Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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輪郭

 

 

 

「見えたわね。たった数日前にやっと抜け出した、クソッタレな故郷が」

「そう嫌ってやんなって。故郷は故郷だろうに」

「アキラくん。あっちの地球に明日いきなり戻されても、同じ事が言えるの?」

 

 当然だ。

 

 そう返そうと思ったし口は動きかけたが、俺はバイクが磐田の街の門の前で停まっても何も言えずにバイクが動き出すのをただ待った。

 

 ミサキを日本に帰してやれるなら、俺は何だってする自信がある。

 相手が101のアイツでも、そうだ。

 

 だが、自分も帰りたいのかと問われるのなら、おそらく首を横に振るはず。

 

「ありゃ」

「どうしたの?」

「いやてっきり、ガレージにバイクを置くもんだと」

「アキラくんのピップボーイの中より安心な駐車場なんてあるはずないでしょ。収納したら熊ジジイの執務室へ行くわよ」

「へーい」

 

 2人で訪ねた執務室では、留守番を頼まれたというジローが1人でエロ本を読みながら茶を啜っていた。

 

「小熊ちゃん、親熊は?」

「よう、新婚さん。親父なら商店街の見回りだよ。そろそろ帰ってくんじゃねえかな」

「なら待ちましょうか。アキラくん、座って」

「んじゃ失礼して、ついでに缶コーヒーを3つ」

「ありがと」

「茶の代わりに戦前の缶コーヒーとか、アニキはさすがだよなあ。こんなの普通なら、祝いの席で下戸全員がお猪口に注ぎ分けて舐める高級品だってのに」

「たまたま持ってるだけだからな。それよりジロー、バイクの運転はできんのか?」

「おう。親父が戦闘に出なくなるかくたばるかしたら、あのサイドカー付きは俺が使う事んなってるぜ」

 

 そんな日が来るなんて想像もできない。

 

 まあ新制帝国軍の連中は、それを心待ちにしているらしいが。

 よくて200人しかいない軍隊。

 それがジンさんや市長さんのような、なんというか、無双シリーズの登場人物のような一騎当千の強者を恐れるのはわかるような気もする。

 

 撃ち殺せば終わりなのに。

 

 俺なんかはそう思うし、もしかしたら新制帝国軍の中にもそう考えている連中はいるのかもしれない。

 ただ指揮官は、兵の10や20を斬り殺されたらと思うと簡単には軍を動かせないのだろう。

 200しかいない兵士をたった1人に20も殺されたら、人員なんてあっという間に枯渇してしまう。

 

「間違いなく3輪バイクを選ぶでしょうね、熊親子は」

「ピップボーイがないと、積載量は大切だもんなあ。んじゃ、こっちはカナタが気に入ったアメリカン・バイクを使わせてもらうか」

「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか2台もこの家に渡すつもりなのっ!?」

「当たり前だろうに。ミサキ達もジンさんもマアサさんも賛成してくれたぞ」

「ボクは聞いてないけど?」

「そりゃあな。カナタはこの家の人間だから、2台じゃ多すぎだって言うだろうし」

 

 タバコを咥えてジローに箱を渡そうとすると、その箱がひったくられる。

 どうやら四番目の嫁さんは、かなりご立腹であるらしい。

 

「絶っ対に認めないわよ。壊れたバイク本体よりその修理費が高額なのは火を見るより明らかでしょ、なんでそれなのに2台も渡すのよ!」

「市長さんの家が代々守り続けてきたモンだからだろって」

「だからって!」

「なんじゃなんじゃ、朝から騒々しい」

 

 豪快にドアを開け戻ってきた市長さんが呆れながら言う。

 

 助かった。

 ジローの顔に、そう大きく書いてあるのが見えそうだ。

 突然始まった、痴話喧嘩のような言い合いにどうしていいかわからずオロオロしていたから、まあそうもなるか。

 

 ソファーセットの上座に腰を下ろした市長さんに、カナタが事の成り行きを説明している。

 

「……って訳なのよ。ボクが怒るのも当然でしょう?」

「そうじゃのう」

「でもバイクを修理したセイちゃんは、身内の修理や整備じゃ、パーツの材料費とお小遣いみたいな工賃しか貰わないって決めてるんです。今回のこれだってカナタ姉の家のバイクを直しただけだから、いつもと同じでいいって」

「ふむ」

「そういうのを修正するのがアキラくんの役目でしょう?」

「って言われてもなあ」

「これから先、そんな甘い考えじゃダメよ」

「まあ生活費なんかは、山師仕事でちゃんと稼ぐからさ」

「そうじゃなくって!」

 

 またカナタの語気が荒くなった。

 

「そ、そんな怒んなって」

「怒りもするわよ! なんなの、そのお気楽さは!」

「まあこれが俺だし」

「そうだとしても、今からもそれじゃダメでしょう!? 純粋だった少年が豊かなだけの世界に失望して、でも世界を壊したいとなんてどうしても思えなくって、ゲームっていう遊戯に逃げ込んでいた。そうよね!?」

「まあ、そうだなあ」

 

 逃避。

 

 そう言われたら、頷くしかない。

 俺がゲームばかりしていたのは他の娯楽、たとえばテレビを点けると、そこには見たくないものしか映っていなかったからだ。

 

 悲惨な事件は毎日のように起きて、減る気配など欠片もない。

 政治がどうこうとか考えるのなら、まず世界中の大国が振りかざす理不尽をどうにかしないと話が始まらない。

 

 音楽番組ですら、見ていると哀しくなった。

 未成年の女の子がミニスカートから、下着ではないが下着にも見える下穿きをチラチラ見せながら踊る。

 大人達の指示で、だ。

 

 恋だの愛だのもそう。

 生臭くない恋愛なんてそうは見当たらなかった。

 それに現実でも俺程度の男に告白されてOKする女の子なんていないか、いても申し訳なくてすぐに別れるという確信があった。

 

 俺はそんなのを見ても聞いても経験しても嫌になるだけだから、ゲームやマンガが好きだった。

 やるもやらないも、読むも読まないも、俺の自由。

 選択肢も充分に用意されていたから、ずうっと好きな世界だけに浸っていられた。

 

「そんなアキラくんが、もうすでに壊れた世界に招かれた。あなたは、自分がそうしたいから小舟の里に助力したんでしょう?」

「そりゃそうだ」

「それで食料を狩りで得るだけだった、シズクの率いていた隊がどうなったの? 今じゃ近隣で一番の装備を身に纏って、自分達は小舟の里の特殊部隊だと胸を張って名乗って。今までは手紙を出すのも困難だった磐田の街と交易を始めようってのよ?」

「……おう」

「どうせ自分はたまたま資材と装備と、クラフトって特技があっただけ。そう思ってるわよね?」

 

 頷く。

 その通りだからだ。

 

「でも俺は、したくなきゃやらねえし」

「だからしたくなった時に、そのしたい事をするお金がなかったら困るでしょうと言ってるのよ」

「と言われてもなあ……」

「がはは」

「笑い事じゃないのよ、熊」

 

 市長さんがタバコの箱から抜いたそれを咥え、ライターで火を点ける。

 紫煙を吐いた市長さんは、カナタとまっすぐに目を合わせた。

 

「嫉妬はそのくらいにせい」

「なんですって?」

「すでに滅んだ世界をどうにかしたいと心から願いながら、それができぬ己に失望して戦前の本の中の世界に逃げ込んだ女。そんな女が、戦前かそれ以上に豊かな世界から現れた、そんな世界にすら失望していた男に惚れた」

「それが悪いの?」

「別に悪くはない。ただ、嫉妬交じりの期待を惚れた男に押し付けるなと言うておる」

 

 今度はカナタがタバコを咥える。

 ただその手は、ライターへ伸ばされない。

 

 タバコは、色も形もいい唇の間で揺れるだけ。

 

「アキラくんならできる。……ああ、違うわよ? できるじゃなくって、自然とやってしまうって事」

「そんな思いはワシにもあるのう」

「でしょう? ちょっと話しただけだけど、剣鬼も間違いなくそう思ってるわ」

 

 おい、どういう事だよアニキ?

 

 ジローが小声で俺に問うが、どう返したものやら。

 

「アキラが好きに生きるという事は、アキラが好む状況が周囲に形成されてゆくという事じゃ」

「ええ。ミサキ、シズクとセイちゃん、小舟の里の特殊部隊、小舟の里そのもの。アキラくんは何もしていないと思ってるみたいだけれど、この短時間でそれだけの存在に多大な影響を与えてるわ。それも、そのすべてがいい方向へと向かってる」

「くくっ。カナタの性格ならば、さぞや歯痒かろう?」

「そうね。この人が、アキラくんがその気になれば、なってくれれば。日本に数カ所しかない、運よく核の被害を免れただけのクソッタレなこの地域が、荒野に生きる誰もがそこを目指して旅立つような楽園に生まれ変わるわ」

 

 ホントかよ?

 

 今度は声を出さず、ジローが視線で俺に問う。

 知るかと返して尻でも蹴ってやりたいが、市長さんとカナタがこんな表情で語り合っているのにできるはずがない。

 

「そうであっても、いや。そうであるからこそ、アキラは好きに生きるべきじゃ」

「ボクだってそう思ってはいるっ!」

「ならばなぜ」

 

 2人が睨み合う。

 市長さんは頑迷そうな唇をさらにへの字にして、カナタは実の父親を睨みつける目尻に涙を滲ませているようだ。

 

「すんません、ちょっといいですか?」

 

 さすがにこれは、口出しをせずにはいられないだろう。

 目の前で今にも泣き出しそうになっているのは、下手をすれば血を吐きそうな表情で苦悩しているのは、俺の女だ。嫁さんだ。

 

「よいに決まっとるわ」

「小舟の里と磐田の街、それと森町ってのが手を組む」

 

 ここ数日、ずっと考えていた事。

 今朝ジンさんにはザッとではあるが話して、詳しくは近いうちにウルフギャングとカナタも交えてじっくり話そうと約束をした。

 

 ついでにと言っちゃなんだが、ここで話しておこう。

 

「アキラくん、それで?」

「まずすべきは交通路の整備ですよね」

「車両をいくつか持っておるならば、そうなるかのう」

「あるのよ。セイちゃんがやってくれたわ。しかもお人好しの誰かさんは、そのうちの1台を磐田の街に運用させるつもりみたい」

「ふむ」

「続けます。次が、運転手の育成」

「そうなるのう」

「でもこんな世界じゃ、宝とも呼べる車両を預けられる人間なんてそうはいない」

「そこなのよ。小舟の里は、特殊部隊がいるからまだいいけど」

「カナタ姉さん、俺とうちの部隊じゃダメなのか?」

「ダメではないわよ。現実的には、それしかないと思うわ。とてつもなく心配だけど」

 

 ヒデエ!

 

 そんなジローの抗議は、当然のようにスルー。

 俺でもそうなのだから肉親である2人なら当然だろう。

 

「んで交易が始まって、いきなり街が豊かにはなったりしないけど、それでも物の流通が盛んになった俺達を見て、新制帝国軍はどう思いますかね?」

「当然、そのすべてを奪いに来るわね」

「無論じゃ」

「やっぱそういう予想になるか」

 

 2人が、いや、ジローまでが頷く。

 

「戦争なら俺だってアニキの役に立てるぜ。楽しみだ」

「それなんだがよ。いると思うんだよなあ」

「何がだよ、アニキ?」

「物流の大切さを理解していて、それを奪うよりも流れに組み入れてもらう方が得だって計算できる新制帝国軍の幹部」

 

 市長さんが唸る。

 カナタはこんなのを予測でもしていたのか、涼しい顔で持ち上げた缶コーヒーを飲んだ。

 ジロー、小熊ちゃんだけが『んなはずねえだろ』とでも言いたげな表情をしている。

 

 


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