まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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25話 Yuka

 

 

 

 冬が過ぎ、春を経て、夏へ。

 短い桜の季節を楽しんで、夏の向日葵を愛でよう。

 そう、楽しみにしていたというのに。

 いつまで経っても冬のまま、桜の開花どころか雪解けの気配すらやってこない有様。

 暦の上ではもう梅雨が近づく時分だというのに、どうした事か。

 こうまで自然が乱れると、草花たちの生まで乱れてしまう。

 

 こうなったら、原因を取除きに動かなければいけないわね。

 でも一から調査して解決っていうのは手間だわ…………。

 いっそこの冬に辟易としてる紅魔館の皆と一緒に異変解決に乗り出してしまおうかしら。

 

「はぁ……」

「あら、溜息なんて珍しいわね」

 

 ……あぁ、やってしまった。

 折角のお茶会だっていうのに、ホストの前で溜息なんて、失礼にも程があるというもの。

 

 とはいえ咲夜は気分を害したわけでもない……むしろ珍しさに目を瞬かせて……違うわね、輝いてるわ。

 溜息一つでこうまできらきらした視線を頂くなんて予想外。

 

「ここまで冬が続いたら溜息の一つも出るわよ。もう梅雨になろうっていう時期なのに、未だ雪よ?」

「別に冬が嫌いという風には見えないけど……」

「季節が狂うという事は、私の趣味や存在に甚大な影響が出るの」

「あー……そうね、花の妖怪だったわね、貴女」

「なに?忘れてたの?」

「多芸すぎて、つい」

 

 どういう答えよ、一体。

 しかも悪びれもせずにいけしゃあしゃあと言い放つ辺りが彼女、咲夜らしいといえば、らしい。

 メイド長をやってる時以上に、オフの時はさらっと好き放題言うわね。

 でもね、それはそれ、これはこれという便利な言葉があるのよ?

 

「痛いわ、幽香」

「なら時間を止めて、つままれる前に逃げればよかったでしょう。何でさっちゃんはそれをしなかったのかしらねぇ?」

 

 紅茶を載せた小さな丸テーブル越しに、座っていた細身の椅子から腰を浮かせて咲夜のほっぺたをむーにむに。

 瑞々しい玉のお肌が指先に心地いい。

 

 不満を口にしながらも、いつもの澄ました顔がちょっと照れくさそうになっている辺り、嫌がっていないのが丸分かりよ?

 瀟洒だとか悪魔の犬だとか言われているみたいだけれど、素は誰かと一緒に居るのが大好きな寂しがり屋の女の子。

 その辺はスコールと似たもの同士よね。

 

 っと、この辺にしておかないとね。

 真っ白な肌だから、赤くなっちゃったら目立つもの。

 少しばかり名残惜しいけれど、仕方がないわ、離してあげましょう。

 

「幽香の綺麗な指先を頬で感じてみたかったのよ」

「………咲夜、それ聞きようによっては物凄く危ない子よ?」

「たまには軽快なジョークを飛ばせと、先日お嬢様に申し付けられたもので」

「……ジョークだったの?」

「…………ジョークのつもりだったんだけど」

 

 うん、これだ。

 完璧なように見えて、たまにどこかがズレてたりするのよね。

 それもまた咲夜の魅力なんだけど、

 美人は何をしても様になるとは聞くけど、咲夜はまさにそれを地で行くと言うか何と言うか。

 ちょっとおかしな表現になってしまうけれど、欠点の一つや二つは軽く魅力に変えられるだけの、そんな魅力があるわね。

 ……それはそれとして、ジョークはとりあえず流しておきましょう。

 

「話をちょっと戻すけど。咲夜、この冬をどう思う」

「春が春眠を決め込んでるんじゃないの?」

「…………ジョーク?」

「そうですよ?」

 

 にっこり笑って『そうですよ?』って。

 折角流したというのに、敢えてまた振るとは。

 可愛くて思わず許しちゃいそうになったけどね……残念ながらジョークのセンスはないわよ、咲夜。

 とりあえず紅茶を一口飲んで、落ち着きましょう。

 咲夜が能力で保温しているとはいえ、やっぱり飲むべき時に飲んであげないと。

 

「まぁ真面目に答えるなら……少し前に魔法による調査を行ったパチュリー様曰く『冬が去らないのではなく、春が来ていない』らしいわね」

「来ていない、ねぇ?」

「奇特な誰かが春を独り占めして、雪の中で桜の花見でもやってるのかしらね」

「そんな事をするくらいなら、春になってから周りに雪を降らせた方が遥かに楽でしょうに」

「言えてるわ」

 

 仮にそんな理由だったとしたら…………そうね…………ちょっとお仕置きをしに行かないとね。

 

「あら怖い顔」

「失礼ね」

「でもそんな顔も魅力的よ?」

 

 確信犯的な言い回しの末、お皿に盛られた小さなチョコレートを一枚そっと摘んで私の口に宛がう咲夜。

 目が笑っている辺り、さあどう出るかしら、といった所か。

 なら、期待に応えてあげないとね?

 

「きゃっ!?」

「ん~?」

 

 ぱくりと指ごとお口の中へ。

 咥えた瞬間に指は引き抜かれてしまったけど、口の中に残ったままのチョコレートが自己主張。

 うん、美味しい。

 

「随分と可愛らしい声を上げたわね?お顔も真っ赤!」

「……今日はまた随分と意地悪ね?」

「可愛らしい子は素直に可愛がる性分なの」

「まるでスコールみたいだわ」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。

 スコールも事あるごとに可愛らしい可愛らしいって猫可愛がりをするタイプよね。

 狼が猫可愛がりというのは言葉的にどうかと思うけども。

 でも今はそこじゃないの。

 話を逸らそうとしたってだぁめ。

 

「…………」

「赤くなったのがそんなに恥ずかしいのかしらねぇ、さっちゃんは?」

「っ!?」

「あ、時間を止めちゃだめよ?素敵な素敵なお茶会に、凍った時間なんて無粋だわ」

「……わかったわよ、だからそんなに見詰めないで」

 

 拗ねたように上目遣いで、そんな事を呟かれたらね?

 うん、可愛さでこちらの顔が赤くなっちゃいそうだわ。

 これがスコールだったら有無を言わさず抱きついて可愛い可愛いって全身全霊で愛でるんでしょうねぇ。

 この顔、写真にして部屋に飾っておきたいくらい。

 ………あぁでも、やっぱり違うかしらね。

 今この瞬間に見るからこそ、この感動!

 

 

 

 ………………でもやっぱり、ちょっと欲しいかも。

 後でパチュリー辺りに聞いてみよう。

 記憶の中から写真へその像を起こす……念写、だったかしら?

 それができるといいけれど。

 もし成功して、写真ができたら……うん、前の宴会の時、一緒に撮った写真の横にでも並べておこう。

 今まで写真立てなんて使ったことは無かったけど、スコールやフラン、この館の皆に会ってからは足りなくて仕方がないくらい。

 文もそれがわかってからは私の喜びそうな写真を持ってきてくれるし。

 良いものね、こういうの。

 

「こう、凄く優しい笑顔を正面から見せられると……どうしていいのかわからなくなるわね」

「あらあら、修行が足りないわよさっちゃん?」

「ねぇ、さっちゃんはやめましょう?」

「赤くなるのをやめたら考えてあげるわ」

 

 ただし、やめるとは言わないけど。

 あぁもう、可愛らしいったらないわ、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ、居た居た。幽香、この冬の異変、解決しに行かない?」

「入るなら扉から入りなさい、三人とも」

 

 赤みの残る頬を少しばかり膨らませたままの咲夜と二人でゆるりと楽しいお茶会に興じていた所、テラスの窓から乱入してきたのは二人と一匹。

 真っ白な毛並みの所々に雪をつけたスコールと、もこもこと暖かそうなファーの付いた紅いダッフルコートのフランと真っ白なコートを着込んだアリス……あら?

 

「アリス、フラン。貴女達、そのファーはもしかして……」

「スコールの毛。いや、丁度よさそうだったから少しだけ譲って貰ったんだけど……うん、思っていた以上だったわ」

「ちなみに館の皆の分のコートにもついてるよ」

「魔力の通りがいいし、やったらと丈夫だから色々使えそうだったんだけど……今の時期ならこれかなーって」

 

 そんなに刈って大丈夫だったのかしらね?

 でもちょくちょくスコールとは会ってたけれど、そんなに毛が減ってた事なんて無かったような。

 まぁスコールなら『何か一晩で生えました!!』なんて言いだしそうだし、気にしないでおきましょう。

 うん、パチュリーあたりが育毛剤でも作ったのよきっと。

 

「それで、どうするの?」

 

 頭の中で渦巻くスコールの毛刈り顛末が一段落した所で、対面に座って瀟洒に紅茶を飲んでいた咲夜からの一言。

 皆が入ってきた瞬間に赤みも失せて、それこそ『瀟洒』に紅茶のカップを傾ける始末。

 全く、可愛らしいったらないわ。

 次はこれを話の種にしてからかってみようかしらね?

 

 それはそれとして……うん、行くのは問題ないけれど…………長く外に出るなら、着てきた軽い雪避け用のコートじゃなくて、家に置いたままの本格的な防寒コートに変えてこないとね。

 家からここまで来るだけならこれでも良かったけれど、外で調査をするとなったら流石に少しばかり寒さが堪えそうだわ。

 元々寒いのは苦手な方だし。

 

「ご心配無く。用意してありますわ」

 

 コートの他は何がいるかしら、と考えを巡らせる私の耳に飛び込んでくる意外な言葉。

 用意?

 何を?

 

「今日の帰りにでも渡して驚かせようかと思ってたんだけどね」

 

 言いながらクローゼットへ向かい、襟と袖に見事なファーが踊る真っ赤なロングコートを取り出した咲夜。

 ハンガーから外して、姿見の前で『気に入るのはわかっているんですよ?』とばかりに笑顔を浮かべて待ち構える始末。

 

 でもね、少しだけ待ってもらえるかしら?

 …………私の、コート?

 

「花や果物やハーブ、その他にも色々とお世話になってるからね。それにスコールたっての希望でもあったのよ?」

「そう、なの?」

 

 だってこの面子の分を作ったんですよ?

 ユウカさんの分が無いなんて事があるわけないでしょうに!

 とはいえ、私は材料の提供しかしてませんけどね。

 アリスさんとサクヤさんが頑張ってくれました。

 

「紅魔館の皆と、アリスと、幽香。うちの分が六着に加えて更に二着分だからね。刈った後は面白い有様だったのよ?」

「パチュリーの作った育毛剤をかけて一晩寝たら元通りどころか、丸々とした毛玉だったけどね」

「思わぬ収穫で更に材料がもらえたから、私としては服を作るくらいの手間なんて何でもなかったけどね」

 

 ……本当にパチュリーの育毛剤だったなんて。

 いや、予想通りだけど、ある意味まさかの事実だわ。

 

「折角作るなら頑丈かつ実用的な物を、という事になって布から何から全部手作りになったから……実際形になったのはつい最近なんだけどね。咲夜がいなければもっとかかってたでしょうけど」

「アリスさんがここぞとばかりに『やりたかった事』を詰め込んだからね。それにパチュリーも乗り気になって……うん、まさか修復や撥水の機能まで付くとは思ってなかったよ」

「……いや、ほら。貴女とレミリアの人形作りのテストケースにも丁度良かったし?」

「染料に私達の血を使ってみたり、布にも髪を編みこんでみたりとかね」

「ま、魔法としては常套手段なのよ!?」

「いや、わかってるから、そんなに慌てなくても……」

 

 ……咲夜がゆーらゆーらとこちらを誘うように揺らし続ける、件のコートをじっと見つめてみて、納得。

 襟元のファーに隠れてちらりと覗くに留まっている金の刺繍やコートその物から感じる気配は、確かにこの子たちの物であったり、パチュリーの魔力であったり。

 どれだけ……どれだけ、私を驚かせれば気が済むのかしらね、この子たちは。

 

「あ、でも……血とか、そういうのが気色悪いっていうなら、もう一度咲夜に作り直してもらうけど……」

「作ってる時も言ったけど、幽香がその程度の事を気にするわけがないじゃない。だって、幽香よ?」

 

 アリス、その通りではあるけれど、後で酷いわよ?

 ……でも、そんな事よりも、何よりも。

 文字通り身を削って、純粋に私のために作ってくれた物を気色が悪いなんて言う程、落ちぶれたつもりはないわ。

 当然限度はあるけれど、この程度でとやかく言うと思われたのが少しばかり悔しい。

 ええ、だから、そう。

 少しばかり仕返しをしてあげましょう。

 

「私がそんな事を……その程度の事を、疎むと思ったの……?」

「ちょ、幽香さん苦しい……!?」

「……うわぁ……フランからミシミシ音がしてるわ……」

 

 ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ力を込めて抱きしめる。

 背中に左手を、頭に右手を回して、ぎゅっと。

 僅かながらの悔しさと、あふれ出る嬉しさを込めて、ぎゅっと。

 

「いくら昼って言っても、吸血鬼を力で抑える辺りがやっぱり規格外だわ」

 

 アリス、本当に茶々を入れるのが好きね?

 心配しないでいいわ。

 ちゃんとお仕置きカウントは増えてるもの。

 …………でも、おかげで少しばかり冷静になれたわ。

 うん、まずはこれを言っておかなければいけなかったわね。

 

「皆、ありがとう。嬉しいわ」

 

 作ってくれたコートは言わずもがな、何よりも、作ってくれたその気持ちが嬉しい。

 言葉じゃ言い表せないから、フランへの仕返しにかこつけて、その思いを抱きしめる力に乗せるしかない。

 あぁ、私らしくないわね、こういうのは。

 

「わ、わかったから少し緩め……!?」

 

 

 

 

 ぐき。

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

「フラン様!?」

「ちょ、ちょっと幽香、あんた何を……!?」

「いや、あれ、え……フ、フラン?」

 

 抱きしめていた体の、背骨辺りから響いた嫌な音。

 わずかばかりの抵抗をしていたフランの体がプルプルと震えて、こちらを見つめてくる涙の浮いた瞳。

 

「……フランでよかったわね。咲夜だったら上と下が泣き別れしてたわよ、あれ」

「……生々しい事を言わないでよ」

 

 ………まずは、体へ衝撃を与えないようにそっと手を離して、確認。

 吸血鬼らしい再生能力を発揮したらしく、へし折れた背骨は既に元通りになった模様。

 浮かんだままの涙が一筋、零れ落ちると同時に手が動いた。

 

「ごめんなさいね」

 

 手で拭おうとしたフランを制して、ハンカチでそっとその跡をぬぐう。

 あぁ、いくら感極まったからといって、力加減を間違うなんて。

 し、失態どころの話じゃないわ!

 

「……ねぇ咲夜、私あんなに慌てた幽香を初めて見たわ。これでも結構長い付き合いだったんだけど」

「美人は慌ててもやっぱり美人だわ。目の保養」

「主人の妹の背骨がへし折られたばっかりだっていうのに、いつも通りね、あんたは」

「だってもう治っていらっしゃるもの。それに幽香の慌てように当てられて、逆にどうしようって困ってる姿もまた……ええ、いいわね」

「ぶれないわね、本当に」

 

 後ろから聞こえてくる暢気なやり取りが耳に入って、再び冷静になれた。

 ある意味いい仕事だけど、空気を読まないわね、二人とも。

 わざとでしょうけど。

 

「まさか折れるとは思ってなかったなぁ…………スコール、やっぱり幽香さんは凄かったよ……」

 

 フランの綺麗な金糸の髪を梳きながら目を合わせた途端、ちょっと問い詰めたい事を呟くフラン。

 その目にも言葉にも怒り怯えを感じないのはほっとしたけれど、その評価はどういう事なのよ……。

 

「まぁもう治ったし、気にしないでね。……昔、お姉様と喧嘩してた時は文字通り色々弾け飛んでたくらいだし、どうってことないよ」

「……そういうわけにはいかないわよ」

「なら、また遊びに行った時にはうんとお持て成しを要求するっ!」

 

 まるで花が咲いたような可愛らしい笑みを浮かべて、それでおしまいとばかりに私へ抱きつくフラン。

 膝立ちのままだった私の胸に飛び込んできて、上目遣いに『駄目?』だなんて。

 ……あぁもう、本当にこの子は!

 

「幽香、感極まる気持ちはわかるけど、次にやったら流石に取り繕えなくなるわよ」

「わ、わかってるわよ!?」

「とりあえず幽香、このコート着てみてくれる?いい加減腕が疲れてきたの」

「人の感動をぶち壊すのが本当に上手ね、貴女たち……!」

 

 さっきから何回目よ?

 しかも今のは壊さなくてもいい感動だったでしょうに。

 とはいえ……この胸の中の可愛らしい子を離すのは惜しいけれど、仕方がないかしら。

 咲夜が言ったように、気に入ったのは間違いないし、着てみたいのも間違いない。

 何より、このままだとだんだん混沌としてきて、また脈絡もなく宴会に突入しそうだしね。

 

「……ごめんなさいね、フラン。コート、着させて貰うから少しだけ離して貰えるかしら」

「本当に、フランには優しいわよね、幽香」

「アリスと違って小生意気じゃないもの」

「いや、うん。確かに純粋さなんてどこぞの母親様のせいで魔界に置き忘れてきたわね」

「たまには帰ってあげなさいよ?」

「あら、幽香がそんな事を言うなんて珍しい」

「少し前に紫経由で『アリスちゃんに少しは里帰りするように幽香ちゃんから言ってあげてよぉ!』なんて伝言が来たからね」

「…………今度里帰りして、大江戸を1ダースプレゼントしてくるわ」

「程ほどにね」

 

 声を掛けると、ちらりと名残惜しそうにこちらを見てから腕をほどいてくれるフラン。

 所作が一々可愛らしくて、たまらないわね。

 うん、咲夜があんなのになるのも頷けるわ。

 

「はい、コート。ちなみに採寸はアリスがハグで済ませたわ」

「……前にいきなり抱きついてきたのはそれだったのね。咲夜の病気がうつったのかと思ったわ」

「抱きついただけでわかるなんて、ある意味私以上だと思うけど」

「間違いないわ」

 

 後ろから『間違ってるわよ!?』なんて叫び声が聞こえてくるけど、気にしない。

 咲夜が後ろからかけてくれたコートに腕を通して、ボタンをとめて。

 くるりと部屋に備え付けられた鏡の前で回って、着こなしを確認。

 

「かっちりしてるかと思ったら、動きやすいわね」

「魔力を通せば傷もなおるし、そもそもよっぽどの事がなければ傷もつかないわよ」

「至れり尽くせりだわ。ファーも暖かいし、装飾も綺麗だし……本当に、ありがとう」

 

 隣に立っていた咲夜の頬に、キスのサービスを。

 正面に立っていたアリスには、極上の笑顔を。

 そのアリスの横で嬉しそうな顔をしていたフランには、腕を広げていらっしゃいと合図。

 スコールは…………ちょっと、静かだと思ったらいつの間に咲夜のベッドで寝てるのよ?

 

「やっぱり幽香さんは紅も似あうね!」

「あら、そんな事ばかり言ってると私の家に連れて帰っちゃうわよ?」

「存分に持て成されてあげるから、連れて帰ってもいいんだよ?」

 

 中々言うわね。

 うん、この異変を片付けたら存分に可愛がって持て成してあげるんだから、覚悟しなさいね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 貰ったコートを着て、オマケと渡されたもこもこのファーがついた耳当てまで装備した上で、出発した異変解決。

 

「…………何で進むにつれて人が増えていくんでしょうね」

 

 原因はわかってるんだけど。

 

「何、旅は道連れ世は情けって言うだろ?それにコイツや慧音の友達だったら、悪い奴じゃないのは保障されたようなもんだしなぁ」

「一緒の方が楽できるじゃない」

「この時点で記事にできるのに、更にいいネタがあるのが分かっていてついていかない手はないじゃないですかっ!」

 

 まずは情報収集、という事で、人里で軽く聞き込みをしてから本格的に動き出そうとした所、まぁ来るわ来るわ。

 慧音の所でごろごろしていた蓬莱人の焼き鳥娘(スコール談)に、気だるげに食料を買い込もうとしていた博麗の巫女に、幻想郷最速を謳う烏天狗の新聞記者。

 館に残ったパチュリーの『下手をしなくてもどこか攻め滅ぼしかねないメンバーね』何ていう言葉の真実味が更に増してきたわ。

 いや、そんなつもりは毛頭ないけれど、メンバーだけ見たら確かに。

 私自身も力がある方だと自認しているけど、加えて他のメンバーもまぁ、大概よね。

 事、夜であれば最強の一角に名を連ねる吸血鬼が二人に、多芸な人形使いが一人、時を操る人間が一人、中身以外は立派な妖狼が一匹。

 ここにさらにさっきの三人が加われば、言わずもがな。

 この異変を引き起こした黒幕が下手な対応をしたら……ええ、ご愁傷様ね。

 逃げようにも霊夢が結界を引くでしょうし、それが為される前に逃げようとしても文やスコールの快速組が足止めに回れる。

 よくある前衛、後衛なんて考え方が当てはまらないオールマイティ組が多いからカバーもできる。

 絡め手も……うん、霊夢の勘やアリスの器用さがあればなんとかなると思うし、いざとなれば力技もあるし。

 

「ちなみに各所に聞き込みをした所、普段全く見覚えの無い顔がちらほら出没してるようなので……とりあえずはそちらを当たってみるのがいいかもしれませんね」

 

 つらつらと戦力分析をしていた所でいきなり有力情報が投下。

 こういう時はフットワークの軽さが物を言うわね。

 情報収集の途中で私達と出合ったようだし、こちらもあちらも渡りに船といった所かしら。

 文は記事のネタが、私たちは当面の目指すべき目標が。

 持ちつ持たれつというのは理想的な関係だわ。

 

「ちなみに特徴とかってわかるの?」

「えーとですね、そちらに関しては結構具体的な情報まで出てきてるんですよ」

 

 緑の服、白髪、刀二本、人魂、少女。

 

 具体的すぎるわ。

 そこまで特徴があって尚且つ普段顔を見ないとなると、結構な怪しさよね。

 何しろ、あの文が『心当たりがない』と言う程だし。

 よほどどこかに引き篭もっていたのか、それとも新しく外から入ってきたのかは知らないけれど。

 

「いっそ分かれて探す?パチュリーの作った遠距離通話の魔法具、二人とも持ってるよね?」

「私は持ってるわ。アリスは……うん、持ってるみたいね。なら三方に分かれて行きましょうか」

 

 定石で行くならば戦力の分散が、なんて考えるんでしょうけど、まぁ……。

 本来なら単独で突っ込めるようなメンバーが集まってるわけだし、何かあれば連絡という形も良いかもね。

 分かれ方にもよるけど。

 

「んー……はい、三つのグループを作ってください!」

「また漠然としてるわね、それ」

「いや、でもできてるよ?」

 

 フランの提案と、号令。

 あんまりにも漠然としすぎていたし、唐突だったから待ったをかけたけれど、言われて見れば確かに三つのグループができているわね。

 しかも言われた瞬間に動き始めたし。

 

 私の所に文と咲夜。

 スコールの所にはフランとレミリアが。

 アリスの所には霊夢と……霊夢に引っ張って行かれたらしい妹紅が。

 咲夜が私の所へ来たのは少し意外だったけど、人数や戦力バランスでも考えたのかしらね?

 

 それにしても……うん、どのグループと当たってもロクな事にならないのが目に見えてるわね。

 私の所と当たれば、場合によっては色んな意味で咲夜の餌食だし……文の記事に載る量が増える。

 何かしらの困った事態でも咲夜の能力や文の速さで退避も利くし、私も大概頑丈な部類だからそうそう落ちる事はない。

 

 スコールの所と当たれば、良くてスコールの能力に当てられての馬鹿騒ぎ、悪ければ吸血鬼二人の火力。

 さらにその二人にスコールの能力補助が加われば、三人ともに馬鹿速度が加わる始末。

 元々速い三人が更に加速するわ、打ち込んだ攻撃は衝撃や威力を軽減されるわで悲惨でしょうね。

 

 そして何よりも、アリスの所がある意味一番救えないわ。

 何しろあの鬼巫女霊夢に加えて、不死身特攻上等(スコール談)の妹紅、バックアップは大得意のアリスだもの。

 当たった瞬間からロクな会話をせずに突っ込む霊夢と、何やらそれに嬉々として乗りそうな妹紅、引きずられて参加するアリスが目に見えるようだわ。

 不死身の前衛、鬼畜な後衛、引き出しの多い遊撃。

 バランス的にはここが一番だし。

 しかし、何でしょうね……?

 

「霊夢、あなたそこの妹紅と知り合いだったの?わざわざ引っ張って行ったけど」

「アリスは寒さの遮断とかの魔法が使えそうだし、こっちのは火を扱うのが得意って聞いたからね」

「私達は防寒具扱いか!?」

 

 思わず叫んだ妹紅の気持ちもわかる。

 あっさりと、さも当然の事のようにああ言われたら、確かにねぇ。

 バランスとしては良いっていうのを本人も理解しているのか、それ以上は言わないようだけど。

 

「見つけたら一当てする前に連絡ね?ちゃんと通信魔法が聞こえるようにしておくように」

「場合によっては落としてから連絡する事になりそうだけどな」

「…………霊夢、ちゃんと話ができる程度にはしておきなさいよ?」

「善処するわ」

 

 うん、する気は無さそうね。

 こうなりそうだと思ったから一言釘を刺そうとしたのに、意にも介してないわ。

 いつでもどんな時でも、やっぱり霊夢は霊夢。

 まぁ、そうでもないと博麗の巫女なんて務まらないんでしょうけど。

 

「それじゃ散開。今日中に片が付くといいわねぇ」

「付けてやるのよ。いい加減食料がやばくなってきたし」

「本音はそこなのね」

「だって冬が続いたせいで、食べ物の値段が軒並み上がってるんだもの!こんな天気だから地鎮やらなにやらの仕事も殆ど来ないし!!」

 

 パンと一つ手を叩いて合図を出した途端、先ほどまでの澄ました顔をかなぐり捨てる霊夢。

 さっき言っていた断熱の魔法や暖を取るための火種を要求しながら元気に飛び去っていったけど……大丈夫かしらね、色んな意味で。

 

「さ、元気に飛び出していっちゃった子たちも居る事だし、私達も出発しましょうか。大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに連絡するのよ?」

 

 レミリアとフランの頭を撫でて言い聞かせながら、スコールへアイコンタクト。

 念には念を。

 逃げるべきだと思ったのなら、全力で逃げなさいね。

 貴女ならそういう気配にも敏感でしょうから、頼むわよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷いとしか言いようが有りませんよね、これ」

「全くだわ」

「こんな馬鹿げたメンバーが突っ込んできたら、その……」

「……どこかのグループと友好的に話し合いで終わればいいけど、そのグループだけを見て『行ける』なんて思ったら……まぁ、ね?」

「それでなくとも冗談じゃないメンバーが集まってきて総攻撃、ですね」

「一瞬で全滅させるだけの手がない限りは詰むわね。逃げようにも逃げられないわよ、どこと最初に当たっても」

「…………ご愁傷様ですねぇ」

 

 

 

 

 

 

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「悪寒が!?何か背筋から凍え死ぬくらいの悪寒がする!?」

 

 

 


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