とある中佐の悪あがき 作:銀峰
連続した射撃音が、広大な基地内に響き渡った。周囲がにわかに騒がしくなり、人が慌ただしく駆け回る。D1と書かれた倉庫前で慌ただしく人が動き回っている。ケリィとガトーは発砲音がした方向を眺めていた。
「派手にヤっている様だな」
「合図だ。いつでも行けるぞ。ガトー」
「了解だ。ここは任せる」
この騒ぎの中逃げも慌てもしないジャンク屋を不思議に思ったのか、警備兵が声をかける。
「おい!ジャンク屋ここは危険だ!早く退避を……」
「必要ない」
「貴様ら一体何をっ……がはっ」
ケリィは感情の無い瞳で、懐からサイレンサー付きの拳銃を取り出すと、無造作に警備兵に向かって発砲した。何もできず無防備に弾を受けた男は、どさり、と前のめりに倒れた。その銃声はひどく小さく、周りの者の怒号や悲鳴にかき消されて周囲の者達の耳には聞こえなかった。
「行け!ガトー!」
ガトーは連邦兵の間を駆け抜け、ザクF2型に取り付くと俊敏な動作でコクピットまでよじ登っていく。横になったモビルスーツのコクピットに取り付くのは、そう時間は掛からなかった。
「何をしている!そこの男!」
ガトーの動きを訝しんだ男が静止する。その時にはもう、ガトーはコクピットハッチの開放レバーを回していた。
高圧空気の漏れる音。
「この機体は頂いていく。我が同士との盟約を果たさんが為」
「お、おい!」
ガトーは、男を一瞥すると、コクピットに滑り込んだ。コクピットハッチを閉鎖。コクピットハッチと機体の装甲がロックされ、金属の軋む音が響く。
「ゆくぞ……!」
986kWもの出力を出せる融合炉が唸りを上げる。それにより発生した熱を吐き出す様にして、排熱パイプから熱風が当たりに吹き荒んだ。それはまるで神話の中の巨人が、長い眠りから覚め、不機嫌に鼻を鳴らしているかの様だった。
全高17.5m重量49.9tもの巨人が、立つ。
無機質な、深紅の一つ目が怪しく光った。
『テロリストだ!撃て!撃てぇ!』
『なんでだよ!戦争は終わったはずだろうが!』
「無駄なことを……」
兵隊達が、持っている銃を巨人に撃ち込む。モビルスーツに小銃の弾など豆鉄砲と同義だ。カンカン、と装甲が球を弾く音。
ザクはゆったりとした動作で、兵隊達の合間に脚を振り下ろした。それだけで蟻の子を散らすかの様に四方に散っていった。
「来たか」
ピンク色の閃光が倉庫に無数の風穴を空けた。火花が辺りに散る。重たげな足音が迫る。敵のモビルスーツだ。
ガトーは、トラックに搭載してある武器の中からヒートホークを持ち上げると、無造作に投擲した。斧状の武器は格納庫の壁をぶち破り、すぐそこまで迫っていたジムの胸部に突き刺さった。
ジムは周囲の建物をぼろくずのように倒しながら、後ろ向きに倒れた。
爆散。ジムは勢いよく燃え上がり周囲を赤く照らした。周囲の建物を巻き込みながら、轟轟とした黒煙が空高く上がった。
「さて……狼煙は上がった。後は行くのみ……!」
ガトーは落ち着きのある動作で自身の長髪を後手に縛り、操縦桿を握りしめた。
「相変わらず凄まじいな」
トラックの影からその様子を見守っていたケリィ・レズナーは、思わず声を漏らした。
ガトーの駆る機体は一瞬でジムを撃破した後、トラックに積載していたザクマシンガンを構え、格納庫を出る。外で待ち受けている61式戦車や装甲車に120mmをぶっ放した。1発1発的確で、惜しむ様な射撃。次々と敵車両に風穴が空き、爆散。破片と閃光が飛び散り、周囲を跳ね回った。ガトーはヒートホークを拾った。ケリィの隠れているトラックをびりびり、と爆風が襲った。
「まずい……!」
ガトーの背後、彼の機体から死角になる位置に三機、新たにジムが姿を見せる。ジムが発砲するのと、ガトーが動くのはほぼ同じタイミングだった。背中を向けたままスラスターで高速移動、右側のビルに隠れた。__いや、隠れずにそのまま高く跳躍。人工太陽を背に飛びかかり、ジムの群れの中央に着地。ヒートホークを一機に叩きつけ、撃破。縦に深々と切り付けられたジムは、青白いスパークを撒き散らしながら膝から崩れ落ちた。突然の事に他の敵機の反応が遅れた。ガトーはそのままマシンガンを薙ぎ払う様に撃った。残りの2機は抵抗するままなく、まともに銃弾を受けて頭部、胸部、両腕を吹き飛ばされ爆発。激しく燃え上がった炎が、ザクの装甲を赤黒く照らした。
「流石。ソロモンの悪夢だ。ニコイチのザクであっという間に3機も」
「おい!そこで何をしている!」
「って……言ってる場合じゃ無いか」
ケリィは吹き荒む風から頭を隠さながら、ヒュー、と口笛を吹いた。ニコイチのザクでよくあそこまで動けるもんだ。感心していると、横から兵士に誰何された。
「早く避難しろ!ここは大丈夫だ!味方の援軍も来る!」
「またか……」
「おい早く!」
遠くからケリィの姿を見た兵士が、こちらに駆け寄ってくる。ため息をついて懐から拳銃を取り出そうとしたところで、それは現れた。
「……後ろだ!」
「一体何を……あっ」
「こっちに来い!」
兵士のすぐ20mほど後ろからさらに2機、90mmマシンガンを装備したジムが姿を表した。ジムは銃を保持している右腕を突き出すと、ガトーのザクに向けて発砲。轟音を立て人ほどの大きさのから薬莢がガラガラ、と雪崩の様にこちらに殺到する。兵士は、必死にこちらに避難しようとして、やがて金色の雪崩に包まれて姿が見えなくなった。
「……言わんこっちゃ無い!」
ケリィは物言えない気分になりながらも、乗ってきた車に乗り込みエンジンをかけた。居なくなった兵士の言う通りだ。早く逃げ無いと、自分もあの兵隊の仲間入りだ。
「それだけは、ごめんだ」
戦場に命の貴賤など無い、与えられるのは皆等しい死だけだ。しばらく戦場から離れていたせいで、忘れていたのかも知れない。先程まであれほど高鳴っていた熱が、ひどく冷え切っていくのを感じた。身を潰すほどの無力感。機体が無いパイロットなんてこの様な物だ。
「俺はここまでだ。……死ぬなよ。ガトー」
ケリィは、緑色の巨人を一瞥しひとりごちた。どのみち矮小な人間の身では、この巨人達の争いに干渉などできやしない。事実、ガトー駆る機体が又1機又1機と。敵のジムの頭部を120mmで吹き飛ばし、ジムが仰け反り返る。敵の機体が倒れ込むのを確認する暇など無い、正面に視界を戻すとハンドルを握りしめて、基地の南。出口の方向に車を走らせた。
「……なんだ!?」
ケリィが操縦する車とすれ違う様に、巨大な機影が上空スレスレに通過した。ビリビリ、と激しい振動が車体を揺らし、トラックが蛇の様にのたくう。ケリィは跳ね回る車体を苦労して操作しながら、サイドミラー越しに巨大な機影を確認する。
「見たことない機体だ。増援か?」
見たことないジオン系列特有のモノアイを光らせる、4本足の機体だった。それは月の重力に負けないよう、自身の重い体を引きずる様に、基地の北側に向けて飛行していった。
「突っ込むぞ!身を低くして!」
「……まさかあの格納庫に?」
「あぁ!クーディを抑えててくれ!」
「勘弁してくださぁい!」
少しだけぐずりながらペッシェがクーディを抱きかかえ身構えるのと、ユーセル達を乗せたバギーが格納庫のシャッターに激突するのは、殆ど同時だった。格納庫のシャッターは簡単にひしゃげた。格納庫内に飛び込んだ車は、巨大な格納庫内を、火花を散らしながら横滑りして、何か巨大な人工物に当たって止まった。シャッターから4本の黒い轍を残しながら、広大な距離を繋いでバギーまで繋がっていた。
ユーセルは運転席から立ち上がり、
「大丈夫か?ちょっと荒っぽくなっちまった」
「全然。これっぽっちも、ちょっとじゃありません……!」
ひっしゃげてぼろぼろになった車から、抗議しながらペッシェが這い出てくる。
「すごーい。……まるでワイスピの主人公みたいだね。あたた」
クーディの褒め言葉に「だろ?」と返しながら格納庫内を見渡す。彼女の言葉にどこか空空しい響きがあったのは気の所為だろう。正面の壁に大きな影が1つ。隣には黄色い壁だろうか?巨大すぎてここからでは確認できなかった。その人影はパイプやケーブル類に繋がれて、頑丈な骨組みの中に立っていた。紫と黒で塗装された機体で、ずんぐりとしたシルエット。ドムだった。初期型の物だったが、十分だ。
「しめた。動いてくれよ」
ユーセルは機体の足元まで駆け寄ると、足元の操作板を動かした。コクピットハッチが開く音がして、頭上から一本の紐が落ちて来た。紐の先は三角形になっており、そこに足を入れ、そこから人1人分ほど離れたところに取手が取り付けてある。取手にぶら下がり、巻き取り機のスイッチを押す。力強くワイヤーが巻き取られ、彼の体を上空に釣り上げていった。機体のコクピットハッチまで来たところで、隣にいたものの正体が分かった。
その機体は外見上、半球状のボディに巨大な怪物の顔が大口を開けている様な奇抜なデザインが特徴だった。ザクレロだ。背中にプロペラントタンクやアーム?だろうか記憶にあるものとは形が少し違っていた。ザクレロの方はどうにもぼろぼろで左アームは欠損し、その巨大な怪物の顔には斜めに大きな傷が入り、元の機体とは違った恐ろしさを醸し出していた。ドムのコクピットに滑り込み、機体を慣れた手つきで立ち上げていく。
「こりゃすげえや」
「MAN-00X-2。ブラレロ。フラナガン機関が開発したサイコミュ搭載型のモビルアーマーです」
「聞いたことがないな……」
ペッシェに言葉を返しながら、次々と起動に必要な項目をチェックしていった。機体の核融合炉に火が入り、モニターが一気にクリスマスの装飾の様に光り出した。スクリーン上に文字が浮かんでは消える。あと少しだ。
「へぇ。詳しいな」
「……もう。二度と見ることは無いと思ってました」
「……ペッシェ。君はもしかして」
ユーセルの口から、言葉は最後まで紡がれることは無かった。格納庫の壁を溶解させ、膨大な熱量の光が室内に満ちたからだった。その光はシャッターから反対側の壁を貫通するだけでは飽き足らず、天井をも蒸発させ空に溶けていった。
「メガ粒子砲!?どこの機体だ」
「なんだいあれ!?クラーケン?」
クーディが随分と風通りが良くなった倉庫の壁から、犯人の姿を追った。それは8本のスラスターからくる膨大な出力を使って、強引にこの月を自在に飛んでいた。その様相からは、近世ノルウェーに伝わっていた海の怪物。クラーケンの姿を彷彿とさせた。
「来いよ。化け物。引導を渡してやる」
マシンガンを腰部にマウントし、俺はヒートサーベルを抜き放った。