まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

5 / 48
4話 Flandre

 

 

 

 送り出され方はアレでしたけれど、言い渡された材料はどれも人里で手に入る物だったので安心……したのも束の間。

 

 帰ってみれば、赤い布を見たお嬢様から『これじゃ紅さが足りない』と駄目出しされ。

 赤より紅い布を買ってくると、今度は先ほど買ってきていた薄紫色の糸をじっと見つめていたパチュリー様から『太すぎる』と駄目出しされ。

 細めの糸を買ってくると、今度は咲夜さんから凶悪にひん曲がった金具を渡されて『金具が少しばかり弱い』と駄目出しされ。

 

 四度人里を訪れた私に同情と暖かいお茶をくれた裁縫店のお婆ちゃんに感謝しました。

 これがなければ私はくじけていたことでしょう。

 ちょっと悪ふざけをしただけなのにこの仕打ちはひどいと思います。

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 朝方から動き出した事もあって、作成自体は昼過ぎに終わり。

 部屋で寝かせているスコールへ渡しに行こうかという段になって問題が起りました。

 

 ずん、と地下深くから腹に響くような低い音。

 そうです、地下深くからというのが問題でした。

 この紅魔館の地下ですよ地下。

 ついでに感じるのは、寒気を通り越して笑うしかない程の妖力のうねり。

 この条件が揃ってしまえば、考えられる理由なんて一つしかありません。

 紅魔館の最終……ああ違う、フランドール・スカーレット様のおなぁーりぃーですよ。

 初めてその存在を感じた瞬間『ああ、これは死んだなぁ』なんて思考が超スピードで頭を駆け巡った程のお方です。

 

 音とほぼ同時に駆け出していったお嬢様達を見送り、放置されたスカーフを皺にならないようにたたみたたみ。

 

「なんてタイミングなんでしょうねぇ」

 

 様々な感情を込めてそう呟いた瞬間、図書館の扉が吹き飛びました。

 

 ええ、文字通り吹き飛びました。

 これ作ったやつ頭悪いだろうという程度に大きな扉がまるでフリスビーのようにくるくるズドン。

 すわ妹様来襲か、と恐る恐る見てみれば、前足で額をごしごしと撫でているスコールの姿が。

 

 頭から突っ込んだんですか。

 いやいや、問題はそこじゃない。

 こちらも何てタイミングですか……!

 原因は先ほどの音と妖力のせいでしょうけど。

 

 そんなスコールはぐるりと辺りを見回し、私一人だけなのを確認するときびすを返し駆け出していってしまいました。

 

「……まずい、ですよね、コレ」

 

 あの様子だとお嬢様達を追って行ったんでしょうし、場所の方も狼なんだから匂いを辿れる。

 つまり妹様の部屋へゴールインですよ。

 ここでスコールが死ぬような事になれば、妹様への対処がこれまで以上に厳しくなる事はうけあい。

 妹様の事情をそれなりに知っている身としてはちょっと、ですね。

 

 でも私が行っても何も出来ないしなぁ……でもなぁ……。

 

 うわ、また揺れた。

 何か音が近づいてきてる気がするんですが!

 

 ……えーと……うん、スコールには悪いけどここは静観する事にしましょう。

 私が行ったってミイラ取りがミイラどころの話じゃありません。

 こちとら所詮は小悪魔。

 本気で暴れる夜の支配者を相手取って死なない確率なんて、確実に天文学的数字がでてきてしまいます。

 

 ですから、大人しく皆が帰ってくるのを信じて紅茶の準備でもしておきましょう。

 私に出来ることなんてそれくらいです。

 というわけで、皆さんさっくり帰ってきてください。

 ここでの生活はこの上なく気に入っているんです。

 

 さぁ、まずはとっておきの紅茶の葉を用意しましょう。

 それから、それから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こわい。

 

 耳鳴りがするほど静かな部屋が怖い。

 突然ぴしりときしんだ音をあげる家具や部屋も怖い。

 忽然とテーブルの上に出てくる食事も怖い。

 少し前から感じている、私の中へうっすらとよくわからない何かが入ってくる感覚も怖い。

 

 こわい こわい こわい!

 …………こわいなら、にげなきゃ。

 

 ほとんど無意識に、腕を跳ね上げて、この世界を隔てる扉へ。

 よくわからない魔法の力を感じるけど、そんなものは関係ない。

 手の中に感じる何かを握り潰して、私と世界は繋がった。

 

 ガラガラと崩れ落ちる扉や部屋の破片。

 それが巻き起こす埃が収まってから足を踏み出したところで、お姉さま達がやってきた。

 相変わらず速いなぁ。

 ……あ、見たことのない人間もいる。

 

 でもちょっとだけ、こわくなくなった。

 

「フラン、部屋へ戻りなさい」

「やだ」

 

 なのに、お姉さまはまたあの怖い場所へ私を押し込めようとする。

 何でだろう。

 

 わたしがこわがらないのは、そんなにいけないこと?

 こわいのはいやだ。

 

 何も言えずにいると、お姉さまの目が細められた。

 

 こわい。

 にげなきゃ。

 

 また体が動いた。

 お姉さまに向けられる腕、握られる手。

 でも、その手が握られることはなかった。

 

 ……わたしのてが、ない。

 

 腕からごぽりと溢れ出した血が、すぐさま元の手を形作った。

 ……私の体が怖い。

 逃げなきゃ。

 ……でも、私から逃げるってどうすればいいんだろう?

 

 また体が動いた。

 お姉さまたちが天井に立ってる。

 

 また体が動いた。

 お姉さまたちが地面に戻ってきた。

 

 こわい。

 にげなきゃ。

 

「待ちなさいフラン!」

 

 おねえさまにおこられる!!

 こわい!

 にげなきゃ!

 

 目の前に続く長い階段を必死に駆け上る。

 途中で不意に足をとられた。

 私の下にぐるりぐるりと回る何かが描かれている。

 

 こわい。

 にげなきゃ。

 

 また体が動いた。

 地面に向けられる腕、握られる手。

 びきりと呆気なく壊れた地面が怖い。

 

 階段が終わった。

 目の前には左に伸びる通路と、右に伸びる通路。

 どちらに行こう。

 早くしないとお姉さま達がやってくる。

 

 ……左から何かが来る。

 かすかに聞こえる硬い音。

 速い。

 

 ジャカ、と聞いたことの無い音を床から響かせてその何かは私の前で止まった。

 白?銀?……よくわからないや。

 何か大きなふわふわが揺れてる。

 

 こわい?

 ……わからない。

 

 何かが私の中に入ってくるあの感覚がどんどん強くなっていく。

 

 こわい?

 ……こわくない。

 なんで?

 

 このふわふわな何かを、入ってくる何かを、私は怖がっていない。

 

 こわくない。

 …………なんで?

 

 ふわふわした何かが不思議そうな目を私に向けてくる。

 私も不思議なんだから、そんな目を向けないでほしい。

 

 お姉さまたちが近づいてきたのを感じる。

 でもこのふわふわな何かが気になって、体は動かない。

 

 

 

「スコール!離れなさい!」

 

 私とふわふわの間を縫うように飛んできた紅い槍と同じくらいの速さで、お姉さまが叫んだ。

 

 スコールっていうのかな、このふわふわ。

 お姉さまと私の間で視線が行ったり来たり。

 何か困ってるみたい。

 きゅんきゅん不思議な声を出してる。

 

「スコール!」

 

 びくりとふわふわが揺れた。

 お姉さまを怖がってるみたい。

 私と一緒だ。

 

 いっしょ?

 だから、こわくない?

 

 じーっとふわふわを見つめてみる。

 

 ……こわくない。

 やっぱり、こわくない。

 

「こわくない?」

 

 私がふわふわにそう聞くと、ことんと首を傾げてからふわふわな何かは頷いた。

 

 こわくないんだ。

 

「……フラン?」

 

 体が動いた。

 足が前に出て、両手がそろりと持ち上がる。

 

 ほんとうに、ふわふわしてる。

 わ、ごろごろおとがした。

 

「………」

 

 こわくない。

 こわくなくて、なんだろう。

 でも、つたえなきゃ。

 

「こわくない」

「……こわく、ない?」

「うん」

 

 何でだろう。

 さっきからお姉さまがいつもと違って怖くない。

 目を細めないし、このふわふわがさっきしていたみたいに、小さく首を傾げてる。

 

「怖くないって、どういう事?……何を怖がっていたの?」

 

 なんていえばいいんだろう。

 ただ、こわかった。

 

「フラン?」

 

 お姉さまがまた少し怖くなった。

 ふわふわがお姉さまと私の間に入ってきてきゅんきゅん鳴いている。

 

「……レミィ、この状況は何?」

 

 魔女が追いついてきた。

 遅い。

 

 さっき見た人間も一緒だ。

 向けられる目が怖くて、思わずふわふわに縋り付いてしまう。

 

「まるでいじめっこといじめられっこね」

「人聞きの悪いことを言うな!!」

 

 表情を変えないまま口を動かす魔女に、お姉さまが怒ってる。

 ……ちょっと怖い。

 

「フランが、怖くないって……」

「レミィ、意味がわからないわ」

「私だってわからないわよ!」

 

 だって、このふわふわはこわくない。

 

「ふわふわ」

 

 ふわふわからお姉さまたちに顔を覗かせて私が口を開くと、皆が私へ目を向けた。

 

 ちょっとこわい。

 

「……フラン、ふわふわがどうしたの?」

「こわくない」

「ふわふわが、怖くない?」

 

 こくりと頷くと、お姉さまたちは首を傾げあった。

 

「おねえさまたちは、こわい。

 でも、このふわふわは、こわくない」

 

 びしりとお姉さまがかたまった。

 しばらくしてから、不思議な顔を私に向けてくる。

 今まで見たことのない顔。

 

「……やっぱりいじめっこといじめられっこじゃないの」

「むぐっ!?」

 

 お姉さまの羽がぱたぱたと揺れてる。

 あんなお姉さまは見たことがない。

 

「……あの、妹様」

 

 さっきから一言も喋らなかった人間が口を開いた。

 

「怖かったから、逃げたんですか?」

「……うん」

「それで、スコール……そのふわふわが怖くなかったから、逃げるのをやめたんですか?」

「うん」

「なら最初に逃げ出した、その怖かったものは、何だったんですか?」

 

 さっきもお姉さまに聞かれた事だ。

 

「だって、こわかった」

「…………」

 

 人間はゆっくりと頷いて、私が答えるのを待っているらしい。

 お姉さまや魔女も何も言わずに待っている。

 

「おとのしないへや……」

 

 まだ待っている。

 

「おこるおねえさまも、でてくるたべものも……」

 

 お姉さまと人間が揺れた。

 こわいけど、こんな風に話を聞いてくれるのは初めてだ。

 自分の中から少しずつ言葉が出てくる。

 

「……とびらの、まほうも」

 

 今度は魔女が揺れた。

 

「でも、さいしょにこわかったのは」

 

 居心地悪そうにしていたお姉さまたちが止まった。

 

「おとうさまが、このへやにいなさいって、とびらをしめたこと」

 

 お姉さまの顔が凍った。

 

「こわかった」

 

 私の言葉が終わってからも、お姉さまは動かなかった。

 このスコールというらしいふわふわが、そんなお姉さまと私を交互に困ったように見比べるだけで、他に動くものはいない。

 

「こわかった……」

 

 もう一度口を開くと、お姉さまの目から何かが零れ始めた。

 人間がどこからともなく白い布を取り出して、少し迷っているような動きをしている。

 きゅんきゅん鳴く声がすぐ傍から聞こえてきた。

 音の元を見上げるとふわふわが私の顔を拭うように頬を寄せてくる。

 そこで私はようやく、自分の顔を何かが伝っている感触に気がついた。

 

 体が動いた。

 頬を触ると、手には水がついている。

 何だろう、胸が痛い。

 

 体が動いた。

 ふわふわに縋り付くようにして顔を押し付ける。

 

 ここはこわくない。

 ……あたたかい。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。