魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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本作の森崎駿は苦労人属性が追加されています。
同情のし過ぎにご注意下さい。


第3話 紡ぎ始まる縁

初日の教室は独特の雰囲気に包まれるものである。

 

この中に友人がいる者は友人と話すだろうし、友人がいなくとも初対面に話しかけて新たに友人となる、そんな時間帯だ。それはA組も同様である。

 

そして雅季も、割り当てられたクラスであるそのA組の教室に足を踏み入れた。

 

ちなみに二日酔いは某竹林に住む『月の賢者』の薬で完治済みである。

 

効果は抜群、雅季もいつもお世話になっている薬だ。

 

きっとこの時期では幻想郷で最も需要のある薬だろう。

 

閑話休題。

 

昨日のうちに顔合わせした者もいるのだろう、既に小集団が幾つかできてそれぞれ談笑している。

 

(俺の席はどこかなー?)

 

机に刻印された番号から自分の番号を探そうと雅季は教室を見渡し、

 

「あれ」

 

ふと教室の中央付近の小集団の中に見知った顔を見つけた。

 

向こうは会話に夢中でこちらに気づいていないようだ。

 

雅季はさり気なく友人(?)の背後に回ると、

 

「よう」

 

「そこは加重魔法で――ブハッ!!」

 

会話に夢中だった友人の脇腹を人差し指で突っついた。

 

ちなみに今の奇声のせいで教室中の人間が何事かと振り返りこちらを注目しているが、友人(?)に気づいた様子は無い。

 

「いきなり何す――って、雅季!?」

 

「よう駿。何時ぞやの社長の息子さんの結婚式以来だな」

 

振り返って抗議の声をあげかけ、目の前にいる人物に驚愕、というか仰天している少年の名は森崎駿。

 

結代雅季の友人である……たぶん。

 

「な、なんでお前がここに!?」

 

目に見えて動揺を浮かべている駿の問いに、

 

「入学したからだろ?」

 

「――……」

 

そう雅季が答えた瞬間、森崎は固まった。

 

「おーい」

 

目の前で手を振ってみても、森崎は反応を示さない。

 

ただ絶望に染まった表情を浮かべたまま、時が止まっていた。

 

 

 

結代雅季と森崎駿。

 

二人は以前に同じ学校だった、というわけではなく、家が近くだったというわけでもない。

 

だが二人の家の家業が、二人の間に縁を結ぶ役目を果たしていた。

 

森崎一門は「いかにして速く魔法を発動させられるか」を追及した魔法技術『クイックドロウ』を活かした民間のボディガード業を営んでいる。

 

結代家は結代神社の神職を務める社家であり、結代神社は縁結びのご利益で有名な神社だ。

 

皇族の結婚式も執り行う結代神社には、そのご利益、というより権威に肖ろうと民間の資産家や有名人が結婚式を挙げることも少なくない。

 

雅季と駿が顔見知りになったのも、そんな互いの家業が縁となったものだ。

 

ある資産家もしくはその親族が結婚式を結代神社で挙げることになり、その護衛として森崎家が営む警備会社が選ばれる。

 

何時が最初だったのかも忘れる程に同じケースが幾度も続き、その度に結代雅季と森崎駿は顔を合わせていた。

 

……尤も、森崎にしてみれば「悪縁の類だ、しかも腐れ縁の」と断言するだろうが。

 

 

 

「……お前も、A組、なのか?」

 

秒針が半周ぐらいしてようやく動き出した森崎だが、その動きはどこかぎこちなく、問い掛けの内容は今更なものだった。

 

「A組じゃなきゃここにいないだろ。初日からいきなり違うクラスに行く奴いるのかな?」

 

雅季は何を当たり前なことを、と表情で語っていたが、すぐに何かに気付いた。

 

「いや、そんな質問が出てくるってことは……森崎、お前は何組なんだ?」

 

「A組に決まっているだろ!」

 

一転して真面目な顔で尋ねてきた雅季に。森崎は若干半ギレで答えた。

 

はぁ、と肩を落とす森崎。その周りには先程までの誇りに満ち溢れた覇気は無く、どんよりとした空気だけが漂っていた。

 

 

 

森崎駿はジェットコースター並みの感情の転落を自覚していた。

 

森崎はこの同年齢の知人、結代雅季が苦手だ。

 

初めて会った時は、雅季も結代家の一人として真面目に神事を執り行っていたので、それなりに好感を覚えたものだ。

 

だが、この少年は神職に携わっている時とプライベートの時との差が実に激しい。

 

確かに神事では、それこそ見ている方も姿勢を正したくなるほど真剣に執り行う。

 

だが一方のプライベートでは、根が真面目な森崎をしょっちゅうからかい、おまけに何故か他の森崎一門から気に入られており、そこから森崎自身すら忘れているような恥ずかしい話も手に入れてくる始末。

 

過去にあった実例では、こんな話がある。

 

 

 

ある資産家の息子が結代神社で結婚式を挙げることになり、親族の護衛に森崎一門が雇われた。

 

結代家の結代神社と森崎家の警備会社。何時もの如く、よくある組み合わせだ。

 

それは、結代神社で事前に護衛の打ち合わせを行った時のことだった。

 

森崎家、結代家、依頼主の代表達が集まって最初の打ち合わせをしている時、森崎は部屋の外で待機していた。

 

そこへたまたま通りかかったのだろう、依頼主の親族である中年男性がやってきて、駿を見るなり眉を顰めた。

 

「君のような子供が、ボディーガードなんて出来るのか?」

 

男性の文句に、流石にムッとした森崎が反論しようとして、

 

「――大切な親族の、一生に一度の晴れ舞台。その式典と護衛に、私や彼のような子供がいることに不安を思うのは当然のことでしょう」

 

いつの間にか来ていた雅季が駿を手で制し、男性の目を真正面から見ながら言った。

 

「ですが、私は未だ若輩の身ですが、少なくともここにいる森崎駿の実力は我が結代家が保証致しましょう」

 

普段のふざけた態度など全く感じさせない毅然とした態度で、

 

「彼は信頼にたる実力を持ち、実績を以てそれを証明しております。何でしたら、彼の警備会社に問い合わせてデータを取り寄せましょう。――きっと、貴方も満足しますよ」

 

最後は相手に心配無用と口外に伝えるような笑顔で、雅季は相手に告げた。

 

隣にいる森崎が呆然と雅季を見遣っている中、男性は暫く雅季を見返し、

 

「そうか」

 

と呟いて、ゆっくりと肩を下ろす。その時には男性の気配から刺々しいものは既に無くなっていた。

 

「まあ、本当に心配しないで下さい」

 

そこへ、ついさっきまでの毅然とした態度など何処へやら、雅季は悪戯染みた笑みを浮かべて砕けた口調で言った。

 

「確かに駿は自室の本棚の裏に秘宝を隠す思春期真っ盛りの少年ですが、本当に魔法師としての腕は確かですよ」

 

「何でお前が知っているんだ!?」

 

露骨に反応してしまったため、却ってそれが事実だと証明してしまったのだが、混乱している森崎は気づかない。

 

男性は一瞬キョトンとしたが、やがて穏やかな、そして意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「そうか、そこまで言うのなら信用しよう。大切な姪の結婚式なんだ。結婚式も護衛も、どうかよろしく頼む。あと、同じ男としてのアドバイスだ。秘宝は本棚の中に紛れ込ませるといい。木を隠すなら森の中だ。私はそれでバレなかった」

 

「だってさ」

 

ニヤニヤとしている二人の視線を受けた森崎は、雅季と出会ってから何度も感じている「穴があったら入りたい」という思いを再び感じていた。

 

 

 

森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。

 

普段から面白可笑しくからかってくるくせに、不思議と憎めない。

 

無視しようとしても、何故か腐れ縁で一緒になってしまう。というか無視できるほど雅季は没個性な人間性ではない。

 

ある時は「あいつ、面白いからって理由でポラヒドル・ハンドルみたいな偶然を利用する魔法を使ってないよな?」と割と本気で疑っていた時期もあった。

 

そう、結代雅季は魔法が使える。魔法科高校に入学している時点で窺い知れることだ。

 

そして、雅季の魔法力は森崎よりも遥かに強い。森崎が感じた限り、それこそ百家の上位にも匹敵する魔法力だろう。

 

だというのに、雅季はそれを決して誇ったりしない。否、誇りとも思っていない。

 

当然だ、結代雅季にとって魔法とは『趣味』であって『本業』ではない。

 

雅季の本業はあくまで結代神社の、縁結びの宮司。魔法師ではない。

 

そんな雅季にとって魔法力など、趣味の演出魔法が使える分だけあれば充分なのだ。

 

それを知った当初の森崎は愕然として、一時期は忸怩たる思いに駆られたものだ。

 

不要だと思っている者が、必要だと感じている者より優れた才能を持っている。

 

世の中は本当に皮肉に満ちている。

 

それでも。

 

 

 

――俺は結代だよ。決してそれ以上にもそれ以下にもならないし、なろうとも思わない。

 

 

 

雅季の『結代』という家名にかける真剣さと誇りを知っているだけに、森崎も今では何とか割り切れている。

 

やはり、森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。天敵だと言ってもいい。

 

森崎の価値観とは全く噛み合わないくせに、どうしてか不思議と腐れ縁が続く。

 

そして、今日から少なくとも三年間は更に縁が続くことが確定した。

 

これからの高校生活に思いを馳せて、森崎は既に暗澹とした気持ちでいっぱいになっていた。

 

ちなみに今日は高校生活二日目であるのであしからず。

 

森崎の憂鬱の深さは、それこそ絶世と言っても過言ではない美少女、司波深雪が教室に入ってきて教室内がざわついても、それに気づかないぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、司波達也と司波深雪の兄妹は困惑した表情で目の前で進行している口論を眺めていた。

 

「ですから、深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言っているんです。話があるんでしたら一緒に帰ったらいいでしょう! 何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!?」

 

激昂した様子で啖呵を切ったのは、達也のクラスメイトで柴田美月(しばたみづき)だ。

 

昨日今日の付き合いだが、普段の大人しい性格を見ていただけに、真っ先に一科生に食ってかかったことに達也は意外感を禁じ得なかった。

 

「引き裂くと言われてもなぁ」

 

「み、美月は何を勘違いしているのでしょう?」

 

「深雪、なぜお前が焦る?」

 

当事者でありながら傍観者の立場にいる二人も混乱気味であるが、場は更に混乱しつつあった。

 

「僕達は彼女に相談があるんだ! ……あと、言っておくけど引き裂くつもりなんて無いからな!」

 

「そうよ! 司波さんには悪いけど、少しだけ時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

そう反論するのはA組の男子生徒その一と女子生徒その一。

 

何故か男子生徒その一が「引き裂く」ことを強調して否定したが、口論に参加している者達はヒートアップしていたので気付かなかった。

 

……不参加の一人である深雪はそれに気付いて、更に嬉しそうに動揺していたが、それに気付いたのも達也だけだった。

 

「ハ、相談だったら自活中にやれよ。ちゃんと時間を取ってあるだろうが」

 

「自活中に出来ない都合があるんだ、こっちには!」

 

「それはそっちの都合でしょ? なら深雪の都合も考えたら? 相手の都合も考えずに相談だなんて、まずは相手の同意を取ってからがルールでしょ。そんなことも知らないの?」

 

相手を挑発するような態度で言い放ったのは美月と同じく達也のクラスメイト、西城(さいじょう)レオンハルトと千葉(ちば)エリカ。

 

A組とE組、一科生と二科生。

 

両者の間で一触即発の空気が流れる。

 

あくまで当事者である達也と深雪を置いてけぼりにして。

 

「……お前等はあいつを知らないからそんなこと言えるんだ」

 

ついでに言えば、男子生徒その一の苦渋に満ちた発言は、あまりに小声過ぎて誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

最初の衝突は昼休み。

 

早めに食堂に来られた達也たちが昼食を取っているところへ、A組の男子女子に囲まれた深雪がやって来た。

 

深雪は達也たちと共に食べるつもりだったのだが、

 

「奴は……いないな、よし! 司波さん、親睦を深めるためにもA組同士で一緒に食べませんか!」

 

男子生徒その一が周囲を確認して“誰か”がいないことを確認した後、深雪を昼食に誘った。

 

それを切っ掛けに、A組のクラスメイトから次々と誘われる深雪。

 

だが深雪がそれを断り続けると、次第に矛先が一科生と二科生の違いへと向かい、しまいには一部が「ウィードは席を空けろ」等と言い出す始末。

 

その場は達也が目配せをして席を立ったために事なきを得たが、レオとエリカは既に爆発寸前であり、この時から既に険悪な空気が出来上がっていた。

 

そして現在、達也たちと一緒に帰ろうとする深雪に再びA組が誘いを掛け、それが強引な誘い方になってきたところで美月が切れ、今に至る。

 

 

 

そして、

 

「ウィードごときが口出しするな!」

 

「同じ新入生じゃないですか! あなた達ブルームが、今の時点でいったいどれだけ優れているっていうんですか!」

 

別の男子生徒が発した差別的発言に対する美月の反論に、両者の関係はついに臨界点を迎えた。

 

「……どれだけ優れているかだって?」

 

先程までとは打って変わった平坦な声色で男子生徒その一、いや森崎駿は問う。

 

全員の視線が森崎に集まる。同時に、傍観者の立場にいる達也は場の空気が変わったことに気付いた。

 

「知りたいのなら、教えてやるぞ?」

 

「ハ! 面白れぇ、教えてもらおうじゃねぇか!」

 

森崎の“本気”の宣告をレオが買う。

 

隣にいるエリカも不敵な笑みを浮かべてそれに応える。

 

「なら――教えてやる!」

 

瞬間、森崎は特化型CADを抜き取り、銃口をレオに突きつけた。

 

全ての動作は一瞬で行われ、果たして森崎が特化型CADを構えるまでを認識出来たのはこの場に何人いるだろうか。

 

これが魔法力は平凡と評されながらも森崎家が魔法師の中で一目を置かれている最大の理由。

 

森崎家が編み出した技術、『クイックドロウ』である。

 

咄嗟にレオが手を出すが既に遅い。

 

“魔法力”では負けていても、“魔法師”としてはどうしても負けたくない相手が森崎にはいる。

 

故に、森崎は魔法力だけではなく魔法を使った技術でも努力を怠ったことはない。

 

その中でも『クイックドロウ』は最も練習を重ねてきた技術の一つだ。

 

身体能力は高いが、それを個の技量にまで落とし込めていないレオでは間に合わない。

 

そう、西城レオンハルトでは――。

 

「ッ!?」

 

衝撃と同時に、レオに突き付けた特化型CADが森崎の手から弾き飛ばされた。

 

反射的に後退する森崎。

 

その眼前には、警棒を振り抜いた姿勢のまま残心の状態にあるエリカの姿があった。

 

森崎家が『クイックドロウ』の技で名を馳せているように、エリカの家もまた一つの体系を編み出した家名として広く知られている。

 

魔法と剣術を組み合わせた魔法剣の権威、通称『剣の千葉家』。

 

「この間合いなら、体を動かしたほうが速いのよね」

 

もう少し距離があれば結果は違っていたことだろう。

 

だがこの距離は、千葉エリカの“剣”の間合いであった。

 

「それは同感だが、テメエ今俺の手ごとぶっ叩くつもりだっただろ」

 

残心を解いて不敵に告げたエリカに、森崎のCADを掴もうと伸ばした手を咄嗟に引いたレオが睨む。

 

「あーら、そんなことしないわよ」

 

「わざとらしく笑って誤魔化すんじゃねぇ!」

 

漫才のような騒ぎを繰り広げるエリカとレオを横目に、

 

(どちらも一年とは思えない技量だな)

 

自分のことを棚に放り上げて、達也は感嘆を禁じ得なかった。

 

目にも留まらぬ早さで特化型CADを抜き構えた森崎。

 

目にも留まらぬ速さで森崎のCADを弾き飛ばしたエリカ。

 

両者の攻防に、いったい何人が付いて来られただろうか。

 

またレオも間に合わなかったとはいえ反応して見せた、伸び代は大きいだろう。

 

冷静に三者の力量を見定める達也。

 

だからこそ、達也が最も早くそれに気付けた。

 

「――じゃあこいつも今から叩けるのか?」

 

森崎の手には、先程弾き飛ばされた特化型CADとは別の小型特化型CAD。

 

その銃口は、既にエリカに向けられていた。

 

「――!!」

 

「二つ目!?」

 

美月が悲鳴に似た声を上げた。

 

 

 

殆どの魔法師にとって本来、特化型CADは一つで充分である。

 

汎用型CADと特化型CADの組み合わせならば、CADを二つ持っていてもおかしくはない。

 

汎用型CADで補助系の魔法を使い、特化型CADで攻撃系の魔法を使う。

 

寧ろスタンダートな戦闘スタイルであり、実際に森崎本来の戦闘スタイルもそれである。

 

汎用型CAD一つあれば多種多様な起動式をインストールできるので、特化型CADを二つも持つ必要性はあまり無い。

 

それにCADを同時に使用しようとするとサイオン波が干渉しあい、二種の想子(サイオン)の完全制御という余程の高等テクニックが無ければ魔法は発動しない。

 

では何故、森崎は特化型CADを二つも持っているのか。

 

それは、森崎がCADの同時使用という高等テクを使えるから……というわけではない。

 

森崎にとっては不本意なことに、そう非常に不本意なことに。

 

過去に非常識の塊と模擬戦をした際、CADを弾かれるという経験を既にしていたからだ。

 

それ以来、森崎は予備のCADも所有するようになった。

 

切っ掛けはともかく、最初は戦闘の継続性を高めるため、という理由だった。

 

だが、二つの特化型CADを持ち歩くようになって初めて、森崎は気付いたことがある。

 

特化型CADは一つのみ、という先入観が多くの魔法師にはあること。

 

ならば、その意識を逆手に取れないか、と。

 

魔法師の『常識』を逆手に取った戦術。

 

魔法の切り札ではなく、魔法を使った戦い方としての切り札。

 

その切り札に、エリカは引っかかってしまった。

 

 

 

エリカとレオの表情から余裕が消え失せる。

 

森崎がトリガーに指をかける。

 

その右後ろでA組の女子生徒が汎用型CADに指を走らせる。

 

「お兄様!」

 

第三者の視点でそれに気づいた深雪が切羽詰った声で達也へと振り返る。

 

深雪が言い終わる前に、達也は右手を突き出していた。

 

これ以上は拙いと判断した達也が『魔法』を駆使する――その直前、達也の『知覚』はそれに気づいた。

 

達也は右手を下げる。

 

深雪が「何故?」と疑問の視線を向ける前に、解が現実となって示される。

 

女子生徒の起動式に想子(サイオン)の弾丸が撃ち込まれて砕け散るのと、

 

「――うがッ!?」

 

何処からともなく飛んできた未開封の缶ジュースが森崎の後頭部に直撃したのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

森崎にとって、胸元に刺繍された一高の花弁(エンブレム)は一つの成果だ。

 

魔法力は平凡そのものであるからこそ、一科生の立場は自らの努力で手に入れた結果の証だと思っている。

 

故に、美月の発言に森崎は冷静さを失った。

 

何も知らない者に、努力を否定されたと感じてしまった。

 

たとえ美月本人にその気は無かったとしても。

 

たとえ別の一科生の、侮蔑混じりの差別用語が切っ掛けだったとしても。

 

今までの努力を否定されるのは、どうしても我慢出来なかった。

 

 

 

そんな森崎を一本の缶ジュースで止めてみせたのは、森崎曰く『腐れ縁』な人物だった。

 

 

 

 

 

「……」

 

その場にいる全員、ちょうど止めに入った七草真由美と渡辺摩利すら唖然として動きを止める中。

 

「お、当たった」

 

缶ジュースを投げつけた少年、雅季は「よし!」とガッツポーズを決めた。

 

「当たった、じゃない!!」

 

当然、納得がいかないのは痛い目を見た方だ、

 

ガバっと頭を上げて、森崎は怒りを込めた声で思いっきり振り返った。

 

「何するんだ雅季!?」

 

「いや、何か混乱していたみたいだから、止めに入ろうかなー、と思って」

 

「それがどうして缶ジュースを僕に投げつける結果になるんだ!」

 

「だって初対面の奴にぶつけるわけにもいかないだろ、常識的に考えて?」

 

「僕ならいいのか!? というかそもそも投げるな! あとお前が常識を語るな!!」

 

「大丈夫、食べ物を粗末に扱ったりしない。ちゃんと飲むさ」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

さっきのエリカとレオ以上に漫才染みた森崎と雅季のやり取りに、この場にいる全員が毒気を抜かれたように呆然と佇む。

 

そんな中で真っ先に立ち直ったのは真由美だ。生徒会長の肩書きは伊達ではない。

 

「あなた達、自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に法律違反です」

 

「一年A組と一年E組の生徒ね。事情を聞きます、付いて来なさい」

 

冷たい声でそう告げたのは風紀委員会の委員長、三年生の渡辺摩利だ。その手に持つCADは既に起動式の展開を終えていた。

 

当事者達の生徒の殆どが硬直し、立ち竦む。

 

例外として、エリカは何故か摩利を睨みつけ、森崎はやってしまったと言わんばかりに唇を噛み締める。

 

そして、達也の方へ顔を向ける深雪。

 

深雪の視線の意味を理解し頷いた達也は、ごく自然な振る舞いで摩利の前に歩み出た。

 

「すいません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりに真に迫っていたので思わず手が出てしまいました」

 

達也の発言に、誰もが言葉を失う。

 

森崎は目を丸くし、雅季は「へぇ」と興味深そうに達也と摩利のやり取りを見つめる。

 

摩利は地面に転がった特化型CADと森崎、エリカ、女子生徒をそれぞれ一瞥して、冷笑を浮かべる。

 

「では、森崎が再びCADを構え直し、更にA組の女子が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

 

「驚いたのでしょう。条件反射で即座に攻撃姿勢を整え、また起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生です」

 

真面目な表情だが白々しさが混ざった口調で答えた達也に、雅季は口元を緩めるがそれに気付いた者はいない。

 

この場にいる者の視線は、全て達也と摩利のみに注がれていた。

 

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」

 

「攻撃といっても、彼は条件反射で銃口を向けてしまっただけですし、それに彼女が発動しようとしたのは目くらましの閃光魔法ですから。それも失明したり視力障害を起こしたりする程のレベルではありませんでした」

 

再び、皆が言葉を失う。

 

今度は貶された側である達也が一科生を庇ったからという意外性からではなく、起動式を当ててみせたという達也の『異能』によって。

 

「ほう……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

そして、それを分析の一言で済ませた達也に摩利は皮肉を投げかけると、今度は視線を雅季に向けた。

 

達也は難攻不落だと察した摩利が、別口から攻め立てる。

 

「……では、君が森崎に缶ジュースを投げつけたのは?」

 

「そこに森崎駿がいたからです」

 

「本気で殴るぞお前!!」

 

だが、雅季はある意味で達也以上に難攻不落だった。

 

雅季の即答に隣で森崎がまたキレていたが。

 

摩利は額に手を当てて、苛立った声で再度尋ねる。

 

「……君は森崎を見かけると缶ジュースを投げつけるのか?」

 

「割と」

 

「割と投げるな!」

 

雅季と森崎の二人のやり取りを前に、摩利が何か言おうと口を開いて――。

 

「まあ、時と場合によりますけど」

 

それよりも先に、雅季が続きを口にした。

 

「今回は駿達が『悪ふざけ』をしていたようなので、それに便乗したからです。ちなみに投げたのはアルミ缶ですので、怪我をする心配は無かったと思っています」

 

今度の答えはふざけたものではなく、「友人がふざけていたからそれに便乗した」というはっきりと理由を告げた答えだった。

 

摩利も虚を突かれて、一瞬声を詰まらせる。

 

そこへ、達也の隣に立った深雪が声をかけた。

 

「あの、兄の申した通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 

深々と頭を下げた深雪と生徒会長である真由美の執り成しによって、お咎め無しという結論が下り、真由美と摩利が立ち去った後、

 

「司波達也、だったな」

 

森崎は達也へ視線を向けた。

 

「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」

 

「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」

 

「あ。あたしもそれ見たことあるかも」

 

「で、今の今まで思い出しもしなかったと。やっぱ達也とは出来が違うな」

 

「フン。起動中のホウキを素手で掴もうとするバカに言われたくないわよ」

 

達也の後ろの方が再び騒がしくなる中、達也と森崎は視線を交錯させたまま動かない。

 

暫く睨むように達也を見据えていた森崎だったが、やがて口を開く。

 

「……礼は言っておく。一つ借りだ、いつか返す」

 

口調こそ尊大だったが、確かに森崎は礼を口にした。

 

二科生(ウィード)である達也に向かって。

 

エリカ達も漫才を止めて、意外そうに森崎を見ている。

 

(やはり、森崎は……)

 

ただ達也は、昼休みの事も含めて森崎の言葉に意外感を感じることは無かった。

 

「貸したつもりなんて無いんだけどな」

 

「お前にその気がなくとも、僕の気が済まないだけだ」

 

苦笑いで返す達也に、森崎は鼻を鳴らして言い放つ。

 

そこへ、森崎の横でやり取りを見ていた雅季が口を挟んだ。

 

「素直に受け取っておけばいいよ。駿は真面目だからね」

 

面白がっている口調でそう言った雅季に、森崎は心底から面白くなさそうに雅季に向き直った。

 

「あと雅季、お前だけは許さない」

 

「いや何で?」

 

「僕の後頭部にコブ作っておいて何でじゃないだろ! 人に物を投げるな!」

 

「うーん、知り合いの巫女はもっと重たい玉をぶん投げて来るんだけどなぁ。あとナイフを投げてくるメイドとかもいるし」

 

「お前の交友関係はどうなっているんだ!?」

 

雅季の複雑怪奇な交友関係を改めて聞かされて、森崎は戦慄を禁じ得ない。

 

同時に『類は友を呼ぶ』という諺が頭に浮かび、森崎は必死に頭を横に振った。

 

(大丈夫! 僕と雅季は腐れ縁だ、友人じゃない。だから同類じゃない!)

 

そんな森崎からは何故か同情を誘う悲壮感が溢れており、達也を含めて全員が可哀想なものを見る目を向けていたが、幸いにして森崎が気付くことは無かった。

 

そして森崎の悲壮感の元凶と思われる雅季に、深雪が話しかけた。

 

「あの、たしか同じクラスでしたよね?」

 

「ん。ああ、そうだよ。司波深雪さんだったよね。俺は結代雅季」

 

雅季の名を聞いて、皆が少なからぬ驚きを以て雅季を見る。

 

同時に達也と深雪は、今朝方に九重八雲から聞いた話を思い出した。

 

(彼が、実技の入試成績で二位の……)

 

だが入試の成績を他の新入生が知っているはずもなく、皆が驚いたのは雅季が『今話題の有名人の一人』だったからだ。

 

「結代雅季って、『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』の?」

 

「俺はアマチュアで、しかも趣味でやっているだけだけどね」

 

美月の呟きに雅季は何てことないように手を振って答える。

 

「にしても……」

 

雅季は深雪へ視線を向ける。

 

(容姿という点では、やっぱり似ているな)

 

昨日の新入生総代の挨拶や、昼間に見かけた時も思ったことだが、深雪は“ある少女”によく似ていた。

 

幻想郷の迷いの竹林にある屋敷に住まう、月の姫君に。

 

「あの、何か?」

 

深雪の不思議そうな声で、雅季は彼女をまじまじと見つめていたことに気付いた。

 

達也は自分の妹の可憐さを知っているだけに「無理もないな」とさり気なく妹自慢なことを思い、他の面子も総じて「深雪に目を奪われていた」のだと思っていた。

 

確かに、それ程までに深雪は美しい。美し過ぎると言っても良い。

 

傾世の美女という表現があるように、美し過ぎる『美』はそのまま『狂気』へと移ろい易い。

 

そういう意味で、やはり深雪は似ている。

 

月の狂気(ルナティック)』を連想させる美を持つ少女に。

 

尤も、それをそのまま口にすることなど出来ないので、ある程度は(ぼか)して雅季は言った。

 

「ん? ああ、ゴメンゴメン。知り合いの元引きこもりに似ているなーって思って」

 

 

 

再び、場が凍った。

 

 

 

凄く軽い口調で言ってのけただけに、間違いなく本音だろう。

 

あの妹にそんなことを言ってのける男子がいるなんて、と達也はこの日一番の驚愕を感じた。

 

同時に、こんな美少女に似ている引きこもりって一体誰だ、と誰もが思った。

 

「お前、凄いな……」

 

ただ一人、雅季の非常識に慣れている森崎だけが強者を見る目で雅季を見ていたが。

 

「へえ、そうなんですか」

 

にこやかな笑みで答える深雪。

 

だけど、そのこめかみに怒りのマークが浮かんでいる幻影を全員が見た。

 

それと急激にこの場の気温が下がっていく気がするのは、果たして気のせいだろうか。

 

「何だろう、急に寒くなってきたんだけど?」

 

雅季が肌寒そうに腕を擦るのを見ると、どうやら気のせいでは無いようだ。

 

「深雪」

 

取り敢えず、機嫌を損ねた妹の名を達也が呼ぶと、深雪はくるっと達也の方へ身体を向けて告げる。

 

「お兄様、私は引きこもりではありませんから!」

 

「いや、わかっているって」

 

再び混乱し始めた兄妹のやり取りを横目に、混乱の渦中に落とし込んだ張本人の雅季は知らぬ顔で森崎に声を掛ける。

 

「さて、場も収まったことだし、帰るか駿」

 

「……収まったと言えるのか、これ? というか、何でお前と一緒に帰らなくちゃいけないんだよ?」

 

「いいじゃん、どうせ駅までだし」

 

「……まあ、いいけど」

 

不承不承といった感じで頷く森崎。

 

「それじゃ、司波さん達もまた明日。達也、だったな。そちらさん達も、縁があったらまたなー」

 

深雪らA組の生徒だけでなく、達也たちE組の皆にも軽く手を振って、雅季は森崎と共に踵を返した。

 

 

 

森崎駿と結代雅季の二人が校門から出て行く後ろ姿を、まるで過ぎ去っていく嵐のように見つめながら、レオは達也に声を掛ける。

 

「にしても、あのプライドの高そうな奴が達也に礼を言うなんてな」

 

「そうでもないさ」

 

達也の返答に、レオだけでなく深雪、エリカ、美月も意外そうに達也を見る。

 

「昼休みの時にも思ったけど、森崎だけは最後まで『雑草(ウィード)』という言葉を、二科生を貶すようなことを言わなかった。一科生であることに強い誇りを持っているようだったけどね」

 

「あ」

 

思い返せば、確かにその通りだった。

 

言われて初めて気が付いたと、四人は顔を見合わせた。

 

それを聞いていた一科生の女子生徒は小さく身体を震わせ、男子生徒達は目を逸らす。

 

「それじゃ、俺達も帰ろうか」

 

「あ、そうですね」

 

騒動は終わったと五人は頷き合って駅へと歩き出した――その前に。

 

先程の騒動の際に魔法を使おうとしていた一科生の女子生徒が慌てて達也たちの前に回り込む。

 

光井(みつい)ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすいませんでした!」

 

そして女子生徒、光井ほのかはそう言って大きく頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

柴田美月は自宅に着いた後、私服に着替えるとベッドに腰を下ろした。

 

(最後はちょっと大変なことになっちゃったけど、本当に大事にならなくて良かった……)

 

一科生の傲慢ぶりについ感情的になってしまったが、もしあれが原因で皆に処罰が下っていたら、美月は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていただろう。

 

エリカならば自業自得だと切って捨てるだろうが。つまるところ性格の問題だ。

 

尤も、結果的にはお咎め無しで済み、更には深雪以外のA組の女子生徒、光井ほのかと北山雫とも和解が出来た。

 

確かに波乱もあったが、それでも良い学校生活が送れるかもしれないという期待に、美月は胸を撫で下ろす。

 

さて、これからどうしようかと美月が思案し始めた時、机の上に置いていた通信端末に着信を報せる電子音が鳴り響く。

 

美月は端末を手に取って視線をディスプレイ上に落とす。

 

着信の相手は、美月が中学時代に知り合った、ちょっと変わった友達だった。

 

趣味は寝ることとオカルトと公言し。

 

超能力者(サイキック)だがよくわからない理由で魔法科高校には入学せず、別の私立高校に通う少女。

 

「もしもし」

 

『やっほー、美月。取り敢えず魔法科高校の入学、おめでとー。ところで秘封倶楽部に入る決心は着いた?』

 

「うん、ありがとう、菫子ちゃん。あとその話はまた今度でね」

 

宇佐見菫子(うさみすみれこ)

 

美月を『秘封倶楽部』という菫子自身が主催するオカルトサークルに誘ってくるという、ちょっと変わり者で困った、だけど中学以来の“友達”であった。

 

 

 


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