ミサイル。
白煙の尾を引いて迫ってくるそれは、どうしようもないほどに死を予感させた。
だが、それがどうした。
下手をすれば俺を殺し、運がどれほど良くとも大怪我を負わせるであろう兵器なんかどうでもいい。
ベルチバードのコックピット。
そこにいる、ヴォルト・スーツを着ているパイロットを睨む。
顔も、ピップボーイも見えない。
フォールアウト4でもそうだったように、パイロットの名前やHPが頭の上に表示されてもいない。
だがこの世界の、この日本でヴォルト・スーツを持っているのは、どう考えても俺とアイツ、101のアイツだけだろう。
2発のミサイル。
それが俺とコンクリートの土台の横を通り過ぎた瞬間、顔の見えない101のアイツが笑ったような気がした。
ピップボーイを付けていない方の腕を上げ、パイロットが豊橋駅に人差し指を向ける。
その手はすぐに何かを掴むような仕草を見せ、グッと自分の体の方に引き寄せるように動く。
「掻っ攫えってか、迫撃砲を……」
背後で凄まじい爆発音。
だが俺は元から銃弾を防ぐには過剰な質量のコンクリートの土台を背にしているので、破砕物なんかが飛んできたって怖くない。
まるで俺の呟きが耳に届いたかのようにパイロットが頷く。
同時にベルチバードはホバリング、つまりは空中で静止しながら機敏な動きで機体の向きを変えた。
フォールアウト4でB.O.S.が使っていた機体と同じで、機首の代わりに向けられた機体の横っ腹にはガンナー席があってミニガンが据え付けられている。
そこでパイロットと同じヘルメットを被ってミニガンを豊橋駅に向けた革ジャンにレザーパンツの小柄な人間は、早くしろとでも言うように左手で俺の目の前にある鎖を指さす。
「そんなのわかってんだよ、クソッタレ! ジンさん、鎖をピップボーイに収納してマコトに撤退の合図を出します。準備は?」
いつでも大丈夫じゃ!
「了解。俺もすぐに後を追いますんで、手はず通りに。鎖だけを、ピップボーイに収納」
鎖が音もなく消える。
ただでさえやかましいベルチバードのガンナー席から絶え間なく上がるミニガンの銃声に顔を顰めながら、事前にショートカット登録していた『フレアガン』を装備。
迷わずコンクリートの土台の横に出て、ほぼ直線上にある駅前広場中央の迫撃砲と豊橋駅のちょうど中間に撃ち込んだ。
マコトにはこれを合図にジンさん達と合流してトラックのある公園まで撤退しろと言ってある。
後は、俺もそれを追って合流すればいい。
だがまあ、どっかのクソヤロウに余計な仕事を1つ増やされた。
可能なら俺も分捕ってやるつもりだったが、人に言われてやるってのは気分がよくねえな。
独り言を漏らせば、ジンさんにもそれが聞こえてしまう。
なので心の中で呟いてショートカット・キーを操作するイメージ。
パワーアーマーの手で握った状態で現れた『フラグ・グレネード』の安全ピンを抜き、レバーを握り込んでから走り出す。
豊橋駅の入り口までは100メートルあるかないか。
数秒で迫撃砲とそれを守るように積まれた土嚢まで辿り着き、頼りない煙をまだ上げているフレアガンの弾の向こうへ思いっきりグレネードを投げた。
「ラッキー」
状態の確認もせずに迫撃砲をピップボーイに収納しながら、思わずそう口に出してしまう。
まあ、そうもなるだろう。
迫撃砲の横には工事現場でよく見るブルー・シートをかけて大きな石をいくつも載せられたそれなりの大きさの箱があって、それに視線を向けると『六六式迫撃砲弾』なんてのが数十、だけでなく照明弾や発煙弾なんて文字も見えたからだ。
フォールアウト4でさんざんやった、死体や箱の中の物をすべてピップボーイに収納する操作をイメージ。
箱の物資が空になったのをゲームのような表示でしっかりと確認してから、ベルチバードの浮いている方向に駆け出す。
ベルチバードのガンナーが片手を上げる。。
その気障ったらしいサムズアップに立てた中指でも向けてやりたいが、そんなのは次の機会にだ。
断言してもいい。
こいつだけでなく、あのパイロットとも俺はまたいつか会う事になる。
「今度は、敵として対峙するのかもなあっ!」
言いながら、跳んだ。
悠長に階段なんか使ってる場合ではない。
走る勢いを1ミリたりとも減らさず大ジャンプをして、連結通路の柵を跳び越える。
着地。
パワーアーマーの足裏がアスファルトに擦れて、また派手に火花が上がっているのが視界の隅にチラリと映る。
顔を上げると遠くに、パワーアーマーを装備した集団が見えた。
それを追って、全力で駆け出す。
迫撃砲に稼働品のタレット、それも迫撃砲は知識がないのでわからないが、タレットには原始的ではあるが防弾板を張り付けるという改造まで施している軍隊が相手だ。
今は全力で逃げ出すのがいい。
「ったく。やっと1つの問題が片付いたと思ったら、今度は2つの厄介事かよ。それも特大の。やってらんねえぜ」
まったくじゃのう。
どうやら俺と同じ気分であるらしいジンさんの声を聞きながら、路面電車の横を駆け抜ける。
豊橋駅にいたのが迫撃砲を使うような組織でなかったなら、それに攻撃を仕掛けるとまるで計っていたかのようなタイミングで所属不明のベルチバードが現れたりしなければ、セイちゃんへのいい土産になったろうに。
走る足は緩めず振り返る。
ベルチバードはその目的を果たしたのか、ちょうど離脱しようとしている所らしい。
……このベルチバードの、101のアイツの目的とは何だ?
走りながら考えを巡らす。
だがどう考えてみたって、そんな事が俺にわかるはずもない。
相手に完全に先手を取られた形の初接触。
その相手はおそらく小舟の里を出て西に向かったという101のアイツで、それが機体を隅々まで磨き上げられて朝陽を照り返すベルチバードに乗って現れたというのだから恐れ入る。
しばらくは、その目的や目論見なんかを考えて眠れない夜が続きそうだ。
そんな覚悟をしながら、低空飛行で飛び去るベルチバードを睨む。
俺が単独行動中ならばバイクで尾行して、そのねぐらを絶対に見つけてやるのに。
「ベルチバードは北に消えました。ジンさん、怪我人は?」
おるはずがなかろう。
ビルから跳び下りたマコトもピンピンしておる。
「へえ。跳び下りても平気だけど階段を使ってもいいと言ってあったんですけどね。メガネのくせにいい根性だ。
それよりジンさん」
その話は後じゃ。
それも、できれば最初は2人で話したい。
「……りょーかい」
有無を言わせぬ声音にそう返し、なら今は追いつく事だけを考えようと足を動かす。
ようやく追いついて横に並んでもジンさんは足を緩めない。
シズクの母、マナミさんという女の人の亡骸は、先頭を走るガイが隻腕であるというのにしっかりと抱き締めるようにして運んでいるようだ。
かつて仲間だった、死んだ女の骸を抱いて走る隻腕の男。
それに続く仲間達。
どいつもこいつもパワーアーマーのヘルメットで表情が見えないのがありがたい。
「アキラ、公園が見えたぞ」
「いつの間にかそんなに走ってたんですね。お疲れさまでした」
「うむ。お互いにの。それで、ここからはどうするんじゃ?」
ジンさんが走る足を止めると、それに気づいた大正義団の連中も公園の入り口で止まった。マナミさんの亡骸を守るようにだ。
戦闘後の一服をしようとジンさんの隣でタバコを咥えた俺に、パワーアーマーのヘルメットを取ったマコトが小さく頭を下げるのが見える。
脳筋集団の軍師役を自任するマコトならばあのベルチバードの事が気になって当然だろうが、今は俺達に話しかけてくるつもりはないようだ。
「この集落の人間をスカウト。それもなるべく早く。話に乗ってくれたら、トラックで小舟の里へ。そんな感じですね」
「了解じゃ。なら、ワシとアキラで長老殿と話し合いじゃの」
「ですね。んでメガネ」
「何かな、アキラ君」
少し離れた場所にいたマコトが歩み寄ってくる間に、目当ての物は探し終えてある。
なのでそれをピップボーイから取り出してマコトに差し出した。
ヘルメットを外したマコトの目は赤い。
それどころか、頬を伝って落ちていった涙の跡がクッキリと残っている。
だがマコトはそれを恥じるような素振りなど欠片も見せず、ずいぶん前に小舟の里の地下で見つけた女柔術家の晴れ着を受け取った。
「見事な着物だね」
「ああ。俺は、オマエ達があの人の乱れた服を直すのも許せねえ。だから、これをかけてやってくれ。ちなみに、これと一緒に見つけた簪は毎日シズクの黒髪に飾られてる」
「なるほど。了解したよ」
「話し合いがどうなろうと、出発となりゃ亡骸は俺が預かる。別れを済ませとけ」
「……それも了解。武器やパワーアーマーはどうすればいいんだい?」
「もし上手く話がまとまれば、60近い人間をあのオンボロトラックで運ぶしかねえ。だから、俺とジンさんはバイクでその護衛だ。トラックの荷台は狭いんだから、おまえらは丸腰でいいさ。小舟の里から持ち出したんじゃない武器なんかも、移動が終わるまで俺が預かる。拳銃なんかより大きいのはな」
「わかった」
大正義団でヘルメットを外している連中は、どいつもこいつも瞳から大粒の涙を流している。
平静を装って俺と話していたらしいマコトも、いつまた泣き出してもおかしくはないように見えた。
男の涙なんぞに興味があるはずもないのでそれに背を向けて吹き捨てた煙草を踏み消し、俺を待っていてくれているジンさんの元へ向かう。
「お待たせしました」
「気にするでない。では、行こうぞ。住民達はとうに騒ぎを聞きつけてこちらを窺っておる」
「夜が明けたばっかだってのに。早起きですねえ」
「そうまでして働いても、畑にするのがこんな公園ではの」
「土壌の改良なんかにゃ、それこそ何十年もかかるんでしょうからね」
「うむ。……ところでアキラ、名は見えたのか?」
ジンさんは何の、とは言わない。
「いいえ。ゲームでもそうでしたが、パイロットの名前やHPは見えねえんです。見えるのは飛行機のそれですね」
「なるほどのう」
話しながらも足は進めている。
もう目の前に見えているバリケードの内側で緊張した表情を見せている、いかにも働き盛りといった感じの男の額に光る汗を確認できるほどに。
それにしてもこんな状況でバリケードの前に立っているのだからこの集落の護衛なんだろうが、その武器が畑を耕すための鍬とは驚きだ。
「あ、あんたは昨日の」
「そうじゃよ。ひさしぶり、というほどではないのう。長老殿に面会を希望じゃ」
「わ、わかりました」
「なら俺はRADアウェイなんかを準備しときますね」
「話もせぬうちからか。相変わらずのお人好しじゃのう」
「そんなんじゃないですって」
少しだけ待ってくれと言う男の背中を見送りながら、まず買い物かごにRADアウェイを入れられるだけ詰め込む。
服なんかはウォーターポンプを仮設置して、体を清潔にしてからだ。
「お待たせしましたの、ジン殿。よくぞ無事で戻られた。夜が明けてすぐ爆発音がこの公園まで届いたので心配しておりましたぞ」
3分とかからず姿を見せた杖を突く老人が、そう言いながら皺くちゃの顔を歪めるようにして笑う。
「なあに。若者が張り切ってくれたのでワシの出番などありませんでしたぞ。あれでは、軽い運動にもならぬ」
「ほっほ」
「して長老殿、これなるはワシの義理の息子でアキラと申す。手土産もあるで話を聞いていただきたいのじゃが」
「土産などと。そんな気遣いは無用。どうぞお入りくだされ」
「ありがたい」
「ありがとうございます、長老さん。それでいきなりなんですがRAD、もしくは放射能なんて言葉をご存知でしょうか?」
「それはもちろん。冬までにどうにか除染薬を手に入れてやらねば年を越せそうにない幼子がおるので、日々どうにかできぬかと頭を抱えていましてな」
「あぶねえ。ギリギリだったのか。これ、外国産ですけどその除染薬ってやつです。全員の目から充血が引くまで使ってください。足りなきゃまだありますんで」
間に合ったのはラッキーだが、その本人は当り前に体がツライだろう。
早くその子に使ってあげてくれとRADアウェイを詰め込んだ買いもかごを差し出すが、長老さんもそれを連れて来てくれた護衛らしい男も動こうとはしない。