三脚の悪魔   作:アプール

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(=゚ω゚)ノ ---===≡≡≡ [更新]シュッ!


第33話

 

 

 その日の空は、晴天であった。

 空は青々と優雅で広大に広がり、時々純白でふわふわとした雲が漂っている。

 太陽の光を遮るモノは無く、その身を優しく包み込むぽかぽかとした光が降り注いでいる。

 そしてその暖かな光を横切り、赤い光線が迸る。

 重々しい炸裂音が空中に伝導し、空気を振るわせる。

 それに合わせて煤けた黒煙がもくもくと上がり、優雅な青い空を黒へと染め上げていった。

 

 視点を空から大地へ変えると、そこには町が存在していた。

 2階から3階建ての石作り建物が立ち並んでいる。中には教会と思われる一際大きな建物も存在し、そして当然ギルド支部の建物も存在している。

 しかし、カルパンドラといった巨大都市の眺望は無く、規模的には中都市といった表現が似合うであろう規模であった。

 そして視線を北東に向けると、そこにはこれまた中規模な港が存在していた。

 数は少ないが港には倉庫が存在し、そして船着場が何本も伸びている。

規模はお世辞にも大規模とは見えなくとも、その姿は十分経済活動に貢献していると言えよう。

 

―――平時での、話であるが。

 

 行きかう人々で賑わっていると予想されるその町一番の街道には、人っ子一人も居ない。

 変わりにその街道を埋め尽くしているのは、瓦礫、瓦礫、そして衣服。

 建物がまるで何かに薙ぎ倒されたかのようにその身を巻き散らかし、瓦礫が街道のいたるところに散乱している。

 テーブルの脚の何本かが折れ板の部分が傾斜になり、椅子が真っ二つになりながら外の空気に身を晒している。

 中には調理用の油に引火したのか、炎上しながら倒壊を続けている建物も存在している。

 そしてその瓦礫に混じり、裂けている衣服がまるで雪のように空から振り、倒壊し建物の上や街道、木々の枝に引っかかる。

 その町の普段の姿を知っている者からすれば、現在の光景は文字道り目を疑うような光景であろう。

 どれだけ想像豊かな人でさえ、この光景を映し出すことは困難だ。

 それほど、異質で地獄のような光景であった。

 

「ぁっ……ぐうッ……」

 

 倒壊した建物の瓦礫が下から何かに押されたかのように不自然に盛り上がり、そして周囲に飛び散った。

 中から出てきたのは、外見からして10歳後半ぐらいの少年であった。

 その顔は薄黒く汚れ、頭からは血を流している。着ている衣服はあちこちが破け服としての機能は完全に失われていた。

 

「ハァッ……ハァ……」

 

 少年は瓦礫の中から這い出ると、膝を地に着け土下座のような格好をし、荒い呼吸を繰り返した。

 肩が上下に激しく動作し、体力の消耗がどれだけ凄まじかったのかを物語っている。

 

「ハァッ……いったい……何が……っ?」

 

 今だ途切れぬ息切れの中、少年は湧き出てくる疑問を呟いた。

 もちろん、その呟きに返ってくる声はない。

 風が吹き瓦礫が転がり地面に擦れる音や、時折何かが爆発する音が聞こえるだけだ。

 極度な疲労感を感じながら、若い男はこれまでの経緯を振り返ってみた。

 

 

―――ギルドから緊急の避難勧告が出され、訳もわからぬまま家族と共に村を脱出した事。

 

 

―――避難船に乗る為にこの港町へと訪れた事。

 

 

―――そして、見た事もない巨大なモンスターに襲われた事。

 

 

「――っ! 父さんッ! 母さんッ!?」

 

 そこまで思い出した少年は、弾かれたかの様に声を吐き出し始めた。

 それまでの疲労感が塵のように消し飛んだかのように立ち上がり、首を狂ったかのように回し周囲を見渡す。

 しかし、周囲にあるのは半壊した建物や街道に散らばる瓦礫、破れた衣服のみ。

 そこには先程まで一緒にいた父と母の姿など無かった。

 

「そんなっ……」

 

 返答がない。もしかしたら最悪の事態が起こったのかもしれない。

 認めたくない。しかし実際に父と母は居ない―――

 

 少年の身体からは冷汗が滝のように流れ、その顔は血の気を失っていた。

 フラフラとした足取りで立ち上がり、ゾンビのような格好になりながらその足を進める。

 時折「父さん……母さん……」と虚ろな呟き声を発しながら歩き続ける。

 しかし、続けと続けど光景は変わらない。半壊した街があり、瓦礫と衣服が散乱している異様な地獄が広がっているばかりであった。

 

 そうして当ても無く歩き続けていると、少年の耳に音が届いた。

 何やら騒いでいる、人間の声であった。

 

 ―――もしかしたら、そこに父さんと母さんがいるかもしれない。

 

 そのような希望を抱いた少年は、その騒ぎのする場所に向かって足を向ける。

 と、途端に足をもつれさせ転倒する。

 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。疲労によるものだった。

 自力では埒が明かないと少年は周囲を見渡し、そして丁度良い木の棒を見つけそこまで這いずり、木の棒を手に取る。

 そしてその木の棒を杖代わりにするように地面に置き、腕力で強引に身体を立ち上がらせた。

 そのままの状態で、少年は木の棒を軸にヨロヨロとした足取りで再び騒ぎのする場所へと向かったのであった。

 

(父さん、母さん、どうか無事でいてくれっ!)

 

 藁にも縋るような気持ちでそう願いながら、少年は近づく。

 そして、近づくにつれて騒ぎの音が鮮明になった。

 その騒ぎの音は、悲鳴と絶叫であった。

 

「な、なにがっ……」 

 

 遠くから聞こえる異様な絶叫に、少年の足が止まる。

 どう考えても、何か異常な事が起こっていることは明白であった。

 もしかしたら、あの見た事もない巨大なモンスターがいるのかもしれない。

 短いが、未だに覚えているあの無機質で不気味なモンスター。そしてその触手から放たれたブレス。

 あの圧倒的な力を思い出し、無意識に身体が震え始めた。

 今度は殺されるかもしれない。今すぐ踵を翻し、逃げ出したい。

 しかし、父と母が襲われているのかもしれない。

 ならば、助け出さねばならない。

 

 そう考え付いた少年は勇気を振り絞り、足を進め始める。

 顔を左右に振り、そして数百m先に高台がある事に気が付いた。

 

 ―――あそこなら、父さんと母さんの場所が分かるかもしれない。

 

 そんな淡い気持ちを抱き、少年は進路を変更し高台へと向かった。

 しかし高台に上るには、坂を上らなくてはならない。

 極度に疲労している少年にとって、坂を上ることは困難だ。

 だが、それでも愛する父と母のために少年は鈍く、今にも倒れそうな足取りで確実に一歩一歩と前進する。

 そして、高台へと辿りついた。

 少年は荒れた息を吐きつつ、一刻も早く父と母を見つけるために高台から周囲を見下ろす。

 そして―――

 

「……っ!!」

 

 激しく乱れていた息が、詰まった。

 目は目玉が飛び出しそうなほど見開き、身体は硬直している。

 少年は、生涯の中で一番の衝撃を受けていた。

 

 少年が見下ろした光景。それは、地獄絵図であった。

 街が無残に崩れ焼き落ち、衣服が散乱している。

 そこは、少年がこれまで目にしてきた光景だ。

 しかし、問題はその”先”であった。

 そこには、この惨状を作り出した張本人であるトライポッドがいたのである。それも3体もの数で。

 そしてトライポッドの眼下には、転覆した帆船の姿があった。

 乗っていた乗員か避難民か、その転覆した帆船の周囲には数多くの人間がもがき漂っている。

 そんなか弱い人間に、トライポッドは容赦が無かった。

 周囲に漂っている人間に触手を伸ばすと、その無防備な身体を掴み上へと掴み上げていくのである。

 人間たちは必死の形相を浮かべながら逃げ惑うが、波が行動の邪魔をし思うように動けない。

 今この場で、人間は金魚すくいの金魚と化していたのである。

 

 一人の女性が触手に捕まり、甲高い悲鳴を上げながら上空へ引っ張り出される。傍にいた夫と見られる男が女性の名前を連呼しながら手を伸ばすが、届かない。しまいには張り上げた声によってトライポッドに注目されその夫も触手に捕まり妻と共に運命を過ごす結果となった。

 隙を突いてこの海域から脱出し、海岸にたどり着いた男はその場から逃げ出そうとしたが、熱探知機により捕捉されていたため光線兵器によって放たれた光線を浴び、塵と化した。

 幼い子供が生きようと必死に海に漂うが力尽き、そのまま海底へと沈んでいった。

 

 この場は、港町ではなく、トライポッドの狩場へと変貌していたのである。

 そんな光景を見せ付けられて平気な人間など、戦場慣れしている兵士やハンターしかいない。未熟な少年にとって、目の前で起きている凄惨な光景は衝撃が大きすぎた。

 へたり、と少年はその場から崩れ落ち、膝を地面につけた。

 杖に使っていた木は地面に転がり、そのまま坂から転げ落ちていった。

 しかし、少年はそんな事など見向きもしない。目の前の光景を認識する事に全ての余力をつぎ込んでいたからだ。

 

「父さん……母さん……」

 

 地面へ力なくへたりこんでしまった少年は、これまた力ない声量で父と母を呼んだ。

 しかし、その声はトライポッドの起動音と人々の絶叫によって掻き消され、空気に混ざり誰にも届かずに消え去った。

 ―――もはや生存は絶望的。

 少年は目の前の光景を見て今まで避けてきた現実を否応にも認識せざるを得なくなった。

 

 父と母を失い、生きる術も奪われてしまい抜け殻のようになってしまった少年に、振動が響いた。

 それと同時に、後方から聞きなれない金属の音、何者かが足を踏みしめる音が少年に耳に届いた。

 その音は、目の前のトライポッドが発している音と酷似している。しかもこちらの方に高速接近をしながら。

 それまで呆然としていた少年の顔に、恐怖の色が混じり始める。

 無意識に身体が震え始め、口からは歯がガチガチと打ち鳴らす音が鳴り始める。

 

 ”一体何が近づいてきているのか。”

 

 恐怖に打ち震えながらも、そして近づいてきている物体を想像していても、少年は近づいてくる物体を確認しようと首をゆっくりと後ろに回し始めた。

 そして―――

 

「ひっ―――」

 

 小さな呻き声と共に、少年の目は再度見開かれた。

 少年から数百m離れている場所に、トライポッドがいたのである。

 しかもその目は、少年の姿をしっかりと捉えていたのだ。

 トライポッドの目から発せられる光が少年を包み込み、その眩しさに反射的に少年は目を瞑りながら手で光を遮る。

 

 ―――逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される。

 

 本能的にそう悟った少年は逃げようと足に力を込める。

 しかし、少年の焦燥とは裏腹に足は動かなかった。

 自分の足が使い物にならない事を思い出した少年は慌てて杖代わりに使っていた木の棒を探すが、見当たらない。

 少年は慌てて木の棒を探すが、トライポッドはお構いなしにその距離を詰めてくる。独自の起動音が響き渡り、一歩踏み出す度に地面が振動する。

 トライポッドはその辺に転がっていた木の棒を踏み潰し、そしてへたり込んでいる少年の元へ辿りついた。

 

 ズシンッ、と一際大きな振動が少年の身体に響き渡り、身体が数cm浮き上がった。

 木の棒を探そうと必死に顔を地面に向けていた少年はその振動に驚き、そして思わず顔を上に向けてしまった。

 少年の瞳に映った光景は、トライポッドがその身体を屈め、その光り輝く無機質で冷たい目で少年を見下ろしている光景であった。

 

「あっ……あっ……」

 

 少年の口から言葉にならない声が漏れる。

 その声には恐怖の色が色濃く体現されており、そして少年の命など風前の灯だと誰もが認めるであろう。

 少年は、動かない。足の疲労どころではない。蛇に睨まれた蛙の如く、身体全身が硬直し全く動かないのだ。

 

(終わるのか、俺の人生は)

 

 生存が絶望的な状況に、少年は諦めの境地となった。

 もはや逃げ出し生き延びるという生存本能も湧かず、自分の生涯の記憶が走馬灯のように流れ始めていた。

 

 ”仲の良かった良友の思い出、初めて恋心を持った初恋の思い出、優しかった父と母の思い出――”

 

(父さんと、母さん)

 

 あの優しかった両親は、もう既にこの世にはいないだろう。何故か? 目の前にいるあの”化け物”に殺されたからだ。

 父と母が、殺された。目の前の化け物にッ!

 

(……許せないっ)

 

 気付けば少年は恐ろしくて俯いていた顔を上げ、その両眼でトライポッドに尽くことのない憎しみを叩き込んでいた。

 先程のような恐怖は無い。怒りと憎しみが、少年の身体を支配しているだけであった。

 

「おまえがっ……お前らが父さんと母さんをッ!!」

 

 恐怖で歪んでいた表情は鳴りを潜め、今度は怒りでその表情を歪めた。

 その形相は、思わずランポスが後退りをしてしまうと錯覚する程であった。

 しかし、ランポスなど道端の石ころの如く蹴り飛ばしてしまうトライポッドに、そのような形相で睨みつけてもなんの意味も無い。そもそも、トライポッドは機械であり、感情など何一つ持ち合わせていないのだ。

 少年の必死の訴えも虚しく、トライポッドは命じられた通り眼下にいる矮小な人間を殺戮すべく行動を起こす。

 目を少年のほうに向け眩い光を照射。それによって目が眩み周囲が見渡せなくなった少年に向かって触手を伸ばし、身体へと絡み付けた。

 

「離せこの化け物っ! いや悪魔めッ!」

 

 触手に身体を絡められた少年は身を捩り逃れようと試みる。

 身体を左右にガムシャラに振り回し、両手を触手に付け身体を持ち上げようとする。

 しかし、触手は少年の身体に吸い付くように絡められており、少年の非力な抵抗にはビクともしない。

 逃げるのがダメなら力ずくとばかりに今度は両手を固め、触手に向かって拳を振り下ろすが、そんな事など眼中にないとばかりにトライポッドは少年をうつ伏せの状態で地面に降ろした。

 少年は手を地面に付け立ち上がろうとするが、立ち上がれない。触手の力が強く、地面に縫い付けられるような格好しかとれなかった。

 

「離せっ! 離せってんだろこの悪魔がッ!!」

 

 それでも少年は諦めずに身を暴れさせ、暴言を吐きながら必死に拘束を解こうとする。

 しかし、人間の力と機械の力とでは文字通り天と地ほどの差があるため、拘束が解かれるような気配は一向に表れなかった。

 そんな事などこの世界の人間には微塵も分からないだろうが、客観的に見てトライポッドと人間との力の差など、比べ物にならないだろう。身体能力はモンスターが圧倒的に上なのだ。

 だが、少年は悪戦苦闘しながらも抵抗を続ける。怒りと憎しみが、少年を突き進めているのだ。

 

 そんな少年の勇敢とも無謀ともとれる抵抗に、トライポッドは無情であった。

 トライポッドはコンピューターにプログラミングされている行動を忠実に守り、目の前の”燃料”からエネルギーを補給するために一本の触手を展開させた。

 そしてその触手の先端部分から、鋭利な武器でもあり口でもある槍を出現させた。

 

 ”シャキン”という鋭い音と共に触手から勢い良く飛び出した槍は、その矛先を少年へと向ける。

 同時に音に気付いた少年が顔を上げ、「ひっ――」という小さな悲鳴を洩らした。

 

 ――これから自分はどうなるのか。

 

 その答えが、まさに具現化されたのだ。

 触手を見た少年はこれから訪れるであろう非情な運命に逆らうべくこれまで以上に暴れるが、それも無駄に終わった。触手はなおも少年の身体にギッチリと絡み付いており、離れる様相など全く無かった。

 そしてもはやどうにもならぬ事を悟った少年は、最後の力を振り絞るかのように顔を上に向け、ありったけの憎悪を染み込ませた瞳でトライポッドを睨めつけた。

 

「このっ……悪魔めっ! 三脚の悪魔めッ!!」

 

 少年は自分を取り巻く激情に任せ、トライポッドに向かって啖呵を切る。

 

「俺やこの街を壊したぐらいでいい気になるなよ! 貴様等などハンターによって無残に死に行く運命なのだっ! この醜い三脚の悪魔がッ!!」

 

 罵倒が響き渡る。それに対し、トラポッドはやはりなんの反応も示さなかった。

 

「俺は貴様に殺されるだろうが、今に見ていろッ! 俺ら人間は貴様等を絶対に許さないッ!! 何としてでも貴様等全員殺してや―――」

 

 少年の言葉は続かず、”グシュリ”という肉を潰したような音と共に周囲は再び阿鼻叫喚な叫び声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よしよし、港町をまた1つ潰す事ができたか)

 

 俺はトラポッドから生中継で送られてきた映像を見ながら心中でそう呟いた。

 あの巨大都市襲撃から2ヶ月が経過した今、大陸侵攻は文字通り順調に進んでいる。

 やはりあのような巨大都市はモンスターハンターの世界では生まれ難いのか、熱探知機で捜索してもあれほどの規模の熱反応は見つからなかった。

 そしてそれ相応にハンターも数が少なく、ましてや大砲やバリスタなど幾度と見当たらなかった。

 しかしハンター達も自分の故郷の村や町なのか、光線兵器で焼き払っている俺たちに向かって装備に圧倒的な劣勢がありつつも蛮勇に襲い掛かってきた。無論シールドがあるため損害は一切受けず、また辿りつく前に光線で灰と化してしまったが。俺達を倒したければ大阪人でも連れてくるんだな。

 

(しかし……これではキリが無いな)

 

 ハンター達の攻撃は尽くトライポッドに通じず、侵攻は快調。それは事実だ。

 しかし、”ただ快調なだけではダメだ。”と、俺は思い始めてきた。

 なにせこの大陸は広い。モンスターハンターの世界観から確認できる範囲でも、熱帯雨林・樹海・砂漠・火山・雪山と各種の地形のオンパレード。

 当然それ相応の広さがある大陸なのだ。ゲームでは移動はそれこそ一瞬だが、現実は違う。何千何万kmも陸が続いているのだ。

 そしてその広さ故に、人間達も広範囲に渡って村や町を築いている。

 俺たちがその一点を攻撃したところで、人間は俺たちがカバーできない抜け穴から脱出し、また村や町を築く。

 以後それの繰り返しだ。現在のトライポッドは俺を含め24体だが、それでも全く足りない。猫の手も借りたいとはまさにこの事であろう。

 

 そして恐ろしい事に、人間は学ぶ。

 何が良くて何が悪いのか。人間たちは試行錯誤を繰り返しながら理論を構築し、効率的な対策方法を完成させる。

 今はまだ大丈夫であるが、何れ人間たちはトライポッドを倒すための武器の開発を推し進め、対トライポッド用の対抗策も生み出してくる。

 元人間だった俺には分かる。人間は個々では弱いが、団結するとこの上なく恐ろしい存在に化けるのだ。

 故に、現状の無差別に襲っている状態ではだめだ。これではただのいたちごっこになってしまう。

 ならばどうすればいいのか? 悩み抜いた俺はある一つの方法を思いついた。

 

 ―――経済基盤を、徹底的に破壊すればいいのだ。

 

 トライポッドに対抗するために開発される兵器も、対抗策も、それなりの費用や機材が必要となってくる。

 ならば、そんな兵器や対抗策が開発されないように徹底的に経済を破壊すれば良い。そうなれば、生きる事だけに必死になってそんなことにまで手が回らなくなるからだ。

 明日のために今日を犠牲にするなど、そんな事が出来る人間は一部のみだ。

 

 では具体的にどうやって経済基盤を破壊するのかと言うと、実態はこれまでとはあまり変わらない。村や町を破壊する事だ。

 ただ、無差別に襲うのではなく、標的を決めて襲うのだ。

 例えば、2ヶ月前に壊滅させたあの巨大都市。あれほどの規模の都市が消滅したのならば、その経済的損失は計り知れないモノとなっただろう。

 一度失ったモノは、そう簡単には戻せない。ましてやあのような巨大な都市など、何十年もの歳月を重ねないと築く事はできない。

 つまり、損失の大きい大規模な都市から優先的に襲っていくのだ。

 大規模な都市ほどその国にとって重要な都市である事は、モンスターハンターの世界だろうが地球であろうが変わらない。例えそれが”ハンターズギルド”であろうとも。

 

 そして数ある大都市の中で優先的に叩くべきである都市は、"ミナガルデ"、"ドンドルマ"、"メゼポルタ”

 この3都市の何れも、ギルドにとって重要な都市である事は前生の知識で分かっている。

 特に”ドンドルマ。”この都市は全ての都市の中でも最優先で叩かなければならない。

 ”ドンドルマ”には、ギルドの本部が存在しているからだ。一気にギルドの喉元を強襲し、首脳陣諸共ドンドルマを殲滅する。そうすれば、ギルドの指揮系統はズタズタになるだろう。

 指揮系統がズタズタになるという事は、即ちギルドそのものが崩壊する。どんな組織でも、情報が伝わらなければ何の体制もとることが出来ないからだ。

 

 もっとも、ドンドルマの重要性は以前から分かっており、あの巨大都市を殲滅した日に『ドンドルマ攻略計画』なるものを画策していた。

 しかし、その計画はある懸念によって断念せざるを得なくなった。

 その懸念とは―――場所である。

 

 そう、俺はドンドルマがどこにあるのか全く分からないのだ。

 モンスターの種類やドンドルマという都市名は覚えているが、いったいどの場所に存在しているのかは知らないし、前世では覚えようともしなかった。

 故に、ドンドルマを攻撃しようにも攻撃が出来ないといった状況が続いたのであった。

 

 俺は何とかドンドルマの位置を探る事ができないかと、トライポッドに重要そうな建物に対して極力攻撃を控えるという命令を出していた。

 何のためかと言うと、地図がないか探るためだ。

 地図があれば、ドンドルマの位置を特定する事が可能だ。モンスターハンターの世界がどれほどの測量技術を持っているのかが不明なため、もしかしたら地図がお粗末かもしれないが、それでも方角程度は知る事ができるだろう。

 そんな事を考え、俺は地図探しに躍起になっていた。

 

 ―――そして今から3週間前、ついに地図を手に入れることに成功した。

 

 その地図は俺の予想通りお粗末なモノであった。比較的大規模な都市が点々と描かれ、その周囲に山や森といった地形が書かれている程度。とても旅をする際には使い物にならない代物だ。

 しかし、そんな粗末な地図に嘆くよりも、俺はまず驚愕した。

 その地図に書かれている文字が読めるのだ。

 元日本人であった俺から見ればギリシア文字のような、とても読めそうにない文字が地図には書かれている。

 しかし、俺の頭にはこの世界に住んでいる住民の如くその文字の意味が頭の中から弾き出され、日本語に変換され理解ができる。

 不思議な感覚だ。

 だが、これは思わぬ僥倖である。

 文字が読めると言う事は、それだけ情報収集が楽になるのだ。

 

 俺は地図に書かれている文字を一語一句を目に穴が空きそうなぐらい凝視し、そしてお目当ての場所を見つけることができた。

 ”ドンドルマ”はギルド本部が存在するほどの大都市。地図にはでかでかとその都市名が記入され、発見は容易であった。

 ドンドルマの場所は、テロス密林から遥か西にある、この大陸の中央に位置する場所にある。

 テロス密林から進撃して来た事を考えると、どうやら俺は知らずにドンドルマへと近づいていたらしい。

 そのため、予定進路は変えずに今は通路途中にある村や町でエネルギーを補給しならが西へ西へと進んでいる。

 

 ただ、やはりこの大陸は広い。現在の進行速度を計算するとドンドルマに到着するには1ヶ月ほどかかってしまう。

 現代からの感覚からすればこの1ヶ月という時間は大幅なロスタイムに感じるだろうが、この世界に関しては全く問題ないと俺は確信している。

 何せ情報伝達技術がこの世界と地球には天と地ほどの差があるのだ。俺に対する兵器や戦術など、年単位の時間が必要となる。

 むしろ俺がテロス密林からドンドルマまでの道のりを一ヶ月で横断するなど、この世界の常識からすれば速すぎるであろう。

 

 

 既に準備期間は過ぎ、賽は投げられた。

 俺を含む計24体のトライポッドはドンドルマへ向けて侵攻し、またその数も増えていく。

 そして、敵の数もまた、増えていく。

 これほどまでの大部隊が行動している故、作戦の隠密行動は不可能。今までのような奇襲ではなく、人間側の防御網に正面から衝突する事になるだろう。

 だが、現状での人間の力など恐るに足らず。鎧袖一触の如く蹴散らしてみせよう。

 

 

 故に、我等は進む―――ドンドルマへ。


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