Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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幕開け

 

 

 

「その家族は、住民がすべて浜松に引っ越した集落に1家族だけで暮らしていた。そんなだからもちろん金なんてほとんど持ってなかったが、気のいい夫婦とかわいらしい子供達だったんで、こっちの儲けなしで取引をしてな」

「へえ。優しいじゃんか」

「えらく感謝されて1泊だけでもしてけって言われたんで、焚き火を囲みながら同じ鍋をつついて枕を並べて寝た。その翌日の朝、トラックで出発してすぐだ」

 

 パワーアーマーのヘルメット越しなのでくぐもって聞こえるウルフギャングの声が、低くなる。

 

「集落が、襲われた。慌てて引き返すと、相手は線路を静岡方面から徒歩で移動してきたと思われる悪党共。咄嗟に銃で応戦したが、いかんせんあっちは50ほどもいてな。俺の判断ミスでトラックを見られ銃まで撃ったから、悪党はたった1家族の暮らす集落が宝の山だと思い込んじまったらしい。本気になって銃を撃ちまくってきた。女房はトラックを飛び降りて家族を庇いつつ、俺に急いで浜松にいる新制帝国軍ってのに援軍を出してもらえと」

「トラックを使うような商人になら、新制帝国軍だって恩を売っておきてえだろうしな」

「俺と女房も、そう判断した。だが、それは間違いだったよ」

 

 ウルフギャングが肩を落として言う。

 

「断られたか」

「さんざん街の入口で待たされ、その間に何度も袖の下を要求された上でな」

「クズだなあ、新制帝国軍。NCR以下じゃねえか。んでそれ、どんくらい前だよ?」

「浜松を出たのは、今日の明け方だ。これじゃもう待ってる間に兵隊の1人が言っていた大正義団ってのを頼るしかないかと、イッコクを飛ばした。そしたらこの駅前に、×印をされてない101 STAYの文字。見張りに声をかけたらこの爺さんが来て、101のアイツはいないが、その再来であるアンタならいると。頼む、お願いだ。有り金と荷台に積んである商品をすべて渡したっていい。女房を助けてくれ、頼むっ! 101のアイツの再来なら、50くらいの悪党なんて屁でもないはずだろうっ!?」

「クレイジーウルフギャングは、師匠の友人」

「話でも聞いた事があるのかい、セイちゃん?」

「ん。本当はきれいなブッチって呼びたかったらしい」

「ははっ。なら、決まりだな」

 

 ホルスターに通して固定している警察官用の無線機を繋ぐ。

 

「聞こえるか、ミサキ?」

 

 ザザッ うん。なんか面倒事みたいねえ。

 

「クエスト発生だ。装甲トラックを操るおっさんとパーティー組んで盗賊退治なんて、まるで別のゲームみてえだぜ。ちょっと、浜松の向こうまで出かけて来る」

 

 浜松じゃ無線は繋がんないよね、あたしも行っていい?

 

「いや。俺だけでいい。奥の手もあるから、まあ心配すんな」

 

 アキラがそう言うなら大丈夫なんだろうけど、頼むから怪我しないでね?

 

「あいよ。じゃあな」

「ありがとう、ありがとうっ!」

「セイも頑張る」

 

 おいおい。

 そんな気分でジンさんを見るが、諦めろとでも言うように首を横に振られた。

 タバコを吹き捨てる。

 説得するフリくれえしろ爺様と言っても、ジンさんは笑うだけだろう。それどころか下手をすれば、ならワシも行こうとか言いかねない。

 トラックの運転席は狭そうなので、4人乗りなんてゴメンだ。

 

「言い争ってる時間はないんだ、覚悟は?」

「当然。師匠の友人と夫がトラックで戦いに出るなら、修理が得意なセイも行くに決まってる」

「やれやれ、男前だねえ。おら、急ごうぜウルフギャング」

「わ、わかった」

 

 助手席のドアを開けて先にセイちゃんを乗せ、ジンさんに頷いて見せてから乗り込む。大事な愛娘を心配しないはずがないのに黙って好きにさせるのは、こんな俺を本当に信頼してくれているからだろう。

 その信頼は、なんとしても裏切りたくない。

 

「うわっ、なんだこれっ!?」

 

 ウルフギャングのトラックは俺がいた方の日本でもよく見た形なのだが、運転席のシートの後ろがそのまま荷台に繋がっている奇妙な構造をしていた。

 

「この方が都合がいいんだよ。防弾版をベタベタ貼っつけてるんで暗いが、エンジンをかければ荷台の電灯が点くからカンベンしてくれ」

「これ、間違いなく師匠の改造」

「そうなのか?」

 

 ドアを閉める。

 フロントガラスもドアのウィンドウも防弾版のせいでブラインドを下ろした窓のようだが、ウルフギャングがエンジンを始動するとすぐに明かりが灯った。

 

「ん。この雑さは師匠にしか出せない」

「雑って。大急ぎで向かう、舌を噛まないでくれ」

「あいよ。車内は禁煙じゃねえみてえなんで安心だ」

 

 トラックが動き出す。

 ボート以外の乗り物なんて久しぶりだが、何度かギアチェンジしてかなりのスピードを出しても怖さはあまり感じなかった。

 

「コイツなら、1時間もかからず到着する。アキラ、俺もそう呼んでいいか?」

「もちろん」

「ありがたい。それでアキラ、武器は何を使うんだ? 集落が攻撃されているのは確実だろうから、今のうちに手はずを決めておきたい」

「作戦なんてねえさ。正面から、ぶっ潰す。まとめてミンチにしてやるんだよ。レイダー共にゃ、そんな最後がお似合いさ」

「おおっ!」

 

 ウルフギャングはそんな俺の言葉を聞いて身を乗り出すようにしながらハンドルを操作したが、セイちゃんはなんとも微妙な表情で俺の顔を見上げる。

 

「やっぱりアキラもデタラメに強いんだろうなあ。ちなみに、レベルは?」

「レベルを知ってんのか。さすが101のアイツのダチ。昨日、5になったよ」

「……は?」

「5だって。1、2、3、4、5の5。商人なんだから、数字にはつえーんじゃねえのかよ」

「ご、5━━━━━━っ!?」

 

 キイイイイッ

 

 そんな耳障りな音を鳴らしながら、ウルフギャングのトラックが猛スピードで蛇行した。

 

「おい。安全運転しろとは言わねえが、事故ってセイちゃんに怪我でもさせたらぶん殴るぞ?」

「出来るものか。101のアイツとは違うから限界は低いが、それでも俺はとっくの昔にレベル20になってんだぞ!」

「……まさか、ピップボーイ持ってんのかよ?」

「VATSを使えない国産品だがな。くそっ、どうするんだ。いくら101のアイツの再来でも、レベルがたった5じゃ」

「クレイジーウルフギャング」

「なんだ、お嬢ちゃん。今、考えをまとめるので忙しいんだ。悪いが」

「101のアイツ、師匠がレベル5だったとして悪党50人に負ける?」

「そ、それは……」

「だから平気。アキラが大丈夫って言ったら、問題はこのトラックが間に合うかどうかだけ」

「……信じていいんだな、その言葉?」

「ん。ミサキもそうだけど、師匠とアキラを心配するなんてバカらしい。好きにさせとかないと、何しでかすかわかんないし。ほっとくのが最善」

「そういう所まで似てるのか、アキラは」

「性格は全然違うけど、そっくり」

「ヒデエ言われようだなあ」

 

 ウルフギャングは何も言わず防弾版の隙間を見ながら運転していたが、しばらくすると唐突にエンクレイヴ・パワーアーマーを装備解除した。

 トレーダーの帽子に、トレーダーの服。どちらも、101のアイツに譲られた物だろう。

 胸ポケットからタバコを出し、1本を抜きやすいように半分出してから箱を差し出す。

 

「ありがとう、アキラ」

「痛くはねえんだよな?」

「ふふっ、一言目が101のアイツと同じか。本当に似ているんだなあ。痛くなんてないよ。300年も痛みを感じっ放しなら、とうの昔に気が狂ってる」

 

 低い声で笑いながらタバコを咥えたウルフギャングに、今度はライターの火を差し出す。

 

「そうかい」

「ふーっ、ありがとう。舶来物なんて、懐かしいな」

「ダッシュボードに置いとくから、好きにやってくれ」

「遠慮なくいただこう」

 

 咥えタバコで、ウルフギャングがハンドルを細かく操作する。

 その横顔には、あるはずの鼻がなかった。

 体毛もないし、瞳は黒でも茶でもなく白く濁っている。何より灼け爛れて引き攣った肌が、見ているだけで痛々しい。

 グール。

 フェラル・グールのように理性をなくす事こそなかったが、すでに人間ではなくなってしまった存在。

 

「戦前の生まれか、ウルフギャングは」

「学生だったが、金持ちのボンボンでね。そっちで言うヴォルトへ逃げる途中で、このザマだよ」

「でもレベル20なら、セイちゃんを安心して任せられるな。武器は?」

「レールライフル」

「っは。マジかよ」

「ふふっ。ジャンク屋にはこれしかないって、101のアイツがくれたんだよ。俺は武器屋だって言ってんのに、いつもジャンク屋のウルフギャングと紹介されてたな。まあそのレールライフルのおかげで、ここまではどうにか無事に来れた。女房の強さに助けられてばかりだったけど」

「奥さんは女傑か。そういや、こっちの世界の女ってさ」

「ん?」

「な、なんでもないよ、セイちゃん」

「はははっ。尻に敷かれてるなあ、アキラ」

「……ほっとけ」

「金や商品を渡すと言っても眉すら動かさなかったのに、かわいこちゃんに睨まれたらそれか。そんなところも、アイツにそっくりかもな」

「へえ」

 

 101のアイツは女好き、か。

 それがミサキと出会って恋をして、そこからこのフォールアウトは始まるのかもしれない。

 

「見ろよ、アキラ。弁天島に入ったぞ」

 

 ブラインドのような防弾版の隙間から外を覗くが、海らしき青がチラリと見えただけだった。

 

「なーんも見えね」

「荷台からその屋根に上がれば景色はいいが、今は急いでるからな」

「あ、クレイジーウルフギャング」

「なにかな、お嬢ちゃん?」

「セイでいい。師匠が自分を追って来た人にって手紙を置いてったから、終わったら里に寄って」

「そりゃいいな。ウェイストランドの酒もたんまりある。しばらく泊まってもいいし」

「この辺はグールが少ないって聞いたから、こんな姿じゃ迷惑じゃないか?」

「見た目で文句を言うヤツがいたら、俺は小舟の里が嫌いになるかもな。そしたら、101のアイツを追う旅に連れてってくれよ」

 

 それも楽しそうだ。

 ミサキはどうも俺よりそういった事には潔癖なようなので、きっと賛成してくれるだろう。

 発生しているクエストをシカトして話を進め、失敗になるのも立派なフォールアウトシリーズの楽しみ方だ。

 

「そりゃあいい。退屈しないで済みそうだ」

 

 ウルフギャングは戦前の生まれなので、平和な頃に関西やその先へも行った事があるらしい。1時間ほど戦前の日本の様子や大戦争後の苦労話を聞いていると、ウルフギャングのトラックは徐々にスピードを落として完全に停止した。

 

「到着か?」

「ああ。降りたら、大きな歩道橋と線路が見えるはずだ。トラックはここに置いて、その歩道橋から線路の向こうにある集落、パチンコ屋の跡地に行こうと思うんだが」

「俺1人でいいんだけどなあ。ま、その目で見なきゃ納得は出来ねえか。降りようぜ。銃声も聞こえねえし」

 

 言った途端、爆発音。

 

「女房のミサイル!」

「とりあえず、歩道橋までは出ていい。だが、勝手に突っ込むんじゃねえぞ?」

「約束するっ」

 

 ウルフギャングに続いてトラックを降りると、たしかに目の前には歩道橋があった。

 そこを駆け上がると、背の高い雑草に阻まれて見えなかった線路も見える。

 

「あそこだ!」

「声がデケエって。……パチンコ屋を囲むレイダー、じゃなくて悪党。でも、変だな」

「なにがだ?」

「パチンコ店の方を向いて銃を撃ってんのは数人で、他は反対側の道路を気にしてるぞ?」

「たしかに……」

「まあ、とりあえずレイダーは皆殺しにして来るわ。ちっと退いてくれ」

「それはいいが、いったいどうやって」

「これで薙ぎ払うのさ」

 

 広い道幅の歩道橋に、パワーアーマーを出す。

 こちらの世界での、日本でのデビュー戦だ。ケチらずホットロッド・フレイム塗装のX-01を選んで、背中に新品のフュージョン・コアをぶち込んだ。

 

「な、なんだこれ。パワーアーマー、なのか……」

「悪人顔が素敵。濡れる」

「仕様の違いで、エンクレイヴ・パワーアーマーとはもう別物だけどな。パワーアーマーに間違いねえよ。そんじゃ行ってくっから、ここで待っててくれ」

「あ、ああ……」

「武器も楽しみ」

「きっと喜んでもらえると思うよ、セイちゃん」

 

 フュージョン・コアを入れた窪みの上にあるハンドルを回す。

 

 ガコンッ、カシャカシャ

 

 そんなSFチックな音と共に、X-01の背面が開いた。

 

「いやー。現実に乗れるとなるとテンション上がるなあ」

 

 肩の辺りを掴み、乗り込むようにしてパワーアーマーを装備する。子供の頃にトイレでチャックに玉の皮を挟んでしまった苦い経験をチラリと思い出したが、こんなハイテク兵器でそれはないだろうと自分を安心させた。

 

 ピピッ

 

 そんな音がして背面装甲が閉まり、いつも見えているピップボーイのアシストシステムではなく、まるで戦闘機か何かのような計器類やパーツの各部位が簡略化されたディスプレイが表示されると、俺は笑い声が出るのを堪え切れない。

 なんだかんだ言っても俺は、フォールアウト4の大ファンである。それが現実にパワーアーマーを身にまとえば、気色の悪い笑いだって出てしまうってものだ。

 ひとしきり笑い、拳を握ってみて問題なくX-01が作動するのを確認。

 

「……さあ、ショータイムだ」

 

 


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