まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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7話 Skoll

 

 

 

 ふと思い立って、散歩へ繰り出した暑い暑い夏の日。

 優しく毛並みを揺らす風に心を躍らせながら歩いていられたのは束の間で、早々に散歩へ出た事を後悔してしまいました。

 今度から行く場所はちゃんと選ぼうと思います。

 

 

 

「ねぇねぇ走ってみて!!」

「ずるいよ!次は私の番なんだから!」

 

 ふらりふらりと当て所なく歩いていたところ、道端で泣いている女の子を見つけたので人々の匂いがする所まで乗せてあげたのが運の尽き。

 到着した時は皆遠巻きにこちらの様子を伺うばかりだったのに、子供たちがいつの間にかわらわらと集まってきて身動きがとれなくなってしまいました。

 子供の十人や二十人くらい振り払うのは簡単ですけど、そんな事をして事を荒立てるのも気が引けるし。

 とりあえず大人の皆さん、すまんなぁなんて視線はいらないので誰か助けてください。

 

「早く代わってよぉ」

「やだ!まだ乗ったばっかりだもん!」

 

 ……とりあえず、たかられるだけならまだしも耳元で叫ぶのはやめて欲しいなと思うわけですよ、私は。

 これでも妖獣のはしくれですから、それなりに耳はいいんです。

 あー……きーきー響く声のせいで頭が痛くなってきた。

 いらない騒ぎを起こして皆に迷惑をかけたくないから仕方のない事とはいっても、勝手に背中に乗られているのは気分が悪いですよ、ええ。

 私にだってちっぽけではあってもプライドというものがですね……

 

「うわぁぁぁぁん」

「な、泣いたって代わってやらないぞ!」

 

 あぁぁあやめて!

 頭に響く!

 

「あーあーなーかしたぁー!せーんせいにーいってやろー!」

「こいつが勝手に泣いたんだよ!」

 

 子供特有の高い声が次々に私の耳へと突き刺さり続け、ひどくなる頭痛といらつき。

 そんな私の事など知った事ではないとばかりに毛を引っ張りながら騒ぐ子供たち。

 …………もういいですよね、私こんなに我慢しましたもの。

 うん、今乗ってるのは男の子だから思いっきり、それはもう思いっきり人垣へ向けて振り払って逃げてやろう。

 男の怪我は勲章ですよってメイリンさんも言ってましたし、何も問題はありませんよね。

 むしろ得体の知れない妖獣相手にこれだけの事をしておきながら、その程度で済むことに感謝しなさい。

 

 

 

「こら、お前達何をしているんだ!」

 

 

 

 私がそう決意を固めていざ行かんと四肢に力を込めはじめた途端、空から大音声でそう怒鳴られて思わず中途半端な態勢で固まってしまいました。

 ぶっちゃけた話、見事に気勢を殺がれたわけですけれど。

 見事すぎて、もし私に人の手があれば思わず拍手をしていたでしょう。

 そんな件の怒鳴った女性は私の目の前へふわりと着地、腰に手を当て仁王立ち。

 ギロリと音が聞こえてきそうなくらいに子供たちに睨みを利かせています。

 

 ……私の上に乗ったままの子へ向けられているとはわかっていても、目の前でこんな事をされると少々恐怖を感じてしまうわけですよ。

 あ、子供達が静かになった。

 いいぞもっとやれ、やっておしまいなさい!

 

「……狼殿から降りなさい」

 

 今まで私の背中にしがみ付いて一番叫んでいた子がそそくさと降りていくのを感じて人心地。

 あぁようやくすっきりしました。

 

 これまでの溜め込んでいた鬱憤を込めてこれ見よがしに大きく息を吐き、身を震わせて毛並みを整え……ようとしましたが。

 遠慮の欠片も無く掴まれていたせいで、妙な癖がついてしまっていますね。

 それでなくとも私の体が大きいせいでブラッシングが大変なのに、こんな癖をあちこちにつけられれば言わずもがな。

 サクヤさんに怒られる……

 嫌味の一つでも言ってくれれば気が楽になるというのに、サクヤさんときたら何も言わずに無表情でこちらの前で腰と顔に手を添える瀟洒立ちするんですもの。

 あの時の威圧感は思わずお腹を見せて許しを請うてしまう程。

 

 横で子供達がお説教をされているのを尻目に、憂鬱なまま空を仰ぐと、綺麗に晴れ渡った気持ちのいい青空が目に染みた。

 

 すこーる おうち かえる。

 こわいけど かえる だっておおかみだもの。

 

「あぁ……少しばかり時間を頂きたい」

 

 気分も毛並みもしょんぼりとしながら帰途に就こうとした私へ、先ほどの女性から引き止める声が上がります。

 

 疲れたので帰ります、探さないでください。

 

 首だけそちらへ向けてじとりと睨みながらそう答えるものの、目の前の女性は特に何も反応を返してくれません。

 無視ですか、呼び止めたっていうのに無視ですか?

 って、あぁスカーフの魔法を起動してませんでしたね。

 オンとオフの切り替え機能をつけてもらったのを忘れていました。

 ……いいやもう、面倒くさいし。

 

 数瞬ほど目を合わせた後、確認のように言葉はわかるかと聞かれたのでとりあえず頷きだけ返しておく。

 

「子供達が迷惑をかけたようなのでお詫びをしたい。だから少しだけ待ってくれ」

 

 言いながら子供達に謝るように促して、自分も一緒に頭を下げてきます。

 できた人だ事で。

 まぁそれはそれとして……周りの大人たちも口々にすまなかったなと言うものだから居心地が悪いことこの上ないですよ。

 どうしてこうなった。

 

「さあ、お前達は家に帰りなさい。今度からはするんじゃないぞ」

 

 そう言われた途端に、それまで神妙にしていた子供たちがまるで逃げ出すように走り去っていきます。

 全くもって元気なことでとやさぐれながらそれを見送り、目の前で佇む女性へ目を向けてとりあえず観察。

 

 ……不思議な匂いのする人ですねぇ。

 純粋な人間の匂いでもないし、妖怪や神様達の匂いでもない。

 強いて言うならそれらが全て混じりあった、不思議としか表しようのない匂い。

 あと頭に変な形の帽子……帽子?塔?

 とりあえず何故落ちないのか不思議な何かの物体。

 銀色の髪はふわふわと綺麗に揺れて、青系統の服によく映えています。

 うむ、中々に良し。

 ぱっちゅんぽいんと程ではありませんが、すこーるすたんぷを一個進呈しましょう。

 495個溜めれば私をもふる権利が、500個溜めればボールやフリスビーで遊ぶ権利を獲得できます。

 私が得するだけ?

 細かいことはいいんですよ。

 

「すまなかったな。知らせを受けてから急いで来たんだが……」

 

 どうやら遅かったようだ、と癖がついた毛並みを見て言葉を濁して悩んでいる模様。

 私が観察に徹して色々と考え込んでいるのを悪い方へ取ってしまったようですね。

 まぁさっきの惨状を考えれば当然でしょう。

 

 しかしまぁ……これは身振りで伝えるのが面倒な。

 パチュリーさん謹製、意思疎通魔法起動。

 考えるだけでオンオフを切り替えられる便利仕様が素敵ですよね?

 

「あぁ申し遅れたが、私はこの人里の守護をしている上白沢慧音と言う者だ。寺子屋の教師もやっている」

 

 それはそれは。

 子供達の反応が早いわけですねぇ。

 

「……なんだこれは?」

 

 意思疎通の魔法ですよ。

 口で喋ることができない私に家族が作ってくれました。

 

「成る程。いいご家族だな」

 

 ええ、自慢の家族です。

 何ができるわけでもない私を拾ってくれて、大事にしてくれるんですから。

 

「ふむ。どこに住んでいるか聞いても?」

 

 紅魔館ですよ。

 

「……吸血鬼のいるあの館か?」

 

 ええ、そうです。

 ご存知で?

 

「あー……たまに人里に来るメイドや司書を知っているだけだな。実際にそちらへ足を運んだ事はない」

 

 然様で。

 

「…………」

 

 

 

 淡々と返答していると、ケイネさんが黙ってしまいました。

 こちらがだいぶ持ち直したとは言え、まだそれなりに不機嫌なのを隠そうとしなかったせいではありますが、何となく気まずい空気です。

 いいや、もう帰ろう。

 

 ぺこりと一つ頭を下げて立ち去ろうとすると、見事に尻尾を鷲づかみされてしまいました。

 私のような尻尾のある妖獣にこんな事をするなんて、喧嘩を売られているんでしょうか?

 もしそうだったとしたら先ほどのぽいんと付与は見送りに……

 

「あぁぁすまない! よかったら少し休んでいかないかと言おうと思ったら……帰ろうとしていたもので……反射的に」

 

 ……然様で。

 でも尻尾を掴むのはやめて下さいね。

 こちらも『反射的に』噛み付いてしまいますよ?

 

「悪かった、以後気をつける。それで……その、どうだ?」

 

 しゅんとして上目遣いでこちらを伺うケイネさんを見ると少々毒気を抜かれてしまいます。

 さっきまであれだけ凛とした佇まいというのがぴったりな人だったのに、これですもの。

 まさか、これがコアクマさんの言っていた『ぎゃっぷもえ』とやらですか。

 なんと恐ろしい技なんでしょう。

 ……まぁ夕飯時までに帰ればいいわけですから、時間はありますけれども。

 いやはやどうしたものやら。

 

 しばらくそのままお見合いをしていると、後ろから『そこだ、ぐっといけ先生!』なんて声が響いてきました。

 さっきまでちょっと真面目な空気を出していたのに……変わり身が早いぞ、何やってんの。

 というか子供達は解散したのに何で大人はほとんど残っているんでしょう。

 皆してニヤニヤ笑いながらこっち見るな!

 

「ほ、骨!昨日捌いた鳥の骨とかあるぞ、うん!」

 

 何『こんなに応援してもらったんだ!がんばらねば!』みたいな顔してんですか貴女。

 しかも骨って。

 

「先生!なんだったら昨日俺んちで出た牛骨も持ってきな!」

「私のところの豚骨もどうぞー」

「あの狼さん、魚の骨も食うのかね?」

 

 骨ばっかりですか……!?

 もうやだこの人里。

 ケイネさんはケイネさんで、先程までのしゅんとした雰囲気など彼方へ投げ飛ばして鼻息荒くしてるし。

 

「ど、どうだ!?」

 

 ごめんなさい。

 

 勢いに当てられて思わず返した、そんな私の簡潔な答えを聞いてケイネさんは膝を折って打ちひしがれてしまいました。

 先に謝られた時とは違う意味で、どうしてこうなった。

 そこ、女は根性よだとか声援送るな。

 

「ならせめて土産を持っていってくれ!」

 

 そんな声援を受けてか、ケイネさんが再起して俯いた顔を上げると、そこには怖いくらいに爛々と輝く決意の眼。

 何か食われそうな印象を抱いたんですけど、私の気のせいですか?

 ……お待ちなさい人里の大人たちよ。

 何故そこで『それでこそ!』何て喝采が!?

 

「うん、何がいいかな。さっき八百屋の親父さんが言っていた牛骨にするか、それとも米屋の奥さんが言っていた豚骨にするか……」

 

 まだ骨ですか!

 

「……なら何がいい?」

 

 うわ、何か周りからの視線が強くなりましたよ?

 もう、やだ、この人里。

 何か貰わないといけない雰囲気じゃないですか。

 でも骨はいらない。

 ……むー?

 

 そうして私が悩む間も、刻一刻と強くなっていく視線。

 どうしてこうなったという言葉が舞い踊る私の脳裏に浮かんだのは、先のお土産という言葉。

 ……ああそうだ、お土産じゃあないですか。

 いつも皆が食べている物を考えれば……更に言うなら、この空気の中でなら悪くない選択のはず。

 

 わ、和菓子をください。

 家で出るのは洋菓子ばかりなので家族へのお土産にします。

 

 うむ、自分でもこれはいい考えだと思う選択です。

 いつも目にするのはケーキだとかクッキーばかりなので、和菓子はいい土産になるはず。

 

「まかせろ!おやっさん頼む!!」

「任せな先生ィィィ!!」

 

 私がそんな自画自賛に浸りかけた所で、まるであらかじめ打ち合わせをしていたかのように声を張り上げたケイネさんに驚いてしまいました。

 でもそれ以上に……応えたあのおじさん、人垣を一足で飛び越えませんでしたか?

 ケイネさん以外は人の匂いしかしなかったのに、あの人もまさか何かの混血だったりするんでしょうか。

 人里怖い、怖いですよ、人外魔境ですよ。

 

「うん、しばらく待っててくれ。おやっさんの所の甘味は美味いぞぉ!」

 

 ……然様で。

 疲れましたよ、もう。

 早く帰りたい。

 

「持って来てくれるまで少し休もうか、うん」

 

 ケイネさんがそう言うや否や人垣が割れ、茶屋というのぼりが出た店への道が開かれていきます。

 その先に居るのは、着物にエプロンという妙な格好をした女性。

 

「いらっしゃいませぇ~いらっしゃいませぇ~美味しいお茶ありますよ~お団子もありますよぉ~」

 

 ……その声……貴女さっき女は根性とか言ってたお姉さんでしょう。

 変わり身……いいやもう。

 ……もう、やだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄に疲れた体を引きずりながら持って帰ったお饅頭やきなこ餅は喜んでもらえました。

 でもフランさん、また貰って帰ってきてねというのは承諾しかねます。

 人里怖い。

 

 

 


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