魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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副題は『公開処刑』(笑)。


第8話 告白

桐原武明が壬生紗耶香の姿を見かけたのは偶然だ。

 

剣術部の練習で、部員たちと共にウォーミングアップの走り込みをしていた桐原は、途中で視線の端の方で紗耶香の姿を捉えた。

 

(壬生?)

 

思わず振り返った桐原の視線の先には、かなり遠いが確かに壬生紗耶香の姿があった。

 

(何であんなところにいるんだ?)

 

有志同盟の一員である紗耶香はてっきり講堂にいるものと思っていただけに、首を傾げる桐原。

 

 

 

――何故か、ひどく気になる。

 

 

 

まず様子がおかしい。

 

足を引き摺るように歩いているが、特に怪我をしている様子でもない。

 

それに紗耶香の歩いている先にあるのは保健室ではなく、図書館。

 

 

 

――嫌な予感がする。

 

 

 

「桐原?」

 

気がつけば足を止めていた桐原に、部員の一人が怪訝そうに桐原の名を呼ぶ。

 

桐原は部員の方へ振り返ると、

 

「悪い、ちっと用事ができた。先に行っていてくれ」

 

「え? あ、おい!」

 

返事を待たずに別の方向へ、紗耶香の下へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「誰だ、お前ら?」

 

桐原は低い声で壬生の傍にいる部外者、いや侵入者達に問う。

 

元々答えを期待していない。

 

それを示すかのように、桐原は背中に背負っていた竹刀を抜き取る。

 

左手はCADに手を添えて、そして右手の竹刀は矛先を“敵”へ向ける。

 

「壬生に、何させている?」

 

先程よりも更に鋭い声で再び問いかける桐原は、既に臨戦態勢を整えていた。

 

 

 

ブランシュのメンバー達は警戒心を顕わに、突如現れた“障害”と対峙する。

 

既に作戦開始時刻だ。時間は掛けられない。

 

そう判断した実行部隊のリーダー格、司一の部下である男が懐に手を伸ばそうとしたとき――。

 

 

 

轟音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

一方の公開討論会は、討論会から次第に七草真由美の演説へと変わっていき、最後は真由美の訴えた一科生と二科生の差別“意識”の克服を、生徒達は満場一致の拍手で受け入れる形で幕を閉じた。

 

そして同時に、有志同盟を背後から煽った黒幕達が演出する第二幕がその幕を開ける。

 

二階から窓の外を警戒していた森崎が、最も早くそれに気づいた。

 

「敵襲!!」

 

大声で警告を発すると同時に、轟音が講堂の窓を振動させる。

 

拍手が止み、一瞬の静寂が講堂を包む中、既に起動式を展開し終えた森崎が魔法を行使する。

 

窓を突き破ろうと飛来してきた複数の榴弾を、その運動方向を真下に設定して全て地面に叩き落とす。

 

直後、森崎のいる方面とは反対側の窓が割れ、講堂内に投げ込まれた榴弾がガスを撒き散らす――より早く、森崎の警告で既に起動式を展開していた服部の魔法が発動する。

 

ガスは拡散されず榴弾に収束されたままの状態で、榴弾自体がガスと共に窓の外へ弾き出される。

 

そして、化学兵器を実装した榴弾の支援攻撃を受けて突入する“予定”であった侵入者達は榴弾と同時に講堂内へ乱入し、そのまま摩利の対人魔法によって倒れた。

 

他の風紀委員は既に有志同盟のメンバーを拘束している。

 

その鮮やか過ぎる手並みは、講堂内の生徒たちが悲鳴を挙げるより呆気に取られてしまうほどだった。

 

「では俺は実技棟の様子を見てきます」

 

「お兄様、お供します!」

 

「気をつけろよ!」

 

司波兄妹が轟音のした区画へ走り去るのを見送り、渡辺摩利は視線を二階のギャラリーに移す。

 

視線の先でお目当ての人物と目が合うと、摩利はニヤリと笑った。

 

その意味を受け取った森崎は、再び外を警戒する、ふりをして照れくさそうに目を逸した。

 

 

 

 

 

 

 

突然、鳴り響いた轟音で呆然と佇んでいた紗耶香は我に返り、咄嗟に手に持っていた鍵をブランシュのメンバーの一人に渡した。

 

「行ってください!」

 

「壬生!!」

 

鍵を受け取った侵入者たちが、桐原に背を向けて図書館へと向かって走り出す。

 

桐原はそれを追い掛けようと足を動かし、

 

「邪魔をしないで、桐原君」

 

竹刀を中段に構えた紗耶香によって、すぐに行く手を遮られた。

 

「チッ!」

 

舌打ちをして、桐原は追うのを止めて紗耶香と向かい合う。

 

「壬生、お前自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」

 

桐原としては、さっきから疑問が尽きない。

 

紗耶香が渡していた鍵は特別閲覧室のもの。

 

ならば連中の狙いはどう考えてもこの国の魔法学の機密文献。

 

魔法の優劣による差別の撤廃とは全く関係のない、ただの犯罪行為だ。

 

桐原の疑問の答えを、紗耶香は自ら口にする。

 

「魔法学の研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩となる。あの人はそう言っていた。だから――」

 

邪魔はさせないと、戦意を滾らせる紗耶香。

 

だが一方の桐原は、紗耶香の言ったことを理解できずに唖然とする。

 

「壬生、何を言って……?」

 

どこをどのように考えれば、そんな答えが導き出されるのか。

 

普通に考えれば、行為と結果が繋がらないことなど誰にでもわかる。

 

そう、普通に考えることが出来たのなら。

 

魔法科高校の一科生として、二年生として魔法を学んできた桐原の脳裏に、ある推測が浮かび上がる。

 

「――まさかッ!」

 

(マインドコントロール!?)

 

その答えに辿り着き愕然とする桐原に、

 

「はあぁああ!!」

 

裂帛の気合を持って紗耶香が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで良しっと……」

 

壬生紗耶香と桐原武明。

 

人知れず両者の縁を結んだ結代雅季は一人納得顔で頷く。

 

結代である雅季にはわかっていた。

 

紗耶香を取り巻いていた悪縁は桐原が切り離し、新しく良き縁を結ぶことだろう、と。

 

紗耶香が悪縁によって今回の事件に関わってしまったように、人と人の出会いとは良くも悪くも、ともすればその者の一生に大きく関わる程に多くの影響を与えるのだ。

 

「さて、後は俺か」

 

――たとえば、今まさに雅季に()()()悪意を向けている者達のように。

 

軽いステップで雅季が横に飛んだ瞬間、先程まで雅季がいた場所を鋭い何かが風を切って横切った。

 

その正体は一本のスチール製の矢。躱された矢は空を切って向こうの木に突き刺さった。

 

冗談でも悪巫山戯(わるふざけ)でもない、もし横へ避けていなければ致命傷だっただろう、殺意を持った一矢。

 

雅季は矢の飛んできた方向へ、結ばれた悪縁へと振り返る。

 

振り返った先には長めの警棒にナイフ、ボウガン、ブレスレット形態の汎用型CADで武装した五人の姿。

 

第一高校を襲っている武装テロリストのグループだ。

 

「外した!?」

 

ボウガンを構えている男が叫ぶも、直ぐに新しい矢を番える。

 

『縁を結ぶ程度の能力』にとって死角となるのが、こういった見知らぬ相手との遭遇戦である。

 

相手が知己ならば、近付いて来た時点で雅季は縁を感じることが出来る。

 

相手が知己で無くても、雅季自身に向けられた縁ならばこれもまた同じく縁を感知出来る。

 

だが相手が初対面であり、且つ雅季自身に目的を持たない相手では雅季はその縁を感じることは出来ない。

 

実際、雅季が五人を感知出来たのはつい今しがた、五人が一高の生徒を見つけて害意を持った瞬間だ。

 

「制圧しろ! 相手はたかが一人だ!」

 

汎用型CADを持った魔法師の男の声を合図に、五人は一斉に雅季に襲いかかる。

 

ナイフを持った二人と警棒を持った一人の計三人が雅季へと詰め寄る。

 

その後方からボウガンを持った男が雅季に狙いを定め、更に魔法師が汎用型CADを操作する。

 

対して雅季は、元々討論会を見に行く予定であり帰宅するつもりは無かった。

 

つまり、自前のCADは未だ学校に預けたままだ。

 

徒手空拳の身で明確な敵意を持つ武装した五人を相手取る。更に言えばうち一人は魔法師。

 

それこそ一科生、二科生問わず並みの学生ならば血の気が引く状況だろう。況してや入学して未だ一ヶ月しか経っていない一年生ならば尚更だ。

 

尤も、生憎と雅季は“並みとはとても言えない相手”だが。

 

(CADは手元に無し。しょうがない、あまり外の世界(こっち)では使いたく無かったんだけど……)

 

CAD無しでも魔法は使えるが、流石に五人を相手取りながらでは厳しいものがある。

 

だが、『魔法』ではなく『能力』ならば話は別だ。

 

幸か不幸か、雅季に向けられている縁はこの五人以外には無い。

 

つまり、今なら『能力』を使ったところで誰も見ていない。

 

双方にとって、正しく悪縁と言っても差し支え無いだろう。

 

雅季からすれば『能力』を行使することに。

 

そして武装テロリストからすれば、相手が一高の生徒や魔法師の雛形であるそれ以前に、いやそれ以上に、『結び離れ分つ結う代』であったことに。

 

「悪縁は切って離すに限る。縁が悪かったな、お互いに」

 

雅季は小さく溜め息を吐きながら手をかざし、五人の悪縁を()()()()()――。

 

 

 

雅季に警棒を振り下ろさんと、またナイフを突き刺さんと向かっていた三人も。

 

ボウガンの引き金に指を掛けた男も。

 

パネルを操作し起動式を読み込んだ魔法師も。

 

五人全員が、まるで雅季から()()()()()ように身体が後ろへと引っ張られた。

 

四人は何が起きたのか分からず、魔法師の男のみはイデア上に何かしらの“力”が働いたことが感覚でわかったが、それが何であるのか理解出来ず。

 

ただ五人は離れていく雅季を大きな戸惑いと、そして遠のいていく意識と共に、意識を手放すまで見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!」

 

「ッ!」

 

紗耶香の振り下ろした竹刀を、桐原は竹刀で受け止める。

 

「壬生! 目を覚ませ!!」

 

声をあげる桐原。

 

だが返事の代わりに紗耶香の竹刀が襲いかかる。

 

「クソ!!」

 

「はああ!!」

 

内心の疑惑を振り払うように、ひたすら桐原に竹刀を鋭く叩きつける。そこに一切の手加減は無い。

 

桐原が魔法を併用すれば、或いは紗耶香を取り押さえることも出来たかもしれない。

 

だが桐原は魔法を使っていない。

 

それどころか、一度も紗耶香に攻撃を仕掛けていない。

 

ただ攻勢を仕掛けてくる紗耶香の剣を受け止めることに徹している。

 

紗耶香がマインドコントロールを受けていると気付いてしまった時点で、紗耶香を攻撃することを躊躇ってしまっている。

 

攻める紗耶香、守る桐原。

 

(……違うだろ)

 

只管に攻撃を受け止めている桐原の中に浮かんでくる感情。

 

「……違うだろ、壬生」

 

自覚せず、桐原は内心を口にしていた。

 

「お前の剣は、こんなんじゃないだろ……!」

 

良く言えば烈火のように、だが悪く言えばがむしゃらな紗耶香の剣。

 

それは桐原の知る、中学時代の桐原を魅了した剣では無かった。

 

互いの竹刀が強く打ち合う。

 

桐原は力任せに相手を押し返す。紗耶香は勢いに乗るかたちで後方へ飛び引き、両者は距離を置く。

 

「壬生、違うだろ。お前の剣は、そんなんじゃねえだろ」

 

無表情に、淡々した口調で言い放つ桐原。

 

「私の、剣?」

 

だが紗耶香には、それがどこか悲しげに聞こえた。

 

怪訝な顔をする紗耶香。桐原は内心の迷いを振り切り、覚悟を決めた。

 

「壬生、俺はお前を止める。お前の剣を、汚させはしない」

 

竹刀を構えなおす桐原。その目は真っ直ぐに紗耶香を捉えている。

 

「魔法は使わないの?」

 

桐原の右手に装着されているブレスレット形状の汎用型CADを一瞥して、紗耶香が問う。

 

「ああ。使わない」

 

「剣技だけで、私を倒せると思っているの?」

 

「ああ。今のお前なら、俺でも倒せる」

 

一瞬も躊躇せず断言した桐原に、紗耶香は眉を顰めて。

 

「舐められたもの、ね!」

 

桐原に斬りかかった。

 

再び始まる両者の剣戟。

 

だが先程との明確な違いは、桐原も紗耶香に打ちに掛かっていることだ。

 

桐原の袈裟斬りを紗耶香は受け流し、返す刃で桐原の胴を狙う。それを戻した竹刀で受け止める桐原。

 

紗耶香の表情が険しくなる。

 

新入生勧誘活動の時より桐原の動きが良い。

 

技量はほぼ同等、そこに差は無い。

 

故に、拮抗していた両者の天秤が傾いたのは、技量以外の要因だ。

 

「くっ……!」

 

苦悶の声をあげる紗耶香。

 

先程の攻勢の疲労が、紗耶香の動きを徐々に鈍らせる。

 

「負け、られない……!!」

 

だが、負けることは到底許容できない。

 

魔法が下手だからという理由で学校側から二科生に区別され、ウィードや補欠と差別されてきた。

 

だからこそ、魔法を使わない純粋な剣技では、絶対に一科生には負けたくない。

 

その一心で必死に食らいついてくる紗耶香の、もはやいつもの輝きを失ったその剣に、

 

「壬生!!」

 

桐原の内部で溜まっていた激情の堰が決壊した。

 

「そんな剣じゃないだろ! お前の剣は!」

 

「何を、いきなり――!!」

 

 

 

「お前の剣は、もっと綺麗だった!!」

 

 

 

「――え?」

 

場にそぐわない桐原のあまりに突然な告白に、紗耶香は呆気に取られる。

 

それも一瞬のことで、すぐに桐原の袈裟斬りを慌てて受け止める。

 

「中学ん時、お前の剣を見て本気ですげえって思ったよ! 人を斬らない剣ってのはこんなにも綺麗なのかって! 俺じゃ絶対に真似できないってな!」

 

桐原の中で燻っていた想いが爆発し、次々と言葉にして紗耶香にぶつける。

 

「お前の剣はもっと綺麗なんだ! だから、これは違うだろ!!」

 

「え、え?」

 

その紗耶香の顔色が、桐原の竹刀を防ぎながらも段々と赤くなっていくことに、一種の激昂状態である桐原は気付かない。

 

「あんな連中なんかに、お前の剣を、お前を汚させるかよ!」

 

竹刀を一際大きく上段に振りかぶった桐原。

 

紗耶香にとって絶好の隙が生まれたが、もはや別の意味で余裕を無くした紗耶香はそれを突くこともできず。

 

「お前の剣を、お前の剣道を――」

 

また桐原もそんな紗耶香の様子に気付ける余裕もなく、ただ全力の一撃で竹刀を振り下ろし、

 

「俺が惚れた壬生紗耶香を、こんなことで汚させてたまるかッ!!」

 

紗耶香の竹刀を叩き落とした。

 

 

 

竹刀の地面を転がる音が、決着を物語る。

 

学校内は未だ襲撃の喧騒が絶えないが、二人の間には奇妙な静寂が訪れる。

 

竹刀を振り下ろした状態で止まっていた桐原は、残心を解くと深く息を吐いた。

 

そして、紗耶香に何か言おうと、桐原がゆっくりと顔をあげると……。

 

 

 

「き、き、桐原くん!? な、な、何を言って……え? えっ!?」

 

紗耶香は顔を真っ赤にして、声が裏返るなどあからさまに動揺していた。

 

 

 

あれ、と首を傾げる桐原。

 

それも束の間、

 

「……あ」

 

冷静になった瞬間、ついさっきまで自分が何を言っていたのかを理解して、一瞬で桐原も顔色が真っ赤に染まった。

 

「え、えっと、だな……その……」

 

何を言おうとしたのか思い出すどころか何も言っていいのかもわからず、結局は桐原も紗耶香も沈黙を選択する。

 

お互いに顔を背けているが、チラチラと相手に視線を向けては、視線が合うとパッと目を逸らす。

 

桐原が混乱する頭で何とか現状打破しなければと考えたのは、現在の学校の状況を考慮して、というわけではなく、単に気まずい空気を何とかしたかったためだ。

 

というか、もはや二人はブランシュの襲撃など完全に忘れ去っていた。

 

「み、壬生!」

 

「は、はい!!」

 

思った以上に強い口調になってしまった桐原と、返事が敬語になるぐらい緊張している紗耶香。

 

名前を呼んだのはいいものの、やはり何を言えばいいのかわからず、桐原と紗耶香は見つめあう格好となる。

 

第三者が見ればこの状況で何をしているのかと心底呆れるところであり、

 

「……何をしているんですか、先輩方」

 

「うおっ!!」

 

「きゃあ!!」

 

実際に達也たちは心底呆れていた。

 

「し、し、司波君!?」

 

「よ、よう司波兄!!」

 

既に思考がパンク状態の紗耶香と、取り繕ったように返事をする桐原。

 

そんな二人を見て、司波達也、司波深雪、千葉エリカ、西城レオンハルトの四人は奇しくも同じ思いを共感して、溜め息を吐いた。

 

 

 

「それで、どういった状況なんですか?」

 

達也の問い掛けには呆れの声が混ざってしまっていたが、それは無理ないことなのかもしれない。

 

実技棟への襲撃をその場に居合わせたレオとエリカと共に撃退して、小野遥の助言で敵勢力の本命である図書館へと駆け付けてきた達也たち。

 

そしていざ駆けつけてきてみれば、図書館前では侵入者達と学校側、三年生の生徒や教師達が激しい攻防を繰り広げており。

 

……そのすぐ近くでは見知った男女が何故か青春を繰り広げていたのだから、誰だって「何だこれ?」と思う状況だろう。

 

「あ、ああ、そうだったな!」

 

半分は自分に言い聞かせるように桐原は達也に返す。

 

まだ顔が赤いのは否めないが。

 

「侵入者は特別閲覧室の鍵を持っている。連中の狙いはそこだ」

 

予想通りの答えだったので達也たちの表情に変化はない。

 

むしろエリカはありきたりな内容にガッカリしているぐらいだ。

 

そして、達也は桐原からもう一人の人物へ、紗耶香へ視線を向ける。

 

「それで、壬生先輩は――」

 

「壬生はマインドコントロールを受けた形跡がある」

 

達也の言葉を遮って、桐原は強い口調で言葉を被せた。

 

その内容に深雪、エリカ、レオは目を見開いて紗耶香を見つめ、そして当の本人である紗耶香は愕然とした顔で桐原を見ている。

 

尤も、達也だけは「それもありえる話だな」と比較的冷静に受け取っていたが。

 

「じゃなきゃ、機密情報を盗み出すことが差別撤廃に繋がる、だなんて話を信じると思うか?」

 

「全く話が繋がっていないですね、そういうことですか」

 

桐原の問いに達也は即答して、同時に桐原の推測を肯定した。

 

五人の視線が自然と紗耶香に集まり、何より自分がマインドコントロールを受けていると指摘されて壬生は狼狽する。

 

「あ、あたし……」

 

そんな紗耶香を見て、達也は桐原に話しかける。

 

「桐原先輩、壬生先輩をお願いしていいですか?」

 

「ああ、今の壬生は放っておけないからな。俺の代わりに、ぶっ飛ばしてきてくれ」

 

冷静になった桐原は、時間がないことを察してあっさりと達也たちに侵入者の排除を任せる。

 

それにマインドコントロールを受けている紗耶香が、これ以上何もしないよう“見守る”必要がある。

 

「行くぞ、皆」

 

「はい」

 

「オウ!」

 

深雪とレオは頷いて、返事を待たずに駆け出した達也の後を追う。

 

そしてエリカは、一瞬だけ桐原と紗耶香を見るとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、すぐに達也たちの後を追った。

 

絶対に後で揶揄うつもりなのだろう。

 

そして、後に残ったのは桐原と紗耶香の二人のみ。

 

「壬生」

 

達也たちを見送った桐原は、紗耶香へと向き直る。

 

「さっきは、その、勢いに任せて言っちまったけど……」

 

照れ臭そうにそう口にする桐原に、先程のやり取りを思い出した紗耶香の顔色が再び赤く染まっていく。

 

「ありゃ全部、俺の本音だから」

 

桐原自身も顔を赤くしながら、それでも真っ直ぐに彼女の目を見て、己の正直な想いをぶつけた。

 

「この件が終わったら、改めて話させてくれ」

 

正直、紗耶香は今回の襲撃の件やマインドコントロールのこと、そして突然の桐原の告白など急展開過ぎる事態に、思考が追いついていない。

 

それでも、紗耶香は不思議と気持ちが楽になっていることに気付いた。

 

この『縁』は決して悪いものではないと、まるで運命のような囁きを心の奥底で無意識に感じながら。

 

桐原武明に、壬生紗耶香は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

壬生紗耶香の『悪縁』が切れて離れていき、代わりに『良縁』が結ばれる。

 

それを感じ取った雅季は小さな笑みを浮かべた後、ゆっくりと此方に向かってくる人物の方へ振り返った。

 

「よう、駿。お疲れさん、風紀委員は大変そうだな」

 

「……こんな状況だってのに、お前は」

 

周囲から喧騒が絶えない状況下で、普段と代わり映えしない挨拶を受けて緊張感の削がれた森崎は「やっぱり無視すれば良かった」と内心で後悔した。

 

それでも一般生徒の避難誘導を行うのが風紀委員の務めである。

 

……そう、雅季(こんなの)でも立場上は一般生徒なのである。森崎個人としては大いに異議の申し立てをしたいところではあるが。

 

「少しは危機感ぐらい持て! 現に何人もの生徒が襲われて――」

 

その途中で、ふと森崎は少し離れたところに倒れている五人の武装テロリストの姿に気付いた。

 

「……雅季、あいつ等はお前が?」

 

「まあ、そんなとこ」

 

表情を消した森崎の問いに対する返答は、やはり何時もと変わらぬ口調。

 

そんな雅季に森崎は何かを言いかけて、だが結局は諦めたらしく頭を横に振る。

 

そして、改めて雅季に向き直ると投げ遣りに告げた。

 

()()、お前も一般生徒だから勧告するけど」

 

「いや、一応は不要じゃね?」

 

「うるさい、そんなことどうでもいい。とにかくお前もさっさと講堂前に避難しろ。あそこなら十文字会頭が警護に付いてくれている」

 

「俺、ちゃんと一般生徒なんだけどなぁ」

 

抗議を見事な一刀両断で切って捨てられた雅季は、解せないと首を傾げつつも勧告に従って講堂へと歩き出す。

 

「雅季」

 

その後ろ姿を、森崎が呼び止めた。

 

振り返った雅季に森崎は問い掛ける。

 

「CADは持っているのか?」

 

「いや、預けたままだけど」

 

「今は非常時だから受付に行けば返却してもらえる。念のため受け取っておいた方がいいぞ」

 

「おう、わかった」

 

森崎の助言を受け取って、雅季は止めた足を再び動かす。

 

今度は、呼び止められることは無かった。

 

 

 

雅季の背中を見送った森崎は、倒れている武装テロリスト達の所へ近寄ると五人の様子を確認した。

 

外傷らしいものは見当たらないが、全員が気を失っている。

 

その手元にはナイフや警棒、ボウガンが転がっており、うち一人はブレスレット形態の汎用型CADを装着している。

 

状況を確認する限り、ナイフや警棒を持った前衛が三人、ボウガンと魔法師の後衛が二人といったところか。

 

つまり――。

 

「CADも無しで、傷一つ無く、魔法師を含めた武装テロリストの五人を無力化か」

 

森崎は深い溜め息を吐く。

 

自分に同じことが出来るか、という自問が頭を過ぎり、それに対する自答が森崎により複雑な心境を抱かせる。

 

「全く、あいつは……」

 

だが、雅季(アレ)との腐った縁が続く中で、この感情は慣れたくも無かったが無理矢理に慣れてしまったもの。

 

森崎は己の胸中を割り切ると、風紀委員という立場に意識を切り替えて気絶している五人の拘束を始めた。

 

 

 




Q.どうしてこうなった?

A.だいたい雅季のせい。

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