まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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13話 Reimu

 

 

 

 ここ最近、妙な紅い霧が幻想郷を覆っている。

 動くのが面倒くさくて放置していたけれど、お茶を買いに行った時の人里の様子を見てそうも言っていられなくなった。

 皆が皆どこか疲れたような顔をしていたし、通りを歩いている人の数も減っているし。

 行きつけの茶葉屋の敷居を跨げば、いつも表情らしい表情を浮かべない淡々とした店主までもが疲れた顔をして力なくいらっしゃいと一言。

 

 これはまずい、これは。

 私の生活の九割九分を担っていると言っても過言ではないお茶を買うことのできるたった一つの場所、茶葉屋がこの調子なのだ。

 このまま放っておけば茶葉屋どころか、その茶葉の仕入先もやられてしまうだろう。

 そもそもこの霧のせいで葉が育たないのではないか。

 

 そんな事を考えながらとりあえず家に帰り、仕入れてきたばかりの茶を楽しむ。

 どう動いたものか、ひとまずそれを考えるために。

 

 ずずーと音をたてながらお茶をすすり、霧にけぶる青空を眺めることしばし。

 妖怪の気配がすぐそこまで迫っているのに気づいてはいたけれど、とりあえず悪意を感じないので放置しておく。

 今はそんな存在よりもお茶よ、お茶。

 

 

 あのー、巫女さん?

 

「うっさい」

 

 

 何やら頭に響いた声に対してとりあえずその一言を返しておく。

 今はこの異変に対するやる気の充電をしているのだ。

 どうしても話がしたいなら供物の一つでも持って来い。

 

 

 わ、わーわーどんどんぱふぱふー!

 

「うっさい」

 

 

 あからさまに気を引こうとする声に同じ一言を返しておく。

 これ以上邪魔するようなら実力行使も辞さない……けど、面倒くさいなぁ。

 動くとお腹が減るのが早くなってしまう。

 

 

「私は今お茶を飲んで一息ついてるの。わかる?」

 

 折角お腹一杯になれるかもしれないお話を持ってきたのに……

 

「よし話を聞かせなさい」

 

 

 良し、それならば話は別。

 早く言いなさいよまったく。

 にっこりと笑顔を浮かべて空から声の主らしき者へと視線を移すと、そこに居たのは今まで見たことがない程に大きな大きな狼だった。

 ふっさふさの銀色の毛に、見るからに仕立ての良いスカーフのような赤い首巻と首かけの鞄。

 狼から感じる力はそれなりだというのに、見た目が伴っていないというか、ちぐはぐというか。

 

 

 えー……?

 

「何よ、その反応は」

 

 本当に食べ物で釣れるとは思ってませんでした。

 

「まだ釣り上げきれてないわ」

 

 左様で。

 

 

 何かその『予想はしてたけどぉ』的な反応にいらっとさせられたわ。

 これで何の実入りもない話だったら覚悟しなさいよ?

 そんな視線を向けた途端に私の前までするりと寄って来て、慌てた様子でごそごそと器用にも鞄の中から封筒を取り出して渡してくる狼。

 敵意や殺意をカケラも感じなかったので特に何もしなかったけれど、こうして近くまで寄られるとその大きさに改めて驚かされた。

 今まで見かけてきた狼などとは比べ物にならない。

 こんな狼の噂は聞いたことが無かったけれど、新参なのかしらね。

 

 

 

 とりあえず目の前に差し出された手紙を受け取って裏表を確認してみると、そのあまりの趣味の悪さにげんなりとさせられた。

 やたらと赤い封筒にこれまた赤い蝋印が押してある。

 本当に、趣味が悪い。

 ちらりと目の前にいる狼にそういう意思を込めた視線を送ってやると、困ったように尻尾をぱたぱたと揺らしながら明後日の方へ視線を漂わせてしまった。

 何だかんだで結構苦労してそうなヤツだ。

 

 どことなく疲れた雰囲気を醸し出す狼の鼻面をぽんぽんと撫でてやった後、蝋印を切って中身を取り出す。

 予想はしていたけれど、中のカードまで赤い。

 更に言うなら、赤い紙に黒いインクで文字が書かれているため読みにくい事この上ない。

 とはいえ読まなければ始まりそうもないので、無駄に目を疲れさせながら読み進めると、何と言うか溜め息しか出なかった。

 

『この異変は私が起こしてる。

 解決したくば弾幕ごっこで私を倒して見せろ。

 でも、夜以外に来たら相手はしない』

 

 簡潔に表現するならたったそれだけの文章。

 それがやたらと遠まわしで尊大な書き方だったために解読に時間がかかってしまった。

 とりあえずその憤りを込めて目の前の狼を睨んでみる。

 

 

 裏、裏!

 

「あん?」

 

 

 言われるがままにぺらりと裏返しにしてみて、私の異変解決へ向けてのやる気が憤りと面倒臭さを上回った。

 そこに書かれていたのは首謀者の打倒をなしえた場合の賞品目録。

 

 米一俵 最高級茶葉一年分 我が家自慢の料理人による洋風・中華風どちらかの食事一日分

 

 

「夜ね?」

 

 へ?

 

「夜に、行けばいいのね?」

 

 ああ、はい。

 その時は私が館まで案内します。

 

「それじゃ今夜行くことにしましょう。

 首を洗って待っていなさい、米一俵と最高級茶葉」

 

 あの、待ってるのは弾幕ごっこ……

 

「お米とお茶よ」

 

 ……食事も思い出してあげてください。

 

「頭の片隅にくらいは残ってるわ」

 

 

 パターン作りごっこは得意だ。

 事この遊びであれば、そこらの大妖にだって遅れを取るつもりはないし、取ったこともない。

 妖怪退治ではなく、遊びで異変解決ができるなら言う事はないし。

 

 どこか疲れたような雰囲気を滲ませる目の前の狼の頭を賞品への期待を込めて撫でてやる。

 良い話を持ってきてくれたものだ。

 異変も込みでというのは少々頭に来るが、色んな意味で美味しい話だ。

 

 もしゃりもしゃりとやたら指どおりの良い毛を堪能する。

 ……いいわね、これ。

 

 

「貴女の毛皮も賞品についてこない?」

 

 きません!!

 

「なら冬の間だけでもウチに来ない?」

 

 私の家は紅魔館だけです。

 

「あら残念」

 

 

 つんとそっぽを向いた狼だけど、そのくせ私が撫でやすい位置に頭を置いたままなのはどういう事か。

 顎の下を擽ってやると、そっぽを向いたまま気持ちよさげにごろごろと喉を鳴らしている。

 面白い。

 

「ほれほれ」

 

 わしゃわしゃと首の周りの毛をかき回したり、耳の後ろを擽ってみたりとひとしきり遊んでみる。

 喉を鳴らしながら頬擦りをしてきた。

 やばい、これ楽しい。

 特にほっぺたのあたりの毛が極上だわ。

 横に引っ張ると顔が面白い事になるしね。

 

 しばらくそうして遊んでいる内に、ほとんど無意識でお茶請けに用意していたおせんべいを手に取っていた。

 びしりと狼の目の前に突きつけてから、境内へ向けて全力投球。

 我ながら素晴らしいフォームでの投擲だったように感じる。

 ひゅん、と音を立ててくるくる回りながら飛んでいくせんべいへ向けて、目の前の狼がまるで風のように走り出した。

 音らしい音も立てずにぐんぐんと加速して、せんべいが落下を始めた瞬間に跳躍、キャッチ。

 静かな境内にぱりーんと気持ちの良いせんべいの割れる音が響き渡った。

 お見事。

 でも、どこか誇らしげに顔を上へ向けてぼりぼりとせんべいをかじる狼の絵面は間抜けの一言に尽きるわね。

 

 

「それがここに手紙を持ってきたお駄賃よ」

 

 まいどー!

 

「それじゃ、また夜にね」

 

 おせんべい、ありがとうございました。

 

「お米とお茶に比べれば安いものだわ」

 

 

 帰っていく狼へひらりと一つ手を振って、雨戸を閉めていく。

 これから夜へ向けての仮眠を取るのだ。

 誰にも邪魔はさせるつもりなどない。

 

 雨戸を閉めて、障子を閉めて、結界を張って。

 いそいそと巫女服を寝巻きへと着替えて布団へ潜り込む。

 ああ、夜が楽しみだ。

 待っていなさい、お米とお茶。

 

 

 

 ぐぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、今夜巫女さんが来てくださるそうです。

 

「……また早いわね」

 

 これでもかってくらいに食料に釣られたような感じでした……

 

「そいつ本当に巫女なの?」

 

 神社に居たので多分……?

 妙な形でしたけど、紅白の巫女服っぽいものを着てましたし。

 

「悪魔や狼から疑われる巫女って何よ……」

 

 大きな溜め息をつきながらくしゃりと帽子を握り締めるレミリアさん。

 珍しくカリスマとやらのカケラが垣間見えていますよ。

 

「ま、いいわ。

 皆も今夜に向けて準備なさい」

 

 ひらひらと皆に手を振りながら寝室へ向かうレミリアさんと、一様に溜め息を吐く皆さん。

 何というか、巫女さんの相手をする悪魔の館の面子としては正しいのですけれど、その理由がズレてる気がします。

 いやはや全く、妙な事で。

 

「それじゃ、私はスペルカードの最終確認でもしてくるわ」

「私は何時も通りに。何か御用があればお呼びください」

「スコール、暇だから遊ぼう!」

 

 流れるように成された自己申告の中で、一人だけ方向性が違った。

 フランさんは私と同じく今回の異変兼弾幕ごっこ大会の大筋には絡まないので、暇を持て余してしまったようです。

 ふわりと私の背中に飛び乗って、私の頭の上に自分の頭を置く形。

 傍から見たら物凄いだらしない格好になってそうですね、フランさん。

 

「庭に行こう、庭に!美鈴とやってたやつ!」

 

 あのボールとかフリスビーをキャッチするやつですか?

 

「うん」

 

 ふふん、私がキャッチできないボールやフリスビーなんてありません!

 

「私が全力で投げても?」

 

 ……キャッチできないものなんてあんまりありません!

 

 フランさんの言葉を受けてあっさり前言撤回。

 何だかんだでメイリンさんは上手に力加減をしてくれていますから、これまで取れなかった事はありませんけど……

 フランさんが全力で投げたりしたら、冗談抜きにボールとかフリスビーが凶器になる勢いで飛んで行っちゃいますよ。

 特にフリスビーとか、下手したら木に刺さるんじゃないでしょうか?

 流石にそれに追いつくのは骨が折れそうです。

 

「咲夜!」

「はい、ボールとフリスビーです」

 

 相変わらず仕事が速いですねサクヤさん。

 庭に行こうとフランさんが言い出した時にはもう後ろ手に持ってましたよね、それ。

 

「小悪魔も行く?」

「いいんですかっ!?」

 

 私がサクヤさんの仕事の速さに感動していると、フランさんが私のすぐ横に居た小悪魔さんにお誘いをかけていました。

 小悪魔さんの反応からすると、期待の視線でもフランさんに向けていたのかもしれません。

 普段落ち着いている分、そういう視線とか仕草が際立つんですよね……

 

 

 とりあえず小悪魔さんも背中にどーぞ。

 

 

 ずりずりとフランさんが前に詰めて座れる場所を開けたのを感じて意思を伝えてみる。

 わざわざそんな事をしなくても乗れるだけのスペースはありましたけど、そうなると乗り心地の悪い場所になっちゃいますからね。

 いやはや、フランさんたら小さな心配りのできるいいお嬢さんになったものですよ。

 

「それじゃ失礼して……」

 

 どっかりと跨るように座るフランさんとは違い、横座りで腰掛けるように座る小悪魔さん。

 私としては跨られた方が動きやすいのですけれど、そこはあれですよね、淑女の嗜み。

 見た目がモノを言うといった所でしょうか。

 見た目からして小さな小さな少女のフランさんやレミリアさんに対して、小悪魔さんやサクヤさん、パチュリーさんたちは少女と言うよりも女性と言った感じですし。

 パチュリーさんは見た目と言うよりも雰囲気が、ですけど。

 疲れたような半目とか、あまり感情を表に出さない所とか。

 

「スコール、今日の夕飯は一品抜き」

 

 何故に!?

 

「私だって少女ですもの」

 

 目の前に居たサクヤさんに今考えてた事が見事に読まれていました。

 私の夕食が……!

 今日は確か肉のコースだったはず。

 あぁ……一体何が抜かれるのでしょう。

 まさかメインディッシュのお肉なんて事はないですよね?

 

「どれがいい?」

 

 私の思考をまるで手に取るように把握していそうな笑みを向けられます。

 たまにサクヤさんはこうして嗜虐趣味に走るんですよね。

 もう尻尾を丸めて後ずさる事しかできません。

 

「なんて、冗談よ。私だって見た目の事くらい自覚してるわ」

 

 どうしたものかと悩んでいると、あっさりと口の端を吊り上げるだけの笑みを仕舞いこむサクヤさん。

 遊ばれてたわけですか、そうですか。

 ぐぬぬ、いつもいつもやられてばかりではいられません。

 お返ししなければいかんとです。

 

 そんな内に秘めていた反骨心を精一杯振り絞り、鼻先でぽすんとサクヤさんのヘッドドレスをずらしてそのまま逃げるように庭へ。

 何か後ろでサクヤさんとパチュリーさんが笑ってる気がしますけど、今の私にはこれが精一杯。

 胃袋を握られてしまってはこれ以上の事なんて恐ろしくてできません!

 

「弱いなぁ……」

「弱いですねぇ……」

 

 あーあー聞こえない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォ――――クボ――――ゥル!」

「おお、落ちた!」

 

 小悪魔さんそれ反則!!

 

 目の前でかくんと見事に落ちたボールを悔しげに眺める私を、ニヤリと笑いながら眺めるお二方。

 ぐぬぅ!

 

 

 

 


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