三脚の悪魔   作:アプール

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第32話

 

 

 そよそよと風が吹き、海面が風に押されるように波立っていく。

 カラッと太陽の陽射しが反射し、無尽蔵と言わんばかりの海水がきらきらと光り輝いている。

 その海水の透明度は見る者誰もが見とれるほど透き通っており、そして思わず飲んでしまう衝動に駆られてしまうほど青々としている。

 まさに南国の楽園とも言えるような大海原だ。そしてそんな大海原を、ある一隻の帆船がその船体を風に任せ海を滑るようにして進んでいく。

 その帆船は大きく、排水量は1000トンを超えるだろう。

 そしてその帆船の航海経路の先には、人類が誇る旧大陸最大の金融都市、『カルパンドラ』が―――あるはずであった。

 

「これは……いったい……っ」

 

 静まり返る甲板上に、誰の声か分からない震えた声が響いた。

 彼等は新大陸のとある商人に雇われた雇われ船員であり、この船は商船であった。

 積荷は新大陸で作られた陶器やカーペットで、何れもかなりの値が付く代物である。

 その積荷を旧大陸にいる貴族や大商人に高い値で売りさばくべく、彼等は遠い新大陸から長い航海を経てこのカルパンドラへとやって来たのだ。

 とは言っても、彼等を雇った商人とは船長は顔見知りであるし、何度も依頼を受けている。船員達も幾度となくカルパンドラへ航海をしており、経験を積んでいた。

 

 ―――だからであろうか、その光景の衝撃が人一倍大きかったのは。

 

「ここ……カルパンドラ……だよな?」

 

 確認するように、ある船員が声を発する。

 彼等がこの先に思い浮かべていた光景は、旧大陸有数の大都市の光景であった。

 白く、美しい建物が立ち並び、港には数多くの倉庫が揃っている。

 その倉庫の眼下には、新大陸やその他の諸島から海上輸送されてきた品物が数多く揚陸され、労働者が汗水たらしながら品物を倉庫や馬車へと運んでいく。

 小型帆船や大型帆船が船着場へと次々に接岸し、何十隻と投錨しているその光景は、まさに世界最大の都市と言われても過言ではない。

 市場には下級層が求める物や上級層が求める物まで数多くの品物が揃っており、商人が声を張り上げてお客を呼び込もうと経営努力をしている。

 貴族や職人、市民や貧乏人、そしてハンターに至るまで全ての人間がこの騒乱に巻き込まれ、そして金を落としていく。

 まさに、そこは金融都市―――だったのであろう。

 

 彼等が見つめているその先。そこには、何も無かった。

 いや、正確には、”そこにあるべき姿が無かった。”

 彼等が想像したような美しく、そして栄えている町並みは瓦礫の山と化し、そして地面には深さ数十メートルにも及ぶ大穴が無数に空いている。

 巨大都市カルパンドラとは、まったく別物の光景へと成り果てていた。

 

「なんだこれは! 一体どうなっておるのだ!?」

 

 後ろからドタドタと物音が聞こえ、勢い良く扉が開かれた音の数十秒後、男の怒鳴るような声が聞こえてきた。

 男の着ている服は見るからに上物であり、そしてその色もまた美しく太陽の陽で淡く輝いている。

 見るからにお金持ちという服装だ。そしてこのような服を着て船に載る人物など、1人しかいない

 

「艦長! 航路を間違えたのではないのかねっ!?」

 

 再度怒鳴るような声を響かせ、男は艦長に詰め寄った。

 とうの艦長はその血相に軽く身を引かせながらも、困惑した様子で口を開いた。

 

「いえ……それはありえません。私は何度もカルパンドラに訪れておりますし、灯台も確認しましたから間違いありません」

 

 ここカルパンドラには数多くの帆船が訪れる。具体的には一日に数十隻、多い時には数百隻だ。そしてその帆船の大半が商業関連の船である。

 無論、それほどの数となると航路を誤り別の陸地へと流れ着いてしまう事も少なくない。

 そんなはぐれ帆船のためにも、海岸線には一定感覚に灯台が設置されているのだ。

 そしてカルパンドラの右方向の灯台には星マークが、左方向には月マークが灯台に付いており、どの進路を行けばいいのか示してくれろ。

 そしてこの船も、強風に煽られ進路を外れてしまい灯台を辿ってカルパンドラに到着したのだ。

 

「なら! この光景はなんなのだ!!」

 

「知りませんよそんなの!」

 

 目的地がクレーターと成り果てた光景に混乱状態に陥った男、商人が訳も分からず艦長に問いただす。

 しかし当事者では艦長にとってそんな事はこっちが聞きたい状態である。当然答えられるわけも無く分からないという一点張りを言うしかなかった。

 

「クソッ! 役立たず共め!」

 

 まともな回答を貰えなかった商人は理不尽な悪態を付く。

 それに対し船員達は無茶苦茶な理論で罵倒された事にムッとなるが、それいじょうは踏み込まないでいた。

 向こうは雇い主。しかもこれほどの大きな帆船を雇えるほどの財力を持つ商人だ。下手に怒らせたら何をされるか分かったものではない。

 故に、顔を顰めるだけで済ましたのだ。

 

「船長、どうしますか?」

 

 船長の隣に立っていた副船長が船長にそう尋ねる。

 目的地のカルパンドラが瓦礫となって崩れ去るなど、どれほど想像力が豊かな人物でも想像ができなかったであろう。

 そんな事態の想定など、誰もした事が無かった。

 尋ねられた船長は顎に手を置き考える。

 そして数分後、答えを出した。

 

「……カルパンドラが消滅した以上、我々目撃者はそれを政府に伝える義務がある。

 近くの港に寄り、この事態を報告しよう。―――もっとも、まともに取り扱ってくれるかは分からんが」

 

 艦長は憂鬱そうにため息を付きながらそう言った。

 数日前まで存在していた人口数十万人のカルパンドラが突如消滅したなど、一体どこの誰が信用するであろうか?

 普通はただのジョークと笑い飛ばされるか気でも狂ったのかと言われるであろう。

 事実、自分でも未だに目の前の光景が信じられないでいる。

 だが、事実である。

 

 ―――一体なんて答えればいいのやら。

 

 艦長は憂鬱そうに再度ため息を付いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧大陸最大の都市"ドンドルマ"。

 ドンドルマの住民に一番大きな存在感を示す建物と尋ねれば、全ての人が口をそろえてこう言うであろう。

 『ギルド本部』っと。

 ドンドルマに建っている全ての建物よりも高いその全高。石造りの堅固な作り。複雑極まりない構造。

 旧大陸に存在する全てのハンターを掌握するギルドの本部となれば、その外観もまた重要だ。

 全ての人々の心を掌握するその威圧感。ギルド本部には、そのような雰囲気が漂っていた。

 

 そしてそんなギルド本部のちょうど真ん中に位置する部屋に、その威圧感とも劣らない様な重圧な空気が漂っていた。

 その部屋は25mプール程の面積を持った巨大な広さを誇っており、そしてその部屋を色彩豊かな装飾品が豪華絢爛に飾っている。

 床はいかにも高そうな絨毯が敷かれており、所々の台の上には一般人が喉から手をだしても到底買えないような色とりどりな宝石をふんだんに使った壷などが置かれている。

 そんな王族の私室ともとれるようなこの部屋には、ある名前が付いていた。『1級会議室』と。

 

「各国代表の皆様、ご多忙の中お集まりいただきありがとうございます」

 

 一級会議室の丁度真ん中。大きな円状のテーブルに座っている人たちに向けてある人物が声を発した。

 その人物とは、ドンドルマギルド本部のギルドマスターである。

 そしてその円状の机とそれに沿って置かれている椅子に座っている人々もまた、豪華絢爛な面子であった。

 全員が煌びやかな服装を身に纏い、そしてその頭上には王を象徴する冠が載っている。

 各国の首脳が、ここ第1級会議室に集まっているのだ。

 

「世は忙しいのだ、御託はいらん」

 

 ギルドマスターの雰囲気を瞬時に把握したある人物がギルドマスターに向かって厳しい声をかける。

 そしてギルドマスターはそんな人物を一見すると、もうしわけありませんと事務的に謝罪の言葉を通した。

 その人物とは、西シュレイド王国の国王であった。

 

「では、各国の国王様方はもうご存知だと思われますが、再度新種――トライポッドの動きについて報告したいと思います」

 

 ギルドマスターはそう言うと、己が知っている全ての情報を現在集まっている各国首脳に対し語った。

 

 

 

 ―――約2ヶ月前、ギルド本部に衝撃的な内容が書かれた手紙が伝書鳩経由で入ってきた。

 その内容は、要約すると”6体のトライポッドがカルパンドラを総攻撃している”というものだった。

 突然の知らせに、ギルド本部は上も下も右往左往の大混乱へと陥ってしまった。

 カルパンドラへと言えば旧大陸有数の金融都市である。そんな所をモンスター。しかも古代モンスターであるトライポッドに攻撃されればどうなるか―――?

 下はここ最近話題になっていた新種がカルパンドラを攻撃した事に驚き―――上は古代モンスターが現在の貧弱な都市を襲えばどのような結果になるのかを知って青ざめた。

 

 事態の深刻さを思い知ったギルドは即座に援軍のハンターをカルパンドラへと送る事を決定。

 到着する頃には戦闘は終わっているだろうが、相手は古代モンスタートライポッド。緊急クエストでカルパンドラに多数のハンターが集まっているとはいえ深刻な打撃を受ける事は免れない。ハンターもかなりの数が戦死するであろう。

 その後に、血の臭いに釣られたモンスターがカルパンドラへと襲撃してくる可能性もある。

 トライポッドの奇襲によってボロボロとなったカルパンドラの防備はこれを防ぐ余力は無く、その後に待っているのは地獄だ。

 

 『最早カルパンドラは金融都市としての機能は喪失しているだろう。ならば、我々は少しでも多くの人命を救うのみ――』 

 

 これが、ギルドの決定であった。

 しかし、その決定は新たに入ってきた情報によって脆くも崩れ去っていった。

 

 トライポッド襲撃の報から1週間後。本部にある伝書鳩が降り立った。

 その伝書鳩の脚に括りつけられていた手紙。これが、終わりの始まりであった。

 

 ―――カルパンドラ殲滅

 

 ”壊滅”ではなく”殲滅”つまり、金融都市の機能が喪失したどころの話ではない。巨大都市が1つ、丸ごと消滅してしまったのだ。

 初めはギルドも疑った。いくら古代モンスターに襲撃されたとはいえ、カルパンドラにはハンターが大勢いたのだ。壊滅的な打撃は受ける思うが、それでも撃退できるだろうとギルドは考えていた。

 だが、その伝書鳩を皮切りに次々とカルパンドラ殲滅という報が次々と湧き出てきたのだ。中には名のある大商人の署名が入った手紙も着ており、そして何より援軍として送ったハンターたちからも”カルパンドラは穴と瓦礫のみ”という報告が入りギルドもその事実を認めざるを得なくなった。

 

 巨大金融都市の喪失。これは旧大陸どころか新大陸にも多大な経済損失を生み出し、ギルドも経費の激減に頭を抱える事となった。

 だが、事態はギルドに対し泣きっ面に蜂のように進行する。

 

 カルパンドラを奇襲したトライポッドが旧大陸深部へと進攻を開始したのだ。

 トライポッドの進撃先にある村や町は尽く殲滅され、ギルド本部には悲鳴のような援軍要請が毎日のように届きだした。

 しかも奇怪な事に、その報告の中のトライポッドの数を統計すると、数が徐々に増えていくのだ。

 カルパンドラを襲ったトライポッドは6体。それが10体になり、14体となり、今現在では24体もの数に増えている。

 僅か2ヶ月という短期間で、しかも超大型モンスターが繁殖しているのだ。

 もはや常識外という言葉を超えている。

 そして、最早事態はギルド単独では手に負えない所まで来ていた。

 

 少なくないハンターが戦死し、トライポッドは減るどころがますます増えている。

 しかも、トライポッドには全ての攻撃が通じない。これは前線からの報告やヨアン博士の証言などによって既に確定している。

 そして戦力が減少したギルドは、各国にトライポッド討伐援助を申し込んだのだ。この行為はギルドのを権威を下落させる事となったが、最早形振りを気にしいる場合ではなかった。

 

 

 

「……ギルドはそのトライポッドに対して、どのような対抗手段をとるつもりだ?」

 

 ギルドマスターの報告が終わり、数秒の沈黙を置いた後、西シュレイド国王の隣に座っていた人物『東シュレイド国王』がギルドマスターに対し発言した。

 現在の状況が如何に危機的状況なのかは把握した。そしてその根本的問題源である古代モンスター”トライポッド”の事についても。

 だが、重要なのはそこではない。”そのトライポッドに対する対抗策”が重要なのだ。

 

「トライポッドとやらが危険な存在だという事は十分に分かった。しかし世は政治や経済専門でな、モンスターについては多少の知識があるだけだ。

 どうすれば、トライポッドを撃ち倒す事ができるのだ?」

 

 続けて、西シュレイド国王が追随する。

 その目は獰猛感が漂い、そしてギルドマスターを完全に捕らえている。

 ”もちろん対抗策は考えているのだろうな?”言葉に出さずとも、ギルドマスターはその目で言いたい事を察知した。

 

「―――はい。では、対トライポッドプランについてご説明致します。」

 

 質問される事を事前に推測していたギルドマスターはその質問に事務的に答え、そしてプランについて話し始めた。

 

「皆様方は、”バリア”というモノをご存知ですか?」

 

 開幕早々ギルドマスターがそう言い、各王たちは互いに顔を見合わせる。

 その顔には困惑の色が浮き出ていた。

 

「いや、聞いた事がないが、それがどうした?」

 

 眉を顰めながら、 西シュレイド国王が答える。

 

「バリアというモノは、簡単に言えばモンスターが任意的に引き起こす事ができる防壁のようなものです。

 例えをあげますと、古龍であるクシャルダオラの風の鎧が該当します。強烈な旋風でハンターの動きを拘束するのです」

 

「つまり、トライポッドにもそのバリアが存在してると?」

 

「はい、その通りです」

 

 ギルドマスターの言葉に、一級会議室内にどよめきの声が走る。

 いくらモンスターに対して疎い人物だろうが、全高50mのトライポッドが如何に危険な存在であるのかは熟知している。

 その驚異的な巨体に加え、その数も脅威であるし、そして巨大都市カルパンドラを文字通り殲滅させたその攻撃力。これだけでも相当厄介なのに、今度はバリアときた。

 こんな存在に、どう対応すれば良いのだろうか。

 

「ただ、トライポッドのバリアはクシャルダオラのようにハンターを吹き飛ばす事は無く、テオ・テスカトリのように近づくもの全てを焼き尽くすような事もしません。攻撃を一切通さないだけです。

 その点では、トライポッドのバリアはやや制しやすいでしょう」

 

「……制しやすいだと? どうやって制するというのだ?」

 

 ギルドマスターの言葉に疑問を感じたエルデ地方に位置するオマート王国の国王が、これまでの沈黙を破り言葉を発する。

 その言葉に、ギルドマスターは答えた。

 

「どんなモノでも必ず許容範囲はあります。無論、トライポッドのバリアも例外ではないでしょう。

 そして我がギルドのプランの成否は、そこにあります」

 

「……つまり、そのバリアの許容範囲を超える攻撃を与えると?」

 

「その通りです」

 

「そんな事が可能なのか? トライポッドは何体も群れているのだろう?」

 

 ギルドマスターの言葉に、東シュレイド国王が疑問を投げかけた。

 

「確かにトライポッドは群れています、それも的確な組織行動をとりながら。トライポッドは全24体を4つの部隊に分け、そして効率的に街や集落を襲っているのです。

 ―――ですが、逆に考えればこれは各個撃破のチャンスです」

 

 ギルドマスターがそう言い切った。

 トライポッドは確かに合計で24体もの数がいるが、その全てが集結して組織的行動をしている訳ではない。

 24もの数で街を襲撃したところで、やる事は限られている。皆殺しをするだけだ。

 1体だけでも街を壊滅させる事ができるのに、24体で襲うなど無駄でしかない。必ず余剰戦力が出てくる。

 そしてその余剰戦力を分かっているのか、トライポッドは4つの部隊を編成し、奇怪な事に各部隊が連携しながら街や集落を襲撃している。

 しかし、連携をしているといっても、各部隊の距離は数百kmも離れている。

 つまり、実質1部隊のトライポッドにだけ専念できるのだ。攻撃側は守備側に対し攻撃目標を定められるという利点があるように、人類もまたその利点を活かそうとしている。

 

「……だが、ギルドにトライポッドのバリアを破れるほどの戦力はあるのか? 確か、例のカルパンドラの戦いで随分と人員を消耗したと聞いているが」

 

 ギルドマスターの断言に対し、西シュレイド国王が訊ねる。

 

「残念ながら、現在のギルドに全トライポッドのバリアを破る戦力はありません」

 

「無いだと? ならこの作戦は一体何なのだ? まさかギルドは負けると分かっている戦いに正面から挑むつもりなのか?」

 

「その点について、各国の王の皆様方にお願いがあります」

 

 ギルドマスターはそう言うと、立ち上がった。

 

「――我がギルドは、対トライポッド連合軍の結成を強く求めます、」

 

 その言葉に、ざわっと1級会議室の空気が変わった。

 

「連合軍だと? 本気で言っているのか、ギルドは?」

 

 オマート国王が呟きともとれるような声でそう言った。

 それもその筈、基本的にモンスターとの対決はハンターの仕事だ。

 この世界にも国はあり、そしてその国を守る為に軍隊もある。

 だが、その軍隊は人間との戦いを想定した組織であり、モンスターとの戦いなど想定していない。

 一個旅団が1匹の飛竜によって潰走してしまうなど、珍しい事でもない。

 何せ軍隊の攻撃はその堅い鱗によって阻まれてしまうのだ。

 飛竜でさえこの始末なのに、超大型モンスターと渡り合える道理などある訳が無かった。

 

「ああ、誤解無く。我々も陸上戦力の派遣を要請する気はありません」

 

 流石にその辺もギルドも分かっているのか、ギルドマスターはそのような旨を伝えた。

 その言葉に、各王たちは安堵する。いくらなんでも負けると分かっている戦いに兵士を送るなど、冷徹な仕事もこなしてきた王達にも多少心が痛む。そして何より、余計な経費を落とさなくても良いと考えたからだ。

 だが、その安堵もつかの間であった。

 

「――その代わり、各国の航空艦隊を一時我がギルドの指揮下に入れさせて頂きたい」

 

 一級会議室の時が、止まった。

 各国の王の顔が驚きに染まり、そして唖然とする。

 ―――こいつは、何を言っているのだ? 

 今、各国の王の意見が一致した。

 

 ”航空艦隊”それは、各国が配置している飛行船部隊の世界標準的な名称である。

 飛竜がモンスターの中でも格段に恐れられているように、この世界の人間は空からの攻撃の強大さというものは痛いほど分かっている。

そのため、人類が地を離れ宙を舞うという御伽噺のような出来事を初めて現実的に実現させた飛行船に、各国は狂乱という言葉が似合うほどに熱中した。

 

 ”飛行船をより高く飛ばせる気体は? より早く飛ばせる形状は? どのような素材を使えばより頑丈な装甲を持たせる事ができるのか?”

 

 地球よりも遥かに素材に恵まれているこの世界、そして地球人よりも遥かに高い空への情熱によって、飛行船は進歩し続けた。

 空から一方的に攻撃できる手段が確立したのだから、その重要性を分かっている者からすれば当然の結果なのだが……兎にも角にも、この世界の飛行船は最早地球の飛行船とは存在意義が違っている。

 強い飛行船を持っている国は、それだけでその国の強大さを見せつけ、そして抑止力になっている。言わば地球で言う前時代の戦艦のような役割を果たしている。

 当然、国家機密でもあるその国家独自の技術もふんだんに使われている。

 そのような機密情報の塊である航空艦隊に、ギルドマスターは”指揮権を譲ってくれ”と言ったのだ。

 あまりにも常識外れな言葉に、硬直するのも無理は無かった。

 

「なにを馬鹿な事をっ……そう易々と譲らさせてたまるかッ!」

 

 だが、その硬直がほんの僅かであったのは流石に王というべきか、西シュレイド国王はいち早く我に返ると同時に激怒した。

 その憤りも、無理は無かった。

 そしてその憤りを理解できる立場にいる各王たちは、西シュレイド国王に同調しギルドマスター、そしてギルドの案を批判し、拒絶した。

 

「機密の塊である航空艦隊の、指揮権の委譲を要求するだと? 減らず口もそこまでにしておくのだなッ!」

 

「いくらギルドだろうが、あまりのも無礼だッ!」

 

「そもそも、被害の拡大はギルドの下手な指揮のせいなのではないのかねッ!?」

 

 各王から口々に罵倒が飛び交う。中にはギルドの対応を罵る王まで現れる始末だ。

 状況から見れば、最早会議などという事態では無い。ただの悪口大会だ。

 しかし、そんな中で罵倒の中心にいるギルドマスターは澄ました顔をしていた。

 

「皆様、ご静粛に願います」

 

 鳴り響く騒乱の中で、ギルドマスターは王達に静粛を申し立てた。

 ”誰のせいで怒号が飛び交っているのだ”

 王達はそう思ったが、ここで拒絶し批判を続けると話が進まないと考えその申し立てに素直に従った。勿論、事が済んだ暁にはギルドの失態について追求するつもりであるが。

 

「我がギルドも、無理を承知で要請しています。戸惑うのも、拒絶するのも無理はありません。

 ですが、事はもう国家や機密などといった枠を超えているのです」

 

 続けて、ギルドマスターは言った。

 

「トライポッドには、現存の兵器やハンターでは掠り傷を付ける事すら不可能です。ですが、新たな兵器を作るのも、ハンターを大量に雇用するのも、時間がかかります。その間に、トライポッドはこの旧大陸の奥深くまで進撃し、暴虐の限りを尽くすでしょう」

 

 1級会議室に複数の呻き声が上がった。中には、顔を真っ青にしている王までいる。

 彼等は、旧大陸の東側に位置する国家の王であった。トライポッドが発見されたテロス密林は旧大陸の東端に存在している。つまり、いつトライポッドに襲われてもおかしくない状況なのだ。

 

「トライポッドの進撃を止めるには、バリアの許容範囲を超える攻撃を与えなければならない。っと、先程申しました。その攻撃を与えるためには、各国の航空艦隊の全てを投入しなければならないのです。逐次投入では、1体のトライポッドにすら損傷を与える事は出来ないでしょう」

 

 ギルドマスターは言い切った。

 ”逐次投入”その言葉は、各国が独自にトライポッドを追撃する事を意味する。

 国家として、自分の領内に入ってくる外敵に立ち向かうのは当然の事であるが、ギルドマスターの言葉はそれを”無駄”と評したのだ。

 だが、ことトライポッドに関してはあながち間違いではない。それ故、各王たちは悔しく、惨めな気持ちになったが言い訳は出来なかった。

 

 一国だけではトライポッドの攻撃を抑えられる事は不可能。そして頼みの綱であるギルドはその戦力を著しく消耗している。

 人類は、追い詰められていた。

 

「……新大陸のギルドは、何と?」

 

 沈黙が漂っていた1級会議室に、声が響き渡る。

 その声の発生源を辿ると、険しい顔をした東シュレイド国王がいた。

 

「幾人かのハンターを派遣してくれるようですが、向こうも向こうでモンスターの対応に追われていますからね。”増援は居たほうがマシだ”程度にお考え下さい」

 

「そう……かっ」

 

 期待した結果を貰えなかった東シュレイド国王は音色が低い返事を返し、そして席から立ち上がった。

 

「暫し、考える時間を貰えるか?」

 

「ええ、どうぞ。私も一時休憩を取らなければと思っておりましたから」

 

 ギルドマスターはそう言って東シュレイド国王に微笑むと、顔を時計の方角に向ける。

 時計の針は、午後2時を指していた。

 

「では、この場は一旦解散致しまして、午後9時より会議を再開したいと思います。

 各国代表様の色よい返事を、お待ちしております」

 

 厳しい状況で顔色が良くない王達に、ギルドマスターはそう告げたのであった。

 

 

 


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