三脚の悪魔   作:アプール

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第7話

 カルパントラから出発した調査団は、途中ランポスの群れに遭遇したというハプニングがあったがそれ以外は特に何もなく、無事にテロス密林に設置されているベースキャンプへと到着した。

 

「あ~久々のベットだ~」

 

 気の抜けたような声を上げながら、割り当てられたテントに設置されている簡易ベットに寝転ぶカロン。

それをみてカイザーが呆れた声を出す。

 

「情けないな、2日間馬車に揺られていただけじゃないか」

 

「俺はお前みたいな体力は無いからな。それにランポスも襲ってきただろ」

 

「はっ、たかが15匹程度で何を言ってる」

 

笑い飛ばしながらそう言うカイザーに、カロンは「この体力馬鹿が…」と呟く。

 

「しかし、妙な所でランポスが出たものだな。あそこは確かランポスは生息していない地区だった筈だが……」

 

荷物を片付け終わったセシールが神妙な顔をして言う。

 

「ああ、それは俺も疑問に思っていた所だ。あの地区にはアプトノスが極少数生息しているだけだ。他の地区に行けばもっと沢山の獲物が居るはずなのに、何故あんな所にランポスが?」

 

「考えられる理由は、2つあります」

 

カロンの疑問に、ベルが答えるように言う。

 

「まず1つは、これまでの地区に居た獲物を狩り尽くしたか。しかし、この短時間であれほどの数の獲物が狩り尽くされる事はまずありえません。もう1つは……」

 

「例の新種から逃げてきた、か……」

カイザーが呟くようにそう言う。

「はい。ランポスも超大型モンスターの前では餌でしかありませんから」

 

「ちっ、思ってより厄介な事になっているな。これじゃあテロス密林の生態系が崩れてしまうぞ。」

 

舌打ちをし、鬱積したような顔をしながら重々しい口調でカイザーは言う。

生態系が崩れれば一体どれだけの被害が出るか。

少なくとも、テロス密林での狩りは新種のせいで大きく制限されるだろう。また、新種によってこれまでの住処を追い出された従来のモンスターによる被害もかなりの数に上るだろう。

特に、テロス密林に近い位置にあるカルパントラには少なくない被害が出ることが推測される。不味いことに、カルパントラは金融都市だ。商隊などが襲われたら品物の搬入が滞り、結果として国全体の経済に悪影響を及ぼすことになる。

超大型モンスターはそこで生活をするだけで、それだけの被害を出すのだ。

それだけに、ギルドは被害を最小限に食い留めるべく、新種の討伐に躍起になっているのだ。

「ま、今そんな事を考えても仕方がない。明日は早いんだ。さっさと飯食って寝ようぜ。俺もう腹減って」

 

「お前は……はぁ、もういいや。俺も腹減ってるからな。食事を受け取りにいこうぜ」

 

カイザーがそう言いながらテントから出る。それに続いて3人もテントから出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝、朝食を素早く済ませた第3調査団は、4人をベースキャンプに残し、残りの3人は、4人のハンターに周りを囲まれながら、まずは捜査範囲に入っていた新種が目撃された場所に移動を開始した。。

周囲は木々に覆われている上、朝早くから移動を開始したため辺りは薄暗く、足元も悪いため調査団の中からは転倒者が続出しているが、ハンターの4人は慣れた足取りで密林の中を歩いている。

4人はカルパントラ出身のためテロス密林に狩りにいく場合が多く、この地区は庭みたいなものだった。

「……ん? あそこ、木が倒れているぞ」

 

検索開始から2時間。そろそろ集中力に怠りが見られる頃に、カロンが指を指しながらそう言う。

それに対し全員が釣られるように指を指す方角に顔を向けた。

 

「ふうむ、確かに木が倒れておるな。それにあの倒れ方は自然界ではまずありえん。おい、確か新種が発見された場所はこの辺りだったよな?」

 

第3調査団の隊長である白髭を生やした男性が周囲に問う。

 

「はい、事前に説明された情報では確かこの辺りだったと……」

 

「では向こうに何か手がかりがあるかも知れんな。よし、全員あそこに向かうぞ」

 

リーダーの言葉に従い、調査団は進路を変更し倒れている木の方角に向かう。すると――

 

「……うわぁ」

 

「な、何だ……これは……」

 

数名が掠れた声を上げたあと、全員が言葉を失った。

そこには直径40メートルほどの巨大な穴が開いていた。その穴を中心に木々が倒れている。

そしてなにより、深さが尋常じゃないほど深い。文字通り底が見えないのだ。

 

「……なるほど。確かに、情報通りだ。新種の全高が50メートルなんて正直半信半疑だったが、これを見て確信した」

 

遠い目をして隊長が言う。彼は正直その情報をあまり信用していなかった。精々15メートルあるかないかと推測していたが、その定説は早くも崩れ去った。

 

「それにしても、一体何メートルあるんだ? 底が見えんぞ」

 

「さあな。少なくともエリサが言っていた通り、50メートルはあるんじゃねえの?」

 

目の前の惨状に思わず呟いたカロンにカイザーが答える。

 

「隊長、向こうの方角に木々が連続で倒れています。恐らく新種はあの方角に向かったのではないのでしょうか」

 

調査団の一人が指を指しながら言う。

見ると、確かにその方角だけ木々が連続で倒れている。さらには足跡らしき窪みも確認できた。

 

「ふむ、確かに足跡もついておるし、新種がこの方角に行ったのは間違いないな」

 

「しかし、見たところこの足跡は数日が経過しているようですが?」

 

「それでもあても無くテロス密林を歩き回るよりかはマシだ。それに新種は報告にあった通り超大型モンスターだ。足跡を辿れば必ず見つけられる」

 

隊長がそう言い、出発するぞ。と言いかけたその時――

 

――グガオォアアァアァアアッ!!?

 

咆哮。否、絶叫が響き渡った。

 

「っ! 全員一箇所に集まれ!!」

 

絶叫に反応したカロンは調査団に集まるよう指示した。それに従い調査団は一箇所に集まり、ハンター4人はそれを囲むように陣形を作る。

ハンター4人はモンスターの襲撃に備えるため、己の武器を構える。

 

テロス密林に、しばしの静粛が訪れた。

 

「……おい、何か変じゃないか?」

 

様子がおかしいと感じたのか、カイザーが言葉を発する。

そしていかにも同意するといった顔をしたカロンが答えた。

 

「ああ、あの声は確かガノトトスの声だ。だが、ガノトトスは咆哮は滅多にしない筈だ。いや、さっきのは咆哮と言うよりむしろ――」

 

「悲鳴、かね?」

 

カロンの言葉を遮り隊長が言った。

 

「ええ、そうです。なぜ分ったんです?」

 

「なに、私も若い頃はハンターとして生活を送っていたんだ。無論ガノトトスとの経験もある。」

 

隊長の言葉にハンター一同は『ほぅ』という顔をする。

 

「私の経験上、ガノトトスはそれ程大きな声で鳴かない筈なんだ。鳴くとすれば、余程の痛みを受けた時――すなわち悲鳴だ。これを推測するに、今ガノトトスは何者かに襲われている、という事だろう。」

 

「しかし、今の時期にわざわざガノトトスを攻撃するモンスターはいないと思いますが」

 

疑問に思ったセシールが隊長に問う。

ガノトトスは水竜のため海中にいる時間が長く、陸地に出るときは狩りをする時だけだ。他のモンスターがガノトトスを攻撃できる方法は、ブレスしか無い。しかし、ブレスが出来るのはテロス密林では飛竜種だけだ。その飛竜種は今の所確認されていない。つまり、ガノトトスを攻撃できるモンスターは今は存在しない事になる。

 

「いや、いる可能性はある」

 

しかし、隊長はそれを不定した。

 

「まさか、新種か……」

「ああ、そうだ。それしか考えられんよ」

 

「だとしたら、これはチャンスでは」

 

カロンが嬉々した声で言う。

 

「そうだ。このチャンスをみすみす見逃すわけにはいかない。全員海岸へ急ぐぞ。」

 

隊長がそう言い周りを急かしながら走る。

そんな元気な隊長に呆気に取られつつも調査団は隊長の後を追う。

「ちょ、ちょっと隊長さん! 一人では危険ですよ!!」

 

全力疾走しながらカロンが叫ぶ。

隊長の足は初老とは思えないほど速く、中々追いつけない。

当の本人はいきいきとした顔で走りまくっている。

 

「ええいクソッ! セシール! お前は先に行って隊長さんの護衛を頼む! 残りは俺たちが引き受けた!!」

 

「心得た!!」

 

4人の中で一番早いセシールに向けてカロンが言うと、セシールは一際大きな声で返事をし、隊長よりも速い速度で駆け抜けていった。

 

「……相変わらず速いな」

 

走る速度を落としながら、呟くようにカイザーが言う。

 

「お姉ちゃんは速度が自分の自慢だと何時も言っていますからね」

 

誇らしげにベルが言うが、「まあ超大型モンスター戦にはそれほど重要ではありませんが」と付け加える。

 

「お、隊長とセシールの姿が見えてきたぞ」

 

カイザーとベルが話し合っているうちに、カロンは目の前に止まって何かを見ている隊長とセシールを見つけた。

 

「何かを見ているようだが、もしかして見つけたのか?」

 

カイザーの言葉に、カロンは「さあな」と答えながら全員に走るなと命じた。

そしてそこからはなるべく音を立てないよう、慎重に歩きながら隊長とセシールがいる所に向かった。

 

「おい、一体どうした……ん……」

 

カロンはセシールに何が起きたのかを説明してもらおうと話しかけたが、言葉は続かなかった。

カロンは目を見開きながら、口をだらしなくポカンと開けている。

後続にいる2人のハンターや調査団も、驚きに染まった顔をする。

 

「な……何だ、アレは……」

 

目の前の光景に震えた声でカイザーが呟く。いつも自信満々の姿をしているカイザーにはあるまじき姿に、カロンたちが見れば非常に驚いただろうが、当の本人達も余裕が一切無いため何の反応も出来なかった。

調査団の目の前には、銀色に輝く『何か』が蠢いている。その『何か』はひし形状の甲羅のような物を被っており、脚は3本ある。見た所全高は20メートルはありそうだが、まだ沖にいるところを見るとまだ全貌ではないという事が分る。間違いなく報告にあった新種だ。

それだけならばまだ新種だという事だけで済むだろう。しかし、その新種は何かを抱きかかえている。

その抱きかかえている物は、『ガノトトス』だ。さらにガノトトスの頭には何かが突き刺さっている。よくみるとそれは触手のような形をしており、さらにそれは新種の身体に連結している。

ガノトトスはピクピクと痙攣をしているが、動く様子は全く無い。つまり、ガノトトスはあの銀色に輝く新種によって倒されたと言うことだ。

 

――何という事だ。あいつは海の中に潜れることが出来たのか

 

隊長を追いかけていたためあの光景を早く見たセシールは、カロンたちよりも硬直が早く解け、そして自分が予想していた事よりもさらに悪い事になっていることに内心で舌打ちをしていた。

新種の身体には海草が付着している。さらに新種は沖の方におり、全身水に濡れている事が確認できる。

そのような事から、セシールは新種に潜水能力有りと判断したのだ。

 

(あんなのが海の中からカルパントラを襲う事を想像すると、ゾッとするな)

 

彼女が今一番危機していることは、それである。

海という地理的条件により、どうしても港は防御力が弱くなる。そこに付け込まれ街中に侵入を許せば、町はその長い脚によって蹴り倒され、守備兵は成す術も無くその触手により振り飛ばされる。そして、多数の民間人が犠牲になるだろう。

そんな事が起これば、新時代始まって以来の大事件として歴史に記入されることになる。

セシールがそんな事を考えていたその時――

 

――ヴォオオオオオオォォォッッ!!!

 

新種の咆哮が海岸に響き渡った。

その咆哮は、4人のハンターは愚か実戦経験が豊富な隊長でさえ、聴いた事の無い咆哮だった。

これまでのモンスターの咆哮は、非常に煩く、さらには恐れや恐怖といった本能的に訴えるような咆哮だった。

しかし、新種の咆哮は違う。――不気味なのだ。

声量は遠い事もあるだろうが、それほど大きくは無い。しかし、その音色は夜中に廃墟の病院を捜索するような、何とも不気味な感覚が全身を駆け巡るのだ。

 

――ォォォォォオオン

腹に響き渡るような重低音を空中に残しながら、新種の咆哮は終った。

 

「な、何だ今の咆哮は……」

 

これまでの咆哮とは違う種類の咆哮に、カロンは呆然気味にそう呟いた。

 

「さあな。クソッ、鳥肌が立ちまくっているぜ」

 

右腕の防具を外し、左手で擦りながらカイザーは忌々しげに言う。

 

「あっ! 見てください! 新種に動きが!!」

 

 ベルの言葉に全員が新種に顔を向ける。確かに動きはある。しかし……

 

「あいつ、触手を出して一体何をする気だ?」

 

新種の不可解な行動にカロンは首を傾げる。

「ガノトトスを食べるんじゃないか?」

 

カロンの言葉にカイザーが答える。

 

「でもよ、アイツに口らしき物が見当たらねえんだ」

 

「何?」

 

カロンに言われてカイザーは新種の顔らしき部分を見る。すると、確かに目はあるが口は無い。それどころか鼻すらないのだ。

 

「おいおい、あれじゃあ食事どころか呼吸すら出来ないだろう。一体どうなってやがんだアイツは」

 

これまでのモンスターとは全く形状が違うことに、カイザーはもう驚き疲れたというような顔で言う。

 

「ん? あの触手に何か付いてるな。見たところガラスのようなものだが……」

 

持ってきた望遠鏡を覗きながら隊長はそう言う。

 

と、その時。新種が調査団がいる方角に顔を向けた。さらにその新種はまるで調査団を擬視するかのように顔を少し下げ、光る3つの目でジッと見つめている。

 

「お、おい。もしかして見つかったんじゃ……」

 

新種の目が発する光を浴びながらカロンがそう言う。

内心では、「そんな馬鹿な」と思っていたが、現状ではそうとしか思えない光景が広がっている。

 

「う、うむ。確かに私も少々悪い予感がする。ここはさっさと撤退しよう」

 

カロンの言葉に反応した隊長が、撤退命令を下す。

それに従い、調査団はカイザーとセシールを殿に任せ、撤退を開始した。

そしてカイザーとセシールは調査団が密林の奥の方に入ったと確認すると、その場に佇んでいる新種を横目に見ながら撤退を開始した。

 

 


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