とある中佐の悪あがき 作:銀峰
「ジャンク屋だ。ザクF2型のパーツを売りつけに来た」
「……今日の午前中に連絡を取っていたやつか、入れ」
月のグラナダ。元ジオン軍のキシリア麾下の拠点があった場所だ。そこの正門に、大型トラックで乗り付ける。荷台にはザクf2型を積んでおいた。その機体の左腕のカラーリングが異なっていた。
「……うまく入れたな」
「そりゃもう戦争は……あー連邦側は戦争は終わったと思っている。襲われるなんて思ってもみないことだろうな」
運転席に座っているケリーが簡単な身分審査で通れた事で、安堵の息を吐く。三人とも薄汚れたグレーの作業服姿。ガトーは変装の為、髪を下ろしている。
出発時にお互いの姿を見ていた時に、
「まるで売れないロックミュージシャンが、出稼ぎに来てるみたいだな。女のヒモとかしてそう」
「……ふっ。あのソロモンの悪夢が、女のヒモか……」
ケリーはそれを聞いて、笑いそうになるのを、口の中を奥歯で嚙むようにし堪えていた。
「……」
当の本人のガトーは、無言で頭に拳を振り落とされた。正直、前回左頬をぶたれた時より痛かった。苦悶の声を吐きながら、頭を抑えて痛がる俺。ケリーはそれを見て我慢できない、と言った様にカラカラと笑っていたのを思い出した。
「こうも呑気だとはな」
ガトーが車両のドアから基地の街並みをぼんやりと見つめながら、拍子抜けだと言う様に、ふん、と鼻を鳴らす。それが聞こえた瞬間に、ふと、悪戯心が芽生え、あのセリフを言ってみた。
「……連邦はどこもそうですよ」
「こんな奴等と戦っていたとは」
ガトーが、ぽつりと言った一言に紛れ込む様に言ってみた。口元を隠す様に左手で押さえて、助手席の窓から外を見る。やばい。にやにや、止まらない。あの有名なセリフほどではないが、混ざれた事にちょっとした喜びを感じていた。えっ?オタクくさい?うるさいやい。嬉しいもんは嬉しいんだよ。
「見えた。あれがグラナダの格納倉庫だ」
正門からしばらく広大な地下内を車を走らせた後、ケリーが目的の場所を指さす。D1と書かれた巨大な扉が目に入った。扉の前に銃を携行した兵士がこちらに大きく手を振っていた。周囲には数人の技術者らしき男たちが立っていた。
「こっちだ!」
誘導する兵士の前に、トラックを止めた。三人は小さく頷いて、それぞれのドアから降りる。
「わざわざ迎えてもらってすまない。これがそうだ。ザクf2型左腕は千切られてはいるが、他の機能に支障はない。ザクfの腕をニコイチで付けて入るそれから……」
元々鹵獲品は使える3機のパーツを1機に合体させて、運用するものだ。ニコイチとか言うらしい。ケリーは手慣れた様子でかけていたバックからファイルを取り出すと、スラスラと説明を始めた。その間手持ちぶさななので、なんとなしに2人が交わす会話を眺めていた。
「……ガトーガトー」
「……どうした新人」
黙っていろとでも言いたげなガトー。ケリーのジャンク屋に臨時バイトとして入った。新人。それが今の俺の立場だ。
「ケリーって……しっかりしたんだな」
「……コケにしているのか?」
「いや。そうではなくて、商人みたいだなって」
2人でヒソヒソと、話す。あの筋肉モリモリマッチョマンの強面男が、あんなスラスラと、資料をめくりながら機体の説明を続けていた。前に一度、アナハイムの商業マンの営業を見たことあるが、負けずとも劣らない。要は、なかなかサマになっていた。
「才があったのだろう。ジャンク屋としての才能が、でなければあれほどの大きさの工房をもち、連邦軍に機体の売りつけに漕ぎ着けることなど、出来なかっただろうな」
「ははぁ」
関心が漏れる。そんなことを話していると、ふと、ガトーの表情に影が落ちる。
「……ケリーがジャンク屋としての道を選ぶのであれば、それも仕方のない事かもしれない……寂しい事ではあるがな」
無表情を装っているが、瞳の奥に感傷の色が透けて見えた。……少しガトーの心に触れられた気がした。もしかしたら原作で、ガトーが迎えに来なかったのは……いやよそう。これ以上は本人たちの問題でぽっとでの俺が口を挟む事では無いだろう。
「話がついたぞ!調べたいことがあるから少し時間が掛かるらしい。休憩にしよう」
「分かった!……おい……どうした。新人」
「……あいたた。腹が……」
ガトーが片目を瞑り、合図してくる。作戦決行の合図だ。腹を押さえ、腹痛を訴える様に、ガトーの肩にもたれかかる。一同の視線がこちらに集まる。ガトーがわざとらしいくらいの声を上げた。
「だから言ったんだ新人。賞味期限が1ヶ月も切れているプリンなんてくうからだ」
「……いや。そんなもんくわ……あー。いたた。いいだろぉ。食べたかったんだよぅ」
確かにアドリブでとは言ったが、そんなもの食わんわ。この野郎。さっきのヒモ発言の仕返しか。ガトーの肩を、指が食い込むほど強く握り締める。ちょっとした仕返しのつもりだったが、あんまり効いた様子は無かった。
「……本当に腹痛なのか?そうは見えないが」
疑いの目を向けてくる連邦の兵士。その声をかき消す様に大声をあげる。
「いてぇよぉ!しぬ!死んじまう!」
「た、大変だ。済まないがトイレの場所を教えてくれないか」
ケリーが助け舟を出す様に、連邦の兵士に声をかける。それを受けて男は、仕方ないと言う様にため息をついてユーセルの肩を組む。
「はぁ。大丈夫か?面倒くさいがこれも規則だ。連れてってやる」
「済まない……あいたたた」
「こっちだ」
倉庫の裏口にからトイレがあるであろう場所に案内される。たまにがまんできな様子を表現して、別通路に入ろうとしたが、止められてしまった。
「そっちじゃ無い。別の場所に行ってしまうぞ」
「いたたた。……別の場所ってえと?」
軍司令部とか基地の中枢だな。占拠したばかりでまだ俺たちでも掌握できたない部分も、多くてな。まるで迷路みたいになってんだよ」
「へぇ」
「喋りすぎた。今のは忘れろ。……着いたぞ」
「ありがとうございます」
中に人がいないのを確認して、外にいる兵士に声を掛ける。
「……すいませんー!ペーパーが無いのですが」
入口付近でため息が聞こえて、コツコツと足跡が近ずく。
「世話がやける……ほらこれ。……お前何を!ぐはっ」
差し出されたトイレットペーパーを取らずに、男の右手首を掴み、組み倒す。そのまま後頭部を掴み、便器の中に押し込む。酸素を求める様に、ジタバタともがくが次第に抵抗は弱くなっていき、男はそのまま気を失った。ユーセルは荒い息を吐いて後、襟をくいっ、と正し、男を見下ろした。
「便所にキスして眠ってな」
薄暗く照らされた会議室。白衣を着たは右手でタブレット型の端末を保持しスクリーンに映った映像をもとに説明していた。緊張のためか足がかすかに震えていた。
「結果として」
報告者の内容をながながと30分ほど説明し、研究員は言った。
「彼女……被検体kの身体は大きな身体強化はされてはおりません。が、ジオンのフラナガン機関そこでよく使われていたv_52。……失礼。これは一種の精神安定剤としか分かっていませんが、それが検出されました。薬の副作用か……記憶の混濁も見られました。フラナガン機関の実験台だと言うことは疑う余地がありません」
4人の男のうちの2人があざける様な声を上げた。2人はグラナダに駐屯している戦隊長。もう1人はマンハンターなどと呼ばれる特殊部隊の指揮官だった。残りの1人はジャミトフ・ハイマン准将。監査官として各地を巡っていた。戦隊長等が不満の声を漏らした理由は明らかだった。すなわち、ジオンの強化人間の実情を聞き、本来触れてはならないはずの人間の禁忌。先程の内容はそれを明らかに、逸脱しているものだったからだ。
「忌々しい。このような禁忌に手を出すとは、よほどジオンは緊迫していたとみえる」
「到底許せる事では無い。即刻研究は中止。彼女も親元に返すべきだ」
手に持っていた資料を、机の上に放り投げた。研究員を汚物を見る様な目で見る2人の戦隊長。研究員はいくらかたじろいだ。
「親元といいましても、すでに被検体の過去の系譜は辿れなくなっており、その……」
「そこからはこちらから言おう」
研究員の言葉を遮り、特殊部隊の指揮官は言った。手元のスイッチを押し込み、眼前に表示されていた場面が切り替わる。
「この少女が囚われていたのは、この男だ。元ジオン宇宙突撃軍。階級は中佐。ユーセル。こちらの隊員を三人殺害し、今なお逃走を続けている」
「聞いたことがある様な……確か白いドム部隊の指揮官だったかな?」
「そうです。ジョン・コーエン将軍麾下の者からの報告によると、サイド3で暴動を起こした後、最近まで行方を絡ましていました」
画面が次々と移り変わる。砂塵の中を駆け抜けて紫色の機体_ドムが疾走する。よく見ると所々白いカラーリングを施してあった。ジムの放った弾をひらりとよけ、ジムの上半身を消しとばしていた。画面のはじで同じようなカラーリングを施してある敵機が、味方機のジムや61式戦車を次々と蹂躙していった。飛び交う悲鳴と怒号。無機質な一つ目がこちらを見据えた所で、映像は終わっていた。誰がが喉を鳴らす音がした。
「これはオデッサ奪還作戦の時のものです。……残念ながら詳細な姿は撮れておりません。あるにはありますが、CG補正をしてもかなり解像度の低いものになります」
画面が切り替わり、全体的に赤みがかった画像が表示された。おそらくビルの上から撮ったものだろう。ビルが乱立しており、あたりは火災が周囲を巻き込まんと荒々しく渦巻いていた。中央には報告書にあったガルバルディとジム改が激しい銃撃戦を繰り広げていた。
「拡大します」
特殊作戦の男がそのガルバルディの足元に焦点が当てられていき、数人の人物が表示された。荒れ狂う破片や炎。1人は何かを怒鳴る様に声を上げて、それを危険だと言う様に部下らしき男たちが引き止めていた。顔は見えない。
「真ん中の人物です。身長は170ほど髪は黒。おそらく中東系の顔立ちでしょう。画像からは判断出来ませんでした」
「ふん……ご苦労なことだ。戦争は終わったと言うのにな」
戦隊長の1人が吐き捨てる様に言った。
「奴らにとっては終わってはいないのだ。
そこで初めてジャミトフ・ハイマン准将が口を開いた。それに反発する様に戦隊長が怒鳴った。
「しかし、今なお連邦軍は被害を被り続けている!いつコロニー落としの惨劇が繰り返されるか……」
「ジャブローの軍財務高官風情が何を言うか!せめて何かしらの対策を……」
「
ジーン・コリニー配下の軍財務高官_ジャミトフ・ハイマン准将はあくまで冷静だった。
「今やジオン残党は各地に広まり、それぞれのサイドに散らばっている。膨大な数だ。それを一人一人尋問して回るかね?それもと疑わしきは罰するか?コロニーに毒ガスでも流し込む?ナンセンスだな」
手痛い反撃だった。一年戦争後の連邦とスペースノイドの関係は薄氷の上に成り立っている。精々密告があった者や、テロ、それに関係する物を法の上に裁くのが精々だった。
「この宇宙には連邦ジオン両方に反感を持つものが大勢いる。こちらから動きその様なことをして見せれば、様子見しているスペースノイドは……失礼」
言葉を切って、ジャミトフ・ハイマンは煙草に火をつけた。うまそうに煙を吐き出す。
「……一斉に地球連邦に牙を剥くだろう。一年戦争の再来だ」
「……」
「……起きた事項を無かったことには出来ない。だが、これから起こる事項への被害を最小限には出来るはずだ」
ジャミトフ・ハイマンは煙草を、黒のクリスタルガラスの容器に潰して、火種を消す。
_ジオンなどもはや形骸化しつつある。盛んに抵抗運動を繰り返す者共もいるが、所詮は残党。支援を得られない軍隊ほど脆い物だ。今派手に動いている物共も……動けて一回。それに備えねばならないのはこれからの連邦の課題だろう。それに気づいているものは、連邦の内部に何人いることか……
「他には無いか。被検体の話に戻ろう。調査は継続。ワシも監査を終わり帰らねばならない。そうだな……被検体は北米のオークランドまで運んで貰おうか」
「……オークランド?その様な辺境に何が……」
「
その一言を最後にジャミトフ・ハイマンは会議室を後にする。室内には彼が吐き出した紫煙がゆらゆらと漂っていた。