とある中佐の悪あがき   作:銀峰

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北へ

怪物はこちらを確認したのか、大回りに旋回しながらこちらにその眼光を向けて来ていた。

 

「ここは危ない!とにかく北に!」

 

「北って!?」

 

「上の街に出れる!とにかく北へ!俺も後から追いつく」

 

コクピットハッチを閉め、操縦桿を握りしめる。紫の巨人はそれに応える様に一つ目を光らせると一歩踏み出した。機体を操作して脇に置いてあったマシンガンを取り、格納庫の外に出る。怪物は旋回を終え、こちらに直進する構えを見せていた。

 

「こっちだ!化け物め!」

 

マシンガンを景気良くぶっ放しながら、格納庫から距離を取る。何発も当たってはいるが距離が遠いのもあってか、大した被害は与えられていない様だった。敵機が疾走するすぐ後方を、捉えきれなかった大量の砲弾があさっての方向に飛び立っていった。が、注意を引くのには十分だった様だ。こちらに侵入角度を変え、猛スピードで突っ込んでくる。マシンガンを腰部のマウントに収納し、ヒートサーベルを抜き放つ。怪物は、正面に両手を掲げると、なんの前触れもなく指先からビームを放った。

相当な威力のビーム砲だったが、あの様なスピードで撃った弾がまともに当たるはずはない。地面を溶かしながらこちらを追従してくるビーム砲は、こちらに命中することなく、10のミミズがのたくった様な跡を残し、地面をえぐった。あちこちを溶解させた熱は、地面を溶かすだけでは飽き足らず周囲の建物を炎上させた。

 

「は、早い」

 

あれだけあった距離が一瞬で消えた。怪物_クラーケンは、ドムの横を悠々とすり抜けると、後ろに抜けていった。ヒートサーベルを振り抜く暇すらなかった。早すぎるのだ。プロの選手でも打率3割有ればいい方だという。そう考えればしゃあない。……しゃーなしだな!

ホバー機構を作動させ、ヒートサーベルを腰だめに構える。機体が浮き、視界が少し高くなる。コクピットというのは大体どの機体も腰か腰より少し上にある、すれ違いざまにさしてホバーですぐに離脱する構えだった。野球バットに弾が当たらないからと、キャッチャーの正面に立つ様な暴挙だったが、こちとらモビルスーツで、しかも重モビルスーツの名は伊達では無い。それに敵は常に止まらず、地面スレスレを飛行し続けている。いくら月が重力が軽いとはいえあの機体は、移動するためには常に動き続けていないといけないのだろう。外れたとしても、体当たりで、動きを止めて手持ちの武装でどうにかすれば良い。確かな勝算を持って、好戦的な笑みが彼の口元に浮かんだ。旋回の終わったクラーケンが、直線の大きな道路上に観測できた。距離がぐんぐん、と近づいてくる。又先ほどと同じ様に怪物は、正面に両手を掲げると、なんの前触れもなく指先からビームを放った。

相当な威力のビーム砲だったが、あの様なスピードで撃った弾がまともに当たるはずはない。先ほどのことでわかっていた。

機体は動かさず、真っ直ぐにヒートサーベルを構え、機体を衝撃に備えさせる。くる。どんどん、画面上の巨体が大きくなっていき__そして画面いっぱいに白が満ちた。

 

「こな……くそ……!」

 

激しい衝撃が機体を襲い、複数の計器がやたらめったらにくるくると暴れ回り、赤い蛍光灯がひっきりなしにひかり、耳障りなアラームが鼓膜を容赦なく揺らした。苦労しながらフットペダルを踏み、機体が健気に、推進剤を燃やしスラスターを全力で、吹かす。ドムの時速100キロ以上で地を駆けることができる推力を持ってしても、完全に止めることは出来なかった。いくつかの建物をなぎ倒しながら、3つほど壊したところでようやく弱まった。ドムの体が機体の腰の高さほどある建物にめり込む。身体が自分の意思とは無関係に、激しく揺られた。シートで固定してなかったら、目の前のモニターが彼だったもので、汚されていたことだろう。それぐらいの激しい衝撃だった。彼の脇腹に血が滲む。

 

「化け物が……!」

 

正面に構えていたヒートサーベルは、敵の腹部、人間でいう右脇腹付近で突き刺さっていた。致命傷に見えたが、まだ敵はこちらを元気に押し返そうとしていた。不気味な赤い一つ目がこちらを見据える。

 

『くくっ。フラナガン機関の秘蔵っ子ってぇもぉ。たいした事ねえなぁ!』

 

「あ?」

 

無線機から声がした。若い男の声だった。

 

『惚けテェんじゃねぇよ。……お前からは同類の匂いがする。美味そうなぷんぷんさせやがって!それで違いますはチガウだろうがよ』

 

「なんの話だ!?」

 

『「ビショップ計画」お前も聞いたことぐらいアンだろう?』

 

無言の肯定と捉えたのか、男は続ける。

 

「くくっ。隠さなくても良いんだぜ。フラナガン機関はそれを達成するために作られた。戦争はニュータイプによって変わるんじゃ無いかってな!しかし嬉しイよ。こんなところで同族に出会えるなんて……いいね。最高だ」

 

耳障りな笑い声が響いた。

 

「ずいぶんと……嬉しそうだな」

 

『そりゃなぁ!ようやく独房みたいな生活が終わる。フラナガン機関の連中は脱走した奴を連れてくれば、自由にしてくれると言った。残りは俺1人だ。お前、連れを何処にやったぁ?1人じゃないハズだ』

 

憎悪に溢れた声だった。この世全てを殺したいと願う男の声。

 

「元から俺1人だ」

 

『誤魔化すなよ?匂いは一人分しか無い。……まぁ良い。お前を始末して、ゆっくりと探させて貰おうか』

 

それ以上男は何も言わなかった。宣言通り此方を潰さんと巨体が力を入れる。ミシミシ、と胸部装甲が悲鳴を上げている。耐えきれなくなるのも時間の問題だった。

ヒートサーベルを保持している右手を体の中央にえぐるように動かそうとしたが、期待に反して、右腕部が間抜けに上下運動を繰り返すばかりで、ヒートサーベルを持ち上げてはくれなかった。ヒートサーベルを保持していた右手の指。5本のマニュピュレーターが衝撃で全て弾け飛んでいたのだ。

 

「勘弁してくれ……」

 

泣きそうな気分になりながらも、何とか軋む機体の左腕を操作して、敵の腕部を掴もうと、機体が動く。マシンガンも今は背中側にマウントされており、瓦礫の下だ。取れそうにもない。

 

(敵機体をひっくり返してやる)

 

位置を入れ替える必要があった。敵の重量に悲鳴をあげる機体を動かして、何とかユーセルは、敵の腕部があるであろう場所にたどり着いて、

 

(あ?無いぞ……)

 

ドムの腕が空を掻いた。無い理由はすぐに理解できた。彼の視界に両側を囲む様に()()()()()()化け物の掌が写ったからだ。

 

「……そりゃ。反則だ」

 

その言葉を最後に、彼の視界は膨大な光に埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「まだ中佐との連絡は付かんのか!?」

 

ガトーは、揺れまくるコクピットの中で叫んでいた。敵援軍の戦車やジムが怒りに燃え、未だ暴れ回るザクを駆逐せんと迫っていた。近づいてくるジムの頭部を120mmで吹き飛ばしつつ、じくざくに回避運動をとる。

 

『分からん。15分前に目標を奪取したと連絡があったきりだ』

 

困惑した様子のケリィの声が無線機越しに響いた。広い基地だ。地下をくり抜いてできたこの基地はあちこちに地壁が露出しており、全体を見渡せる様にはできてはいなかった。

 

「中佐。まだ掛かるのか」

 

ガトーは無線で呼びかけた。あらかじめ決めておいた周波数は、ケリィの他に3人しか知らない筈だったが、ざぁ、と雑音を流すばかりで応答は無い。迫る装甲車を蹴飛ばす。装甲車は何回か勢いよくバウンドした後、逆さまになって10mほど滑って止まった。。新たに出てきたジムが、こちらに90mmの砲弾をばら撒きながら、接近してくる。接近し、すれ違いざまにヒートホークを胸部に叩きつける。初めて使った時よりもヒートホークの出力が弱い。元々数回しか使えない対艦船用の武器なのだ。数回しか使用を想定していない。短く舌打ちし、機体の探知機のスイッチを押し込んだ。

 

(反応なしか。先程の爆発と何か関係があるのか……)

 

所属不明の機体が、高速ですれ違うのを見た。高速でよく判別できなかったが、昔見たジオングに酷似していた。基地の北で、此方の戦闘ではない爆発がガトーの鼓膜を揺さぶった。それも中佐から連絡があった時期と、多少ズレはするが一致する。嫌な予想はガトーの心中に落ち、ヘドロの様に落ちてはくれなかった。

 

「応答しろ。中佐。早く目標を連れてこい」

 

やはり応答なし。

 

「中佐。聞こえているのか。こちらも弾薬が乏しい。撤収するぞ」

 

返事はない。

 

「中佐!オーバータイムだ!早く撤収しろ!」

 

それでも、ユーセルは応えなかった。

 

 

 

 

「……遅い!」

 

真っ赤な船体を覆い隠す様に黒く偽装された船は、月面軌道上の暗礁宙域に単艦でただずんでいた。そのティべ級の艦長でもあり、中佐_ユーセル中佐の副官でもある女は、内心の不満を露わにしていた。名をフレミング・フッチャーと言った。特に誰も呼んでくれないので彼女自身ですら、自分の名前を忘れかけていたが……

スラリと伸びた脚を交差し、艦長席に横柄な態度で座り込んでいる。

 

「まぁまぁ。遅れたのは此方側もそうなんですから、そう焦らないことです」

 

オペレーター席に座っていた女性が宥める様に、言った。口調こそ柔らかいものだったが、その目線は正面のモニターからは動いてはいなかった。

 

「でも、やっぱり心配と言いますか」

 

「……まぁ、分かりますけどね」

 

それでもと、駄々をこねる様に唇を尖らせる副官に、オペレーターは静かに同意した。オペレーター席を回すと艦長に相対する。

 

「でも、元々は我々の行動はあっちとしても知らないわけで、それを駄々こねられても」

 

「まぁ。そうなのよね」

 

今回のことは中佐は知らない。連絡しようとしたらもう連絡がつかなかったのもあるし、それによって彼がどの様な事をしようとしているのか朧気に分かったからだ。

 

「正直、痛いですよ。クリスマスに別れた元カレから連絡を待ってるめんどくい女みたいで」

 

「……その一言は余計」

 

何か見えない矢が突き刺さったかの様に、大袈裟に胸を押さえて喘ぐ艦長の女性。因みにクリスマスはとっくの昔に過ぎており、もう0080の3月だ。クリスマスに端末を見て、ずっと眠れない夜を過ごしていた何処ぞの人とは特に関係はない。ないったらない。

 

「別に付き合ってた訳じゃないし……」

 

「あら、そうなんですか。てっきり、わざわざ中佐がスカウトしてきたもんだから、付き合ってたもんだと」

 

「別に付き合ってた訳じゃないし!センパイとはただの士官学校の同期!うん。唯の……」

 

「はぁ」

 

必死に否定した挙句、落ち込む女性を眺めながらオペレーターの女性ため息をついた。何か、他の艦橋メンバーの「おい、艦長へこますなよ」とでも言いそうな目線が痛かったのもある。作戦行動中ということを思い出し、オペレーターは話を変えた。

 

「でも、これからどうします?月の通信中継機から中佐のアクセスを察知して、何があるか分かったのは良いですが、ここから近寄れませんよ」

 

「そうなのよね……」

 

オペレーターが4枚のA4用紙大の紙を取り出す。それぞれ、民家が燃える画像。見覚えのある女の子が黒塗りの車に乗せられようとしている画像。黒塗りの車がグラナダに移動している画像。そしてこれまた見覚えのある3人組がザクf2型の乗ったトレーラーで移動していようとしている画像だった。ここまで見せられれば感の良いものでなくても、彼らがやろうとしていることは察しがつくだろう。

 

「相変わらず凄いわね……」

 

「まぁ。これくらいは」

 

特に誇る様子もなく、淡々と事を進める彼女を見て、眉を上げて感心する。艦長_フッチャーにそういう技術はわからない。己の仕事を淡々とこなし、だがその様子を特別誇るわけでもない、専門家らしい姿勢は素直に尊敬できた。

 

「情報を得ないとどうしようもないわね。陸戦隊に通信を入れて」

 

「了解です」

 

オペレーターが何かを操作し、数回のコールの後正面のモニターに陸戦隊の男の顔が表示された。

 

「状況は?何か見える?」

 

『正直、観測できません。何しろグラナダ自体が、巨大な地下基地です。表面上に見える都市の下に出来てるので、表面に出て来てもらわないとなんとも言えませんね』

 

「まぁそうよね……」

 

あまり期待して聞いた訳ではなかったが芳しくない様だ。ため息を吐き肩を落とす。

 

「その」

 

「どうしたの?」

 

陸戦隊の男は言いづらそうに、しばらく考え込んだ後続きを口にした。

 

『陸戦隊も、グラナダ上空で待機させてますが、これ以上の待ちぼうけは危険と言わざるをおえません』

 

「……何が言いたいの?」

 

『撤収も視野に入れなければならないという事です』

 

グラナダ上空で、陸戦隊の指揮を取っているリオル中尉から通信が入る。この艦の艦載機はほとんどグラナダ上空の岩に偽装させて、待機させていた。彼も救出作戦には同意の立場を取っていたが、無駄に部下を死なせる事を容認している訳では無い。

 

「そんなに長い時を待てる訳ではありません。敵の巡洋艦5隻が、モビルスーツを満載して接近して来ています。動かない限り此方が暴露することは有りませんが……」

 

観測者からの報告。艦長は懐に入れているコインをきゅっと握りしめ、正面のスクリーンをまっすぐにらむ。そのコインは士官学校時代にとある人物との掛けで手に入れたものだった。一種の精神安定剤の様なものだ。

 

「でも艦隊の司令はあの人よ。個人的な感情では無い。彼は必要な人なの、それは分かって」

 

『……分かっています。自分たちも中佐には何回も命を救われてきました。オデッサからこっち、中佐が居なければ今ここにはいません』

 

彼女自身でも気付かぬうちに語尾が強くなってしまった。暑くなった頭を冷やす様に額に手を当てる。

 

「……ごめんなさい。こういう事が言いたいんじゃ無いの」

 

『分かります』

 

あくまで冷静な声が通信機から帰ってくる。しっかりしろ、彼が居ない時は自分がこの艦の長だ。落ち着け。部下に当たるなんて情けない。

ここまで艦隊が大きくなったのも、デラーズ艦隊と合流し、決して少なくは無い資源でやりくりできているのも、全て中佐の功績によるものが大きかった。彼が上に居なければ離脱しているものも、多かっただろう。

 

(早く帰って来て下さい。司令)

 

艦橋から見える宇宙は変わらず、ただ矮小な人間の身を嘲笑うかの様に、ただ暗く、ただ広く、何処までいっても底が見えなかった。

 

 

 




ちょっとシリアスが続きすぎて、心がもたなくなってきたので逃げます(何に?

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