とある中佐の悪あがき   作:銀峰

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月面飛行

「無事か!?中佐!」

 

ガトーの乗るザクが、マシンガンを発砲しながら白い機体__クラーケンに似た敵機に近寄る。敵機はガトーの敵意に気づいていたのかスラスターを吹かし、上空に飛び立った。対面にいたドムの装甲が弾け飛び周囲に散った。

ドムは、人間で言う左上腕部から胸部、右上腕部にかけてビームの溶解跡があった。コクピットハッチも溶解しており暗闇が覗くコクピット内で、彼が生きているかは確認出来なかった。

敵機は上空に飛び立つと両手を突き出し、閃光を放つ。閃光はガトーのザクの周囲を跳ね回り、地面を溶かした。

 

「高出力のビーム砲。だが、狙いが甘い!」

 

ガトーはマシンガンを上空に向け、発砲。軌道修正しながら撃たれた多数の弾丸は上空に離脱する敵機の後を追いかける様に流れ、あさっての方向に流れた。

 

「くっ。自動照準が」

 

全てのモビルスーツには自動照準が搭載されている。これは敵機の軌道を予測してコンピュータが自動的に補正してくれるシステムだったが、熟練した操縦者の不規則な軌道に対応できるほど対応できてはいなかった。ガトーは回避運動を取らせながら、片腕で自動照準を切る。素早く滑らかな動作。通常の操縦兵では立ち止まるか、動きながらでも設定を変えるのに1分以上は掛かる動作だった。

再度敵機に照準する。VCRC形式で給弾された徹甲弾がチェンバーに装填。電気式雷信が発射薬を叩いた。叩かれた発射薬から炎が上がり、徹甲弾が想定した通りに飛翔する。

 

「浅いかっ……弾が切れる」

 

今度は多数の砲弾が命中したが、距離が遠く、砲弾の腹で敵機に当たった。

カチカチと引き金を引いても、マシンガンからは煙が立つだけで、砲弾を吐き出すことは無かった。ザクマシンガンのグリップ底部から前方にから伸びるトリガーガードを右手で掴み、左手でヒートホークを引き抜く。

 

「こうなったら本体を直接叩くしかあるまい」

 

目の前のモニターにぐんぐんとクラーケンが表示される。ガトーは機体を矢様に逸らし、ヒートホークを構える。ヒートホークへの出力供給を最大に。ザクの融合炉から膨大な電力を作り出し、右手のマニュピュレーターからヒートホークに供給される。酷使され続けたヒートホークはエネルギーを受け、バチバチと白い光を撒き散らし、健気に操縦兵の命令に応えていた。

 

(後一太刀だけでも)

 

武装はこれしか残っていない。これを外したら他に手は無い。後もう少し、まだだ、まだ。もう少し……今!

 

「南無三!」

 

ガトーは祈りながら、接近する敵機の胸部に叩きつけた。高温度に熱されたヒートホークが金属が擦れ合うやかましい異音を立てながら敵の装甲に切り込みを入れたが__根元から折れた。

やはりガタが来ていた。おそらく度重なる使用で悲鳴を上げていたヒートホークが、敵機の衝撃でエネルギー供給の回線がひん曲がり、装甲を溶解させることが出来ずに刃だけで当たったのだ。

 

(打つ手なしか)

 

柄だけになったヒートホークを見下ろす。よもや柄だけ投げても元気に飛び回る敵機を撃ち落とすことはできまい。そもそも投げたとしてもザクマシンガンでようやく当たった敵機だ。当たることすら出来ないだろう。

それに、ヒートホークが折れてから警告音が鳴り止まない。機体の状態を表示するモニターを見ると、デフォルメされた機体全体像が表示されている。その機体の左腕の関節部が赤く点滅していた。まだ動くが、反応速度が40%遅れている。この機体は元々はジャンク品。

繋げた左腕部もヒートホークも度重なる使用で、いつ折れてもおかしくは無かった。むしろここまで持ったことを褒めてやるべきだろう。

……もっとも褒めたところで、折れたヒートホークが元に戻る事など無かったのだが。

 

『ガトー!聞こえているか!?』

 

「何だ!?……こっちはまだ戦闘中だ!そちらには支援できないぞ!」

 

離脱中のケリィから通信が入る。ガトーは機体の周囲に次々と着弾する閃光を、避けながら応えた。

 

『そうじゃない。こっちは大丈夫だ!悪い知らせと言うのはっ……うぉっ!』

 

「どうした!?」

 

ケリィの声の向こうで、何か大きな振動音が聞こえた。それも複数。

 

『こちら側から敵機がそちらに侵攻中。数は12機以上だ。……まだ行けるか?』

 

「……不可能だ」

 

ガトーはかぶりをふった。武装がない。せめて弾薬が有ればまだ粘れたのだが……

 

『こちらは……ザッ……予定の……ザッ撤退する!そちらも……』

 

通信機が不快な音を雑音を垂れ流し、ケリィとの通信が切れる。距離が遠くなったか、ようやくあちらも本気になって妨害してきたか。機材が暗転し、瞬きをした。よく見る現象だった。ミノフスキー粒子が散布され始めたのだ。たかが一機と侮っていたらモビルスーツを10機以上と装甲車を多数破壊されたのだ。敵もようやく本腰を入れてきたと言う事だろう。

 

「中佐だけでも……」

 

機体をしきりに動かして、沈黙を保つドムに接近する。上空のクラーケンが発砲。行手を遮る様にして、進行方向を照らす。

上空のクラーケンが、こちらに再接近を仕掛けようと急降下する。

 

__その横を黄色の機体がぶつかる様にして北の方向に弾き飛ばした。

 

「横合い!?誰だ?」

 

あっけに取られるガトーを尻目にあっという間に2機は見えなくなってしまった。

 

(クーディか?……機体を奪ったのか、どうやって。いや、それはいい。今は中佐の回収が最優先だ……生きているといいが……ん?)

 

脳裏から嫌な想像を追い出し、ガトーはドムの元へと向かった。時間がない。敵の大部隊が迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

ブラレロのコクピットでクーディとペッシェが、機体を動かしていた。試作機のこの機体は1人が操縦。もう1人がサイコミュシステムを操作するためにタンデムシートになっていた。

 

「やらせないよ!……こいつを外に連れ出す!」

 

「推進剤は後5分は全力で出せる!それ以上は帰りの燃料が無くなる!」

 

「充分!……帰りの足なんて気にしてられるか……!」

 

ブラレロにぶつかられ、くの字になったクラーケン__サイコミュ高機動試験ザクを押し飛ばす様にして、グラナダ基地の林縁に機体を飛ばす。膨大な出力で押し出された機体はグングンとグラナダと外界を繋ぐ隔壁に急接近する。

 

「隔壁!」

 

「打ち抜く!ペッシェ。」

 

「任せて。有線メガ粒子砲」

 

ペッシェの脳裏で雷の様な閃光が走る。サイコミュを通じて伝達された思考が、機体の後部に取り付けられている2問の砲台に伝わり、砲台から高出力のビーム砲が放たれ、円を描くようにして隔壁に穴を開けた。勢い良く、ブラレロが開けた大穴を2機は通過する。何層もの隔壁を同様にぶち抜きながら、内部から外に繋がっている物資搬入口から宇宙に出る。月面からぐんぐんと距離を離す。高度計を1キロを示す。

 

「外に出たらこっちのもの。さぁて、食べちゃうぞ?」

 

クーディが震える身体を誤魔化すように、口元を歪める。本人は勇ましく笑ったつもりだったが、上手くは行って無かった。

 

ブラレロの口が裂けた。

口部に搭載されている拡散メガ粒子砲にはザクレロの後期型と同様にシャッターが設けられている。

シャッターを開放して露わになったメガ粒子砲が、敵の喉笛を噛み砕かんと、力を溜める。

 

「ばぁ!」

 

クーディは引き金を引く。メガ粒子砲から放たれた閃光が敵機では無く、月の表面を激しく焼いた。

クラーケンが拳を握り、発射前に殴りつけたのだ。コクピットが激しく横殴りに揺れた。

 

「こなくそっ……!」

 

「まだくる!」

 

「……っ間に合わない」

 

ペッシェが警告した。敵機が両手を合わせて握り込み、ブラレロの上部装甲を殴りつける。超硬スチール合金で作られた柔い装甲が大きくひっしゃげた。ブラレロは月地面に近づき、地表スレスレで姿勢を持ち直した。機体はレゴリス(月面のパウダー状の砂)を後方に巻き上げながら、月面を疾走する。追いかけるように白い機体が迫る。

 

「上を取られた。撃ってくるわ……クーディ!」

 

「何とかする!」

 

分厚い手袋をした様な形をした、腕部内臓型のメガ粒子砲からビーム砲がこちらに迫る。クーディは進行方向は変えないまま、左側面を敵方に向けた。被弾面積を小さくするのが狙いだった。狙い通り機体の下部と上部の装甲を擦るように、全弾月面に吸い込まれた。

 

「お返しだ。ペッシェ!」

 

「了解」

 

クーディは衝撃で振動する唇を動かした。左椀部の有線制御式ヒートナタを敵機に照準。射出。

敵機は僅かに角度を変えて回避し、ヒートナタはあらぬ方向に飛ぶ。敵機は回避したヒートナタに目もくれずビーム砲をこちらに放つ。

 

避けられるのは想定内だった。これはサイコミュで操作できる、ヒートナタは敵機の死角になる位置から忍び寄る。気づいた様子もない。クーディは敵弾を避けつつ、静かに勝利を確信した。

……仇取らせてもらうよ。

ヒートナタが敵機に迫る。もう少しで着弾する。今だ。高熱に熱されたヒートナタが敵機の装甲を貫き中の操縦兵を殺傷する、

 

「嘘……気づいてない筈じゃ」

 

筈だった。敵機は分かっていたと言わんばかりに、ひらりとかわすと動揺するブラレロの左腕部を撃ち抜いた。機体を激しい衝撃が襲う。元々ガタが来ていた機体だ。機体後部から激しい振動。当たりどころが悪かったのか、コクピット内に衝撃が走り、いくつかの計器が弾け飛んだ。

 

「きゃ……!」

 

前部座席に座っていたクーディには被害は無かったが、被弾部に一番近かった後部座席から鈍い音がした。

 

「ペッシェ?……ペッシェ!?」

 

「……」

 

小さな呻き声を上げて、それきり彼女は呼び声に応え無かった。

 

「反応して!ペッシェ!……コイツ。しつこい!」

 

振り返って確認する暇は無かった。敵機は盛んに此方の頭を押さえるような射撃を繰り返してくる。回避運動を取るが、被弾の影響か先程より機体の動きが鈍い。いまは仕切りに回避しているが、被弾も時間の問題だった。

 

(ペッシェの容体は?重大な怪我なら、早く手当しないと。それにはまず敵機をどうにかしないと……。どうする。サイコミュで後方のビットを動かして撃つ?いや、上を取られてる。あのヒートナタを避けた相手だ。それに激しい回避運動を取りながら当たれるはずが……残された武装はメガ粒子砲でも真正面しか狙えない。後ろを取らないと、あぁ何か無いのか?何か)

 

焦りが脳を支配して思考が定まらない。負の連鎖が止まらなかった。焦りでフットペダルを踏み外してしまう。機体が逆噴射をかけ、速度が落ちる。慌ててスラスターを蒸すが、どうしても落ちた速度はすぐには戻らなかった。この状態では敵にとって格好の的だった。時間が引き延ばされ、見えないはずの敵の銃口の動きまではっきりと分かった。直撃コースだ。

 

(……ごめん)

 

それはペッシェに対してと、ユーセルに向けたものだったのだろうか。それとも両方か、彼女にも分からなかった。

 

せめて最後まで、悪あがきを。

決めたことだ。恐怖で閉じそうになる瞼を見開き、正面モニターを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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