「アキラ、早くラジオ点けてっ」
「まだエンジンもかけてねえっての」
「うふふ。放送は朝6時ジャストからだから、あと3分後ね」
「ラジオを聴きながらドライブとか、なんか大人っぽいよねえ」
「ドライブじゃなくって、レベル上げを兼ねたラジオの運用試験な」
「似たようなものじゃない」
俺、ミサキ、シズク、セイちゃん、それに運転手のカナタ。
これから5人全員で、ラジオの電波がどこまで届くのか確認に出る。
「エンジンをかけるわね」
「おう。……ラジオの周波数はここでいいはずだ」
「わくわく」
「ウルフギャングも災難だよなあ。うちの旦那様は人使いが荒い」
「ん。ベッドでは妻使いも荒い」
「失礼な」
「夫婦の営みでAPを消費するとか、ほんっと意味わかんないよね。しかも、VATS使った後と同じ速度でそれが回復するとか。あたしまでそうじゃなくって、ホントよかったー」
「うっせ。俺だってビビったっての。なんだよあの、人を早撃ちガンマン扱いするような謎仕様」
おはよう、日本。
今日の1曲目は、これだ。
名サックスプレイヤーだったジョンが、惚れた女の寝起きの口臭に驚いて作った曲。
アトミックボム・ベイベー。
そんなウルフギャングの声の後、朝にふさわしい穏やかな旋律が流れ出す。
……いや、いい曲だけど作った経緯と曲名酷くね!?
「わあっ。ウルフギャングさん、なんかプロっぽーい!」
「なんかこう、渋い男を演出してる感じがムカつくな。まんまスリードッグの放送のモノマネでいいのに。それか俺のアドバイス通り、『やあ、私は絵田首相だ』とか小ボケをかませっての。霊的な引用とかも織り交ぜてよ」
「曲もさすがの選曲だし、ホントに人気が出そうね。じゃあ、出発するわよ」
「頼む」
いつものように門を開けてくれた防衛部隊の若い女に礼を言ってからラジオのチャンネルが増えた事を伝え、咥えタバコでジャズに耳を傾ける。
渋い男を気取るなら若い女のファンでも付いて、愛する妻にヤキモチを妬かれればいいんだ。
別に俺は羨ましくなんてないからいいが、そうでなければ小舟の里のモテない童貞連中が納得しないだろう。
「砂丘も見てみたいけどなー」
「見ればいいじゃんか」
「そんな時間があったら、セイのために犬とかぶん殴った方がいいかなって」
「あ、言うの忘れてた……」
「なにー?」
「こん中で、ゴキブリとか虫系が苦手なヤツは?」
「セイは虫を憎悪する。心から」
「あたしもー。特に黒Gはダメ。生理的にムリっ」
「なるほどね。じゃ、2人は車から降りねえ事だな」
「なんでよ?」
「あっちじゃ、でっけえゴキブリのクリーチャーが普通に出っから」
「うぇえぇえっ!?」
「……アキラ、マジ?」
「マジマジ。大マジ」
ドライブ気分はどこへやら。
ミサキとセイちゃんの気分は急降下であるらしい。
アリはいるって聞いたから覚悟してたけどGだけはだの、もう磐田方面じゃトイレはアキラの口にするだのという呟きが後ろから聞こえてくる。
「アキラ」
「ん?」
「アキラはその、平気なのか? もしセイみたいにゴキブリが怖くてトイレにも行けないって言うなら、アタシがトイレ役を……」
「得意でもねえけど、平気です。だからその発想を今すぐ窓から投げ捨てろ」
「むうっ」
「ダメよ、シズク。そんなの想像したらアキラくん、すぐに後部スペースに移動して実行しちゃうんだから」
「しねえっての」
「というか、なんでアキラは助手席にいるんだ? 最初から後ろにいてくれれば順番に愉しめるのに」
「アホか。1時間もかからねえで最初の目的地だって」
家を出た時から、空は今にも雨粒を落としそうな色をしていた。
どうせなら早く降り出してくれ。
そんな俺の願いが届いたのか、日本防衛軍陸軍検問所というロケーションのある橋に差し掛かると、フロントガラスにポツポツと雨音が落ちてくる。
「狙い通りね」
「ああ。電波が雨で弱くなるのかなんてわからねえが、どうせなら雨の中でどこまでラジオが聞こえるのか確認してえ。それに新制帝国軍も浜松の山師や行商人も、雨なら街に引きこもってくれる可能性はあるしな」
「そもそもあいつらは軍隊なんかじゃなく、人を食ってないだけの悪党だもの。そんなに働き者な訳がないわ。気にする必要もないわよ」
「へいへい」
ちゃんと聞こえる。
まだ聞こえる。
セイちゃんの予想通りか?
もう少し、もう少しだけ頑張ってくれ。
ラジオのジャズが途切れたりしないか注意して聞きながら、俺の思考はそんな風な順番で変化していた。
「到着。これなら大丈夫そうね」
「やったぜ」
ワゴン車は俺とカナタで悪党を始末して封鎖した、新掛塚橋というロケーションの手前に停まっている。
ここまでは電波が届いた。
ちょっとした雑談に符丁を混ぜ込むので少しでも電波が悪いともうダメなのだが、これなら大丈夫だろう。
「アキラ、橋は歩いて渡るの?」
「まさか。コンクリートの土台をいっぺん収納すっから、ワゴン車でだよ」
「ここから向こうの電波確認はどうするの?」
「まず通り抜けて、どのくらいの距離が限界か確認だな」
「了解」
助手席を降りてすぐ、戦前の国産パワーアーマーを装備。
隙間ができるように並べたコンクリートの土台に背中を張り付け、慎重に橋の安全確認をした。
悪党の仲間が戻って来たりはしていないようだし、クリーチャーの姿も見当たらない。
「クリア。まずはコンクリートの土台を収納してっと」
まずはこちら側のバリケードを撤去。橋の出口にも、コンクリートの土台は置いてある。
またワゴン車に乗り降りするのも面倒なので、原付バイクを出して跨った。
エンジンをかけると同時に、ワゴン車が横に並ぶ。
「先に行ってていいぞ」
運転席のカナタが頷き、ワゴン車が走り去る。
今度はわざわざ隙間を作る必要もないので、原付バイクを少し進めてからかなり適当にコンクリートの土台で橋を塞いでしまう。
バイクで反対側のバリケードまで進むと、開け放たれた後部ハッチの荷台でセイちゃんが手を振っていた。
「どしたの?」
「こっちを撤去したら少し手前、ここにまたバリケードを出せばいい。雨にも濡れないし」
「なるほどね。ありがと」
「ん」
後ろを開けたままあまり待たせても悪いとコンクリートの土台と原付バイクを収納して、上に跳ね上がるタイプなので屋根代わりになっている後部ハッチの下でもう一度コンクリートの土台を2つ出す。
そのまま国産パワーアーマーをショートカットキーでピップボーイに入れ、荷台に上がってハッチを締めた。
「アキラ、おつかれー」
「おう。ちょっと跨ぐぞ」
「わかった。ほら、あーん」
「跨ぐのは座席だ、バカタレ」
「うふふ。さて、まだジャズが途切れたりしないけど、どこまでそうであってくれるのかしらね」
「セイちゃんの予想じゃ、およそ25㎞先までって話だからなあ」
「そうね。出すわよ」
頼むと返してシートに置いていたロードマップを持ち上げる。
小舟の里から浜松の街まで、直線距離で約15㎞。
豊橋はどこが現在の居住地になっているのかわからないが、戦前の駅までだと約18㎞。
この新掛塚橋までは約20㎞であるから、ラジオの周波数さえ合わせれば、すでにどちらの街でもウルフギャングの声と戦前のジャズが聞こえているはずだ。
「現在の磐田の街、スタジアムは小舟の里から約28㎞か」
「橋からは10㎞だから、中継器が機能すれば問題なく電波は届くはずよね」
「ああ。でも中継器がいらねえなら、それがベストさ」
ワゴン車が北へ進路を取り、戦前の農耕地を抜けてゆく。
祈るような思いで索敵しながらジャズの音色に集中していたが、その祈りはあっけなく砕かれた。
「残念ね。線路すら越えられないなんて」
「予想はしてたからな。悪いが」
「ええ。橋に戻るわ」
ついさっき渡った橋まで戻って、また国産パワーアーマーと原付バイクでクラフトをして回る。
この橋をラジオの中継局兼バイク部隊の連絡道にするためだ。
バイクだけが通り抜けられる幅で隙間を作ったのはもちろんだが、今度はそこに鉄のドアを設置して南京錠をかけておく。
カギは、ここを使う小舟の里と磐田の街の両方に預ければいい。
ついでという訳ではないが橋の中央に鉄製の小屋2つと、その間に飲み食いができるテーブル席も設置しておいた。
「こんなモンかねえ。って、パワーアーマーの足音?」
「アキラ」
「どした、ミサキ。まさか敵でも!?」
「違うって。これ、これを作ったから両方の入り口にでも立てかけておいて」
ミサキが渡してきたのは金属の板。
それにはペンキで立ち入り禁止の警告と、少し上流にある天竜川を渡る橋への道案内が書かれている。
「なるほどね。だが勝手に橋を封鎖して立ち入り禁止とか、とんでもなく悪役っぽいなあ」
「仕方ないよ。それは小舟の里と磐田の街、そこで暮らす人達のためなんだもん」
「まあな。んじゃ、レールライフルでドアの横にでも貼り付けとく」
「お願いねー」
今回のコンクリートの土台は、右に2つ左に1つ、それぞれ上に3つを積み上げてあった。
そうすれば橋の両端からバリケードが突き出して、横からの侵入を防げる。
ドアの上の隙間も塞いであるので、面倒ではあるが南京錠を開けて看板を設置し、もう片方にもそれを取り付けてからワゴン車へ戻った。
「悪い、待たせたな」
「いいさいいさ。アキラにしかできない、大切な仕事だ」
荷台から後部座席を跨いで助手席に戻ると、カナタがロードマップを開いて真剣な表情でそれに視線を落としている。
「アキラくん、ざっと計算したけど電波が届くのはやっぱり25㎞圏内みたい」
「だろうな」
「そして今ここに中継器を設置したんだけど、これを見て」
ロードマップを渡されると、カナタの指がこの新掛塚橋を指す。
「あー、そっか。そうなるわなあ」
「ええ。ここから25㎞となると、こうよ」
海沿いの掛川市、その次の街である御前崎市に入るか入らないかの距離。
内陸に入ってからは掛川市に隣接する菊川市の一部。
磐田の街の入植地である遠州森駅までがラジオの受信圏内だ。
「これで磐田の街と森町にも、募集無線ビーコンと中継器を設置したら」
「ええ。さらに受信範囲は広がるわね」
「……市長さんはどっちを選ぶと思う?」
「なんの話?」
「いやだから、この計画をこのまま続けるととんでもなく遠くまで。それこそ核の被害を受けた場所で暮らす人間までがそれを耳にする。そしたら、そんな連中が磐田の街に流入するかもしれねえんだぞ。それだけならまだいいが、ラジオの放送をするような豊かな街を奪おうって連中だっているはずだ。ラジオの運用計画そのものに反対されたらどうするよ?」
「そんなの、するはずがないじゃない」
「なんでだよ?」
カナタが苦笑交じりで眼鏡を直す。
「磐田の街は昔から東の連中を受け入れてて、それにきちんとした教育を施さないからずうっとクソッタレな街なの」
「マジか」
「ええ。だから分け隔てなく人を受け入れるのが正しい行為だと信じて疑わないバカな一族は、喜びこそすれ反対なんかしないでしょうね」
「なるほどなあ」
とりあえず受け入れる。
磐田の街のルールには従わせる。
だが、望まない教育は押しつけない。
そんな風にして、磐田の街は徐々に住民を増やしているのか。
「クソみたいな偽善でしょ?」
「さあな。ただ、俺はその逆をやって、大変な苦労をしながらロクに人口を増やせずにいる小舟の里の方が好きかな」
「同感。まず守るべきは、善良な人間の生活よ。それを蔑ろにして人を受け入れ続けて、善良だった住民の感情も大きく変わった。先祖が遺した人々を救い続けよなんて偽善的な言葉は、お尻を拭いた紙と一緒に丸めて捨ててしまえばいいのに」
市長さんの選択と、カナタの苛立ち。
俺にはそのどちらが正しいかなんてわからないが、どちらの気持ちもわかるような気がする。