来た道、国道362号線を戻って何度か無線で呼びかけタイチと話してみたが、可能なら工場の制圧は特殊部隊だけでやりたいとの事だった。
なのでドッグミートとED-Eは別だが、ウルフギャングとサクラさんにはなるべくフェラルのいなそうな場所を見て回ってもらっているらしい。
いい訓練になるだろうからとそれを了承して、なら俺達は途中で気になった店なんかを漁って時間を潰してから戻ると伝える。
それからは、嫁さん連中とその友人の独壇場だった。
俺の出番なんて、これっぽっちもありゃしない。
そうなった理由は明白。獲物に対する、モチベーションが違い過ぎたからだ。
「いやー、大漁大漁っ♪」
「アタシでも着れる服や下着は嬉しかったな」
「ミキは和風のソールズベリー・ステーキが楽しみなのです。あんな美味しいソースを、焼き立てのお肉にかけたらどうなるか。楽しみで仕方ないのですっ」
「うふふ。よかったわねえ。アキラくん、次は?」
「地図で見ると、西気賀って駅の浜名湖側が半島みたいに湖に突き出ててよ。そこにはマリン・ショップだとか、企業の保養所なんてのもあるらしい」
「セイが期待してた電車もあるといいねー」
「そうね。それにその辺りなら、特殊部隊との通信も可能だわ。じゃあ向かっちゃうわね?」
「頼む」
船外機工場のほんの少し向こうにある西気賀の駅はこぢんまりとしてはいるが駅舎があり、駐車場へと繋がるロータリーにもなっていない通路に、10ほどのフェラル・グールが群れていた。
それをルーフのタレットが掃除してくれているのだが、その駆動音や銃声よりも後部座席の2人がうるさいのなんの……
「ミキ、やったねっ。あの看板見てっ! テレビ番組で紹介された名店『グリル小泉』だって! ぜーったいに美味しいソースとかあるよっ!」
「ふわぁ。早く、早く漁るのですっ!」
「いやどうせならすぐ手前にあったマリンスポーツの店を」
「じゃあアキラ達はそっちで。後ろ3人は駅。それでいいじゃん」
ミサキ達とはいつも別行動をしているので、そうするのが当然だとは思うが。
「抱いた途端に、過保護ねえ」
「そういうんじゃねえがよ。……ま、こんなのにも慣れねえとな。そんじゃ3人は駅。俺とカナタは線路の先を見てからマリン・ショップ。なんかありゃすぐに無線を飛ばせよ?」
「りょ-かいっ。行こっ、ミキ。タレットがおとなしくなったよっ」
「はいですっ」
「おい、パワーアーマー! ミサキは自分のピップボーイに入れてっけど、ミキとシズクのは俺のピップボーイに」
「いらないのですっ」
えらい勢いでスライドドアが開いたので後ろを向き、最後に降りようとしているシズクを見遣る。
言葉こそなかったが、任せろと言うように頷いてくれた事でいくらか安心できた。
小さな、どことなくファンシーな印象の駅に向かう3人を見送りながら、ワゴン車を降りてピップボーイに入れる。
「カナタ、パワーアーマーと勝利の小銃はどうする?」
「スナイパーライフルだけ、一応は持っておくわ。線路の先に獲物の1匹でもいれば、アキラくんとミサキの経験値の足しになるだろうし」
「あいよ」
カナタに勝利の小銃を渡し、国産パワーアーマーを装備してからヘルメットを取って長距離スコープ付きの『反動吸収パワフルオートマチック・アサルトライフル』を両手で保持して構えてみた。
「平気そうね」
「ああ。素のSTRが5んなって、軍用戦闘服で1とパワーアーマーで2上がるだろ。もうこんなのも使えるんだ。カナタ達のアドバイスのおかげだな」
「お役に立てたようでうれしいわ。駐車場から線路に上がるのよね?」
「ああ。コンクリートの壁はスクラップにしてピップボーイに入れると、JUNKのコンクリートになるからな。線路側の壁はすべていただくさ」
鉄もそうだが、コンクリートもあればあるだけ欲しい。
王様だの戦国大名だのになる気なんてこれっぽっちもないが、地図に引いた六角形の内側を外敵から守るには、俺がコンクリートの土台や壁でそのすべてを囲ってしまうのが最も安心できる。
コンクリートと乗用車の残骸なんかをいただいて上がった線路は、フォールアウト4の入植地の一つであるオバーランド駅を思い出させる風情。
「いないわね、モングレルドッグの1匹すら」
「戦前から田舎なら、そんなモンなのかもな。レベル上げをしようと思ったら、森に続く道なんかが良さそうだ」
「電車もないし、行きましょうか」
「おう」
「うふふ。ミサキとミキがはしゃぐ声がここまで届いてるわ」
「名前も似てっし、食いしん坊同士だからなあ。いい友達ができたみてえで良かったよ」
「ついでにミキもいただいちゃえばいいのに。最初は好きな男の名前を呼びながら泣いて暴れてた女の子が、アキラくんの反則的な回復力での連続攻撃で徐々に…… ああ、ゾクゾクしちゃうわねえ」
変態が。
そう罵ってやりたいが、それをすれば日頃のアレコレを引き合いに出されて言い負かされるのは俺の方だ。
なので黙ってマリンスポーツ用品店のある方へ足を向ける。
国道362から見ても店舗は確認できなかったので小さな店なのだろうが、時間もあるし軽く見ておいて損はないだろう。
「ありゃりゃ」
「クルーザーじゃなくって釣り船って感じのばかりね。それも、見るからにボロボロ」
「手前の小学校でフェラル・グールでもプチプチしとく方がいいのかもなあ」
「でしょうね。この道幅からすると、先にある企業の保養所だってたいした規模じゃなさそうだし」
アキラ、聞こえるっすか?
タイチの声。
「おう。感度良好。どした?」
こっち、昼までには終わりそうなんっすけど。
「予定よりずいぶんはえーな。……あと1時間くれえか。了解。ミサキ達も聞いてるよな? 工場の方角に向かってくれ。早めに戻って、メシの準備でもすんぞ」
えーっ。
「ちなみに昼メシは、バラモンの肉を使った焼き立てのステーキだ」
そ、それってもしかしてっ。
「おう。すずやかで漁ったオニオンソースをたっぷりかけたやつだぞ」
すぐに戻るのですっ!
ミサキ、シズクさん。とりあえず駆け足なのですっ!
「あらあら」
「レシーバーをひったくって叫ぶって。どんだけだよミキ……」
歩いても大した距離ではないというのに、ミキは俺を見るなりワゴン車を早く出せとまた叫ぶように言った。
あまりといえばあまりの剣幕なので否とも言えず、ワゴン車で工場へと戻る。
「あら。ウルフギャング夫妻よ」
「なんで門の入り口に突っ立ってんだろな。ま、いいや。俺もここで降ろしてくれ。門にだけでもタレットを設置しとく」
「わかったわ」
「なんだ、アキラは降りるのか」
助手席を降りた俺にそう言ってから、ウルフギャングは小さな箱を放ってきた。
受け取って眺めてみると、どうやらそれは国産のタバコらしい。
初めて目にする種類なので、ありがたく1本もらって火を点ける。
「……ふーっ。悪くねえ味だな。門にタレットを置いとこうと思ってよ。ウルフギャング達はこんなトコで何してんだ?」
「ここを左折した先に、当時は芝生だったらしいイベントスペースがあってな」
「へえ。工場にそんなんあんのか」
「サッカーグランドとオフロードバイクのコースが併設された工場だからな」
「はあっ!?」
オフロードのコースって……
「残念だがバイクや小型バギーは動かないし、修理できるかすら怪しいぞ」
「あらら」
それは本当に残念だ。
メガトン特殊部隊の最小編成は3人で1組の分隊。
その1班だけでもバイクで動ければ、大幅な戦力増強になると思ったのに。
「ははっ。そう落ち込むな。それでそのイベントスペースの横にある倉庫に、バーベキューセットなんかもあってな。残ってた炭も使えそうだったから、昼メシはそこでって言いに来たんだよ」
「そりゃあ助かる。んじゃカナタ、そっちは頼んでいいか?」
「ええ。みんなでやっておくわ」
できるだけ早く来いとか、むしろタレットなんて後でいいと言っている食いしん坊達にまったく構わず、カナタの運転するワゴン車が走り去ってゆく。
「タレットはこっち側の門だけで平気そうか、ウルフギャング?」
「今のところはな。俺とサクラは掃討に参加しないで周辺を見て回ったんだが、ここを選ぶとはさすがアキラだって話してたんだよ」
「立地か?」
タレットを設置しながらの雑談。
さっきからまったく銃声が聞こえないので、工場にいたクリーチャーはほとんど残っていないのだろう。
ウルフギャングが穏やかな表情で話しているので、特殊部隊は怪我人すら出していないのかもしれない。
これなら、バスで自由に動いてもらってもそう心配しなくて済みそうだ。
「ああ。湖を背にして、川と川に挟まれた立地。それで、しかも陸側にはかなり広い戦前の耕作地が広がってる。ミカンの木なんかも残ってたしな」
「それはラッキーだなあ。大昔は城とか関所とかもあったらしいし、パッと見で守りやすそうだなとは思ってたけど。問題なく天竜の集落との取引に使えそうで何よりだ。いつか小舟の里から橋を伸ばして、こっちにも人が住めるまでにしちまうかねえ」
サクラさんの足に合わせ、のんびりとワゴン車が走り去った方向へ向かう。
「また出入り口があるな。そこにも設置しとくよ」
「ああ。それより、天竜の集落はどうだった?」
「天竜の集落には行ってねえ。その手前の、天竜川に架かる橋までしかな」
「そうだったのか。どんな感じの地域なんだ?」
「地図で見た通り、天竜の集落から先は山が深くなっていく。大河と深山。完全に漁と狩猟で食って行く気で作られた集落だろうな」
「なるほど」
「んでその橋がさ、なんつーの? こう両脇と上に鉄の枠組みみてえのが付いててさ」
「橋桁か?」
「たぶんそれかなあ。だからそれを利用すっと、トラックが通り抜けられる高さに床とか張ってさ。2階っぽい場所を宿舎にしたり休憩場にしたり。まーあクラフト意欲をくすぐりやがるんだ」
「アキラはそういうの好きだもんなあ」
まあなと返しながら、天竜川を遡った先にある諏訪湖の風景を思い描いてみる。
RADがあろうがなかろうが、人間には水が必要だ。
長野の被害がどれほどのものかなんてわかりはしないが、きっとそこには集落か街があって、人々が懸命に生きているんだろう。
「なんだ。ニヤニヤして」
「俺、笑ってたか?」
「だいぶハッキリとな」
「そっか。いや、天竜川をずうっと遡ったら、諏訪湖って湖なんだよなって。きっとそこにも街があってさ。いつか訪ねてみてえなって、そんなん考えてた」
「そうだといいな。そしていつか……」