三脚の悪魔   作:アプール

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第4話

薄汚れた海の中に光が差し込み、その眩しさで俺は目を覚ました。

(はぁ、夢じゃなかったか)

 

淡い気持ちで俺は夢オチを期待していたが、現実は非常であった。

目線を下げると普段見慣れた人間の腕や胴体は見当たらず、変わりに細長い脚と数本の触手が目に映った。

それと同時に、俺はまたため息をする動作をした。こんな姿宇宙戦争を知っている人が見たらシュールとしか言えないような光景だ。

 

(……腹減った)

だんだんと目が覚めてくると、俺は腹が減っていることに気が付いた。その瞬間、推測が確信に変わった。

この身体は紛れも無い生き物だ。そして生き物ならば当然の事だが食事が必要となってくる。

しかしこの身体には口が存在しない。その代わり触手に格納されている槍から液体を飲むことが出来る。恐らくこれがこの身体の『口』だ。

そして原作から推測するに俺の食料は――人間だ。

まあ正確には人間の生血だがな。触手の口を獲物に刺しこみそこから生血を吸うのだ。元人間の俺にはゾッとする話だ。

 

だが、吸わねば俺は餓死するだろう。それに、もしかしたら人間以外の生物でも代わりが効くかも知れん。

どちらにせよ、海中から出て獲物を探そう。本当なら海中からはあまり出たくないんだが海中では獲物が取れん。魚という手もあるが魚はすばしっこくて捕まえにくい割にはサイズは小さく生血も大した量はとれない。効率が悪いのだ。

これでは十分な生血を得られぬまま餓死してしまう可能性がある。それならば多少リスクがあるが外に出て動物を捕まえた方がまだ良い。

そう結論付けた俺は寝てる間に横になっていた身体を起こし、地上の様子を探るため一本の触手を海面に向けて伸ばした。

トライポッドの触手は先端が槍になり口にもなる攻撃タイプと先端がレンズになる偵察タイプに分かれている。偵察タイプの触手は主に家や地下室に逃げた人間を探すための物だが正直でかすぎて人間に感づかれてしまい効果は薄いと思う。

 

しかしこういった場合なら役に立つ代物だ。なにしろ俺の身体はでかい。迂闊に海面に出るのは危険だ。

俺は触手からレンズを取り出す。こういった作業は人間には勿論だがあるわけないため最初は取り出すのに悪戦苦闘するかと思われたが何故かすんなり出来た。

理由は俺にも分らない。どうやって出来たのかも分らない。言葉で表すのは難しいが多分『感覚』で出来たのだろう。因みに槍の部分を出すのも感覚で出来た。

余談は置いといて、早速取り出したレンズの部分を海面に出し、海岸付近を映した。

そして頭の中でレンズの中に入っているカメラらしき物を作動するように念ずる。すると、頭の中でテレビの分割表示のように海岸の風景が映し出された。どんな原理で映し出されているが分らんが、これも感覚としか言いようが無い。

 

レンズから映し出された光景は東南アジアにある大自然の海岸のような光景だった。前には浜辺がありその後ろにはジャングルが生い茂っている。見たところ人はいない様子だ。

しかし、もしかしたら奥のジャングルにいるかもしれない。そう考えた俺はレンズを『ノーマルモード』から『熱探知モード』に変えた。

俺の身体に内蔵されている熱探知機は高性能を誇り、100キロメートル離れていても特定の熱を探知できる優れもの。さらに一度捕らえた熱反応は種類別に記録され一瞬で見分けつけることが出来る。

流石は火星の技術で作られた兵器だ。地球のと比べると性能が天と地ほど違う。

その高性能熱探知で俺はジャングルを見渡した。すると周囲一体のジャングルの中から多数の熱反応が探知された。しかし、その中には人間の熱反応は探知されなかった。恐らくこの熱反応は野生動物のものだろう。

何故人間のデータが記録されているのかと言うと、多分人類を根絶やしにするための兵器だったから基本的なデータは既にインプットされていたからだろう。多分。

まあ何にせよ、とりあえずは安全は確認できた。さっさと獲物を捕まえよう。

そう思い俺は海から出て、近くに群れている熱反応の方角へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

(……一体これはどういうことだ)

 

俺は目の前にいる生物に対してそう呟いた。

あの後無事に熱反応の群生に到達したのは良かったが、その群生の姿を見て唖然とした。

その生物は草食恐竜の姿に似ており、背中は白黒で後頭部には出っ張りがあり、尻尾には複数の斧のような物が生えている。

一見したらこの世界は白亜紀のように見えるが違う。俺はコイツを知っている。

日本で大ブームを引き起こしたカプコンのゲーム『モンスターハンター』 そして俺の目の前にいるのはそのゲームに出てくるモンスター『アプトノス』

ゲームであるモンスターハンターの中でしか存在しなかったアプトノスが今、俺の目の前にいる。つまり、俺はモンスターハンターの世界にいるということになる。

俺がそう思っていると、6頭のアプトノスたちは俺の巨体に怖気ついたのか、一斉に背を翻し遁走を開始した。

 

それを見た俺は逃がすものかとアプトノスを追いかける。

アプトノスはよく逃げた。しかし、脚の長さが圧倒的に違うので俺は直に追いついた。木々を薙ぎ倒しながら追いかけている全高数十メートルの俺の姿はアプトノスにとっては恐怖しかないだろう。

俺は6頭のうち3頭のアプトノスに向けて触手を伸ばし、胴体に絡ませる。恐怖によって動きが単調だったため捕らえるのは容易い事だ。

アプトノスは食われたくない一心でジタバタと身を捩じらせるが、俺の触手はアプトノスをしっかりと捕まえておりビクともしない。

そして俺は空いている触手に槍を出しその先端を3頭のアプトノスに向け。

 

(……せめてもの情けだ、一瞬で死なせてやる)

 

――脳天へと突き刺した。

 

 

 

 

 

ビチャビチャっと、生理的に嫌悪感を引き起こすような音と共に、液体が地面に零れ落ちる音が周りに響き渡る。

 

(うへぇ……脳味噌が飛び散ってるよ)

 

俺の目の前には触手の槍が頭に深々と突き刺さり、その衝撃で脳味噌を辺りに撒き散らしながら事切れているアプトノスがいる。

一般人が見たら間違いなく気持ち悪くなり吐く光景だが、何故か俺にはそういった事はおきなかった。

まあ、俺はもう人間ではないのだ。人間基準で事を考えるのがおかしい。

さて、後はアプトノスの生血を頂くだけだ。

俺は脳に突き刺さっている槍に付いている吸飲口から血を吸い上げる作業に入った。

グチュリ、という音と共に槍の部分から生血が吸い上げられ触手に内蔵しているホースを赤く染めながら俺の体内へと入っていった。吸飲は無事に成功したようだ。

 

(うむ、腹の減りが収まってきたな)

 

生血を吸飲したことによって俺の空腹は収まってきたと感じられた。ただ、固形物ではないので食べたと言うより水を飲んだという感覚で、とても食事をしたという感覚にはならない。舌が無いので味が感じられないのも要因の一つだ。

……まあ、血の味なんて味わいたくないのでこの点に関しては一長一短だろう。

 

(しかし、ここがモンスターハンターの世界だったとは……)

 

食事を終えた俺は生血を吸われ、ミイラと化しているアプトノスの死骸を見ながら考える。

アプトノスがいるという事はここは間違いなくモンスターハンターの世界だ。

モンスターハンターはその名前の通り、数多くの種類のモンスターをハンターと呼ばれる人間が討伐するといったゲームだ。

自然、モンスターは人間と敵対しているし、人間もモンスターと敵対している。

俺は自分の身体を見る。

 

トライポッドだ。

 

何処をどう見てもトライポッドだ。

 

モンスターハンターの世界に宇宙戦争なんて物語は存在しない。したがって、人間達は俺の事をモンスターと認識する。

つまり、俺は全人類の敵だ。

……まあ、元々トライポッドは人類を根絶やしにするための兵器。妥当と言えば妥当だ。

何にせよ、この巨体ではどれだけ隠れられるか分らない。何時かは腹を括る時がやってくる。

ハンターは俺を殺す気でやってくる。ならば――俺も殺す気でやらなければならん。

幸いモンスターハンターの人類の科学力はそこまで高くない。それに対し俺は強力な光線兵器を保有している。正直勝負にならん。

だが、俺は元人間だ。人間を殺せる勇気があるのか?

 答えは『分らない』だ。

アプトノスのように何の反応も起こさずただ淡々と殺し尽くすか。それとも元同胞を殺したことによる罪悪感で狂うか。殺してみなければ分らない。

 

(……できれば、殺したくはないんだがな)

 

アプトノスの死骸を見ながら俺は、切実にそう思った。

 

 

 


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