魔法科高校の幻想紡義 -改-   作:空之風

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この作品は「魔法科高校の劣等生」と「東方Project」のクロス作品になります。
またオリジナル主人公をはじめオリジナルキャラ、独自展開を多く含みます。


第1章 入学編
第1話 幻想紡義 -序-


××××××出て岐れ、天地初めて発けしとし、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神。

 

この三柱の神は、みな独神と成りまして、身を隠したまひ――。

 

(大八洲結代大社に厳重に封印された書物の最初の一文より)

 

 

 

 

 

魔法が伝説や御伽噺の世界から飛び出し、既存の技術となった現代。

 

古の夢幻が現在の常識となれば、自ずと消えゆくものもある。

 

幻想。

 

人がまだ世界を認識するのではなく、世界を感じていた頃に、人と共に在ったもの。

 

科学の発達によって失われていき、そして魔法が広く認知されるにつれて、幻想は儚き泡沫のように消えていった。

 

失われた幻想。だが科学と情報が蔓延する現し世で、今なお幻想を紡ぐ者たちもいる。

 

 

 

これは、原より出ていて、神代より紡がれる幻想紡ぎ――。

 

 

 

 

 

 

 

日本という国には、結代神社という神社が日本中に存在する。

 

結代神社は国津神である八玉結姫(やたまむすびのひめ)を祀る神社であり、八玉結姫とは古事記、日本書紀などに記されている朱糸神話に登場する神だ。

 

朱糸神話、或いは朱糸伝説とは、以下のような内容だ。

 

 

 

八洲と呼ばれる地方で、一人の旅人が深山花の地で休息を取っていたところ、国津神である八玉結姫が現れる。

 

八玉結姫は旅人に問うた。

 

「汝はどこへ行くのか?」

 

旅人は答える。

 

「天にあるという宮へ。月が忘れた鏡を届けに行かねばなりません」

 

その答えに感心した八玉結姫は、やがて旅人と仲睦ましくなる。

 

だが旅人は宮へ鏡を届けるために八玉結姫の下を離れる。

 

その際、八玉結姫は深山花で編んだ朱い糸を持ち出し、旅人に告げる。

 

「この糸の両端にそれぞれの名を繋ぎましょう。たとえ深山花が散れてもこの糸が結う代となりて私とあなたを繋ぐでしょう」

 

旅人は頷き、糸の両端にそれぞれの名を繋いだ。

 

旅人は天の宮に赴き、月が忘れた鏡を届けた。鏡を受け取った月は夜の空を照らすようになった。

 

やがて地へと戻った旅人は深山花の地へ戻ってくると、待っていた八玉結姫に告げた。

 

「たとえ天と地が分たれても、紡いだ縁は切れません」

 

旅人と八玉結姫は夫婦になった。

 

両者は仲睦ましく、その様子を見た月読命が命じて八玉結姫を奉った社が建てられた。

 

 

 

以上の内容が朱糸伝説の大まかな概要であり、八玉結姫は「縁結び」の神として祀られている。

 

また神話にて八玉結姫を奉った社こそ、現在の淡路島にある大八洲結代大社(おおやしまゆうしろたいしゃ)と言い伝えられており、全国の結代神社と朱糸信仰の総本宮でもある。

 

書類上は大社と列格されているので結代大社と呼称すべきだが、記録上では少なくとも飛鳥時代から結代神社と呼ばれ続け、歴史にすら基づいた習慣によって今なお結代神社と呼ばれている。

 

また古くは帝や親王の祝言の際は、縁結びに肖って結代神社の神主が代々立会人を務めており、神前結婚が成立した明治以降から現代までも、皇族の結婚式は結代大社で挙げることが多い。

 

ある意味、最も権威ある神社と言えよう。

 

ちなみに朱糸伝説は神話では珍しいラブロマンスであり、二十世紀に朱糸伝説をモチーフにした映画『運命の赤い糸』がハリウッドで上映されると大ブレイク。

 

今や朱い糸は恋人同士を結ぶ糸として世界中で認識されており、同時に原典となった朱糸伝説の名も世界に知られるようになった。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

歴史ある結代神社、その総本宮である大八洲結代大社と、皇族の東京奠都に合わせて東京に造営された結代東宮大社(ゆうしろとうぐうたいしゃ)

 

この二つの神社の神職、宮司を代々務めている社家の一族が、結代家である。

 

少なくとも飛鳥時代には既に結代家の名は記録として残っており、千五百年以上も続く世界的に見ても珍しい由緒正しき名家である。

 

だが、人々は知らない、決して知ることはない。

 

結代家が宮司を務める神社は、大八洲結代大社と結代東宮大社だけではない。

 

現世より忘れ去られた幻想の住まう地でも、結代は紡ぎ続けている――。

 

 

 

 

 

日本は東方の何処か、山中に現代社会より置いてけぼりを食らったような神社がポツンと建っている。

 

人々に忘れ去られたこの神社の名を、鳥居に掲げられた額がここを訪れた者に教えてくれている。

 

幾年も放置されていたせいか風化が著しいが、辛うじて読める文字にはこう書かれていた。

 

――博麗神社、と。

 

 

 

 

 

丁度その時、この鳥居の向こう側、現代社会の常識とは違う常識を持つ者たちが隠れ住む世界で、こんな会話が交わされていた。

 

「魔法科高校に、ですか?」

 

結代家の今代の結代、結代雅季(ゆうしろまさき)はそう聞き返し、

 

「ええ、その通りですわ」

 

幻想郷の『妖怪の賢者』八雲紫は、真意を見せない小さな笑みを浮かべながら頷いて見せた。

 

 

 

この地が幻想郷と呼ばれ始めた頃から、幻想郷には二つの神社がある。

 

東の最端にあり博麗大結界の境目に位置する博麗神社。

 

そして人里の外れにある結代神社。

 

最近では妖怪の山の頂上に守矢神社も出来たので今では三つだ。

 

結代雅季は結代家が代々受け継いでいる『能力』を強く受け継いでおり、既に幻想郷の結

 

代神社の神主(宮司)を務めている。

 

結代家が神職を代々務める結代神社で宮司を務める者は、当人達と幻想側の関係者の間で『今代の結代』と呼ばれるようになる。

 

よって結代雅季は幻想郷の結代神社の神主――幻想郷では宮司とは呼ばず神主と呼ぶ――を務めていることから『今代の結代』の一人である。

 

 

 

さて、そんな彼の今日の一日の行動は次のとおり。

 

『能力』で外の世界と行き来できる雅季は一週間ぶりに幻想郷へ戻ってくると、まず人里の外れにある結代神社へ赴き、定住している神様と巫女と共に朝食。

 

その後は気の向くままに人里を訪れると『堅苦しい歴史家』にして人里の守護者な寺子屋の教師と遭遇。

 

談笑していると『守矢の風祝』が現れて雅季を拉致。

 

「人々と神奈子様への信仰を結ぶのも結代の務めです!」という強引な論理で他の神社なのに信仰集めを手伝わされる。

 

守矢さん家の巫女は実に幻想郷らしさに染まってきているようだ。イイ意味でも悪い意味でも。

 

信仰集めの演説の途中で脱走した後、博麗神社に向かうと『紅白の巫女』と『白黒の魔法使い』がお茶していたのでご同伴。

 

その時に「山菜で一番美味いのはタラの芽かコシアブラか」で魔法使いと討論になって弾幕勝負にまで発展。

 

ただし途中で「境内が汚れるでしょうが!」と二人して巫女に撃墜される。

 

その後は「自分で建てた分社だから定期的には管理しないとなー」と結代神社の無縁塚分社にやってきたところで、『妖怪の賢者』が突然現れて現在に至る。

 

 

 

 

 

分社の縁側に腰掛けて、淹れたお茶を啜る雅季と紫。

 

無縁塚に建てられたこの分社は、『幽縁異変』と呼ばれる異変の後に建てられた結代神社の分社だ。

 

穢れを嫌う神社が無縁仏を埋葬する塚に建てられる。

 

神道の立場からして無縁塚は本来ならば忌むべき場所であるが、“紡ぎ”が御神徳である結代神社ならば話は別だ。

 

無縁なる仏達だからこそ、縁と結びの信仰が必要なのだ。

 

伝統に拘るあまり本質を見失うという近代以降の外の世界でよく見られる弊害は、少なくとも幻想郷では未だ見受けられない。

 

それに、きちんと造営するにあたり神様本人から直接許可を貰っているので問題は無い。

 

そのあたりが如何にも幻想郷ならでは、だろう。特に実際として許可を得られるあたり。

 

尤も、雅季が此処に神社を建てた理由はそれだけではないのだが、それは一先ず置いておこう。

 

 

 

縁側から紫の桜を見ることも出来るが、今期は未だ紫の桜が咲く周期ではない。

 

だが、きっと今期に咲く紫桜は、幽玄なまでに(おそろ)しいことだろう。

 

外の世界の情勢を知る雅季はそう思っている。

 

「……さてと」

 

落ち着いたところで、雅季は口を開いた。

 

「先程の問いですが、その答えは(はい)と答えましょう」

 

「随分と簡単に決めるわね」

 

「元々、俺自身も魔法科高校へ入学する予定でしたので」

 

「フフ、それは貴方が外の世界でやっている趣味の関係でしょう」

 

「ええ。『魅せる魔法』であっても魔法は魔法。きちんとしたところで学んだか否か、経歴というのは大事なのです。まあ――」

 

雅季は苦笑いを浮かべながら困ったように続ける。

 

「本当なら、魔法師の世界に深入りするつもりはありませんでしたけど」

 

 

 

『原より出ていて、神代より紡ぐ結う代』。

 

『結び離れ分つ結う代』。

 

結代家に伝わる、結代家を表す言葉。

 

対外的に確認されている記録は飛鳥時代からだが、結代家の実際は更に古い。

 

それこそ神話時代から続き、今なお神や妖、そして『月』とすら関わりを持つ家系なのだ。

 

世界に対する理解と行使は、外の世界で理に干渉する術を持った者達、つまり魔法師達など比較にならない。

 

それは十師族であっても例外ではない。

 

その最もな事として、魔法師は『想子(サイオン)』のみで術式を構築する。

 

――それだけだ。

 

ごく一部の例外を除き、彼等が『霊子(プシオン)』と呼んでいるものは、未だ解明すらされていない――はずだ。

 

(どうにも、そういう訳でも無くなってきたみたいだけど、ね)

 

心の中で呟きつつ、雅季は霊子(プシオン)の正体をあっさりと口にした。

 

霊子(プシオン)とは、即ち幻想。それは彼等が忘れ去り、彼方へ追いやったもの。認識と情報を信仰する現代の人々が再び幻想を抱くには、さて何時になることやら」

 

そう言って雅季はゆっくりとお茶を啜る。

 

紫は扇子で口元を隠すと、意味深な視線を雅季に向ける。

 

「人は歴史を繰り返すもの。かつて地動説を唱えた学者が異端とされたように、今は幻想を唱える者は異端となる。だから、あなたのところの巫女も幻想郷へ招かれたのでしょう?」

 

視線を受けた雅季は変わらず飄々とした様子で、縁側から見渡せる無縁塚を見つめ、

 

「それでも、やがて人々は地動説を受け入れた」

 

その瞳の奥に強い光を宿して、言葉を続けた。

 

「いつか、人は再び幻想を受け入れる。その時こそ、博麗大結界はその効力を失ってしまうでしょう」

 

博麗大結界は常識の結界。幻想が否定されているからこそ作用する強力な論理結界だ。

 

幻想が肯定されてしまえば自ずと結界は効力を失ってしまう。

 

そして、外の世界の人々は『幻想』を観測する術を手に入れている。

 

想子(サイオン)霊子(プシオン)という単語が生まれたこと自体が何よりの証拠だろう。

 

「問題は、結界(ひみつ)が解かれるのか、それとも暴かれるのか。それによって奇縁となるか悪縁となるかが決まります」

 

幻想郷を囲う結界は二つある。

 

一つは博麗大結界。幻想郷と外の世界の常識を分けることで「妖怪は迷信」という外の常識を切り離し、妖怪達の存在を保つ結界。

 

同時に外の世界から幻想郷を隠している結界だ。

 

もう一つが、幻と実体の境界(けっかい)

 

外の世界で幻とされたもの、忘れ去られたものを幻想郷へ呼び寄せる結界だ。つまりは幻想郷への『道』を作る結界である。

 

雅季はゆっくりと振り返り、紫を見た。

 

「最近、幻想郷で時折起きているあの『異変』。それは外の世界から齎されている」

 

雅季の言葉に、紫は目を細めて扇子を閉じた。

 

霊子(プシオン)とは幻想である。

 

外の世界の人々、その大多数は未だ霊子(プシオン)の正体を知らない。

 

だが世界は、幻想郷とは比べ物にならぬ程に広い。

 

最近の『異変』を考えると、どうにも一部の者達が“それ”に気付き始めている節がある。

 

たとえば、あの秘封倶楽部の少女のように。

 

 

 

秘封倶楽部の少女の場合、様々な偶然が重なったため幻想郷に気付いた。

 

少女が強力な超能力者(サイキック)であったこと。

 

異世界への強い憧れと想いを抱いていたこと。

 

そして、異世界への鍵として世界中のパワーストーンを集めたこと。

 

博麗大結界はその特質上、幻想(プシオン)が強く作用する場が局所的にでも形成されると、常識と非常識の境界が揺らぎ結界が緩まる。

 

同時に、幻と実体の境界が幻想郷への『道』を繋ぐ。

 

そんな偶然が重なったからこそ、少女は幻想郷を言葉通り()()()ようになった。

 

尤も、その後に起こした『異変』は『月』も絡んでいたようだったが、それは置いておこう。

 

結果的に異変が終わった後、少女は“夢”から幻想郷へ遊びに来るようになった、それだけだ。

 

閑話休題。

 

 

 

秘封倶楽部の少女とは別に、外の世界から『異変』を起こしている者達がいる。

 

雅季自身の考え、そして八雲紫からの依頼も考慮すれば、その者達とはおそらく――。

 

「今回の異変の首謀者は、魔法師かな」

 

「それを見極める為にも、縁を結ぶを得意とする結代家の力を借りたいのよ」

 

「成る程。だから俺に魔法科高校に、魔法師達の集う場所へ行ってもらいたいと。スパイというわけですか」

 

「どちらかといえばヒューミントね」

 

「それなら『好ましからざる人物(ペルソナ・ノン・グラータ)』を受けないよう注意しないと」

 

「好ましからざる者であろうと、幻想郷は全てを受け入れるわ」

 

「残酷ですね」

 

「ええ、残酷ですわ」

 

そんな冗談を応酬しながら、雅季は思う。

 

魔法師。

 

百年前までは同じく幻想で在り、だが今は外の世界に在る者達。

 

そんな彼等だからこそ、幻想を暴くのに最も近い立場にいる。

 

幻想側ではなく、幻想を解き明かす側だ。

 

幻想は、解明されたら幻想とはなり得ない。

 

故に、幻想郷を解明されることは阻止しなくてはならない。

 

八洲(あっち)にいる従姉妹達は魔法師に興味が無いし……やっぱりここは俺が行っておくか。元々趣味も兼ねて行く予定だったし)

 

一部の者達が気付き始めたように、やがて人々は幻想を知ることだろう。

 

今はそれが何なのかわからなくとも、いつかは“それ”は“そういうもの”なのだと、幻想を理解するだろう。

 

その時、両者を結ぶのは双方を知る結代だ。

 

その役目を他の誰かに明け渡すなど『結う代』の名が廃るというもの。

 

だが……。

 

「今の段階では、お互いにとって悪縁にしかならないでしょうね」

 

「当然ですわ、何せ妖怪ですもの」

 

「それ以外も、ね」

 

溜め息を吐く雅季に、紫は間を置かずに同意する。

 

妖怪、幽霊、神様、仙人といった人ならざる多くの者達。幻想に浮かぶ『月の都』。

 

そして、世界中に在る多くの幻想達。

 

悪縁がせめて奇縁になるまでは、両者は離して分けておくべきだ。

 

それもまた、結代家の中でも特別な者、『結び離れ分つ結う代』である己の責務であろう。

 

再びお茶を啜り一口飲み干した後、雅季は紫に答えた。

 

「わかりました。でも行くのは魔法科高校までです。本職を疎かにする訳にはいかないですし、それに結代(うち)が外の世界の事情に深入りし過ぎるのは……」

 

「それだけで充分よ。結代は中道で中立だからこそ、結う代足り得るのだから」

 

紫は口元を釣り上げると、挑発するような口調で雅季に言った。

 

「三年間でどれだけの魔法師と縁を結べるのか、『今代の結代』の腕に期待しているわよ」

 

「任せて下さい」

 

自信満々に答える雅季に、紫も満足するように頷いた。

 

「では、お願いしますわ。『今代の結代』にして『結び離れ分つ結う代』、結代雅季」

 

 

 

幻想郷を襲う『異変』の正体を知る為に。

 

悪縁を奇縁に変える為に。

 

幻想郷と外の世界を結び離れ分つ為に。

 

様々な動機と想いを持って、結代雅季は魔法科高校への入学を決意する――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某日、某所――。

 

「百年。言葉では一秒程度で済ませられる単語だが、その実はなかなかどうして深く、そして濃いものだと私は感じているよ」

 

広い洋風の一室。全ての厚いカーテンが閉め切られた空間で、部屋の中央に置かれたソファに座る男は愉快げに語りながら赤いワインを口に運ぶ。

 

百年、一世紀。

 

言葉にすれば確かに簡単だ。

 

だが百年とは、大半の人々からすればそれを実感する前に、一生涯を終えてしまう程の歳月。

 

そして時代や歴史という観点からすれば、人々の持つあらゆる価値観、常識が一変してしまう年月。

 

この二十一世紀という百年間の星霜(れきし)もまた、激流に満ちた時代だっただろう。

 

発端となった西暦一九九九年の『あの事件』。

 

そこで明かされた超能力という『力』。

 

急激な寒冷化を原因とする国家間の資源の争奪。

 

そして戦争。第三次世界大戦、二十年世界群発戦争。

 

嘗て、ある歴史家が語った予測がある。

 

――第一次世界大戦は、化学の戦争だった。

 

――第二次世界大戦は、物理の戦争だった。

 

――そして第三次世界大戦は、数学の戦争となるだろう。

 

その予測は、半分だけ当たっていた。

 

第三次世界大戦は「最小の行動で最大の成果を」というドクトリンに基づく、データリンクを始めとする情報共有と徹底した効率性を図った兵器運用。

 

そして、新たな『力』である『魔法』。

 

第三次世界大戦は、数学と魔法という二つの要素を持った戦争となった。

 

三度目の大戦により多くの国家が消滅し、力ある国家は巨大化した。

 

百年前の世界地図はただの紙切れと化し、新しい世界地図に塗り替えられた。

 

その中で魔法もまた、人々にとっては周知の力となった。

 

百年前は御伽話(フィクション)とされていた幻想(ファンタジー)が、今では無情な現実(リアル)に組み込まれている。

 

それを思えば、百年とは何と重い言葉なのだろうか。

 

彼はワインを一口飲んでグラスをテーブルに置くと、この部屋にいるもう一人に向かって問いを投げかける。

 

「ところで純粋な疑問なのだが、君も私と同じく、いや私以上に時の重みを実感しているのかな?」

 

座っている男とは反対に、部屋の隅で立ったまま壁に背を預けている少女は無表情に答える。

 

「特に、何も」

 

少女はとても簡潔に、この百年間に対する感想を言い捨てた。

 

「ふむ。この百年で人は『魔法』を手に入れて大きく変わったというのに、君は何も思わないと?」

 

「慣れの問題だ。この程度の変化、何時ぞやの革命で既に実感している。多くのものが人の手から離れ、機械へ取って代わっていった、あの産業革命でな」

 

それに、と少女は続ける。

 

「それに比べれば魔法など、私に言わせれば元に戻ったようなものだ。革命以前の世界に」

 

「流石は永き時を生きる魔女」

 

少女の答えに何が面白いのか、男は静かに笑いを零す。

 

「では魔女狩りも再び、かな?」

 

「その傾向はもう出ているだろう、俗に言う『人間主義』とやらが」

 

「人とは得てしてそういうもの。自分とは違う、違っていると思える者は排したがる」

 

男の答えに、少女は小さく首を横に振る。

 

「昔から変わらず愚かだよ、本当に」

 

それは嘲笑だったのかもしれない、或いは呆れていたのかもしれない。

 

若しくは、嘆き悲しんでいたのかもしれない。

 

だが少女の内心を窺い知る者は無く、少女もまた男に視線を戻して普段の口調で言った。

 

「尤も、お前にとっては都合が良いのだろうがな、バートン・ハウエル」

 

バートン・ハウエルと呼ばれた男は肯定も否定もせず、ただ呟くように答える。

 

「一つ言えることは、人々は今でも神を求めている。それは『私』が保証しよう」

 

男の答えに、少女は何ら反応を示さなかった。

 

それにバートンは気分を害した様子も無く、穏やかな笑みを浮かべたまま再びワイングラスを手に取って傾ける。

 

「それはそうと、実はラグナレックに大きな仕事の依頼が来ている」

 

「ほう」

 

バートンが提供した話題の転換に、今度は少女も少しばかり興味を示した様子でバートンへ視線を向けた。

 

 

 

Ragnarokkr(ラグナレック) Company(カンパニー)』。

 

まるで戦争の時代を予見するかのように、二十年国家群発戦争の最初期に、バートン・ハウエルによって設立された民間警備企業(PSC)

 

尤も民間警備会社とはあくまで国際法上での形式であり、実質は歴たる民間軍事企業(PMC)だ。

 

なお、社名の綴りが「Ragnarok」では無いのは誤りではなく、『古エッダ』および『スノッリのエッダ』の「神々の黄昏(Ragnarokkr)」が由来であるためだ。

 

ラグナレックは大戦初期から後期までの二十年間をかけて急速に台頭。

 

更には大戦終了後に在野となった多くの人材を獲得するなどで勢力を拡大。

 

今や名実共に世界最大、そして最強の民間軍事企業となっている。

 

現在のラグナレックは、南半球にある二つの大陸を股に掛けて活動している。

 

一つはアフリカ大陸。大戦前と比べて半分以上の国家が消滅し、未だ資源獲得を目的とした紛争と、歴史的民族紛争が絶えない大陸。

 

もう一つは南米大陸。豊富な資源を持つ大地ながらもブラジル以外は小国分立状態と陥り、大半の力を失った大陸。

 

ブラジルを除外すれば、二大陸の中で勢力を拡大している国々は、その軍事力の半数以上、中にはその大半をラグナレックに委託する形で保持しているのだが現状だ。

 

事実、USNAを始め多くの国家から「ブラジルを除いた二大陸は、実質的にラグナレック・カンパニーの統治下にある」と分析される程の影響力を持つ。

 

まず間違いなく、非国家としては有史以来最大且つ最強の戦力である。

 

その為、大国から高レベルの危険度で警戒、監視されている。

 

何せラグナレックが保有する総戦力は、ブラジルのそれを上回るのだ。

 

ブラジルがラグナレックの影響を排することに成功しているのも、戦略級魔法師・十三使徒の一人、ミゲル・ディアスを抱えているという事実が抑止力と牽制の効果を発揮しているに過ぎない。

 

少なくとも大国や先進国の軍首脳部はそう判断している。

 

それが()()()()()()と知っている者は非常に少ない。或いは当事者しかいないかもしれない。

 

――たとえば、この部屋にいる二人のような。

 

 

 

部屋の中でワインを嗜む男性、ラグナレック・カンパニーの現総帥であり、初代総帥『バートン・ハウエル』の名を引き継いだ二代目『バートン・ハウエル』。

 

小国程度ならば容易く滅ぼせる戦力を命令一つで動かせる立場にいる男は、少女の視線を受けながら続きを口にする。

 

「依頼主は大亜細亜連合。内容は当然ながら受託するまで明かされない。ただ向こうのオーダーは、優秀な魔法師を最低一個小隊以上」

 

「フン、随分と欲張ったオーダーだな。また日本に仕掛けるつもりか? 少し前に大漢を滅ぼされて、最近には日本の沖縄に侵攻して惨敗したというのに。呆れて物も言えんな」

 

嘲笑を浮かべて侮蔑を吐き捨てる少女に、バートンは面白そうに口元を緩めて少女を見遣る。

 

「フフ、もう三年前になる戦争を“つい最近”、三十年以上も前のことを“少し前”なんて表現できるのは、君ぐらいだな」

 

バートンとは対照的に少女は面白くなさそうに顔を背けると、そのままバートンに問う。

 

「それで、依頼を受けるのか?」

 

「ああ。今日にでも日本のクレトシに連絡を入れる予定だ。私達にとって魔法師一個小隊なんて容易く用意出来る。他ならぬ君のおかげでね、マイヤ・パレオロギナ」

 

マイヤと呼ばれた少女はバートンを一瞥すると、今回の依頼に思考を巡らせる。

 

「動かすのは『駐留部隊』か? ――それとも『本隊』か?」

 

「本隊を。それと、オーダーの内容によっては君の『スピリット』も。そちらの方がクレトシも喜んでくれるだろう」

 

バートンの答えを聞いたマイヤは、微かに口元を歪めた。

 

「スピリットか。尤も、”あいつ”以外は知っての通りだが……」

 

「たとえ様々な制約があったとしても、彼等は人にとっては脅威そのものだよ。古来よりの、ね。それに、()()な脅威を知れば知る程に、スピリットは力を増していく」

 

その言葉に深い意味を持たせて、バートンは静かに笑う。

 

Spirit(スピリット)』。それはラグナレックの秘匿魔法技術の一つ。

 

否、あれを魔法と分類して正しいかのかどうか。

 

Spiritual(スピリチュアル)Being(ビーイング)』、通称SBと呼ばれる、精霊や使い魔等の非物質存在を媒体とする魔法がある。

 

成る程、語源は同じかもしれない。

 

だがSB魔法とスピリットでは、意味の半分は同じであっても半分は異なる。

 

ラグナレックのスピリットは、ラグナレック中でも限られた者しか知ることを許されない。

 

そのスピリットを生み出したマイヤに至っては尚更であり、バートンを含め極一部の者しかその存在を知らず、姿を見たことある者など数えられる程度だ。

 

それだけ存在を秘匿されているのには、当然ながら理由がある。

 

何せ、バートン・ハウエルの卓越した指導力とカリスマ、マイヤ・パレオロギナの叡智と魔法技術。

 

ラグナレックが躍進し続けている最大の理由は、まさにこの二者の手によるものなのだから。

 

尤も、マイヤ自身が『表』に出るのを拒んでいるという点も大きいが。

 

「本隊の魔法師一個小隊にスピリット、極東の軍事バランスを崩すまでには至らないだろうが……何かしらの切っ掛けにはなるかもしれんな」

 

「ああ、そうだね。これを機に世界が動くかもしれない」

 

マイヤの見解にバートンは頷くと、想いを馳せるように静かに目を閉じた。

 

「そうだとも。世界は動く、動き続ける。だから人々も動き続ける。時代に翻弄され、休む間も無く、それはまるで奴隷のように」

 

ルビコン川で賽は投げられたように。

 

サラエボの一発の弾丸のように。

 

天才物理学者の一つの公式のように。

 

そして、一九九九年の“あの時”のように。

 

世界は何時だって止まることなく動いてきた。

 

時間は流れ続ける。

 

或いは時間を止めることは可能かもしれない。

 

だが時代を、歴史を、流れを止めることなど出来やしない。

 

バートンはワイングラスに手を伸ばし、コツンと指先で叩く。

 

「だから『私』はここにいる。『バートン・ハウエル』として望まれている。人々が私を求めるのなら――」

 

バランスを失ったグラスはテーブルに倒れると、残っていたワインでテーブルクロスを赤く染めながら転がり、床に落ちてグラスは砕け散る。

 

「私は望むものを人々に与えよう」

 

バートンは立ち上がると、窓の傍に寄ってカーテンを開く。

 

窓の向こうで、世界は黄昏に沈もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

水無瀬呉智(みなせくれとし)は、水無瀬家の本家である信州にある古い大屋敷の奥間で、陣の中に置いた符札に浮かび上がる文字を黙読していた。

 

見た目からして若い青年で、何より母親似なのか女性的な顔立ちをしており、黒髪を後ろ首筋で切っている。

 

一見してボーイッシュな女性に見えなくもない。

 

ただ一点のみ、全てを突き刺すような冷たく鋭い目が無ければ、の話だが。

 

水無瀬家は古式魔法の家系であり、実力という面では他の古式魔法の系譜、九重家や吉田家から一目も二目も置かれている家だ。

 

だが立場という面では古式魔法だけでなく現代魔法、更には十師族からも白眼視されている。

 

その理由は、水無瀬家が日本の魔法師でありながら、正式にラグナレック・カンパニーに所属しているためだ。

 

それもラグナレックの幹部という高位の席に。

 

ラグナレック・カンパニーが創設されたのは二十年国家群発戦争の最初期。

 

その創設メンバーの中には、当主を始めとした水無瀬家一族も名を連ねていた。

 

当時のラグナレックは世界中で活動していたとはいえ乱立する民間軍事企業の一つ。

 

創始者である初代バートン・ハウエルが設立したばかりの弱小勢力に過ぎなかった。

 

それが二十年戦争の最初期から初期に掛けて民間軍事企業の一角として名を馳せ、中期から後期には世界有数の戦力を保有する巨大企業。

 

そして戦後数年で有史以来最大の民間軍事企業と成り遂せたのはバートン・ハウエルの指導力と、創設時から優秀な魔法師を幾人も揃えていたという二つの要因があったためだ。

 

当時の水無瀬家は僅か十名足らずだったが、一族総出で日本から飛び出しラグナレックに属し、今や世界最大規模のPMCの幹部に収まっている。

 

そして現在、水無瀬家の人間は当主である水無瀬呉智、この青年ただ一人を残すのみ。

 

元々虚弱であった母は妹を出産した際にこの世を去った。

 

父は十年以上前に地球の裏側、遥か遠き南米の地でブラジル軍の一個連隊と交戦し、戦死している。

 

尤も、ラグナレック本隊に所属している父を含む僅か六名の分隊で、ブラジル軍の魔法師を含めた一個連隊をほぼ全滅に追いやるという隔絶たる戦果と代償に、だが。

 

それでも呉智には嘗て年の離れた妹がいたが、彼女は既にこの世界から()()()()()しまっている。

 

呉智に残されたのは水無瀬家当主という名ばかりの座と、バートン・ハウエル直属部隊、通称『本隊』所属というラグナレック幹部としての席。

 

そして、世界に対する一つの強い想い。

 

(内容はやはりハウエル総帥からの任務通達。依頼主は大亜連合、か)

 

符札に浮かび上がる文字、英語で書かれたバートンからの指令書を読み終えた呉智は内心でそう呟く。

 

この通信方法は秘匿技術の一つであり、ラグナレックの『本隊』と呼ばれる部隊、バートン・ハウエルが直轄する部隊で開発された術式だ。

 

少なくとも、そのように呉智は説明を受けている。

 

魔法にとって物理的な距離は意味をなさない、というのは現代魔法の常識だ。

 

だが、だからといって「地球の反対側の人物が書いた文字がリアルタイムで目の前の紙に投影される」などという魔法を呉智は知らない。

 

現代魔法で解釈するならば、おそらく向こうで送信の媒体となる用紙に書かれた文字がエイドスに刻まれ、受信の媒体となるこちらの符札に刻まれた文字が反映される、光の『放出』と『移動』と『収束』の複合魔法。

 

古式魔法で解釈すれば、精霊を用いた『感覚同調』の更に発展型。

 

だが、それすらも推測に過ぎない。

 

本当はもっと別な、常人が知り得ない魔法なのではないのだろうか。この通信手段を見る度にそんな思いが脳裏を掠める。

 

電子的情報ネットワークを介した情報のやり取りは、利便性と即応性に長ける分、リスクも大きい。

 

例えばこの国にいる『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』のような凄腕ハッカーの手によって情報が流出する危険性もある。

 

また正体こそ知らないが、自らが所属するラグナレックにもあらゆる電子情報を取得出来る凄腕のハッカーがいることに薄々ながら感付いている。

 

だが、この魔法は電子ネットワークどころか電子機器すら一切使わないため、従来の通信傍受(シギント)では情報を得ることはまず適わない。

 

その為、ラグナレックの重要度の高い情報は、この如何にも魔法的でラグナレック本隊以外の誰も知り得ない伝達手段でやり取りを行う。

 

しかし、こういった魔法技術は一体どうやって開発しているのか、呉智は何度か疑問に思ったことがある。今回のように。

 

だが、対する答えは常に変わらない。

 

(――そんなこと、どうでもいい)

 

自分にとっては不要なことだと切って捨てる。

 

必要なのは、ラグナレックのメンバーとして行動すること。

 

あの時にバートン・ハウエルがこの屋敷に来訪して以来、それが自分の復讐を成し遂げるための最短にして最大の前進であると呉智は心底から信じている。

 

呉智が符札に手を添えると、符札は受信機としての機能を失い、ただの紙に戻る。

 

今回の依頼主は大亜細亜連合。任務内容は不明だが、おそらくこの国相手の任務になるだろう。となれば――。

 

「この国には、もういられなくなるな」

 

ラグナレックに所属しているも、今までは日本と直接敵対関係には至っていないからこそ、水無瀬家は未だ日本で生活することを許されている。

 

尤も、今もこの屋敷の外にいるように密かに監視が付けられていたが、それも今回までだろう。

 

今度からは監視ではなく、敵となる。

 

(あの兄妹とも敵同士になる、か)

 

ふと脳裏に浮かんだのは、三年前に出会った、強力無比な魔法を使う少年少女。

 

ラグナレックの、まるでこの世界にわからないことなど無いのではないかと思わせるような情報網によると、、“あの”家の関係者である二人。

 

 

 

――あの時、一瞬だけ妹と姿が重なったため、命を助けた少女。

 

 

 

それでも――。

 

 

 

呉智はゆっくりと立ち上がると、無言のまま踵を返して奥間から出て行く。

 

まずは監視を振り切ってから横浜へ向かう。

 

妹が消えたあの時以来、この屋敷には何も残していない。踏み込まれたところで問題などありはしない。

 

 

 

それでも、水無瀬呉智は――。

 

 

 

そして、水無瀬呉智はいとも容易く監視の目を振り切って行方を晦まし。

 

先祖代々続くこの水無瀬家の本家に帰ってくることは二度と無かった。

 

 

 

妹を消し去った、妹の存在を許さなかったこの世界を、許すつもりは無かった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紡ぎを顕す者達と、終わりを顕す者達。

 

対を成す者達が静かに動き始めたころ。

 

二人の兄妹もまた魔法科高校への進学を決める。

 

 

 

波乱の日々が始まるまで、あと少し――。

 

 

 




【オリジナルキャラ】
結代雅季(ゆうしろまさき)
マイヤ・パレオロギナ
バートン・ハウエル
水無瀬呉智(みなせくれとし)

東方本編とは百年ぐらい時代設定が違いますが、百年遅れて原作が開始した設定です。

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