「アキラ、小舟の里のバリケードが見えたよっ」
「磐田の街を出て、1時間とちょっとか。車ならすぐなんだよなあ」
ピップボーイの画面とにらめっこしながら書いた、買ったパワーアーマーや発見して持ち帰った車両のリスト。
それを折って、アーマード軍用戦闘服の胸ポケットに入れた。
ついでに黒縁メガネを外し、目頭を揉む。
リストは後で遠征の報告をする時、マアサさんとジンさんに渡すつもりだ。
それとジンさんには、セイちゃんがCND100まで修理してくれたパワーアーマーも渡す。それには、ミサキとシズクとセイちゃんも同意してくれた。
「今日はもちろん、明日明後日まで特殊部隊はお休みかぁ」
「遠征なんて、みんな初めてやったんだ。思ってる以上に疲労もあるだろうしな」
「んー、でも戦い足りない」
「戦闘民族か」
「アキラ、とりあえずガレージ前でいいんだよな?」
「おう。ウルフギャングもゆっくり休んで、思う存分サクラさんとイチャコラしてくれ。付き合わせて悪かったな」
「いいさ。おっ。シズクちゃんが無線で報告してくれたから、顔を出さなくても門を開けてくれるらしい」
そのおかげでトラックはスムーズに門を抜け、すぐにウルフギャングのガレージへと辿り着く。
荷台から降りて腰を伸ばしたり肩を回したりしている特殊部隊の連中の表情には、我が家に帰り着いたという安堵感だけでなく、無事にやり遂げてやったぞという達成感のようなものも見える。
俺に軍隊の知識などあるはずもないが、こういった経験が蓄積されて兵士の自信となり、それがさらに増して精鋭であるという自負になるのだろうか。
是非とも、この連中にはそうなって欲しいものだ。
「悪くねえ遠征だった、かな」
「もちろんさ。アキラはこのままマアサさんの執務室か?」
「ミキとカナタさんをマアサさんに紹介して、滞在許可をもらって。そっから部屋を用意して荷解きだぁな」
「明日の予定は?」
「寝れるだけ寝て、起きたら軽トラの試運転かねえ」
「運転はひさしぶりだって言ってたもんな」
「大学行ってからは家の手伝いがねえから、ハンドルを握る機会もなかったんだ。まあ夏休みなんかに実家に帰っと、容赦なくこき使われたけど」
「……親御さん、心配してるだろうな」
もう助手席から降りて女連中と談笑しているミサキには届かないように気を使ってか、ウルフギャングが呟くように言う。
「あの親なら、笑い飛ばしてそうだけどな。バカ息子がついに姿まで消しやがって、なんてさ」
「アキラの親御さんなら、それはないさ。それより、近いうちに運転の腕を見せてくれよ?」
「おう。じゃあ、ホントありがとな。店が開いたら飲みに行くよ」
「ああ。お疲れ」
お疲れさんと返して助手席から降りる。
タバコに火を点けてから伸びをするようにして腰を伸ばすと、セイちゃんに思いっきり抱き着かれた。
「アキラっ」
「っと、火が危ないって。どしたの?」
「メガトン基地の整備室に出せるだけ車両出して」
「ダーメ」
「なんでっ?」
「セイちゃんが休暇も取らずに修理とか改造とかしちゃうから。せめて明後日までは、ちゃんと休まないとね」
「むぅ」
「あはは。でも、それが正解だって。ならあたしは、セイちゃんと部屋で待ってるね」
「頼んだ」
タイチと話しているシズクを待って、ミキとカナタさんと4人で競艇場の本館に向かう。
ミキが歩きながらバイクに乗る時は絶対に着なそうなワンピースの裾を気にしているのは、あの大きな建物に入ってしまえばいつ柏木先生に会ってもおかしくはない、なんて考えているからだろう。
「アキラ、もちろん寄ってくよな?」
「とーぜん」
人の恋路なんぞに興味はないが、磐田の旧市街を案内してくれたミキのためになら、ジンさんとマアサさんにどれだけ頭を下げてでも時間を貰うに決まってる。
先を歩くシズクが、懐かしい、俺とミサキが小舟の里に来てすぐ泊めてもらった部屋の前で足を止めた。
「ここだ」
「看板もねえのかよ」
「執務室、こんな場所なのです?」
「うふふ」
「違う違う。ここは病院だっての」
「ひっ。じゃ、じゃあっ!?」
ミキが悲鳴に似た驚きの声を上げる。
膝も笑っているように見えるが、こんなんで恋を成就させられるんだろうか。
「クエスト開始だ、ミキ。制限時間は5分。しっかりやれよ?」
「5分で戻らなかったら、中でナニをしてても迎えに行くわ。ヤルなら覚悟してね?」
「2人してあまりイジメてやるな。ほら、ミキ。とりあえず挨拶をして来るといい」
「わ、わわ、わかったのです……」
ミキがギクシャクとした、まるでプロテクトロンのような動きで病院の中に消える。
「大丈夫なんかなあ、あんなんで」
「まあミキは誰が見てもかわいらしいし、あれほどわかりやすく恋心を向けられては先生も悪い気はしないだろう。案外、すんなりくっつくんじゃないか?」
「ボクの妹の相手としては物足りないのが問題よねえ」
「柏木先生、いい男じゃんか。人が良さそうで。医者だから、頭もいいだろうし」
「男は、ギラギラした部分がないとダメよ。もちろん、ギラギラしてるだけの男はもっとダメだけど」
「ふむ。まったくもって同意だな」
「そんなモンかねえ」
なら俺もダメじゃねえか。
そう思った瞬間に、シズクとカナタさんはくすくすと笑い出す。
「言っとくけど、うちの旦那様もかなりギラついてる方だからな?」
「そうね。あの磐田の狂獣を睨みつけるなんて、優しいだけが取り柄の医者にはムリだわ」
「あ、あれは初の遠征中だったし、初めて行った街だったから気を張っててだな」
「はいはい」
まったく。
たしかにこっちに来てから、特に初めて人を殺してからは、言葉もそうだが思考までが荒っぽくなっている自覚はある。
それでも『ギラギラしている』なんてのは俺には無縁の言葉だろうに。
「それよりカナタさん、こっちでも本屋をやるんですか? 運転席に聞こえてきた話じゃ、ミキはシズク達と山師の真似事をして金を稼ぐらしいけど」
「まさか。どうして苦労して集めた、何度読み返しても飽きない本を他人に売ったりしなくちゃいけないの。ボクもシズク達かアキラと探索に出て、空いた時間に小舟の里の長と交易の折衝ね」
「マジっすか」
まあそうしてくれるなら、たしかに心強くはある。
ミサキの護衛は電脳少年がなくとも無類の強さだというシズクがしてくれているが、その武器は日本刀と俺が渡した爆発コンバットショットガン。
ミサキも近接武器と膝砕きのミニガンを改造したラストスタンドしか持っていないので、スナイパーライフルでの狙撃に長けたカナタさんは大活躍してくれるだろう。
「ならあたしとミサキとカナタは、日替わりでアキラに着いて行くか」
「あら、いいわねえ。それ」
「お、おいおい」
セイちゃんは、しばらく車両の修理と改造にかかりっきりになるはず。
なので俺は軽トラかカブを使って、単独でレベル上げをしながら戦前の品を漁って回るつもりだった。
「なんだ、不満そうだな?」
「い、いや、だってよ……」
「いいのよ、アキラくん」
「なにがです?」
「いつでも好きな時、好きな場所で、好きな事をしてあげるわ。ボクとシズクはね。でもミサキはまだウブだから、する時はアキラくんの方から押し倒してあげて。それも、とびきり優しく」
「し、しませんって。そうやってからかわれるから、1人で動きたいって言ってるんです」
「2人で探索をするなら、アキラにずっと見守ってもらわないとな。それこそトイレなんかも」
「だからそういうのをやめろって言ってんの!」
「紙がないから舐めてキレイにしろって言ったら、アキラくんはどんな顔をするのかしら。今から楽しみだわ」
じょ、冗談じゃない。
そんな嬉しい事をしていいんなら、何年経ったってレベルなんか1も上がらねえ。
「ほらな? アキラはそんなのが大好物なんだ」
「いいわねえ。探索に出た時は、トイレくんって呼ぼうかしら」
「ほう。カナタにトイレにされているアキラが、次の日にはあたしをトイレとして使うのか。悪くないな」
「あらあら、シズクってやっぱりソッチ系だったのね」
「ふふっ。経験はないが、いめーじとれーにんぐ? とかいうのを繰り返してたら、そうだと気づいた」
「3人、いいえ。どうせなら全員で愉しむのもいいわねえ」
とんでもないカミングアウトや、それに続いて繰り広げられる猥談をなるべく耳に入れないようにして待っていると、ようやくミキが病院から出て来てくれた。
「ただいま、なのです……」
「心の底から待ってたぞ。って、大丈夫かよ」
「あら、たった5分で美味しくいただいちゃったの?」
「さすがにそれはないだろうが、顔が真っ赤だな」
「先生が、先生が……」
「お、おう」
「驚くくらい早かったの? それとも小さかった? さすがに、アキラくんレベルのド変態だったって事はないわよね?」
「こら、カナタ。妹の恋心を茶化すな」
「先生が、笑ってくれたのです」
「は?」
「だから?」
「そ、それだけか?」
ミキが上気した表情をさらに緩ませながら頷く。
とりあえずマアサさんとジンさんをあまり待たせてはいけないと歩きながら話を聞いたのだが、ミキは手縫いの手甲のような腕カバーに手術用のメスを仕込んで武器として使いやすく仕上げ、それに探索で見つけた状態の良いメスを入れて柏木先生にプレゼントしたらしい。
そうしたらとても喜んで、笑顔で礼を何度も言われたのだそうだ。
カナタさんはなんだそれだけかと呆れていたし、シズクもどこか残念そうだが、まあ恋が実るかは別として無事に再会できて良かった。
「まったく、ネンネなんだから」
「カ、カナタ姉さんだって経験ないくせに言うななのですっ」
「ボクとシズクはイメージトレーニングが済んでるし、本番だってすぐに経験するからね。ミキとは状況が違うのよ」
「んな訳あるかっての」
マアサさんの執務室のドアをシズクがノックする。
間を置かずドアが開いて以前に俺が設置した照明が暗い廊下に差し込むと、満面の笑みを浮かべたマアサさんが俺達を招き入れてくれた。
「帰ったか。アキラ、シズク」
「はい。それでジンさん、例の悪党に偽装した新制帝国軍はどうなりました?」
「とりあえず座ってからじゃ。酒もある」
「了解です」
小舟の里でテーブルに上がるならこれが最上と思われるご馳走と酒。
それを前にしてマアサさんとジンさん、カナタさんとミキがお互いに自己紹介をした。
「お父さん、夢が叶ったのかもしれませんねえ」
「夢か。そうかもしれぬのう」
「ジンさん、夢ってのは?」
「タロウさんが私達の結婚式に出て磐田の街に帰る時、たとえ孫子の代になったとしてもいつか小舟の里と磐田の街はその手を取り合おう。この人とタロウさんは、東海道の真ん中で固く握手を交わしながらそう約束したのよ」
「……そうだったんですか。なら、先に言ってくれれば」
「アキラと熊男は、そんなのを知らずに通じ合わねば意味がないのじゃ。嫁も増やしたようだし、悪い男ではなかったであろう?」
「嫁じゃないですけどね」
「ほっ。まだ認めぬか」
「なんのことやら」