魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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第10話 ジェネレーター

千葉エリカ、西城レオンハルト、森崎駿の三人は工場の外で警戒、という名目の待機状態にあった。

 

「暇ねー」

 

「暇ってなぁ、お前」

 

「ここは敵地だぞ」

 

気を抜いた様子で大きく背を伸ばすエリカに、レオと森崎がジト目で睨む。

 

「だってさー、せっかく気合入れてここまで来たのに、誰も来ないんだもん。何か拍子抜けって感じ」

 

「襲撃がないに越したことはないだろ」

 

「あれ? ひょっとして怖気付いている?」

 

挑発気味にそう不敵に笑うエリカを、森崎は「ふん」と軽く受け流す。

 

「僕の家業はボディガードだぞ? 護衛が依頼主の危険を望んでどうするんだ」

 

「――へぇ」

 

「何だよ?」

 

「いや、やっぱり意外だなって思って」

 

不機嫌そうに返す森崎に、エリカは悪い意味ではないと手を振る。

 

「普通の一科生はさ、魔法で自分に自信を持っている分、魔法力で劣っている二科生を格下の目で見てることが多いんだよね。そんな意識の無い人でも無意識に。まあ、深雪とかほのかとか雫とか雅季みたいな例外もいるけどね」

 

「例外多いな、オイ」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

思わず口が滑ったレオを視線と言葉で黙らせて、エリカは森崎に向き直る。

 

「でもさ、森崎も深雪達と同じで“本当”に格下とは見ていないんだよね。ほのか達から聞いたんだけど、森崎ってA組の実技の成績で今のところ深雪と雅季に次いで三番目って話だし、自分の魔法に自信も持ってそうだったから。本当に意外だなって思って」

 

「何だ、“そんなこと”か」

 

エリカの指摘を、“そんなこと”と言い切る森崎。

 

森崎にとって、“それ”は既に乗り越えた壁だった。

 

「魔法力の強弱だけが魔法師の全てじゃないだろ。それを言うなら“あいつ”はどうなる?」

 

そう言って森崎は視線を工場の入口に向ける。

 

森崎の言う“あいつ”が司波達也を指していることは明白だった。

 

それがまた意外であり、エリカだけでなくレオもまじまじと森崎を見遣る。

 

「それと――」

 

二人からの視線に気づいているのかいないのか、森崎は工場の入口から二人へ視線を再び移し、

 

「もし魔法力の強弱だけで魔法師の優劣が決まるのなら、僕もお前達も雅季以下だぞ?」

 

「……それもそっか」

 

「……だな」

 

理では語れない森崎の説得力に、エリカもレオも大きく頷いた。

 

「あー、やっぱり暇ねー」

 

「またそれかよ」

 

再び同じことを繰り返して呟くエリカに、レオが呆れた声をかける。

 

「森崎はボディガードだけど、あたしは剣士だよ。自分の腕を試したいって気持ちはむしろ当然あって然るべきよ」

 

「んなこと言っていると――」

 

レオは言葉を最後まで言い切らなかった。

 

 

 

レオは持ち前の直感から。

 

エリカは剣士としての鋭さから。

 

森崎は実戦経験者としての勘から。

 

三人は別々の方向へ飛び引く。

 

直後、ミサイルのような速度で落ちてきた“それ”が、達也たちの乗ってきたオフロード車のルーフに着地し、車両を押し潰した。

 

頑丈に造られているオフローダーを、ルーフと車底が接触するほど潰して見るも無残な形に変形させた“それ”が、ゆっくりと立ち上がって振り返る。

 

“それ”は、人だった。

 

いや、一応人間の男性としての形をしているが、H(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)が着地の衝突で外れたため顕わになった顔は、表情が死んでいた。

 

無表情というより無機質。人間らしさが皆無な人間。

 

そもそも工場の屋上から跳躍して、更に加重系統の魔法で自らを砲弾として襲撃を仕掛けるという戦術を取ってきた者を、人間と捉えていいものか。

 

それは人間というより、魔法師というより、むしろ『兵器』だった。

 

 

 

そして、森崎とレオは旧来の迷信に従ってエリカへの非難を視線で訴えた。

 

――お前が余計なことを言うからだぞ!

 

――オメェのせいだ!

 

――いやいや、あたしのせいじゃないでしょ!

 

俗に言う「フラグを立てた」エリカも視線で抗議する。

 

だが、そんな三人のやり取りなど“それ”はわからない。

 

彼が実行するのは、司一からの命令。

 

眼前にいる三人を含む侵入者たちを殺害すること。

 

それが彼の、ジェネレーターに与えられた任務だ。

 

「来るぞ!」

 

レオの警告で他の二人が身構えると同時に、ジェネレーターは車両から飛び降りて三人に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

二体のジェネレーターは最も近い場所にいた司波達也と桐原武明に向かって、凶器と化した腕を突き出す。

 

なるほど、呪術だけでなく薬物も使用して強化されたその腕は、常人どころか魔法師の雛鳥程度ならば容易く防御を突破して人体を貫くだろう。

 

ましてや()()の魔法については劣等生である達也では到底防げない。

 

雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』や『フラッシュキャスト』が使えるのならば難なく倒せる相手だが、今は他者の目があり使えない。

 

だというのに、達也の顔に警戒はあれど焦りはない。

 

その余裕の正体が、ジェネレーターが突き出した腕の指先をあらぬ方向へと圧し曲げる。

 

達也と桐原を攻撃したジェネレーターは、それぞれ目に見えぬ壁によって攻撃を阻まれる。

 

(これが『鉄壁』か)

 

達也は賞賛の視線を、この強固な『反射障壁(リフレクター)』を展開した相手に送る。

 

視線を受けた十文字克人は特に反応もせず、ただ普通ではない敵の動きに注視している。

 

「意思も感覚も抑制された魔法師、か」

 

指先の骨が折れたにも関わらず痛む様子すら見受けられないジェネレーター二体を見て、克人は僅かに眉を顰めた。

 

「何をしている!? 二十四号、二十五号、早くガキ共を殺せ!! 正門にいる二十六号も、さっさとガキ三人ぐらい始末してこっちに来い!!」

 

前半はここにいる二体に対して、後半は手に持った通信端末越しに、司一は怒鳴りつける。

 

苛立った声だが、それは恐怖と怯えで構成された苛立ちだ。

 

それは司一の余裕の皆無さを明確にしており、残りの手札はもう持っていないという証だ。

 

だが、それは今更三人にとってはどうでもいいことだ。

 

それよりも三人が反応したのは、司一の後半の命令だった。

 

「お兄様!」

 

その時、ブランシュのメンバー達を文字通り氷の彫刻に変えてきた司波深雪が部屋に駆けつける。

 

ジェネレーターの一体が視線を深雪へ移し、自己加速魔法を展開しようとするが、

 

「はあッ!」

 

その前に踏み込んできた桐原の剣によって遮られ、ジェネレーターは後ろに飛んで剣を避けた。

 

桐原の獲物は刃引きされた刀だが、振動系魔法『高周波ブレード』がそれを名刀並みの切れ味に押し上げている。

 

そしてもう一体のジェネレーターは、

 

 

 

十文字克人に『障壁』を強く叩きつけられたことで大きく弾き飛ばされ、壁に激突した。

 

 

 

「なッ!?」

 

その光景を見て絶句する司一。

 

余裕の無さから、彼は失念していた。自分が誰を相手にしているのかを。

 

この国の魔法師達の頂点にして最高戦力、十師族。

 

その中でも四葉と七草に継ぐ三番手である、『十』の名を持つ番号付き(ナンバーズ)

 

十文字家総領、十文字克人。

 

「司波、お前達は向こうの援護に向かえ」

 

互いに駆け寄って合流した司波兄妹に対して、克人が指示を出す。

 

「ここはお任せします」

 

達也は頷くと、深雪へと向き直る。

 

「お兄様、あの敵はいったい?」

 

「話は後だ。今はエリカ達が危ない」

 

「わかりました」

 

急を要することを察した深雪は引き下がり、達也は深雪を連れて正門へと駆け出した。

 

二人の背中を見送った克人は、今度は桐原へ視線を移した。

 

「援護はいるか?」

 

克人の問いに、桐原は少し苦い顔をする。

 

「不要ですって言いたいところですが……」

 

攻撃的な面はあるが無謀や蛮勇とは縁の遠い桐原は、自分の実力をよく把握していた。

 

「すいませんが、少しばかり会頭の手を貸して頂きます」

 

桐原の答えに克人は無言で頷く。

 

克人ならジェネレーター二体を相手取っても倒せるが、桐原にとって貴重な実戦経験の場だ、と克人は思っている。

 

相手の戦力を考慮した上で、その程度にしか認識していない。

 

「クソ! は、はやく殺せ!」

 

半ば恐慌状態の司一は、ある意味不幸だった。

 

もしこの場に結代雅季がいたのなら、壬生紗耶香以上の『悪縁』に苦い笑みを浮かべたかもしれない。

 

司波深雪、司波達也、十文字克人。

 

自業自得とはいえ、全ての事情を知る者がいればこう評することだろう。

 

相手が悪過ぎた、と。

 

 

 

 

 

 

 

司一から二十六号と呼ばれたジェネレーターは、車両から飛び降りるなり自己加速の魔法で一気に標的(ターゲット)に肉薄する。

 

標的(ターゲット)は、千葉エリカ。

 

思考が制御されているが故に純粋な殺意のみを持ってエリカに襲いかかる。

 

常人では捉えきれない速度で突き出された右腕。

 

致死的な一撃。武器の警棒では棒切れ同然にへし折られる。

 

身に叩き込まれてきた剣士としての直感がエリカに告げる。

 

よってエリカは、その場から半歩下がることでジェネレーターの一撃を紙一重で躱した。

 

ジェネレーターの右腕がエリカの眼前を横切り、生じた風圧がエリカの髪を巻き上げる。

 

そして攻撃直後の隙、ジェネレーターの動きが一瞬止まった瞬間、鋭い剣筋でエリカの警棒がジェネレーターの胴に叩きつけられた。

 

鈍い打音と感触。

 

(手応えあり!)

 

肋骨の二本は折ったと感覚で察したエリカは相手を見遣り。

 

肋骨を折られたはずの敵は痛がる素振りもまるで見せず、無表情のまま左手をエリカの顔面に伸ばした。

 

薬物と呪術によって人間の限界以上に筋力を増強されたジェネレーターの握力が、エリカの頭を握り潰そうと迫る。

 

避けきれないと察したエリカは、それでも足掻こうと大きく身を捻る。

 

その時、突然ジェネレーターがよろめくと同時に、

 

「オラァ!」

 

硬化魔法を纏ったレオがジェネレーターを殴りつけた。

 

態勢を崩されたタイミングで、一瞬身体が宙に浮くほどの力で殴られたジェネレーターが仰向けに倒れこむ。

 

大きく身を捻り、受身を取りながら地面を転がったエリカは即座に起き上がる。

 

「サンキュー」

 

エリカらしい軽い口調で、魔法でジェネレーターをよろめかせた森崎と、殴り飛ばしたレオの二人に礼を述べる。

 

だが礼を述べた方も、受け取った方も、すぐに意識をジェネレーターに向ける。

 

エリカの一撃で肋骨を折られ、森崎の前後両方向への加速魔法で脳を揺さぶられ、そこへレオから重たい一撃を頭に食らったというのに、ジェネレーターは何事も無かったかのように起き上がる。

 

「サイボーグか何か、か?」

 

「殴った時に手応えはあったんだがな」

 

「多分、痛覚とか感覚を遮断しているのね。厄介な……」

 

エリカが最後に吐き捨てた言葉が、三人の内心を代弁していた。

 

「さて、どうするよ?」

 

早口でレオが問う。

 

起き上がったジェネレーターは、三人の方へと向き直る。

 

やはり彫刻のように固まった表情に変化はなく、三人を映すその瞳には何も宿っていない。

 

「接近戦では千葉、お前の方が僕より数段上だ」

 

森崎が自らの見解を示す。

 

それは魔法力や二科生という枠組みを取り払った、「千葉エリカ」という一人の魔法師として見た上での発言。

 

四月の始めに森崎のCADを弾き飛ばした時の動きと、先程の動きを見た上での冷静な判断。

 

そしてエリカも、それを当然のように受け止めて、自分の役割を把握する。

 

「了解。前衛はあたし。レオ、あんたも付き合いなさい」

 

「おうよ」

 

前衛にエリカとレオ、後衛に森崎。

 

流れるような素早いやり取りで、それぞれの配置と役割を決めた三人。

 

それは早速、幸を成す。

 

三人の中で話がまとまった直後、ジェネレーターが再び動き出す。

 

右手に巻かれたブレスレット型の汎用型CADに指を走らせる。

 

起動式を読み取り、魔法演算領域に魔法式を構築していく。

 

雑念など一切なく、制御された思考回路による機械的なスムーズさで魔法式を構築するそれは、『魔法発生装置(ジェネレーター)』の名に相応しいものだろう。

 

だが一方も、非合法な人体改造によるものではなく、ただ技量によって二つ名を与えられている者達だ。

 

瞬間、『クイックドロウ』の名に相応しい速度で森崎が特化型CADを構え、後出しながらジェネレーターよりも早く魔法を発動する。

 

特化型CADにインストールされている魔法は加速系統。

 

発動したのはただ対象物を急激に前後に揺さぶる、二工程の簡易な魔法。

 

相手に致命傷を与えるのではなく無力化することを目的とした魔法であり、人間相手ならばそれでも充分だが、ジェネレーターを無力化するには些か火力不足だ。

 

実際、先程と同じくジェネレーターはよろめいただけで、脳震盪を誘発させるには至っていない。

 

だが、起動式の読み取りを妨害して魔法の発動を阻止したのも事実。

 

そして互いに掛け合わせたわけでもないのに、エリカとレオは同じタイミングで前に出た。

 

『剣の魔法師』の異名を持つ千葉家の娘、千葉エリカの警棒がジェネレーターの左腕を叩き、レオの拳がジェネレーターの頭部を殴りつける。

 

 

 

痛覚の無い相手を倒すには、物理的な戦闘不能に陥らせるしかない。

 

即ち、腕や脚を切り落とす又は骨折させる、或いは頭部への攻撃で強制的に意識を刈り取ること。

 

エリカの警棒、森崎の魔法、レオの身体能力、三人の持つ攻撃手段では人体の一部を切り落とすには斬撃の手段が無い。

 

よって狙うのは骨折と、頭部への直接打撃。

 

とはいえ、痛覚を感じず人間離れした強靭な筋力を持つジェネレーターを相手に、骨折狙いで関節技を決め込むにはリスクが大き過ぎる。

 

先程のエリカのように、痛みを無視して攻撃される可能性が高い。

 

故に二人が仕掛けるのは打撃での攻撃のみ。

 

正直、これは三人にとって分が悪い勝負だった。

 

 

 

レオに殴られて後ろへ仰け反るジェネレーター。

 

だが、ジェネレーターは仰け反りながらもギロリとレオに視線を向けると、即座に体勢を立て直してレオに右腕を振り下ろす。

 

咄嗟に両腕をあげて頭部を守るレオ。

 

「つぅッ――!」

 

振り下ろされた一撃の重さに、レオは歯を食いしばる。

 

それでも耐えることができたのは、レオ自身の身体能力の高さのおかげだ。

 

そこへ、エリカがジェネレーターの背後に回り、警棒で後頭部を強打する。

 

頭部が前のめりになったところへレオがジェネレーターを蹴り飛ばす。

 

更に森崎が汎用型CADの方を操作し、加速工程を無視した移動魔法で追い打ちをかける。

 

絶妙とまではいかなくとも、初めて組んだとは思えない連携の良さだ。

 

強制的に吹き飛ばされたジェネレーターが衝撃で一瞬意識を失って地面を転がるも、すぐに意識を取り戻し、地面に四肢を着いて勢いを止める。

 

地面に四肢を着いたまま顔をあげるジェネレーター。

 

何を考えているのかわからない無機質な表情が、三人に次の手を読み取らせず、それがより不気味さを醸し出す。

 

距離を置いて再び対峙するエリカ、レオ、森崎の三人と、ジェネレーター。

 

おそらく経過したのは僅かな時間だが、三人には何倍にも感じられる空白の合間。

 

戦いの再開は、やはり唐突に始まった。

 

ジェネレーターの身体が震えた直後、一瞬で発動する自己加速術式。

 

四肢を着いた状態から、獲物を狩る肉食獣のように飛び出す。

 

エリカとレオが迎撃の為に身構える。

 

だがジェネレーターは、その途中で大きく地面を蹴った。

 

「!!」

 

エリカとレオを軽く飛び越える跳躍。

 

ジェネレーターの視線の先にいるのは森崎だ。

 

汎用型CADでは間に合わない――!!

 

思考が結論を下すより早く、直感的に森崎は特化型CADの引き金を引く。

 

銃口で狙いを付ける必要は無い。

 

加速を付ける対象はジェネレーターではなく森崎自身。

 

力加減も大雑把に、自らに加速魔法をかけて自分自身を吹き飛ばす。

 

そして、それは森崎自身の意地か、吹き飛ばされながらも森崎は銃口を空中にいるジェネレーターに向けて引き金を引いた。

 

ジェネレーターが空中で振り下ろした右腕は、コンマの差で森崎の人体を捉えることなく空を切り、反対に森崎の加速魔法がジェネレーターを捉えた。

 

急激に加わった加速により、ジェネレーターは着地に失敗して地面に激突した。

 

そして自らに加速をかけた森崎も地面を転がる。

 

「くっ――!!」

 

何とか間に合った受身のおかげで怪我は無いが、地面に身体を打ったことで一瞬息が詰まる。

 

よろめきながらも立ち上がった森崎の眼前には、駆け付けてきたエリカとレオの二人が森崎に背を向け、彼を護るようにジェネレーターへと身体を向けている。

 

「キツイな、こりゃ」

 

「戦いの最中に泣き言なんて言わない。……全く、あんなの相手にするなら剣の一本でも持ってくれば良かった」

 

「愚痴ならいいのか」

 

軽口を叩き合いながらも、三人の視線はゆっくりと立ち上がるジェネレーターを見据えたままだ。

 

 

 

一見して善戦しているように見えるが、やはり決め手に欠ける状況なのは否めない。

 

呪術と薬物により人外の性能を持つジェネレーターを、白兵戦に長けたエリカと高い身体能力を持つレオが相手取り、対人魔法に優れた森崎が援護する。

 

このエリカ、レオ、森崎の三人掛かりで互角なのだ。

 

もし単身、或いは二人だけであったのなら、どんな組み合わせでも敗北は必須だったろう。

 

そして、ジェネレーターは疲れた様子もまるで見受けられない。

 

先程エリカに叩かれた左腕は他人が見てもわかるほど腫れているが、やはりジェネレーターは脂汗一つかくことなく、表情に変化はない。

 

長期戦になれば三人が不利になるばかり。かといって逆転の決め手が三人にあるわけでもない。

 

 

 

そう、装備を整えた場合ならばいざ知らず、今の三人にはジェネレーターを倒しきる術は無い。

 

“三人”には――の話だが。

 

 

 

突然、場の気温が急激に下がる。

 

三人とジェネレーターを凌駕する領域干渉が、場を支配する。

 

「……あーあ、折角の見せ場が奪われちゃう」

 

「どっちにしろ、オメェの見せ場なんか無かっただろ」

 

エリカとレオ、臨戦態勢はそのままだが、二人の言い合いは先程までの警戒感が幾分か和らいだ口調になっている。

 

それは、二人と同じ方向に視線を向けている森崎も同様だ。

 

味方にとっては頼もしくも、敵にとっては脅威そのもの。

 

新たな、そしてそこの三人以上の脅威を感じ取り、体ごと振り返ったジェネレーター。

 

その方向には工場への入り口があり、そして入り口に毅然と佇む二人の姿。

 

司波達也と司波深雪の兄妹が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

ジェネレーターには恐怖や不安といった感情は無い。

 

故に、ジェネレーターが標的(ターゲット)を前に萎縮することなど、『製造者』達から言えば有り得ないことだ。

 

だというのに、二十六号として製造されたジェネレーターは数十メートル先に佇む少女に気圧されるように、僅かに足を引き摺って後退していた。

 

或いは表面的な感情ではなく、その更に奥にある本能レベルで察したのかもしれない。

 

格が違い過ぎる、と。

 

だが、ジェネレーターはあくまでも命令を忠実に実行する為に動き出す。

 

司一の「ガキ三人を始末してこっちに来い」という命令は、ちょうどHMDが壊れた直後であったため受諾せず、その前の「ガキ共を殺せ」という命令がジェネレーターを縛る。

 

そして、目先の少女が最も脅威と判断したジェネレーターは少女に、司波深雪に対して殺意の牙を剥いた。

 

 

 

自己加速術式で飛び出し、司波深雪に向かって疾駆する。

 

途端、ジェネレーターの身体が霜に覆われ始める。

 

深雪が極寒に似た冷たい目で、襲いかかってくる獣を見下しながら冷却魔法を行使する。

 

瞬く間に身体が凍り始めるが、それでもジェネレーターは止まらない。

 

凍った足にヒビが入り、血潮が吹き出す。

 

常人ならば激痛に苦しむそれを、ジェネレーターは身体機能の低下という信号としてのみ受け取り。

 

これ以上の二足歩行は不可と判断したジェネレーターは、最後の脚力を駆使して前へと跳躍した。

 

一気に彼我の距離を詰めるジェネレーターが、己が右腕を凶器として腕を大きく後ろへ構える。

 

自己加速術式の勢いと相まって突き出されるそれは、岩石をも貫く威力を持つ。

 

況してや司波深雪の華奢な身体など容易く貫き、引き裂くことだろう。

 

その腕が届けば、の話だが。

 

深雪の隣にいる人影が、彼女を庇うように、彼女の前に進み出る。

 

司波深雪の守護者(ガーディアン)、司波達也。

 

ジェネレーターが標的を深雪から進路上にいる達也に変える。

 

達也からすれば望むところであり、そして何より――。

 

 

 

深雪に殺意を行使した、否、殺意を向けたジェネレーターを、達也は許すつもりなど毛頭無かった。

 

 

 

そして、ジェネレーターと達也が交叉する。

 

突き出される貫手、今度は十文字克人の『障壁』は存在しない。

 

よって、指先は何にも防がれずに達也の胸元へと吸い込まれていき――空を貫く。

 

達也が体勢を低く構えたことで、矛先が胸元から顔へ。

 

そして、達也は首を軽く傾けただけで貫手を避け、カウンターでジェネレーターの腹部に掌打を打ち込んだ。

 

九重八雲から教わった古式の体術を駆使した重い一撃。

 

更に四葉の秘術である『フラッシュキャスト』をも発動。

 

二科生である普段の達也からは有り得ない、友人達も認識できない速度で加重系魔法を行使し、その威力を何倍にも増幅して叩きつけた。

 

そして、既に全身の大半が凍り付いていたジェネレーターの身体は、その一撃に耐えることは出来なかった。

 

吹き飛ばされるジェネレーターの全身に亀裂が走り、砕けた。

 

 

 

 

 

「……本当に見せ場が無くなっちゃった」

 

呆然と佇むエリカがポツリと呟いた言葉が、同様にレオと森崎の胸中をも表していた。

 

そんな三人の視線の先には、砕かれた氷の彫像。

 

つい先程まで三人が戦っていたジェネレーターの成れの果てだ。

 

司波兄妹が姿を現すや、勝負は一瞬で片が付いた。

 

ジェネレーターが深雪に襲いかかったかと思うと、瞬く間にジェネレーターが凍りついていき、最後は達也のカウンターの掌打が入るやジェネレーターは凍りついた身体を砕かれながら吹き飛ばされた。

 

自分達が苦戦していた相手を文字通り秒殺した事に、三人は嫉妬を通り越して呆れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

司一は、絶望の淵に佇んだまま、眼前の光景を見ていることしかできなかった。

 

「ば、バカな……そんな、バカな……」

 

司一の視線の先では、二十五号と命名されているジェネレーターが、桐原武明と戦いを繰り広げている。

 

否、それは“戦い”にもなっていない。

 

「フッ――!!」

 

短い呼吸と共に桐原は振動魔法『高周波ブレード』を纏った刀を袈裟斬りに振るう。

 

対するジェネレーターは獣のような俊敏性で後ろに飛んで刀を避けた。

 

一進一退の攻防、に見えるそれは、実のところ大きく違う。

 

ジェネレーターが一気に距離を詰めて、桐原に攻撃を繰り出す。

 

ジェネレーターが振り払った左腕を、桐原は身を捻って紙一重で躱す。

 

紙一重なのは攻撃を見切ったからではなく、ギリギリ間に合ったからに過ぎない。

 

よって、一撃を躱した直後の桐原は万全な体勢とは言い難く、そこへジェネレーターが追撃を仕掛ける。

 

自身も攻撃を繰り出した直後だというのに、常人ならば筋肉が悲鳴を挙げる動きで体ごと桐原に向き直る。

 

感覚も何も無く、ただ敵を殺すことだけに意思を特化させられているからこその動き。

 

まずは眼前の桐原を殺すためなら、身体を酷使することも厭わない。

 

ましてや身体強化を施された身ならば尚更だ。

 

ジェネレーターは桐原に向かって殺意の塊を、右腕を振り下ろす。

 

桐原にはそれを避ける術も、防ぐ手立ても無い。

 

何より桐原自身が避けようとも防ごうともする動きすら見せない。

 

ただ迫り来る凶腕を、一切も見逃さぬが如き目で捉え続けているのみ。

 

それは諦観によるものではなく、敬する先輩への絶対的な信頼の証。

 

振り下ろしたジェネレーターの右腕が桐原に当たる前に、見えない壁によって空中で弾き返される。

 

その正体は、桐原の高周波ブレードと干渉しないようジェネレーターの攻撃する瞬間かつピンポイントにのみ展開される、十文字克人の『反射障壁(リフレクター)』だ。

 

攻撃が勢いごと弾かれて、ジェネレーターの身体が大きく仰け反る。

 

それは、先程から何回も繰り返される光景の巻き返しだった。

 

ジェネレーターの攻撃は、その一撃一撃が致命傷に成り得る威力を持つ。

 

だが、その一撃がどうしても桐原武明には届かない。

 

桐原がよけられる攻撃は防がず、よけられない攻撃のみ防御される。

 

それは、『戦い』ではなく、宛ら『実戦稽古』。

 

それを演出するのは、この国の魔法師の頂点に君臨する十師族の一人、十文字克人。

 

そして、桐原の戦いぶりを見つめる克人の後方には、両手両足を折られた挙句、意識を刈り取られ戦闘不能に陥った二十四号と呼ばれるジェネレーターが横たわっている。

 

 

 

司一の絶望の原因は、先程までは司波達也であった。そして今は十文字克人に代わっていた。

 

二十四号は、十文字克人に呆気なく敗れた。

 

それも克人は桐原の援護と並立しながら戦ったというのに、それでも二十四号は手も足も出なかった。

 

否、手だろうと足だろうと魔法だろうと全てを出し尽くしても勝てなかった。

 

ジェネレーターは命令通りに十文字克人を殺すために攻撃を続け、物理的な直接打撃も、魔法による事象改変も、短期間で放たれたあらゆる攻撃が無力だった。

 

その光景を目撃し、最終的に克人によって二十四号が倒された時、司一は逃げ出そうとした。

 

だが司一の逃走も、克人の魔法によって阻まれる。

 

今、司一は四方一メートルの物質非透過の性質を持つ不可視な壁によって閉じ込められている。

 

故に、司一はただ見ていることしか出来ない。

 

逃げることもできず、戦う気力すら失い、ただ残った二体のジェネレーターが勝利するという有り得ない希望に賭けることしか出来なかった。

 

既に一体は司波兄妹によって文字通り粉砕されたという事を、彼は知らなかった。

 

 

 

十文字克人から『実戦稽古』の施しを受けている桐原武明は、ただ戦闘にのみ意識を集中させている。

 

彼も男だ、内心では情けないと思う気持ちも無くはない。

 

だが、それを上回る強い戦意がそれを塗り潰していた。

 

一体を圧倒的な力量で倒した克人は、桐原の援護に徹するだけで自ら手を下そうとはしない。

 

口は黙したまま、だが強い視線で桐原に告げていた。

 

 

 

お前の手で倒して見せろ、と――。

 

 

 

(ここまでお膳立てされて「決められませんでした」はねーよ、な!!)

 

そんなことは桐原武明のプライドが許さない。

 

せめて一体だけでも自らの手で倒して、壬生紗耶香を利用したブランシュの、司一の思惑を打ち砕く。

 

何度目になるかわからない交叉の後、再び距離を取った桐原とジェネレーター。

 

桐原は乱れた呼吸を整えると、剣を中段に構えて、

 

「会頭、次で決めます」

 

静かに次での決着を宣言した。

 

「……わかった」

 

桐原から何かを感じ取った克人が頷いた直後、ジェネレーターが再び、そして最後になるだろう襲撃を仕掛ける。

 

再び展開される自己加速魔法、展開速度は最初とまるで変わらず疲れを見せた様子もない。

 

そして、加速した速度もまた最初と変わらない。

 

人間の知覚を上回る、だがジェネレーターにとっては制御下に置かれた速度。

 

最初は司一に意識が向いていたとはいえ気付くことも出来ず、その後は一撃目を避けるのが手一杯の速さ。

 

その速さこそが、桐原武明にとってジェネレーターを打倒する唯一の隙だった。

 

ジェネレーターの両手は、何度も『反射障壁(リフレクター)』に弾き返され最早ボロボロだ。

 

だが、鋭利さを失ったのなら鈍器にするまでと、ジェネレーターは先程と同じく右腕ごと桐原へ叩きつけるように振り落とす。

 

「オオォ――!!」

 

振り下ろされた右腕に合わせるように、桐原は刀を下から切り上げ、高周波ブレードを纏った刃がジェネレーターの右腕の肘から先を切断した。

 

だというのに、宙に舞う自身の腕には目も向けず、ジェネレーターは無表情に桐原をジロリと見るや、左掌をフックのように桐原の側面から頭部に向けて突き出した。

 

桐原の目は切り落とされたジェネレーターの右肘へ向いており、体勢は刀を振り下ろした直後。

 

そこへ側面という死角から放たれる一撃。

 

今までならば克人の『障壁』が展開されるところだが、今回は違った。

 

克人が手をかざすよりも速く、「タイミング」を図った桐原が仰け反りながら後ろへ一歩下がった。

 

そして、ジェネレーターの左掌が、桐原の眼前を横切った――。

 

確かにジェネレーターの自己加速は速い。まさに人の知覚を超えている。

 

だがその速さは、それ以上遅くなることも速くなることもない、緩急も無い機械的な速さだ。

 

故に、

 

「こう何度も見てりゃあ――」

 

ジェネレーターの攻撃は空を切り、桐原は既に刀を上段に構えている。

 

それでも動揺も何も浮かべない、浮かべることの出来ないジェネレーター。

 

その姿に、桐原は心の奥で小さな哀れみを感じながら、

 

「俺だって見切れるさ!!」

 

構えた刀を振り下ろし、左腕も切り落とした。

 

両腕を失い、後ろへよろけるジェネレーター。

 

だが桐原へ向ける害意は未だ消え失せていない。ジェネレーターにとって命令以外のことを考える思考回路を持っていない。

 

CADも腕と同時に失った今、残された攻撃手段を検索する。

 

足か、頭か、体当たりか。

 

だがジェネレーターが他の攻撃方法を検索し行使する前に。

 

「よくやった、桐原」

 

桐原の『実戦稽古』の成果に満足げに頷いた十文字克人が、十文字家の代名詞『ファランクス』でジェネレーターを上から叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

携帯端末に映っていた全てのモニターが途切れたことで、水無瀬呉智は顔を上げた。

 

「所詮『兵器』とは名ばかりの『道具』ならあの程度か。まあ“前座”としては上々だったな」

 

前座という言葉を強調して、言外に「前座以上の価値は無い」と切って捨てる呉智。

 

ラグナレック本隊に属する者にとって、ジェネレーターというたかが『道具』如きを脅威に思うはずもない。

 

何よりジェネレーター程度で彼を、あの司波達也を止められるはずがないと、三年前の沖縄を知る呉智自身がよく知っている。

 

そうして、呉智はジェネレーターをさっさと頭の隅に追いやって思考を切り替えた。

 

呉智は携帯端末をしまうと、手に持っている閉じられた本に目を遣る。

 

前座が終われば、次が本命であるのが道理。

 

バートン・ハウエルからすればアストーが持つ魔法こそが本命なのだろうが、呉智にとっては今回の脚本(シナリオ)において“後始末”をするための魔法に過ぎない。

 

水無瀬呉智にとってはこの本こそが、いや本の中に潜む“モノ”こそが本命なのだ。

 

バートンもそれを察しているからこそ、この本を呉智に渡したのだろう。

 

呉智が本に想子(サイオン)を流し込む。

 

発動までの経緯はSB魔法と同じだが、顕現させるものはまるで異なる。

 

SB魔法は不活性化状態の『精霊』を想子(サイオン)によって活性化させて事象を改変する。

 

だがこの魔法は、本に記された物語を媒体にして『魔性』を解き放つ。

 

 

 

ラグナレックが、マイヤ・パレオロギナが編み出した魔法、或いは魔法体系『スピリット』。

 

それは正しくその名の通り、精霊や霊魂といった“幻想の基”を用いる魔法。

 

 

 

この世界には幻想が満ち溢れている――。

 

 

 

ただ人々が其れを忘れてしまっただけ――。

 

 

 

呉智が手に持つ絵本もまたスピリット魔法の一種。

 

グリモワール『魔性物語』。

 

有り得ないものを現す、忘れ去られたものを思い出す、そんな幻想の物語を描く魔法である。

 

先日にブランシュとの契約であの廃工場を訪れた際、呉智は『スピリット』の解放場所として密かに印を刻んでいる。

 

そう、物語の魔物が現れるのは、役者が集うあの廃工場の中。

 

「準備運動を済ませたのなら本番と行こうか。――そして思い出すといい、既知の外側に追いやられた者達への恐怖を」

 

呉智は手をかざし、徐ろに本を開く。

 

瞬間、描かれた絵の登場人物が本の中で動き出し、黒い靄となって飛び出した。

 

黒い靄は直ぐに消え去る。情報の海(イデア)を通って、召喚の印が刻まれた場所へと向かったのだ。

 

そこで、魔物は実体となって万人の前に姿を現す。

 

定められた定義(ものがたり)に従い、生きとし生ける者へ怨嗟の牙を向けるがために。

 

 

 

時刻は、逢魔が時。

 

昼と夜の狭間、魑魅魍魎に出会う禍々しき境界線。

 

忘れ去られた怪異が、再び現の世に姿を見せる。

 

 

 

魔性物語(スピリット)』に記された題名は、『赤い靴(De røde Sko)』。

 

 

 

 

 

達也たちが廃工場の奥へ戻ってきたとき、既に二体のジェネレーターは地に倒れ伏していた。

 

「司波兄、お前達の方も終わったか」

 

気がつけば独特の呼び方をされている達也がそちらへ顔を向けると、桐原が工場内にあった鎖で司一を拘束しているところだった。

 

その側には克人もおり、司一を監視している。

 

否、本人としては監視のつもりなのだろうが、達也たちにはその存在感によって相手を威圧しているように見える。

 

尤も、威圧されている相手、司一は俯きながらブツブツと口の中で何事かを呟いているだけだったが。

 

ついでに言えば、他のブランシュのメンバーも既に拘束されて必要最低限の治療の後、端の方に一箇所に纏められている。

 

達也が何かを言う前に、エリカがジェネレーター二体を指差しながら問い掛ける。

 

「アレ、先輩達が?」

 

「他に誰がいるっていうんだよ?」

 

「いえいえ、あたし達は三人がかりで何とか拮抗状態だったのに、流石先輩だなって思っただけですよ」

 

両腕を切断されたジェネレーターを目敏く見つけたエリカが、口調では何事もないかのように桐原に答えるが、その目には好戦的な色が宿っている。

 

(この戦闘狂は……)

 

それを察した森崎とレオは、心中で同じことを思い呆れていた。

 

桐原もそれを感じ取り、苦笑する。

 

「十文字会頭が援護してくれたからだ。あの化け物相手に俺一人だったら、とっくに死んでいただろうよ」

 

「エリカ、雑談はちょっと後にしてくれ。少し“それ”に聞きたいことがある」

 

途中で達也が口を挟んだことで視線が達也に集中し、達也は司一を見ている。

 

達也としては疑問が一つ残っている。

 

アンティナイトの入手経路や、ジェネレーターと呼ばれた敵については国家の情報機関が調査することだ。

 

達也の持つ疑問とは、四月の初めに起きた自宅端末のハッキング未遂の件。

 

達也の持つ感想としては、ブランシュが未知の魔法技術、若しくは魔法師を抱えているとは考え難い。

 

あれは本当にブランシュの仕業だったのか、それを確かめる必要がある。

 

そう考え、達也が口を開く――その前に、くぐもった笑い声が七人の耳に届いた。

 

「ククク、ハハハハハ……!!」

 

顔を俯かせたまま不気味な笑いを零す司一。

 

そして、司一は顔を上げて司波達也を見るなり、口元を大きく歪ませた。

 

「終わりだ、私だけじゃない、お前も終わりだ……!」

 

「どういうことだ?」

 

冷徹な声で問い返す達也に、司一は狂った笑みを益々深くする。

 

「連中がお前に興味を持った、だから終わりだ! お前も無様、に……?」

 

司一の狂笑は、直ぐに止まった。

 

同時に達也たちも、即ち魔法師の全員がその異変に気付いた。

 

「これは、結界か?」

 

「ふむ、この廃工場全体を覆っているな」

 

桐原の溢した呟きに、空間把握能力に長けた克人が答える。

 

一方で深雪が愁眉を寄せて、達也に話しかけた。

 

「お兄様。何か、途轍もなく禍々しい霊子(プシオン)波を感じます」

 

「ああ、俺にも感じ取れる程だ」

 

達也は想子(サイオン)ならば兎も角、霊子(プシオン)については深雪ほど感受性に優れてはいない。

 

その達也でも、“知覚”ではなく“感覚”でわかる程の霊子(プシオン)波が廃工場内で波打っている。

 

「嫌な感じ……」

 

エリカの言葉が皆の内心を代弁しているかのように、何も言わずとも全員が自然と臨戦態勢を整えて、お互いの背中をカバーし合うように周囲を警戒する。

 

達也は冷徹な目を、戸惑いの色を浮かべている司一に向けて問う。

 

「何をした?」

 

「し、知らない! わ、私はこんな仕掛けなど知らない!」

 

達也の鋭利な視線を受けて司一は慌てて弁明した。

 

事実、司一や他のブランシュのメンバーは何も知らない。達也たちも同様だ。

 

ならば、この状況を作り出しているのは、必然的にここにはいない第三者となる。

 

そして、その第三者に司一は心当たりがあった。

 

「ま、まさか……!」

 

何かに気付いた司一に、達也がそれを問い詰めようと口を開き――直後、その『存在』を知覚してすぐに振り返った。

 

そして、達也以外の全員も“彼女”に気付く。

 

その身を奔り抜ける悪寒と共に。

 

 

 

本当に、何時の間に現れたのだろうか。

 

部屋の中央に、華奢な少女が佇んでいた。

 

 

 

ブラウン色の長い髪が俯いている少女の顔を隠す。

 

まるで血が通っていないかのように真っ白な肌は、着込んでいる純白のパーティードレスと殆ど同色だ。

 

だが何より異彩を放っているのは、血濡れの両足と、血に塗れてながらも鮮やかな色彩を放つ赤い靴。

 

そして、右手に持つは刃渡りが三十センチメートル程もあるだろう大きめの刃物。

 

ナイフというより肉切り包丁と表現した方が正しいだろう。

 

誰もが言葉を失ってただ忽然と現れた少女を見つめる最中、少女はゆっくりと顔を上げる。

 

「っ!」

 

「ヒッ――!?」

 

誰かが息を呑み、足元にいる司一が声にならない悲鳴を上げる。

 

口元を釣り上げて嗤う少女の瞳は、何も映していなかった。

 

一切の光の無い、晦冥の瞳。

 

その少女は、あまりにも非現実的だった。

 

ジェネレーターも人間味が無かったが、この少女はまた別だ。

 

ジェネレーターは無機質、宛ら道具のような無感情によって人間味を感じさせなかったが、この少女は、生き物としての根幹から人間味を感じさせない。

 

「何だ、あいつは……」

 

微かな震えを帯びた森崎の呟きに答える者は、答えられる者は誰一人いない。

 

達也も、答えを持ち合わせていない。

 

(何だ、“アレ”は?)

 

精霊の眼(エレメンタル・サイト)』が捉えた眼前の『存在』は、見た目以上に異質だった。

 

確かに想子(サイオン)で構造体を構成している。だから物質次元であるこの世界でも、こうして少女の姿を被った“何か”を視認することが出来ている。

 

だが、それは表面上のみ。表面の内側には情報体(エイドス)が無い。

 

あの少女は臓器も無ければ、足元が血塗れでありながら血肉も通っていない。臓器の情報も、血肉の情報も、あの少女は持ち合わせていない。

 

少女の身体も、ドレスも、手に持っている肉切り包丁も、あの姿を形取る全てが上辺だけ情報しか持っていない。

 

情報体を構成する素子である想子(サイオン)が、あの表面以外に無いのだ。

 

化生体と呼ばれる魔法がある。

 

想子(サイオン)の塊に幻影魔法で姿を表し、加重系、加速系等であたかも実体を持って動いているように見せる魔法だ。

 

あの少女は、言わば半分だけ化生体と呼べるかもしれない。

 

違いがあるとすれば、核となっているのが想子(サイオン)の塊ではないこと。

 

そして、想子(サイオン)の代わりに核となっているものがある。

 

現代魔法の黎明時代に想子(サイオン)と共に発見された未解明の素子。

 

情動を形作るものと解釈されている、霊子(プシオン)

 

この廃工場内に充満する霊子(プシオン)波の発生源にもなっている霊子(プシオン)の塊が、少女の核を成している。

 

おそらくはSB魔法の一種、精霊魔法の派生型。

 

想子(サイオン)独立情報体である精霊も、核に霊子(プシオン)を持つという意味では同じ。

 

ならば精霊を基に、想子(サイオン)で姿形を与えたものなのかもしれない。

 

 

 

普通に考えれば、それが妥当だというのに。

 

どうしてか達也の脳裏を過ぎったのは、化生体や傀儡式神(ゴーレム)、精霊魔法といった既存の魔法技術の知識ではなく。

 

 

 

――仮に、君の『眼』を欺けるほどの“何か”がいたとすれば、それはあるかもしれず、ないかもしれない、人ならざるモノ。

 

――師匠は、妖魔が実在すると考えているのですか?

 

――さあ、どうだろうね。

 

 

 

そんな、九重八雲との会話だった。

 

「実体を持った、妖魔……」

 

達也から小さく溢れ出た言葉は、誰かの耳に届く前に少女の狂笑によってかき消される。

 

甲高くガラスを引っ掻いたような不協和音に満ちた笑い声は少女のようで、女性のようで、老婆のようで、果ては男性のようにも聞こえて。

 

少なくとも、人が出せる笑い声ではないのは確かだ。

 

少女は軽やかにステップを踏み始め、赤い靴の音色がテンポ良く廃工場に響き渡る。

 

 

 

――さあ、狂想曲を踊りましょう。

 

 

 

不協和音な狂笑とリズムカルな靴の音。

 

相反する音楽を奏でながら。

 

赤い靴の呪われた少女は殺戮(ワルツ)を踊る――。

 

 

 




童話の妖魔化、元ネタはご存知(?)『魔法使いの夜』のプロイキッシャー。
設定としては最初からあって、本当は『横浜死闘編』で初登場予定でしたが、改訂版では初戦からルナティックモードです。
ジェネレーター? 東方で言えば一面のボスかな。
ブランシュ? 妖精です。
司一? 妖精です。

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