まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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40話 Meirin

 

 

 

 ぐちゃり、ぶちり。

 

 

 ここなら誰にも見つからないだろうとタカを括っていた水瓶の中。

 ちょっとした屋根を付けただけの簡素な物置の一角に置かれた、大きな大きな素焼きの水瓶は、私に取っては絶好の居眠りスポットだった。

 使うたびに綺麗にして、出た後はそっと蓋もしているから中に入って眠っても別に汚れるでもなし……精々服に皺ができる程度。

 静かで、適度に暗くて、サボって居眠りするにはうってつけだった。

 そう、だった。

 

 

 べき、ぶちん。

 

 

 何やら音がするな、と夢うつつに感じ取ったのが始まり。

 初めはそんな音がした所で大して気にもしなかった。

 私がここでサボっているのが見つかりさえしなければ、それでいいのだから。

 

 

 ごきり、ごきり、ごきん。

 

 

 そのはずだったのに、何だろう、外から聞こえて来る、この物騒な音は。

 ふと意識の端に指先が掛かったその疑問は、ひたりと私の背筋を冷やした。

 酷く湿った音と、硬い物が砕ける音がひっきりなしに響いてくるだけじゃない。

 

 

 ふぅっ……! ふっ……!!

 

 

 酷く興奮したような吐息が混ざっているのだ。

 ぐちゃぐちゃべきべきと、明らかに生き物を咀嚼しては満足げに息を吐いて、また咀嚼して、食いちぎって。

 明らかにそういう音だ、これは。

 ならば、一体、ナニが、ナニを食べているのか?

 見るな、見るな、見ちゃいけないやつだよこれ。

 

 

 みちり、ぐちゃり。

 

 

 そこらの森から迷い込んだ野生動物?

 いや、あり得ない。

 そう、そもそもこの館の敷地内に野生動物が迷い込んで来る事なんてあり得ない。

 やつらは酷く気配に敏感だ。

 そう、強者の、化け物の気配に。

 いや、ただ迷い込むだけならまだあり得るかもしれない。

 けれど、こんな館のすぐ傍で獲物を食べるなんて真似は絶対にしないはずだ。

 そして、そんなの知った事かと少しばかりイキった程度の妖怪や妖獣程度なら、この館の敷地内に入る前に門番に文字通り叩き潰される。

 

 

 ごっくん。

 

 

 つまり、違うのだろう。

 今この水瓶の外で、ナニかを咀嚼しているナニかは、違うのだ。

 そんなこの館の住人から見ての木っ端ではないのだろう。

 では、何だ。

 何が、居る?

 

 

 っ……はぁ!

 

 

 見るな見るな見るな見るなでもやっぱり好奇心には勝てないよだって妖精だもの!

 仕方ないよね、妖精だもの!

 うん、これ大事。

 だって妖精だもの。

 三回思うくらい大事。

 というわけで、水瓶の中で音を立てないように、そっと立ち上がってちらっとな。

 蓋をそーっと持ち上げて、隙間から外の様子を伺えば、そこに居たのは。

 

 

「…………えっ?」

「ッ!?」

「メイド、長?」

 

 

 綺麗な綺麗な長い銀髪を振り乱して、生まれたままの姿で、口元は言わずもがな、体中を真っ赤に染めて。

 傍らに落ちている角からして、恐らくは鹿、らしきものを貪っていたのはよくよく見慣れた顔だった。

 思わず零してしまった呟きに反応して、俯かせていた顔を上げた、その口には、食べかけだったらしい真っ赤な肉。

 ぽたり、ぽたりと血が滴っている。

 

 

 

 …………ぷつり、ぼとん。

 

 

 

「……ッぁ」

「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

 咥えていた肉と、それに連なる肉。

 その間に架け橋のように細く残っていた肉が千切れて、ぼとりと地へ落ちた瞬間。

 私は逃げ出した。

 逃げ切れるかなんて関係ない、兎に角逃げるのだ。

 隠れていた壺から空へ、空へ、必死に。

 あぁそうだ、門だ。

 門まで逃げれば、あの門番が居るのだ。

 逃げろ、逃げろ。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「みりんさんみりんみりんさあぁぁぁぁん!?」

「誰が調味料ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 かくかくしかじかまるまるうまうま。

 それで説明が終わるのなら楽なものですけれど、そうもいかないので詳しく説明を重ねる度に、険しくなっていく咲夜さんの表情。

 そんな表情を見たくなくて、ついつい。

 

「咲夜さん……そんなにお腹が空いてたなら言ってくれれば……!!」

「抉るように刺されたいならそのまま軽口を続けなさい」

「ごめんなさい」

 

 やっちゃいました。

 まぁそうですよね。

 でも、とりあえず限りなくゼロに近いというより、ぶっちゃけゼロの可能性ですけれど潰していく姿勢は大事だと思うんです。

 

「そもそも大前提として、私が鹿をそのまま食いちぎって咀嚼できるわけないでしょう」

「普通は『私がそんな事をするはずないでしょう』じゃないんですか?」

「ここに拾われる前にやった事あるもの。生のままの鹿を血抜きもせずにナイフでバラして。不味かった上にお腹壊したけど」

「野生児ですか!?」

「仕方ないでしょ。街に居られなくなって、山の中で迷ったんだもの」

 

 …………まぁ、その辺の事情は知ってますけども。

 そこまで野生児っぷりを発揮しようとして失敗していたとは思いませんでしたよ?

 しかも生って……せめて焼きましょう。

 

「話を戻しましょう。貴方の事だから裏庭は調べた上で私に確認しているんでしょう? ……どうだったの」

「妖精の証言通り、真っ赤に染まった地面はありましたよ。ただし、それだけです」

「へぇ、それだけ。それだけ、ねぇ?」

「血痕を残して行くのはまぁ、仕方ないとして。それだけでした。それ以外は気配の欠片も残っちゃいませんでしたね」

「…………厄介な事にならなければいいけれど」

 

 犯人に悪意があるなら、そうなるでしょうね。

 そもそも、私が気づいていなかった上に、追いきれないとなると余程ですよ?

 妖精が隠れていたという水瓶には色濃く気配が残っていたけれど、それだけ。

 それ以外には地面に染み込んだ血の跡と、人型が蹲っていたであろう痕跡。

 その跡を見る限り、大きさや幅なんかは確かに咲夜さんのものと一致はするんですけれど……まぁないですわ。

 そもそもこうやって相対していてもそんな気配が全くないですもの。

 血の臭いもしませんし。

 時間を止めて処理したという可能性もありますけれど、それをしたという気配も、また無し。

 

「館の皆を集めましょう。困った事に今は幽香や藍さんがいらっしゃってるけれど……背に腹は代えられないわ」

「そうですね、そうするのがいいでしょう。では、私は図書館へ」

「ええ、お願い。こちらは客間で説明をしておくわ」

「あぁ、今ふと思い立ったんですけれど……」

「うん?」

「追う事になるなら、スコールに臭いを追わせるのが一番早いかもしれませんね。気配は無くとも、臭いはそうそう無くなりませんよ」

 

 さて、その先で鬼が出るか蛇が出るか。

 スコールの場合、鬼なら割といつも出してますけどねぇ。

 

「全く、やれやれ、ですよ」

「そのセリフはどっちかって言うと私じゃないかしら。時間を止める的な意味で」

「咲夜さんだとその敵の方じゃないですかね、色んな意味で」

「ザ・ワールド!って叫んで美鈴をナイフでハリネズミにすればいいのかしら」

「やめましょう!?」

 

 まったく物騒な。

 実際にできるのがまた物騒な。

 あぁこわやこわや、早い所図書館に行くとしましょうかね。

 

「それでは、また後程。お気をつけて」

「そちらもね。まぁ警戒態勢に入った貴女を抜けるなら、それこそ私が警戒したって焼石に水だろうけど」

 

 おや、これはまた持ち上げて下さいますね。

 ではご期待に沿えるように気張りますか。

 

 

 

 

 

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「というわけで、紅魔館への侵入者(仮)対策会議を開始したいと思います」

 

 そう切り出したのはこの私、紅美鈴。

 これでも一応館の門番、外敵への備えその一ですからまぁ納得なんですが。

 しかしながら大変に困るのは、この切り出しをする以前に、この客間に漂う空気は白けたというか呆れたというか、もうぐだぐだに緩みっぱなしなわけで。

 

「…………それなりに警戒して、集合してもらったわけですが」

「異議あり。まずはその会議名の訂正を求める」

「受諾しましょう。では紅魔館内でのお夕飯前間食事件つるし上げ会議へ変更します」

「異議なし」

 

 いつもの道士服もどきで、いつもの袖を合わせての姿勢のまま油揚げを咥えてもふもふしている藍さんより有意義な指摘。

 お行儀がーなんて空気ですら無くなっているので、もう何も言う事はありません。

 

「被告、前へ」

 

 皆からの視線が注がれる先に居るのは、先ほどから目は泳いでるわ挙動は不審だわ微かな血の臭いはするわで数え役満が入っている存在。

 もうハコってるのよ、諦めなさいスコール。

 

「…………被告?」

 

 部屋の端っこで、まるっと毛玉になっている被告。

 ちらっとこちらへ視線を投げてきたので、にっこりと笑顔で威圧。

 それなりに気合を入れたっていうのにこの有様だし、少しくらいは許されると思うんだけど。

 

「さ、おいでなさい。今ならまだ情状酌量の余地があるかもしれないですよ?」

「そうだぞー諦めて武装解除して出て来なさーい」

 

 もっもっも、と油揚げをお口の中へインし続けながらもやる気のない綺麗な発音で武装解除を求める八雲藍氏。

 氏の態度はもう致し方なし。

 そうさせるだけの白けた空気がこの場にはあるのだ。

 

 呆れた、とばかりにソファでうつ伏せのままだらけたお嬢様。

 まったくもう、仕方ないなぁなんて気配をにじませた甘々フラン様。

 とりあえず結末だけは見ておくか、な読書中のパチュリー様。

 今度は何をしでかしたのかしら、とばかりに楽し気な幽香さん。

 油揚げウマーなんて考えしか透けて見えない、もう考えるのも馬鹿らしくなったらしい藍さん。

 あたまいたいもうおへやでねむってわすれておしごとにはげもうこのばかっ! とばかりにこめかみをぐーりぐりしてる咲夜さん。

 

 ちなみに武装解除の指している武装は、言わずもがな先日作り出しやがりました革紐で背負った鉄板もとい斧。

 さらに言うなら、ついさっき潜り込みやがりました絨毯。

 間抜けな絵面ですねぇ。

 

「ほら、正直に言えばまだ皆さん許してくれますよ? ………………今度は何をやらかしたの」

 

 もそもそと絨毯へ潜り込みきった被告へそっと優し気な声をかけながら、近づいて潜り込まれて膨らんだ絨毯をぽんぽん。

 

「おーい、聞こえてるでしょう?」

 

 ぽんぽん。

 ぽんぽんぽん。

 ぽん…………ちょっと!?

 

「スコール、貴女まさか!?」

 

 いやいやいやいやいや嘘でしょ貴女、このタイミングでそんな事しちゃいます?

 私の焦った、本気で焦った声に反応して集まってきた皆さんから、また驚愕の気配。

 その視線が向けられる絨毯は、大きな平たい膨らみと、もごもご蠢く小さな膨らみ。

 そう、小さな膨らみ、である。

 その膨らみがもそもそと端の方へと移動して、ついに到達。

 にじり寄る皆の横顔を確認して、藍さんが油揚げをごくりと飲み込んだその瞬間だった。

 

「……ぅわふっ」

 

 銀髪で、頭のてっぺんには狼の耳があって、金色の瞳で、華奢な鎖骨を覗かせた、そんな。

 そんな、咲夜さん(仮)が絨毯の端っこを胸元へ握りしめながら上目遣いでこちらを見上げてきたのは。

 

 

 

 

 

『はあああああああああああああああああああああああああ!?』

 

 

 

 

 

 その瞬間、この場に居た皆の心が重なった。

 

 そう、あのパチュリー様までもが、驚きの声を上げた。

 本を落として、意外な事に口元へ両手を当ててまさに『驚いた女の子』の仕草。

 

 藍さんも大事になっていた。

 袖口からぽろりと数枚の油揚げが零れ落ち、絨毯の上へ着地しかけて慌ててキャッチ、そのまま大口を開けて丸のみする程度に。

 

 幽香さんはさらに酷かった。

 花が咲いた。

 文字通りの意味で、花が咲いた。

 ぶわっと、幽香さんのポケットや腰に吊っていた小さなバッグを起点にして百合やら向日葵やら鳳仙花やら曼珠沙華やら、雑多すぎる花が咲いた。

 種、持ってたんですね。

 いつも紅魔館のお庭を賑やかにしてくれて感謝の念が絶えません。

 

 フラン様はあんぐりと口を開いたまま硬直。

 握りしめていたマグカップは粉になった。

 お気に入りだと言っていた、デフォルメされたスコールの絵が入った、そんなマグカップだった。

 そりゃあ粉々にもなるだろう、色んな意味で。

 

 お嬢様はまるで驚いた猫のようだった。

 ぶわっと蒼銀の髪が逆立って、翼も全開。

 無意識だろう、わきわきと怪しい動きをする指が痛ましい。

 

 そして、そして。

 

 

 

 

 

「な、な、な、な!? ナァ―――――――!?」

 

 どこの猫ですか咲夜さん。

 痛い程気持ちはわかりますが。

 そりゃあもうわかりますが。

 

「ぉ……ごぉえん、なさぁい……」

 

 わぁ舌ったらず。

 真っ青になりながら涙目でそれですか?

 駄目じゃないですか、その姿でそんな仕草をしちゃあ。

 漲っちゃいますよ、咲夜さんが……って自分の顔でそんな事されては流石の咲夜さんも守備範囲外でしたか。

 ひたすら微妙な顔をしていらっしゃいますが、ご愁傷様です。

 

 

 

 

 

 ん、んむ。やっぱり声を出すのって難しいんですねぇ。

 てへぺろー?

 

 

 

 

 

 スカーフの魔法で聞こえてきた意思に、脱力。

 スコール、説明しなさい。

 はよ。

 

 

 

 

 

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 あれから数十年!

 なんてどこぞの漫談ほど時間は流れていませんが、まぁそれなりに大混乱が収まる程度には時間が経ったここ、紅魔館。

 どっから嗅ぎ付けてきたとばかりに、天狗やら鬼やら隙間やら亡霊姫やら人形遣いやら魔界神やら。

 …………何という無駄に豪華すぎる面子。

 

「ほうほうほうホォゥ!?」

 

 鬼が、萃香さんがすぐ傍に居ると言うのにお構いなしでテンション天元突破を果たした烏天狗。

 その対面には、また烏天狗。

 ただし銀の長髪、金の瞳、耳、尻尾に加えて、開いた口には立派な牙まであるカオスっぷり。

 半分だけ椛柄のベストに黒いスカートな本人もとい本天狗に対して、これなら伸縮に強かろうとアリスが即興でシーツを縫ったトーガ姿の烏天狗(仮)である。

 最早わけがわからない。

 ぶっちゃけるともうちょっと自己主張抑えなさいと言い聞かせたくなる変化っぷり。

 館の面々への変化を終えて、外様の面々へ突入して数回。

 

「それにしても私はこう見えてるわけですか! もうちょっと胸は大きいと思うんですがねぇ!?」

 

 カメラ握りしめ、ぐーるぐると下手人の周りをうろうろしてはシャッターを連打するのはやめましょう。

 もう危ない天狗にしか見えないから。

 しかしまぁ、驚いた。

 斧に使った材料を基点に、使われた面々の姿を写し取るとはまた、何とも。

 今まで人化できないできない言ってたのは何だったのか。

 

「お、今度は藍さんですか!? …………これまた、何とも!」

 

 文さんの姿からするりと変化したのは、油揚げのない藍さんの姿。

 ちがう、そこじゃない。

 そもそも耳は似たような形だから、色味が金から銀に変わって尻尾が減った、みたいな?

 さっきから色々と変化を重ねてるけど、銀の長髪、瞳の色、牙、耳、尻尾だけは変わらず。

 そこだけは押さえたまま、まぁ見事に化ける事。

 そそくさとソファーに掛けたまま油揚げをもっもっもと咥えている藍さんの隣へ陣取り、差し出された油揚げをもっふもっふもふ。

 とはいえ経験値の差か、食いちぎってしまってポロ……リと落ちきる前に鋭すぎる牙を剥きながら丸ごとばくり。

 何かさっき似たような光景を見たような?

 

「いや、狐や猫でもないのに見事に化けたもんだ」

 

 ふむふむ頷きながら興味深そうに観察するのはいいんですけどね、藍さん。

 せめてその整った知的な顔に見合った装備をするべきだと思うんです。

 具体的に言うなら油揚げ。

 咲夜さんが丹精込めて作ったのもあって、美味しいのは間違いないんでしょうけど。

 

「じゃあ次はもーみーじー! もーみーちゃああああん!!」

 

 藍さんとスコールの掛けたソファの空いた端っこ、丁度スコールを挟む形で文さんに押し込まれた椛ちゃん。

 じーっと藍さん(仮)と見つめ合って、数瞬。

 ふわり、と藍さん(仮)と椛ちゃんの身長差の分だけトーガがずれた。

 ……あ、これ今までの中で一番近いですね、見た目。

 髪の長さ以外違和感ほぼゼロ。

 

「もっとくっついて! 腕を絡めて! ほら、藍さんも、ほら!!」

 

 ほぁー、なんて興味深そうな目を向けられて居心地悪そうな微妙な表情をしながら、ことりと首を傾げる椛ちゃん(仮)

 というかソファに座ってる犬科一同、みたいな見た目がまた……。

 狐(大)×1、狼(小……いや、中?)×2?

 スコールが両隣の二人の腕を取ってにぱーっと満面の笑みを浮かべたこの絵面、何か妙に微笑ましいですねぇ。

 後で写真下さい。

 

「ではではぁ! 次、次ですよ!」

 

 促されて、ぐるりとまだ化けていない面々を視界に収めては次だぁれ? とばかりにもう一度首を傾げる椛ちゃん(仮)の姿。

 見た目からして可愛らしいのに、仕草がまた。

 まぁ椛ちゃん本人も普段から似たような仕草ですから、ある意味似た物同士の見た目まで似ちゃった系?

 ぐるり……ぐるり……ピン!

 まさに、ピンと立った。

 耳と尻尾が。

 

「…………ぅぁい!」

 

 にょきっと伸びたかと思えば、ソファから立ち上がって無駄に自信満々なポーズを取る銀髪西洋人形風味わんこ。

 そう、胸を張ってふんすと誇らしげなアリスさん(仮)である。

 いや、知ってたけど結構胸あるんですねぇ、アリスさん。

 出るとこは出て、くびれる所はくびれて、もう一回出るとこは出る。

 トーガの裾から覗く脚はすらりと伸びて、まさに魅惑の脚線美。

 身長もそれなりにあるし、これはこれは。

 あぁ駄目ですよ咲夜さん、襲い掛かっちゃ。

 そんな目を真っ赤にして睨んだって駄目なもんは駄目です。

 めっ!

 

「ちょっと、何で私の時だけそんな胸張って……トーガを緩めるんじゃない!!」

「わっほーいちょっとだけアダルティーなアリスちゃんだぁ!」

「母さんも喜んでないで止めてよ!?」

 

 むふー、と満足げに息を吐いたかと思えば、そっとトーガの胸元を弄り出してはちらりちらりとアリスさんへ流し目。

 まぁスコール的には別に裸とかに対する羞恥はないでしょうからねぇ。

 そもそも言ってしまえばいつもスッパなわけですし。

 神綺様からよしよし、いい子いい子と頭をなでなでされてふにゃふにゃ微笑みながら尻尾を振るアリスさん(仮)

 見た目は割と犯罪的である。

 いや、色んな意味で。

 そして神綺様の後ろで悶えているアリスさんが不憫でなりませんねぇ。

 不憫と書いておもしろいと読む程度には。

 いやはや、面白いですねぇ、もう比喩表現使うのも億劫になる面白さ、プライスレス。

 

「ねぇスコールちゃん、次は私! 私に化けてみて!!」

 

 よしよししながら自分を指さしてぴょんぴょん跳ねる神綺様、アリだと思います。

 アリですけど、後ろで真っ赤になった顔を両手で覆って悶えるアリスさんもアリだと、思います。

 いやはや可愛い可愛い面白い。

 

「どぉ、でぅ?」

 

 相変わらずの舌ったらずのまま、目の前の神綺様へ化けた所で、同時に神綺様も化けて。

 神綺様に狼の耳と尻尾がにゅっと生えたかと思いきや、そのままスコールと腕を絡めて文さんへぴーすぴーす。

 可愛すぎか。

 文さん、撮りすぎ撮りすぎ。

 フィルムの入れ替えがまるで銃の弾込めみたいに見えるってどうなってるの。

 無駄に緊迫した表情で、巻き取りの時間が惜しいとばかりにサブのカメラ構えるのやめましょう?

 

「もうやめてよ母さん!! 恥ずかしいじゃない!?」

「えーもうちょっと……」

「夢子さんに言いつけるわよ!?」

「うわぁぁぁぁんアリスちゃんが苛めるのよ幽香ちゃぁぁぁん紫ちゃぁぁぁん!!」

 

 今この瞬間、ずずーと暢気に啜っていた緑茶を思わず噴き出した私は悪くないと思う。

 まさかの幽香『ちゃん』に紫『ちゃん』である。

 ほら、周りの面々も目を剥いてるし。

 さらに言うなら神綺様にまるでタックルの様に抱き付かれた本人たちも若干バツが悪そうな顔してるし、藍さんに至っては油揚げ咥えたままひーひー笑ってる。

 あ、スキマに落とされた。

 南無。

 

「なら次は私ー」

 

 そんな喧噪なぞ知らぬわーとばかりにふよふよと寄って行った、お湯のみ片手の西行寺さんちの幽々子さん。

 ぐるぐる模様のついた帽子を脱いで、神綺様(仮)の頭に生えた耳の上にぽふり。

 耳の上で傾いてるそれ、帽子の意味ないわ。

 

「…………ん、んん?」

 

 ん?

 

「ぁ、れ?」

 

 んん?

 幽々子さんを見つめたまま目を見開く?

 今まで散々ほいほいと変化してきたって言うのに、何でしょうね一体。

 

「さ、く「はいすとーっぷ。いいわ、何も言わなくていい。でも、内緒ね?」…………ぅぁい」

「さて、次は誰ー?」

 

 しー、何て指を立てて内緒話のポーズな幽々子さん。

 神綺様(仮)の姿のまま……へにょりと耳と尻尾を垂らして、悲しげな様子のスコールを見るに、暴くような事でもないか。

 いい子いい子、と頭を撫でて、少しばかり妙な空気になった周りを見回して、困ったようにあらあら、と。

 まぁそこに触れるような事は誰もしませんよ。

 それにこのお姫様ならそんな空気程度軽く流せるでしょうから、まぁそちらも気にしませんし。

 

「んー……あら、後は……風見のお花妖怪さんだけ?」

 

 あぁ、言われてみれば?

 最初から居たのに、何故か幽香さんにはまだ化けてませんでしたねぇ。

 それこそ館の面々はこあちゃんにまで化けたっていうのに。

 先ほどの神綺様事件の瞬間まで気配を消してましたし?

 

「どうしたんです、幽香さん? そんな『うわ見つかった』みたいな顔なんてしちゃって」

「あー、いや、その……」

 

 おや珍しい。

 あの幽香さんが言い淀むなんて。

 

「は…………」

「はい?」

 

 …………うわ。

 頬を染めた幽香さん、破壊力が。

 

「恥ずかしい、じゃない、そんな、私の姿とか」

 

 うん。

 …………うん。

 

「スコールちゃん、ヤりなさい!!!」

「そうよスコール! やっておしまいなさい!!」

 

 待ってました、とばかりに叫ぶ魔界神と隙間に潜ませておかなきゃいけない大妖。

 慌てて止めようとする幽香さんを二人がかりで抱きしめて足止めしてまで見たいか。

 いや、見たいですよねそりゃあ。

 

「うわっふ―――――!!!」

 

 よしきたー! とばかりに尻尾を振り回して変化を開始したスコール。

 小さな神綺様の姿が、すらりと伸びて、女性でも思わず見惚れる、トーガから零れ落ちたしなやかな脚線美に、細い肩。

 アリス以上に出る所は出て、くびれる所はくびれたその肢体の上には、普段見慣れない表情をした幽香さんのお顔。

 

「ぅゎふ! うわっふぅ!!」

 

 スカーフを外したままで、念話すらないのに何が言いたいかは良くわかる。

 能天気な笑顔で尻尾を振って、腕を広げて、褒めて褒めてと言わんばかりに辺りを見回す銀髪金眼牙耳尻尾フル装備パーフェクト幽香さん(仮)

 ああ。

 

「な、ちょ、やめっ……やめて、やめなさいスコール!!」

 

 ああ、これは。

 

「文あぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

「はい喜んでー!!」

 

 萃香さんの雄叫びに、幻想郷最速を謳うに相応しい速さで、恥ずかしがる幽香さんと幽香さん(仮)をカメラに収め続ける文さん。

 残像だ。素晴らしい。

 そして何よりも……ああ…………あぁ!

 

「やめて、やめてよぉ!」

「わっふん!」

 

 真っ赤になってわたわた慌て続ける珍しい幽香さん(真)に、正面から満面の笑みで抱き付いて頬ずりする幽香さん(仮)もといスコール。

 良くヤった! なんてニヤニヤ笑う紫さんに、無邪気にはしゃぐ神綺様。

 残像を残し続ける天狗。

 

 

 

 ああ、これは、いいものだ。

 君、後で焼き増ししてくれたまえ。

 これで紅魔館は万年戦える。

 …………咲夜さん的な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにスコール、誰かに化けるんじゃなくて、自身の人化は?」

 

 何故か不思議とできないんですよねぇ。

 斧に色々ぶっこんだお陰か、関わった方々へ化けるのはすぐにできたんですけど。

 貰った髪やらの関係で、そっちから写し取るのは楽でも……さぁ自分に化けるぞとなって、どういう顔をすればいいのやら。

 

「確信犯的な言い回しの間違いをしないように」

 

 てへぺろっ!

 

「私の姿でその仕草はやめなさい。……ふと思ったけど、私の姿に化けても色味的に『紅』美鈴じゃないですよねそれじゃあ」

 

 なら『銀』美鈴とでも銘打ちます?

 いんめーりん?

 

「なんてパチモン臭……!」

 

 応用で八雲『銀』になるんですね、わかります。

 

「わからんでよろしい」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば裏庭で間食してた時、何で咲夜さんの姿だったの?」

 

 いや、人化した姿でも獲物食べられるかなーって思っちゃいまして。

 お腹も空いてましたし、ついつい。

 館の裏で隠れながらだったもので、無意識に咲夜さんの姿でやっちゃったんですよねぇ。

 

「想像以上に下らない理由だった……」

 

 ちなみにいけました。

 とりあえず牙が残ってれば何とかなるもんですね!

 

「野生児時代の咲夜さんの再現はやめなさい」

 

 何ですかそれ詳しく!

 

 

 

 


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