改訂版・九校戦編に入ります。
ただ九校戦編の難易度はあまり変更しない予定です。
流石に大幅な改訂をする(リアルな)時間も無いので、設定の辻褄合わせがメインになるかも(汗)
その代わり、第三章ではやります(宣言)
イッツ、ルナティックターイム! 狂気の世界へようこそ!
歓迎しよう、盛大に!(フロム脳)
第16話 選抜
七月も中旬に差し掛かり、梅雨前線が通り過ぎた後は真夏日が続いている。
半世紀以上前までは夏服と呼ばれる半袖の制服があったらしいが、二十年世界群発戦争をもたらす世界的混乱の元凶となった、二○三○年代の急激な寒冷化の名残によって、半袖の制服というものは幻想入りしてしまっている。
(そう言えば、香霖堂にもそれらしいのが何着かあったような……)
魔法科第一高校の廊下を歩きながら
尤も、あの店は希少品からガラクタまで様々な物が無造作に置いてある状態なので、制服があったかどうかは記憶が曖昧だが。
ちなみに店主こと
時刻は本日の授業が終わった直後の放課後で、当然ながら太陽は未だ落ちる気配を見せていない。
外気温は真夏日であることを指し示しているが、冷暖房が完備されている校舎内は比較的涼しい空間だ。
制服も肌を露出しない長袖に上着の着用が義務付けられているが、風通しの良い素材のため外に出ても暑苦しいという程ではない。
日本の夏らしく気候そのものが蒸し暑いことには変わりは無いが。
とりとめのないことを考えているうちに、ふと気がつけば目的地の眼前、四階の廊下の突き当たりまでたどり着いていた。
雅季は香霖堂のことをさっさと思考の外へ投げ捨てると(脳内で店主が怒った気がしたが無視)、ドアの横に備え付けられているインターホンを押す。
『はい?』
「一年A組、結代雅季です」
インターホン越しに相手に名を告げると、
『お待ちしていました。どうぞ入って来てください』
明るい声と同時に、ドアロックが外れる音が雅季の耳に届く。
ロックの外れたドアを開き、雅季は「失礼します」と一声かけてから中へ足を踏み入れる。
実のところ、雅季はこの部屋に入るのは初めてなのだが、特に緊張した様子などは見受けられない。
いつも通り、まるで気の向くまま風に身を任せているような力の抜き具合で、雅季は彼女達の前に立った。
「ようこそ、生徒会室へ。遠慮なく掛けて」
会議用の長机に座った状態で歓迎の意を示したのは生徒会長、
長机には他にも生徒会会計の
雅季が手前の席に座ると、まず真由美が口を開く。
「こんなところまで呼び出してゴメンなさい」
「いえ、今日は予定が空いていましたので全然問題ないです」
来週から忙しくなるのは確定しているけど、と内心で付け足すが口には出さない。
尤も、すぐにそういう訳にもいかなくなるが。
「それで、どういったご用件でしょう?」
雅季の端末に生徒会から連絡が来たのは昼休み。
内容は「放課後に生徒会室に来て欲しい」ということで、呼び出しの内容までは書かれていなかった。
ちなみに、生徒会から呼び出しを受けた旨を
「いいか。くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないようにしろよ、頼むから! せめて僕のところに被害が来ないようにしてくれ……!!」
と、物凄く必死な顔で切願してきた。失礼な親友(!?)である。
「もうすぐ九校戦があるのは知っているな?」
雅季の問いに答えたのは真由美ではなく、服部の方だ。
「結代君には、一年の選手として出場して貰いたいのです」
「九校戦は当校の威信を賭けた大会。一年男子の実技トップの結代君には、是非とも出場して貰いたいの」
服部の後を鈴音が、そして最後に真由美が雅季にそう告げた。
学生ならば避けては通れない定期試験は既に七月の上旬に行われており、結果が出ている。
その中でも成績優秀者の上位二十名は学内ネットに氏名が公表される。
普通科高校と違って魔法科高校の試験は、魔法理論の記述試験が五科目、魔法実技試験の四種目によって行われる。
理論と実技を合わせた総合点では、一位はやはり
四位にB組の
十位以内にA組が五人、しかも上位を独占しており、入学時に成績が均等になるよう振り分けたつもりであった教師陣を大いに悩ませている。
そして実技でも一位は深雪、二位に雅季、三位に森崎、僅差で四位に雫、五位にほのかとA組が上位を独占している。
ちなみに理論では一位が
更に言えば雫とほのか、達也の友人である二科生の
雅季と森崎は仲良く(?)ランク外だ。
試験の結果からもわかるとおり、理論は置いておくとして実技では雅季は二位。
しかも深雪には劣るものの、実技四種目の全てで三位の森崎を上回っている。
それに雅季は部活に入っていないため、部活の選手と比べると九校戦の選手として選びやすい。
生徒会としては選ばない理由など無く、寧ろ一年の主力選手として雅季には大きく期待している。
そう、期待しているのだが……。
話を聞いた雅季は、困った様子で考え込むように顔を伏せた。
“こっち”の世界の友人達からしてみれば意外に思えるかもしれないが、雅季は
それは、彼が幻想郷にある結代神社の『今代の結代』だからだ。
結婚式を『六曜』の大安の日に挙げるという風習は今なお続いているが、こっちの世界では急を要する事情がない限り、大安が休日になるよう合わせて執り行っている。
だが幻想郷には六曜はあっても、『一週間』や『祝日』という概念は無い。一部の魔法使いが『七曜』の属性を使う程度だ。
よって幻想郷の祝言は六曜に従って大安の日に行われるが、外の世界では平日であることが多い。
そして雅季は結代神社の神主として、その日は一日中幻想郷にいなければならない。
なので、まずは幻想郷で祝言の予定は無いか小まめにチェックを入れ、それから外の世界でのスケジュールを組んでいる。
「九校戦って何時からでしたっけ?」
「本戦は八月三日から十二日まで、そのうち新人戦は六日から十日までの五日間。現地へは八月一日の朝に出発、十三日の夕方に戻ってくる予定です」
雅季の質問に鈴音が正確に答える。
対して雅季は「一日に出発……」と呟くと、頭の中で月間予定表を広げる。
八月一日から十三日まで幻想郷で祝言の予定は無い。
ここは後で幻想郷に赴いて
一応幻想郷での予定は無いと仮定して、次にこっちの世界での予定だが……。
「何か不都合でもあるのか?」
考え込んでいた雅季に服部が問い掛け、雅季は顔をあげると、
「実は七月三十一日にサマーフェスに出演するんですよ、演出魔法師として。それで来週から本格的に先方と“合わせ”の練習が始まりますので、九校戦の競技の練習をする時間が取れるかどうか……」
申し訳なさそうに答えた。
「それでは明日までに八月一日までのスケジュールを送って下さい。結代君がどの程度練習に参加できるのかで選手として選出可能か、選出したとしてどの競技にエントリーさせるか、作戦を練らなくてはならないので」
「わかりました。それでは失礼します」
雅季は席から立ち上がると、三人に一礼して生徒会室から出て行く。
雅季を見送った三人は、当人がいなくなったことで漸く落胆の溜め息を吐いた。
「そうだよねぇ、結代君は演出魔法師なんだもんね。この時期は忙しいか」
「結代君には『モノリス・コード』と『クラウド・ボール』に出場して貰いたかったのですが、仕方がありません。あまり練習の時間が取れないようであれば『アイス・ピラーズ・ブレイク』でエントリーするようにしましょう」
「『棒倒し』なら練習時間は重要ではないから、ですね」
「正確には練習時間があまり取れないから、ですが」
アイス・ピラーズ・ブレイクの練習には毎年、流体制御練習用の野外プールを使用している。
だがその練習を始めるためには、まずプール内に溜まった水から二十四本もの氷柱を作り出し、形式通りに並べるという作業を行ってから漸く練習が可能となる。
そして一試合分の練習が終われば、また氷柱を作り直すことから始めなくてはならない。
つまり練習を始める前にそれだけの手間が掛かり、準備の方に掛ける時間の割合の方が大きくなってしまうのがアイス・ピラーズ・ブレイクという競技なのだ。
「フフ、深雪さんなら氷柱ぐらい、あっという間に用意できそうだけどね」
「……否定は、しませんけど」
「深雪さんは生徒会役員を兼任した上での新人戦の主力選手です。役員の仕事だけでなく練習の準備も兼ねさせるのは、練習に差し支えが出ますし何より本人の負担が大きすぎます」
「冗談だって、はんぞーくん、リンちゃん」
真由美の冗談で、生徒会室に立ち込めていた落胆の空気が軽くなる。
ちなみに、一年後には鈴音の心配の大半は無意味なものだったと知ることになるのだが、それはさて置いて。
「それにしても、結代は当校の生徒としての自覚が足りないのではないのですか?」
服部の言葉には控えめに言っても棘があった。
気持ちが切り替われば、次に浮かんでくる感情は不満だ。
それに服部は元々、達也に対するもの程ではないとはいえ、魔法を軽視している雅季を快くは思っていない。
実力主義者である服部にとって、雅季は折角の才能がありながらも魔法の鍛錬を疎かにしているように見えるのだ。
九校戦という魔法師としての大舞台よりも他を優先するあたりもその一つだと服部は感じている。
「仕方ないでしょ。結代君にも都合があるんだから」
「ですが、来年には彼にも本戦の主力選手になって頂かなければなりません」
真由美がフォローするも、服部と同じように鈴音の声色も厳しい。
「サマーフェスは毎年七月最終の金曜、土曜、日曜の三日間で行われます。それに参加していては、今回のように九校戦の練習をする時間が限られてしまいます」
「それは、そうだけど……」
魔法科第一高校は全国で九校ある魔法科高校のリーダーを自認している。
そして、九校戦では常勝を己に課している。
少なくとも一高で責任ある役職に就く者達、いわゆる幹部はそのつもりであるし、鈴音もその一人だ。
恐らく誰も知らないだろうが人一倍この一高に愛校心を持っている鈴音にとって、今回の件に不満を持つのはある意味当然だった。
雅季個人が魔法を軽視するのは、服部は納得していないが、まだ許せる。
だが魔法科第一高校の代表に選ばれるという事は、一高の全生徒六百名の期待を背負うということ。
それだけの魔法力を持つ者は、それだけの責務がある。
服部も鈴音も、そう信じている。
不満を顕わにする服部と、何時も以上に無表情になった鈴音を横目で見つつ、真由美は困ったように小さく頭を抱えた。
生徒会からの呼び出しがあった日の翌日、朝一に学校の端末で鈴音に日程表を送信した雅季は、放課後になる前に鈴音からの返信を受け取った。
内容の要点をまとめると次の通り。
九校戦での雅季の選出の内定。
担当する競技は新人戦でのアイス・ピラーズ・ブレイクの一種目を予定。
「『アイス・ピラーズ・ブレイク』ねぇ」
端末でアイス・ピラーズ・ブレイクの概要とルールを確認した雅季は独り言ちると、
(そうだな、“あいつ”に練習を手伝ってもらうか)
悪戯を思い付いた悪童のように、ニヤリと笑った。
選出内定の連絡から明けて翌日の午前中、授業前後の休み時間。
九校戦の選手に内定した雅季は、同じく選手として抜擢された一年A組の面々と雑談に興じていた。
「それでは、結代君はピラーズ・ブレイクの単体種目ですか?」
「今のところはね。司波さんは?」
「私はピラーズ・ブレイクとミラージ・バットになります。ピラーズ・ブレイクには雫も出場するみたいですよ」
「まだ正式には決まっていないけど、私はピラーズ・ブレイクとスピード・シューティングの二種目になる予定」
「へぇ、北山さんも二種目か。そういや駿もスピード・シューティングだったよな?」
「男女別だけどな。僕はスピード・シューティングとモノリス・コードでほぼ決まりらしい。スピード・シューティングはあまり得意じゃないんだけどな……」
「でも、森崎君の実力なら優勝だって狙えますよ」
「ほのか、油断は出来ない」
「北山の言う通り、三高には『カーディナル・ジョージ』がいるらしいから、優勝争いは三高と、になりそうだ」
「誰それ?」
「『カーディナル・ジョージ』こと
「全然」
「だろうな。『クリムゾン・プリンス』も知らないだろ?」
「知らない。あ、もしかして『スカーレットデビル』の親戚か何か?」
「むしろそっちが誰だよ!?」
司波深雪の席に集まって雑談しているのは結代雅季、森崎駿、光井ほのか、北山雫と深雪を入れた五人だ。
四月の頃と比べて森崎は深雪、ほのか、雫の三人とこうやって談笑できる程度には親しくなっている。
まあ、主に雅季に振り回されている姿が哀れみと同時に親しみを持たれた結果だと知れば、森崎がどう思うか不明だが。
ちなみに総合成績で上位を占め、実技に至っては五位以上を独占している五人である。
その馴染みのある顔触れが揃って九校戦の選手として選ばれており、この五人は他のクラスメイトから密かにA組の中枢メンバーと呼ばれている。
「モノリス・コードには間違いなくカーディナル・ジョージとプリンスも出場するだろうな」
「厳しい戦いになりそうですね。結代君も出場できれば良かったのですが……」
「いや司波さん、雅季がモノリス・コードに出るとトンデモないことになります。むしろ出なくて安心です」
相変わらず何故か深雪にだけは敬語を使う森崎が、強い口調で深雪に言う。
深雪、ほのか、雫の三人が怪訝そうに森崎を見る中、森崎はピッと雅季を指差して、
「コイツの得意技はCADをぶん投げることですから」
キッパリと断言した。
「得意技って程でも無いさ。せいぜい中ワザぐらいかな」
「だからそもそも投げるな!!」
否定するどころか平然と認める雅季に森崎がもはや恒例となったツッコミを入れる中、「ほ、本当に投げるのですね……」と深雪は小声で呟き、引き攣った笑みを浮かべる。
見てみたい気もするが、きっと見てはいけない類のものだろう。
「そ、それにしても、新人戦の選手も大分決まってきたね?」
ほのかの唐突な話題変換は
「でも、エンジニアの方は難航しているって話」
その意図を察した雫が真っ先に乗ってきた。
この辺は付き合いの長い二人ならでは……というわけでもなく、常識的な感性の持ち主なら誰でもわかる類のものだった。
「七草先輩もその点を懸念していましたし、どうやらエンジニア不足は思った以上に深刻のようですね」
「僕もCADは点検程度しか出来ないから、本格的な調整となると専門家がいないと厳しいな。せいぜい
自らに直接関係することであるために、エンジニア不足という現実に四人は表情を曇らせる。
CADの調整が合っていなかったが故に自分の実力を出し切れずに負けたとなれば、その悔しさは全力を出して負けた時とは比較にならないだろう。
そこへ、
「そういや、達也もCADの調整ってできるの? 前に魔工技師志望って聞いたことあるけど」
エンジニアと聞いてふとその事を思い出した雅季が何気なく尋ね、四人の視線が雅季に集まった。
ちなみに雅季と達也は互いに名前で呼ぶぐらいには親しくなっている。
「出来ますよ。お兄様はCADの調整
「そう言えば、風紀委員会の備品のCADも司波が調整していたな」
深雪の答えを聞いて、森崎も日常風景と化していた光景を思い出す。
風紀委員会の巡回、に加えて書類とか調整とか片付けとかとにかく雑務全般を、委員長の
いや、あれは頼みという名目の命令か。
……同じ新人なのに巡回と自分の実務以外は特に何かやった覚えはない森崎の中に、何とも言えない罪悪感が湧き上がる。
まあ、取り締まりも事務処理も達也は要領よく完璧にこなしてしまうが故に、摩利もつい達也に頼んでしまうのだが。
(すまない司波、僕は
心の中で謝りながら、さり気なく雅季を言い訳に使う森崎。
でも手伝うとは心の中でも言わない。誰だって面倒はゴメンなのだ。
流石に『心を読む程度の能力』は持ち合わせていない雅季はそんな森崎の心中を知る由もなく、深雪に話しかける。
「司波さん、実際に達也のエンジニアとしての実力って凄い方?」
「勿論です! エンジニアとしてお兄様に敵う者などいません!」
短くハッキリと、無類の信頼と自信をもって頷く深雪。
尤も、この時はほのかも雫も、深雪にはいつもの
「じゃあ達也にもエンジニアで出て貰えばいいんじゃない?」
盲点だったのか、雅季の提案に深雪、ほのか、雫、そしてこれまでの人生を思い返すことで罪悪感から解放された森崎の四人はパチパチと瞬きを繰り返した。
(どうしてこうなった……?)
剣呑と言っても差し支えないピリピリとした緊張感が漂う九校戦準備会合。
その空気を醸し出しているのは、九校戦の選手に抜擢された、一部の例外を除いた選手達。
九校戦は学校にとっても生徒にとっても重要なステータスとなる大会。緊張感があるのは当然……なのだが、今回の緊張感は些か趣が異なっている。
その原因となっている要因、選抜内定者が座るオブサーバー席にいる司波達也は憂鬱そうに内心で呟き、そっと溜め息を吐いた。
事の発端は昼休み。
何故かそわそわしている深雪と共に生徒会室へ足を踏み入れると、
「やあ、達也君」
「待っていたわ、達也君」
獲物を狙う狩人が二名、部屋の中にいた。
後に達也は「あれが罠に嵌った瞬間の獲物の心境だったのだろう」と友人に語った。
そして深雪の裏切り(?)もあり、あれよあれよという間に達也は九校戦のエンジニア候補として推薦される立場に立たされた。
それが決まった時、達也は
ああそうか、風紀委員に選ばれた時と同じか、と……。
ちなみに、達也がエンジニアに推薦された経緯はあの後に深雪から聞かされている。
午前中の雑談で九校戦のエンジニア不足に話が及んだ時、まず雅季が「じゃあ達也は?」と言い出し、深雪とほのかが真っ先に賛成、雫と森崎も概ね賛同した。
そして、
「でも一年のエンジニアは過去に例が無い」
「それを言うなら二科生の風紀委員も、だろ」
「達也さんですからね。もしかしたら、も有り得るかも」
「お兄様が協力なさって下されば百人力です」
「じゃあ、とりあえず先輩に提案してみるか」
という流れで、後は雅季のその場で学校の端末から七草真由美の学校端末のアドレスを調べてメールを送るという無駄に高い行動力が事を決した。
深雪がそわそわしていたのはそのせいだ。
何せ返信には『貴重な情報をありがとうね!!』とビックリマークが二つ付いていたというのだから、昼休みの事態は予想できていたのだろう。
過半数の人数が紛れ込んだ異物を見る眼で達也を見ている中、それでも意外なことに上級生の間では好意的な眼で見ている者も少なくはない。
反対に敵意すら感じさせる程の視線を送ってくるのは一年、特に男子の選手達だ。女子はそこまで嫌悪はしていなさそうだが、達也の参加には消極的のように見える。
一年の選手達が座っている中に雅季と森崎、ほのかと雫の姿もある。一年の中で賛成なのはこの四人と深雪だけだろう。ちなみに深雪は生徒会室で留守番をしている。
「――要するに」
達也の参加を巡る上級生達の論争ですらない不毛な言い争いに終止符を打ったのは部活連会頭、
「司波の技能がどの程度のものか分からない点が問題になっていると理解したが、もしそうであるならば実際に確かめてみるのが一番だろう」
「もっともな意見だが、具体的にはどうする?」
「今から実際に調整をやらせてみればいい。何なら俺が実験台になるが」
摩利の問いに克人は答える。
技量が未熟な者が調整したCADを使用することはかなりのリスクを負う。
その技量が不明瞭な達也が調整したCADを使用することに躊躇するのは、魔法師ならば当然と言える警戒だ。
「はい、立候補します」
故に、いきなり手を挙げて席を立つと同時に立候補を宣言した一年生徒に、克人を含む全員の視線が集中した。
尤も、立候補した雅季の隣に座っている森崎だけは「今度は何をやらかすつもりだ」と頭を抱えていたが。
「お、おい結代!? 止めとけって!」
後方にいる一年の男子選手が小声で雅季に声をかける。
とはいえ、場が静まり返った瞬間に声をかけてしまった為、彼の“善意”は全員の耳に届いてしまっていたが。
「ん、何で?」
「な、何でって……」
流石にこの場で
「えっと、結代君。理由を聞いてもいい?」
代わりに尋ねたのは真由美だ。
本来なら立候補の理由など聞くのは野暮なのだろう。
だが雅季達からメールを貰ったのが切っ掛けとはいえ、自分が達也を推薦した手前、自ら実験台に志願するつもりだった真由美からすれば、雅季も同じ気持ちで立候補したのかもしれないと思わずにはいられなかった。
もしそうならその役目は自分が、と思っていた真由美に、雅季は、
「いえ、以前に教育用CADをケチョンケチョンに貶していた司波さんが大絶賛しているので、どんなもんかなー、と」
あっけらかんと純粋な興味本位であることを告げた。
問い掛けた真由美をはじめ誰もが目を点にする中、雅季の隣、森崎とは反対側の席に座っているほのかと雫が少しだけ吹き出す。
二人はあの場、以前の昼休みの実習室に居合わせていたので、その時のことを思い出したのだろう。
見れば達也も少しだけ笑っている。
そして、
「そいつは面白そうだな」
二年の選手の席に座っている彼、
「その役目、俺にやらせて下さい。悪いな結代、先輩特権だ」
桐原は席から立ち上がると、前半は克人に、後半は雅季に向かって言った。
四月の顛末を中途半端に知る者達が心底意外といった目で桐原を見る中、
「いいだろう。桐原に任せる」
克人の一声で実験台は桐原に決まり、雅季は残念そうに席に座る。
ほのかと雫が雅季に小声で何かを話しかけている中、その光景を見つめる達也の心中には会議当初の頃にあった憂鬱感は既に無くなっていた。
実際に達也が完全マニュアル調整という独自の方法で調整を行ったCADを、桐原は何の問題なく自前のCADと“全く同じように”作動させた。
元々のスペックが違うにも関わらず、である。
「私は司波君のチーム入りを強く支持します!」
この場にいる誰よりも達也の行った調整の凄さを理解しているあずさが、再び消極的な反対を見せる面々を抑えて支持を表明した。
とはいえ、デバイス以外については元々弁が立つ人柄ではなく、気弱な性格も相まってあずさの言論は次第に力を失っていく。
このまま押されてしまうかと思われたその時、あずさに救いの手を差し伸べる者がいた。
「中条先輩」
普段の口調とは違った優しい声で、雅季があずさに話しかけた。
「達也の技量はそんなに高かったですか?」
「そ、それは勿論です!」
「それって、少し悪い喩えですけど中条先輩よりも、ですか?」
「はい! 少なくとも調整技能は私よりも司波君の方が間違いなく上です」
「でも、さっき先輩方が言ったように達也が効率を上げずに安全マージンを大きく取ったのって、どうして何ですか?」
「元々、桐原君のデバイスと競技用デバイスとではハードウェアのスペックが全く違います。本来、機種変更等でCADを変更する際、必ずソフトウェアの微調整を含めた再調整が必要になります。特に今回のように高性能なハードウェアに合ったソフトウェアをスペックの落ちたデバイスにそのままコピーしても、同じ性能は得られないどころか最悪の場合、誤作動だって引き起こしかねません」
あずさの説明に、ただコピーするだけと単純に考えていた真由美や反対論を唱えた者達が驚きに目を見開く。
「だから達也は安全マージンを大きく取ったと?」
雅季の問いにあずさは頷く。
「その通りです。司波君はかなりの安全マージンを残してリスクを抑えた上で、更に桐原君にスペック差を全く感じさせませんでした。少なくとも私が調整をやっても桐原君は絶対に違和感を覚えたと思います!」
服部刑部と二年首席を争う中条あずさがどうしてあれほど強く支持を表明したのか、その理由を誰もが漸く理解してざわめきが生まれる。
その中で真由美や摩利、克人といった面々は、実際に調整を行った達也、その調整を理解したあずさの他に、もう一人の評価を上方修正していた。
(あれではどちらが先輩かわからないな)
そう思う摩利の視線の先には雅季がいる。
気弱なあずさに、周囲の注目が集まったあの場で、あそこまで話を引き出させるとは。
それに何より――。
「なあ真由美、あずさと結代は話したことあるのか?」
「私の知る限り無いわね」
そう、実は雅季とあずさは一回も会話を交わした事は無い。むしろ初対面に等しい間柄だ。
「何ていうか、結代君って物怖じせず話しかけてくる割に、相手との距離感の取り方が上手いのよね」
「そうだな。あれを見る限り、子供の話し相手とか得意そうだ」
「プッ――。摩利、それだとあーちゃんに失礼じゃない」
摩利の物言いに、真由美は小さく笑いを零す。
場の空気も、「そんなに強く支持するのなら」と達也のチーム入り賛成へと流れている。
後は話をまとめるだけ……だったのだが。
彼女達は失念していた。
彼は、結代雅季は、森崎駿から非常識の塊とまで謳われる存在であり、同時に森崎を見ていればわかる通り、ちょっと人を揶揄う悪癖があると。
そして、雅季は事前に深雪等から聞いていた。
中条あずさはデバイスマニアであることを。
「じゃあ達也の実力をデバイスで喩えるなら?」
「シルバー・ホーンです!」
雅季のよくわからない質問に即答するあずさ。
周囲から「は?」という声が漏れ、目が点になる。
元々、中条あずさはデバイス以外についてはあまり弁の立つ人間ではない。
そう、デバイス以外ならば――。
「オートアジャスタに全く頼らない完全マニュアル操作でハードウェアの全容量を一切の無駄なくフル活用する、まさに最小の魔法力で最大効率を可能にするシルバー・ホーン! いえ、完全マニュアル操作ならどんな調整も自由自在、それはつまり夢の汎用型シルバー・ホーンです!! 司波君がそんな夢のデバイスなら私なんてそこらに転がっている埃を被った旧型の教育用CADにも劣ります! 否、同じ舞台に立とうと思っていることすらおこがましいです、むしろ小石で十分です!!」
自分を乏しめているにも関わらず胸を張って自信満々に答えるあずさ。
会議室のざわめきはとうに収まり、あずさと雅季を除いた誰も(克人含む)がポカンとしている。
「そこまで凄いんですか?」
「凄いなんてものじゃありません! クレイジーです!!」
「おお、クレイジーなんですか」
「クレイジーなんです!!」
どうやら雅季はあずさの中にあるデバイス魂まで引き出したようだ。
無論、故意だろう。
「あの、あーちゃん?」
「いえ私は小石です!!」
「……いや、あーちゃん、ちょっと落ち着いて」
暴走するあずさに、責任感と義務感で頑張る生徒会長。
「――と、中条先輩は仰っておりますが?」
「へ? あ、うん、そ、そうだな……司波君も参加でいいんじゃない、かな……?」
雅季から突然話を振られて、唖然としたまま賛成に回る反対派の先輩。
「……森崎、結代はいつもああなのか?」
「……大体はそうです」
呆れた声で問いかけてくる摩利に、何故か疲れた声で答える森崎。
克人は腕を組んで黙したまま、一切合切を生徒会長に任せると言わんばかりに事の成り行きを見守っている。
……見守っているのだ、決して逃げた訳では無いのであしからず。
そして、
「……で、俺達はどうすればいいんだ、コレ?」
「自分に聞かれましても……」
桐原と達也はカオスと化した状況にどうしていいのかわからず、途方に暮れていた。
ちょっとした騒動(?)を起こしつつも、こうして結代雅季は選手として、司波達也はエンジニアとして選出が決定する。
人の悪意が蔓延る、九校戦への選出が。
横浜、某所――。
カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、幾人かの男達が円卓を囲むように座っている。
「……第一高校には絶対に負けて貰わねばならん」
ポツリと、呟くように一人が口火を切ると、他の者達も閉じていた口を開き始める。
「然り。第一高校の優勝は、我等の処刑実行書に署名するのと同義だ」
「……ただ処刑されるだけならマシだが」
「組織の制裁、か……」
「それだけじゃない。今回のパーティーには、“あの”ラグナレックも顧客として出資している。それも顧客の中でも最大の出資額で、だ」
「もし第一高校が優勝すれば、組織はラグナレックに莫大な賭け金を支払わなければならなくなる。そんな事になれば……」
彼等の顔色が強ばる。
だが、賽は投げられたのだ。
彼等の退路はもう無い。残された道はただ二つのみ。
巨額の富と組織内での栄光か、死よりも恐ろしい末路か。
「どんな手段を使ってでもいい、死者が出ても構わん」
――第一高校を、潰せ。
かくして彼等は動き出す。
一切の躊躇も容赦も捨てて、ただ自らの栄華の為に――。
あまり改訂の無い部分は早めに投稿していきます。
あと、森崎ってスピード・シューティング苦手だったみたいです。
……え、早撃ちなのに苦手なの?(汗)