Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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闇を裂く閃光

 

 

 

「緊急回避!」

 

 突然の声。

 まるで叫ぶような金切り声はコックピットから届く肉声、周波数を合わせた戦前のパワーアーマーのヘルメットに内蔵されたスピーカーからの声、両方が鼓膜を叩く。

 

 そのアイリーンの声色に今までにない、ステルス状態で銃口を向けられた時などとは比べ物にならない切迫さを感じた俺は、思わず身構えながら怒鳴り返していた。

 

「いきなりなんだってん…… マジかっ!?」

 

 怒鳴り声とほぼ同時に、強烈な光が俺達を照らす。

 

 どうやったって確かめようはないが、もしこの暗闇を滑るように飛び始めたベルチバードをさらに上空から俯瞰できるのならば、闇を裂く一条の光に射抜かれた機体が、次の瞬間には黒煙を吹いて墜落する未来さえ幻視できるのかもしれない。

 

「そのオンボロ軍用投光器が修理されてるなんて、くーちゃんは聞いてないんですけどっ!?」

 

 投光器。

 その名の通り強烈な光を発する機械。

 俺達の乗るベルチバードを照らし出したのは、軍用の名に恥じない強烈な光だ。

 

 閃光。

 

 それを追うように、白煙が尾を引く飛行物体がベルチバードに迫る。

 対空ミサイル。

 そんな呼称を脳が思い出す前に、アイリーンの駆るベルチバードは急降下をしながら急激な方向転換に移った。

 

 爆音。

 見事な追尾でベルチバードの後席を射抜く閃光に、少しだけ赤が混じる。

 

 どうやら対空ミサイルはベルチバードの機体ではなく、ついさっき飛び立ったばかりの旧市役所の屋上に着弾したらしい。

 俺はパワーアーマーを装備しているのでわからないが、もし生身のままだったならば、爆風やその熱までもをこの身で感じていたのかもしれない。

 それほどの近さだ。

 

「おいっ、くー!」

「……あっ」

 

 ジュリ姐さんの叫び。

 緊急事態にはそぐわない、くーちゃんの小さな、呟きのような声。

 

「このっバカヤロウ!」

 

 まるで風に吹かれて舞い上がる枯葉のように、成人男子にしては小柄な体が宙に浮かぶ。

 

 ただでさえ狭いベルチバードの後部。

 ガンナー席のミニガンにいつでも取りついてそれを撃てる位置に立っていたくーちゃんの体は、急激な回避行動と旧市役所の屋上付近に着弾したミサイルの爆風で、ベルチバードの外に放り出されてしまう。

 

「……あぐうっ!?」

 

 余裕の欠片もない悲鳴。

 

 それがどちらの口から発せられたのかなんて考える余裕はない。

 俺は俺で戦前のパワーアーマーを装備しているとはいえハッチ上部の安全バーを握り、宙に投げ出されたくーちゃんの腕を掴んで、俺よりだいぶ軽いはずの体重に比例した衝撃とその激痛に襲われている。

 

 だが俺だけでなく、生身でパワーアーマーに腕を掴まれたくーちゃんの痛みだって半端ではないだろう。

 

「だからパワーアーマーを装備しろって言っただろうがよっ!」

「痛っ! ううっ、痛いってばアキラっち!」

「うるせえっ。痛みなんか今はどうでもいいんだよっ!」

 

 なんとも乱暴な言に聞こえるだろうが、それは間違いのない真実だ。

 

 現に俺達の乗るベルチバードはどう考えてもムチャな軌道でギリギリ対空ミサイルを回避。

 そしてその対空ミサイルが旧市役所の屋上の一角を削り取っても、操縦席にいるアイリーンは機体を左右に振りながら急上昇と急降下を繰り返している。

 

 つまり、ミサイルがまたこのベルチバードに向かって飛んでくるんだろう。

 

「お客人、早くっ!」

「わあってるってんだよっ!」

 

 右に左に上に下に、それぞれの方向に斜めに、時には弧を描くような動きまで。

 機体が降られる度とんでもない力で振り飛ばされそうになる。

 

 いくらパワーアーマーを装備しているとはいえ、片手でベルチバードに掴まりながらくーちゃんの腕を握っていては、いつ振り落とされても不思議ではない。

 

 おそらく現在の高度は100メートルもないんだろうが、こんな高さから宙に放り出されたら、パワーアーマーを装備している俺はまだしも、生身のくーちゃんのは確実に命を落とす。

 

 ゲームやアニメならここでパワーアーマーを装備した俺がくーちゃんを抱きかかえるようにして飛び降りても無事に着地となるんだろうが、そんな事を現実でするのは、鉄の塊に人間を括りつけて高度100メートルから落とすようなものだろう。

 

 パワーアーマーがどれだけ衝撃を殺しても、生身の体の方はそれに耐えられず全身の骨が折れるだろうし、腕の関節部なんかで手酷い裂傷を負うはずだ。

 下手をすれば、手足の1本くらい千切れ飛んでもおかしくはない。

 

「アキラっち、手を離して!」

「できるかボケェ!」

「じゃないと本命が来ちゃうんだってば!」

 

 本命?

 

「対空ミサイルの次は、目標補足コンピューター付きのレジェンダリーミサイルランチャーでもぶっ放すってのか!? 上等だっての!」

「違うってば! さーちゃんの本命は、いつだって……」

 

 グダグダ話すのは後でいい。

 そう叫ぶ代わりに、渾身の力でくーちゃんの体を持ち上げる。

 対空ミサイルの攻撃が止んだのか、ベルチバードの機動が少しだけ落ち着いた今がチャンス。

 

「急ぎなさい、111!」

「わあってんよっ! ……ぐ、うっ。どっせ━━━━いっ!」

 

 多少のケガなら許せ。

 

 そう心の中で思いながら力を振り絞る。

 ベルチバードの後部に投げ込むように持ち上げたくーちゃんと目が合う。

 

 その涙が滲む瞳が唐突に見開かれると同時に、衝撃。

 

「アキラっちー!」

「お客人っ!」

「111、意識を手放しちゃダメっ!」

 

 最後に聞こえたアイリーンの声は、なぜか途中で途切れてしまう。

 

 なぜだ?

 

 声に出す前に、その理由を理解する。

 

 風。

 ベルチバードのローターとエンジン音。

 何事かを叫び続けているらしいくーちゃんの声。

 それらは、パワーアーマーのスピーカーではなく、剥き出しになった俺の耳から聞こえた。

 

 激痛は、それらを理解した後に感じた気がする。

 

 これ、HPは残ってんのか?

 

 いくら戦前の日本製とはいえパワーアーマーのヘルメットを消し飛ばした攻撃。

 そんなのを受けて、よくも即死しなかったものだ。

 

「……残り1ミリかよ。運で生き残ったんだな、こりゃ」

 

 まるで地面に吸い込まれるかのように意識が遠のく。

 いつだったかフォールアウト3を2日と10数時間ぶっ続けで遊んでいた時、こんな感じで眠りに落ちたのを思い出す。

 

 残りHP1ミリ。

 フォールアウト3仕様のパワーアーマーはヘルメットが大破。

 しかもこの戦前のパワーアーマーで落下実験はしていないし、もしもコンピューターか何かが落下時の姿勢制御を補助してくれるのなら、そしてその機構がヘルメットに内蔵されている仕様なら、こんな高さから自由落下している俺が生き残れる可能性は限りなく0に近い。

 

 ついに、年貢の納め時か……

 

 そう覚悟をすると同時に、いくつかの顔が夏の夜空に浮かんで見えた。

 

 ミサキ。

 シズク。

 セイちゃん。

 カナタ。

 

 俺の大切な人達。

 愛していると胸を張って言い切れる女達。

 それらの顔が夜空に浮かび上がって、ゆっくりと遠ざかってゆく。

 

 当たり前だ。

 俺は今、6階建ての旧市役所より高い場所から落下しているんだから。

 

「すまねえ…………」

 

 そう呟いた途端、落下スピードが増す。

 いや、増したような気がしただけか。

 

「アキラっち━━━━━━━━っ!!」

 

 もうだいぶ離れて見えるくーちゃんが右手を限界まで伸ばして叫ぶ。

 

 そんなくーちゃんがベルチバードから落ちぬよう小柄な体を必死で引き戻そうとしているジュリ姐さんの瞳には、なんとも形容しがたい色が滲んで。

 アイリーンは漆黒の闇を滑るようにしてベルチバードの方向転換を試みているようだが、どうしたって落下している乗員を助ける術などないだろう。

 

 つまり、俺はここで死ぬらしい。

 

 

 


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