魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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妖怪『年度末』とは、人間の気力体力、自由と睡眠時間を嗤いながら奪っていく恐ろしい妖怪である(怖)

三話連続投稿、第一弾です。
前半は改訂前とあまり変わらず。
後半はやや変更。
設定変更も然ることながら……改訂前は心気楼発売前に投稿という時点で察して下さい。


第14話 幕間 ~結代雅季の休日~

――結界の外側。

 

 

 

演出魔法(アトラクティブ・マジック)』。

 

それは近年になって提示された新しい魔法の使い方。

 

演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』。

 

それは、『兵器』以外としての新しい魔法師の在り方。

 

そもそも演出魔法とは何か、それは文字通り『演出』する為の魔法である。

 

音楽のコンサートやライヴといった様々なイベントの演出として魔法を使う。

 

例えば光波の振動によって光のウェーブを作り出したり、気流を操作して多数のバルーンの流れを操ったり、加速と加重の複合魔法で演奏中のギタリストを宙に浮かせて宙返りさせたりと、演出魔法師のセンスによって様々な演出が成される。

 

そう、演出魔法師にとって必要なのは魔法力ではなくセンス。

 

確かに魔法力があれば演出の幅も広がるが、極端な話をすれば単一系統魔法というシンプルな魔法でも演出は可能だ。

 

ならば後は如何にして観客を魅せるかが重要になる。

 

発祥の地である日本では『演出魔法師』と命名されているが、英訳の『Attractive Magic Artists』の方が本質を表している。

 

即ち、「魅せる魔法芸術家」。

 

こちらも才能や感性が少なからず影響してくる分野であることには違いない。

 

それでも魔法を学びながらも魔法師になれなかった者達にとっては魅力的な職業であり、一般人と魔法師という、互いに離れた目で見ていた両者の縁を結ぶ、ある意味「結う代」となる職業だ。

 

そして、演出魔法という新ジャンルを生み出した人物こそが、結代神社の宮司を代々務める結代家が嫡男にして魔法科第一高校の一年生、結代雅季である。

 

 

 

 

 

五月も中旬に差し掛かった頃、五月晴れの空の下、雅季の姿は東京渋谷にあった。

 

休日である今日、まだ日も中天にまで差し掛かっていない時間帯、雅季は渋谷の駅から然程離れていない距離にあるビジネスビルの中へと足を踏み入れた。

 

雅季の入って行ったビルの看板には『クリエイティブ・エンターテインメント株式会社』という会社名が明記されている。

 

看板が示す通り、このビルはクリエイティブ・エンターテインメント株式会社、通称『クリエイティブ社』の事業所で、イベント開催等を手掛ける大手企業だ。

 

雅季は打ち合わせのある会議室へ向かうため、エレベーターに乗り込み指定の階のボタンを押す。

 

勝手知った様子で事業所内を歩き進む雅季は目的の会議室まで迷うことなく辿り着き、

 

「こんにちはー」

 

軽くノックをしてから挨拶と共に中に入った。

 

「おお、来たか結代君」

 

「待っていたわ」

 

中にいるのは雅季より年上の、つまり成人した男性女性が十人ほど。

 

誰もが長机に座ってスクリーン型端末に目を通している途中のようだった。

 

「もしかして、俺が最後ですか?」

 

「いや、まだ三人ほど来ていない。先程少し遅れると連絡があった」

 

「今のうちに結代君も企画書に軽く目を通しておいて」

 

「わかりました」

 

雅季はパイプ椅子に座ると、長机に置いてある端末を起動させる。

 

スクリーンを立ち上げると同時に『二○九五年サマーフェス企画案(第四報)』というタイトルが雅季の目に飛び込んできた。

 

 

 

クリエイティブ社は先述した通り、イベント開催を手がける企業だ。

 

そして、最も早く演出魔法の可能性に気付き、他企業に先んじて結代雅季に接触してきた会社でもある。

 

それ以来、クリエイティブ社は演出魔法の多彩さと演出魔法師の獲得に力を注いでおり、雅季がここにいるのも神職たる結代家としてではなく、もう一つの顔であるアマチュア演出魔法師として呼ばれたが為だ。

 

今回の打ち合わせは東京の有明で毎年行われるクリエイティブ社主催・運営の『サマーエンターテインメントフェスティバル』、通称『サマーフェス』についてだ。

 

サマーフェスは有名海外バンドのライヴやCGドールのコンサート等の音楽系をはじめ、芸能人や有名人のトークショー、バラエティ番組などによる一般人参加型企画など様々なエンターテインメントを提供する日本有数の大規模なイベントだ。

 

毎年七月の下旬に三日間開催され、今年は七月二十九日の金曜日、三十日の土曜日、三十一日の日曜日の三日間で開催される。

 

入場者数は毎年三十万人を超え、特に演出魔法を導入した三年前から入場者数が急増し今年は四十万人に達するのではないかと見込まれている。

 

 

 

雅季が資料に目を通して暫くした後、遅れていた三人が到着し、いよいよ打ち合わせが開始された。

 

この会議室にいるのは十四人。

 

うちクリエイティブ社のスタッフは四人。雅季を含めた残りの十人は演出魔法師だ。

 

三日間の様々なイベントで企画している演出魔法をこの十人がそれぞれ担当する事になる。

 

といっても演出魔法を必要とするイベントはトリのライヴやコンサートなど規模が大きいものしかないため、内訳としては一人が一つ又は二つのイベントを担当する程度になる。

 

「――では、最終日のラストを飾る『Slow hand(スローハンド)』のライヴは都田(つだ)君が担当してくれ」

 

「わかりました!」

 

都田と呼ばれた二十代後半の男性が力強く頷くと、ホワイトボードの三日目の欄に「都田尚士(つだなおし)」と書かれる。

 

既にホワイトボードには一日目から三日目のスケジュールと、各種イベントの演出魔法を担当する魔法師の名前などがビッシリと書き込まれている。

 

ちなみに現代のホワイトボードは書き込まれた内容をボタン一つで電子ファイル化し、各自の端末に送信する機能が標準として備わっている。

 

「それにしても、自分があの『Slow hand(スローハンド)』と共演することになるなんて、三年前までは夢にも思っていませんでしたよ」

 

感慨深く都田がそう口にする。

 

彼は魔法科高校に二科生として入学したものの魔法科大学の受験に失敗し、結局は魔法とは関係ない中小企業の会社員として働いていた。

 

だが演出魔法と演出魔法師が世に広まった際、「魔法に携わる仕事がしたい」という夢を叶える為に会社を退職して演出魔法師になったという経歴を持つ。

 

そんな自分がまさか世界的に有名な超大物ロックバンドと共演することになるとは、確かに会社員として働いていた頃では想像すら出来なかっただろう。

 

「それを言えば俺も似たようなものだよ」

 

別の演出魔法師が同意する。

 

彼ら九人の魔法師達は、いずれも魔法科高校を卒業しながら魔法師の道を断念せざるを得なかった者達だ。

 

そんな彼等が再び魔法に携われることになった。

 

何より、自分達の魔法で観客が楽しんでくれるということは、彼等が思っていた以上に嬉しく感じるものだ。

 

その為か、彼等の表情は全員が生き生きとしている。

 

そんな様子を見たクリエイティブ社のスタッフはニヤリと口元を緩めて二人に、いやこの場にいる演出魔法師達に言った。

 

「これからはこういった大口の依頼もどんどん増えていくぞ。何せ演出魔法を法的に認めているのは未だ日本しかないからな。だから海外の大物ミュージシャンも次々に日本での公演を希望、いや熱望しているといってもいい」

 

「イギリスとUSNAでは大物ミュージシャン達と大手レーベルが連盟で議会に演出魔法を認めるよう署名運動をしているという話よ。他の国も似たり寄ったりね」

 

感嘆の息を漏らす演出魔法師達。

 

演出魔法(アトラクティブ・マジック)』と『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』は、新しいビックビジネス、そして新しい魔法師の在り方としてまさに世界に広まろうとしている。

 

そして、スタッフ四人と演出魔法師たち九人の視線は、自然と一人の少年に集まった。

 

「いやー、演出魔法がどんどん広まっていくのは嬉しい限りですね」

 

全員の視線に笑顔でそう答える雅季もまた、三日目の昼間に行われるイベントへの参加が決定している。

 

演出魔法の発案者でありながら、演出魔法師の資格を持っていないアマチュア演出魔法師として。

 

尤も演出魔法師の発案者という点については、雅季自身は幻想郷のスペルカードルールを演出魔法の原型としている為、自ら名乗ったことはない。

 

故に雅季は常に「アマチュアの演出魔法師」としか名乗っていない。

 

そしてプロではないが故に、雅季の演出には制限が掛けられる。

 

 

 

結代雅季が結代東宮大社の神楽で初めて演出魔法を行った時、実は魔法行使の許可を当局に取り付けてあった。

 

雅季の実父にして結代東宮大社の現宮司、結代家でいう今代の結代の一人である結代百秋(ゆうしろおあき)が、結代家お決まりの「無駄に広い人脈」を駆使した結果だ。

 

ちなみに後日の、そして演出魔法が世に広まる切っ掛けとなったライヴも同様である。

 

演出魔法の目新しさと魅力が世間に知れ渡ると、当然ながら「自分達も演出魔法を使いたい」という申し出が当局に殺到。

 

ちょうど選挙の時期と重なっていたこともあり、国民の支持を集めたい各政党は当時最もホットな話題である演出魔法の法整備を行うことを公約として明言。

 

そうして演出魔法が世間に認知されてから二年後、演出魔法と演出魔法師は法的に認められた。

 

演出魔法師は、二段階に分けられた。

 

まずは日本魔法師協会が開催する講習を受講した者に、演出魔法師の仮資格が与えられる。

 

仮資格を持った者は、当局に演出魔法の使用届出を出した場合、()()()のみ演出魔法の使用が許可される。

 

次に同協会の本試験、つまり筆記試験および実技試験に合格した者のみに、演出魔法師の本資格が与えられる。

 

本資格を持った者は、()()()()を使った演出魔法が許可される。

 

そして、本試験を受ける為の必須条件は魔法科高校を卒業していること。

 

その理由として「魔法のコントロールが未成熟であり、また魔法の危険性を充分に認知していない青少年および少女による観客側への魔法の行使は安全性に欠ける」という説明が法案成立時に成されている。

 

一見して正論だが、政治の専門家である政治記者達の間では「魔法というただでさえデリケートな分野に、新しい難題を投げつけてきた結代雅季に対する政治家や官僚達による嫌がらせ」という噂が流れたものだ。

 

つまり今の雅季では本試験を受けることが出来ない。それ故の仮資格(アマチュア)

 

雅季が演出魔法を行使出来るのはステージ上のみ。

 

観客席も巻き込むような大きな演出魔法の行使は認められていない。

 

尤も、だからといって雅季の演出魔法師としての知名度と評価が下がる事は無い。

 

雅季が最近行った演出魔法、『結代東宮大社で魔法による夜桜のライトアップ』も大評判のまま終わり、既に来年にも期待する声がかなり大きい程だ。

 

そして、そういった評判が魔法師に対する視線や見方を、根本である常識から変えていっているのである。

 

ちなみに魔法によるライトアップの期間中、本業の結代神社の方も大繁盛したとか。

 

閑話休題。

 

 

 

「法律だから仕方がないとはいえ、結代君の本気の演出魔法が見られるのは三年後か。待ち遠しいな」

 

「まあ、もう少し待っていて下さい。魔法科高校には無事に入学できましたので、三年後には本試験を受けますから」

 

スタッフの一人の心底から残念そうな呟きに雅季が答える。

 

「そうかい? それじゃ、三年後を期待して待っているとしよう」

 

「あの時のライヴ映像、俺も見たけどスゴかったぜ。俺も早く生で見たいよ」

 

「二○九八年のサマーフェスの大トリは結代君で決まりね」

 

「演出魔法師がトリ取ってどうするんですか」

 

会議室に笑いが溢れる。

 

「さて、雑談を交えながらでもいいから打ち合わせを続けようか」

 

「そうですね、それでは手元の資料を。次に各自の演出魔法についてですが、先方から幾つか要望がありますので順番に見ていきましょう。何か質問があれば途中でも構いませんので遠慮なくどうぞ」

 

和やかな雰囲気のまま、この日の打ち合わせは深夜帯まで続くことになる。

 

 

 

 

 

CADメーカー『フォア・リーブス・テクノロジー』のCAD開発第三課は、かの「シルバー・モデル」開発部署として社内では良い意味でも悪い意味でも有名である。

 

シルバー・モデルは特化型CADの中では非常に人気が高い。

 

そう、シルバー・モデルは特化型CADであり、なので開発部署である第三課も基本的には特化型CADを中心に開発している。

 

「……まあ、汎用型も作れなくはないですけど」

 

トーラス・シルバーの片割れにして第三課の全員からリーダー扱いされているミスター・シルバーこと司波達也は、本社から命じられた業務に内心で溜め息を吐きそうになった。

 

今日、達也がこの研究所に来たのは新型デバイスのテストの為だ。ちなみに深雪は家で留守番中である。

 

そしてテストを終えた後、牛山主任から先日に本社から新しいCADを作るよう業務命令があったという連絡を受けて、その概要を確認したところで今に至る。

 

「しっかし、なんでまた第三課(ウチ)が担当なんですかねぇ」

 

「期待されているのでしょう」

 

トーラス・シルバーのもう一人、ミスター・トーラスこと牛山主任のボヤキに達也が間髪入れずに答える。

 

尤も、達也自身は内心では面倒な仕事を押し付けてきたのだろうと考えているが。

 

本社には第三課は飛行魔法の開発を行っている最中と報告しているのだが、おそらく父親と義母はそんな魔法など不可能だと思っているのだろう。

 

だから横からこういった仕事を投げ入れてくる。何時もの事である。

 

「それにしても、エレキギターの形をした汎用型CADですかい」

 

「というより、ギターと一体型のCADですね」

 

そう、本社からオーダーされたCADとはエレキギターと一体型の汎用型CADである。

 

大手イベント会社である『クリエイティブ・エンターテインメント社』から特注の依頼があったということらしい。

 

勿論、このCADの用途は演出魔法用である。

 

「しかも外観モデルが伝統のSGと来やしたか、渋いねぇ。流石はクリエイティブ社、遊び心ってもんがわかっている」

 

端末の資料を読んでいくうちに牛山は何度も頷き、顔色は喜色に染まっていく。

 

達也はギターについて詳しくないのでよくわかっていないが。

 

「クリエイティブ社は弦に起動式を組み込んで欲しいという要望ですが」

 

「つまりギターを弾きながら魔法を使えるようにしたいってことでさぁ。益々楽しみになりやしたよ」

 

達也は視線を資料から牛山に向ける。

 

「楽しそうですね、牛山さん」

 

「俺も学生ん時はちっとばっかしギターを齧っていましたからね。それに、これから作るコイツはまさにロックと魔法を融合させたもんですから。コイツを持った魔法師のギタリストがライヴするとこを想像するだけで、ワクワクしてきやせんか、御曹司?」

 

「……そうですね」

 

牛山の言いたいことは達也も理解している。

 

とはいえ共感しているかと言えばそういうわけでもないので返事は上辺だけのものになってしまったが、牛山は資料に夢中だったので気付いた様子は無い。

 

尤も、達也は別の事に関心を持っていた。

 

(魔法師のギタリスト、か)

 

研究用でも実用でもない、娯楽の為のCADと魔法。

 

『兵器』として生み出された魔法師。

 

百年の時が経って、その方向性が少しずつ変わり始めていることを、達也は実感し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

――結界の内側。

 

 

 

幻想郷には一際大きな山がある。様々な神や妖怪達が住んでいる妖怪の山だ。

 

守矢神社の二柱と風祝、秋の神の姉妹、厄神、仙人、天狗。

 

そして、技術力も発想も飛び抜けている水平思考の河童達。

 

妖怪の山に住む妖怪達は、人間や他の所に住む妖怪に対して排他的であり、基本的には山には立ち入れない。

 

とはいえここは自分勝手なものが集う幻想郷、侵入してくる輩は後を絶えない。

 

お宝探しで無断侵入する霧雨魔理沙とか、さり気なく芍薬を勝手に栽培している永遠亭の面子とか、妖怪退治と言い張って真正面から強行突破してくる博麗霊夢とか。

 

そして、時たまサボり、もとい遊びに、もとい縁の出張サービスにやって来る結代雅季もまた然り。

 

尤も、今回は山の中ではなく、その一歩手前である麓に用事があった。

 

「お、いたいた」

 

『放蕩する神主』、ではなく『今代の結代』こと結代雅季は、川辺に集まる河童達を見つけるや空を飛ぶ高度を下げた。

 

此処は玄武の沢と呼ばれる一帯、幻想郷に住まう河童のアジトである。

 

雅季が川辺に降り立つと、周囲に居た河童達は一斉に侵入者の方へと視線を向けるが、相手が雅季だと分かると直ぐに「何だ、あいつか」とばかりに納得した様子で自分の作業に戻っていく。

 

それだけで雅季がどれぐらいの頻度で此処へ訪れているか推し量れることだろう。

 

雅季は周囲の反応を気にした様子も無く、感じ取る縁の方へと歩みを進めていく。

 

そうして大きなリュックサックを背負った河童の傍にまで歩いて行き、雅季はその背中に声を掛けた。

 

「よ、にとり」

 

声を掛けられた河童の少女、『超妖怪弾頭』河城(かわしろ)にとりは手元の作業を止めて雅季の方へと振り返り、相手を確認して一言。

 

「何だ、放蕩神主か」

 

ズルっと雅季は地面にコケた。

 

今度あの捏造新聞記者に全力全開の弾幕を食らわせてやると密かに誓いながら、雅季は起き上がる。

 

「せめて道楽の方がいいんだけどなぁ」

 

「道楽神主?」

 

「そそ。道は楽しい方がいい」

 

「どちらかというと道が楽な神主だな。結局は仕事しないって意味だし」

 

「仕事と趣味が一緒だから問題ない」

 

そんな言葉遊びを挨拶がてらに交わした後、雅季は本題を切り出した。

 

「にとり、この前に修理頼んでおいた『CAD』って出来ている?」

 

「ああ、アレね。勿論出来ているさ。勿論、修理代は払って貰うけど」

 

「……まあ、勿論払うけどさ」

 

にとりは自前のリュックサックの中へ手を伸ばし、修理を頼まれていた『CAD』を取り出した。

 

尤も、それは外の世界の魔法師が知るCADとは大きく異なった形状をしている。

 

見た目は紺色で統一された、手の平サイズの長方形の箱。

 

蓋の部分は朱色の紐で結ばれ、中が開かないように固定されている。

 

ボタンや操作キーも見当たらなければ電源をオン、オフするスイッチも無い。

 

センサーも電子回路も見受けられない

 

外見だけを見れば、紺色のカードケースという印象を受けることだろう。

 

そしてそれは的を射ている。

 

雅季がCADと言い張るその自称『CAD』は、九十九種類の起動式ならぬ九十九枚の呪符を束ねて入れた、河城にとり特製の一種のカードケースならぬ呪符ケースだからだ。

 

ケースの材質は河童特殊合金。製造法は河童しか知らない。

 

河童の意地が掛かった無駄に高い防水性能は完璧と言っても良い程で、たとえ川底に落とそうとも中の呪符が濡れる事は一切無い。

 

発動方法としては、束ねた呪符の間にはそれぞれ仕切り板があり、その仕切り板を介して呪符を読み込むことで九十九枚の中から任意の呪符を発動出来る。

 

尤も、実際に目的の呪符を選別して発動させるのは他ならぬ雅季自身の能力だ。

 

幻想郷の河童はテクノロジーに長けているが、マジックアイテム類の作製は苦手なのである。幻想なのに。

 

故に普通の魔法師がこの呪符ケースを持った所で、肝心な魔法を発動させる補助が無い為に魔法を発動させる事は困難だろう。

 

だが紡ぎの結代であると同時に『結び離れ分つ結う代』である雅季にとって、呪符ケースの中から特定の呪符だけを発動させる事は容易い。

 

何より結代家特有の能力の一種である『想子(サイオン)の糸』を伸ばせば、実のところ呪符ケースに触らなくても特定した呪符から魔法を発動する事が可能だ。

 

即ちこの呪符ケースは結代家、より言えば雅季専用のCADである。

 

余談となるが、外の世界で市販されているCADでも、結代家はCADの操作キーに触れる事なく想子(サイオン)の糸を介して目的の起動式を発動出来る。

 

外の世界では完全思考操作と呼ばれる未完成の技術だが、糸を奉る結代家なら出来て当たり前な能力の一つだ。

 

尤も、外の世界でその事実を知る者は、結代家を除けば殆ど居ない。

 

十師族すら知らない事実を知る者は、総じて結代家の秘密、即ち幻想を知る者に限られている。

 

閑話休題。

 

今回、雅季がにとりに依頼したのは呪符ケースの修理だ。

 

先日に『赤い靴』と戦った際、包丁の弾幕を避けている最中に一本の包丁が呪符ケースを切り裂いていったのだ。

 

尤も、本人は「ありゃ、グレイズ失敗したか」と割と暢気なものだったが。

 

寧ろ修理を依頼した時のにとりの方が「むむむ、我等が技術の結晶、河童合金がこんなに容易く切り裂かれるなんて!」と衝撃を受けていた。

 

まあ、どうでもいいことである。

 

「ほら、ちゃんと修理しておいてやったぞ、お代払え」

 

「……やっぱり高すぎね? 今更だけどさ、もう少し安くならないの? いや、前にも言ったけど」

 

「ならないね。嫌だったら払わなくていいけど、当然これは没収ね」

 

「悪徳商法め……」

 

「霊夢さんの所と違って結代神社(そっち)は儲かっているんだろ? ケチケチすんな」

 

やれやれ、と嘆息と共に雅季は高圧的で上から目線なにとりに修理代を支払う。

 

グレイズ失敗の代償は高く付いたようだ。お値段的に。

 

「毎度ありー!」

 

お代と交換で呪符ケース(CAD)を受け取った雅季は、紐を解いて中身も確認する。

 

九十九枚の呪符は修理に出した際に取り出しているので、中にあるのは呪符を挟むための九十八枚の仕切り板のみ。

 

それも無傷になっていることを確認して、雅季は懐から一枚の呪符を取り出して仕切り板に挟み、ケースの蓋を閉じる。

 

そうして、雅季は呪符ケースに想子の糸を伸ばし、仕切り板を介して呪符に『霊力』を流し込んで術式を発動させる。

 

幻想郷では想子(サイオン)の事を当然ながら想子(サイオン)とは呼ばず、霊力や妖力、魔力、神通力と様々な呼び方をしている。

 

呼び方の区分けはただ単純に人間なら霊力、妖怪なら妖力、魔法使いなら魔力、神なら神通力と種族別に分けているだけであり、基本的な力の効力は外の世界と同じだ。

 

だが、外の世界のように想子(サイオン)だけで術式を構築しない。

 

呪符に流れ込むのは想子(サイオン)霊子(プシオン)の二種類。

 

そもそも幻想郷を幻想郷たらしめているのは想子(サイオン)ではなく、霊子(プシオン)の方なのだから。

 

 

 

想子(サイオン)とは認識や思考結果を記録する素子と定義されている。

 

では霊子(プシオン)とは何なのだろうか。

 

嘗て結代雅季は「霊子(プシオン)は幻想だ」と語った。

 

聞いていた八雲紫は否定しなかった。

 

其れが答えであるからだ。

 

霊子(プシオン)とは想念を具現化する素子である。

 

想念は森羅万象全てが持っているもので、特に人間を筆頭に動植物が強く持っている精神性だ。

 

そして神や妖怪、亡霊、妖精は、霊子(プシオン)で構成された実体を持つ霊子情報体である。

 

人が崇めれば神が生まれる。

 

人が恐怖すれば妖怪が生まれる。

 

死者の想念が強ければ幽体から亡霊が生まれる。

 

自然が豊かな場所では自然の化身として妖精が生まれる。

 

霊子(プシオン)は想念を具現化するものであるため、「そんなのいるはずがない、できるはずがない」など否定されると霊子(プシオン)は力を失い減少、消滅してしまう。

 

故に外の世界では科学が重要視され幻想が否定されたため霊子(プシオン)は減少し、神や妖怪など幻想的な者達は存在情報を失い、姿を消すことになった。

 

イデアからの独立情報体と定義されている霊子情報体である『精霊』とは、言うなれば幻想の残滓だ。

 

霊子(プシオン)が減少した外の世界では実体化はおろか自我も持てないが、霊子(プシオン)がもっと強く豊富にあれば、『精霊』は妖怪や妖精等になったことだろう。

 

ちなみに精霊を使った術式は幻想郷でも弾幕勝負で割とよく使われる。

 

精霊を介して自分以外のところから弾幕を張るスペルカードがそうである。

 

著者である霧雨魔理沙が「幻想弾幕博物図画集」と仰々しい名前を付けて図書館や貸本屋、古道具屋にも売りつけようとしたが、結局買い手が付かず魔理沙の自宅にほったらかされている本の中では奴隷タイプの弾幕と名付けられているが、それはどうでもいい話だろう。

 

霊子(プシオン)は誰しもが持っている。外の世界の人間であってもそれは変わらない。

 

ただ魔法師は、特に現代魔法師は自らの霊子(プシオン)を引き出す術を知らず、知識すら持っていない。

 

その点で言えば魔法の力を持たない一般人と大して変わらない。

 

一方で幻想郷には霊子(プシオン)が強く豊富にあり、普段から霊子(プシオン)に触れている人間もまた自らに幻想を持つようになる。

 

そして、自らに幻想を持つ者は、同時に自らの霊子(プシオン)も自然と使えるようになる。

 

霊子(プシオン)は人々の幻想を具現化する力、つまり概念的な力だ。

 

外の世界では不可能、或いは理解できない、解析できないような魔法も、幻想を持つ者ならば使用できる。

 

その最も顕著なものが各人の持つ霊子(プシオン)の発露とも言うべきもの、『能力』である。

 

『能力』が魔法よりもどれだけ強力であるかは、一目瞭然だ。

 

本居小鈴のように全く未知な文字でも当たり前のように読める者はいない。

 

十六夜咲夜のように光より速く動ける者など思いも寄らないだろう。

 

そして、結代雅季のようにあらゆるものに境目を作り、離すことも。

 

魔法式は魔法式に作用しないという現代魔法学の根本を前に、それこそ()()()()()()()を分ち或いは離すことが出来るのだから。

 

確かに、森羅万象は改変可能だ。

 

だが、本当に森羅万象を想子(サイオン)のみで、人の認識と理解のみで改変するには、月の都のように超弦理論で統一場理論を完成させ、量子的な可能性すら操るようになれなければ不可能だろう。

 

閑話休題。

 

 

 

『外来異変』によって今まで以上に妖怪退治の必要性が高まった事から、雅季は霊夢の陰陽玉やお祓い棒、魔理沙の八卦炉のような『武器』を作り出した。

 

それが九十九枚の呪符であり、それを自在に扱う為の呪符ケースである。

 

九十九枚の呪符には自らの『縁を結ぶ程度の能力』と『離れと分ちを操る程度の能力』を簡略術式化した呪符もあれば、未だ魑魅魍魎が跳梁跋扈していた頃に縁あって結代家に奉納された術式もある。

 

ただ共通している事は対妖魔用、つまり対霊子(プシオン)用の術式であるということ。

 

幻想を葬る為の秘術。

 

故に、雅季は九十九枚の呪符に刻まれた術式をこう呼ぶことにした。

 

『幻葬秘術』と。

 

ちなみにスペルカードとしても使えるようにと総じて弾幕仕様になっている。

 

無論、必要に駆られてではなくただの趣味として、だ。

 

想子(サイオン)霊子(プシオン)が呪符に流れ込み、イデア上にある情報体に術式を付随させ、情報を改変する。

 

雅季が何も無い場所に向かって手をかざす。

 

――幻葬『離れ分つ倶利伽羅剣』

 

かざした先に炎が上がり、炎刃となって袈裟斬りの軌跡を描いて空を切り裂いた。

 

「動作検査も合格、と。……あれ、どうした? にとり」

 

「ど、どうしたって、いきなり何て術式使っているのさ!?」

 

後ずさって引き攣った顔を浮かべているにとり。

 

周りの河童達もざわついている。

 

雅季が発動した術式は、不動明王の持つ降魔の利剣に肖って編み出されたという、対魔術式『倶利伽羅剣(くりからけん)』。

 

様々な縁があって結代家に齎された術式の一つだ。

 

倶利伽羅剣の「魔を断ち切る」という概念の下、妖魔を切り裂くだけでなく相手の魔法式も切って見せる対抗魔法。

 

本来は自らの手を術式の基点にするため、炎の剣を手に持つ必要がある。

 

魔法とはいえ炎は()()だ、握れば当然手は焼けてしまう。

 

故に手と炎の間に隙間を作る工程も必須であり、その制御を踏まえてもかなり高度な制御を有する魔法である。

 

似たような技で威力は桁違いの『禁忌「レーヴァテイン」』というスペルカードを使う悪魔の妹様は至極当たり前のように制御しているが、それを人がやろうとすれば歴史に名を残す程の術者でないと無理だろう。

 

だが、そこは『離れ』と『分ち』を操る雅季だ。

 

自らの手から離れた位置でも魔法が発動出来るよう倶利伽羅剣(オリジナル)にアレンジを加えており、更に切れ味も向上させている。

 

当然、河童も焼いて斬れる。

 

「ただの動作確認だよ、他意は無い」

 

満面の笑みで朗らかに答える雅季。

 

その笑顔を見て、絶対嘘だとにとりと周囲の河童達は思った。

 

河童にテレパシーの能力は無いが、この場にいる河童達の心の声は一つに重なった。

 

絶対、法外な修理代に対する当て付けに違いない、と。

 

「よ、よし、雅季、おまけでこっちも付けておくよ!」

 

恐ろしい笑顔の威力を前に、にとりはそそくさとリュックサックから別のCADを取り出した。

 

それでも値下げしないあたりは流石河童である。

 

雅季の自称CADな呪符ケースとは違う、れっきとした携帯端末形態の汎用型CADだ。

 

「あれ? これって、外の世界のCAD?」

 

「そう、無縁塚で拾ったのさ」

 

にとりが雅季に渡したのは、無縁塚に落ちていた一世代古い旧式の汎用型CADだ。

 

「うーん、マクシミリアン製ってところにリアリティを感じるなぁ」

 

CADを手に取りながら、しみじみと雅季は呟いた。

 

幻想郷では外の世界で忘れ去られた物が流れ着くことがよくある。

 

たとえば少し前には旧型の電波塔が丸ごと一つ幻想入りして、今では妖精達の遊び場となっている。

 

その中でも無縁塚は外の世界の物がよく流れ着く場所だ。

 

これは墓地である無縁塚に埋葬される者達が総じて誰とも縁が無い者達であり、それが外来人であることが多いため、外の世界との結界が緩んでしまっている影響である。

 

結代神社の無縁塚分社が建てられてからは無縁仏も幻想郷との『縁』を結ぶようになった為、結界の緩みがこれ以上進行することはないが、反対に補強されることもない。

 

つまり無縁塚は現状維持の状態であり、今も変わらず外来品が、咲き乱れる彼岸花に隠れて彼方此方に落ちている。

 

まあ、博麗の巫女や妖怪の賢者のような結界の専門化が無縁塚の結界の補強を行えば話は別だが、あの二人がそんな面倒な事を進んでするはずがないので、特に害がない限りは放置だろう。

 

ちなみに無縁塚に落ちている道具を巡っては結代雅季と、『香霖堂の店主』こと森近霖之助、ネズミ妖怪である『ダウザーの小さな大将』ナズーリンの三人による早い者勝ちの争奪戦状態にあったりする。

 

閑話休題。

 

「いやぁ、人間もここまで呪符を簡略化できるようになったんだねぇ。流石は我ら河童の盟友さ。まだまだ無駄が多いけど」

 

「後百年も経てば、もっと洗練されるさ」

 

何気無しに、だが僅かな感情を込めて雅季は呟くように言った。

 

外の世界の技術は日々進歩し続けている。それこそ、たった一世代でこのCADは忘れ去られる程に。

 

尤も、河童の手によってこのCADは一世代前どころか現世代を追い越しているだろうが。

 

外観は特に変わった様子はない。操作キーも従来品そのままだ。

 

だが、見た目とは裏腹に中身は凄まじいことになっているんだろうなぁ、と雅季はしみじみと思う。

 

何せ前世紀には既に光学迷彩を実用化していた河童達である。

 

河童の技術力を以てすれば現代最先端のハードウェアだろうと時代遅れに感じるだろう。

 

(さて、起動式は何が入っているのやら)

 

雅季がビックリ箱を開けるような面白可笑しい心境でそう思った矢先、

 

「ああ、中の術式は全部変えておいたから」

 

「……さいですか」

 

本当のビックリ箱になってしまい、雅季は若干顔を強張らせた。

 

果たして河童が何の術式を入れているのか、不安である。

 

「ま、まあ、このCAD(おまけ)もありがたく貰っておくよ」

 

そうして、雅季はふわりと宙に浮かび上がった。

 

「それじゃ、修理ありがとなー」

 

最後ににとりに礼を述べて、雅季は結代神社に向かって空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

「この胡瓜、美味しいわね」

 

「本当ですね。これどうしたんですか?」

 

「河童の魔法さ。レパートリーはあと九十八種類ある」

 

懐にしまいこんだマクシミリアン製の汎用型CADを脳裏に思い浮かべながら、雅季は玉姫と紅華にそう告げた。

 

その日から、結代神社の食卓に出る胡瓜の料理がやたらと美味しくなったという。

 

 

 




おれ、桜のシーズンになったら旅に出るんだ(フラグ)

いやぁ、改訂前はにとりがあんな性格だとは思わなかった(汗)

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