まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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9話 Patchouli

 

 

 

 ここ最近、図書館で一人静かに本を読む事が減ったように感じる。

 その訳は至極単純で、容赦なく照りつける日差しにやられてレミィやフランは昼間に寝ている事が多くなり、その間暇を持て余したスコールが入り浸るようになったから。

 季節は夏真っ只中であり、外へ出れば吸血鬼ならずともまるで体中を焼かれているような気分を味わえるのだから、仕方がないといえば仕方のない事かもしれない。

 そんな季節だから、本の保護を兼ねて常に一定の気温・湿度に保っている図書館の中が気に入ったらしい。

 ふらりとやってきてはいつもごろごろと私の周りで寝そべって小悪魔にお菓子を貰っていいご身分な生活を送っている。

 たまにどうやったらこんな寝相になるのだろうと不思議になる寝方をしているのが気になるのだけれど。

 

 ……そんなわけで愛用の安楽椅子の使用頻度が激減した。

 暑くもなく寒くもないこの空間で、近くに寄りかかれば気持ちのいいもふもふなナマモノが居るのだ。

 寄りかからずにいられるだろうか。

 いや、いられまい。

 

 寝転ぶスコールのお腹の前に大きなクッションを敷いて腰を下ろし、背を預ける。

 咲夜の手入れのおかげか、前にも増してふわふわとやわらかい毛並みを感じながら本を読むのは最近のお気に入りだったりする。

 スコール自身は誰かと一緒に居られればそれで満足との事で、特に何をするでもなく惰眠を貪っていたりするけれど、この心地よさを提供してくれるのだからそれに文句などあろうはずがない。

 

 そうして今日も今日とてやってきたスコールに背を預けて本を開き、いつも通りの時間が過ぎて、夜になったら寝る。

 そうなると思っていたが、今日はどうやら騒動が起こるみたい。

 扉が蹴破られるかのような音の後、パタパタと誰かが走る音が聞こえてくる。

 この足音の軽さを考えると……というより、こんな事をするのはレミィ以外に考えられない。

 最近ではフランの方がレミィより落ち着いた行動を取るようになったし。

 

「パチェ!!」

 

 うん、やっぱりレミィだった。

 そんな走るほどに私を探していたのは良いけれど、見つけるなりタックルのようなハグをかますのはやめて欲しいと思うわけよ。

 誰が言ったか、紫もやしの異名は伊達ではないのだ。

 体の貧弱さにはどこぞのディフェンスに定評のある彼程度に、定評がある。

 吸血鬼の力でそんな事をされれば、導かれる結果は必然。

 

 

 ぐきゃ。

 

 

「パチェェェェェェ!?」

 

 こうなる。

 この耳鳴りがしそうな程静かな図書館に、酷く鈍い音と悲鳴が響き渡るのは、そう、必然。

 私の背骨がエマージェンシーコールをけたたましく鳴らしてるわね、うん。

 ………レミィ君、私の仕返しは108式まであるのだよ、覚えておきたまへ。

 

 

 

 そして私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず意識を取り戻すと同時に、すぐ傍で感じた犯人の気配へ向けて日の魔法をお見舞いして差し上げた。

 ぷすぷすと煙を上げているがこの程度でどうにかなるほど柔な存在ではないからそこはどうでもいい。

 ぽふぽふと煤けた帽子を叩いているレミィに事の次第を問いただそう。

 

「さて、殺人未遂の罪に問われているレミィ被告」

「殺人未遂って……」

「被告」

「いや、だから」

「ひ こ く」

「……はいはい、何かしら親友?」

 

 口を尖らせるんじゃないの。

 後ろにいるフランが口の動きだけで謝ってきてるわよ。

 どっちが姉なんだか。

 

「私を殺害しようとした理由は一体何かしら?」

「……最近流行ってるらしい弾幕ごっことかいう遊びをやろうと思ったわけよ」

「ふむ。それで?」

「ルールを聞いた感じ、この館でできそうなのは限られてるな、と」

「で?」

「その中の一人だったパチェを誘おうと思って探してたんだけど……」

「なるほどね」

 

 理解を示す笑顔で返してやると、ほっとした表情を見せてからレミィも笑顔を浮かべた。

 しかしだ、勘違いするでないよ、吸血鬼。

 この素晴らしく貧弱なボディにこれほどのダメージを与えたのだ。

 

「お花摘みには行った? 神様に呪いは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」

「え、ちょっと……えぇ?」

「あぁ、そういえば貴女は月の光が好きだったわね。さっきは日の魔法だったから、今度は月の魔法にしてあげる」

 

 私の寝かされているベッドの周りからふわりふわりと浮かび上がる数多の魔道書が、ぱらりぱらりと死刑宣告のように捲られていくのを見るレミィの顔が面白い。

 あぁフラン、こんなお馬鹿さんな姉にでも手を合わせてあげるのね。

 むしろもう貴女が姉でいいんじゃないの?

 ここ数年で信じられないくらいに成長したものね……。

 レミィよりも専門的な話が通じるようになったし。

 学ぼうと言う意思が大事だとよく言うけれど、貴女はそれに加えて驚くほどに飲み込みもよかったもの。

 全く、これほどの才能を地下に埋もれさせていたなんて勿体無い事この上ないわ。

 

「わ、私が滅びても第二、第三のスカーレットが!」

「貴女のすぐ傍にいるわね。うん、よかったじゃないレミィ? 後継者の心配はしなくてもいいわよ」

「へ……?」

「本当に良く出来た子が、すぐ傍に居るじゃない」

 

 ハッとしてフランへと視線を向けるレミィに、フランはもう一度手を合わせてそそくさと距離をあけた。

 妹にまでそそくさと距離を置かれる姉……無様ね、レミィ?

 いつの間にか私の前に一人取り残される形になった親友へ最期の一言を贈ろう。

 

「目には目を、歯には歯を」

「ハンムラビ!?」

「最期に素晴らしい教養を見せたわね、レミィ……!」

 

 部屋へ被害を出さないように範囲を極小に絞って、行使。

 収束されて放たれた魔法が眩い光を撒き散らす。

 ぷすりぷすりと煙を上げながら床に崩れ落ちる紅くて小さい何かが見えるけど、見ていない事にしておこう。

 

「悪は滅びたわ」

「パチュリー、生きてる……よ?」

「悪は滅びた」

「生きてるって」

「悪は、滅びた……おーけぃ?」

 

 横で突っ込みを入れてくるフランに優しく微笑みながら言い聞かせてあげると、泣きそうな顔を向けられた。

 失礼な。

 ぱっちゅんスマイルはレアだと言うのに。

 

「……ま、今回はどう考えてもお姉さまが悪かったんだから仕方ないかな」

「Exactly(そのとおりよ)」

「背骨、大丈夫?」

「しばらくは安静にしておくわ」

「ごめんね……」

「貴女が謝る事じゃないでしょうに」

 

 しばらく沈黙が続いたかと思えば、一つ頭を振ってあっさり空気を切り替えるとは……大きくなったわね、フラン。

 レミィは基本的には傲慢なのに、ここ数年ずっと傍にレミィがべったりだったフランがよくもここまで素直に育ったものだ。

 朱に交わって赤くなるんじゃなくて、反面教師にでもしたのかしらね。

 もしそうだったとしたら、その選択は限りなく正解よ?

 

「それでフラン。レミィがやりたがってた弾幕ごっこって何?」

 

 このままじゃれあいのようなやり取りを続けててもいいけれど、背骨の痛みが激しいのでそうもいかない。

 とりあえず用件だけは先に済ませておこう。

 ……ついでに大抵の事はレミィに聞くより、多分フランに聞いた方が早い。

 

「一言で言うなら、弾幕を張り合って先に被弾した方が負け」

「ふむ」

「弾幕に使うのは霊力弾でも妖力弾でも、そこらに転がってる石でもいいんだってさ」

「とりあえず弾にできるものなら何でもいいのね?」

「うん。でも相手を殺してしまうような弾はダメみたい」

「加減して殺さない程度に留めろって事か」

 

 それもそうだ。

 ごっこと言うくらいなのだから、あくまでも遊びの範疇を出ないのだろうし。

 相手によって使う弾の威力を調節しておかなければ、大妖が本気で放った弾なんて下手な木っ端妖怪程度は跡形もなく消し飛んでしまう。

 

 その後は細々としたルールや、目玉であるスペルカードの説明などを受け、時には質問を返して概要を把握した。

 レミィがいつもするわけのわからない断片的な説明よりは遥かにわかりやすい。

 頭が悪いわけではないが、自分と相手の知識の差を軽視して話すものだから、意味が捉らえづらいのだ。

 フランに倣って一言で言うなら、思いやりが足りない。

 

「細かい部分の融通が利くというなら、ウチでやる前に一度話し合いをしなきゃいけないわね」

「そうだねー」

 

 単純なようで、かなりやり込めそうな遊びだ。

 気晴らしにもいいかもしれない。

 

「それなりに興味も沸いたし、今やりかけの実験もないから付き合ってあげるわ」

 

 横で話を聞いていたスコールもやりたいらしく、先ほどから私も私もと意志が伝えられている。

 

「スコールもやってくれるなら6人だね」

「6人?」

「私、お姉さま、咲夜、パチュリー、スコール、美鈴」

「……皆、何気に暇を持て余しているものね」

 

 ちなみにこの弾幕ごっこの話を人里から持ち帰ってきた小悪魔は辞退したらしい。

 基本的におっとりした子だから、こういうのは苦手なのかしらね。

 ……ついでに言えば、やりそうな面々を想像して青くなったのかもしれない。

 吸血鬼が1人居るっていうだけで並みの妖怪は近寄りもしないというのに、極上が2人。

 何の悪夢だ。

 

「皆がスペルカードを作ってからやってみようね?」

「頭を捻るのは魔法使いの得意分野。楽しませてあげるわよ?」

「なら、見習い魔法使いは師匠を超えられるように頑張らないと」

 

 師匠、ねぇ?

 飲み込みが早いものだからついつい興が乗って色々教えはしたけど、そんな風に思われてるとは。

 これは遊びだからと言って簡単には負けてあげられなくなったわ。

 敬ってくれるのであれば、その敬意に見合うだけの結果を示さねばなるまい。

 

 

 

 ……うん、とりあえず弱点属性で攻めよう。

 弱点を突くのは基本よね。

 というか、弱点を突かなければそうそう勝てそうにない。

 いくらそれなりに平等な土俵の上に上がるとはいえ、こちらとは身体能力の差がありすぎる。

 瞬きほどの時間で数十メートルを駆け抜ける夜の支配者、吸血鬼。

 瞬きほどの時間では一歩踏み出せるかどうかという魔法使い、私。

 勝負にならない。

 勝てば官軍とか言うらしいし、いいわよね、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばスコールって体の大きさがあるから不利だよね」

 

 ……なんたる落とし穴!!

 パチュリーさん、小型化の魔法とかないんですか!

 

「あるけど……面倒だから嫌よ」

 

 折角の勝てそうな芽を摘み取るなんて……私にはできないわ。

 許さなくてもいいわよスコール。

 何も言わずに私の白星になりなさい。

 

 

 


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