Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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眼差し

 

 

 

「荷運びは手伝わないんですね」

「当然じゃ。そこまで厚かましいようなら、とうの昔にぶん殴っておる」

「ふうん」

 

 この様子だとジンさんとマアサさんをはじめとする小舟の里の人間達は、大正義団にもこうやって食い繋いでゆかなければならないような、何か深い理由があると考えているのかもしれない。

 

 それは家族の情からきた買い被りであるのか、それとも正しい予想なのか。

 

 俺が考えても仕方ないかとまたタバコに火を点けて、パワーアーマーを装備した2人がトラックの荷台にジャガイモなんかが詰められた木箱を運ぶのを眺め続けた。

 

 その荷役を終えたツグオが1人でリヤカーを返しに来ると、そのままトラックの元には戻らず見張り台を、そこに立つジンさんと俺を見上げる。

 

「やっぱりピップボーイだ。あの人と、同じ……」

 

 ツグオが食料さえ調達できればいいと考えているのは間違いなさそうなので、道の左右にクリーチャーの姿がないか見ていると、その拍子に俺の左腕にあるピップボーイがしっかり見えたらしい。

 まるで呟くような、そんな声が聞こえた。

 

 フォールアウト3に登場した主人公、101のアイツが腕にしていたピップボーイは、たしか軍用の『Pip-Boy300』だったはず。

 そして俺が腕に着けているのは軍用ではなく、ヴォルト研究者が使っていたと思われる『Pip-Boy300MarkⅣ』だ。

 

 見た目も性能もかなり違うのだが、どちらもそのディテールなんかは国産の電脳少年とはだいぶ違うので、ツグオから見ると同じ物だと感じるのだろうか。

 

「101のアイツって言葉に聞き覚えは、兄さん?」

「……ある。忘れられない物語。その主人公が、そう呼ばれてたんだ」

 

 誰にでも101のアイツの武勇伝を語り聞かせたりするから。

 そう言って頭でも小突いてやりたいが、本人がいないのだから今はできるはずがない。

 

「へえ。じゃあソイツがただでさえ貧乏な里のお宝、銃とパワーアーマーを持ち逃げする事や、その後に食料をタカリに行く事を教えてくれたって訳か。こっちじゃ悪党の親玉なんだな、101のアイツってのは」

「違うっ!」

「何が違うんだ、クソガキ。そうとしか思えなくしたのはテメエ達じゃねえかよ」

 

 睨みつける。

 

 ツグオはさっきのように薄汚れた顔を紅潮させたりはせず、それどころか少しばかり青白くなった表情をそっと俺から逸らした。

 

「違う。違うんだ。俺達は、ただ……」

 

 我ながら嫌になる意地の悪さ。

 

 どうやら俺は自分で思っていたよりずっと、101のアイツの好意を台無しにするどころか、ジンさんやシズクやセイちゃんに血を吐くほどの苦悩を与える事になった大正義団に腹を立てていたらしい。

 

 そんなガキみたいな俺の肩に、ジンさんのゴツくて皺だらけの大きな手が置かれる。

 

「アキラ。ワシらのために、そこまで腹を立てんでもよい」

「ガキですからね、俺は。アタマに来たらそう言うし、その相手がこうして目の前にいたら、そりゃあもうネチネチと嫌味を言ってやりたくなるんです」

「銃を抜かずにいてくれている。それだけで大人じゃよ」

 

 本当は今すぐにでもこのツグオとトラックの運転席にいる俺と同年代の男を殺し、その足で豊橋にいる大正義団も皆殺しにしてやりたい。

 正直、それは俺の本心だ。

 

「秋までは、長いな……」

「すぐじゃよ。月日の流れは、驚くほどに早いものじゃ」

 

 次に届いたのはいくつかのポリタンクと、青い大きなプラスチック製の箱だった。

 ツグオがまたリヤカーを引いてトラックの荷台へ向かい、空になったポリタンクと箱を積んで戻ってくる。

 

「ジンさん」

「なんじゃ?」

 

 ジンさんを見上げるツグオの瞳は、なんというか不思議な色をしていた。

 

 どこかで見た覚えのある、真剣なだけではない眼差し。

 澄んでいる、とでも表現すればいいのか。

 それが胃ガンで死ぬ直前、病院のベッドの上で当時小学生だった俺に土を耕して生きる事の尊さを語った爺さんの瞳に似ていると思うのは、気のせいなのだろう。

 

「もう少し、もう少しなんだ。次の冬までには絶対に取り戻す。そしたら、俺達は……」

 

 ジンさんは何も言わない。

 ただ小さく頷いて、もう行けというように顎でトラックを示しただけ。

 

「やっぱり今から行きませんか、豊橋」

 

 リヤカーを置いて帰るツグオの背中を見ながら、そう問うてみる。

 

「よい」

「あんな目を見るの、嫌なんですよね。病気で死んだ爺さんを思い出しました」

「死ぬると決めたら男は楽なものじゃからの。残される方は、そう思って当然じゃ」

「だからこそ、助けられるヤツは助けたいんですよ」

「秋でよい」

「……了解」

 

 運転席に収まったツグオがエンジンをかけ、慣れた様子で何度かハンドルを切り返して走り去ってゆく。

 

「さて、仕事に戻ろうかの。あの様子では、駅前門からこちらに少しばかり人員を回した方がよいやもしれぬ」

「どういう事です?」

「助手席におったアキラの2つ下になるコージという少年は、大正義団で最も年若い少年での」

「はあ」

「あの少年は春先に顔を出した時、パワーアーマーを装備しておらんかった」

「ええっと」

 

 まさか……

 

「つまりあのバカ共、大正義団は最も若いコージにパワーアーマーを使わせるほど数を減らしておるという事じゃ」

「じゃ、じゃあ余計に今すぐ」

「いらぬ」

 

 そう短く言い放ったジンさんの横顔には、悪党のコンテナ小屋で新制帝国軍の兵士を斬り捨てた時よりも険しい、怒りのような感情が浮かんでいるように思えた。

 

 我が子を、惚れた女の妹を、手ずから剣を教えた弟子達を見殺しにする。

 これはそんな悲痛な覚悟なのか。

 

 いっそ俺だけで、今すぐ豊橋に向かって……

 

 行きはバイク。

 帰りは翌朝の8時なら8時と時間を決め、俺のマーカーの動きで合図を送ってミサキにファストトラベルで迎えに来てもらえばいい。

 

「アキラ」

「はい」

「お願いじゃ。バカ共に、少しだけ時間をくれてやって欲しい」

「……死ぬための時間ですか」

「違うのう。誇りを取り戻すための時間じゃ」

 

 絶対に取り戻す。

 

 ツグオは真剣な瞳でそう言った。

 その意味をジンさんが考えないはずがない。

 そしてその俺よりもずっと深く考えを尽くされた予想は、正確なはずだ。

 

「この北西橋に置く部隊を増やすなら、もう少し大きな休憩所を設置しときたい。いいですか?」

「手間でないなら頼もうかの」

「了解です」

 

 頷いたジンさんは背中を見せて歩き出してから手を振って、農地と放牧地の間に伸びる道を戻っていった。

 バイクで送ると出しかけた声を飲み込み、俺も階段を下りる。

 

 誰にだって独りになりたい時はあるものだ。

 

「アキラ」

「おう」

「お疲れ様」

「俺はなんもしてねえさ。シズクとセイちゃんを借りるぞ」

「うん。あたし達はミキの家に戻るね」

「あいよ。シズク、セイちゃん。ちょっとだけ待っててくれな」

「それは別にいいが、何をするつもりなんだ?」

「こっち側に割く人員を増やすらしいから、農地の手前に待機所を建てとこうと思ってさ」

「なるほど。アパートほど大きくなければ問題ないと思うぞ」

「あいよ」

 

 まず木製の小屋を配置し、内装を弄りながら使いやすく拡張してゆく。

 そうしながら、シズクとセイちゃんに俺の予想を話すべきか考えた。

 

 建物の中央に広いリビングと、簡単な料理くらいならできそうな調理場。

 その左右に男女別の仮眠室と水浴び場とトイレをクラフトし終えても、答えはまだ出ていない。

 

「どうしたもんかねえ……」

 

 数を減らした大正義団。

 その生き残りは死を覚悟した瞳で、『次の冬までには絶対に取り戻す』と言った。

 

 大正義団は、誰に何を奪われたというのか。

 

「誇り、かぁ」

 

 生き残る事より大切な誇りなんてあるのだろうか。

 

 もし俺が命を捨てるとしたら。

 そう考えてみると、可能性はただひとつ。

 嫁さん連中を助けるためだろう。

 

 俺の特技であるクラフトと無限収納を失うのは、小舟の里を含めた3つの街が創ろうとしている新しい共同体にとってかなりの痛手だろうが、そんなのはミサキのファストトラベルといくつかある車両でカバーできる。

 そしてその人を知る誰もが生きて帰る事を疑っていない101のアイツにも、俺達と同じようなチートがあるはず。

 

 自分なんて死んでもいいと言うつもりはないが、主人公組3人の中の誰かが犠牲にならなければならないとしたら、どう考えても俺が適任だろう。

 

「まるで宿舎だな。あいかわらず凝り性の旦那様だ」

「シズク。セイちゃんはどうした?」

「見張り台を補強してるよ。手持ちの鉄板を貼り付けてレーザーライフルの攻撃に備えるんだそうだ」

「そうか」

 

 短く言って目を逸らす。

 

 大正義団にはシズクの母親も参加している。

 そしてその大正義団はかなり数を減らしていて、そうなったのは何かを取り戻すために戦っているかららしい。

 

 ……言えるはずがない。

 

 俺の予想なんて、ただの心配性な男の戯言。

 その可能性は高いし、そうであって欲しいと心から思っている。

 

 だから言わなくていい。

 

 そう思うと同時に、逸らした視界いっぱいにシズクの整った顔がドアップで映った。

 

 キス。

 

「……ふう。ごちそうさまだ」

「そういうセリフは、男の俺が言うべきだと思うんだがな」

「アタシはこれでいいんだよ。なあ、アキラ」

「うん?」

 

 シズクが微笑む。

 そのまま優しく頬を撫でられたので反応を決めかねていると、シズクは俺を強く抱きしめた。

 

 ほんの少しだけ低い位置にある唇を通った吐息が耳にかかる。

 

「大丈夫だからな、アタシは。だから、お願いだからムチャだけはしてくれるな」

「バカ言うな。大丈夫なヤツは、こんなに震える息を吐かねえ」

「好きな男を抱いている時くらい、そうなってもいいじゃないか」

「せめて抱かれてる時にしてくれ。こうやって、な」

 

 抱きしめる。

 

 女にしては背が高く嫁さん連中の中では最も高身長で、胸も尻も誰よりも立派なシズク。

 吐息だけでなくその体も震えている事に気づかないフリをしながら、ただただ強く抱きしめた。

 

「大丈夫だ。オマエの母親は、俺が助け出す。少しだけ待ってろ」

「行かせるものか、バカ」

「それでも行くさ。そうしなきゃ、俺は男でいられなくなる」

「……男がどうだとか言い出すのは感心しないな。そういう事を言い出すと、男は好き勝手に生きて最後には自分の命を放り投げてしまう」

「俺は死なねえよ」

「アタシの父親もそう言っていたな。そして里を出てついに帰らず、それから母親は死に場所を求めるようになった」

「俺を誰だと思ってる。111の錬金術師、元軍人で英雄の主人公サマだぞ?」

 

 笑い声が耳朶を擽る。

 

「そんなにアタシを悪者にしたいのか」

「シズクならやってのけるさ。伝言と手紙を頼む」

「自分で伝えて渡せ、バカ」

「111の錬金術師はヒデエ臆病者でな。特に嫁さん連中が怖くて仕方ねえんだ」

「だったら」

 

 言いかけたシズクの唇を塞ぐ。

 もちろん、俺の唇で。

 

 さっきのような、唇に触れるだけのキスじゃない。

 貪るように舌を挿し込み、熱くて柔らかい口腔内で踊らせるキスだ。

 

「ふう。ごちそうさん」

「……バカ」

 

 シズクが落ち着くまで抱きしめながら頭を撫で、もう大丈夫だろうと確信してから出したばかりのソファーに座ってペンを走らせる。

 

 手紙は4通だ。

 

 1通は嫁さん連中に向けた手紙。

 いつもの心配性が出て突発的に豊橋へ向かうが心配はするなという内容と、ミサキのファストトラベルを使いたい時の連絡方法。

 

 1通はジンさんとマアサさんへ。

 すんませんが、お2人の息子を数発殴ってきますと。

 

 1通はタイチとクニオとヤマトへ。

 すまないが1日か2日だけ時間をくれと。戻ったら梁山泊で、しこたま酒を奢るから許せと。

 

 最後はウルフギャングへ。

 それを書き終えるには少しばかり時間がかかった。

 内容が内容だけに。

 

 


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