魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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お待たせしました。
第一章の最終話にしたかったけれど、これまた長くなってしまったので分けます(汗)

改訂版によるサプライズをお届けします(ぇ)


第12話 現実と幻想の繋目

幻想郷の人里にある貸本屋『鈴奈庵』。

 

日もすっかり昇りきった頃、鈴奈庵には六人の少年少女の姿があった。

 

「――というメルヘンですね」

 

鈴奈庵の住人である『判読眼のビブロフィリア』本居小鈴(もとおりこすず)は、読んでいた本から顔を上げて皆を見回した。

 

博麗霊夢、霧雨魔理沙、稗田阿求、更に結代雅季と荒倉紅華の五人だ。

 

「ふーん、()()()やっぱり異国の童話ね。多少のアレンジが入っているけど」

 

阿求は興味深そうに先程まで小鈴が読み上げていた本に視線を落とす。

 

本の中身も、またその入手方法も、阿求が言ったように何時もと同じ。

 

『異変』として現れる妖怪を倒した後に残される一冊の本。

 

その内容は、物語の原作が生まれた異国の文字で書かれた物語。最後のページが何故か空白のままなのも変わらない。

 

更に原作からアレンジを加えられているこれ等の物語は、明確な終わりを示さないで最後のページを迎えている。

 

まるで、その後の白紙のページに物語が続いていくかのように。

 

「前回は何が出たんだっけ? 俺はいなかったから見ていないんだけど」

 

結局、学校が臨時休校になったので幻想郷(こっち)に来ている雅季が尋ねる。

 

「狼を食べた赤頭巾だったな」

 

「いやいや、逆です魔理沙さん。現れたのは赤頭巾を食べた狼です」

 

「そんなのどっちでも同じでしょ」

 

それに答えたのは前回の異変に対処した魔理沙、紅華、霊夢の三人だ。

 

紅華が「狼と赤頭巾って、同じ……?」と首を傾げているのを他所に、

 

「ところで霊夢さん」

 

阿求が何時の間にか用意した筆と手帖を手に、霊夢へ顔を向けて言った。

 

「今回の妖怪はどんな妖怪でした!? 幻想郷縁起に是非残したいので!」

 

妖怪記録家としての血が騒ぐわ! と気炎を上げている阿求とは対照的に、霊夢は至って通常だった。

 

「特にたいしたこと無かったわよ。あんなんだったら私一人で充分だったわね」

 

「……いや、知りたいのは妖怪の詳細ですから。それだと記録に残せないです」

 

気炎を大いに削がれた阿求に、見かねた雅季が助け舟として口を開いた。

 

「今回は姿形を持った奴が二体いたけど、姿を隠している『赤い靴』が本体だったっていう妖怪だな」

 

そうして雅季が戦った妖怪の詳細を語り、興味津々にメモを取りながら聞き入る阿求。ついでに小鈴。

 

「――それで、最後は魔理沙が黒い奴を『マスタースパーク』で盛大に吹っ飛ばして、俺が白い奴を『幻葬秘術』で消滅させて、二体がいない間に霊夢が『夢想封印』で赤い靴を退治した、と。その後に出てきたのが(それ)な」

 

雅季が顎で示したのは、机の上に置かれている先程の本。

 

「今回の異変の特徴よね、これ」

 

皆の視線が自然と本に集まる最中、霊夢は何気無しにその本を手に取った。

 

本に記された題名は、『赤い靴(De røde Sko)』。

 

ふと強い視線を感じた霊夢は、顔を上げて辺りを見回す。

 

 

 

……そこに、キラキラと(というかギラギラと)妖しく目を輝かせる小鈴がいた。

 

 

 

「ところでぇ、霊夢さん。翻訳した報酬なんですがぁ――」

 

猫なで声で話す小鈴の、声色とは裏腹に宛ら獲物を狙う狩人のような視線の向かう先は、霊夢の手元。

 

「あー……」

 

これまた何時も通り、小鈴が何を求めているのかを察した霊夢は呆れた様子で手元の本に目を落とす。

 

「まあ、封印は施してあるし……」

 

既に“中身”は霊夢達が倒したとはいえ、その“中身”も未完成ながら妖怪の一種だ。

 

そのまま放置すれば妖気の集まり次第で自ずと復活してしまう危険性がある。

 

だが霊夢が封印を施した状態なら、少なくとも自然と“中身”が復活するようなことは無いだろう。

 

故に、霊夢は溜め息混じりに()()()()()、その本を小鈴に手渡した。

 

「はい。いつもの翻訳代ね」

 

「やったぁー!!」

 

本を受け取るや否や、小躍りするかのような勢いで大喜びする小鈴。

 

霊夢、魔理沙、阿求、雅季、紅華の呆れた視線や苦笑いも何のその。

 

 

 

稗田阿求が「外から来たる異変」として『外来異変』と命名した今回の異変。

 

実のところ、妖魔本蒐集家(コレクター)の本居小鈴にとっては大変嬉しい異変だったりする。

 

 

 

 

 

「はぁ、全く……」

 

鈴奈庵に残った小鈴と阿求を除いた四人で人里を歩いている最中、霊夢が困った奴と言わんばかりに大きく溜め息を吐いた。

 

「今度から小鈴ちゃんに翻訳を頼むのやめようかしら」

 

「そしたら誰も読めないぜ?」

 

「あんた達が勉強すればいいのよ、紅魔館とかで」

 

「そこは魔理沙と紅華に任せた。俺は異変の調査で忙しいから」

 

「寧ろ外の世界(そっち)の方が学び易いですよね、雅季さん?」

 

最初はそんな軽薄で洒落た会話を交わしていたが、話は次第と『異変』の、それもより突っ込んだ内容へと変わっていく。

 

「確か、あの本自体が『式』になっているんだっけ?」

 

「そう。紫が言うには幻想郷(ここ)にやって来るあれ等の妖怪は、全て『式神』だって話よ」

 

ここでの『式神』とは、『式』を与えられたモノの総称だ。

 

外の世界で例えるならば、パソコンにソフトウェアをインストールするようなものである。

 

優れたソフトウェアをインストールすればパソコンの性能が良くなるように、より優れた『式』を与えられた式神はそれに比例した強さを持つようになる。

 

八雲紫の式神である『すきま妖怪の式』こと八雲藍(やくもらん)のように。

 

そして、魔法師達が情報体(エイドス)に投写する『魔法式』のように――。

 

「普通の妖怪とは異なる、それでいて『式』が付いた妖怪。更に退治したら本になる。……成る程、わからん」

 

頭を捻る魔理沙に、雅季が肩を竦めて答えた。

 

「要するに、式神として誰かに使役されているってこと。だから紫さんも動いている訳さ、珍しくね」

 

完全な妖怪とは言い難いとはいえ、妖怪が使役されているからか。

 

若しくは幻想郷のルールを解さず人里に危害を与えようとする異変だからか。

 

或いは、雅季には思い至らない別の要因も絡んでいるのか。

 

どのような理由と動機があるかはわからない。

 

ただ言えることは、人知れず八雲紫が動いているということだ。

 

雅季に魔法科高校を通じて魔法師達との縁を結ぶよう依頼し、そして――。

 

「そう言えば、今回の異変で漸く()()が見えたらしいよ」

 

肩を竦めながら、雅季は皆に告げた。

 

「……外の世界にいる協力者が教えてくれたって」

 

今朝方、紫自身から告げられた衝撃の事実。

 

雅季すら知らない間に、紫は外の世界に協力者を作っていることを。

 

「協力者ぁ? あんなのに協力する酔狂な奴なんているの? しかも外の世界に」

 

霊夢の発言は随分な言い草だったが、庇う者は誰もいない。

 

何故なら全員が同意見だからだ。

 

ちなみに現状では雅季も協力者なのだが、それには雅季自身も気付いていない。

 

ついでに霊夢も別の異変解決でたまに協力したりしているのだが。

 

……気付かない方が本人達の為だろう。

 

「さあ、俺も協力者なんて初耳だったから」

 

外の世界(そっち)なら菫子じゃないのか?」

 

「うーん、菫子だとネット検索が関の山だと思うんだけどなぁ……」

 

いったい何時の間に協力者を得ていたのだろうか。

 

それに、その協力者とは何者なのだろうか。

 

(多分、魔法師なんだろうけど……)

 

現代魔法師は物事を()()()に見るため、幻想に生きる妖怪とは相容れず。

 

古式魔法師についても、いつか彼等の主流になった解釈こと“例の暴論”に、紫はかなりご立腹だったはずだ。

 

――今の時代は、魔法師が台風を作るのね。

 

そんな皮肉を言い捨てる程に。

 

「雅季、その協力者に言っておいてよ。妖怪に関わっていると陸なことにならないって」

 

「確かに、紫さんなら利用するだけ利用して後はポイっていうのも有り得るし、今度紹介するって言っていたからその時にでも言うさ。人と妖怪は、割と悪縁の間柄だってね」

 

「そうそう、通りすがりの巫女が通りすがっただけでコテンパンにされた妖怪の被害は数知れないもんな」

 

「おお、それも確かに悪縁だ」

 

「あんた等ねぇ――」

 

普段と変わらぬ、ある意味で幻想郷らしい少年少女達の会話を聞きながら、

 

「うーん、それにしても……」

 

三人の一歩後ろを歩く紅華は、ふと思い浮かんだ疑問をポツリと呟いた。

 

――どんな人が、あんな悲しい物語を書いているのだろうか?

 

――そして、誰があの悲しき物語を使っているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

――時を少しだけ遡り、舞台は幻想郷から外の世界へ。

 

 

 

ブランシュの襲撃、そして謎の魔性との戦いを終えた翌日の早朝。

 

まだ日も昇り始めたばかりの時間帯に、達也と深雪は小高い丘の上にある寺、『九重寺』に居た。

 

「ふーん、ブランシュ以外の第三勢力に、実体を伴った霊子情報体ねぇ」

 

九重寺の住職にして古式魔法の大家、九重八雲は興味深そうに目を細めて達也を見返した。

 

場所は九重寺の縁側。九重と達也、深雪の三人は先日と同じように縁側に腰を下ろしている。

 

「はい。師匠は何かご存知でしょうか?」

 

「それは、()()()()()()()、かな?」

 

()()です」

 

即ち、第三勢力の正体と、霊子情報体について――。

 

お互いに主語を抜きながらも質問の意味を理解した九重は、考えるように顎に手を添える。

 

……それが達也にはどことなくわざとらしく見えたが、質問している立場なので口には出さないことにした。

 

「そうだね、まずは霊子情報体の方から答えようか。君達を襲ったのはおそらく『式神』だね」

 

「式神、ですか?」

 

「正確には式神の一種、かな」

 

疑問を顕わに小さく首を傾げる深雪に、九重が付け足すように言った。

 

「師匠」

 

疑問に思ったのは達也も同じで、九重に尋ねる。

 

「師匠の仰る式神というのは、人造精霊のことですか?」

 

尋ねる口調は疑問といよりも懐疑的な色が多く含まれていた。

 

想子孤立情報体である『精霊』。それを古式魔法によって擬似的に作り出したのが人造精霊である。

 

但し、従来の精霊とは異なり人造精霊は霊子(プシオン)を核に持っていない、想子(サイオン)のみで構成される精霊だ。

 

それは、あの霊子情報体とは異なるように達也には思えた。

 

達也の疑念は、半分は正しくて半分は間違っていた。

 

「それもまた式神の一種だよ」

 

正しい部分は、人造精霊の知識について。

 

正しく無い部分は、式神の知識について。

 

「そもそも式神というのは、『式』を与えられたモノの総称だよ」

 

「式を与えられたもの、ですか?」

 

「そう。術式を被せることで使役されるもの、それが式神。傀儡術や成兵術、より広義で言えば君達がSB魔法と呼んでいる精霊も式神の一種だね」

 

自身の知識には無い九重の解釈に新鮮味を覚えつつ、達也は口を開いた。

 

「式神の定義はわかりました。つまりあの霊子情報体は、基となる霊子(プシオン)に何者かが術式を付加することで使役させた式神。師匠は、術者が古式魔法師であるとお考えですか?」

 

「さて、誰の仕業かどうかはわからないけど、極めて強力な術者であることには違いないよ」

 

九重はそこで一旦言葉を区切り、東方から登り始めている陽に目を向ける。

 

そうして、深き何かを思わせるかのように九重は目を細めて、再び答えた。

 

「――それこそ、本来は存在が弱過ぎて姿形を持てないはずの『幻想』を実体化させる程度には、ね」

 

「幻想……?」

 

現代魔法では聞き慣れない言葉に、達也と深雪は訝しげな視線を九重に向ける。

 

だが、九重は“それ”について答えることは無く、

 

「次に第三勢力についてだね」

 

二人の方へ向き直った時には、次の話題を口にした。

 

「といっても、僕も十割の回答が出来る訳じゃないけど」

 

「……十割ではなくても既に情報は得ている、ということですね」

 

達也としては先程の九重の対応が気になるところであるが、九重の話題転換に乗ることにした。

 

第三勢力の情報も重要であり、何より追求したところで答えは得られないと分かりきっているが為に。

 

「少し誤謬があるかな。元々、この件については()()の依頼があって、前々から調べていたんだ。尤も、残念ながら僕が知っているのは、きっと全体の一割にも満たないけど」

 

別口の依頼、という言葉に達也は微かに眉を動かしたが、何も言わずに九重の次の言葉を待った。

 

「僕が知っているのは、近年になって世界中で同じような事件が起きていることぐらいかな。日本に現れたのは、少なくとも僕の知る限りでは初めてだよ」

 

そして告げられた事実に、九重を見る達也の視線は自然と強くなった。

 

「大亜連合とイギリスで二件ずつ。USNA、ドイツ、ルーマニアで一件ずつ。裏は取れていないけどアラブでも一件。そして今回の一件。未確認合わせて九件が霊子情報体、僕は妖魔と呼ぶけど、妖魔が出現した回数だよ。本当はもっと多いかもしれないけど」

 

「……というと?」

 

「海外だからねぇ、なかなか情報が伝わって来なくて」

 

衝撃を押し殺して達也が尋ねると、九重はわざとらしく肩を竦めて答える。

 

尤も、達也としては改めて忍術使い・九重八雲の忍びの技に舌を巻く思いだった。

 

達也も国外の事件の情報収集は怠っているつもりはない。

 

少なくともニュースになる情報については全てチェックをしており、特に魔法技術に関する情報は職業柄(高校生としてではなくFLTの技術者と独立魔装大隊の特尉として)、非公開情報であっても耳にする機会が多い

 

だが、今回のようなケースは実際に遭遇するまで達也は知ることすら出来なかった。

 

それはつまり、九重が実際にあったと断定している七件全てに、理由はわからないが各国の当局による厳重な情報統制が敷かれていると考えても良いだろう。

 

ならば九重は、そんな他国の情報統制を潜り抜けて情報を手に入れたということになる。

 

――或いは、国防軍の情報部から情報を盗んだのかもしれない。

 

(方法はともあれ、師匠がそこまでして霊子情報体、いや妖魔の情報を手に入れている理由……今しがた口にした“別口”の依頼、か)

 

一体誰が師匠に依頼を出したのかと達也が思考を傾け始める前に、九重は続きの言葉を紡ぐ。

 

「それに、何よりも死人に口無し、だからねぇ」

 

君達と同じだよ、と九重は告げる。

 

そう、達也も深雪も()()()()()からこそ、こうして九重に事の次第を伝えられている。

 

もし深雪の『コキュートス』が無ければ、あのまま戦闘を続けていたら……全滅とまではいかなくとも、死者が出ていた可能性は充分に高かった。

 

「流石に海外だと詳細まではわからないものだから、果たして()()か、それとも()()か、どっちか判断しかねていたけど――」

 

そこで九重は一旦言葉を区切って、ゆっくりと口を開いた。

 

「昨日の夜、ブランシュの生き残り、つまり一高を襲った実行犯達も拘留所で発狂死したそうだよ。司一と同じように、ね」

 

「師匠、それは――」

 

「先生、それでは――」

 

達也と深雪が同時に声を上げたことに、九重は表情を変えず、だが内心で小さく笑いながら言った。

 

「うん、口封じだろうね。死人に口無し、だよ」

 

関係者の全員が死亡した為、何も情報を手に入れる事が出来ない。

 

逆に言えば、()()()()()()()()()()()()が居るということ。

 

九重は僅かに口元を釣り上げて微笑を浮かべると、達也と深雪の方へと顔を向けた。

 

「式神によって使役した妖魔による襲撃。まるで魑魅魍魎が蠢いていたという平安の都のようだと思わないかい?」

 

二人に向けて言った九重の醸し出す雰囲気は、ひどく好戦的なものだった。

 

 

 

 

 

正門の向こう側へと去って行く達也と深雪の後ろ姿を見送った後、九重は寺の奥間へと足を運んだ。

 

奥間の部屋に足を踏み入れて、部屋の真ん中に腰を下ろす。

 

そうして、九重は面白そうに語り始めた。

 

「――だそうですよ」

 

足を踏み入れた十畳程度の畳み部屋には九重以外の誰もおらず、周囲の部屋にも人気が無いのは確認済み。

 

何より、この部屋には九重自らの手による“人避け”と“魔除け”の結界が張られている。

 

九重の弟子達では結界が効果を発揮している最中に、この部屋に近付くことは実力的にも不可能だ。

 

それにも関わらず、九重の口調は独り言というより、まるで相手がいるかのようで――。

 

「聞いていたかどうかわかりませんが、遂にというか、漸くというべきか――」

 

 

 

「――この国にも現れたのでしょう。葦に乗った水子が」

 

誰もいなかった其処に、“彼女”は現れた。

 

 

 

「勿論、聞いておりましたわ。でもあの二人、特に達也という子は色々と()()から苦労しまして」

 

「おや、貴方にも気付くなんて、彼の『眼』はますます異能だねぇ」

 

「ふふ、流石は“現代の賢者”といったところね」

 

「“妖怪の賢者”に褒められるなんて、知ったら達也君も喜ぶかな?」

 

「当然、喜びません。――だって、妖は人を襲うものなんですもの」

 

その瞬間、部屋が一層暗くなったように九重は感じた。

 

人避けと魔除けの結界がより強力な、『内のものを外に出さない』という効果を持った結界に塗り潰される。

 

そして、結界の中には『赤い靴』とは比較にならない程の霊子(プシオン)の波動――妖力が満ちる。

 

結界の外側が現代社会ならば、この結界の内側はまさに山中異界。

 

「やれやれ、僕は忍術使いであって妖怪退治の専門家じゃないんだけど」

 

「あら、お寺の住職なんて妖怪退治のお話でいっぱいじゃない」

 

その異界にあって、二人は軽口を叩き合う。

 

尤も、表面上は普段通りを崩さない九重の背中には、少なからぬ冷や汗が流れているが。

 

この“少女”を退治するには、己では修行不足である。

 

こうして対面する度に、九重八雲はそう思わざるを得ない。

 

――だからこそ、“少女”と出会う前よりも遥かに修行に身が入るというもの。

 

「では、御伽話をしましょうか、昔みたいに妖怪と人間の。ねぇ――」

 

「その御伽話の内容は、現代の妖怪退治についてかな――」

 

そうして、二人は互いの名前を呼ぶ。

 

 

 

八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに、八重垣作る、その八重垣を――。

 

 

 

「――九重八雲殿」

 

「――八雲紫殿」

 

二人の八雲が、幾度目かの邂逅を果たした――。

 

 

 

 

 

 

 

魔法科第一高校は昨日のブランシュ襲撃事件によって本日は休校となっている。

 

部活動も中止であり、今日の一高には生徒の姿は殆ど見受けられない。

 

尤も、“殆ど”であって“皆無”ではない。

 

一部の生徒は例外として今日も一高に登校している。

 

だがそれも学生の本分である学業の為ではなく、事件の後処理の為だ。

 

故に、登校している生徒は責任ある役職を担っている者達だけ。

 

部活連会頭、今回の事件解決の当事者である十文字克人。

 

生徒会長の七草真由美。

 

風紀委員会の委員長、渡辺摩利。

 

一高の三巨頭と称されるこの三人もまた、登校している一部の生徒達に含まれている。

 

 

 

報告を終えた克人が去った後、生徒会室には真由美と摩利の二人が残っていた。

 

「……ふぅ」

 

生徒会長の机の上に肘を付いて、真由美は憂鬱気味に大きく溜め込んだ息を吐いた。

 

溜め息も吐きたくなる程に、克人の齎した情報は大きな衝撃を真由美に与えていた。

 

テロリストの本拠地だ、一筋縄ではいかない。そう思ってはいたが……。

 

ジェレネーターと呼ばれる、明白に非人道的な処置が施された魔法師達との戦闘。

 

そして、それ以上に――。

 

「霊子情報体の実体化という未知の魔法に、正体不明の別勢力が関わっていた可能性、か……」

 

一連の戦い、特に霊子情報体との戦闘によって桐原武明、西城レオンハルト、森崎駿の三人が負傷している。

 

昨日、桐原を含む三人が大怪我をしたと報告が入った時、真由美も摩利も、そして壬生紗耶香も顔色を真っ青にして病院に駆け付けたものだ。

 

不幸中の幸いと言うべきか、三人とも命に別状は無かった。

 

だが、怪我の具合としては三人とも重傷一歩手前。

 

何より、先程詳細を報告していた克人が告げた「死者が出なかったのは僥倖に近かった」という発言が、今回の戦闘が如何に危険だったのかをより物語っていた。

 

「特に、この別勢力が厄介ね。姿を現すことなく、知らない魔法で攻撃を仕掛けてきて、最後にはブランシュのメンバーを……」

 

そこから先は、口に出すのも憚れる。

 

ただ、厳重な警備を敷かれている拘留所にいた者達すら手に掛けることが出来る、油断も容赦も無い危険な勢力だということは嫌という程にわかった。

 

(場合によっては、狸親父の力も借りないといけないかしら)

 

厄介どころでは済まなそうな厄介事に、真由美の気分は益々憂鬱になる。

 

「それに、実体を伴った霊子(プシオン)の孤立情報体。こっちの対策も考えないといけないわね」

 

廃工場で現れた霊子情報体は何とか撃退出来たらしい。

 

だが、その方法を克人は「俺の一存では教えることは出来ん」と二人に告げることはしなかった。

 

それは即ち、克人以外の誰かが倒したということだ。

 

他人の魔法を許可無く誰かに教えるような真似はしたくない。

 

そんな思いを克人から察した真由美は、寧ろそれこそ克人らしいと納得した。

 

(それに――)

 

霊子情報体を倒して見せたのは、きっとあの兄妹だろう。

 

何ら確証がある訳ではないが、自然と真由美はそう思うことが出来た。

 

同時に、あの兄妹の事を思い浮かべると、どうしてか気持ちも楽になった気がする。

 

「とにかく、まずは一高の生徒の安全を確保しないとね。……小野先生からも話を聞かせてもらいましょうか」

 

フフフ、と小悪魔染みた薄ら笑みを浮かべる真由美。

 

本人は隠しているつもりだろうが、彼女が公安の関係者だということは既に調べはついている。

 

生徒会長として、一高生徒の安全を守るためならば親だろうが公安だろうが使えるモノは使うのみなのである。

 

「風紀委員会にも協力してもらうから、摩利も――」

 

真由美は部屋の壁に背中を預けている摩利に顔を向けて、そこでふと気付いた。

 

先程から、渡辺摩利が言葉を一言も発していないことに。

 

摩利は腕を組んだまま下を向いて何かを深く考え込み、その横顔は随分と難しい顔をしている。

 

「……えっと、摩利?」

 

「――ん?」

 

戸惑いを含んだ真由美の呼び掛けに、摩利は漸く気付いて顔を上げて真由美を見た。

 

「どうしたの? 随分と考え込んでいたみたいだけど」

 

「……まあ、少し、昔を思い出していて、な」

 

「昔?」

 

区切れも悪く答えた摩利に、首を傾げる真由美。

 

だが摩利はその疑問には答えず、

 

「――なあ、真由美」

 

逆に摩利は、真剣な口調でこんな問いを真由美に投げ掛けた。

 

「この世界に、()()()()()()が本当に居ると思うか?」

 

「……人ではない、者?」

 

思わず、真由美は問いの言葉を繰り返した。

 

通常ならば、「何の冗談よ」と笑い流せるような問い掛けなのに。

 

それを尋ねた摩利の口調も、表情も、此方に向ける視線も。

 

その全てが、あまりにも真剣過ぎて。

 

「……何か、知っているの?」

 

真由美の背筋を、ゾクリと震わせた。

 

「……いや、何でも無い。忘れてくれ」

 

摩利は態とらしく肩を落とすと、途端に生徒会室の緊張した空気が弛緩した。

 

「それで、何の話だったか?」

 

「え? あ、えっと、今回の事件についてなんだけど」

 

普段通りに戻った摩利に、真由美は目を白黒させながらも話題を元に戻す。

 

先程の問いについては、どうしてか触れない方が良いと、心の何処かで思いつつ――。

 

 

 

真由美との打ち合わせを終えた摩利は、生徒会室から出て廊下を歩いていた。

 

一部の生徒しか登校していない今日の学校はとても静かなもので、人の気配も感じられない。

 

摩利は何気無しに窓から外に目を向けた。

 

生徒会室は四階にあり、窓の外からは学校の敷地がそこそこに一望出来る。

 

眼下に見える学校は、どことなく寂れて見えた。

 

普段は実習や部活動で活気がある校庭にも、多くの生徒が行き交う中庭にも、今は誰もいない。

 

流石に図書館や実習棟付近には昨日の事件の捜査として関係者が集まっているだろうが、少なくとも此処からでは見えない。

 

尤も、誰かを見つける為に摩利は視線を外へ向けた訳では無い。

 

目を向けたのは、窓の外に広がる目に見える世界の、更にその奥。

 

「霊子情報体。十文字はSB魔法の一種じゃないかと推測していたが……」

 

足を止めて、摩利は独白する。

 

先程の克人の話を聞いてからというもの、摩利の脳裏にあの時の光景が浮かんでは離れない。

 

「人ならざる者、か」

 

そう、忘れた事など一度も無い。

 

月が浮かぶ真夜中。

 

自宅の蔵に現れた奇妙な侵入者。

 

そして、敗北。

 

「もし、霊子(プシオン)が実体と意思を持てるというのなら、“あいつ”は……」

 

左手首に鎖を繋いで。

 

右手に包帯を巻いた、あの女性は。

 

 

 

――此処に、“腕”を保管していないかしら?

 

――『童子斬り』。懐かしい技ね。

 

――だけど、失伝した技でもある。

 

 

 

――()()()()で、“鬼”が斬れる訳が無いだろう。

 

 

「本当の“鬼”だったとでも言うのか……?」

 

摩利の見据える先には雲一つ無く、ただ奥の見えない青空だけが広がっていた。

 

 

 




外来異変:本作の異変。小鈴が喜ぶ。
外來韋編:現実の雑誌。作者が喜ぶ。

改訂版によるサプライズその一。
九重八雲と八雲紫。
二人の八雲が協力しているそうです。
改訂前と違い、紫は達也をより詳しく知ることでしょう。
どこかのニンジャの所為で(ぇ)

改訂版によるサプライズその二。
渡辺摩利が出会った、“腕”を探す女性。
いったい何者なんだー(棒読み)



2/9 さりげなくネタを投下↓


そう、忘れた事など一度も無い。
月が浮かぶ真夜中。
自宅の蔵に現れた奇妙な侵入者。
そして――。


「問おう。貴方が、私のマスターか?」


摩利「――はッ! ……何だ、夢か」

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