Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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 里に足を踏み入れた俺達が歩く市場にはたくさんの屋台が立ち並び、そこで飲み食いをしたり買い物をしている住民達の活気はなかなかのものだ。

 この分では小舟の里には数百、下手をすれば千に達する人間が暮らしているのかもしれない。

 チラリと右手に見えたプールには向かわず、シズクはコンクリート製の建物に向かって階段を上がり始めた。階段には明かりがないので、オーバーオールの女の子が点灯した懐中電灯の光だけが頼りだ。

 

「こんな大きな建物も使ってるんだ。広いんだねえ。里って言うより、かなり大きな街じゃない」

「だなあ」

「この階だ。暗い所をさんざん歩かせて悪いな」

「いいさ。煌々と明かりが灯っていて、エレベーターまで使えたら逆に怖い」

「エレベーターなら、使える」

「はあっ!?」

 

 思いもしなかった言葉に、思わず足が止まる。

 言ったのはここまでずっと黙っていた、オーバーオールの女の子だ。たしか、名前はセイだったか。

 

「電源さえあればだけど」

「駅でも市場でも、明かりは篝火や焚き火だった。でももしかして、電源さえあれば使える機械は多いのか?」

「ん」

「このセイは、賢者の弟子なんだよ。その人に才能を見出されたくらいだから、機械の修理が得意でね」

「賢者?」

「うん。数年前に西に旅立ったんだが、凄腕の山師だった」

「ソイツの腕にも、これがあったのか?」

 

 ピップボーイを見せながら聞くと、シズクとセイははっきりと頷いた。

 

「アキラ、それって……」

「まだわからん。数年前に出て行ったって話だし、このセイって子が弟子というからにはそれなりの期間をここで過ごしたんだろう」

 

 101のアイツ。

 思い浮かぶのはそう呼ばれるフォールアウト3の主人公だが、それにしては防衛部隊や食料調達部隊の連中の武装が貧弱すぎる。

 賢者とまで呼ばれるような行動をしていたのならフォールアウト3では善人プレイをしていたゲーマーだろうが、そんな人間がこの街を出る前に銃の1つも置いて行かないなんて事があるだろうか。

 ならば賢者は、101のアイツではない?

 

「さあ、着いたぞ」

 

 いつの間にかシズクは歩き出し、俺は無意識にそれに着いて行っていたらしい。

 おざなりなノックの後すぐにドアを開け、シズクは室内に俺達を招き入れた。

 暗い。

 見れば正面はガラス張りになっているので月明かりが射し込んでいるらしいが、室内にはランタンが3つほどあるだけなのでまるで上映中の映画館のような暗さだ。

 

「はじめまして、お客様。どうぞこちらにおかけになって」

 

 言ったのは、上品そうな中年の女。

 かなりの熟女だが、その色香は色褪せるどころか40を過ぎて増しているように思えるほど色っぽい。

 

「はじめまして。私はアキラ。女の子がミサキで、犬がドッグミート。アイボットがEDーEです。ドッグミートも入っていいので?」

「もちろん。皆さん大切なお客様ですもの。あたしはマアサ。小舟の里の長でセイちゃんの母で、シズクちゃんの叔母よ」

「ありがとうございます、マアサさん」

「さあ、シズクちゃんもセイちゃんも座って。今日はごちそうよ」

 

 暗い室内にある長テーブルを並べた食卓に着くと、マアサさんが手ずから料理を取り分けて俺達の前に皿を置いた。

 蒸かしたジャガイモに、焼いた何かの肉。申し訳程度の緑の野菜に茹でたマイアラークだ。

 やはり、米食は廃れたのか。

 日本人としては残念だが、こんな世界では仕方のない事なのだろう。

 

「シズク、コップを洗える場所ってあるか?」

「部屋の隅に、濾過した水を溜めたポリバケツがいくつかあるが」

「なら、このマグカップを洗ってくれ。ミサキとセイちゃんは黒糖サイダーで、俺達は冷えたビールで乾杯しよう」

「ほう。ずいぶんと太っ腹じゃないか」

「いい街のようだし、特にセイちゃんとは仲良くしておきたいんでね」

「アキラってロリコンなのっ!?」

「む。人のおっぱいを舐めるように見ていたくせに、未成熟なセイが好みなのか」

「誰がロリコンだ。それにそんな巨乳のくせにピッチリしたTシャツで肩にだけ防具を装備してたら、嫌でも胸に目が行くだろうが。セイちゃんは修理が得意だっつーから、いろいろと話を聞きたいんだよ」

「ホントかしら」

「どうだろうなあ。ミサキ、今夜2人でアキラに夜這いをかけて本当にロリコンじゃないか確かめるか?」

「なっ。ダ、ダメよ、そんなのっ!」

「いいじゃないの。おばさん、早くシズクちゃんの赤ちゃんをだっこしたいわあ」

 

 美少女と美女に夜這いされて童貞喪失なんて、エロゲの主人公じゃあるまいし。

 まあ俺なんて顔も体つきも平均程度のどこにでもいる冴えない男なので、冗談で言っているだけだろう。

 俺が出したコップにそれぞれの飲み物を注いで乾杯をしてメシを食べ始めたのだが、その味付けはすべてが薄い塩味だった。

 

「お口に合わないみたいね、ミサキちゃん。やっぱり旅をするほど腕の良い山師のお2人は、美味しい物を食べ慣れているのかしら。このお酒、ビール? これも、里のお酒とはまるで違う飲み物だし」

「い、いえいえ。そんな」

「醤油いるか、ミサキ?」

「……欲しいかも」

「あいよ。皆さんもどうぞ」

 

 嬉しそうにジャガイモやマイアラークに醤油を垂らすミサキに倣い、それを口に運んだシズク達が目を見開いて驚いている。

 

「お、おかーさん」

「美味しいわねえ。どうしたの、セイちゃん?」

「これは里でも作るべき。製法を探しに、本を探しに行く許可を」

「あらあら。ダメよ、セイちゃん。賢者様と約束したでしょ。里が発展すればするほど、新制帝国軍に攻め込まれる危険は高くなるの。こんな美味しい物を作ったら、明日にでもこの里に新制帝国軍の大部隊が送り込まれるわ」

 

 なるほど。

 賢者は、それなりに知恵の回る人間だったらしい。

 小舟の里があまり生活に苦しまず、新制帝国軍がここをムリに奪おうとはしないバランス。

 それを今の長であるマアサさんと、次代の長であるセイちゃんにちゃんと教えてから街を出た訳か。

 

「新制帝国軍ってのは、どの程度の戦力なんです?」

「そうねえ。賢者様の話では、兵隊をたくさん乗せたトラックを5台は送り込めるくらいだとか。それも恐ろしい事に、すべて銃で武装した兵隊をね」

 

 そんなものは俺からすればどうでもいいが、たしかに銃を持った100や200の敵を迎え撃つのに槍や弓で立ち向かっては、簡単に蹴散らされて終わりか。

 小舟の里の人口はそれなりのようだし、武器さえあれば新制帝国軍にも対抗できそうな感じはするが。

 

「空を飛ぶ乗り物なんかは?」

「そんなの、今の時代にあるはずがないじゃないの。うふふ」

 

 ベルチバードはないのか。

 日本のどこかには動く航空機を保有する勢力があるのかもしれないが、少なくとも新制帝国軍と大正義団にそれはない。

 ならば、タレットを4つの橋に設置するだけでも小舟の里を要塞化するのは可能なのかもしれない。

 

「大正義団は?」

 

 マアサさんが悲しげに瞳を伏せた。

 地雷でも踏んだかとシズクを見ると、その隣に座るセイちゃんなどは俯いて涙を堪えているようだ。

 

「ちょ、ちょっと。アキラったら」

 

 隣でメシを食っていたミサキが、肘で俺をつつく。

 

「あー。なんか申し訳ない。ムリに答える必要はありませんよ」

「……いいえ。大正義団は、息子の率いる荒くれ者達は50ほどです。ですが何人かは銃弾すら弾き返す鉄の鎧を着込み、全員が光を飛ばす強力な銃で武装しているんですよ。トラックも1台あります」

「あんなのは兄ではありませんっ!」

 

 セイちゃんがテーブルを叩いて叫ぶ。

 大正義団にも養殖した魚や乳製品を売っているというが、もしかするとそれは強請りたかりのような取引なのかもしれない。

 

「まさか、その鎧や武器って」

「賢者様に譲っていただいた物です。それがあれば、新制帝国軍に媚びずに暮らせるようになるからと」

「……エネルギー武器とパワーアーマーを、ポンとくれてやったのか。地面に灰が残るのを嫌い、ステルスからの攻撃を好むからパワーアーマーは使わない。101のアイツらしいねえ。ははっ、笑えるぜ」

「確定なの、アキラ?」

「そうだとは言い切れねえが、可能性は高いさ。なんで西になんか向かったんだろうなあ。ここで暮らしてくれてりゃ、助け合って平和に暮らしてけただろうに」

「アキラ様は、賢者様をご存じなので?」

「直接の面識はありませんけどね。さて、ここからは商売の話をしましょう」

「商売、ですか?」

 

 俺はどんな場所でもそれなりに暮らしていけるが、お嬢様育ちのミサキはそうもいかないだろう。

 なるべく金を稼いでいい暮らしをさせてやらないと、こんな世界で生きる事を強制されたストレスで人格が歪みかねない。

 

「ええ。まずは、……そうですねえ。俺達が持っている武器の性能を見てもらいましょうか。シズク、食料調達部隊はいつもあの橋で狩りを?」

「マイアラークが目に見えて減るまでは。数が少なくなれば、違う場所に移動する。この辺りは橋が多いんでな」

「あそこまでマイアラークをおびき寄せてんだよな?」

「そうだ。賢者に教わった、カイティングという狩りの方法だ」

「……やれやれ。どっかのエセゲーマーと違って、ネトゲなんかにも手を出してたんかよ。101のアイツは」

「むっ。話が終わったら殴るからね、アキラ」

「死んじまうっての。じゃあ明日その狩りに俺達を同行させて、武器の威力を見てくれ」

「長?」

「それはいいのだけど、この里はそんなに裕福ではないのよ。アキラ様がどんな武器を売りたいのかはわかりませんが、それに見合う金額なんてとても……」

 

 これほどの街を治めているというのに、自分が儲ける事は重視していないのか。

 だからこそ大正義団とやらになってしまった息子の不始末を、この親子は恥と感じているのかもしれない。

 いい領主じゃないか。

 とてもウェイストランドの住民とは思えないくらいだ。

 

「金は廃墟から持ち帰った物を小出しにして売り捌くんでいいですよ。欲しいのは、しっかりと施錠できる安全な部屋です。俺達が暮らすための」

「それなら」

 

 マアサさんとシズクが頷き合う。

 

「シズクちゃん、あなたの部屋の隣は空いてるわよね?」

「ええ。広いので仕切りさえすれば、兄妹で暮らすのに支障はないでしょう」

「なら今夜はそこに、アキラ様達を案内して。実際に泊まっていただいて、そこでいいか判断していただきましょう」

「心得ました。食事は終えているようだし、もう行こうか。狩りは朝が早いぞ」

「そうさせてもらうかな。ミサキを早く休ませたいし。ではマアサさん、お話は武器の性能をシズクから報告されてからまた」

「ええ。ゆっくり休んでくださいな。大恩ある賢者様と同じ雰囲気を身にまとうお2人なら、小舟の里はその来訪と定住を心より歓迎いたします」

「ありがたい。では、私達はこれで」

 

 


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