比企谷八幡 「・・・もう一度会いたかった」   作:TOAST

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22. 比企谷八幡は幸福の後に自爆する

自分はどれだけの時間、呆けていたのだろう。

立っているのも辛くなるほどに、体中の力が抜けていくのを感じた。

帰宅する人々と何度も肩がぶつかり、よろめいた。

――結局こうなんのかよ、畜生

さっきのやり取りの何もかもが、結衣を失ったあの時と同じだったことに気がつくと、俺は足元のシートに再び座り込んだ。

俺は何も変わってない…変われていなかった。

そんな無力感に襲われながら、この時代に戻ってきてからの自分の行動を振り返る。

――俺は何を間違えた?

俺はその時々で自分に出来るベストを尽くしてきたはずだ。

しかし、その結果がこのザマだ。

それじゃあ、そもそも3人と係ろうとしたこと自体が間違いだったのではないか。

そんな気さえした。

『…Hachiman? 塞ぎ込んで、一体どうしたんだ?体調でも崩したのか?』

ふいに、誰かから英語で言葉をかけられる。

「…マーティンさん」

顔を上げると、目前に立っていたのは、先ほど屋台の前で偶然出会ったマーティン氏だった。

『君のガールフレンドが見当たらないが…何かあったのかい?』

『別に何でもないですよ…ちょっと貧血を起こしただけです』

俺は精一杯強がってそう言って見せた。

だが、それ以上の言葉が続かない。

マーティンさんはそんな俺を訝しげに見ると、少しの間考え込んで、再び俺に話しかけた。

『…以前、サンノゼからの帰りの便で僕が言った言葉を覚えてるか?』

「…」

俺は何も思い出せなかった。何か大事なことを言われたのだろうか。

正直、意識が朦朧としており、考える気も起きなかった。

『…賢い君ならどんな問題でも合理的な思考で一歩ずつ解へと近づくだろう。だが、どれ程合理的な解であっても、それが君の根底にある欲求や情熱を肯定するものでない限り、それは誤りなんだ…分るかい?』

その瞬間、自分の体の中を電撃が走るような感覚を覚えた。

俺の欲求や情熱を肯定する解って何だ?

俺はあの瞬間、結衣を抱きしめたかった。

ずっと結衣と会いたという気持ちを抱えて生きてきたことは嘘じゃない。

それを彼女に伝えたかった。

伝えた所で、何かが変わるものじゃない。だが、彼女に知って欲しかった。自分の抱える後悔や葛藤を理解して欲しかった。

このままじゃ、以前と同じだ。

俺はこの状況を受け入れたくない。

そうだ。簡単なことじゃないか。

俺はもう一度彼女に会わなければならない。会って全て話さなきゃ何も始まらない。

体に力が戻ってくるのを感じ、俺は立ち上がった。

自分が座っていたシートをクシャクシャに丸めて、ズボンのポケットに突っ込む。

『Thanks Martin-san! …正直、こんなパクリ臭い台詞に突き動かされるのは癪ですが、今のは結構響きました』

同じ台詞でも、タイミング次第でこうも印象が変わるものだろうか。

俺は目前の中年男性に、皮肉交じりで感謝の意を示す。

『それは良かった』

『…そうだ。そういや、Emilyちゃん、日本語で苦労してるって言ってましたよね?ちょうど、友達を欲しがっていて、英会話を始めた、同い年くらいの日本人の子を知ってるんで、今度紹介させてください』

去り際、鶴見留美のことを思い出し、そう伝えた。

『そりゃ助かるよ。Emilyもきっと喜ぶ』

『じゃあ、そろそろ行きます。See ya!』

俺は人ごみを掻き分けるようにして、走り出した。

☆ ☆ ☆

俺は結衣を追いかけて、駅まで全力で走った。

駅につくと、某遊園地のアトラクションのように改札に人が並んでいるのが目に入った。

この分じゃ、電車に乗るのにも何分も待たなければならなそうだ。

結衣が先に会場を離れてから、もう何分も経っている。きっとあいつは既に自宅への帰路についているはずだ。

――どうする?

今俺は、なんとしてもあいつに追いつかなくてはならない。

「タクシー!!」

俺は駅前の大通りの交差点にとまったタクシーを見つけ、慌てて手を上げながら車道へと飛び出した。

幸いにも乗客は乗っていない。

運転手はやや驚きながらもドアを開けてくれた。

 

結衣の実家の住所を告げるとタクシーは走り出した。

結衣が既に自宅についているのであれば、きっと電話しても出ないだろう。

こういう時の女性が取る行動は大体そういうものだ。

 

だが、あいつが寄り道している可能性はある。

俺には一つ心当たりがあった。

「あの公園の手前で止めてもらえますか?」

それは結衣の実家のすぐ傍にある公園だった。

――あたしね、昔から落ち込んだ時とか、よく一人でこの公園に来てたんだ。

以前、千葉に帰省した際に結衣がそう言っていた。

親に心配をかけたくないから、一人でブランコに座って、気持ちが晴れるまで時間を潰すのだ。

その時半分笑いながら、俺と雪乃が付き合いだしたことを知った高校時代のあの日、日付が変わるまでここにいた、とも言っていた。

「…頼む、ここにいてくれよ」

俺は口に出しながらそう祈り、暗い公園へと走っていった。

「ハァハァハァ…見つけた…」

祈りが通じたのか、俺はブランコに座っていた結衣を見つけ、声をかけた。

全力で走ったせいで、肩で息をする。

今の台詞は、下手すりゃ変質者のように聞こえるかもしれない。

「ヒ、ヒッキー!? 何でここにいるし!?」

赤く腫らした目を見開いて、結衣が驚きの表情を浮かべる。

「ハァハァ、すまん、ちょっと…息だけ…整えさせてくれ…」

「だ、大丈夫!?」

探し出した女性に心配されるあたり、今一つカッコがつかず情けなくなるが、結衣が逃げ出さずに普通の反応を示してくれたことが俺は嬉しかった。

「…すまん、もう大丈夫だ」

結衣は不安げに俺を見つめている。必死こいて追いかけてきたのはいいものの、俺は結衣にどう話を切り出すか、一切考えていなかったことに気付く。

「…さっきは悪かった。何から話せばいいか、考えてなかったんだが、お前には伝えたいことがいっぱいあるんだ」

「ヒッキー…」

「何でお前がここにいるか分ったか…それも含めて、全部説明するから聞いて欲しい。聞いてくれるか?」

そう言いながら、俺は結衣の隣のブランコに腰掛けた。

結衣は俺を見て無言で頷く。

俺は一呼吸おいて、話を切り出した。

「…何から始めるべきか…そうだな、これは俺の知り合いの知り合いの話だ。長くなるが、一先ず最後まで聞いてくれ。…ちょうど今から15年くらい前、一人の捻くれた男子高校生がいた。人の好意を信用することもできない哀れで懐の狭い男だ。…そいつは高校の世話焼きな教師に目を付けられて、無理矢理ある部活に入部させられたんだ」

知り合いの知り合い、昔もこんな前置きをして自分の黒歴史を語ったような記憶があるな。

自分で語りだしながら、思い出して身悶えしかけた。

「…どんな部活?」

さして気にする様子も見せずに結衣は俺に問いかけた。

「…ボランティアで生徒の悩み相談を受ける部、だな」

「え?それって…でも15年前だよね」

「そうだ。昔の話だ。その部には女子が二人いた。一人は、対人関係は苦手だが、文武両道を地で行く天才肌で芯の強い女の子。もう一人は、勉学は不得手だが、人の気持ちを汲み取ることが出来る素直で優しい女の子だ」

「…」

結衣は訝しげな顔を浮かべた。

女子が二人、というところを除き俺たちの置かれた環境そのものなのだから無理もない。

俺は話を続けた。

その三人は、生徒から持ち込まれた依頼を協力しながら解決し、時にすれ違い反発し、「本物が欲しい」と本音をぶつけて、互いの距離を縮めて行ったこと。

そして高校三年になった頃、そんな三人の人間関係にひとつの転機が訪れたこと。

二人の女の子のうち、一人と恋愛関係を築いたこと。

卒業後、彼女を追って海外へ渡ったこと。

そして、結局その男は彼女を失ったこと。

「失意のまま日本へ戻り就職した男を待っていたのは、高校時代の部活のもう一人の女の子だった。もう成人してたから、女の子って言うより女性って言った方が良いか…とにかくその女性から、実は高校時代から男のことが好きだったと打ち明けられ、二人は付き合うこととなった」

「…その人は、最初の彼女のこと、諦めたの?」

「新しい彼女が出来てからは、忘れようと努力してきた。だが、写真や思い出の品を捨て、記憶を消し去ろうとすればする程、心の中でその存在が膨らんでいった。日本で手に入れた仕事も、彼女との関係も、一見、何もかも順調に見えたが常に不安定だった」

「…」

俺は結衣が黙ってしまったことに一瞬戸惑ったが、その目は真剣に話の続きを求めていると気付き、再び口を開いた。

二度目の恋愛も結局上手く行かなかったこと。

最初の彼女が失踪した理由を別れ際に聞かされたこと。

男が深い後悔の中で海外へ赴任したこと。

全てを忘れる為に、身を削って仕事漬けの生活を辺境の地で送ったこと。

言葉を丁寧に選びながら、当時、自分が感じたままを結衣に伝える。

「…ところで、その男には妹がいてな。男の海外赴任中にその妹は結婚して家を出ていたんだが、男が帰国して暫く経ったある日、旦那の姉を紹介したいと言ってきた。その女性、実は男の高校の同級生でな。男は高校時代に、部活を通じてその女性のトラブルを解決したこともある…要するに顔見知りだった訳だ」

「…うん」

「何度か会ううちに、男はその女性から交際を申し込まれたんだ。だが過去の二人の恋人と比べて接点も薄い女性だ。いきなり告白されて男は随分戸惑った。二人の彼女が一生忘れられそうにないからと、最初は断ったんだ。…だが女性はそれでもいいと言って、その男を受け入れた」

「…今度は上手くいったの?」

「人間、現金なもんでな。愛される心地良さってやつで、男の荒んだ心は幾分マシになった。それでも二人のことが忘れられないってのは変わらなかったが…お互い30代で精神的にも多少成熟してたってのも大きかったのかもな。二人の関係は、まぁそれなりに良好だったと思う。男の方も、付き合ううちにその女性を真剣に好きになっていった」

「…なんか、素敵だね」

結衣は空を見上げながらそう呟いた。

当の本人としては精神薄弱な男の恥部を晒しているだけに過ぎないので、とてもそんな感想は抱けないのだが。

「…だが、ここでまた転機って奴がやってきた。…ある日、男は仕事の関係で中国に出張に向かったんだ。ここで運悪く、爆発事故に巻き込まれた」

「え!? 大丈夫だったの⁉」

「その男はきっとその時に死んだんだと思う…だが、死ぬ間際に願っちまったんだ。自分の愛した女性たちに、もう一度会いたかった…ってな」

結衣は真剣に俺の次の言葉を待っている。この長話の核心にあたる部分だと感じ取ったのだろうか。

話すべきか、ここで止めるべきか。この期に及んで俺は戸惑ってしまったが、結衣の目を見て、意を決した。

「…気がつくと、男は戻っていた。教師に無理矢理、部活動に入部させられた、高校時代のあの日にな」

「…うそ」

結衣は俺の言葉に驚愕の表情を浮かべていた。

これが俺自身の話だと、頭の中で繋がったのだろう。であれば、結衣の呟きは妥当だ。こんな荒唐無稽な話、誰が信じるだろう。

「ごめん! 話を疑ってる訳じゃなくて、その…余りに…なんていうか…あ”〜!違うの!」

結衣は自分の呟きについて、弁明するように慌ててそう言った。

「…大丈夫だ。別に、単なる知り合いの知り合いの話だって言っただろ」

信じてもらえないなら仕方ない。

全て俺の妄想だったことにして、誤魔化すしかないだろう。

「いや、どう考えてもヒッキーのこと…だよね?」

「…だったらどうする?頭がイカれてるって、思うか?」

否定して欲しい。

心の底からそう願って、結衣にそう尋ねた。

「思わないよ!…ヒッキーの言うことだもん…全部信じるよ」

「…結衣」

何で…何でこの子はこんなに俺のことを信じられるんだろう。

俺は情けないことに、その相手を思いやるような優しい声を聞き、思わず涙を流してしまった。

慌ててそれを拭っていると、唐突に結衣に手を引っ張られる。俺はそのままブランコから立ち上がり、結衣に抱き止められた。

「大変だったんだね、ヒッキー…ごめんね。あたし、やっぱり我儘なんだ」

「なんでだよ。今も昔も、ダメなのは俺の方だ」

結衣に抱きとめられたまま、俺はそう言った。

「ヒッキーは悪くないよ…何も悪くない…」

「…お前は何でこんな与太話信じられるんだ?」

自分だったら絶対に信じない。そう確信している。

だからこその素朴な疑問だった。

「…何でかな。今、あたしのこと名前で呼んでくれたからかな。なんか、すっごい自然だったし」

今、思わず結衣の下の名を呼んでしまったような気がする。

しかし、そんな理由でこの話を信じるなんて、やはりこれは男女の感性の差なのだろうか。

「それじゃ納得できない?…って、そうか!ヒッキーが英語しゃべったり、中国語出来たり、投資に詳しいのも、たまに大人に見えるのも、やっと理由が判ったかも!」

「…おい。普通、信じるとしたらそういう理由が先に来るんじゃないのか」

結衣らしいと言えば結衣らしい。

ずっと緊張で硬くなっていた肩の力が抜け、腕が軽くなった気がした。

と同時に、俺を抱きしめる結衣の体温が伝わってくる。

「ム〜 別にいいじゃん!ヒッキーうざい!」

「お前な…」

そう言いながら、力強く結衣を抱きしめた。

それは、ずっとこうしたいと願っていた行動だった。雪乃や沙希の顔が思い浮かぶが、これが俺の本質だ。

最低だと罵られるかもしれない。また後悔するかもしれない。

だが結衣のことは好きだ。雪乃や沙希も同じくらい好きだ。いつか、雪乃が言った三股のクズ谷そのものだが、その批判は甘んじて受け入れる。

「何年も…何年もずっとこうしたいと思って今日まで生きてきたんだ。それは雪乃や沙希に対しても同じ気持ちなんだ。今日だけでいいから、もう少しこのままいさせてくれ…すまない」

「…いいよ。ヒッキー…おかえりなさい」

どこまでも優しい声。

結衣は顔を離して俺を見つめながらそういった。

20代の頃の記憶の中の結衣と、目前の女性が重なって見える。

俺は、結衣を心の底から美しいと感じた。

気付くと俺は再び泣いていた。結衣を抱きしめる両腕は塞がっている。今度は涙を拭うことも出来ない。

結衣はその涙を掬うように軽く俺の頬に口を付ける。

そしてその唇を俺の唇に重ねた。

「…結衣」

「今のはゆきのんとサキサキには内緒だね」

そう言いながら、結衣は満面の笑みを浮かべていた。

☆ ☆ ☆

「ヒッキー家についた?」

その後、結衣を自宅に送り届け、俺も帰路についた。

自宅についた頃、結衣から電話がかかってきた。

「ああ、今ついたところだ。今日は遅くまで悪かったな。親に怒られなかったか?…それと、ありがとな」

「あたしこそ…楽しかったよ。今日の花火の写真、あとでサムネにしよっかな」

「そうだな。…結衣…また、明日会えないか?…言い辛いことだが、今日話したこと、雪乃や沙希にも伝えなきゃならないと思ってる。出来れば、その相談に乗って欲しい」

何言ってんだ俺は?馬鹿なの?死ぬの?

こんなの、彼女に"他の女に告白する相談”を持ちかけているのと相違ないだろ。

自分でお願いをしておいて、その余りの横暴さに自分で呆れてしまった。

「いいよ!何時でもいいから電話して!」

そんな自分の懸念とは裏腹に、結衣は嬉しそうにそう答えた。

「ホント、悪い」

「ヒッキー謝り過ぎだよ!じゃあそろそろ寝るね。ヒッキーもゆっくり休んでね」

「あ、ああ。…お休み」

そう言ってから電話を切るまでに20分くらいかかった。

「先に切れよ」「そっちが先に切ってよ」「いやん、ばかぁ」という感じのイタイ会話を繰り広げてしまったのだ。

俺は携帯を手にしたままベッドに横になった。

今日は本当に色々あった。

まだまだ問題は全く解決されていないのだが、俺の心は幸福感に満ちていた。

マーティンさんに会わなければ、俺は今絶望の淵にいただろう。本当に感謝してもしきれない。

目を閉じると結衣の顔がまた思い浮かぶ。

抱きしめた彼女のぬくもり、キスの感触は、あの頃と全く同じだった。

彼女を想う気持ちが心の中で際限なく広がっていった。

童貞に初彼女が出来たような浮かれっぷりだ。

何だかんだ言って、俺もまだまだケツの青い男の子なのだと思い知らされた。

無意識に携帯を弄る。チャットアプリを立ち上げると、先ほどの花火の写真のサムネが目に留まった。

【結衣、今日は本当にありがとう。早く会いたい】

考え込む前に気持ちのたけを短い文字に起し、送信ボタンを押す。

明日の朝、これでまた一人、恥ずかしさに悶える事が確定したが、今はそれでいい。それでいいのだ。

【わたしも…】

結衣から返ってきた返事は更に短く、シンプルだった。

だが、その言葉に俺は天にも昇るような幸せな気分になった。

俺はそのまま、その暖かさに包まれながら、久々に深い眠りについた。

☆ ☆ ☆

翌朝

「お兄ちゃん!電話だよ!」

俺は突然携帯片手に部屋に飛び込んできた小町に叩き起こされた。

眠い目を擦りながらそれに答える。

「ん…なんだぁ?こんな朝っぱらから?」

「もう10時だよ!っていうか、電話!雪乃さんから私にかかってきたの!お兄ちゃんを出せって!」

「はぁ?何でお前に?」

「お兄ちゃんの携帯、電源切れてるって言ってるよ!いいから早く出て!」

「はいはい…」

半ば耳元に押し付けるように渡された小町の携帯を手に取り、電話に答えた。

「もしもし?」

「比企谷君…奉仕部の緊急会議を開きます。今すぐ学校傍のサイゼに来なさい」

雪乃が若干早口でそう言うと、ピッと通話は途切れた。

――おいおい、いきなりなんだよ?

俺はため息を吐きながらベッドから起き上がる。

集合はいいが、電話の電源が切れていては流石にまずい。

俺は充電ケーブルを携帯に差し込んで、服を着替えだした。

数秒すると、携帯が自動で立ち上がる。

それと同時に、メールの着信を告げるバイブレーションが鳴り響いた。

――なんだよ、ずいぶん多いな

着替え終わった俺は、携帯を手にとって硬直した。

メッセージ件数、853件。

その内容を確認しようと、画面をタップして俺は携帯をその場に落とした。

血の気が引く、というのはまさにこのことだろう。

【結衣、今日は本当にありがとう。早く会いたい】

【わたしも…】

これは昨晩結衣と交わしたメッセージだ。

問題はそのメッセージに続きがあったことだ。

【え?なにこれ? by サキサキ】

【これはどういうことかしら?説明を求めるわ byゆきのん】

【これには事情があるの!ヒッキー!by Yui】

【ヒッキー!寝ちゃった!? by Yui】

以下、未読849件。

 

結衣が花火の写真をサムネに設定したのは、奉仕部のグループチャットアカウントだった。

俺はてっきり、それが結衣の個人アカウントだと思い込んでいた。

俺に返信してきたことから、結衣もその勘違いに気付いていなかった可能性がある。

「What the FUCK!!??」

なぜ英語なのか、自分でも良くわからない。

ただ、俺の叫びが近所中に響き渡った。

 

 


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