とある中佐の悪あがき   作:銀峰

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そろそろ原作キャラを引っ掻き回していく。これはお忘れかも知れないですがガンダム0083です。……たぶん


反撃の狼煙

 

 

とある町外れのトタン屋根の建物。朝日を反射している屋根は剥がれかけ、ガタガタと、音を立てていた。あたりには倉庫に入り切らなかったのであろう。様々な機械が無造作に放置されている。ケリー・レズナーが経営しているジャンク屋だ。荒れた息を、ぜいぜい、と吐きながらユーセルはジャンク屋の門を潜った。

 

「……ケリーはいるか?」

 

玄関のインターホンを鳴らす。ややあって家主の足音が聞こえて来た。扉が開き、大柄な男が出てきた。ケリー・レズナーだ。

 

「こんなに朝早く一体誰……って中佐。どうしました?」

 

「よう……おっはー。遊びに来たぜ……」

 

時間は朝6時で、心配していたがどうやら起きていたようだった。ケリーは突然の来訪に驚いたように、ユーセルの全身をしげしげと眺める。

彼はいつも着ている服とは異なり、何故かスーツを着ていた。どこにでもいそうなサラリーマンといった装いだった。

 

「そりゃ構わないが……何もこんな早い時間にくるこたないだろう。朝6時ですよ」

 

「ちょっと……急な用事があってな……っくう」

 

「……酷い出血だ。大丈夫か!?おい!」

 

そこだけ言い切るのが限界のようだ。ユーセルは崩れるようにして、前のめりに倒れ込む。酷い状態だ。慌てて、ケリーが脇を握り込むようにして身体を支える。ベチャ、と粘りっこい液体が跳ねる音がした。

 

「………」

 

改めて見ると、所々服が破けており、全身には無数の擦り傷があった。全身脱力し切った様子でユーセルは体をケリーに預けている。呼吸音の中にすやすやと寝息混じり始めていた。寝てしまっただけらしい。

 

「……ひとまず止血だ」

 

何はともあれ怪我の治療をしてやらないといけないだろう。何があったのかまるでケリーにはわからなかったが、厄介事なのは確かだ。ため息を吐き、ケリーは引きずるようにして、家に招く。

 

「おい!ガトー手伝ってくれ」

 

洗面所で歯を磨いているであろう、同居人に向かって声をかける。

長い1日になりそうだった。

 

 

 

 

「それが、ちょっとヘマしちゃいました。テヘ」

 

「はぁ……」

 

彼の目の覚めての一言目がそれだった。頭をコツンと右手で叩いて、テレビのバカっぽいタレントがやるような動作をしていた。ケリーは少しだけ、イラッとしたが、仮にも上官_今は退役しているが_だ。殴るわけにもいくまい。拳を握り、先を促す。

 

「それで?何があった?」

 

「住所を連邦軍に特定されて、特殊部隊の襲撃を受けた。それだけ」

 

「それだけではないでしょう……」

 

まるで、いたずらが親にばれそうになることを恐れている子供のようだった。

彼はそう言って、ガトーが入れた珈琲を一口啜った。少し暑かったのか、身体を小さく痙攣させて、慌てて持っていたマグカップを口から離す。スーツは脱がしていた。脇腹を押さえるようにして、包帯が巻いてあった。一目見るだけで、鍛えられているのがわかるが、今はあちこちに包帯が巻き付けられ、見ていて痛々しい。

 

「それだけでは分かりません。中佐。何があったのか、細部お教え頂きたい」

 

「ガトー」

 

そう言いながら鋭い眼光をした男が、奥から姿を表した。湯を浴びていたのだろう。湯気が立ち、肩まで伸びた白髪を、タオルで荒々しく擦りながら、二人のいる居間に入ってくる。ガトーは椅子にドサ、と荒々しく座り、ユーセルに問いた。

 

「中佐。我々は軍人です。多少の荒事には慣れている。今は潜伏中の身。本来なら明らかに怪しい図体の男を招き入れ、連邦に辺に探られるのも本来は避けねばならない状態です。それをわざわざ招き入れた我々の善意無駄にはしないでいただきたいものです」

 

「うっ」

 

「……おいガトー言いすぎた」

 

ケリーは、ガトーに苦言を呈す。言外に言わないのなら、ここから追い出すと言っているようなものだ。ユーセルは短くうめき、たしろぐ。先ほどまで被っていた軽薄の仮面はとれ、哀愁が透けて見えた。

 

「実は……_

 

 

 

 

 

「特殊部隊の襲撃を受けた上に、家は燃やされて、クーディちゃんが攫われた!?」

 

事情説明した後、ケリーからは驚いたように声を上げられた。ガトーは眉を顰めた程度だった。

 

「まぁ……家は自分で燃やしたようなもんだけど」

 

「それにしてもだ。つけられてないんだろうな……!」

 

ぽつりと呟いた言葉はケリーには届いていないようだった。しきりに頭を動かし、周囲を見渡している。遠くからサイレンの音が微かに聞こえた。

 

「それは大丈夫だ。まず拠点にしてた借り屋をしぶしぶ燃やして、遺体も処分した後。アナハイムの男については静脈にアルコールを注入して、ベロンベロンにした後、銃とライター等も持たせて放火魔に見立てた。後は追手が心配だったので、用意しておいた車でフォンブラウン郊外を抜けて後は自動走行だ。俺にもわからんそこらへんの月面で隠すように設定してあるから足はつかない。用意しておいたコードを入れないと爆発する仕組みだ。後は町外れのスーツ屋に入ってスーツを買って着替えた。あいにく近くに服屋がなくて。ちょっと高かったが……服はそこら辺のゴミ箱の中だ。あとは監視カメラが不安だったので、キルケー……母艦に連絡をとって監視カメラをジャックしてもらった。巻いてから連絡したから1日近くかかったが……外縁に仕掛けておいた中継機が役に立った。オペ子のことだそれなりに_」

 

そこまで話したところで、ケリーはうんざりという様に、こちらの言葉を遮った。

 

「……わかった。とりあえずはいいということだな」

 

「酔っ払いの犯行とでもなっているだろう。相当な量を入れたので、死にはしないが、相当な酩酊状態になっていることだろう。しばらくは目が覚めないだろう」

 

随分とずさんな対応だったが、あの場ではそのくらいしか思い浮かばなかった。しばらくは時間を稼げるだろう。

 

「……中佐の今後の行動は如何にする予定で?」

 

「クーディを取り戻す。それだけだ」

 

ガトーが質問する。答えはすぐに出た。クーデイを乗せた車両が、グラナダ近くの元ジオン軍基地に入って行ったのをカメラの映像から確認できた。場所は分かっている。

 

「クーディは、元キシリア閣下のグラナダの地下基地だ」

 

「……それは無理でありましょう。中佐。グラナダの基地の構造は、放射状に広がった地下都市。大半は民間都市と言っても、今は連邦軍の魔窟だ。大隊規模以上の戦力が駐屯している。一艦隊で突撃をかけるのは無謀としか言えますまい」

 

「いいや、部下たちは連れて行かない。これは俺の個人的な感傷だ。道連れには出来ない」

 

「……死ぬ気ですか?」

 

「……無茶でもやるさ。彼女を放っていけない」

 

ガトーは深く息を吐き、背もたれに重心を預ける。どこか呆れている様だった。

 

「そこまでする価値があの少女にあるのですか?何回か会ったことはあるが、聡明な少女だが、それでも……どこにでもいる普通の少女だ。直接軍事に関わっているというわけではない。火中の栗を拾って火傷するよりも、時期を待てばすぐに釈放されるでしょう?」

 

最もな疑問だった。2人にはニュータイプ関連は話してはいなかった。

悩む。これはジオン軍の暗部。闇と言っても過言ではない。ケリーはともかく、ガトーに言っていいものか……

 

「……」

 

これを知ってガトーがジオン軍に落胆したら?デラーズフリートに参画してくれなかったら?歴史が変わってしまうのではないのか?もしも……もしも……もしも。膝元に目を落とす。

不安と悔恨だらけだった。

考えとも言えない思考が脳裏に走っては消える。いくら考えても思考の靄は、晴れてはくれなかった。

 

「あはは、そうだな。よく考えればそれもそうだ。すぐに釈放されるだろう。邪魔したな。取り敢えず帰ることにするよ。あ、クリーニング代は後で払うよ」

 

「中佐。待ってくれ。まだ話は……」

 

ケリーが制止してくるが、今は話す気にはなれなかった。誤魔化す様に席を立ち、玄関へと向かう。元々一旦休憩するために寄ったのだ。協力を要請する為にきたわけではない。

 

「中佐」

 

「なんだ?ガトー……_」

 

左頬にガトーの拳がめり込んだ。身体がぐらつく。ガトーは彼の胸倉を掴み、引っ張り上げた。口の中を切ったらしく、ぬるりと血の味がした。

 

「お前はいつからそんな、負け犬の様な顔をする男に成り下がった」

 

「何を……」

 

「お前がした事は、デラーズ閣下から聞いている。ア・バオア・クー撤退戦、新型機奪還。その他のあれこれ。先日貴様と話した時も、貴様の価値感を聞いて、その発想。スペースノイドの剣であろうとする姿勢は同じジオン軍人として……聞いていて、正直胸が震えた。ジオンは負けていない。我ら同胞の灯火はまだ消えていないのだと」

 

ガトーは一旦言葉を切る。

 

「それなのに今の貴様は何だ?少し都合が悪いことがあると、物事から逃げようとする餓鬼のそれだ。想像していた人物像からは程遠い。私の思い違いだった様だ」

 

視野が狭くなっていたのか、今日初めてガトーの目を見る。ガトーの爽やかで、整った顔立ちには違和感があるほどに、粘り気のある火が、瞳に浮かんだ。自尊心を傷つけられた憤りがあった。嗚呼、どうやら俺はまた間違えてしまったらしい。クーディが最後に言った言葉を思い出す。

 

「……そうだよな。言わないと分かんないよな」

 

「ガトーもうやめろ!やりすぎだ」

 

「だが……!」

 

ケリーとガトーが激しく揉み合う。俺は口元の血を拭うと、ぽつりと呟くように話し始めた。

 

「クーディは……クーディは解放される事はない。何故なら彼女はフラナガン機関で育成されたニュータイプ。いや、強化人間だからだ」

 

ケリーになだめすかされて、ガトーは落ち着きを取り戻す。

 

「彼女が?強化人間だと?先ほども言ったが普通の女の子だ。あんな小柄な子が動かせる筈が……」

 

「……MAN-08」

 

その言葉に、ケリーが反応する。機は違えど彼はモビルアーマーのパイロットだ。聞いた事はあるのだろう。

 

「……聞いたことがある。MAN-08 エルメス。ニュータイプと呼ばれる者の脳波を利用した機体。サイコミュで遠隔操作されるビットを積んでいて、多方向からのオールレンジ攻撃を仕掛けられるとかいう機体だ」

 

「……詳しいな」

 

「あぁ。俺もソロモン海戦で一度見たことがある。赤いゲルググと共にとても大きなモビルアーマーが、戦艦を次々と落としていた。ビグロのコクピットに座っていたが、冗談抜きで鬼神……とは違うな。まるで神話の中の神の様だった。相対する敵を容赦なく滅ぼす無慈悲な神」

 

ケリーが懐かしむ様に話す。懐かしむといってもそれは決していい表情では無かった。……恐れ、だろうか?

 

「お前にしては偉く詩的な表現だな?ケリー」

 

ガトーからの声に、「揶揄うんじゃあない」と返してケリーは、肩をすくめた。たしかにガンダム世界のエルメスはサイコミュ兵器の(究極)とも呼ばれている兵器だ。そしてそれは、数機で戦局を覆すことができると言われた力。

 

「あぁ、撤退戦の最中ひろった子だ。……それにエルメスのパイロットでもある。上手く扱えなかった様だが、それでも連中には関係がない話だ。何しろ名だたるエースパイロットは皆生死不明だ。ララァ・スン。クスコ・アル。シャア・アズナブル。彼女はその中と比べると一段二段と落ちるだろうが…それでも、連中が放っておくわけではない」

 

静まり帰る部屋。誰かが固唾を飲む。

 

「これが全てだ。手伝ってくれなどと言うつもりはない。こうしている今も彼女は何を受けているか分からない」

 

思い出すのは、とある映画。格納庫の一角で、少女が悲鳴を上げ、窓にガラスに頭を打ち付ける。ガラスは蜘蛛の巣の様にひび割れていき_そして少女はこときれた。髪の毛が、ぶちぶちと千切れる嫌な音だけがやけに印象に残っている。彼女もそうなってしまうかも知れない。

何者かに心臓を鷲掴みにされる感触。それを、人は恐怖というのだろう。

踵を返し、今度こそ玄関に向かう。プランは無かったが、じっとはしてられなかった。何か手がある筈だ。何か……

 

「……あー。待ってくれ。中佐」

 

「どうした?ケリー」

 

「そのですね……あー……」

 

いつもははっきりとものを言うケリーが、後頭部をぽりぽりと掻き、何か言い及んでいる。しばらく言い淀んだ後。何かを決意した様に述べた。

 

「ジャンク屋のって言っても色々な仕事があるんだ。中古や街に下ろしたり、それこそ連邦軍にも下ろしたり、こんな小さな町工場だ。あっちから声がかかるってわけじゃなく、こっちから営業しないとままならないと言うのもあってな」

 

「……?おう」

 

「でも、商品を見せないと、売れなくてな。それを運ぶのに人手がいる。大事な取引だ。人手を雇おうと思っていた。売り込み先は()()()()()()の話だが、グラナダに行こうと思っている」

 

「……それってもしかして」

 

「そいつは月に来たばかりの新参者で、グラナダには来たことがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そこまで来てようやく企図が読めた。要は手伝ってやると言っているのだ。ケリーのその提案に、俺はすぐに飛びついた。ケリーは強面の面を大きく破顔させ、笑った。

 

「……ありがとう」

 

「ガトーはどうする?」

 

ガトーはふんと、鼻を鳴らし、こちらを一瞥する。

 

「何と杜撰な計画だ……」

 

「そりゃそうだけど……」

 

やはり協力はしてくれなさそうだ。ケリーが協力してくれると聞いて、少し浮かれてしまったかも知れない。

 

「……帰路はどうする?侵入が発見されたときは?モビルスーツがいるだろう」

 

「……ガトー」

 

「ふん。ジオンの国民を守るのは当然のこと。ましてやそれが女子供となればさらにだ」

 

「ありがとう二人とも……」

 

ユーセルの感謝の言葉に、ケリーはバンバンと肩を叩き、ガトーは鼻を鳴らす。その顔は小さく笑っている様だった。

 

 

 

 

 

 

 


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