ありすさーん!
「すこーるぅ!」
もふぎゅー!
「……出来上がったわねぇ、二人とも」
「ええ、見事に」
「見ていてとても和むけど、流石にちょっと飲ませすぎたかしら」
「スコールは勝手に飲んでああなってしまいましたけど……」
「アリスは……まぁ、私に張り合おうとしたのが間違いだからね。自業自得だわ」
「ふむ。では幽香様」
「ええ、咲夜」
『そこの天狗、命が惜しければカメラをよこしなさい!!』
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「酷い有様だなぁ……」
見渡す限りの酒瓶、酒樽、料理のほとんど残っていない大皿たち。
見事に酔っ払って、アリスさんを抱きかかえながらもふもふごろごろしてるスコールに、窓の外に潜んでいた烏天狗から奪い取ったカメラでその姿を記録し続ける咲夜と幽香さん。
心底楽しそうにじゃれあうスコールたちをバックに、咲夜と幽香さんが二人で自画撮りまで始めた。
もう付き合っちゃえばいいよお二人さん。
やれやれ、と視線をそらせば、いつの間にか潰れて端っこの方でうーうー唸っているお姉さま。
そう強くもないのに、私と同じペースで飲み続けるからだよ……
いい加減プライドとかそういうのを抜きにして酒の飲み方を覚えて欲しいと、私は思います。
パチュリー……は、小悪魔にお持ち帰りされてたっけ。
…………あれ?
お酒が入ってるってだけで、中身自体はいつもとそう変わら…………いや、いや。
お酒のせいだね。
「うん、お酒のせいだ」
「そういうのは現実逃避って言うんですよ、フランドールさん」
声に出して自分に言い聞かせた途端、横から投げ込まれる現実。
思わず頭を抱えてしまった。
「申し遅れました。私、清く正しい新聞記者、射命丸 文と申します。どうぞお見知りおきを」
「現状、清くも無ければ正しくも見えないけど、よろしく。フランドール・スカーレットです」
「あやや、これは手厳しい」
これはやられた、とばかりに苦笑いを返す烏天狗の射命丸氏。
あんな事があったのにするりと場に入り込むのは中々できることじゃないと思うんだけど、さらりとやってのけてるなぁ。
うん、新聞なんて書いてるとそのあたりのスキルは重要なんだろう。
「新聞、たまにだけど読ませてもらってるよ。ゴシップはあんまり好みじゃないけど、隅っこの方にのってる人里のお菓子紹介や旬の食材、見ごろの花なんかの情報は楽しませて貰ってるわ」
「花や食材に関しては幽香さんにもご協力頂いているんですよ。こちらが相応の態度で臨めば、見合っただけの対応はしてくれますからね」
「ちなみに相応の態度って?」
「人里で人気のお菓子だとか、何かしらの新製品だとか。結構そういう目新しいものが好きみたいですねぇ」
「つまりは賄賂……あ、この場合は報酬か」
「ええ、報酬です。賄賂なんて三下のやる事ですよ」
その辺りはこだわりでも持ってるのかな?
心外ですとばかりに鼻を鳴らされて、少しばかり罪悪感が。
「まぁそれはそれとして、いいの? 替えのフィルムまで好き放題使われてるけど……」
「見たところ、欲しいアングルの写真は撮れていそうなので」
「……あれが?」
「あれだからいいんですよ。素のままじゃないですか」
飾る分にはいいんだろうけど、新聞にするには適さないような。
ただの酔っ払いの乱痴気騒ぎにしか見えないし。
「まぁ編集で面白おかしく書けばいいだけですし」
「ほどほどにね。面白く書かれる分にはかまわないけど、妙な文章を書いたら……うん」
あえて言わずにおこう。
口に出すのは、行動を終えてから。
「…………あの、その笑みは何でしょう?」
「はてさて。お好きなように解釈なさってはいかがかしら」
微笑まれる対象となれるのなら歓迎するし、嘲笑われる対象とされるのなら相応の報いを。
ただそれだけ。
私の大事な家族をぞんざいに扱うならば、覚悟を持ってどうぞ?
「おお、怖い怖い。肝に銘じて記事を書かせていただきましょう」
「できたら届けてね?」
「ええ、いの一番に届けるとしましょう」
お楽しみに、とばかりににっこり笑って、手元の一升瓶をぐいとラッパ飲み。
お行儀の悪い、という考えが頭をよぎりかけてUターン。
この空間じゃあ今更だよね。
スコールなんてお腹にしがみついてそのまま寝てしまったアリスさんを乗せたまま、近場にあった樽酒をぐびぐび飲んでるし。
前足で器用に抱えるなぁ。
…………あれ?
さっき前足でぱかーんと蓋を叩き割った樽が、何でもう空っぽになってるの?
「酔っ払いはしても、底なしですね」
「私も今ビックリしてる所。いつもはあそこまで飲まないんだけどなぁ」
ぱかーん。
「……何樽あるんですか、一体」
「咲夜のみぞ知る。スコールはお酒の好き嫌いをしないみたいだし、作ってあったやつを片っ端から持ってきてるんでしょうね」
「ほう、自家製ですか」
「咲夜が得意なのよ、こういうのは」
熟成時間は思いのまま、材料さえあればいつでも美味しいお酒をご提供、だし。
一回壊滅したのもあって、大幅に増量したって聞いた覚えもある。
さっき幽香さんと一緒になって追加してたし、酒の貯蔵は十分なのだろう。
そう、追加したのである。
咲夜が両手に酒瓶を二本ずつ、計四本を瀟洒に抱えて。
幽香さんが片手に三樽ずつ、計六樽を軽々と持って。
どれだけ飲むつもりなのか。
ぱかーん。
……本当に、どれだけ飲むつもりなのか。
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「不覚です。飲みすぎましたわ」
「飲んでる最中に気づこうよ」
騒ぎがおさまって、射命丸さんや幽香さんを含んだ皆がその場で毛布をかぶって、スコールを枕にした昼が過ぎ。
私達の時間がやってきた頃、不意に目を覚ました咲夜が漏らした言葉は今更だった。
「見渡す限り、樽、樽、樽、瓶。よく入ったね」
「樽の大半はスコールですけどね。この体とはいえ、文字通りどこに入っているのやら」
「スコール袋とか、妙な器官があるって言われても納得しちゃうかも」
…………スコール袋なんてありませぇん、飲んだ先から吸収してるだけですぅ。
「……こんな所まで規格外でしたか。貯蔵量を更に見直した方が良さそうですね」
「量より質でお願い。スコールだって量がなければ満足できないわけじゃないんでしょ?」
あるに越したことはないですけど、ないならないでも問題はありませんねぇ。
楽しみ方が変わるだけです。
「……だってさ?」
「なら、今度は種類を増やす方向で行きましょう。紫さんにまたキルシュを頼んで、キルシュヴァッサーなども作ってみましょうか」
「キルシュヴァッサー……?」
「蒸留酒ですよ。それにダークチェリーを漬け込んだリキュールも造ってみたいですねぇ」
「夢が広がるねっ」
全くです。
日本酒や焼酎よりもそっちの方が好みですから楽しみですよっ!
「造りはしますが、今度からは樽飲み禁止ですわ。仕込むのだって結構大変なんですよ?」
……はぁい。
でも力仕事とかなら手伝いますし、少しくらいはっ!
「気が向いたら出して差し上げましょう」
にっこりと有無を言わせぬ笑顔で、スコールの鼻先を突く咲夜。
でも何気にスコールに甘いから、何だかんだで出してあげるんだろうなぁ。
ツンとそっぽを向いていても、その実かまいたくて仕方がない、と。
「フラン様、何か?」
「何でもなぁい」
こちらの考えてる事を読んだのだろうけど、それならそれで良し。
心外ですわといった風な顔だけど、断言しよう。
咲夜は、陥落する。
「ところで、咲夜。いつの間に隙間さんと仲良くなったの?」
「仲良くなった、と言えるほどのお付き合いはまだできておりませんが……沢山の出来が良いキルシュを頂いた際に、一部をキルシュトルテにしてお返ししたらお気に召して頂けた様で」
「ほうほう」
「差し上げた後、しばらくしてから部屋に戻ったら感想の置手紙があったのですよ」
「……部屋に?」
「ええ、私の部屋に」
「…………あの廃墟?」
「いえ、美鈴が一晩でやってくれましたので、今はオリエンタルな情緒溢れるお部屋として生まれ変わりましたわ」
「よーく労わってあげなよ?」
「そんな……いつも労わっていないような言われ方はそれこそ心外ですわ。これでも差し入れや勤務体制の融通だとか、気を使っています」
「知ってる。だから『よーく』なんて強調したわけですよ。それだけの大仕事をしてくれたのならば、それに報いるだけの労わりをね」
「心得ておりますわ」
「っと、話がズレたね。で、その隙間さんからの手紙はどうだったの?」
「ご本人から味の感想、また良ければ出来の良い材料を持ってきて下さる旨の便箋が一枚。後はご一緒に召し上がったらしい、紫さんの式……と、その式の式な方からの感想と謝罪が一枚」
「……謝罪?」
「おそらく調理の手間に対してだと思われますが『ご迷惑をおかけして申し訳ない』と。こちらとしては趣味が多分に混じっていますし、差し入れもありましたので全く気にしていなかったのですが」
「律儀だねぇ」
「全くです。こうなったらそんな気も起こらない程の物を作り上げて差し上げましょう」
「胃袋から掴もうだなんて……咲夜、恐ろしい子っ!」
「女の子の基本ですわ」
口に手をやって『ふふっ』なんて瀟洒に笑っても、言ってる事は生々しい。
全く、うちのメイド長様は本当に恐ろしい子でございます事。
でもそんな咲夜が自然に溶け込んで、何ら違和感のない我が家は……いや、楽しいからいいか。
そんなの気にする振りをするのなんてお姉さまだけだし。
でも嫌がっていないのが丸わかりだものね。
「そんなお嬢様だからこそ、私も全身全霊を以ってお仕えできるのですよ」
「……人の考えをさらりと読まないように」
油断も隙もないとはこの事だね。
おお、怖い怖い。
「何よ……騒がしいわね……」
「人の館で、その館の住人に乗ったまま眠ったくせに何て物言いかしら」
「……んむぅぅ」
スコールの上で寝ぼけながら目をぐしぐしと擦っているアリスさんに、いつの間にか起きてサディスティックな笑顔を浮かべる幽香さん。
アリスさんのまだ酒精の抜けていない赤みった残る柔らかそうなほっぺたをむにーっと引っ張って、ご満悦のご様子。
よく伸びるなぁ。
……咲夜、写真を撮らないの。
てへぺろ、じゃないよ!
「ぅむぁっ」
「さて。おはようフラン、咲夜。迷惑をかけてしまったわ」
「いえいえ、非常に有意義な時間を過ごさせて頂きました」
ぴん、と摘んでいたアリスさんのほっぺたを離して、まるで別人のような笑顔をこちらへ向ける幽香さんに、何事もなかったかのように応対する咲夜。
相変わらず切り替えが見事。
「…………何かほっぺたが痛い……頭も痛いぃ」
「見事に飲みすぎた朝といった所ですね。今は夜ですけど」
「あぁもう、仕方のない子。咲夜、悪いけど水差しをお願い」
「はい、ここに。二日酔いの薬もありますけど……飲みますか?」
「うーぁー……お願いします……」
「もう、そんなにそそる姿をいつまでも見せてたら……食べられるわよ?」
「へぅ!?」
「……食べませんよ」
「ちょっと迷ったわね」
少し緩めていた襟元を慌てて閉じて、スコールの影に隠れるアリスさん。
おどおどしながら『嘘でしょ? 嘘だと言ってよ咲夜ぁ!』とばかりにぷるぷる震える姿が……その、かわいい。
小動物的な可愛さがあるね、うん。
何もされていない時の澄ました風な美人から、ナニカサレタ時の小動物的な美人まで幅広く。
アリスさんのスペックは一体どうなっているのやら。
あぁほら、いつまでもそうして震えてるとやられちゃうよ?
「わーありすさんあぶなーい!」
「何、その棒読みなぁ!?」
かぁわいーなぁ可愛いなぁ!
これが本に書いてあった『女子力』ってやつですね!!
「ちょっと、やめっ」
んふー?
ならその緩んだ頬は何ですかぁ?
「緩んでないわよ!」
「いや緩んでるから」
「緩んでるわね」
「緩んでますわ」
わぁおばっさり。
流石ですね皆さん!
「!?」
そういうわけで!
遊ぼうじゃないですかアリスさん!
「ちなみにもみくちゃにされるのが嫌ならボールやフリスビーっていう手もあるよ?」
「最低でも100メートル単位で投げないとスコールは満足しませんので、悪しからず」
「できるかぁ!!」
何度も負けてたまるかと健気に奮戦するアリスさんだけど、それは無謀というものだよ。
魔法使いの細腕で物理的にどうにかできるほどスコールは柔じゃない。
まぁ、その、なんだ。
「ご愁傷様」
「助けてよぉ!」
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「そういえば文、写真の現像ができたら何枚か分けて貰える?」
「お任せください。代わりに記事にさせて頂きますが」
「さっきフランが言ったことを守るなら、いくらでもどうぞ」
「そういう路線もたまには悪くありませんし、遵守させて頂きますとも」
「ん。じゃあ悪いけど、よろしく頼むわ」
「いえいえ、上手いこと溶け込むお手伝いをして頂けた恩もありますから、この程度は何の事もありません」
「あら、気づいてたのね」
「そういう空気が読めないとお山ではやっていけないのですよ」
「面倒ねぇ」
「ええ、本当に」
からりと笑って、帰り支度を始める私の肩へすとんと現れた黒いシックな鞄。
あやや、これはどうした事でしょう。
「では、私からはお土産の洋酒を。フィルムと現像の対価という事で」
「承りました。この幻想郷では中々味わえないお酒ですし、対価としては十分です」
鞄の隙間から覗く瓶は、昼に飲んだ酒の中でも私がとりわけ気に入った種類の物。
酒宴の最中は幽香さんと二人で仲良く楽しんでいたようにしか見えませんでしたが、中々どうして、やるものですね。
「では、また」
「お気をつけて」
「楽しみにしてるわ」
私が窓へ足をかけるのに気づいたフランさんと手を振り合って、月の輝く夜空へ。
さて、この取って置きのお酒は厳重に保管する事に……いや、飲んでしまいましょう。
この時間ならあの子も仕事あがりだろうし、尻尾の毛づくろいでもしている所のはず。
うん、そうしよう、それがいい。
「美味しいです! 一体どこで手に入れたんですか!?」
「今日のお昼に縁のできた、素敵なお屋敷でね」
「お屋敷?」
「紅魔館。先日紅い霧を出して巫女と遊んでいた、あそこね」
「あぁ、あの……」
「中々に気持ちの良い場所だったわ。吸血鬼なんて高慢なだけだと思っていたら、中々どうして。主人の吸血鬼は可愛いし、その妹もまた可愛らしい。社交性も有り、館の面子も揃ってる」
「ずいぶんと高評価ですね」
「我の強い吸血鬼と魔法使い、妖狼に……得体の知れない門番、奇妙な人間。そんな雑多な種族が綺麗に一つにまとまっているんだもの。一筋縄で行くような相手じゃあないわね」
「それはまた、面白い所です」
「ええ、そうでしょう?」
「で、妖狼ですか。そこの所を詳しくお聞きしたいのですが!」
「あら、やっぱり気になるのはそこなのね」
興味津々ですと全身で表現するような椛の姿に苦笑しつつ、頭の中で印象をまとめてみた。
結果。
「天然ぽんこつ系まったり狼?」
「……なんですかそれ」
「いや、そう言い表すしかないような存在だったのよ。噂では千歳越えの大妖だけど、そんな威厳なんて欠片も無かったし」
「それはまた、随分と……」
んー? なんて首を傾げて耳をぴこぴこ。
普段からそういう可愛らしい仕草を無意識にしちゃうから、勘違いしたオスから迫られるのよ。
まぁ興味ないってばっさり切ってるみたいだけど。
「うん、できれば会ってみたいですねぇ」
「会いに行けばいいじゃない。こちらに悪意が無ければ、あそこなら受け入れてくれると思うわよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。手土産に山の幸でも持っていってあげるとさらに効果的かもね。果物系なら更に良し」
「果物ですか……そういえば庭の桃が食べごろですし、それを手土産にしてみます!」
「ん、良い選択だと思うわよ。あそこのメイド、果物を使ったお菓子が得意みたいだから」
「わぁ……!」
うん、本人も料理は好きだって言ってたし、喜ぶだろう。
椛はこの通りの懐っこい性格だし、無碍にされる事もなさそう。
「行くならカメラを貸してあげるから、記念写真でも撮ってくるといいわ」
「う……き、記事にされるのはちょっと……」
「……まぁ、私の普段が普段だから警戒するのも判るけど、今回のはただの善意だから気にしないように」
「えっ」
「な、何よ?」
「…………いえ、ありがとうございます、文様」
「よろしい」
先ほどまでのにっこりとした笑みではなく、信頼を寄せた相手に対して浮かべる微笑を向けてくる椛に、ちょっと心が温かくなる。
これだから、この子は。
「じゃあ明日にでも予備のカメラを持ってきてあげるわ。写真の現像なんかも頼まないといけないから、どうせ飛び回るし」
「お手を煩わせてしま「はい気にしないの」…………あ、盃が空になってますね!」
「あやや、美味しいお酒はすぐに無くなって困りますねぇ!」
大盃に注いで貰って、椛の持つ盃に注いでやって。
小芝居を終え、椛と目が合った瞬間、二人して噴出してしまった。
「もう、文様!」
「いいじゃない、たまには!」
はっ!?
「どうしたのスコール?」
で、出会いの予感です!
「お姉さまみたいな事を言うね。で、具体的には?」
…………んー?
「本当にただの勘なんだ……」