1. 比企谷八幡は社会人生活を振り返る
「おい、比企谷。こんな所で油売りやがって。明日の準備は大丈夫か?」
時刻は深夜1時過ぎ。
ピークに達しつつある疲労感を誤魔化すため、オフィスビルの喫煙室で2本目のタバコに火をつけようとしたところだった。
乱暴にドアを開けて入ってきた中年の男が、俺の姿を見て言った。
「・・・・誰のせいでこんな残業するハメになってると思ってるんですか。タバコ休憩くらい自由にさせてくださいよ、槇村さん」
口にタバコを加えてポケットを探る様な動作をするこの男、俺の上司に対し、軽口を叩きながら持っていたライターを手渡す。
若干前屈みになりながら小さな炎をタバコに移した上司から、無言で返されたライターを受け取った。
「人手不足なんだからしょうがねぇだろ。大体、資料は今日中に会場のホテルに運んでおく段取りじゃなかったのか?今回はこれまでにない規模で機関投資家様を集めるんだからな。ミスは許されんぞ」
「わかってますよ。中国側のパートナーが今更になって収益プロジェクションを修正してきたんで、プレゼン資料は全部刷り直し、今コピー機をフル稼働してるところです」
俺は仕事の遅れの要因を他者に求めながら、状況を簡潔に説明した。
「おい、サラッと恐ろしいことを言うな。聞いてないぞ。数字どんだけ動いた?」
「先方からのメール、槇村さんもちゃんとCC入ってたじゃないですか。やっぱり見てないんすか。まぁ上には報告してあるんで問題ないと思います。大体期間10年以上のインフラプロジェクトの収益予想なんて当たるわけないんですから、見栄えが良くなってりゃそれでいいじゃないすか。」
「お前もいい具合に投資銀行の色に染まってきたな。・・・じゃあ、明日の投資家説明会の最終チェックするか。来いよ、コーヒーおごってやる」
上司はそういいながら半分まで吸ったタバコを灰皿に押し付ける。
それに合わせるように、俺も吸いかけのタバコの火を消した。
「あざっす」
俺たちは喫煙室を後にした。
☆ ☆ ☆
比企谷八幡33歳、社会人10年目、職業:外資金融マン。それが今の俺だ。
少し過去の話をしよう。俺がこの会社に就職した経緯だ。
総武高校を卒業した俺は、わけあって大学を中退し、一人渡米した。
海外の大学は卒業時期が日本の大学と異なる。
一斉就職活動の時期を逃した俺は、時季外れの人員募集を行っていた外資系企業を中心に手当たり次第に応募した。
海外留学までさせてもらった手前、ニートにでもなろうものなら冗談抜きで親に殺される、というプレッシャーがあった。
―――どうせ新卒なんかが受かるわけない。
現在の勤め先である投資銀行へ書類を投函した際は、正直言って、履歴書・郵送料の無駄とまで思った。
にもかかわらず、不思議なことに書類選考にあっさり通過したのだった。
緊張で普段以上に挙動不審となった俺を面接で待ち受けていたのは、俺以上に腐った目をした変わり者、宮田と名乗る男だった。
「・・・いい具合に目が腐ってるな、君も。採用面接で〈特に親しい友人はいません〉なんて言う奴、初めて見た。」
「は、はぁ」
「まぁ外資なんて、日本の企業文化に馴染めない爪弾き者が行き着く場所だからな。君にも似合ってるのかもしれん。何か質問は?」
「・・・ありがとうございます。あの、新卒の私が面接のお時間まで頂けた理由を伺ってもいいですか?」
「はは、やっぱり変な奴だ。普通、質問にかこつけて自己アピールするものだろう」
「申し訳ありません。」
「いや、マニュアル通りの白々しいことしか言わない人間はもう見飽きた。質問に正直に答えてやると、応募人数も少なかったかし、履歴書に目を通すのも面倒だから、一人5分で切り捨ててやればいいと思って全員呼んだだけのことだ」
そういうことか。
少し高圧的だが、包み隠さず、といったその態度に好感を抱いた。
「今回の採用活動は将来的な業務拡大を睨んだ上の指示だが、具体的にどの部門で受け入れるかは決まっていない。要するに僕はクソ忙しい中で、政治にしか関心がない無能な役員共から面倒事を押付けられたわけだ。腹いせに、俺の下でしか使い物にならなそうな奴だけを採って、辞めたくなるまで使い倒してやろうと思っていたところだ。」
前言を撤回する。
この人は捻くれている。恐らく俺以上に。
「・・・・」
「学歴を見るに、金融の基礎知識位はあるだろう。その腐った目はこれまで人間観察にでも使ってきたんだろうが、これからは市場を観察する目を磨くことだ。僕の部門で採用するよう、上申してやる。新卒の安月給でこき使ってやるから光栄に思うことだ」
こうして俺は、人生最初の上司である宮田さんに拾われることとなった。
☆ ☆ ☆
宮田さんの宣言通り、俺は死ぬほどこき使われながら国内・海外の株、債券のトレーディング業務に従事した。
業務を担当して5年が過ぎ、よちよち歩きを卒業し、一人前のトレーダーになりかけたころ、グループ会社内に大きな動きがあった。
日本外アジアをカバーしていた香港支店の撤退が決まったのだ。
原因は投資失敗による業績の悪化だった。
何でも東南アジアの巨大プロジェクトが大コケしたらしい。
損失の穴埋めをするため、収益を上げていたアジア金融市場部門を外部に売却することが決まり、香港拠点にいた多数のトレーダーがグループを去ることとなった。
迷惑なことに、グループ業績を傾ける切っ掛けとなったアジアエネルギー・インフラ投資部門は、そっくりそのまま東京へ移管されることが決まった。
買い手が付かず負の遺産と化したアセットの処理を、ニューヨークから押付けられたのだった。
そんなニュースが社内を駆け巡ってから2日後、インフラ部門のMD(マネージングディレクター)である槇村さんがふらっと俺たちの元を訪れてきた。
「よっ、腐れ目師弟コンビ。儲かってるか?」
「何の用だ槇村。勝手にディーリングルームに入ってくるな。・・・比企谷、こんな奴に構うな。もうすぐ日銀の金融政策決定会合の速報が出る。マーケットが動くぞ」
宮田さんは画面から目を離さないまま、槇村を邪険に扱った。
「相変わらずだな宮田。要件は分かってるだろう。悪いが、そこの若いの、来週からうちの部にもらってくぞ」
槇村さんは、宮田さんのけん制を意にもかけず、俺を顎で指してそう言った。
「え?若いのって、まさか俺の事ですか?異動なんて聞いてないですよ」
急な話に混乱する。
来週ってなんだよ。そもそもウチの会社に人事異動なんてあったのか。
人材をローテーションさせて育てるよりも、高額な報酬を餌に外から引っ張ってくるのが普通じゃないのか。
「比企谷、構うなと言っただろう。槇村、コイツを余所の部にやる気はない。僕がようやく戦力になるまで育てたんだ」
「組織体制の変更はニューヨークの決定だろ。こっちもいきなりアジアビジネスなんか押付けられて、困ってるんだよ。悪いが、もう上への根回しは済んでる。手塩にかけた部下が可愛いのは分かるが、今回は大人しく諦めろ」
こうして俺は、現上司である槇村さんに引き取られることが決まったのだ。
☆ ☆ ☆
槇村さんが手をヒラヒラ振りながらディーリングルームを後にした後、宮田さんは終始不機嫌だった。
「ちっ、人さらいの軽薄野郎が・・・」
ブツブツと、槇村さんに対する怨念を呟きながら、ひたすらキーボードを叩いている。
宮田さんの目は、何時にも増してどす黒く濁っていた。
「宮田さん、アジア事業って、コケた東南アジアを除けば殆ど中国エクスポージャーですよね?俺、中国語なんて全くできないですよ。何よりコミュ障の俺にトレーディング以外の仕事が務まるとは到底思えないんですが・・・何とか異動は取り消せないんですか。」
とにかく宮田さんに媚を売るように話を降った。
不機嫌な時の宮田さんの横にいると、こちらの胃が持たない。
「・・・心配するな。東京に中国語が出来る奴なんて殆どいない。槇村はああ見えても部下の面倒は見る人間だ。語学研修くらい受けさせてもらえるだろう。」
帰ってきた答えは、以外にも槇村さんに対するマトモな評価だった。
この二人の仲は、いいのか悪いのか、傍からは全く分からない。
「ちなみにコミュニケーションの問題は僕にもアドバイスのしようがない。自力で何とかしろ」
「デスヨネー」
先ほど槇村さんが言っていた「腐れ目師弟コンビ」の他にも、「コミュ障師弟コンビ」、「捻くれ師弟コンビ」、「ボッチ師弟コンビ」等々、陰で俺たち二人に付けられた不名誉な呼び名がいくつもある。
ちなみに、その大半の名付け親は槇村さんだ。
「宮田さんと槇村さんは同期ですよね?しょっちゅう対立してますけど、ホントは結構仲いいんじゃないですか?」
「槇村は大学時代からの腐れ縁だ。どこをどう見たら仲良しに見える?…言っておくがあいつは俺以上に人使いが荒い。せいぜい過労死しないように気を付けろ」
「・・・マジすか」
最後のは、聞きたくない情報だった。
☆ ☆ ☆
宮田さんの言葉通り、槇村さんの人使いの荒さは尋常ではなかった。
異動初日から「基礎を叩き込む」と称して凄まじい量の業務を押付けられた挙句、夜間は睡眠時間を削っての中国語学習を命じられた。
そして3ヶ月後、俺にとって正に寝耳に水となった、中国への無期限滞在が申し渡された。
北京・上海等の沿岸部都市部だけでなく、内陸、東北部等、中国各地を転々と回る長期滞在だ。
滞在目的は香港がブックしていたプロジェクトの現地モニタリング。
但し、東京オフィスの役員が狙っていたのはこれだけではなかった。
東京が中国ビジネスを建て直しと拡大の立役者となることで、組織内の発言力を高める計画を練っていた。
槇村さんはその先兵として、俺を遠隔操作で操り、中国でのリレーション構築を図った。
特に過酷だったのは、中国内陸部のインフラ権益獲得を狙って、砂漠に囲まれたような田舎町に4ヶ月間閉じ込められた時だ。
毎晩、政府関係者・現地企業との懇親会で、アルコール度数50度を越える酒の一気飲みを意識を失うまで強要される。
そして翌日、二日酔いの頭で現地視察、レポート作成、電話報告を行い、夜になったらまた懇親へ、というサイクルが途切れることなく続いた。
この時ばかりは本気で会社を辞めようと考えた。
中国生活が3年程経過したある日、槇村さんが電話をよこしてきた。
「喜べ、比企谷。お前の希望が叶って東京に呼び戻すことが決まった。」
「ようやくお役御免ですか。宮田さんの下に戻れるんですか、俺?」
「残念だがお前の上司は引き続き俺だ。お前が作ってきたリレーションから、いくつか形になりそうな投資案件が出てきているからな。」
「種まきは終了したってことですか。これで思い残すことなくトレーディング業務に戻れますね」
「お前の上司はまだ俺だと言ってるだろう。・・・東京はウチ単独ではなく、日系の機関投資家を誘致して中国ビジネスに乗り出す算段だ。より規模のデカい投資案件を取に行きたいのと、せっかく種をまいた中国ビジネスを他の拠点に横取りされないように外部を巻込もうって寸法だ」
「また役員の政治絡みですか。もうウンザリですね」
「そうぼやくな。これで俺たちのボーナスが上がるなら万々歳だろう。とにかくお前には東京で投資家の取り纏めを任せたい。功労者のお前には、収穫祭までしっかり付き合ってもらうということだ」
「俺は槇村さんの指示に従ってきただけです。褒めてもこれ以上の働きはできませんよ。働いたら負けって、言葉がありますけど、槇村さんの下に来てからコールドゲームの連続ですよ」
「宮田の弟子っぷりは健在だな。・・・来週には帰国の指示が出るだろう。俺も宮田も、お前に会えるのを楽しみにしている。じゃあな」
こうして俺は東京に呼び戻された。
そして現在に至るまでの2年間、引き続き槇村さんの下で、投資プロジェクトの投資家取り纏めを行ってきたのだった。