かで聞いたような声が聞こえた。

 この声は……

 

「あ、危ないとこだった。草むらでは急にポケモンが飛び出す。此方もポケモンを持っていれば戦えるのじゃが……」

 

 トコトコと、白衣を来た爺さんが走ってきたと思ったら、そんなことを言い出した。聞き間違いではない。たぶん、この爺さんがあのオーキドって人なんだろう。色々と説明してもらわねば。

 そして、相変わらず“ポケモン”ってのを理解していないけれど、なるほど。確かにそいつは危ないところだったな。しかし此処以外進める道はないのだが、どうしろと?

 

「んなこと言われても、ポケモンなんて持ってないぞ?」

「……ふむ、それなら丁度良いかもしれんな。ちょっとわしについてきなさい」

 

 おお、始めて会話になった気がする。でも、会話ができるのなら初めからやってもらいたかった。

 

 わしについて来いと言ってから歩き出した爺さん。

 これで漸く物語が動き始めた気がする。なんて、その背中を追いかけながら思った。

 

 


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