Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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帰路

 

 

 

「いたとして、それをどうするの? 新制帝国軍の兵士はそのすべてがとは言わないけどクズで、甘い汁を吸えるから兵士になったような連中よ?」

「小舟の里が18、磐田の街と森町で50。この時代に必要な専業兵士なんてそんなもんです。小舟の里には防衛部隊というのが他にありますが、それは今ジンさんの指揮でマイアラーク漁をしながら門を見張ってるような感じだし」

「うちもそうじゃな。門番は兵ではなく門番、観客席や商店街で犯罪に対処する警邏は警邏じゃ」

「だから親父は、新制帝国軍を最低でも50にまで減らそうってんだろ? そのためになら死ぬ許可をくれたし」

 

 どんな許可だ。

 そしてそれをいい笑顔で話すな、小熊。

 

「俺のダチや仲間が死ぬくれえなら、俺が明日にでも浜松の街を焼け野原にして来るっての」

「ははっ、アニキは冗談もうめーなあ」

「冗談じゃないのよ、小熊ちゃん」

「は?」

「マジだ。街の外壁を一周して、出入り口に各種タレットを設置。高台にパワーアーマーのジェットパックで乗っかって、そこからヌカランチャーをありったけぶち込む。それだけで、住民の大半はくたばってくれるさ。次は目立つように狙撃、反撃が来たら街の外に飛び降りる。あとはタレットを修理して回ってりゃそれでいい」

「お、おいおい……」

 

 まあ、信じられなくて当然か。

 ジローは俺の戦闘どころか、音もなく現れたタレットがクリーチャーを倒すところさえもまだ見ていない。

 

「できるのよ。豊かで平和な世界で育った事も大いに関係してるけど、できるからこそアキラくんはそれを簡単にしたくはないの。わかる? ああ、熊に理解力なんてあるはずがないわよねえ。ごめんね、小熊ちゃん?」

「あんまイジメてやんなっての。浜松の街を、新制帝国軍のマトモな連中。まあ、いるかいないかはわかりませんが、そんな連中に奪らせる。数なんて、50程度でいいんです。それに山師として浜松の街に潜り込んだ俺が手を貸す。ヤバイ時はメガトン特殊部隊と、ジローの部隊にも出張ってもらってね」

「むう」

「可能だとは思うけれど、そんな事をするくらいならアキラくんが浜松の城主になった方がずっといいわ」

「俺が殿様なんかになったらヤベエだろって。まあ、とりあえず考えてみてください。時間はあります。まだいつとは言えませんが、俺は浜松の街へ偵察に行くつもりですし。話はそれからです」

 

 執務室は広い。

 だがその床には絨毯が敷かれているので、ミサキ達がどこかの建築現場を漁った時に見つけたブルーシートをまず広げた。

 

 その上に、バイクを3台出す。

 すべてセイちゃんが修理してくれた物だ。

 

 軽トラほどもある荷台の付いた三輪バイク。

 いかにも速そうなネイキッドスポーツ。

 ここまでカナタが運転してきた大排気量のアメリカン・バイク。

 

「そういえば、これの話をしておったんじゃった」

「忘れないでくださいって。んで、2台を選んでもらえますか?」

「本当によいのかのう」

「もちろんです」

「ならば。……あいたっ。これ、カナタ。親を蹴るヤツがおるか」

「フン。見損なったわよ、熊。老いぼれて欲を掻く事を覚えるなんて、恥を知りなさい」

「ええい、待て待て。話は最後まで聞くのじゃ。1台はカナタに、もう1台はジロウに選ばせる」

「あら」

 

 なるほど。

 カナタに1台を渡せば、実際の分配は俺達が2になると。

 別に気にしなくてもいいのにとは思うが、カナタは喜ぶだろうからありがたい。

 

「いや俺はいいって。親父のがあるし」

「ほう。言うておくが、ワシはまだサイドカー付きを手放さんぞ? バイクなら小舟の里までは2時間とかからん。バイクがあれば休みの日にアキラと、浜松の街を単独で壊滅させられると断言する男と、いつでも酒を飲んだり狩りをしたりできるというのに。そうか、ジロウはいらぬのか」

「いる、いりますっ!」

 

 予想通りジローが3輪バイクを、カナタがアメリカン・バイクを選ぶ。

 残りの1台は、俺とシズク辺りが運転を練習して使ってみればいい。使い道がないようなら、特殊部隊へ渡すだけだ。

 

「そんじゃ、とりあえず全部ピップボーイに入れてっと。ジローのはガレージに置いとけばいいか?」

「門でいいよ、アニキ。俺はこの後、森町に戻っから」

「へえ。俺達も市長さんが許可してくれるんなら、森町を見物に行こうって話してたんだ。部下と移動なら、ジローが着く頃にはもう帰ってるかな」

「ええっ。なら、のんびり一緒に行こうぜ。泊まる場所ならたくさんあるし」

「お嫁さんのいるアキラくんと独り者の自分を一緒にしないの」

「あ、そっか」

「そうなるなあ。いいですか、市長さん?」

「うむ。森町なら、好きに見て回るとよい。向こうの連中もカナタを知っとるから、問題なく入れるじゃろ」

「ありがたい。それと、こないだ言ってた門を守るための見張り台、ついでなんで建ててっていいですか? 銃座も設計をセイちゃんにしてもらって作ってきたんで、それも設置したいんですけど」

「世話になりすぎじゃのう」

「お互い様でしょう。それに、好きでやってるだけです」

「ありがたく厚意に甘えるかの。すぐにイチロウを行かせるで、好きに建ててよいぞ」

「了解です」

「気をつけて帰るのじゃぞ」

「はい。今日はいきなりの訪問なのに、ありがとうございました」

「義理とはいえ親子じゃ。何の遠慮も要らぬさ」

 

 親子と言われて感じた、気恥ずかしさとも誇らしさとも取れない感情を隠しながら礼を言い、また来ますと告げて腰を上げる。

 

 カナタだけでなくジローも一緒に来たので少しばかり騒がしかったが、見張り台とミニガンを載せて金具で固定するだけの銃座は問題なく設置できた。

 俺の説明を真剣な表情でメモを取りながら聞いていたイチロウさんは使用法や注意点をしっかりと理解したようなので、安心して任せてもいいだろう。

 

 まだ残念そうなジローにまたなと言って磐田の街を出る。

 運転は、もちろんカナタだ。

 

「どんなトコなんだ、森町って?」

「戦前のお寺とかに興味がない限りは、特に見る物もない狩りと農業の集落よ。東に向かうと核の被害が多くなるから、そちらとの交易を睨んだ立地ね」

「なるほど」

 

 緑が多い。

 まず思ったのは、それだ。

 

 辿り着いた森町は、特に防壁などは作っていないらしい。

 それゆえにか畑仕事をする男女までが粗末な武器ではあるが武装していたし、戦えそうにない子供や老人の姿もなかった。

 

「悪くはないんだけど、やっぱり物足りないわよね。この森町って」

「せめて防壁は欲しいなあ」

「言っておくけど、アキラくんをここに派遣する余裕なんてないわよ?」

「マジかよ。じゃあ、せめてパイプ系の銃をここの住民に提供するってのは?」

「お願いだからやめてあげて。こっちじゃ銃なんて、本当に貴重なの。そんなのを手に入れたら住民の半分くらいはすぐにここを出て、犯罪者か山師になってしまうわ」

「……難しいなあ、おい。そんなん言ったら、街を発展させて徐々に豊かになりながら教育に力を入れるしかねえじゃねえか。何年かかるってんだ」

「当たり前でしょう。アキラくんやミサキみたいな倫理観を住民に期待するなら、せめて3世代は後にしてくれないと」

 

 曾孫の代って……

 

「俺、確実にくたばってんですけど」

「それが嫌なら、王様にでもなるのね」

「はい?」

「大名でもいいわ。街を束ねて、法を定めて、信賞必罰を徹底する。犯罪には厳罰を科して、たとえば最も軽い刑でも領地からの追放とかね。そこをアキラくんが統治して守り抜く限り、誰も文句は言えないのよ。あとは豊かになってゆくだけ」

「さっきのって、マジで言ってたんかよ? 俺にそんな大それた事ができるかっての」

「やれるわよ。というか、やってもらわなくっちゃ困るわ」

「おいおい」

 

 いくらフォールアウト4の世界に紛れ込んだからって、自分が王様になっちまえはないだろう。

 まあ、いつか聞いた自分の声の事を思えば何も言えなくなるが。

 

「ボクは、本気だから」

 

 見つめ合う。

 

「…………おいおい」

「そのためなら死んだっていいし、使い潰して棄てられたって構わないわ」

「しねえし、すんな。頼むから」

「それくらいの覚悟があるって事よ。だから、ちゃんと考えてみて」

「って言われてもなあ……」

「そうする事でどれだけの命が救われ、どれだけの人間の矜持が守られる事か。アキラくんならわかるでしょう?」

 

 返事はしない。

 というより、できなかった。

 帰るぞ、とだけ言ってリアシートに跨る。

 

 森町の防備なんかは、たまにでもジローに会いに来た時に少しずつ整えるしかなさそうだ。

 

 アメリカン・バイクは森町から磐田の街を経由するルートではなく、東名高速を超えた辺りで右折して浜松方面に向かう。

 それから人目を避けて国道一号線のバイパスへ。

 

「海が見えると、帰って来たって気分になるな……」

「そういえばお昼も食べてなかったわね。海でも眺めながら食べる?」

「それもいいな」

 

 森町からここまで、カナタが言ったウェイストランドに秩序を取り戻す計画をずっと考えていた。

 どうしても思い出すのは、ウルフギャングが語った夢。

 101のアイツですら断ったそれを、俺なんかが。

 

 どれだけ考えても、答えなんて出るはずがない。

 だからこそ、少しぼんやりと時間を過ごしてみたいような気がする。

 

 カナタがバイクを停めたのは、行きに通った公園に乗り入れて少し走った場所だった。

 

「これが中田島砂丘よ。戦前は観光地でもあったみたい」

「へぇ。砂丘なんて、初めて生で見るな。ロケーションもまんま『中田島砂丘』だってよ」

 

 ミサキに預かってくれと言われたレジャーシートを砂の上に広げ、そこに並んで腰かける。

 そして2人の間に『美味しいデスクローオムレツ』、『ヤオグアイのロースト』、『完璧に保存されたパイ』を2つずつ出す。

 

「豪勢ねえ」

「そんな気分なんだよ。小舟の里の市場で買った、塩茹でしたイモと野菜のセットもあるぞ」

「食べ切れっこないでしょ、そんなに」

「そっか」

 

 メシを食い、食後の缶コーヒーを飲みながら一服。

 

「空まで鉛色をしてやがる」

「俺の気分みたいに、って? 詩人ねえ」

「茶化すなよ。もうすぐ、梅雨になるらしいなあ」

「ええ。風邪くらいでスティムパックを使うのもバカらしいから、山師仕事は雨が降ったらお休みよ」

「考える時間は、いくらでもあるか」

「そうね。ゆっくり考えましょ」

 

 レジャーシートから腰を上げたのは、それからしばらくしてからの事だ。

 帰り道も、俺は自問自答を繰り返していた。

 

 だが答えは出ない。

 

 カナタが言った、戦国時代のように領地を切り取って安全を保障する事で住民を法律に従わせる案。

 いつかウルフギャングが語った、日本を再建する夢。

 

 そのどちらも、ピンとこないのだ。

 

「ああくそっ。そのための具体策、誰かが上に立ってくれる前提での今やるべき事なら、いくらでも思いつくんだがなあ……」

「普通はそれすらできないのよ。だから、アキラくんに上に立ってもらうしかないの」

「こんな自分勝手でバカで弱っちい俺が、ねえ……」

「だから、急いで決めなくてもいいって言ったでしょ。ほら、小舟の里が見えたわよ」

 

 とりあえず帰って、しこたま酒でも飲もうか。

 

「それがいいな」

 

 


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