三脚の悪魔   作:アプール

8 / 33
第8話

(あ~あ~行っちゃったよ)

 

俺はジャングルの奥に入って行く人間を見送りながら内心でそう呟く。

ガノトトスを倒した時の歓喜から一変、今の俺の気持ちは最悪だ。

 

(クソッ! 一生の不覚だ。まさかあんな近くに人間がいるのに気づけなかったとは)

 

俺は己の失態を罵倒する。

間違いなく、俺の姿は人間に見られただろう。

こんな身体だ。間違いなくギルドは俺を討伐するために討伐隊を送り込んでくるだろう。

そうなれば、俺は人間と戦うことになる。

今はこんな身体になったとはいえ、一週間前までは人間だったのだ。平和な日本に住んでいた俺は人を殺すどころか怪我をさせた経験も殆ど無い。いやまあ、あったらあったで大変なことになるが。

 

(ええい! 今そんな事を考えてももう遅い! どうせ何時かはこうなる事になることは分っていたんだ! 来るなら来い!!)

 

俺はヤケクソ気味に内心でそう叫ぶと、ガノトトスを浜辺に降ろすために歩き出す。

浜辺に到着した俺は、ガノトトスを乱暴に降ろすと、これまた乱暴に触手を突き立てる。

(はぁ、イライラしてもしょうがないな。ガノトトスでも飲んでリラックスしよう)

 

そう思い、俺は気持ちを落ち着かせるために新鮮なガノトトスの生血を吸い上げる。

ジュルジュルと音を鳴らしながら、生血は触手を通して俺の体内へと入っていく。

 

(……そういえば、別に無理して狩らなくても良かったような気が……)

 

俺はガノトトスの生血を吸い上げながらそう考える。

あの時は頭に血が上って冷静な判断が出来なかったが、俺にはシールドがある。

寝ている時でもシールドを張っておけばガノトトスの攻撃は防げたはずだ。その度に起こされるのは確かに嫌だが、夜襲をしてきたガノトトスの攻撃をシールドで防ぎながら光線兵器をチャージし、ガノトトス目掛けて放てばそれで済む話なのだ。

なのにあの時の俺ときたら、そんな事も思いつくことさえ出来ず、触手を振り回すという原始的な攻撃方法を繰り返していた。

無様だ。ああ、無様だ。

相手が知能の無いガノトトスだったからこそ勝てたが、これが知的動物である人間だったらそうもいかん。攻撃パターンをやすやすと見破られるだろう。

 

(……もう二度とこんな過ちは繰り返さん。今度から大型モンスターは光線兵器で倒していこう)

 

まあ餌として狩るときは例外だが、と内心付け加えて俺は生血を吸い上げるのに専念する。

しかし、流石は大型モンスターだけあって血の量も半端じゃないな。こんなに吸えるのだろうか?

そんな事を思いながら俺は黙々とガノトトスの生血を吸い上げる。

そのまま俺は5分間生血を吸い上げていたが、流石に1本の触手だけではこれ程の量を吸い上げるには時間がかかるので全ての触手を動員し、再度生血を吸い上げにかかる。

そして20分後、ようやく俺はガノトトスの生血を全て吸い上げる事に成功した。

 

(あれ程の量の生血が入るとはな。流石は火星の技術力、とでも言っておくか)

 

内心でゲップ、と言いながら俺は遥か彼方の火星人に対し賞賛の意を述べた。まさか火星人も家畜対象である人間に賞賛されるとは思っても見なかったであろう。

(さてはて、これからどうしようかねぇ……)

 

生血を吸い上げた俺は、これからの事のついて考えていた。

人間に見つかったからには、討伐隊が送られる事は目に見えている。

こんな巨体だ。俺は直に見つかってしまうだろう。

となれば、必然的に俺は人間と戦う事になる。

今はこんな姿とはいえ、ほんの一週間前までは俺は人間だったんだ。人間と戦うには後ろめたさがある。

まあ、こんな事思っても人間側は容赦はしてくれんだろうし、ウジウジ考えても無駄な事だろう。それでも元人間だった俺には人間の道徳観がある。簡単には納得できん。

ようするに、俺はまだ人間とは戦いたくない。何れは戦う時が来るだろうという事は俺にも理解できているが、今はまだ覚悟が出来ていない。覚悟が出来るまでは、なるべく無用な接触は避けたい。

となれば、案は次第に決まってくる。

 

――テロス密林から脱出すればいいのだ。

 

テロス密林は初心者ハンター達の練習場や、時には一般人も立ち入る事があるため、道路の舗装などが良く整備されている。必然的に、討伐隊の派遣もスムーズに行う事が出来る。

対して、火山や砂漠などは中級者、または上級者用の地形のため人通りが少なく、道路の整備もそこまで良いものではない。即ち、送られてくる討伐隊の人数を減らす事が出来るのだ。

人数を減らす事は、戦略上大きな意味を持つ。それだけ俺は楽に戦えるのだ。まあ、今はまだ戦わんがな。覚悟が出来るまでは人間が到底入り込めないような場所で生活する事になるだろう。

しかし、それにはいくつかの問題もある。

 

(そうは言っても、俺、砂漠や火山の場所なんか知らねえ)

 

それである。

俺は地形ならば何とか分るが、それが何処にあるのかは知らない。どんなに良い場所があると知っていてもその場所が分らなければ宝のもち腐れに過ぎない。

だが、不幸中の幸いに俺の身体はこの状況を打破できる物が装備されている。

 

――熱探知機だ。

 

熱探知機があれば熱反応によって人間の居所が分る。逆に言えば、人間の熱反応が無い所にいけば、必然的に人間が余り来れない、または到達できない場所に出れる。

そこが砂漠か火山か樹海かが分らないだけの話。モンスターも居るだろうと思うがそんな物は大した障害にはならない。俺にはシールドと光線兵器があるのだ。逆にこっちが殲滅させてやる。

そうと決まれば早速行動に移りたいところだが、さっき見たとおりこの辺りには人間がうろついている。そして厄介な事にその反応はさっき見た人間だけでなく、複数ある。おおよそ斥候隊のような物だろう。

となれば、今行動を起こせば相手の思う壺だ。俺の巨体では易々と発見されてしまうだろう。

 

(ま、それは陸での話しだがな)

 

そう思いながら俺は振り向き、脚を海の方角へと進める。

海は人間にとって弱点の一つだ。

余程済んでいない限り、海中は視界が悪く、俺の巨体でも発見は難しい。

さらに、地球では潜水艦などの兵器があるがモンスターハンターの世界にはそんな便利な物は無い。精々木造の帆船位なものだ。中には水中戦が可能なハンターもいるようだが、人間には構造上酸素が必要だ。

さらに戦闘には大量の酸素が必要とされているので、潜水時間は持って5分ぐらいしかない。それに対し、俺は酸素なんて物は必要ない。海中では俺が圧倒的に有利だ。

つまり、海中には人間など滅多に居ないため、海中では安全に行動をすることが出来るのだ。

しかし、目的地に移動するためには海の中を移動するだけではたどり着けない。それに血液を得るために陸に上がる事にもなるだろうし、第一、目的地は陸の奥にある。あくまでも、海中だけは安全が保障されていると言う事だけだ。

それでも、現状では有難い。なにせテロス密林は完全に人間に見張られているからな。また何時人間に接触するか分ったもんじゃない。

そんな事を思いながら、俺は脚を動かしズブズブと海の中に入っていく。

そして、もう少しで身体全体が海中に入るだろうという時に、俺は再び顔を振り向けた。

そこに映るのは、何時もと変わらない様子の淡々としたジャングルの姿。

 

――思い起こせば、何とも密度の高い一週間だった。

 

ここで生まれた俺は、何をすればいいのか分らず、ただがむしゃらに生きてきた。

人目を避けるために海中で寝、生きるためにアプトノスを殺しその生血を吸い上げた。

最初は人肌が恋しく、涙は出ないが何度か心で涙を溢した事もあった。

しかし、一週間も経つと、慣れたのか、はたまた俺の心がトライポッドに影響され始めたのか分らないが、徐々に涙を溢す事も無くなった。

この様子に、まるで山月記の李徴にでもなったような気分だと思い苦笑いをしたものだ。

そして、今。俺は一週間ではあるが生まれ育ったこの故郷を離れようとしている。

その事実に、何となく俺は心寂しく思ってしまう。

だが、この地に居ては何れ討伐隊がやって来る。長居は出来ないのだ。

俺は生まれ故郷を目に焼き付けようとじっとテロス密林を見つめ、そして――

 

(さよなら、母なる大地よ)

 

――ヴォオオオオォォッ

 

故郷に別れの挨拶をした俺は、再び海に振り直り、海中へと入っていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。