魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

15 / 16
やあ、秘封している?(挨拶)
三話連続投稿、第二弾です。

今回は短く。
美月メリーに菫子蓮子。
そんなお話。

菫子の性格が蓮子になっているような……秘封をイメージし過ぎたかも(汗)


第15話 幕間 ~秘封倶楽部少女~

紫陽花の季節であるが、今の東京では自然の紫陽花というものはまず見掛けない。

 

確かに手入れされた公園にでも足を踏み入れば実物の紫陽花を見ることは出来る。

 

或いはただ歩道を普段よりもう少しだけ周りに目を向けて歩いているだけで、花屋に展示されている紫陽花を見る機会があるかもしれない。

 

家に居てもインターネットで検索すれば、紫陽花がどんな花なのか画像付きで懇切丁寧に説明してくれる。

 

だが、それは本物の自然では無い。

 

綺麗に咲くのは当たり前だ。

 

見映えを良くするため自称他称の専門家が植える場所を考え、枯れないように業者によって手入れされた、人を喜ばせる為に咲く花である。

 

綺麗に咲いてそれで良し。咲かない花は不合格として手が加えられる。

 

ならば都会の紫陽花は、咲いている花は全て人工物だ。

 

彼女は、宇佐見菫子は、ずっとそう思っていた。

 

だけど今は、そう思っていない。

 

ただ菫子自身が都会の花は自然ではないと、勝手に判断していただけだ。

 

都会の中の紫陽花も、幻想の世界の紫陽花と変わらぬ花を咲かしている。

 

それを知った時、菫子は考えを改めた。

 

山中だろうとアスファルト上だろうと、花が花であることに変わりは無く。

 

花は最初から変わらず、幻想へと続いていくのだ。

 

そこに違いを見出して、幻想など在りはしないと決め付けているのは人の考えだ。

 

そう、花でさえ人工物に囲まれているというだけで、菫子がそうだったように人の認識は変わってしまう。

 

だから、菫子は幻想を知った今でも探している。

 

更なる『深秘』を求めて、人の認識の外側を。

 

常識の裏側に隠された別の世界を、一人の友達と共に。

 

秘密を暴く非公認サークル『秘封倶楽部』は、未だ始まったばかりなのだ――。

 

 

 

 

 

日曜日の今日、柴田美月は東京某所にあるカフェテラスで読書をしていた。

 

先週の週末は生憎と雨模様だったが、今日は久々に太陽が舗装された道路を照らしている。

 

百年前までは「公然と嘘を吐いても潰れない」と揶揄された気象庁の天気予報によると、今日は晴れのち曇り。明日は再び雨に戻るという。

 

前世紀と比較して天気予報の精度は飛躍的に向上しているため、少なくとも現代で嘘だと疑う者はあまりいない。

 

美月も大多数である疑っていない者の一人で、そのため夜になる前に帰ろうと考えている。

 

尤も、今回の用事は大凡三ヶ月ぶりに会う友人とのお喋りなので、そんなに遅くはならないだろうとも思っているが。

 

美月はカフェの店内では無くテラスに座っているが、パラソルのお陰で直射日光は当たらない。

 

それに、今日はそよ風が吹いているので寧ろ外の方が気持ちの良い天候だ。

 

お陰でこうして外で読書をしていても何の苦にもならない。

 

……尤も、それとこれとは話が別だが。

 

注文したアイスティーの量が半分ほど減り、氷も半分ほど溶けたあたりで、美月はふと文庫本から顔を上げて腕時計を見る。

 

その後に周りを見回して――漸く、視界に目当ての人物を認めた。

 

その人物は自然な足取りで此方に向かって来る。

 

美月が文庫本の第一章を読み終えてしまう程に現在進行形で遅刻しているとは思えない様子だ。

 

そうして、その少女は歩調を変えることなくテラスに足を踏み入れ、美月の所までやって来た。

 

「お待たせー」

 

「もう、遅刻だよ、菫子ちゃん」

 

「ごめんごめん、美月」

 

『秘封倶楽部初代会長』の宇佐見菫子(うさみすみれこ)である。

 

 

 

「はぁ、漸く一段落したわぁ……」

 

テーブル備え付けの端末で取り敢えず注文を頼んだ後、菫子はテーブルに突っ伏す。

 

「あはは、お疲れ様」

 

「本当よ、何で東深見高校には未だ中間試験があるのかしら。完全に時代に乗り遅れているわ」

 

「中間試験があるところは未だ多いと思うよ、菫子ちゃん」

 

「そう言う美月だって、第一高校には無いんでしょ、中間試験。羨ましい」

 

現在では高等学校からの専門化が進み、担任教師の廃止など授業の形態も百年前とは大きく様変わりしたが、こうして変わらないものもある。

 

一般的な普通進学校である東深見高校も、魔法科大学附属魔法科高校も、試験の内容に大きな差異はあれど定期試験の実施自体は何処の高校であっても変化は無い。

 

但し、各学期末に行う定期末試験の前に中間試験を実施しているかについては各校によって異なる。

 

「その分、期末試験では頑張らないといけないから。それに魔法科高校は一般教科の試験が無くて、予習が難しいんだよ」

 

「予習なんて単語が出てくるあたり、美月は真面目よねぇ」

 

口ではそう言っている菫子も、成績に関しては優秀だ。

 

菫子は授業ではあっという間に課題を終了させ、後は机に突っ伏して寝ている。

 

他のクラスメイトは余った時間でさらっと復習をしたり次の課題を何気無くスクロールして予習をしたりするのだが、菫子の場合は余った時間を全て睡眠に費やしている。

 

なのに、今回の中間試験ではかなりの好成績を収めている。

 

それが次の期末試験だけでなく今後の定期試験でも続いていく内に、やがて東深見高校に「いつも寝ているのに成績優秀な生徒」という新しい七不思議が加わることになる。

 

ちなみに、東深見高校の七不思議の一つに「空飛ぶ教頭の髪の毛」というのがあるとか。

 

いつだって中間管理職は憂鬱で悲惨なのである。

 

一方の美月も、魔法科高校が実技の成績のみでクラス分けしているため二科生となっているが、理論の成績は悪くないどころか学年(一科生含む)でも上位に入るだろう。

 

そしてそれは、一高の期末試験での魔法理論の成績が学年十七位という順位を得ることで証明されるのだが、それはもう少しだけ先の話。

 

尚、結代雅季の魔法理論の成績に付いては触れないでおく。

 

ただ言えることがあるとすれば、もしもの話で、一科生と二科生の区分けが魔法実技の成績ではなく魔法理論の成績で考慮されていたのなら、結代雅季は二科生入りが確定だったことだけ記しておこう。

 

閑話休題。

 

「あ、でも魔法科高校には修学旅行も文化祭も無いんだっけ?」

 

「うん。一般教科と魔法の両方を教えるから、カリキュラムの都合でね。ちょっと残念だけど」

 

魔法科高校だからといって、魔法だけを教える訳にもいかない。

 

魔法理論、魔法実技に加えて高校生レベルの語学、数学、自然科学、社会等の一般教養科目の知識も必要不可欠だ。

 

魔法だけでなく一般教科も必修科目にする必要上、魔法科高校のカリキュラムはかなり詰め込み式で余裕が無い。

 

それこそ、修学旅行や文化祭、体育祭といったイベント行事を全て無くす程に。

 

たとえばエリカやレオのような同級生達、つまり最初から魔法師を目指している者ならば「そういうもの」と割り切る、いや寧ろ当たり前のように感じているかもしれない。

 

だが、それまで魔法に触れた事のない中学生にとっては、そういった学校行事が一切無いというのはマイナス要素になる。

 

カリキュラムの都合上、学校側としては仕方がないことなのかもしれないが、確かにそれが理由で魔法の力を持ちながら魔法科高校に入学しない者もいるのだ。

 

「そう言えば、雅季のところの従姉妹もそんなこと言っていたわねぇ」

 

思い出したように菫子が何気無く口にした、知人の少女のように。

 

「雅季って、もしかして結代君?」

 

菫子から知り合いの名前が出てきたことに、美月は目を丸くして尋ねる。

 

「え? あ、そうそう。美月はもう会った?」

 

「う、うん」

 

入学して二日目に一科生の生徒達と口論になった時に、とは伝えなかった。

 

何せ美月も当事者であり、それどころか相手側から理不尽な言い掛かりがあったとはいえ口火を切ったのは他ならぬ美月自身だ。

 

結果的に問題にはならなかったが、その所為で危うく処罰されそうになったことも含めて美月にとっては苦い思い出になっている。

 

「けど、菫子ちゃんも結代君と知り合いだったなんて知らなかった。何時から知り合いなの?」

 

だから美月は話題を変えるようにして菫子に尋ねる。

 

美月としては深くも無い質問だったのだが、菫子は何故か少し慌てた様子で答えた。

 

「ま、まあ、前にちょっと色々あってね」

 

パワーストーンを集めて幻想郷の結界(ひみつ)を暴こうとした時に自分を叩きのめしたうちの一人です、とは言えなかった。

 

何せ菫子は『深秘異変』の当事者どころか首謀者。

 

結果的に菫子としては満足出来る結末となったが、異変の終盤で追い詰められた時に霊夢が止めてくれなければ危うく自滅して命を落としていただろう。

 

ちなみに、あの時に菫子は幻想郷の住人達と外の世界で戦ったが、菫子の素性が割れることは無かった。

 

何でも戦っている最中、雅季が慌てて駆け付けて周辺に『離れの結界』を張ってくれていたらしい。

 

『離れの結界』は境目を基に双方を離して往来を許さない、一種の隔離空間を作り出すという離れ分つ結界だ。

 

電磁波も光波も想子(サイオン)も離してしまう以上、如何なる計測機器を用いようとも知覚系の魔法師が探ろうとも、結界の外側から内側を見ることは出来ない。逆も然り。

 

本来ならば戦いが起きていることすら悟らせない強力な結界なのだが、雅季が急行して『離れの結界』を張る前まではサイオンレーダーがきっちり異常を検知していた。

 

しかも都心から然程離れていない場所だったことも相まって、実は魔法が関わった何らかの事件として捜査されていたりする。

 

菫子の素性がバレていない以上、当然ながら事件は迷宮入りして捜査に当たった某剣術道場の総領が相棒の部下に散々愚痴を零したとか。

 

尤も、幻想入りする(忘れられる)まではまだ幾許かの時間が必要だろうが。

 

それに、夢から幻想郷へ行くことが出来るようになった菫子は、外の世界において雅季の秘密を知る者の一人だ。

 

当然、それは秘密にしなければならないことであり、もし誰かに告げようならばどんな目に会うかわかったものではない。

 

菫子と同じように結界の彼方と此方を行き来することが出来る『結び離れ分つ結う代』。

 

それはつまり、外の世界であっても結代雅季は宇佐見菫子に干渉出来るということなのだから。

 

尤も、菫子自身も暴いた秘密を公表するつもりなんて更々無いし、寧ろ秘密のままであって欲しいと思っているが。

 

それは「自分だけ知っている」という優越感もあるが――それ以上に、変化の著しい現代を知る者として、今のままの幻想郷でいて欲しいという思いがあるから。

 

兎も角、菫子は話題を変える。正確には元に戻す。

 

「それで、雅季の従姉妹とも会ったことあるんだけど、その時に言っていたの。魔法科高校には修学旅行も文化祭も無いから行きたくないって」

 

「何というか、結代君の家族らしいかも」

 

魔法師とは違った、何となく()()に似た価値観を持つ結代君の家族らしい、と美月は無意識にそう思った。

 

 

 

「――ところで、美月」

 

菫子は掛けている眼鏡を光らせて美月に視線を向ける。

 

ちなみに美月のオーラ・カット・コーティング・レンズの眼鏡と違って、菫子の眼鏡はファッションである。

 

「修学旅行の代わりといっては何だけど――」

 

この前置きから、美月は菫子の言いたい事を理解する。

 

少なくとも、それぐらいは軽く察せる程度の付き合いがあるだけに。

 

「もう、代わりって言いながら始めからそれが本題なんでしょ」

 

「バレたか」

 

呆れを含んだ美月の言葉に菫子は笑って答え、続けて美月に言った。

 

「美月。お盆になったら蓮台野に行きましょう」

 

そしてそれは美月の予想した通り、『秘封倶楽部』としての活動だった。

 

「ある時刻に蓮台野に行くと、冥界が垣間見えるそうよ。見鬼持ちの人が見たってネットで流れていたわ」

 

「冥界って、それはちょっと……」

 

自信満々に語る菫子に、美月は若干引いた。

 

何せ、この『瞳』なら本当に見えてしまいそうだからだ。

 

「秘密を暴かないなんて、秘封倶楽部とは言えないわ」

 

「そもそも入った覚えも無いんだけどなぁ」

 

菫子の中では何時の間にか美月も秘封倶楽部のメンバーに入っているらしい。

 

まあ、こうやってよく日本中の神秘を探し回っている菫子に()()付き合っているあたり、美月自身も強く否定出来ないところだが。

 

「それにね、その時に見えたのは墨染桜なんだって」

 

「墨染桜?」

 

「そう、目撃したのは春だったらしいわ」

 

「それって、冥界にも季節と花があるってこと?」

 

「そういうこと。夏なら芙蓉か、牡丹か。それとも季節外れの紫陽花か、彼岸花か。ねえ、美月は冥界の夏には何が咲いていると思う?」

 

其処に、どんな幻想が隠れているのか?

 

そんな菫子の問い掛けに、美月の心には自然とあの日の情景が浮かび上がった。

 

 

 

美月が魔法科高校に入学したのは、あまりにも見え過ぎてしまうこの目をコントロールするためだ。

 

だけどそれは、“見え無くしたい”という意味ではない。

 

そう、そもそも美月が美術に興味を持ったのはどうしてだったか。

 

その切っ掛けを、美月ははっきりと答える事が出来る。

 

あの日に、この瞳が見た世界(げんそう)を、形に残しておきたかったからだ。

 

中学時代から美月は菫子の心霊現象(オカルト)巡りに付き合っていた。

 

あの頃は、ちょっとした小旅行感覚だった。

 

それが変わったのは何回目かの時、今回のように菫子に誘われて旧鳥取県へ行った日だ。

 

そう、忘れもしない、あの景色を。

 

日も落ちて月が上がった頃、最後に巡る場所として高草郡伝説の眠る竹林に足を踏み入れた瞬間。

 

ほんの少しだけ、この瞳は垣間見たのだ。

 

現とは思えぬ程に霊子(プシオン)に満ち溢れた、常識の裏側に隠れた幻想世界を――。

 

 

 

――月桂を浴びて淡く光る竹林。

 

――見たことないぐらいに強く輝く満天の星空。

 

――そして、竹林と星空に浮かぶ満月。

 

――その全てが、あまりにも綺麗で、あまりにも美しく。

 

――まるで、世界全てが一枚の幻想絵画のようだったのだ。

 

 

 

それを菫子に伝えた時、どうしてか彼女は酷く動揺していたが、やがて凄く嬉しそうに言った。

 

「美月の目は、隠れているものを見つける目よ!」と。

 

――魔法学では霊子放射光過敏症なんて名前を付けてそれらしい理論をくっつけているけど、そんなの全て後付け。

 

――だから、きっと美月も見つける時が来るわ。

 

――常識(げんじつ)に隠された、(げんそう)の世界を。

 

――私は知っている。夢は、現になるのよ。

 

 

 

そう、あの日に見えた景色と、菫子の言葉が切っ掛けだった。

 

もう一度、あのような美しい景色を見たいと菫子のオカルト巡りに本格的に付き合い始めたのも。

 

それを形に残したいと絵を描くようになったのも。

 

……尤も、美術とは少し毛色の異なる別の分野にもハマってしまったが、それは置いておこう。

 

「冥界の夏かぁ。冥界って薄ら寒いってイメージあるけど」

 

「なら夏の避暑地には丁度いいかもね。お盆に先祖様が帰って来るなら、そのお返しに冥界参りなんてどう?」

 

「いや菫子ちゃん、それは流石に怖すぎるから」

 

少しだけ、恐怖はある。

 

“ああいうの”をあまりに見過ぎてしまうと、()()()()()()()()()()かもしれない。

 

それでも――。

 

「それじゃ、お盆は蓮台野へ行きましょう、美月」

 

「うん、菫子ちゃん」

 

あの美しい月が浮かぶ世界を、もう一度見てみたい――。

 

その思いを原動力として、美月は今日も菫子と共に探し始める。

 

 

 

現実に埋もれ、深秘に隠れた、御伽話の世界を――。

 

 

 




あとがき
Q:冥界の夏って何が咲いているの?
A:芙蓉とか牡丹とか、夏の花は大体咲きますよ。おかげで手入れが大変なんです。うちの庭って無駄に広くて……。
(冥界在住の庭師さんよりご回答)

もしオカルトボールがあったのなら、都市伝説『定時帰宅』を具現化させたい。
何でも十七時半に仕事を上がってしまう人がいるという世にも奇妙な怪談話です。
まあ、所詮は都市伝説なんですけどね(白目)

月と言えば竹林。古来より月と竹は付き物。確かに月光と竹は見映えます。
さて、美月の見たものは何だったのだろうか(棒)
もしかしたら、人の顔の付いた大鼠と炎に包まれた女の子も見ているかもしれませんね。
……相方は見ているどころか会話もバトルもしているそうですが(笑)

佐島先生曰く、魔法科高校には魔法の流れ弾が多くて七不思議どころか怪奇現象はよくあることらしい。
でもロストゼロであーちゃん先輩が七不思議について語っていたような。
置き忘れたハンカチの色が変わっていたとか、前転が出来るようになる体育マットとか、魔理沙がガッカリするレベルの七不思議(笑)

どこかの考察で、秘封倶楽部は2150年代という話がありまして。
ならそれまでに東京を廃墟にして京都へ遷都させないと(使命感)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告