私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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決闘とか、ハロウィンとか、友情とか

 飛行訓練の授業中にマクゴナガルに連れていかれたポッターだったが、私の予想通り退学にはならなかった。

 何かしらの処罰を受けたという話も聞かない。

 どうやら本当にお咎め無しだったようだ。

 その日の夕食時、大広間でポッターとウィーズリーが興奮したように夢中で何かを話している。

 飛行訓練の時の話だろうか。

 そこに双子のウィーズリーも加わって何かを楽しそうに話し始めた。

 十分程経っただろうか、双子と入れ替わるようにしてマルフォイたちがグリフィンドールのテーブルに姿を見せる。

 

「ポッター、最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にはいつ乗るんだい?」

 

 マルフォイの挑発にポッターが冷ややかに返した。

 

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達と自慢の家庭教師もいるしね」

 

 それは取り巻きの二人のことだろうか。

 そして家庭教師とは私のことだろうか。

 もしそうなのだとしたら、色々解せないが。

 マルフォイはそんなポッターの言葉を嘲笑うように笑みを浮かべる。

 どうやらマルフォイには何か考えがあるようだ。

 

「僕独りでいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ。杖だけで相手には触れない。おっと、どうしたんだい? 魔法使いの決闘なんて聞いたこともないんじゃないかい?」

 

 そんなマルフォイの言葉を聞いてポッターが少し困った顔をしたが、隣にいたウィーズリーが咄嗟に口を挟んだ。

 

「勿論あるさ。僕が介添人をする。そっちは誰だい?」

 

「クラッブだ。真夜中でいいね? トロフィー室にしよう。あそこはいつも鍵が開いてるんでね」

 

 そう言い残しマルフォイはスリザリンのテーブルへと帰っていった。

 ポッターはそれを睨みながら見送り、マルフォイの姿が見えなくなった瞬間慌てたようにウィーズリーに聞く。

 

「魔法使いの決闘ってなんだい? 君が僕の介添人ってどういうこと?」

 

「介添人っていうのは、君が死んだら代わりに僕が戦うという意味さ」

 

 ポッターはその言葉を聞いて顔を青ざめさせる。

 そんなポッターの様子を見て、ウィーズリーは慌てて付け足した。

 

「死ぬのは本当の魔法使い同士の本格的な決闘の場合だけだよ。君とマルフォイだったら精々火花をぶつけ合う程度さ。君だって本当にダメージを与えるような魔法なんて使えないだろう? マルフォイだって同じさ。あいつ、きっと君が断ると思っていたんだよ」

 

 ウィーズリーはそう言うが、ポッターはまだ不安そうである。

 

「もし僕が杖を振っても何も起こらなかったら?」

 

「杖なんか捨てちまえ。鼻にパンチでも浴びせてやれよ」

 

 ふむ、実に妥当な意見だ。

 

「ちょっと失礼」

 

 そんな話を聞いていたのか、グレンジャーが何処からともなく現れる。

 私程ではないが、グレンジャーもあの二人から嫌われているみたいだ。

 

「まったく、ここじゃ落ち着いて食事もできないんですかね?」

 

 そんなウィーズリーの軽口を無視して、グレンジャーはポッターに話しかけた。

 

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、貴方とマルフォイの話が聞こえちゃったの」

 

「聞くつもりがあったんじゃないの?」

 

「……夜、談話室の外に出るのは絶対ダメ。もし先生方に見つかったら何点減点されるかわかったもんじゃないわ。自分勝手もほどほどにしてよね」

 

 飛行訓練の時のことも含めて言っているのだろうか。

 だとしたら実に優しい忠告だと言えるだろう。

 だがそれをポッターとウィーズリーは突き返す。

 

「まったく、大きなお世話だよ」

 

 ポッターが呆れたように言う。

 

「バイバイ」

 

 そして最後にウィーズリーがとどめを刺した。

 その様子にグレンジャーは呆れたように肩を竦める。

 そして何故か私に意見を求めてきた。

 

「咲夜からも何か言ってよ! こんなバカなことでグリフィンドールが減点されるのは、咲夜も避けたいでしょ!?」

 

「なんだい? スリザリン野郎も聞き耳を立ててたのか?」

 

 ウィーズリーが勝手に矛先を私に変えてくる。

 

「野郎じゃないわ。まあ聞いていたのは事実だけど」

 

 しかしスリザリン野郎とは。

 ウィーズリーにとって私はマルフォイの腰巾着的な存在らしかった。

 

「まあ一言言わせてもらえば、あの誘いは限りなく怪しいわね。そんな幼稚な決闘の真似事だったら休み時間にでも校庭でやればいいじゃない。真夜中っていうのが怪しすぎる。マルフォイもそこまで馬鹿じゃないはずよ」

 

 その言葉を聞いて、グレンジャーが「そうよ!」と私の意見に乗っかる。

 ポッターも何か考え込んでいるようだ。

 だが、そんな私の助言をウィーズリーが台無しにする。

 

「十六夜咲夜! この腰巾着め。大方口八丁で決闘に来ないように仕向けて、明日マルフォイがハリーをいびるためのネタ作りをしようとしているんだろ? 君たちってホント小汚いよな」

 

 その言葉を聞いて、私は逆に素直に感心してしまった。

 思い込みが激しい性格ともとれるが、そこまで自分を貫くのも凄いと思う。

 

「あら、その発想はなかったわね。なんにしても、私は忠告したわよ」

 

 私はそう言い残すと、人間三人を無視して夕食の続きを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 就寝時間を過ぎても、私は談話室の暖炉の前で本を読んでいた。

 読書と言えば聞こえはいいが、そんなに難しい本でもない。

 人間の世界で有名な推理小説だ。

 やはり、本を読むなら物語に限る。

 教科書や辞典はどうも退屈で、知識はつくが面白いものではない。

 しばらく談話室で本を読んでいたら、女子寮のほうからグレンジャーが下りてきた。

 

「あら、貴方も馬鹿二人の監視?」

 

 グレンジャーの問いに、私は本から視線を上げずに答える。

 

「いえ、本を読んでいただけよ。私はいつも寝たいときに寝るようにしているの。でも、その言い草からしてハーマイオニーは二人の監視をしにきたのね」

 

「ええ。消灯後に談話室を抜け出そうなんて絶対ダメ。なんとしてでも食い止めなくちゃ」

 

 グレンジャーは鼻息を荒くして私の横に腰かける。

 しばらくすると、案の定グレンジャーの言うところの馬鹿二人が男子寮の階段を下りてきた。

 グレンジャーはそんな二人を見て、信じられないと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「ハリー、まさかあなたがこんなことするとは思わなかったわ」

 

「また君か! ベッドに戻れよ!」

 

「本当はあんたのお兄さんに言おうかと思ったのよ? パーシーに。監督生の彼だったら絶対に止めてくれそうだしね」

 

 グレンジャーの忠告は、ポッターにとっても鬱陶しいものに聞こえたらしい。

 ウィーズリーに自ら「行こう」と声を掛け、太ったレディの肖像画を押し開けた。

 だがそれぐらいで諦めるグレンジャーではない。

 ウィーズリーに続いて談話室入口の穴によじ登っていく。

 三人とも外に出て、談話室の外で言い争いを始めてしまった。

 なんというか、呆れたものだ。

 私はこれ以上三人の会話に耳を傾けるものめんどくさくなり、三人の声が少し小さくなったのをいいことに本の世界へと没入することにした。

 

 

 

 

 

 そのまましばらく本を読み進めたが、もう言い争いの声がしないにも関わらずグレンジャーが戻ってこない。

 まさか、二人について行ったのかと少し興味を持ち、肖像画を開け外を覗く。

 そこには、三人の姿はなかった。

 私は周囲を見渡すために、一度完全に談話室を出て肖像画を閉める。

 だがその時、肖像画に軽い違和感を覚えた。

 私は少し考え、すぐにその違和感に気が付く。

 そう、肖像画の中に太った婦人がいないのだ。

 

「外出中? なるほど、グレンジャーは閉め出されちゃったのね。それで仕方なしにポッター達についていったと」

 

 夜のホグワーツは非常に暗いが、私は夜目が利く。

 明るすぎるよりも、むしろよく見えるほどだ。

 私は肖像画の近くの廊下に水滴がいくつか落ちているのを見つける。

 一瞬雨漏りかと思ったが、今日は雨は降っていない。

 私は少し考え、最終的に誰かの涙であると結論づけた。

 グレンジャーだろうか?

 いや、彼女の性格を考えるに、その程度のことではあの二人の前で泣かないだろう。

 涙の滴の跡の量から考えて、かなり長い時間ここで泣いていたことがわかる。

 だとしたらロングボトムだろうか。

 いつも合言葉が覚えられず、肖像画の前で待ちぼうけを喰らっている姿を見たことがある。

 きっと消灯時間になっても談話室へ戻れず、ここで一人泣いていたのだろう。

 

「にしても、今ここにいないことが気がかりね」

 

 ポッター達について行ったのだろうか。

 なんにしても、私も談話室に戻るには何処かに行ってしまった太った婦人を探さないとならない。

 私は周囲に誰もいないことを確認すると、時間を止めた。

 

 

 

 

 

 広い、広すぎる。

 私は時間の止まったホグワーツを自由に飛びながら、改めてそう思う。

 横に広いのはもちろんのこと、縦にも広ければ階段も多い。

 うんざりするほど廊下を飛んでいるが、太った婦人は一向に見つからなかった。

 私は一度廊下へ下り、適当な扉をガチャガチャと引っ張る。

 やはり鍵が掛かっているようだ。

 そんな状況下、私はふと思いつくことがあり、杖を取り出す。

 そして扉の鍵に向かって覚えたての魔法をかけた。

 

「アロホモラ」

 

 鍵を開ける呪文らしい。

 もしこれで本当に鍵が開くなら儲けものだ。

 私は再度ドアノブを掴む。

 そして軽く引くと簡単に扉は開いた。

 

「これは便利ね。というか、こういう魔法があるのなら、何故学校側は対策をしないのかしら?」

 

 私は首を傾げながら部屋の中へ入る。

 扉の向こうには、大きな可愛らしい三つ首のケルベロスが鎮座していた。

 本来は凶暴なのかも知れないが、時間を止めている現在は置物同然だ。

 

「ペットは外で飼いなさいよ。……いや、もしこの犬が番犬なんだとしたら」

 

 私は犬の後ろに回り込むが、扉があるわけではない。

 だったら下かと覗き込んだら、ケルベロスの足の間に隠し扉を発見することができた。

 私は隠し扉をこじ開ける。

 中は暗く、降りるための梯子などは存在していない。

 私は宙に浮きあがると、その穴をゆっくり降下していく。

 入っていい部屋だとは思えなかったが、好奇心には勝てない。

 好奇心は猫も殺すとは言うが、私を殺すことはできるだろうか。

 下に降りていくと、何やら植物の上に着地する。

 流石に時間停止を解除する勇気はない。

 私は植物の上を歩き、通り抜けられそうな隙間を見つけると、肌に触れないように注意しながら器用に体を滑り込ませた。

 植物の下に降り立つと、今度は石造りの一本道が現れる。

 なんだか初めて紅魔館に来たときの事を思い出した。

 小さい頃はよく美鈴さんと一緒に紅魔館を探検したものだ。

 私は石造りの道をまっすぐ歩いていく。

 その通路の終わりには、まばゆい光に満ちた部屋が待ち構えていた。

 天井は非常に高くアーチ状をしている。

 そして部屋中に沢山の鍵の体を持った鳥のようなものが浮いていた。

 

「綺麗ね、私の秘密基地にしようかしら」

 

 私は一旦時間停止を解除するが、鍵の鳥たちが襲い掛かってくることはない。

 気を取り直し再度時間を止め、奥へと進むための扉へと手を掛ける。

 だが、その扉には案の定鍵が掛かっていた。

 

「アロホモラ」

 

 取り敢えず先程と同じように開錠呪文を掛け、気を取り直して扉に手を掛けるが、開く様子はない。

 

「この呪文で開かない扉もあるのね。まあ当然か」

 

 私は改めて部屋を見渡す。

 鍵鳥の数は数百はいるだろう。

 時間は止まっているので一羽一羽試してもいいが、正直気は進まない。

 私は一匹の鍵鳥を手に取り調べる。

 鍵の形はそんなに難しくはない。

 

「これならピッキングしたほうが早いわね」

 

 私は懐から折れ曲がった金属棒……いわゆるピッキングツールを取り出す。

 あまり行儀のいい方法だとは思わないが、これで開いたら儲けだ。

 開かないだろうという私の予想に反して、十秒程度でカチンと錠が落ちる音が聞こえた。

 

「あら、不用心。もしかしたら魔法的な鍵が掛かってたのかも知れないけど、時間を止めてたら意味がないのかしら? でも、それだと鍵開けの呪文が効かなかった理由が分からないし……まあいいか」

 

 私は取り合えず先に進む。

 扉を開けた先の部屋は真っ暗だった。

 鳥の部屋の光が差し込んでいる為、うっすらと全体像を確認することが出来る。

 どうやら、大きなチェス盤のようだった。

 手前側に黒、奥には白の駒が鎮座している。

 

「これは時間停止を解除したらチェスができるってことかしら?」

 

 紅魔館では、よくお嬢様のチェスのお相手をした。

 お嬢様は非常にチェスが上手く、勝てた例がなかったが、美鈴さんの話ではお嬢様が強すぎるだけらしい。

 

「やりたい気持ちはあるけど……時間帯的に時間停止を解除してプレイするのは得策じゃないわね。ケルベロス、変な植物、鍵の鳥ときて次はこれ。どうも侵入者を待ち構える罠のようにも見えるし」

 

 案外あの変わり者の校長の趣味かも知れないが、楽観視するのは危険だろう。

 私は白の駒の横を素通りすると、先へと急いだ。

 次の部屋に入ると、そこには一体の巨人のようなものが待ち構えていた。

 オークともオーガとも言えないその巨人は、止まった時の中で他の物質と同じように固まっている。

 

「この豚巨人を見る限り、校長の趣味の部屋ではないわね。何かを撃退する罠と考えましょう。さて、進むべきか戻るべきか……」

 

 私は今になって事の重大さを悟る。

 生徒がおいそれと入っていい部屋ではないことは確かだ。

 だが、やはり好奇心には勝てない。

 今まで完全に時間停止によって罠は封殺できている。

 ならこの後も大丈夫だろう。

 私は豚巨人の横を通り過ぎると、次の部屋へと入った。

 部屋はうっすらと明るく、真ん中に机があるのが見える。

 私はその机に歩み寄り、上に置いてあるものを確認した。

 形の違う七つの瓶の横に、メモ書きのようなものが置かれている。

 私はその紙を取り上げ、中身を読んだ。

 

「え~と、何々……。これは論理パズルね。多分時間を止めずに踏み込んでいたら閉じ込められていたのかしら」

 

 私はメモ書きを元の場所に戻して先に進む。

 解いてもいいが、閉じ込められてもないのに解く必要はないだろう。

 しばらく細い通路を進んでいくと、机が一つ置いてある部屋に出る。

 その机の上には何かの包みが置かれていた。

 

「これは何かしら?」

 

 私は恐る恐るそれに触れる。

 慎重にその包みだけ時間停止を解除すると、ゆっくりと持ち上げて包みを開いた。

 それは赤く透き通った石だった。

 宝石のようにも見えるが、それにしてはカットが雑だ。

 

「宝探しの景品としては、少々物足りないわね」

 

 私はその石をポケットに突っ込むと、少し戻ってチェスの部屋に転がっている同じぐらいの大きさの石を変身術で宝石のような石そっくりに変え、元あった通りに包み直した。

 ちょっとした悪戯心だ。

 私は包みを机の上に戻すと、来た道を戻り始める。

 そしてケルベロスの廊下の隠し扉を元に戻し、太った婦人探しにいった。

 

 

 

 

 

 その後無事同じ階、つまり四階の反対側の廊下で太った婦人を見つけると、私は時間停止を解く。

 婦人はいきなり声を掛けられたことで少々驚いていたが、私が事情を説明すると快く談話室の方に向かってくれた。

 

「さて、こんなところね。それにしてもこの石どうしようかしら。まあ折角の景品だし──」

 

 私がぼやいたその時、物凄い勢いで走る複数人の足音が聞こえてくる。

 私はそれに驚き時間を止めるのも忘れて物陰に隠れてしまった。

 どうやら足音の主はポッター御一行らしい。

 ポッター、ウィーズリー、グレンジャーに続いてロングボトムもいる。

 私の予想通り涙の主はロングボトムだったらしい。

 なんにしても、彼らは足音を忍ばせるということはできないのだろうか。

 何かに追われているようだったが、あれでは賑やかでは自分たちの居場所を教えているようなものではないか。

 彼らはドタバタと私が先ほどいた廊下に入っていく。

 その後すぐにポルターガイストと管理人のフィルチが言い争いをしながら通り過ぎたので、正しい判断だと言えるだろう。

 逃げ込んだ廊下のケルベロスが時間が動いていても大人しかったらだが。

 フィルチがポルターガイストに怒り狂って違う方向に走り出した後、血相を変えて四人が部屋から転がり出てきた。

 どうやらあの犬は決して大人しいものではなかったらしい。

 四人は物凄い勢いで談話室の方向へ走り去っていってしまった。

 

「グレンジャーが付いてながら何やっているんだか」

 

「そんな君は何をやっているんだか?」

 

 いきなり真後ろから声が聞こえる。

 私は振り返らずに声の主の目星をつけた。

 先ほど言い争いをしていたポルターガイストのピーブズだろう。

 確か生徒に悪戯をしては、その反応を楽しむ性格の悪い奴だったと記憶している。

 私自身被害にあったことがないので、どうも印象は薄かった。

 

「なにしていたと思う? 確か貴方はピーブズと言ったかしら?」

 

 私は微笑みながら振り向いた。

 そこには記憶通りの大口の小男が浮いている。

 

「そう、僕はみんなの嫌われ者ピーブズだ! あれれ~こんなところで一年生がウロウロしているぞ~? フィルチにチクっちゃおうかなぁ?」

 

「チクってもいいわよ。私は絶対に捕まらない。貴方の言葉はただの虚言と取られるわ。オオカミ少年ね」

 

「随分な自信だねぇ。その自信が自身を傷つけるよ……自信だけにナーンチャッテッ! ここだッ! 四階の廊下にまだ一人いるぞッツ!!」

 

 ピーブズが建物中に聞こえるほど大声を張り上げる。

 私はその瞬間ピーブズのお腹を貫通し、ピーブズの死角へと入ると、時間を停止させた。

 

「じゃあね、オオカミ少年さん。いや、オオカミ中年かしら?」

 

 聞こえてないことをいいことにピーブズの背中に好き放題な挨拶をすると、私は宙に浮かび談話室を目指す。

 途中でポッター達を追い抜いたが、先に談話室に入っていたほうが都合は良いだろう。

 私は廊下の曲がり角の陰で時間停止を解除すると、肖像画に近づき合言葉を唱えた。

 

「ただいま、ご婦人。『豚の鼻』」

 

「今度からはこんな時間に出歩いちゃ駄目よ?」

 

「気を付けます」

 

 太った婦人からの忠告に適当な返事すると、私は談話室の穴によじ登る。

 そして先ほどまでと同じように暖炉前のソファーに座り、適当に薪を足した。

 ワンテンポ遅れて、酷く安堵した雰囲気のポッター御一行が談話室に転がり込んでくる。

 各々が足をカクカク言わせながらやっとの思いで肘掛け椅子に座り込むと、全員が心ここにあらずといった感じで黙り込んだ。

 

「お帰り」

 

 四人ともしばらく無言だったが、私がそう声を掛けた瞬間、堰を切ったように捲し立てる。

 

「あんな怪物を学校に閉じ込めておくなんて!」

 

「この世に運動不足の犬がいるとしたらまさにアイツだ!」

 

「貴方たち、犬の足元見なかったの!? 多分あれは番犬だわ!」

 

「あんな四階の隅で何を守ってるってんだ!」

 

「隠し扉があったじゃない!」

 

 と、私の存在も忘れてこの調子だ。

 どうやらあのケルベロスに遭遇し、脇目も振らずに逃げ帰ってきたらしい。

 グレンジャーは何か思い出したように顔を上げる。

 そして後悔するように私の方を見た。

 

「そうだった……、談話室には咲夜がいるんだったわ。ノックして開けてもらえばよかったのよ」

 

 今頃そんなことに気が付いたのかと私は少し呆れたが、頭に血が上っているあの状況下では仕方がないだろう。

 

「私も閉め出されたうちの一人よ、ハーマイオニー。貴方が帰ってこないから外に出て確認したんだけど、婦人がいなくてね。仕方がないから太った婦人を探してきたってわけ」

 

「じゃあ太った婦人が帰ってきてたのは貴方のおかげね」

 

「私が呼びに行かなくてもそのうち戻ってたとは思うけどね」

 

 私は形だけは否定する。

 ポッターはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに安堵のため息をついた。

 私はそんなポッターに、懐中時計の針を確認しながら言う。

 

「で、この時間で帰ってきたということはマルフォイの罠だったわけね。私の言った通りじゃない。それとも逃げ帰ってきたの?」

 

 ポッターは談話室の掛け時計を確認し、まだそんなに時間が経ってないことに驚くと、何かを確認するように私に質問してきた。

 

「君の言った通りだったよ。……一つ教えてくれ。君は一体どっちの味方なんだい? 君はいつも魔法薬学でマルフォイと一緒に授業を受けているし、飛行訓練に入る前の時間や食事の時なんかもそんな感じだろう?」

 

「そうね。確かに彼とは話をすることは多いわ。でも魔法薬学で一緒のペアになるのはスネイプ先生が私とマルフォイを組ませたがるからよ。あと、そうね……彼と一緒にいる理由をあげるとするならば……あれかしら。公園を歩く鳩を観察する時のような気持ち」

 

「鳩?」

 

「そう、鳩。単純に見てて面白いじゃない。貴方たちと定期的に言い争いを始めるし、正直見てて飽きないわ。それに、私はあまり寮に拘らない性格みたい。相手がスリザリンだろうが殺人鬼だろうが、例のあの人だろうが。面白いならそれでいい。今回のことで、貴方にも興味を持ったぐらいよ。ハリー」

 

 ポッターとウィーズリーは私のその言葉を聞いてぽかんとする。

 

「じゃ、じゃあグリフィンドールで見ていて面白いのは?」

 

「一番最初にハーマイオニー、次にそこで気絶しているネビルね」

 

 そう言われて初めて気が付いたかのようにポッター達はロングボトムのほうを見た。

 ロングボトムは椅子に座ったまま白目を剥いている。

 やはり、見ていて面白い。

 ポッターがロングボトムに駆け寄り、彼の介護に取り掛かると、今度はウィーズリーが口を開く。

 

「僕は君がマルフォイのことを好きなんじゃないかと思っていたんだけど。あ、勿論友人的な意味でさ。それじゃあ変な動物を観察しているようなものだったってことか?」

 

「笑えるわね。私に友人と呼べる人間はいないわ。これまでも、そして多分これからもね」

 

 その言葉を聞いてグレンジャーの顔色が悪くなる。

 今頃になって先ほどの恐怖を感じてきたのだろうか。

 

「わ、私もう寝るわ。貴方たちもこれに懲りたら大人しく寝ることね。退学になっていたかも知れないのよ!」

 

 グレンジャーは言葉の最後を捲し立てるように言い放つと、足早に女子寮に入っていく。

 ポッターはその様子を見て首を傾げていたが、ウィーズリーは私に対して呆れ顔で口を開いた。

 

「おっどろきー。事実だとしてもさっきのはヘビィだと思うよ。あいつ、多分咲夜以外に友達いないから」

 

「ルームメイトとはそれなりに仲がいいわよ」

 

 私はウィーズリーの言いたいことが分からず、自分でもよくわからない返答をしてしまう。

 その後、私たち三人はしばらく無言だったが、何かを考え込んでいたハリーが小さな声で呟いた。

 

「グリンゴッツは何かを隠すには世界で一番安全な場所だ。多分ホグワーツ以外では……」

 

「ハリー、どうしたんだ?」

 

 ウィーズリーが聞き返すとハグリッドがどうのこうのとポッターは続ける。

 私は関係ない話が始まったと思い、女子寮へと上がった。

 

 

 

 

 

 決闘の夜からしばらくの時が経った十月の末。

 大広間で朝食を食べていると夕食用に焼いているパンプキンパイの美味しそうな匂いが漂ってくる。

 私の周囲では、今日の夜のハロウィンパーティーの話で持ちきりだった。

 やはりこれぐらいの歳の子供は、ハロウィンが楽しみで仕方がないらしい。

 私は朝食のトーストにバターを塗りながらチラリとグレンジャーの方を見る。

 決闘の夜からグレンジャーとは少し疎遠だ。

 私は普段通り接しているのだが、グレンジャーの方から近づいてくることがない。

 そして私も積極的に接しているわけではないので、自然と疎遠になっている。

 それはこの日の呪文学でも同じだった。

 今日の呪文学は皆が楽しみにしていた浮遊魔法だ。

 そのせいもあってか、グリフィンドール生は浮かれ気分で授業に臨んでいる生徒が多い。

 呪文学の先生であるフリットウィック先生は実習のために生徒を二人ずつ組にさせていく。

 以前ならグレンジャーと組むことが多かったのだが、最近はそのようなことも少ない。

 フリットウィックは席が近くだったこともあり、グレンジャーとウィーズリーとペアにする。

 確かあの二人はとてつもなく仲が悪かったはずだ。

 

「ポッター君は……、十六夜君と組みなさい」

 

 そんな二人を観察していると、いつの間にか私のペアが決まっていた。

 ポッターだ。

 私自身はポッターを嫌っているわけではない。

 ポッターは私のことを嫌っているようだが。

 

「よろしくね、ハリー」

 

「あ、ああ。よろしく」

 

 あの日の夜、私がマルフォイのことをどう思っているかはポッターに説明したはずだが、どうもまだ信用されていないらしい。

 ポッターは未だに私のことをスリザリンに入り損ねたグリフィンドール生だと思っているようだ。

 

「さあ、ハリー。練習しましょう。ビュ~ン、ヒョイですって」

 

 阿呆らしい。

 杖を使わずに物を浮かすことが出来る私からしたら、ままごとでしかない。

 

「わかってるよ。ウィンガーディアムレヴィオーサ」

 

 ポッターが杖を振るうと白い羽がピクリと動く。

 だが、浮かすことは出来ていない。

 

「浮かばないわね」

 

「一回失敗しただけじゃないか!」

 

 私の言い方が癪に障ったのかポッターは必死になって羽に向けて杖を振るう。

 この様子では浮かすまでにはまだ時間が掛かるだろう。

 私は視線をポッターの羽からグレンジャーの方に移した。

 

「言い方が間違っているわ。ウィン・ガー・ディアム・レビ・オー・サ。『ガー』と長く綺麗に言わなくちゃ」

 

「そんなによくご存じなら、君がやってみろよッ!!」

 

 またグレンジャーとウィーズリーが口論をしている。

 グレンジャーが杖を振るうと、羽は机を離れ頭上一メートルぐらいの所に浮かび上がった。

 その様子を見て私はポッターに話しかける。

 

「あら、先を越されてしまったわね」

 

「うるさい、気が散る」

 

「さっきハーマイオニーが言っていたけど、貴方、『レビオーサ』の発音がおかしいわ。レヴィオーサじゃなくてレ『ビ』オーサよ」

 

「そ、そうなの?」

 

 やはりポッターは根は素直だ。

 純粋すぎると言い換えてもいいかも知れない。

 

「ほら、もう一度。発音に注意してね」

 

 ポッターが発音に注意してもう一度杖を振るう。

 見事羽は三十センチぐらい浮かび上がった。

 

「ほんとだ! 浮いた! あ、いやえっと……一応ありがとう?」

 

「一応どういたしまして」

 

 このギクシャクした感じがたまらない。

 紅魔館にいた時はこのような会話をする機会がなかった。

 仲の悪い人間との会話というのは面白い。

 

 

 

 

 

 授業が終わった後、教室移動をしている最中にウィーズリーが先ほどの呪文学の授業のことを愚痴っていた。

 どうやら授業中にグレンジャーから受けた指摘が気に入らないらしい。

 

「だから誰だってアイツには我慢できないっていうんだ。全く、悪夢のようなヤツさ」

 

 悪夢のようなヤツ。

 私はそれを聞いて妹様のことを思い出す。

 その呼び名の通り、妹様はお嬢様のご姉妹であるフランドール様のことだ。

 私はまだ若すぎるという理由で直接お会いしたことはないが、妹様の部屋がある地下からは死神犬のグリムですら衰弱死するような瘴気が漂ってくる。

 私がそんなことを考えていると、グレンジャーが大股で私を抜き去っていった。

 その目には大粒の涙を浮かばせている。

 どうやら想像以上にウィーズリーの悪口が効いているようだ。

 そんなグレンジャーを見て、ポッターとウィーズリーはバツの悪そうな顔をした。

 あの様子じゃ、グレンジャーは次の授業には来ないだろう。

 

 

 

 

 

 私の予想通り、グレンジャーは次の授業に来なかった。

 それどころか、夕食の時間になっても大広間に姿が見えない。

 ルームメイトのパチルから聞いた話では、グレンジャーは女子トイレで泣いているらしい。

 どうやらウィーズリーの言葉が相当ショックだったようだ。

 まあ、私には関係ない話だ。

 私はハロウィンのご馳走の一つであるかぼちゃパイを一切れ自分の皿に盛ると、小さく切り分けて口に運ぶ。

 少し甘すぎる気もするが、ハロウィンならこれぐらいの味付けのほうがいいだろう。

 紅魔館でお嬢様にお出しするかぼちゃパイはもう少し甘さ控えめだが、今度もう少し砂糖の量を増やしてみるか。

 私がパイの味について考えていると、大広間の扉が突然勢いよく開かれる。

 何事かと思い視線を向けると、闇の魔術に対する防衛術の担当であるクィレル先生が全速力で大広間に駆け込んできた。

 相当急いでいたのかターバンはズレ、先生は大きく息を切らせている。

 先生はそのままダンブルドア校長の席まで駆け寄ると、テーブルにもたれ掛りながら喘ぎ喘ぎに叫んだ。

 

「と、トロールが……地下室に……。お知らせしなくてはと思って――」

 

 次の瞬間、クィレル先生は気を失いその場に崩れ落ちてしまった。

 そこから先は大混乱だ。

 生徒はパニックに陥り、皆耳障りな悲鳴を上げながら席を立つ。

 それを諌めようと監督生たちが声を張り上げるが、その怒声が混乱を更に加速させた。

 何というか、非常にやかましい。

 マルフォイなど手に持っていたコップを落としているのにも気が付かず悲鳴を上げている。

 私はそんな状況の中、クィレル先生が話していた内容について考えていた。

 地下室のトロール。

 真っ先に思い浮かぶのは決闘の夜の日に見つけた隠し部屋だ。

 隠し扉から伸びる穴は相当深く、穴の深さから考えると隠し部屋は地下に位置しているだろう。

 あの部屋の先にはトロールがいた。

 クィレル先生もあの部屋に入ってしまったということだろうか。

 だがクィレル先生の服装を見る限り、番犬であるケルベロスと争った形跡は見られない。

 ということは地下は地下でも別の地下ということか。

 その瞬間、大広間に爆音が鳴り響く。

 パニックを起こしていた生徒たちは突然の爆発音に全員が音がした方向を向いた。

 その視線の先にはダンブルドア校長が杖を天井に構えて立っている。

 どうやら先ほどの爆音はダンブルドア校長が発した魔法によるものらしい。

 

「みな、落ち着くのじゃ。監督生は生徒を引き連れて談話室へと戻りなさい。先生方はわしのもとへ」

 

 ダンブルドア校長は教員用のテーブルにいた先生たちを集めると、すぐに指示を飛ばし始める。

 各寮の監督生はダンブルドア校長の指示に従い、自らの寮生をまとめ始めた。

 

「グリフィンドール生の皆は僕についてくるんだ。一年生から順番に。七年生は最後に大広間に一年生が取り残されていないか確認してから談話室に戻ってきてほしい」

 

 監督生の指示にグリフィンドール生たちは不安な表情を浮かべながら移動を始める。

 私はその人の流れに乗りながら、不意にグレンジャーのことを思い出した。

 グレンジャーはトロールの存在を知らないだろう。

 もしグレンジャーが廊下でばったりトロールと鉢合わせたらどうなるか。

 その後の結果は容易に予想できる。

 

「はあ、ホント、手間のかかる人間ね。世話を焼く義理はないけど、死んだら死んだで夢見が悪いし」

 

 私は混乱に乗じて机の下に隠れ、時間を止める。

 そして多くの人間が列を成して固まっている大広間から出ると、先生方を追い越し地下室の方へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 グレンジャーは地下室近くの人があまり利用しないトイレの個室にいた。

 体勢から察するにまだ泣いているようだ。

 私は個室の前に立ち、時間停止を解除する。

 そしてゆっくりとトイレのドアをノックした。

 

「ハーマイオニー? いるんでしょう?」

 

 布が擦れる音が聞こえる。

 どうやら蹲った体勢から体を起こしたらしい。

 

「さ、咲夜? ……どうしたの、こんなトイレの個室まで」

 

「そっくりそのまま言葉を返すわ。どうしたの? こんなトイレの個室で」

 

 もっとも、どうしてこんな個室で泣いているのかは知っている。

 

「何でもないわ。ほっといてよ」

 

 そう言ってグレンジャーは個室の扉を蹴っ飛ばした。

 どうやら、まだ随分とご立腹のようだ。

 私は小さく息を吐くと、扉越しに話しかける

 

「怒っているの? それとも泣いているの? 貴方は一体何を思っているの? 私はね、貴方のことが知りたい。言葉を交わして理解したい。中に入ってもいい?」

 

「……っ。……うん」

 

 優しくされたのが嬉しかったのか、グレンジャーが返事を返す。

 なんともわかりやすい。

 少し待っていると、コトンと鍵が外れる音が聞こえてくる。

 私はゆっくり扉を押し開くと、改めてグレンジャーと向き合った。

 

「やっぱり泣いてた。ロンの言葉は気にしないほうがいいわよ。彼だって本気じゃないと思うし」

 

「そんなことないわ! だって……いつも、いつも……」

 

 グレンジャーが私に泣きついている。

 私はそれを抱きとめると、優しく頭を撫でた。

 

「あれぐらいの歳の子は、反発したいお年頃なのよ。お節介を焼けば焼くほど嫌われる。貴方は頑張っていると思うわ」

 

 お嬢様の真似事だが、効果はあるだろうか。

 次の瞬間、グレンジャーは大声をあげて泣き出してしまった。

 何を間違えた?

 私は半ば混乱しながらただグレンジャーの頭を撫で続けるしかなかった。

 数分経っただろうか、入口の方から酷い悪臭が漂いはじめ、私は我に返る。

 グレンジャーが突然泣き出したことで、ここに来た目的を完全に忘れていた。

 私はグレンジャーを避難させにきたのだ。

 グレンジャーもこの悪臭を不思議に思ったのか、私から離れ扉に手を掛ける。

 そして静かに扉を開くと、少しトイレの個室から顔を覗かせた。

 

「ヒッ……あれ、なに?」

 

 グレンジャーの押し殺したような悲鳴に、私も個室から顔を覗かせる。

 そこには決闘の夜に見たあの不細工面があった。

 トロールだ。

 どうやら私がグレンジャーを慰めている間にトイレの中へと入ってきてしまったらしい。

 

「あっちゃー……もうこんなところまで」

 

 状況を理解したグレンジャーが鋭い悲鳴を上げる。

 緊急事態だ。こうなってしまっては能力を行使するしかない。

 私は意識を集中させると、時間を停止させた。

 音のなくなった世界で、私は小さく息を吐く。

 時間の止まった世界は、私にとってはこれ以上ない安全地帯だ。

 私は落ち着いてトイレの入り口のほうに移動すると、逃走経路を確保するためトイレの入り口の扉に手を掛けた。

 だが、開かない。

 何度か押したり引いたりしてみるが、ガチャガチャと音を立てるだけで扉が開く気配はなかった。

 トイレ入口の扉は簡素なものだ。

 この感触から判断するに、外側から物理的に固定されている。

 こうなってしまっては扉を壊すぐらいしか対処のしようがない。

 だが、それは余りにもリスクを孕む方法だと、私は思い直す。

 ここで私の能力がバレるような行為は避けるべきだ。

 こうなったらトロールと正面からぶつかるのが一番だろう。

 私は元いた場所に戻ると、時間停止を解除した。

 

「あ、ああぁあ。な、なんで……」

 

 グレンジャーが心此処に有らずといった感じでその場で腰を抜かしてしまう。

 

「ごめん、これのことを言う為にここに来たことを忘れてた」

 

 トロールは棍棒を振り上げるとグレンジャー目掛けて下から払い上げるように振り抜く。

 この軌道だとグレンジャーは棍棒で吹き飛ばされて粉々だ。

 運が良くても全身骨折だろう。

 私は咄嗟にグレンジャーを後ろに突き飛ばし、間に割り込む。

 そして甘んじて棍棒の一撃を受けた。

 

 

 

 ハリーはその時焦っていた。

 ハーマイオニーはトロールのことを知らないと思い、ロンと一緒に探しにきたのだが、運悪くハーマイオニーを発見するより早くトロールのほうを発見してしまう。

 だが運よくトロールを近くの部屋に閉じ込めることに成功したのだ。

 

「やった!」

 

 隣にいるロンが歓声を上げる。

 二人は初めての勝利に意気揚々と来た道を引き返したが、曲がり角まで来たときにトロールを閉じ込めたのは失策だと悟る。

 心臓が止まるかのような悲鳴が先ほどの部屋から聞こえてきたのだ。

 

「しまった」

 

 ロンが顔を真っ青にして呟く。

 

「女子トイレだ!」

 

 ハリーも息をのんだ。

 

「「ハーマイオニーだ!」」

 

 二人が同時に声の主に目星をつけ、叫び声をあげた。

 咄嗟に先ほどの部屋に駆け戻り、急いでドアにつけた簡易的な閂を外す。

 扉を蹴り開けると、自分の正気を疑うようなショックな光景に目を疑った。

 トロールが振りかぶった棍棒はハーマイオニーを押しのけた咲夜に直撃し、彼女を吹き飛ばす。

 咲夜は天井で跳ね返り、そのままの勢いで壁に叩きつけられた。

 自分たちのせいで被害者が出てしまった。

 ハリーとロンは自らが起こした過ちを信じられないといった雰囲気でその場に立ち尽くしてしまう。

 壁の下に横たわっている咲夜は動かない。

 ハリーには咲夜が生きているようにはとても見えなかった。

 

 

 

 

 

 棍棒が私の前に迫る。

 私は棍棒が当たるか当たらないかというギリギリのところで時間を止めることに成功した。

 そして棍棒に触れると棍棒の時間のみを動かし、棍棒が持っていた運動エネルギーを消す。

 これで私にあたる棍棒は私に触れた状態からまた加速されることになる。

 加速された棍棒の一撃を食らうよりも随分と衝撃は少ないはずだ。

 それに加え棍棒に合わせて吹き飛ばされたように空を飛べば、衝撃は実質ゼロになるはず。

 私は時間停止を解除し、棍棒に合わせて一気に後ろに飛びのいた。

 棍棒から受ける加速も多少あるが、その力すらも利用して斜め後ろに飛び上がると、一旦天井で受け身を取る。

 多少痛いがそれは受け身を取った時に感じる表面的な痛みだ。

 私は天井で一度跳ね返ると今度は壁に体をぶつけ、完全に停止する。

 我ながら棍棒で殴り飛ばされる演技が完璧だ。

 さて、次はこちらの番と目を開けたその時、先ほどまで閉まっていた入り口の扉が開いていることに気がつく。

 その扉の前には、呆然とした表情のポッターとウィーズリーが立っていた。

 それを見て私は目を開けたまま床に横たわり死んだふりをする。

 これは多分いい機会だ。

 危なくなったら今度こそ能力がバレるのも躊躇わず助けるつもりだが、ここでポッターとウィーズリーがトロールを倒したら、二人はグレンジャーと仲直りが出来るかもしれない。

 今日そこまでいかずとも、仲直りのきっかけ作りにはなるだろう。

 そのような考えのもと私が静観していると、ポッター達は奇跡的な立ち回りを見せ、あれよあれよという間にトロールを無力化してしまう。

 決め手はウィーズリーが浮遊魔法でトロールの棍棒を奪い、それを頭にぶつけたことだろう。

 トロールは浮遊させた棍棒の一撃を喰らい、白目を剥いて地面に倒れ伏している。

 

「これ……死んだの?」

 

 グレンジャーがぽつりと呟く。

 一瞬私のことかと思ったが、多分トロールの話だ。

 

「そうだ、咲夜! 咲夜っ!!」

 

 冷静になったグレンジャーが私に縋りついてくる。

 その光景をポッター達はトロールと対峙している時よりも顔を真っ青にして見守っていた。

 きっと私が死んだものだと思っているのだろう。

 状況から察するに、このトイレに鍵を掛けたのは彼らだ。

 これ以上苛めるのは流石に可愛そうだと思い、私は舌を出し微笑んだ。

 

「生きてるわ。そんな絶望的な顔しないでよ」

 

「さくやぁ……、生きてたのね」

 

 三人の顔が安堵の表情に変わる。

 私はお腹をめくりあげ、傷がないことを確認させた。

 

「咄嗟に後ろに飛びのいたのよ。ちょっとふら付いてさっきまで地面で気絶していたけど、無傷だから安心しなさい」

 

 私が服を正すのと同時に先生方がトイレに踏み込んでくる。

 マクゴナガル先生にスネイプ先生、更には気絶していたはずのクィレル先生の姿もあった。

 

「一体全体、貴方達はどういうつもりなんですか?」

 

 マクゴナガル先生の声は冷静だが、物凄い怒りを含んでいるように感じる。

 こうなる前に逃げればよかったと思い返すが、後の祭りもいいところだ。

 

「殺されなかったのは運が良かったからです。寮にいるはずの貴方たちがどうして、それも女子トイレなんかにいるんです?」

 

 ポッターもウィーズリーも絶句している。

 減点される前に口八丁で誤魔化そうと口を開きかけると、その前にグレンジャーが一歩前に出て弱弱しく声を出した。

 

「あ、あの、先生。聞いてください。三人とも私を探しに来たんです」

 

 グレンジャーは何を言うつもりなのだろうか。

 引き留めても良かったが、ここは任せることにしよう。

 

「私がトロールを探しに来たんです。本で読んでトロールのことはよく知っていたので……独りで勝てると思って……。もし、三人が私を見つけてくれていなかったら、きっと私は死んでいました。咲夜は私を庇ってくれて、ハリーはトロールの気を引いてくれて、ロンはトロールを棍棒でノックアウトしてくれました。人を呼びに行く余裕なんてなかったんです。駆けつけてくれた時には、もう殺される寸前で……」

 

 ここはグレンジャーの話に合わせるのが良いだろう。

 彼女の好意に甘えるとしよう。

 それに、仲直りのいい材料にもなるはずだ。

 

「まあ、そういうことでしたら……」

 

 マクゴナガル先生はグレンジャーを真剣な表情でじっと見つめる。

 

「ミス・グレンジャー。なんと愚かしいことを。たった一人で野生のトロールを捕まえようなんて、どうしてそんなことを考えたのですか。グリフィンドールから五点減点です。あなたには期待していたのですが……怪我がないなら談話室に帰ったほうがよいでしょう。生徒たちがさっき中断したパーティーの続きをやっています。」

 

 グレンジャーは独りトボトボと帰っていく。

 私はそれを追いかけようとするが、マクゴナガル先生に引き留められてしまった。

 

「先ほども言いましたが、貴方たちは運が良かっただけです。ですが、大人の野生トロールと対決できる一年生はそうはいません。一人五点ずつあげましょう。ダンブルドア先生には私から報告しておきます。帰ってよろしい」

 

 引かれることはあっても、点数が与えられるとは思っても見なかった。

 三人に五点ずつで十五点。

 グレンジャーの五点を差し引いて十点か。

 私は二人を連れて談話室までの道のりを歩く。

 途中気まずくなったのか、ポッターが話しかけてきた。

 

「お腹、本当に大丈夫なのかい? 内臓が飛び出てもおかしくないぐらいの勢いで殴られてただろう?」

 

「あら、もう一度私のお腹が見たいの? 年頃なのに大胆なのね」

 

「茶化さないでよ! 本気で心配しているんだから……」

 

 ポッターが顔を真っ赤にして言い返してくる。

 変な想像をしたのか、ウィーズリーが私のほうから顔を背けた。

 

「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫よ。それよりも、早くハーマイオニーを追いましょう」

 

 私はポッターとウィーズリー……いや、ハリーとロンの手を取ると、廊下の奥に小さく見えたハーマイオニーの背中を追いかける。

 そしてハーマイオニー目掛けてハリーとロンを勢いよく送り出した。

 二人はそのままバランスを崩すように走りながらハーマイオニーに追いつく。

 そして三人とも気まずそうに顔を見合わせた。

 そのまま沈黙してしまう。

 

「ありがとう。みんな」

 

 私は最後の一押しをすべく全員に微笑みかける。

 ハリーたちは照れ臭そうにお互いにお礼を言うと、私も含めて四人で一緒に談話室に戻りハロウィーンパーティーの続きを楽しんだ。

 

 

 それ以来、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は親友になった。

 共通の経験をすることで互いに友情が芽生えたらしい。

 私はそんな三人の微笑ましい青春を後ろから眺める。

 

 

 人間の育む友情はとても美しく、そして私には一生得られないものだと感じた。




用語解説


ハリーたちに嫌われている咲夜
マルフォイたちと仲良くしすぎた結果。

魔法使いの決闘
命を懸けた決闘はもっと話が進んでから。

時間停止
時間の止まった世界なら、自由に空を飛べる咲夜ちゃん。

景品の石
賢者の石です本当にありがとうございました。賢者の石は現在咲夜のバッグの中に入っています。

オオカミ中年
ピーブズ「ホントにここにいたんだって! 嘘じゃない!」
フィルチ「いないじゃないか! 今ここに!」
ピーブズ「消えちゃったんだ!」
フィルチ「嘘をつけ!!」
ピーブズ、不憫な子

十六夜咲夜には友達がいない
います。人間の友達はいませんが。

ウィンガーディアムレヴィオーサ
ビューンヒョイです。

ハーマイオニーと咲夜のキマシ…
きてません。咲夜的には愛玩動物を撫でているのとそう変わらない感覚です。

殴られる咲夜ちゃん
本当に直撃を食らうという案もあったのですが、どシリアスに入りすぎて話の流れを修正できなくなる恐れがあったのでやめました。

仲良くなる三人
傍から見たら、仲良し四人組。咲夜からしたら仲良し三人組と私。


Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

2023/05/08 加筆修正

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