これはどうだ、ええい、ならこっちは!?
レミリアさんが半ば暴走しながら次々と提案していく異変候補は数知れず。
人里からお菓子を全て奪い取ってお菓子の城を作るだなんてビックリな野望まで飛び出した時は思わず前足で目を覆ってしまいましたよ。
最初はそこらの妖怪を屈服させて人里へ脅しをかけるか、なんてかりすまを発揮していたというのに……
次々と案は出るものの、あれもダメこれもダメと全会一致で駄目出しをされ続けた末に、本人が頬を膨らませながら出した案は紅い霧で幻想郷を覆うというもの。
日光を通さぬ霧で包んでしまえば作物は育たず、放置すれば人里に多大な影響を及ぼすだろうふははは……なんて言ってましたけど、実際のところは明るい時間帯でも遊びたいっていうだけなのは皆の知るところでした。
ちなみに霧は吸血鬼という種族そのものが持つ能力の応用で作り出すらしいです。
……色々凄いですよね、吸血鬼。
蝙蝠や狼に姿を変えたり、霧になったり。
これを聞いたときには思わず土下座……土下寝?をして狼の姿になってもらった事がありますけど、あれは可愛らしい事この上ないものでした。
思わず我を忘れる程の母性に目覚めかけてしまいましたよ。
だってレミリアさんとフランさんが二人して小さな狼の姿で私にのしかかってくるんですよ?
しかも二人ともこちらを上目遣いに見上げてくるし、小さな体で私の毛並みの中をもこもこ泳ぐし……可愛らしすぎて悶えてしまいました。
もし私に子が居たらこういう事もしていたのかなーなんて。
ちなみに皆でごろごろ喉を鳴らしながらじゃれ合っているとサクヤさんから羨ましげな視線を頂きまして。
『混ざりますか?』なんて、ちょっとは主導権を握ってみたいなーという下心のもと意思を向けた瞬間、何故か乱れた私の毛並みとやたらとつややかになったレミリアさんたちの毛並みは不思議でした。
……ふ、不思議ですよ?
いい子は不思議だと思っていた方が幸せなんですよ!
……ああ、思考が脱線してしまいました。
話をちゃんと聞いておかねば。
弾幕ごっこができないため今回の異変で私が博麗の巫女の前に立つ事はないものの、何かがあった時のフォローは私の役目です。
具体的にはメイリンさんが居眠りをかましただとか、パチュリーさんが怠惰病を発症しただとか……サクヤさんが赤い何かを迸らせたりだとか。
…………うーわーかんがえたくなーいー。
閑話休題閑話休題。
私がぐだぐだと思考を脱線させている時にも話は進み、大まかな段取りがあっさりと決まっていて。
博麗の巫女に最初に相対するのは門番のメイリンさんなので、そこで弾幕ごっこを以って決着とする事を確認。
従うならば以後一人ずつ相手をして、黒幕であるレミリアさんが打倒されるまで順番に。
従わないならばその時は実力を以って即座に黙らせろとの事。
そうなった場合は万が一の事態を想定し総力をを以って事に当たれ、だそうです。
そんな運命は感じないから大丈夫とレミリアさんは笑っていますけれど、備えあれば憂いなしという事での取り決め。
とはいえこの面子で総力戦となると人間では荷が勝ちすぎるどころの話ではない気がするんですけれども。
弾幕ごっこという制約が無くなって何でも有りとなればもう目も当てられないですもの、皆さん。
弾幕ごっこでは最下位に甘んじてしまったメイリンさんも、持ち前の異様な頑丈さだとか格闘技術に始まり、何やら隠し玉的なものがありそうですし。
さらには人間相手であれば火力不足なんて心配も無くなって時間操作でやりたい放題なサクヤさんや、相手に合わせて多種多様な手札を用意できるパチュリーさん。
吸血鬼の反則的と言ってもいい身体能力や特殊能力を余すことなく発揮できるレミリアさんとフランさん。
さらにさらに、フランさんの破壊なんて防御無視ですよ?
能力の制御はまず知ることから始めるべきだと、パチュリーさんが用意した様々な実験でそこは検証済みです。
魔力障壁なんて何のその、認識できれば直接対象物へ効果を及ぼすという何それ怖い!な鬼畜仕様。
物理的な障害でも、そこに有るとさえ認識できればおかまいなしで破壊。
結論として、認識される前にフランさんを打倒しない限り、よほどの例外以外は阻止できないという。
吸血鬼を瞬時に倒すだなんてよほどの好条件を揃えない限りは非常に困難ですし、ハードルが高すぎます。
相手にしてみれば凶悪としか言いようのない戦闘向けの能力ですよね。
検証を繰り返し続けていたおかげか、最近では制御や速度に磨きがかかってその気になれば認識とほぼ同時にきゅっとしてどかーん、と。
いやー、フランさんがいい子に成長してくれて本当に良かったですねー、うん。
もしこれでレミリアさんが提唱するかりすま論とやらを体現する子になってたら……うわぁい終わった!
そんな事を考えながらも、巫女さんの相手をする順番について意見を出し合っているのをしっかり聞いておきます。
どうも館内でやっていた弾幕ごっこの強さの順になりそうな流れですね。
順番に相手をするという形なら順当な所でしょうか。
ちなみに弾幕ごっこが一番強かったのはフランさんで、それに一歩譲る感じで次にレミリアさん。
この二人は吸血鬼の反則じみた身体能力がある上に、妖力や魔力も潤沢。
形振り構わず全力で弾幕を展開すると、他の人たちに比べて何と言うか密度が異常でした。
ほとんど壁ですよアレは。
そして次に来るのが、本当に人間ですかと疑いたくなるくらいに正確な動作が可能なうえ、時間操作という鬼札のあるサクヤさん。
投げたナイフを遅くしたり速くしたり、時間を止めてナイフの配置までやってしまいますからね。
とはいえ自重しなければ文字通り『避けられない』弾幕を張れてしまうので、自分の中で弾幕ごっこの決まりを追加してスペルを作成していたようですけれど。
個人的に、傍から眺めていて一番面白い弾幕だったり。
お次は多彩な魔法を扱うものの、動きの遅さで水をあけられたパチュリーさん。
七曜の魔女という肩書きの通り、多様な魔法を使えるわけですけど……体力的な意味で弾幕ごっこに向いていませんでした。
攻め続けると強いのですが、守ると避けきれないという。
勿体無い。
………最後に、どうにも弾を撃つという事に慣れなかったらしいメイリンさん。
近接戦闘ならと嘆きながら弾幕を張る姿は涙を誘いました。
本人が涙ながらにこれも弾幕ですよね!?なんて言いながら作った飛び込みスペルが一番輝いて……思わず視界が滲んでしまいます。
頑張って……強く生きてください。
すぐ傍で繰り広げられている議論が白熱してきたので思考を中断。
今回の異変はレミリアさんが起こすという形になっているので、フランさんの位置を決めるのに時間がかかっているようです。
黒幕のもう一つ裏にしてみるか、それともレミリアさんの一つ前に持ってくるか、と。
そんな議論そっちのけで本人は寝ちゃってますけど。
まぁレミリアさんがヤクモさんとやらの所から帰って来るまで、ずーっと心配しっぱなしでしたから疲れたのでしょう。
この話し合いが始まる少し前に眠ってしまいました。
私のお腹の上で。
そう、私のお腹の上で!
膝を抱えるように丸くなって眠っている姿はまるで子猫のようです。
ああ可愛らしい!!
これが……これが吸血鬼の魅了とやらでしょうか?
いや、もう何でもいい。
思わず頬擦りをすると、くすぐったそうにふわりと笑みを浮かべてくれるこの愛らしさ!
ああ!嗚呼!!
「フランが可愛いのは全力で認めるけど、和んでないで何か意見を出しなさい」
そんなフランさんをじーっと見つめていると、いつの間にか皆から視線を向けられていました。
レミリアさんは私のすぐ傍にしゃがみ込んでフランさんを凝視しながらの発言でしたが。
ああ、そのじっとフランさんを見つめる姿もお可愛らしい。
思わず前足でそっと抱き寄せて毛並みの中へとご招待。
ふにゃりと緩んでいく顔が!また!可愛らしい!
ああもうこの感動をどうしたら!
……サクヤさん、目、目が、怖いです。
というか、むしろ怖いですというよりやばいです。
きらりと光るナイフも相俟って……ナイフ?
…………あーあーげふんげふん……見てない見てない、すこーる、なにも、みてない。
……しかしながらどう答えたものか。
フランさんの性格を考えるなら、弾幕ごっこで遊ぶよりもお話しがしたいとか言いそうです。
…………何よりも、本人が寝てしまっているのでどうにも。
決定権は本人にあるべきですもの。
というわけで丸投げを決行。
フランさん本人に聞いてください。
「起こしたくないから言ってるんでしょうが」
ごもっとも。
でも今日全部決めてしまわなくたっていいじゃないですか。
レミリアさんやフランさんが一番力を出せる満月の夜は半月も後ですし、フランさんが起きてからにしましょうよ。
「思い立ったらすぐに行動しないと気がすまないしね、レミィは」
「拙速は巧遅に勝る」
「急がば回れ」
「……ああ言えばこう言う!」
「私の口を閉ざしたいのなら、魅力的な本を……ね、レミィ?」
パタパタを羽を忙しなく揺らし始めるレミリアさんに、口の端が上向いているパチュリーさん。
いつもの光景ですね、ええ。
チラリとサクヤさんに視線をやると、心得ているとばかりに頷いてくれます。
最近は意思を伝えずとも私の言いたいことをわかってくれるので嬉しい限り。
ぴんと立てた人差し指を口の前で一振り。
瞬きをすれば、サクヤさんの手には香り高い紅茶とケーキの乗ったお盆が。
いつもの事ながら流石です。
「お嬢様、気分転換に咲夜特製の紅茶とガナッシュは如何ですか?」
「食べるぅ!!」
今きっと皆の心が一致したと思う。
ちょろい。
サクヤさんの活躍によって結局うやむやになったこの話し合いの場は、その日の昼に再び持たれました。
「私はスコールと一緒でいいよ」
即座に終わりましたけど。
レミリアさんは残念そうな顔をしていましたが、私としては嬉しい結末でした。
フランがそう言うならとしぶしぶ細部を詰め始めたのですが、大筋は今日の朝の内に出来上がっていたのでそれもすぐに終わり。
追加されたのは私とフランさんが道案内も兼ねるという事くらいなものでした。
………何と言うか、異変と言うよりも客を招いた弾幕大会みたいな感じになってしまってますよね。
皆が楽しめればそれでいいとは思いますけど。
しかしこうなると、巫女さんが勝った暁には何か賞品を用意してあげたっていいくらいです。
そんな事を伝えてみると、意外なことにレミリアさんが乗ってくれました。
曰く『八雲の思惑から外れてやるのも面白いじゃないか』との事。
どうせなら欲しがっているものをくれてやれと、小悪魔さんが調査に派遣される事になりました。
私の発言から調査員決定まで十秒を切ってますよ……流石です。
頑張ってくださいと小悪魔さんの肩を前足でぽふぽふ叩くと、どこか達観したような笑顔と共に人里へ出発して行きました。
強く生きてください。
いや、本当に。
そんなわけで巫女さんのために用意する賞品の選択を残し、話し合いは終了。
皆が思い思いの行動に移ります。
ある者たちは私の上に寝転がり、ある者はそれを見て和み、ある者は私に寄りかかって本を読み。
大人気ですね、私。
嬉しい限りです。
しかしですね、皆さん、一つだけ問題があるわけですよ。
ぐぅ……
私、お腹空いてるんです。
心の中で主張をした瞬間にお腹がくぅくぅ鳴りまして。
私のお腹の上に居たフランさんとレミリアさんが二人して顔を見合わせてくすくす笑っています。
ちょっと恥ずかしい!
「スコールの盛大な主張もあった事ですし、お昼に致しましょう。
メニューのご希望は御座いますか?」
何時になく恭しく頭を下げながらのサクヤさんの問いかけ。
多分、下から顔を覗き込んだら口端がつり上がってるんだろうなぁ。
そしてこの問いかけへ真っ先に口を開いたのはレミリアさんでした。
「ケーキ」
「……お姉さま、お昼ご飯だよ?」
「…………ケーキ!」
フランさんに苦笑されながら斬って捨てられてもめげなかったレミリアさん。
痛みに耐えてよく頑張りましたね……感動しました。
あ、私はたっぷり野菜のサラダとお勧めのお肉で!
「私もそれで」
「私はそれの肉抜きで」
フランさんとパチュリーさんが私の発言に続き、レミリアさんのケーキが一人だけ浮いてしまう事態に。
多分パチュリーさんはわざとでしょうけど。
「レミィ、本当にケーキでいいの?」
にこりと普段浮かべない笑顔と共になされた確認を受けて、レミリアさんはうーうー唸りながら脳内審議を開始。
小食なので、食事を取ると純粋にケーキを楽しめないというジレンマと戦っているようです。
おぉ……両手で帽子を掴んでしゃがみ込んだ……!?
新技ですか!
「うー……うむぅ……け、ケーキ!」
初志貫徹。
ちょっと涙目になってますけど。
そんなレミリアさんに皆が顔を見合わせ、苦笑を浮かべています。
一様に感じるのは仕方ないなぁという感情。
……まぁ、何度か同じようなやり取りをしていますからね。
昼食を終えた後は、小悪魔さんが帰って来るまで特にする事もなく。
レミリアさんは眠るようですし、フランさんとパチュリーさんは一緒に図書館、サクヤさんは掃除。
サクヤさんの邪魔さえしなければ、誰と一緒に居てもいいんですけど……どうしたものやら。
しかし悩んでいたのもつかの間、先の小悪魔さんが少々可哀想だなと思ってしまったのでお迎え兼お散歩に繰り出しましょう。
人里に行くのは少々怖いですが。
でもいつまでも怖がってばかりじゃいけないですよね。
便利な場所であるのは間違いないでしょうし。
玄関に歩を進める途中でサクヤさんに会ったのでこの事を伝えると、ついでに野菜を買ってくるように言われました。
レタスの在庫がそろそろ心許なくなってきたのだとか。
私のためにあつらえられた首かけの鞄にお財布を入れて、悪いけど頼むわねと首にかけ。
ぽふぽふと頭を撫でてくれる手に頬擦りを返して、いざ出発。
……あー、ちょっと足取りが重い。
怖いなぁ人里。
そんな事を思いながら歩いて、人里近くへ差し掛かってから小悪魔さんの臭いがまだ人里に残っているのを確認。
小悪魔さんと一緒に居ればそうそう妙な事にはならないかもしれません。
ごくごくたまに暴走しますけど、基本的には人間ができていますし。
悪魔ですけど。
子供が寄って来る前にと、小悪魔さんの臭い目掛けて人里の中心を軽く走り抜けます。
いくつか角を曲がりようやくその姿を捉えたのですが、何やら小さな子と和やかに会話をしていました。
子供は苦手なんですけれど……うーん……
「あれ、スコール?」
「おや?」
あぁ、気づかれてしまいました。
ちょっと後ずさって角から目だけを覗かせていたのに。
おいでおいでと小悪魔さんが手招きするので、すごすごと歩を進めます。
小悪魔さんを挟んで子供と相対する形になるように移動して、小悪魔さんの肩越しに子供を観察。
先のときの子供たちとは違い、随分と落ち着いた様子の子ですね。
稗田阿求と申します、と丁寧なお辞儀付きで自己紹介をされました。
「貴女のお話はそちらの小悪魔さんからよく聞かせてもらっています」
おや、それはそれは。
「それに昔この人里に来たときの一件は有名ですからね。
慧音先生がぶっ壊れた騒動だとか、甘味どころの主人が超人になった騒動だとか……」
な、何ですかそれ……
「いえ、慧音さんは普段とても落ち着いた方ですから、豹変振りが語り継がれたわけですよ。
それに甘味どころのご主人も普通の人なのに、あの時ばかりは凄かったらしいですし」
あー……そういえば能力切るの忘れてた気がします。
何ですか、あのどうしてこうなったという思いは自業自得ですか。
ちょっと背中が煤けちゃいそうです。
「私自身、お会いしたいと思っていたので僥倖でした」
「大きくてまったりとした気持ちのいいもふもふ、って言ったら凄い食いつきでしたもんね」
何て説明をしているんですか、まったく。
もっとこう、何か……えっと、何かあるじゃないですか!
「ありのままを伝えただけですよ?」
くすくす笑いながら肩越しに頭を撫でてくる小悪魔さんですが、どうにも釈然としません。
肩に頭を乗せて体重を少しかけながら抗議をすると、アキュウさんにまで笑われました。
「お話どおりの方のようで安心しましたよ。
どうです?我が家でお話でもしていきませんか?」
「いいですねぇ」
私をさらりとスルーして話を進め始める二人。
まぁ子供たちに絡まれたり、大人たちの中で妙な空気に晒されるよりはマシでしょう。
他愛もない世間話を交えながら歩き、辿りついたのは人里の中でも一際立派なお屋敷。
落ち着いた子だとは思っていましたが、いいとこのお嬢様でしたか。
「ささ、どうぞ遠慮なさらず」
出てきた女中さんが私の姿を見て一瞬驚くものの、すぐに得心のいった表情を浮かべて水の入った桶と手ぬぐいを持ってきてくれました。
丁寧に足についた土を落としてくれたので、お礼に頬擦りを一つ落とすと穏やかに微笑みながら頭を撫でてくれます。
どうやら優しい人のようで何より。
案内された部屋で自己紹介の続きをしたり、求聞史紀とやらの話を聞かせてくれたりと会話に華が咲きました。
色々と驚かされる事を聞きましたが、それ以上に驚いたのは阿求さんの変貌振り。
私に触りたそうにしていたので、どうぞと言ってみると、初めこそ恐る恐るといった風だったもののすぐに体全体で抱きつくような形に。
割とすました子だと思っていましたけど、これでもかというくらいに顔を緩ませて頬擦りやら抱きしめやら。
いつの間にか小悪魔さんも一緒になって私の毛並みを堪能しはじめて、もうお話などそっちのけな空気が漂い始めました。
何と言うか、このパターンにも慣れてしまいましたけど。
そんな風な時間も日が傾いたのでお開きとなり、またおいで下さいという阿求さんに頬擦りを返してお暇させて頂きました。
……あー、そういえばレタスをまだ買っていませんね。
八百屋さん開いてるかなぁ……
「おう、狼のお使いとは珍しいじゃねーか!
珍しいもんを見せてくれたお礼にオマケもつけてやろう!!」
幸いな事に、店を閉める準備をしていた所へ滑り込む事ができ。
鞄に入るだけレタスくださいと伝えたところ、先の台詞と共にレタスのスキマに流し込まれる一山のトマト。
いいんでしょうか、コレ。
「かまわんかまわん、もってけ。
ただし、これからもウチを贔屓にしてくれよ?」
ニヤリ、と笑いを浮かべて私の頭を勢いよくがしがし撫でてくれるご主人さん。
ちょっと荒っぽいけど、こういう気風の良い人は嫌いじゃありません。
そいじゃ、また来てくれよと最後に肩を叩いて手を振るのに一つ頬擦りを返して八百屋を後にします。
普通の人で安心しましたよ、いや本当に。
パンパンに膨れ上がった鞄を小悪魔さんと二人で笑いながら帰途に着きます。
何気に初めて小悪魔さんを背中に乗せて歩きましたが、どうやらお気に召して頂けたようで。
鼻歌を歌いながら横座りになったり、寝そべったりと私の背中を満喫する小悪魔さんを乗せて、一路紅魔館へ。
誰かと一緒に帰る……帰る家があるっていいですねぇ。
「あ、そういえば巫女の欲しがってるものを聞いたんですけどね、これがもう何と言うか……」
そんな帰り道でふと小悪魔さんが思い出したように口にしたのは、思わず涙が出そうになる一言。
「珍しく巫女さんと交流のあったお茶屋さん曰く『いっつもお腹空かせてるから、食料でもあげればいいんじゃないの?』だそうで」
何でも巫女さんは面倒くさがりな性格らしく、人里に降りてくる事も、人里から神社まで護衛をする事もほとんど無いのだとか。
神社までの道程に妖怪が出る林があり、里の人たちはそうそう神社へ行けない。
つまり、ほとんどお賽銭が入らない。
お賽銭がない、つまりは収入がないから、巫女さんはほとんど人里へ行かない。
見事な悪循環ですよねと苦笑している小悪魔さんに同意してしまいます。
妖怪の私が言うのもなんですが、妖怪退治でもしてお金を稼げばいいのに。
……あー、もしかして面倒くさがってそれすらしないのでしょうか。
「もう賞品は米俵とかにしちゃうべきなんですかね?」
どこか気の抜けたような呟きをこぼす小悪魔さん。
正しい選択な気もしますけど、悪魔の館で主を打倒した賞品が米俵。
……締まりませんねぇ、何だか。