セイちゃんが指示した道は、そのまま特殊部隊の連中が小舟の里から徐々に探索の足を伸ばした道でもある。
なのでフェラル・グールの影すら容易には見つからず、俺が湖面から見つけて特殊部隊の連中が根こそぎかっさらったショッピングセンターの辺りで、焦れたウルフギャングはハンドルを西へと切った。
「おいおい。夕方には特殊部隊を迎えに来いって無線が来るんだぞ?」
「だから今のうちに、経験値を稼いでおくんだよ。いいなあ、この辺りは。車の残骸が少なくて、道を変更する手間がほとんどない」
「はあ。……お。線路の向こうに、工場が見えるな」
「駐車場に入れそうなら、頭から突っ込むぞ。フェラルくらいはいるだろ。タレットの威力を見る、いい機会だ」
工場の広い駐車場には、ウルフギャングの言葉通りそれなりの数のフェラル・グール達がいた。
それらは動く物に反応するのか、それとも生者の気配にでも惹かれるのか、次々とトラックへと駆け寄って来るのだが、1匹たりとて車体にすら触れる事なくタレットにその身を引き裂かれてアスファルトに沈む。
「……俺、今ならシズクの気持ちがわかるわ」
「なにがだ?」
「こんな楽なレベル上げがあってたまるか」
「そうしたのはセイちゃんとアキラだろうに。次行くぞ、次」
「待てって。フェラル・グールの剥ぎ取りが」
「どうせゴミしか持ってないって。あーらよっと」
上機嫌のウルフギャングがトラックをバックさせるので、そのポケットなどに戦前の品を入れているはずのフェラル・グールの死体が遠ざかってゆく。
ウェイストランドに落ちている物はゴミですら持ち帰らなければ気が済まない俺からすると、とんでもない暴挙だ。
「ああ、俺の宝物が……」
「ケチな事を言うなって、アキラ」
「うるせえ。スカベンジャーがケチでなにが悪い」
「吝嗇な男はモテないわヨ?」
「べ、別にモテたいとか思ってませんからいいんです」
「はいはい。お決まりの返しをありがト」
「交差点だな。えーっと、右は個人病院と、この先に鷲津駅ってのがあるらしい。左はどうだ、アキラ?」
「瓦礫以外になんもねえし、道はカーブんなってて見えねえ」
「直進すりゃ新所原ってとこらしいが、まあ右折でいいよな?」
「あんまこの辺から離れなきゃ、それでいい。好きにしていいよ。剥ぎ取りの出来ないフォールアウトなんか、味のねえメシと一緒だ」
「はいはい、わかったわかった」
右折して少しすると線路に突き当たったが助手席の小窓から見ている左は道が狭く、ひっくり返った車の残骸があるので通れそうにない。
「左に駅が見える。でも、車の残骸があって進めねえ」
「そんじゃ、少し戻ってさっきの交差点を左だな」
「アキラ、駅に列車あった?」
「見えなかったなあ」
「……残念」
「目的は動力源、セイちゃん?」
「ん。核分裂バッテリーがたくさん積まれてるはず」
「やっぱフュージョンコアは日本にはないのか。パワーアーマー着て暴れるのは、ここぞって時だけだなあ」
「アキラのは電池で動いてるって言ってたもんな。俺のと同じ、倍力機構の補助動力に核分裂バッテリー1つで動くパワーアーマーはないのかよ?」
「それがないんだよ。3とNVのアイテムもピップボーイに入ってりゃ、それこそ日本版BOSを立ち上げられるくらいはあるはずなのによ」
「そりゃ残念だ。お、駅前はやっぱフェラルが多いなあ。少し湖から離れれば犬とフェラルしかいないなんて、低レベルのアキラ達にはおあつらえ向きの地域だ。さあ、タレットちゃん。撃ちまくっておくれ」
アキラ、ちょっといい?
無線から聞こえたのは、焦ったようなミサキの声だった。
「おう。どした?」
後方から銃声。ヤバイかも。
「あー。悪い、そりゃ俺達だ」
ええっ。今日はトラックを改造するんじゃなかったのっ!?
「それが終わったんで、武装と走りの試運転にな。今どこだよ、そっちは?」
アキラがパンフレットに印をしてた工場の手前にある神社。
「ならこの道を直進した辺りかな。途中、駅を見なかったか?」
見たよ。明日はそこを殲滅しようって話してた。
「殲滅っておい。そっちから見て線路の左の駅前は、今トラックのタレットがフェラル・グールを倒しまくってる。これが終わったらそっち向かうから」
横取りは反則だよう。国道への道はさっき偵察班が発見してたから、このまま東に向かうね。
「あいよー」
「ミサキちゃんには悪い事したようだな」
「いいさ。あの戦闘狂は、もうレベル15なんだ」
「アキラの倍近くか。やるなあ、ミサキちゃん」
まったくだ。
初めて会った時は、道の真ん中で腰を抜かしてちびってたってのに。
事あるごとに急いでレベルを上げようとするなと言っているのだが、ミサキは大丈夫だってと笑うだけで、特殊部隊への同行を決して休んだりしない。
あんなに平和な日本で暮らしていた女子高生、それもゲームなんてした事のないミサキだから、どうにもこうにも心配なのだが。
「心配なのか?」
「そりゃ、少しはな」
「なら、ちゃんとそれを伝えた方がいいぞ。若いうちは気恥ずかしさが先に立ってなかなか異性に本音を言えなかったりするもんだが、年月が過ぎると男はそれを後悔したりもする」
「……覚えとくよ」
待機所の地図を思い浮かべながら、駅前のフェラル・グールをあらかた倒して満足気なウルフギャングに西へと向かってもらう。
記憶通り駅から少し進むと小さな交差点があり、その右を見てもらうと踏切があると言うので、そこでミサキ達を待つ事にした。
「やっぱ、持ち歩ける地図が欲しいな。本みたいになってるやつ」
「まあなあ。俺は戦前の記憶で大きい道はどうにかわかるが、土地勘のないアキラ達ならそれは欲しいだろう。本屋とかドライブインとか、そういう店が残ってたら中を漁ってみるか」
「しばらくは俺とセイちゃんのレベル上げだから、明日は待機所の地図で本屋を探してそこ狙うかな」
「本! 図書館に行きたい、アキラ。舞阪には大きいのがあるって」
「だから舞阪に行きたがってたのか。地図で見て東海道沿いなら、それもいいかもね」
「やった」
俺とハンドルを握るウルフギャングの間でセイちゃんが喜ぶ。
その頭を撫でたりシャコンっと横にスライドさせられるようになった窓を開けてタバコを吸ったりしていると、特殊部隊の斥候が見えたとウルフギャングが教えてくれた。
「いいね。斥候を出しての行軍、まるで軍隊みたいじゃないか」
「俺の乏しい軍事知識と、ジンさんとシズクの経験を照らし合わせただけのやり方だからなあ。図書館にそういう本もあればいいが」
「元防衛軍のグールがいりゃあいいんだが、この辺は核が落ちてないみたいだからな。じゃあ、明日の目標は図書館漁りか。ガレージに朝6時集合な、アキラ」
「おいおい。一緒に行くつもりかよ?」
「当たり前でしょう。こんなかわいらしい子に、舞阪まで歩けって? 鬼畜ねえ。それと護衛は任せなさい、腕が鳴るワ」
「サクラさんも行く気なんですか。……階段もありますよ、図書館って」
「階段も上がれない三式機械歩兵なんて、いる訳ないでしょウ」
「やっぱ国産機だったのか、サクラさんが使ってるのって。まあ、俺が知ってる階段を上れないポンコツは、歩兵ロボットじゃなくて動き回れるだけの、うるさいゴミ箱だからなあ」
「ははっ、なんだそれ。来たぞ、サクラ。後部ハッチを開けてやってくれ」
「はいよ、アンタ」
しばらく小舟の里に腰を落ち着ける事に決めたからか、ウルフギャングはセイちゃんに頼んで荷台に、映画で兵士達を運ぶ車両のようなベンチまで取り付けてしまっている。
これなら特殊部隊の連中も全員で乗れそうだと荷台を眺めていると、サクラさんが固定武装の銃口で器用にハッチを開けた。
ドヤドヤと特殊部隊の連中が荷台に乗り込み、腰の水筒の水を飲んだりして安堵の息を吐いている。やはり廃墟の街を歩き回るというのは、どれだけ武装していても人間の神経をすり減らすらしい。
「凄いねえ。これならクル-ザーはいらないんじゃないの、アキラ?」
「お疲れ。このトラックは、ウルフギャングの私物だっての。俺達もトラックを手に入れられれば、まあなあ」
「動く車両の発見は、よほどの幸運に恵まれないとな。田舎の車屋は設備が悪くてスクラップばかりだし、都会に行けば核で街そのものがボロボロだ。ミサキちゃん、踏切の方へ向かえばいいのか?」
「えっ。休憩させてもらえるだけじゃなくて、今日の獲物を回収しながら里に戻るのまで頼んでいいの?」
「いいに決まってるじゃないか」
「やったあ。じゃあね、踏切を越えたら右でっ」
「了解だ」
ミサキの道案内でトラックは細い道へと入ったのだが、帰り道のそこかしこに積み上げられている戦前の品を見てウルフギャングはその量と、手当たり次第の無節操さに呆れていた。ミサキ達は、畳だろうが何だろうが使えそうな物はすべて引っぺがして道端に積み上げてしまうのだから、そうなるのもわかる。
当たり前だが、回収は俺の仕事。
俺はそれをしながら、レベルがどの程度になれば空軍基地の探索へ向かえるかを考えていた。
修理可能な車両は、核の落ちていない地域の頑丈な建物内にあるらしい。
それで思い浮かぶのは、やはり軍隊の基地だ。
「俺とミサキで101のアイツを迎えに行くとして、ジープの1台でもあれば道中がどれだけ楽になるか」
最後の戦前の品の山を回収し終えたのでのんびりタバコを吸いながらそう呟くと、後頭部をポカリと叩かれる。
振り返ってみると、シズクだ。
セイちゃんは101のアイツの適当さを尻拭いするため、砂を詰めてから鉄パイプを曲げた物や加工した鉄板を組んで車体の剛性を高めるバーを取り付けたのだが、それにはアーチ状の通路があるのでそんな事も出来る。
「こら、2人じゃないだろう」
「シズクも着いて来る気かよ?」
「当たり前だ」
「車両で行くなら、その整備が必要。徒歩でもどこかで車両を発見できたらそれ修理するから、セイも」
「セイちゃんまでっ!?」
「ん。それにアキラとミサキは、師匠の顔も知らない」
「そういえば、それもそうね」
「だからってどう考えても危険な西日本に、シズクとセイちゃん連れてくってのはなあ……」
スーパーミュータントの部隊と遭遇したりすれば、VATSがあっても余裕で死ねそうだというのに。
「シズクはデタラメに強いから、心配ないと思うわよ。セイちゃんは3人で守ればいいんだし」
「そんな強いんかよ、シズクって?」
「そりゃあもう。刀でフェラル・グールを切ったと思ったら、もう片方の手のショットガンで違うフェラルの頭をバンッ! それを、ダンスでもするみたいに敵が全滅するまでやっちゃうんだから」
「レベルさえ発生してねえのにかよ。とんでもねえな……」
「セイだって、ダーツガンの腕はかなりのものだぞ」
「へえ。まあ、セイちゃんにまで戦わせるような腕のうちは小舟の里から旅立つつもりはねえな。あ、そういや忘れてた。シズク、これやるよ」