Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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老人と青年と

 

 

 

「まいったな……」

「ふん、まだまだ青いのう。そちらの方から望んだ交易は、その先にある同盟まで睨んだものじゃろうに」

「それはそうですが、どう考えたってそんなのは遠い将来の事でしょう。こうまで決定的な話をするつもりなんて、欠片もありませんでしたからね。戸惑いもします」

「父さん、お話し中すみませんがちょっと」

「なんじゃ?」

 

 イチロウさんとウルフギャングの商談は、とりあえず終わったらしい。

 2人でソファーに戻るとウルフギャングはタバコを咥え、イチロウさんは市長さんと何事かを話し合っている。

 

「最低5じゃな。その線は譲れん」

「そんなに必要ですか? 正門に2、ジロウに1。それで足りるんじゃ?」

「予備と、正門を突破された時の備えじゃよ」

「……なるほど。正門を突破されたら、その先にまた防衛線を敷くと」

「当たり前じゃ、バカタレ」

 

 これはいい。

 ミニガンを5丁もお買い上げか。

 その分の金があれば、ミサキとシズクとセイちゃんにパワーアーマーを買ってやれるかもしれない。

 

「それでアキラ、ミニガンに値を付けるならいくらになる?」

「ウルフギャングの目利きでいいさ」

「なら、そこのパワーアーマーと物々交換でどうだ?」

「うええっ!?」

 

 伝説どころか、なんの改造もしていないノーマル・ミニガンをパワーアーマーと交換だと!?

 

「まあ言いたい事はわかるさ。アキラの武器は戦前の状態を保った、しかも本場の舶来品。国産の、散々に使い倒したパワーアーマーと交換はちょっと厳しいだろう」

 

 なにを言ってんだと声に出しかけて、ウルフギャングの目がいつもと違うのに気がついた。

 いや、目だけじゃない。

 表情もいつもと違う。

 

 まるでイチロウさんと話している時のような表情。

 

 それが意味するのは、まだウルフギャングの商談は終わっていなくて、オマエも黙って小芝居に付き合えという事なのだろう。

 

 ……商売人って人種は、こんな世界でもこれか。

 まったく恐れ入る。

 

「でもウルフギャングは交換にしとくべきだって意見なんだろ?」

「ああ、そうだよ。イチロウさんはいずれこの磐田の街の長になる人なんだし、そのくらいのサービスはしておけって。その代わりあそこに出した武器は、すべて適正価格でお買い上げだ」

「……うーん。ま、ちょっとサービスが過ぎる気もするが、ウルフギャングが言うならそれでいいさ」

「ありがたい。さすが、俺の無二の友はケツの穴がデカいぜ」

「褒めるならちゃんと褒めろ。アナルがガバガバって、誉め言葉としちゃどうなんだっての」

「ありがとうございます、アキラ殿。ではすぐに、6800円をお持ちしますので」

「ろくっ!?」

 

 たしかに少し離れた絨毯の上にはパッと見て目に付いたノーマル武器のほとんど全種類と、ヌカラン以外のヘビーガン系武器をすべて出した。

 だからって風俗でゴムなし本番10円、焼酎の詰まったビンが1本2円の世界で6800円って……

 

「どうかしましたか、アキラ殿?」

「い、いえ。なんでもねえです、はい……」

 

 イチロウさんが部屋を出て行くと同時に俺が溜め息を溢すと、左隣と対面から心底おかしそうな笑い声が上がった。

 

「本当にまだまだ青いのう」

「市長さんはアキラの焦りを理解してるようですけど、ミニガンの分のサービスを別にすれば、適正価格で話がまとまったのもご理解されてますよね?」

「無論じゃ。あの図体がデカいくせに頭ばかり使う長男は、商売だけなら誰よりも巧くやれると天狗になっておってな。ぼったくって、伸びた鼻をへし折ってもらいたかったくらいよ」

「そんな人との商談でこの成果かよ。ウルフギャングがいてくれて、マジ助かったぁ……」

「ま、このくらいはな。それより売ってもらえるパワーアーマーはあと2つあるが、その値段は1000円だそうだ。どうする?」

「どっちも買うに決まってる」

「だな」

 

 6800円から2000円を引いて4800円。

 

 そんな大金を手に入れた俺は、緊張を顔には出さないようにと自分に言い聞かせながら、まず6つのパワーアーマーをピップボーイに収納して回った。

 それからイチロウさんに頼んで保管庫にあるオススメの武器や防具を見せてもらったが、やはり特に欲しい物は見当たらない。

 

「だから見るだけ無駄だと言ったろうが。ほれ、気が済んだならとっとと飲みに行くぞ。ワシの奢りじゃ」

「はぁ。イチロウさんは行かないんで?」

「私はまだ仕事がありますので。やかましい親父ですが金だけは持ってるので、どうか付き合ってやってください」

「まあ、市長さんと酌み交わせるってんなら否はねえんですがね」

「人前で出来ぬ話は、明日の狩りの時にすればいい。今日はとことん飲もうぞ」

「狩り?」

「車両狩りよ。ミキの案内だけでは、成果を保証できぬからのう」

「まさか、着いて来るつもりなんですか?」

「当然じゃ。ウルフギャングはどうする? ワシのバイクはサイドカー付きの大排気量じゃ、オヌシも乗せられるぞ」

「市長のバイクや発見できるかもしれない車両に興味はありますが、アキラの選択次第ですね。探索に使う時間と、この磐田の街に滞在する時間の」

「……探索はできれば早朝から、んで昼には終わらせてえ。滞在は長くても午後3時までかな」

「となると、磐田の街へは1泊か。なら俺はイチロウさんと交易についての話を可能な限り詰めとくよ」

「ありがてえ。ほんっと頼む。商談なんて俺にゃあムリだ」

「ははっ。了解だ」

 

 案内されたあの広い食堂では、特殊部隊と合流したミサキ達が固まって座って飲み食いをしていた。

 見ると、当然のような顔をしたミキもいる。

 

 注文は任せろと市長さんがカウンターに向かったので、先に腰を下ろさせてもらって明日の予定を全員に告げた。

 

「へーきなの、3人だけでクルマ探しなんて?」

「目星はついてて、特に危険な場所はねえらしいからな。それにグロックナックの斧を片手でブンブン振り回すジジイが一緒なんだから、まあ問題はねえだろ」

「あたしより力が強そうだもんねえ、ミキのおじいちゃん」

「だろ。だからドッグミートとED-Eを護衛にして、買い物でも楽しんで待ってろ。金は宿に入ったら渡す」

「んー。シズクとセイちゃんはそれでいいの?」

「ああ。ミキなら浮気の心配もないしな」

「ホントは着いて行きたいけど、知らない人、それもかなり強いじぃじが一緒だと、アキラが万が一のためにってずっと警戒する。負担になるからセイはいい。あと、浮気の心配がないのが一番大事」

 

 まだ言うか。

 そう心の中でツッコミながら、ビールやウイスキーをテーブルに並べてゆく。

 ツマミは、この食堂の物があまりに不味かったら出せばいい。

 

 騒がしくもそれなりに楽しい宴会が終わってミキに案内されたのは、磐田の街に1軒しかないという宿屋だった。

 

 特殊部隊の4班と俺達、5部屋ちょうどの空きがあったそうで、それぞれに分かれて就寝。

 寝る前3人に1000ずつ小遣いだと言って渡すとメチャクチャ驚かれたが、そのおかげか残りの金をミサキに没収されずに済んだ。

 

 朝のコーヒーを飲み干して1人で宿を出て、宝くじにでも当たったようなルンルン気分で待ち合わせの場所に向かう。

 

 

 

 

 

「あれっ? すんません、このバイクって市長さんのですよね?」

 

 待ち合わせ場所である、昨日俺達が潜った大きな門の前。

 ミキのバイクの横にはサイドカーの付いたバイクが停められているのだが、そのサイドカーには見知らぬ女が乗っていた。

 ミキと市長さんの姿はない。

 

「そうよ、エトランゼくん」

「ええっと。じゃあ、あなたはどうして市長さんのバイクのサイドカーで読書なんかしてるんで?」

 

 黒髪を肩の辺りで切り揃えた、シズクと同年代の女が呆れたように口の端を持ち上げる。

 どうでもいいが朝陽を受けてキラリと光った黒縁メガネのレンズには、度が入っていたりするのだろうか。

 

「ボクも車両の捜索に同行するからに決まってるじゃないの」

「聞いてないんですけど……」

「でしょうね」

 

 女がまた開いている本のページに視線を移す。

 それっきり、会話はなかった。

 

 にしても戦前の黒い女物のスーツはいいが、そのスカート丈はなんだと言ってやりたい。

 けしからん。

 もっと上げろ。

 

「お、もう来ておったか。待たせたのう」

「いえいえ。こんな早朝からの出発にしてもらったのは、俺のワガママなんで。ありがとうございます。それと、今日はよろしくお願いします」

「うむ。では、ゆこうぞ。ミキは運転の腕がどれだけ上がったかを、カナタは狙撃の腕が錆びておらぬかを見てやるでの」

「えっと、こちらの、カナタさんも同行するんですか?」

「うむ。ミキのすぐ上の姉で、客に本を売るのを何よりも嫌がる本屋をやっとる。車両の整備などはからっきしだが、知識と狙撃の腕だけはこの街で一番じゃ」

「はぁ」

「さあ、ゆくぞ。アキラはワシの後ろじゃ」

「了解です」

 

 市長さんはグロックナックの斧を、刃部分と柄の3分の1ほどが納まる革製の鞘に入れて背負っている。

 なのであまり体が密着しないようにリアシートに乗って、シートの後ろにある取っ手のような部分に体重を預けるようにして姿勢を安定させた。

 

 2台のバイクのエンジンに火が入ると、学校の校門に鉄板を貼りつけたようなツギハギだらけの門が、ガラガラと大きな音を立てて引かれてゆく。

 

「市長、お嬢さん方。お気を付けて!」

「ありがと」

「はいですっ」

「うむ。よし、まずはミキが案内。それからカナタ、最後がワシじゃ」

「はいなのです。それと父さんのバイクが着いて来れなかったらごめんなさいなのです」

「がはは。言うようになったのう」

 

 ウイリー。

 

「はぁっ!?」

 

 前輪を上げたままミキのバイクは門を抜け、急激な方向転換をして右に消えた。

 門の前はそれなりに広い二車線道路だが、そんな運転は見ているだけで怖い。

 

「負けぬわっ」

 

 市長さんもウイリーこそさせなかったが、かなりの急発進。

 そして急激な方向転換でミキのバイクを追う。

 

 どうなってんのこの親子!?

 

 だが何よりも異常なのは、俺の右下に見えるサイドカーに乗ったカナタという女の人が、それでもまだ本を読んでいる事だ。

 

「こ、こえーっ。索敵も、景色を見てる余裕もねえやっ!」

 

 まるでジェットコースターにでも乗っているような運転が10分ほど続いただろうか。

 タイヤを軋ませて2台のバイクが停まる。

 

「この家のガレージなのです」

「ほう。ではワシがシャッターをぶち破るかの」

「待って、脳筋ジジイ」

「むう。誰がナイスミドルなお父さんじゃ」

「言ってないから。少し離れた家の庭に、モングレルドッグがいるわ」

「……すっげ。カナタさん。ピップボーイじゃなくって電脳少年をしてないのに、よくわかりますね?」

「マーカーにばかり頼った索敵は命を縮めるわよ、エトランゼくん」

「き、肝に銘じます」

 

 目を凝らせばたしかに背の低い植え込みの向こうに茶色い肌がほんの少し見えるが、そんなのをよくも見つけられるものだ。

 

「ワシが釣るか?」

「要らないわ。あのモングレルドッグのレベルは知らないけど、庭で寝てるのは1匹だけだから」

「ふむ。勝利の小銃とカナタの腕があれば、赤子の手を捻るようなものじゃな」

「当然」

 

 サイドカーを降りる事すらせず、本を読みながら股の間に抱えるようにして持っていたスナイパーライフルをカナタさんが構える。

 

「好きに撃ってよいぞ」

「なら、狙撃開始ね」

 

 


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